東方生還記録   作:エゾ末

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弐拾捌話 握られた希望

 

 

「はい、これで手当完了!」

 

「ありがとうございます、豊姫さん」

 

 

 左肩と身体中の切り傷、あと自爆により出来た火傷跡を豊姫さんに手当してもらったおれは、負傷箇所を摩って状態を確認する。

 凄い。アドレナリンが切れてめちゃくちゃ痛くてキツかったのに、豊姫さんの処置が適切だったのか、今はもうジャングルジムではしゃげるぐらい元気になった。

 

 

「永琳様が開発した塗り薬で処置したから、この空間を出ればすぐに治ると思うわ」

 

「えっ、それって本当に大丈夫なやつですか? 後で全身の穴という穴から水分が吹き出すとかえぐい副作用があったりするんじゃ……」

 

「老廃物はいっぱい出るかもね〜」

 

 

 洒落にならん、洒落になってないよ豊姫さんや。

 おれ、永琳さんの薬の実験で幾度となく死にかけてるから分かる。即効性で効く薬は大抵後から一日二日程度寝込むレベルの副作用があるって。この世界に初めて転生した時に馬鹿やって骨折したところを永琳さんに治してもらったが、その二日後にいきなり全身筋肉痛になったからな。

 左肩の貫通箇所や火傷跡に切り傷、それを治したとなったら、それはもう恐ろしい副作用が…………

 

 

ピッ「……『君の記憶はだいぶ古い。今では治癒力を高めてでた老廃物が排泄物として出る程度に副作用は軽減している』」

 

「廁が恋人になりますけどね〜」

 

「あらあら、結局寝込むのとあんまり変わってないじゃありませんか」

 

 

 廁が恋人て! おれやだよ、紫と再会する時オムツ履く事になるの!

 

 

「『それで、もう行くの?』」

 

 

 膝に手を置き、座り込んでいたサグメさんがおれに問いかける。

 曲がりなりにもおれの横凪(陸一)を受けたのにも関わらず、既にダメージは回復しつつあるようだ。回復速度も10000分の1だというのにイカれてるよこの人。今更もう驚かないけど。

 

 

「ああ。今頃紫の奴、怖〜い月の大人達にお仕置き受けて泣いてる頃だろうしな」

 

「『あの妖怪、結構善戦しているそうよ』」

 

「それ言って良いんだ」

 

 

 サグメさんはもうおれを引き留めるつもりは無いようだ。

 いや、おれに敗北することで引き留めざるを得ない状況から抜け出したと言った方が正しいか。

 サグメさんは監視者であっておれが月の都を抜け出そうとするならば引き留めなけれならない立場にある。

 

 引き留めようとしたが罪人であるおれからの抵抗にあい、不覚を取った。

 

 これでもサグメさんの立場を危うくする失態だが、引き留めることも無く脱獄されるよりかは体裁は保たれるだろう。

 そしてその抵抗が激しければ激しい程、稀神サグメが不覚を取ったなどという世迷言にも多少信憑性が増すもの。

 

 だからってあの組み立ては流石におれを試し過ぎだろ。

 超高密度弾幕による絨毯攻撃への対処。

 罠型法陣・御札への対処。

 結界に囲まれた時の対処。

 片腕の状態での対処。

 手数が上回れた時の対処。

 死角からの攻撃への対処。

 そしておれの新技である陸一への弱点の指摘。

 先の戦闘の中でサグメさんがおれに課した試練をざっと並べただけでもこれだけある。

 細かいところまでいえばこれの倍以上はある。

 

 そしてこの試練の全ては、地上へと帰った後で起こりうるかもしれない状況をシュミレートされたもの。

 サグメさんは、おれが地上に帰った後で()()()()()()()()()()()()()()()を試していたのだ。

 おれが何かを成そうとしている事はサグメさんなら勘付いているだろう。それを残り少ない寿命しかないおれに成し遂げるだけの力があるかどうか。それが大きければ大きいほど尚更だ。

