東方生還記録   作:エゾ末

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弐拾伍話 化物には化物を。片翼少女には変態を

 

「動かない事ね。祇園様の怒りを買いたいのならば別だけれど」

 

 

 突如として出現した剣山が私達の行く手を阻む。

 身動きが取れない程の密度。乱立している様でそのどれもが肌身を傷付ける位置に刃先が向いている。

 

 成程、月の兵器以外にも無力化する手段は持ち合わせていたと。

 

 

「早いな。誰を降ろした」

 

邇芸速日命(にぎはやひのみこと)です。以前息子が()()になったので快く借してくれましたよ」

 

「邇芸速日命の力か! 道理で私並みの速さで来れたと思った」

 

 

 降ろした_____降霊術の類いね。

 尋常ならざる神力を纏っている辺り、その辺の霊ではなく神そのものってところかしら。

 本当に規格外が過ぎるわね。天津神一柱だけでもこの軍勢を制圧するには事足りてしまうというのに。

 けれども、対抗策は用意している。それに相手は既に勝ちを確信しているのか漏らさなくても良い情報を此方に漏らしてくれた。

 降霊術に対しては打ってつけの物があるわよ。それこそ、月の民には特効と言える代物が。

 

 

「それよりもまず、この場をなんとかしないとね」

 

 

 指と口は動かせるし能力を行使すれば抜け出す事自体は可能。

 しかしながらこの拘束を解いた場合、剣山を出した本人である綿月隊長の娘曰く、祇園様の怒りを買うという。

 ただの脅しだったとしても、この場を動く必要がない事は明らかね。

 

 何故なら、動かずしてこの剣山を解除する術を持つ者が既に行動に移しているのだから。

 

 

「なんとか? 残念ながらお勧めしないわよ。先にも言ったけど、祇園様を怒らせると私に_____!!!」

 

 

 綿月隊長の娘が動かないよう制止を呼びかけている最中、偵察に出ていた()()()()()()が勢い任せに拳を奮う。

 

 

「駄目だよ戦場で慢心はさ〜」

 

「ぐっ!!」

 

 

 しかし流石は綿月隊長の娘と言ったところかしら。数瞬にも満たない速さの不意打ちに、腕を畳んで防いで見せた。

 しかし、威力を分散させる為に派手に吹き飛んだのは悪手だったようね。

 

 

「これが剣山を出す引き金かい?」

 

 

 娘が吹き飛んだ事によりその場に残された刀を引き抜き、叩き折る萃香。

 萃香の読み通り刀を引き抜かれたことを皮切りに、私達の行動を制限していた無数の刃が霧散していく。

 

 

「依姫ぇ! 今のはお前が悪いぞー! こんなに能力者が揃ってるんだ。分身体がいたとしても不思議じゃ無いだろー!」

 

「父……総監まで!」

 

 

 威力を殺しきり、三町(※330m)程離れた位置で着地した娘の安否を気にも止めずに、綿月隊長はどこか嬉しげな表情をしている。余程この人は萃香とどうしようもなく殴り合いたかったのだろう。

 私に焦点を合わせてこないのは儲け物ね。

 

 

「あんたら! いつまでちんたらつっ立ってるんだい!!そこの小娘は任せたよ!! 私はこのデカブツとちょっくら逢瀬してくるから!」

 

「くっ、出鼻を挫かれた! 行くぞ野郎共! 」

 

 

 萃香の叱咤に五百の軍勢は奮起する。

 今の拘束を鑑み、妖怪達も褌を引き締められた。

 たった一人、されど一人。

 目の前のたった一人の小娘が、数の暴力を物ともしない(つわもの)であると。

 

 

「無力化する術は巨万とあるのよ____!!」

 

 

 神を降ろすべく構えを取る娘。

 しかし、その甲斐虚しく一向に降りてくる気配のない状況に、彼女は驚愕している事でしょう。

 

 

「……スキマ妖怪! 」

 

「あら、私の種族をご存知な様で光栄ですわ」

 

 

