東方生還記録   作:エゾ末

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弍拾参話 偽りの裏切り者

 

 各々の運命が交差し、散り散りとなる前日。

 輝夜姫の屋敷の一室にて、夜更けまで話に耽る男女二人。

 例えば妖怪犇く巣窟について。例えば姫の屋敷での出来事。例えば、十数年に渡る旅路の思い出話。

 笑い、慈しみ、悲哀に酔いしれる。

 

 

 「さてと、それじゃあそろそろ寝るか」

 

 

 丑三つ時を越える頃、男は立ち上がり背伸びをする。

 今宵を越えれば次に再び会えるのはいつになるかは定かではない。

 だが、男の足取りは軽かった。何故なら、またいずれ会うことができるだろうという、楽観的ではあるが確信があったからだ。

 それは先まで話をしていた女も同意見である。しかし_____

 

 

「もし生斗があまりにも月から帰るのが遅かったら、迎えに行くわよ」

 

 

 一縷の不安を除く為、これまで避けてきた話題を切り出す。

 

 

「お、おい」

 

 

 男は驚愕する。今宵の談笑は月陣営に情報を漏らさないため、月関連の話を避けていた。

 これまで月関連の話は最新の注意を払って密談してきたというのに、決行前夜にヒビを入れるような所業。

 そんな愚行、彼女がする筈がない。

 即座に判断した男は辺りを見渡す。

 

 

「いつの間に結界を張ってたのか」

 

「輝夜から習ったの。驚いたでしょう」

 

 

 クスクスと微笑む女を見て男は一息つき、冷や汗を拭う。

 

 

「迎えは要らないぞ。おれは自力で帰ってくるから心配すんな」

 

「万が一を考慮しないのは、愚の骨頂よ」

 

「お前に万が一が起きるかもしれないだろ」

 

 

「あら、心配してくれるの?」と、さらに揶揄う彼女。

 

 

「どうせおれを救うついでに月の都を乗っ取ろうとか画策してんだろ。痛い目見るぞ」

 

「だって心躍るじゃない。未知の技術を独占しているだなんて狡いわ」

 

「やっぱりか!」

 

 

 額を軽く小突いて咎める男。

 小突かれた女は悪びれる様子もなく澄ました顔を貫く。

 彼女が一度決めた事をそう曲げる事がないことを男は理解していたため、諦めの溜め息をつく。

 

 

「ま、死なない程度でやってみればいいさ。お前が秘密にしている()()()()()()()()は別にあるんだろ」

 

「ええ、火遊び程度の感覚で望む所存よ」

 

「これは親として一度教育的指導を施した方がいいのでは?」

 

「えっち」

 

 

 何を勘違いしてるんだと再度小突かれる女。

 どちらにせよ、男は彼女がやる事を止めることはない。

 それは彼が月の都が一妖怪でどうにかなるものではない上、殺生が厳禁であるという安心感からくるものでもあるが、それとは別の心情を持ち合わせていた。

 ___善悪の区別は既に身につけている。良くも悪くもこれからは自己責任の世界。

 彼女がこれから何を成し、何をやらかし、そして何に成るのか。

 彼にとって、それが楽しみであったのだ。

 

 

「でも、助けたいのは本当よ。貴方には返しきれないくらいの恩があるもの」

 

「恩なんて感じてたんだな」

 

「……恩知らずである自覚はなかったわ」

 

「知らなかったのか?」

 

「むっ」

 

 

 日頃のお返しとばかりに揶揄う男。

 それを見て、拗ねようとした彼女に男は口を開く。

 

 

「ま、恩なんてお前が生きてるだけで十分だよ」

 

「……そう」

 

「それじゃあおれはもう行くぞ。迎えは本当に要らないからな」

 

 

 自身の部屋へと帰るべく、歩を進める男。

 帰らんとする手が出口となる襖へと手がかけられたその時______

 

 

 

「やるべき事があるのでしょう。亡くなった人をまた見つけ出す為に」

 

「……!」

 

 

 それは反則だろうと苦い顔で女の方へ振り向く。

 男には目的が二つある。

 一つは月の都にいる友人達に自身が生きてる証明をする事。

 そしてもう一つ。それは彼女が先に発言したとおり_____今は亡き想い人の転生体と再び旅をする事。

 

 

「百年後、満月の日までに貴方が私に顔を出さなかったら、迎えに行くから」

 

「!!」

 

 

 そう彼女が断言した時、男は全身に鳥肌が立つ感覚に見舞われる。

 それは期待によるものなのか、身の程知らずの発言によるものかは定かではない。

 だが、目的を達成する為には、彼女はこの上なく頼りになる者であることには間違いない。

 

 半分苦虫を潰したような、半分我が子の成長に喜ぶような顔の状態で男は______

 

 

「ま、まあ、期待しないで期待してる」

 

 

______と、支離滅裂な発言で、我が子に盛大に馬鹿にされた事をここに記しておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ___

 ______

 _________

 

 

「懐かしい記憶だ」

 

 

 胡座をかき、考え込むように膝に肘を乗せた体勢でぽつりと呟くのは、百余年の歳月を異空間の中に幽閉されている熊口生斗。

 月へと赴く前の記憶を再起させ、余りの懐かしさに笑みが溢れる。

 

 

「楽しそうね〜。何か思い出したの?」

 

 

 再起させるきっかけとなった張本人_____綿月豊姫に笑みの理由を問われる。

 

 

「いや、態々おれに()()()()()()()()を教えてくれた豊姫さんの優しさを噛み締めてたんです」

 

 

 その返答に生斗は紫との事を話す事もできる筈もない為、適当にはぐらかす。

 