 この人も本気で戦ってくれたとは思う。サグメさんほどの実力者の猛攻を凌ぎ切れば、大抵の事は成し遂げられるだろうから。

 けれど、『全力』ではなかった。

 だからおれは試験だと評したのだ。

 

 そしておれは応えきった。

 花丸百点とはいかなくとも、サグメさんからお墨付きをもらったおれなら、きっとやり遂げられる。

 

 

「『……本当に行くの。穢土へ行けば君の死は逃れられないというのに』」

 

「承知の上だ」

 

「『月の都を追われる身となったとしても?』」

 

「まあ、老い先短いおれを態々本気で探しはしないだろうさ」

 

 

 サグメさんは優しい。

 この人は、試練を与えながらもおれを本気で引き留めようとしてくれた。

 そこには勿論務めとしての側面もある。

 だけれども、近接戦の最中おれは感じ取ってしまった。

 

 サグメさんはおれに死んでほしくないんだと。

 

 だからおれは戦闘中にも関わらず思わず笑みがこぼれてしまったのだ。

 いつもポーカーフェイスで感情の起伏の小さい彼女が、追い詰められ出してしまった本心。

 今の問答も、おれを脅そうとしている訳でない事も痛いほど分かる。

 

 それでも、おれは行かなければならない。

 約束を果たすには、脱獄者となってでも早い方が良いのだから。

 

 

バキッ「……私は」

 

 

 小型タブレットを破壊し、俯くサグメさん。

 

 ______瞬間、サグメさんを覆う霊力が圧縮されていく。

 

 

「私は……監視者だ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

「何度も聞いたよ」

 

 

 何故圧縮させたのか。

 そもそもただ圧縮させたというおれの認識が違うかもしれない。

 もしかしてサグメさんは……

 

 

「なのに私は、君に師のような振る舞いをし、あまつさえ立場を利用し稽古までしてしまった……」

 

「ツクヨミ様の勅命に従っただけだから気にする事もないんじゃないか?」

 

「これは……私の問題だ。私自身の、心の問題」

 

 

 直接聞いたわけではないが、盗み聞きしたサグメさんの音声機能の誤発声から察するに、『逸脱しない範囲で寄り添ってやれ』と言ったところか。

 

 

「……熊口生斗。君は穢土へ行けば瞬く間に寿命を迎える」

 

 

 ______やはりそうか。

 サグメさんは自身の霊力を極限まで抑制し、言葉が裏返ってしまう能力を封殺している。

 

 

「……君がこの地に来て間もない頃、穢土へ戻ると聞いたときは正直、どうでもよかった」

 

 

 呪いにも似たその能力を無理矢理封じ込めるには相当の代償がいる筈。でなければ日常生活に支障をきたすレベルで無口である必要がないからだ。

 機械音声を捨て去り、代償も省みず肉声でおれに何かを伝えようとしてくれている。

 

 それだけの覚悟を前に、おれは思わず息を呑む。

 

 

「……だけど今は。君に死んでほしくないと……心の底から思ってしまっている」

 

 

 体育座りで顔を埋めながらそう呟くサグメさん。

 

 それが本心であると、彼女は十分過ぎるほど行動で示してくれている。

 

 そうか……そうだよな。月にいる皆からすればおれのこの行動は自殺行為と何ら変わらない。

 おれだって友達が身投げしようとすれば止めるだろう。

 

 それでもおれが足を止める事はできない。

 それを理解してくれてるから、豊姫さんは手を貸してくれたし、サグメさんも全力では止めなかった。

 

 けれども目の前にいる彼女は、唇を震えさせながらも本心を吐露してくれた。

 

 

「なんだ。口では嫌々言ってたのに、認めてくれてたのか」

 

 

 そんな彼女の姿を見て、おれは安堵の息を吐く。

 おれからの感情が、一方的ではなかったから。

 

 

「ならさ、サグメさん」

 

 