 妖怪の軍勢の後方へと移動していた私の種族名を溢す。

 瞬時に誰の仕業かを突き止めるその洞察力。流石は綿月隊長の娘と言ったところかしら。

 

 無論、私の仕業である。

 あれ程の実力者相手では、霊力の層が厚過ぎて直接触れでもしない限り能力での干渉は出来ない______が、月の技術と周りの干渉であればそれも可能。

 

 私は以前、輝夜に認識阻害の結界術を教わった。

 それは地上の技術とは別格の複雑な術式を何重に、そして精密に組み立てられた物であった。

 それを五十年ほど研究し、応用に成功させたのがこの結界。

 私達の周りを覆う半径約半里程の巨大結界は、張られている事さえ認識させず、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 貸与者が直接顕現して手を貸す様な物理的な干渉ではなく、貸与者が力のみを渡される降霊術師にとってこれは致命的であり、自力でなんとかするしかない。

 他にも二種類程月の技術を使用した結界はあるが、応用する上でこの結界も含めて認識阻害と類似した効力しか応用する事が出来なかった。それでも、その内の一つが月の民に対して効果を発揮しただけでも五十年の研究は報われたと言っても良いだろう。

 

 だが、あの娘は瞬時に私の結界を見破った。

 私が結界を張り巡らせたのは彼女が萃香の殴打を受け、吹き飛ばされている最中であり目視での判別はほぼ不可能。それに綿月隊長にも気取られないように細心の注意を払って展開したというのに、だ。

 認識阻害の効果もあることから、完全に見破ったというよりは、彼女自身でさえ気付けない代物=月の技術を扱えるのが、輝夜と接点である私しかいないという消去法からくるものでしょう。

 

 

「一番槍はこの俺だ!!」

 

 

 綿月隊長の娘を囲いつつ、先んじて特攻を仕掛けたのは、以前生斗に首を斬られたという大柄の一つ目鬼。

 得物を持たず拳一つで向かうその姿は無鉄砲そのもの。

 しかし得物を失ったのは娘も同じ。この場をどう切り抜けるのか見物ね。

 

 

「それは____ぐわぁあ!?」

 

「言ったでしょう。無力化する術は巨万とあると」

 

 

 振り下ろされた一つ目鬼の肩腕は、綿月隊長の娘へと触れようとしたその刹那に、まるで螺子が外れたが如く地面に転げ落ちる。

 彼女が持つは生斗がよく使っていた代物と同じ______霊力剣。

 妖怪に対し特攻を持ち、斬られた部位は著しく再生力が低下する。

  

 

「それは生斗が使ってたやつだろ! パクリだパクリ!」

 

 

 腕を斬られたにも関わらず、友人の技術を模倣したと糾弾する一つ目鬼。

 その姿を滑稽に思えたのか、溜め息を吐く娘。

 

 

「これは私が生斗さんに教えた技術よ」

 

「なっ!」

 

「いいからいっぺんにかかって来なさい。死なない程度に細切れにしてあげる」

 

 

 これは驚きね。

 まさか間近で見てきた生斗のあの剣の元祖があの娘だったなんて。

 時折酒の席で話していた剣術の師であり親友______綿月依姫はあの娘で間違いないようね。

 

 

「退け! 次はあたいよ!」

 

「馬鹿! ワイも行く! 」

 

 

 次々と依姫の首を狩らんと襲い掛かる妖怪達。

 我は強いがやはり猛者を厳選して連れて来たのは正解だった。

 並の神経をした妖怪では彼女との実力差に萎縮し戦うことすらままならなかっただろう。

 

 

「さて、と」

 

 

 境界を弄り、私は結界の範囲外まで移動する。

 あの結界の範囲内だと周りからは硬直状態が続いている様に見えるから、痺れを切らした上層部が強硬手段に出る恐れがある。

 敢えて私という抑止力を一人にすることで牽制と挑発を同時に行う。

 私一人なら速着型の武具への対策も、能力を封殺された場合の対策も、身動きが取れなくなった場合の対策も出来ている。

 

 本当、守る側は大変よね。

 此方は()()()()をして、それをし得る実力を持ち合わせている事を示すだけでこうも容易く相手の動きを制限させることが出来る。

 

