東方生還記録   作:エゾ末

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弍拾肆話 夢見た物は幕開けず

 

 

「わしら天狗は組織として月攻めへの派兵は出さん」

 

 

 妖怪の山に点在する鬼の集落の一角。鬼の代表である私こと伊吹萃香を始め、この部屋には各々の種族の代表らが膝を突き合わせていた。

 勿論発起人である紫も参加しており、先に冗談をかました天魔の発言に動じることもなく乙女座りで奥義を仰いでいる。

 

 

「それはどうしてなんだい」

 

 

 どっかの後戸の神だか自称する不吉な女が天魔に疑問を投げかける。

 正味行きたくない奴は放っておけば良いというのが私の意見だが、後戸女が言いたい事も分かる。

 これまで十年という年月をかけて同志を集め、再三作戦を練ってきたのに、今になって梯子を外してきたのだ。それなりの言い訳を用意していないと大体の奴は納得しないだろうね。

 なんなら私も乗ってこの場で喧嘩沙汰にでもしてやろうか……いや、それで月攻めが頓挫したら本末転倒か。

 

 

「以前から言っておったじゃろ。天狗は身内で厳密な協議の上参加の有無を決定すると」

 

 

 これがあるから私は天狗に対してはなから期待していなかった。

 天狗共は保守的で現状維持という言葉が大好きな連中の集まりだ。

 生斗が内部政治に口を出した時なんて、それはもう大天狗達は怒り狂って裏からこそこそと嫌がらせをしていたもんだ。

 そんな連中が協議の上とか宣い出した時から今のような状況になるだろうとは思っていた。

 恐らく紫も同じ考えだったから動じることもなかったのだろう。

 

 

「かと言ってここまで事が進んでいる中で降りるともなれば、何かしらの謝罪の意は示してくださるんでしょう」

 

 

 紫の奴、最初からそれが目的か。

 一度乗った船から降りるのならばそれ相応の態度を示さなければならない。

 元々天狗の立場で言えばこの船は乗る事はそもそもなかった。が、紫の言う月攻めは天魔の判断を一時的に鈍らせるほど魅力的なものであった。

 満月の日に妖怪の力が最も増すように、月からの未知の力の恩恵を私達は受けている。その根源たる月を手に入れるというだけでも妖怪にとっては喉から手が出る程の代物だろう。

 だが、私含む鬼が月攻めに参加を決めたのはもっと他の理由がある。

 

 紫は月に住まう者と対峙したという。

 

 そんな彼女曰く_____人智を遥かに超えた怪物が非科学的な超兵器を携えていた、と評していた。

 大妖怪である紫が話すだけでも唇を震わせる程の相手。

 是が非でも手を合わせてみたい。

 それが敗北であり、己の妖生の最期となろうとも、紫が怖気づく程の相手とやりあえるのならば本望だ。

 

 

「組織としては出せんが、個人的な志願者については目を瞑ることにした。まあ、有望な奴が欲しければ自分の手で引き抜くことじゃな」

 

「それは流石に我儘が過ぎるんじゃないかな。筋として数人は派兵すべきでは?」

 

「建前でしょ、察しなさいよ。天魔は引き抜きに人数の制限を設けていないじゃない」

 

 

 私がまだ見ぬ月の強者達に思いを馳せていると、どうやら天魔は回りくどいやり方で他の大天狗達を納得させたようだ。

 どうせあいつらの事だ。人数に制限を設けてなくとも、大人数を引き抜くことはできないだろう。けれども、誰も引き抜けなかった場合、報復により天魔の身に危険が及ぶ可能性もあることから、数人程度は共同圧力で選定されるのは容易に推察出来る。

 ま、少人数だろうと、志願者ともなれば『あいつ』は来てくれるだろうし、作戦自体は成り立つから問題はないか。

 

 

「特段の譲歩、快く承りますわ。その譲歩であれば滞りなく策を講じられる」

 

 

 とことん私と紫は思考が似ているようだ。生斗も中々の上玉をよこしてくれたもんだ。これは当分紫といる間は暇を潰さずにいられそうだ。

 

 

 それから、程なくして志願者を数名連れた天魔を含め、着々と事は進められていった。

 あれは駄目、これは駄目、それは駄目。

 凡ゆる駄目の玉手箱かと言わんばかりにやりたい事が出来ないのは苛立ちを隠せなかったが、そこを我慢しなければ開始地点に立つことさえ許されないと論されれば下がらざるを得ない。