 何故この異空間に綿月豊姫が現れたのか。

 月の使者筆頭の一人であり、防衛総監の補佐官である筈の彼女が。

 

 

「それで、何故おれに『八雲紫が月を侵攻してきた』なんて教えたんです?」

 

 

 情報の漏洩。

 しかも幽閉中の罪人に対してであるため、いくら防衛組織の幹部とはいえ豊姫自身にも罪が及ぶのは必至。それだというのに態々八雲紫と関係の深い生斗にその情報を与えた。

 彼女が何を思ってこのような暴挙に出たのか。

 情報を与えられた罪人の生斗でさえ、測りかねていた。

 

 

「何故って、それは関係者である生斗さんが関与してる可能性があるからよ〜」

 

「建前甚だしいなこの人」

 

 

 生斗がツッコんだ通り、豊姫の発言は彼女の能力を鑑みてあり得ない判断である。

 一見すると関係者であり、関与を疑われているというのは至って普通な判断ではあるが、それを友人とはいえ補佐官がすることでもなければ、直接的に『八雲紫が月を侵攻してきた』とは言わず、探りを入れるのが筋だろう。

 それが月側が圧倒的に劣勢であり、少しでも突破口の糸口を探す為であれば成立するかもしれないが、豊姫の姿からそういった類いは感じられない。

 つまりは建前であると、生斗は判断したのだ。

 

 だが、その理論武装に少し手を加えるだけで豊姫自身が罪に問われる可能性は限りなく無くなるだろう。

 それ程に、綿月豊姫という月人の話術は人心掌握に長けているという表れでもある。

 

 

「さて、話を聞いたからにはおれも行かないとな」

 

 

 本来は生斗自身、一人のみでの月の都脱出を目論んでいた。

 しかし、この異空間で得られる情報は限られており、面会に来る月人はどのような状況であろうと月から脱出する手立てを聞き出すことは出来なかった。

 その為、百年以上前に交わした戯言に頼らざるを得ない状況であったのだ。

 

 

「どうやって出ようとしているのかしら」

 

「実はこの異空間に来た時から脱出の手立てはあったんですよ」

 

 

 霊力剣を生成し、上段の構えを取る生斗。

 達人の太刀筋は極まれば次元すら両断すると言われる。

 人の数十倍と生き、凡ゆる達人と剣を交わし、研鑽を高めた今の彼の剣筋は______

 

 

「あらま」

 

 

 意図も容易く次元を両断し、異空磁場操作室の内装が断面に映し出される。

 

 

「寸分の狂いも許されない剣筋だから実戦じゃまず使えないですけどね」

 

 

 自慢げに鼻を伸ばす生斗。

 しかし、豊姫が発した驚愕の声は、生斗の流麗な剣筋に()()ではなかった。

 

 

「何をしている。熊口生斗」

 

 

 次元の裂け目から顔を覗かせていたのは、無表情ながらもこれまでになく怒りを露わにした稀神サグメであった。

 そのままの勢いで異空間へと立ち入り、次元の裂け目を手で触れ、修復していく。

 

 

「サグメさん、ちょうど良かった。あんたに別れの挨拶に向かいにいく必要が無くなった」

 

 

 軽口を叩きながらも、額には一筋の汗が溢れる。

 眼前には月の賢者であり、今の今まで模擬戦で全敗の神霊。

 月側の人間が来たとなれば、綿月豊姫とて動かざるを得ない。

 仕方なくといった風に、豊姫も扇子を手に取ろうとする。しかし_____

 

 

「……豊姫、貴女は熊口生斗の脱獄補助の疑いがある」

 

 

 手を前に置いて豊姫の動きを静止させる。

 

 

「あら〜、これじゃあ加勢が出来ないわ〜」

 

「(疑われてるのにどちらとも取れる言い方を。ほんと豊姫さんって人は)」

 

 

 これから何が行われるかが分かっているのか、安全圏まで下がっていく豊姫。

 その場に相対すは、稀神サグメと熊口生斗。

 百余年の歳月を一日と欠かさず顔を合わせてきた二人。

 

 

ピッ「『君も充分過ぎるほどに理解しているだろうが、私は監視者だ。君がこの異空間を無断で抜け出すというのであれば、実力行使を持って事にあたる必要がある』」

 

「その為に鍛えてもらったんだよ。他でもないサグメさんに」

 

「……」ピッ

 

 

 御神の命令に従い、熊口生斗の修行の手助けをした。

 それが今後自身の首元に迫り得ない狂刄だとしても、全ての優先順位は御神の命令が最優先であったからだ。

 自身の行いに悔いはない。

 だが、サグメは自身でも制御に手が余るほどに怒りに精神を支配されていた。

 少なからず、これまで面倒見てきた恩を仇を返す生斗に対してはある。が、それだけではない。

 もっと他になにか、彼女の感情を揺さぶるような、そんななにか。

 

 

「……話をする気は毛頭ない。熊口生斗を捕縛後、脳電波を用いて反抗に至った経緯を精密調査する」

 

「おれは話したい事あるんだけどな_____ま、サグメさんを倒して別れの挨拶を改めてさせてもらうわ」

 

 

 両手で霊力剣を構え、周囲に六本の霊力剣を発生させる生斗。

 その姿を見て、サグメは息を吐く。

 

 

「私に見つかった時点で、君は『運命』からは逃れられない」

 

「その運命ってのはおれが無事穢土へ帰ることか? 鑑定あんがとな!」

 

 

 ______瞬間、金切り音と爆撃音が異空間中に鳴り渡った。

 

 

 

 

 

 

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