 

「……」

 

 

 それでも、十中八九妖怪の軍勢は全滅する。何人か、私が()()()()()()を連れて来たが、それも焼石に水だろう。

 萃香もそれを理解して『風』へと作戦を変更させた――元より、私が変更するよう誘導した。

 これは時間との勝負。

 頼んだわよ、()。月の民に一泡吹かせるのは、貴女に掛かっているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

「行ったようだね」

 

「此方としてもありがたい。紫君がいると流石の依姫も苦労するだろうからな」

 

 

 紫が境界を駆使して結界外に出るのを確認し、漸くかと萃香は首の骨を鳴らす。

 遠くからは塵芥の悲鳴や怒号が行き交い、地鳴りが鳴り止まない。

 されども、萃香と綿月隊長の周囲だけは不自然に静寂を貫かれていた。

 

 皆、彼女が激励する前から理解していたのだろう。

 綿月隊長は萃香の獲物であり、手を出すことすらままならない領域であることを。

 

 

「それにしても、本当に見事だ。まさか穢土に住まう妖怪の掌の上で踊らされるとは」

 

「半ば自ら踊りに来た奴がよく言うよ」

 

 

 それもいつでもその掌をぶち壊す事も容易である事を萃香は理解していた。

 多少の被害を眼を瞑り、あの化学兵器で一掃すればそれで済む話の所を、綿月隊長は被害を最小限にする為という大義名分の元、紫達に近付いてきたのだ。

 

 

「まあ、そこんとこはどうでも良いか______ほら、来な」

 

 

 萃香はこれまでの思考の一切を脱ぎ捨て、今から始まるこの綿月大和という怪物との殴り合い(逢瀬)に全身全霊を持って臨もうとしていた。

 この時、この瞬間が訪れる事を実現させる為に、萃香はこれまで柄にもない我慢をし続けて来たのだ。

 

 

「そう言えば、さっき私の事をデカブツと呼んでいたな」

 

「んあ? そんな事気にしてあんたは女々かい」

 

 

 しかし、綿月隊長は彼女の思惑から反するように、顎に手を当てながら自身の呼び名に不満を漏らす。

 

 

「私の名は綿月大和。又の名を綿津見大神と申す。これは一妖怪に対して最大の礼儀だと理解してくれるか」

 

「知るか。形式ばった事に私は興味はないよ」

 

「そう言わずに、な」

 

 

 準備万端である所を透かされた為、若干の怒りを覚えつつ、萃香は溜め息を吐く。

 今すぐ始めたい所をグッと抑え、萃香は名乗り向上をする。

 

 

「私は伊吹萃香。今から大和、アンタをぶちのめす鬼の名だよ!」

 

「そうか、それは______」

 

 

 _______瞬間、衝撃波が周囲に駆け巡る。

 大地を陥没させ、遠く離れた月の都に激震が走り、結界内の生物は軒並みあまりの衝撃に吹き飛ばされていた。

 

 

「______楽しみだ」

 

 

 拳同士の衝突にしては理解の範疇を超える程の規模。

 たった一撃で月に新たなクレーターが出来上がる。

 

 お互い拳一振りで山を吹き飛ばせる程の怪力の持ち主であるのだが、ここまで被害が及ぶとは流石の紫も想定外であった。

 

 

「(不味いわね。今ので結界の三割が削れてしまったわ。それに____)」

 

 

 上空で見守る紫は、萃香の状態を見て一筋の不安が頬を伝う。

 何故なら、今の一撃で彼女の右腕の筋肉が弾け飛んであのだから。

 耐久力だけで言えば、綿月隊長の方が遥かに上である事が証明された瞬間であった。

 

 

「!!」

 

 

 綿月隊長はすかさず左回し蹴りを繰り出す。

 骨だけの右腕ではまともに防御出来ないと踏んだからである。

 

 ____拳同士の衝突。

 ステゴロでの戦いで言えば鬼の専売特許と自負していた萃香。

 そのプライドが、たったの一撃で砕かれた。

 『焦燥』。『絶望』。『悲観』。

 今の彼女の感情にはどれに当てはまるか。

 