 妖怪達の意見を取りまとめつつ、誰もが納得するものを紫は提示しなければならない。

 特に難儀したのは私達鬼の意見だろう。

 

 『月の民と全霊で殴り合わせろ』

 

 この意見が通らなければ私達は月攻めから降りると公言している。

 鬼の習性を満たしつつ、月という巨大勢力を相手取らなければならない。

 正味私達は戦えればそれで構わないから、使い捨ての駒として使ってもらっても良かったのだが、紫曰く私達ですら土台を作らねば月の連中に触れることすらできないらしい。

 私らを舐め過ぎだと吐き捨てようとしたが、両者を相手した紫が真顔で言うのだから本当のことなのだろう。

 益々心が躍る。

 私らですら塵芥と評される程の圧倒的戦力差。それを紫がどのようにして埋め、奴等を私らの土台まで引き摺り下ろすのか。

 

 

「提示した五十七通りの策の決定権を萃香、貴女に決めてもらいたいの」

 

「えっ、紫じゃないの?」

 

 

 てっきり紫が全部決めて私らは無我夢中で月の奴らと殴り合いを楽しめると思ってたのに。

 

 

「月に侵攻する際に最も必要なのは対応してくる敵の兵力。それを誰よりも早くかつ安全に把握できるのは貴女だからよ」

 

「そんなの紫の"隙間"を使えば一発じゃん。やだよそんな面倒なの」

 

「月に侵攻するまでの足は私でなければならないし、『工作』を施す関係上そこまで手が回らないのよ。月の連中には私の能力は割れてるし、私が下手に動いて反撃でもされれば『抑止力』が機能しなくなるわよ」

 

「なら『猪』で行こうよ。それなら紫が『抑止力』である

 必要もないでしょ」

 

「馬鹿言いなさんな。紫は私が能力を発動できなかった時の保険でもあるんだ。下手に消費できる手札ではないよ」

 

 

 我儘を言ってみたが、通るわけもないか。我を通してもいいが、それでこの月攻め自体がおじゃんになれば元も子もない、か。これだから集団戦は嫌いなんだ。

 自己の都合だけで動けば集団を巻き込んで迷惑を被る。それが今回の月攻めで一番の苛立ちの要因だよ。

 普段の私なら絶対従わなかったけど、生斗とまた酒飲みたいしなぁ。

 

 

「はあ……大筋は紫がやってよ。こちとらただでさえ策の大半は分身体を作らなきゃいけないんだ。私はこうしたらいいって具申するだけ。それで良い?」

 

「ふふ、期待してるわ」

 

 

 期待ねぇ。私が全軍突撃なんて言ったら本当について来るってことで良いんだよね?

 ……いや、分かってるよ。鬼の習性とは別の思考回路が自分と似ているから、紫は私に委ねたんだよね。

 

 『仲間の命が左右する状況で、最も適した判断を萃香ならしてくれる』

 

 紫の言う期待とは、そういった意図が含まれている。

 

 面倒だけど、受けてやることにした。

 他の連中は結果に期待して此処に連ねているが、私ら鬼は過程こそが報酬であり、今出揃っている策は私から見ても概ね満足出来る内容だ。

 それを現実的に最低限の節度を持って()()()()()()()()のであれば、ある意味これも報酬とも言えるだろう。

 それに此処で恩を売れば、此処にいる連中と暇潰しに戦えるかもだし。

 

 そんならしくもない打算的な考えで、この時の私は安請け合いをしてしまった。

 どうやら私も相当浮かれていたようだね。

 まさか、彼処まで面倒な役回りをする事になるとは______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

「これは駄目だね。『桜』はまず機能しない」

 

 

 自身を疎にし、敵方の勢力を観察していた私は、溜め息にも似た落胆の声を溢す。

 数は千と少人数ながら、その誰もが涎が出るほどの猛者ばかり。うちの連中も粒揃いではあるが、まともに当たってれば数が同数だったとしても勝ち目はないだろう。

 それに各々が持っている様々な武具。術式に似た何かが刻まれており、私の中の危険信号がこれでもかと言うほど鳴り続けている。

 恐らくあの中にある最も威力の低い武具でさえ、この私に致命傷を与えかねない代物だ。

 ああ、私一人ならあの中に飛び込んで死ぬまで暴れ回りたいのに。

 凡ゆる縛りが私の脚を掴んで離さない。

 紫の奴、こんな生殺しを私にさせるなんて、私よりも鬼だよほんと。

 