 _______否。彼女は今、『高揚』していた。

 

 

「んぐっ!?」

 

「はっはっはっ!! 甘いんじゃないかい!?」

 

 

 高らかに笑い、()()()()()()()()()()で綿月隊長の左脚を鷲掴みにして、そのまま荒々しく地面に叩きつける。

 

 

「!!!」

 

 

 更に深くなるクレーター。

 体内の空気を全て吐き出すんとする綿月隊長。

 しかし、そんな悠長な行為が終わるのを待つ程萃香は甘くない。

 脚から手を離し、顔面を何度も踏みつける萃香。

 何度も、月全体を揺らしているのではないかと錯覚してしまう程の地震が発生し続ける。

 

 

「次は、私の番だ」

 

「へぇ」

 

 

 十度目のストンプが繰り出されようとした時、タイミングを見計らった綿月隊長が萃香の脚首を掴む。が_______

 

 

「がっは!?」

 

 

 脚首に靄がかかり、掴んでいた筈の脚が透ける。

 そんな摩訶不思議な状況に血塗れとなった綿月隊長はほんの一瞬だけ動揺する。

 その一瞬、されど一瞬。

 何故すり抜けたの目視する間も無く、萃香の右拳が顔面に炸裂する。

 

 

「……ふう」

 

 

 幾度もの衝撃により、大穴となったクレーターから飛んで脱出する萃香。

 

 フィールドが狭く、暗くなっては楽しくないと判断した為である。

 

 

「ほんっと硬いね! アンタ!!」

 

「がはは! それが取り柄だからな!」

 

 

 何重にも鬼へ殴打された顔面。

 本来は一発で顔自体がトマトのように潰れるレベルの衝撃波である筈。

 にも関わらず、クレーターから姿を現した綿月隊長の顔は、軽く腫れ、鼻が折れた程度で収まっていた。

 

 

「君のおかげで鼻血が止まらん。責任とってもらうぞ」

 

「どうせすぐ止まるでしょ」

 

 

 ストンプしていた時は確かに顔は鼻が折れた以上に損傷していたのは萃香も確認している。 

 自然治癒力は並の妖怪以上。それを認識できただけでも萃香にとっては上々の成果である。

 

 

「次はもう止めないよ」

 

「遠慮なんか要らんぞ。私もしないからな」

 

 

 周りの妖怪達は、二人の戦いに巻き込まれながらも、依姫を討たんと攻め立てる。

 そんな妖怪達を事も無しげに切り伏せていく依姫。

 その姿を静かに見守る紫。

 二人は今、なんとも言えない感情に苛まれていた。

 何故なら______

 

 

「(これ、さっさと一斉鎮圧した(された)方が絶対被害少なく済んだんじゃ……)」

 

 

 先の地震は月の都に凡ゆる被害をもたらしている。

 想像を超えた領域の戦いに紫は月の都が強硬手段を打ってくる可能性が高まったことにより警戒を広めねばならず、依姫は一刻も早く五百の妖怪を討って加勢せんと焦り、剣筋が鈍りを見せる。

 

 月の都侵略の発起人と、月の使者筆頭が思わぬところで四苦八苦している中、二人は意にも介さず____

 

 

「がはははは!!」

 

「はははは!!!」

 

 

 ______防御を捨てた捨て身の殴り合いを嬉々として繰り広げていた。

 

 

「(これ、生斗を救出する前に月壊れるんじゃない)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

「……はぁ、はぁ」

 

 

 月の湖で妖怪達が激闘を繰り広げる中、一人の短く何度も吐く息が領域に響き渡る。

 

 

「……ここまで、やるとはね」

 

 

 片翼の羽は乱れ、特徴的な衣服は所々が斬り傷で破れ、奥の透けるような白い肌身が露出されている。

 そんな霰もない姿の()()に相対するは、傷付けた本人である______

 

 

「おれもここまでやれるとは思ってなかったよ。サグメさん」

 

 

 ______熊口生斗が、褌一丁で霊力剣を構えていた。

 

 

 

 

 

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