 

「っとそんな事より、これは『風』で行くしかないね」

 

 

 先ずは紫達の近くに漂わせている私を萃めて合図を送らないと______

 

 

「やはり、貴方が来るのね」

 

「久しぶりだな、紫君」

 

「!!!」

 

 

 速過ぎる。

 そして何の技術を使ったのか不明だが、音どころか空気抵抗すら無視したであろう無音の速度で妖怪の群勢の前に現れた頭らしき人物。

 私がほんの少しだけ気を紫達へ向けた時には涼しげな顔で紫の前へと降り立っていた。

 何こいつ。うちの鬼達より一回り程大きい体格してるし、曝け出した胸元は毛深すぎて森林のようだしで、何と言うか滅茶苦茶雄臭い。その胸毛千切ってやりたい。

 というのは置いといて_____とにかくこいつはやばい。

 紫が言っていた要注意人物は間違いなくあいつだろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()を講じていたのか。

 

 ……紫からしたらこれも織り込み済みって訳かい。私らからしたら余り良い展開とは言えないけど、まだ攻撃を受けてない辺り作戦続行はまだ可能そうだね。

 

 

「へえ、こいつが紫の言っていた()()()()()()ね」

 

「……どうやら私が突撃するのも織り込み済みだったようだな」

 

 紫の隣に姿を現した私を見て、兵の長は少し感心したかのように口を窄める。

 このデカブツ、脳筋そうなわりに頭が回るようだ。即行で己の行動を鑑みたか。

 というより、私今、妖気を垂れ流しにして結構威圧掛けてるのにまるで動じてないのは少し悔しいね。

 

 

「参った。これ程の妖怪が紛れていたとは」

 

「どうやら私の能力なら、()()()()()()()()()()()()ようだね」

 

 

 謙遜を。

 完全に顕現した私に汗を流したのは、私という脅威よりも、紫を仕留め損なう恐れが生じたからだろう。

 ひいては仕留め損なった先の動力核破壊についてであり、決して私単体によるものではない。

 嬉しいねぇ。ここまで舐められたのは妖怪になって初めての経験だ。

 

 おっと、私の闘志が最高点に達する前に『風』で行く合図は送っとかないとね。

 そして私は湧き上がる闘志を抑える様な自然な素振りで指の骨を二階鳴らす。

 

 これは『風』______注意を逸らし、生斗を速やかに奪還する策だ。

 

 私達の勝利条件は二つ。紫が言うにはどちらか一方でも成功すれば大金星だという。

 一つ目は大本命である月の都の制圧。

 二つ目は生斗の奪還。これは紫と私達鬼にとってのみと思われがちだが、この私の力を優に超える巨大組織から欲しいものを奪い取るという箔付の観点で他の連中もある程度納得してくれた。

 

 武力制圧は先ず無理。人質をとっているとは言え過大な要求をすれば無視させる可能性が高くなり、人数を絞った意味が無くなる。

 

 

「私達が求めるものは一つ______月の都の居住権を私達に明け渡す事。承諾して頂けるかしら」

 

 

 紫の奴、内部からじわじわと侵略するテイで話を進めているね。

 通る可能性は限りなく低いが、次の条件が多少通り易くする布石とするには十分だろう。

 

  

「それでは居住権を賭けた『遊戯』をしましょう。月の都陣営が勝てば向こう1000年は月の都を襲わず、私が知り得る月の情報を全てお話しいたしますわ」

 

 

 月側が想定する最低限の情報しか知らないのに紫はハッタリが上手だね。

 でも月側は最悪の想定を考えなければならない。その可能性が一毛でもあれば無碍にはできない。それを無視して行動し、実際に最悪な事態を招けばその責任を誰かが負わなければならない。それが組織だ。

 

 

「ルールは単純。500対500の殴り合いですわ」

 

 

 月の勢力を鑑みれば破格の条件。

 デカブツからすれば、紫は敵の勢力差を見誤った愚か者に見えるだろう。

 条件を無碍にし、一斉攻撃に出て核を破壊される危険を侵すか、月の精鋭達で合法的に妖怪を蹂躙して向こう千年の安寧を約束させるか。

 

 紫の奴、私の具申をちゃんと聞き入れてくれた様だね。

 この策なら()()()()()()でこのデカブツとたいじ対峙(殴り合い)出来る。

 

 

「殴り合い? 此方の武具の使用は出来ないと言う事か」

 

「貴方達の武具を使用されれば一溜まりもありませんもの。少しは張り合いが無ければお互い楽しめないでしょう?」

 

「それで遊戯という言い方をした訳か! _____人質を盾によく言う」

 

 

 豪快に笑ったと思えば途端に辺りが凍え上がる様な冷ややかな声を漏らすデカブツ。

 人質と天秤に掛けられ、それも絶妙な重さで提示され、条件を飲む様に誘導をされている。

 このデカブツは恐らく現場での決定権を一任されるぐらいの人物。明らかにあの千の兵の中でも生身での戦闘能力は抜きん出ていたし。

 その頭が出向くところまで紫は想定して策を練っていた。

 これは十年近く掛けて策と根回しをしていた此方側が一歩上回ったと言っても過言ではないだろう。まあ、この時点だけで言えばだけど。

 

 それを理解したからこそ、このデカブツは内心穏やかではなかったんだろう。

 だけど、私には通じないよ。

 だってこいつ、怒りを露わにしながらもほんの僅かに微笑んだのを私は見逃していない。

 こいつは月の都にあるまじき戦闘狂。私の大好物だ。

 そんな奴の威圧なんて、私の眼には求愛の為に羽を広げる孔雀にしか映らない。

 

 

「良いだろう。紫君のまんまと引っかかってやろうじゃないか。だが、君らの技術レベルの武器の使用と能力は不問としてくれよ」

 

「ええ、此方も使用するのでお構いなく」

 

 

 やはり乗ってきたか。

 これなら_______

 

 

「よし、それなら二人だな」

 

 

 二人だけ……?

 そんなまさか、いやいやそんな。それ程までにこいつは…………

 

 

「能力禁止のステゴロでも良かったが、こっちの方がお互い満足出来るだろう」

 

 

 デカブツからは誇張している様子は見られない

 舐めている訳でもない。

 今の発言、こいつはただ単純に、私欲のために動いている。

 

 

「良いのかい。それでもし負けたら責任を問われるのはあんただろ」

 

「がはは! 防衛組織のトップが責任から逃れる様な事はせんよ。責任問題となるような事態が起きないよう全力で立ち回るがな」

 

「という事は、二人でこの五百の軍勢を相手にする事は五百の軍勢で戦うことよりも安全だという事なのかしら」

 

「ああ、精鋭とはいえ大勢で当たれば怪我人が出るだろうし我々の戦いに巻き込むかもしれないからな。私と娘の二人で事に当たった方が却って安全だと判断した」

 

 

 そう発言しながら私を見やるデカブツ。

 そうかいそうかい。

 それ程までに、()()()とタイマン張りたいって訳ね。

 これから起こるであろう戦闘の被害に、此奴は味方を気にしながら戦いたくないって事だろう。

 私も同じ気持ちだ。

 なんならこっちは五百対ニではなくタイマンでも良いぐらいだ。

 それをあいつが提示しないのは、圧倒的自信からくるものであり、私がこいつを満足させらなかった時の保険としてだろう。

 そしてもし万が一私がこいつを倒した場合の保険として娘を同行させようとしている。

 そこは防衛組織のとっぷとやらだ。一握りの責務を残していた。

 

 

「娘を呼ぶ。彼女が着いた瞬間遊戯の開始だ」

 

 

 真面目ぶって片腹痛い。

 私には分かる。娘が到着したと同時だなんて、それ程までに長としての皮を一刻も早く脱ぎ捨て、獣が如く暴れ回りたいんだろう。

 分かるよ、うん。私も全く同じ気持ちだ。

 

 

「聞いてたな。射撃待機命令を解除してから此処に______」

 

 

 襟についた装飾品に話しかけるデカブツ。あれで娘とやらに連絡をとっているのか。

 ならば話は早い。こいつが戻ることもなく、娘はやってくる。

 早く来い、早く来い、早く来い!

 すまないが紫達は娘の方を相手にしてくれよ。

 私はこいつと______

 

 

「もう来ております。総監」

 

 

 私と紫が反応出来ない程の速さでデカブツの前へと現れた少女。着地を補助の為か、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「(始まった! 来た!!)」

 

 

 瞬時に私は行動に移そうとした。

 それは紫や後ろで待機していた妖怪達も同じ。

 

 

 

 そう、今の今まで夢想していた強者との戦闘を現実とする為に一歩踏み出そうと、確かに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、突如として無限とも呼べる程の剣山が、私達の行動の一切を封じた。

 

 

 

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