 体育座りで塞ぎ込むサグメさんに目線を合わせる様に、彼女の前まで行きしゃがみ込む。

 

 一方的でない事が分かったとしても、今のサグメさんにどう言っても否定されてしまうだろう。

 

 それならば______

 

 

 「おれが次、月に帰ったら______その時は友達になってくれないか」

 

「!!」

 

 

 サグメさんの肩が一瞬、ビクッと反応する。

 

 

「その時のおれはおれでないかもしれない。記憶もなければサグメさん達を憶えてないかもしれない。魂が浄化されれば記憶は消えてしまうらしいし」

 

 

 恐らく今の寿命じゃ再び月に行く事はできないだろう。

 それでも、断言できる。

 

 

「それでも、これだけは約束する。おれは必ずまたこの浄土に来る。だから、その時は……」

 

「……」

 

 

 ……流石に無謀過ぎたか?

 現実主義者のサグメさんにとっておれの提案は無謀以外の何物でもない。

 穢土には行く。それからまた戻ってくるなんて此方側の都合が良過ぎるし。

 でも、おれは帰ってくる。その為の()()()もする予定だ。

 

 

「……夢中に夢を説いている自覚は……あるんでしょうね」

 

 

 顔を伏せたまま、おれの提案を夢見事である事を指摘するサグメさん。

 まあ、これが当たり前の反応だよな。

 

 

「熊口生斗という存在はこの月の都に深く刻み込まれている。君が一度死んで魂が浄化されようと、大罪人である事は変わらない」

 

「そん時は逃げ回りながらサグメさんや豊姫さん達に会いに行くだけさ」

 

「……私も追いかける側なのだけれど」

 

「手間が省けて丁度いいじゃん」

 

「ぷふっ」

 

 

 口を手で抑え、笑いを堪える豊姫さん。

 静かにしてくれてるのはありがたいけど、そんなおれ馬鹿な事言ったのか、今。

 

 

「君は……まったく。此処にきてから随分経ったというのに、性格は微塵も変わらないのね」

 

「その方が安心だろ?」

 

「……ふっ、確かに」

 

 

 顔をゆっくり上げ、サグメさんはおれに対して紅い瞳を真っ直ぐと向ける。

 

 

「根負けよ、()()。君は私にとって二人目の友達だ」

 

「!!」

 

 

 ………………まじで? えっ、ほんとに?

 てっきり今生では無理だと思って次会ったらって言ったのに!?

 

 ずっと友達友達って言っても監視者と断固として譲らなかったのに、漸くサグメさんも諦めてくれたか!

 これでサグメさんは監視者兼師匠兼友達となる事ができたし、気兼ねなくまた月に行けるってもんだ。

 やっぱり月にまた行こうとするならば、一人でも行かなければならない理由を作っておかないとめんどくさがりそうだからな、おれ。

 

 

「ていうか二人目って! 一人目は誰なの!? あの仏頂面で幸薄そうなサグメさんと友達になろうなんて好き者は!」

 

「余程君は死にたいらしいな」

 

「冗談ですやんか。冗談ですからその光の矢を構えるのやめてください」

 

 

 あの無音で飛んできた弓矢の法陣をおれの周りに大量展開するのは本当にやめて欲しいです。

 ていうかほら、やっぱり全力じゃなかった!

 サグメさんが全力だったらこの光の矢を適当に放ちまくるだけで普通に負けてた自信しかないんだが。

 

 

「それじゃあ次生斗さんがまたここに幽閉されたら私が監視者に立候補しようかしら〜」

 

「此処に戻るのは御免被ります!」

 

「一度魂が浄化されれば君の呪縛も消える。次はもっと他の刑になるよう月読命様が計らってくれるでしょう」

 

「やっぱりツクヨミ様なんだよなぁ。ついでにおれの罪も帳消しにしてくれたらおでこにキスするんだけど」

 

「罪が一つ増えるだけよ〜」

 

 

 話がまとまったからか、会話に参加してきた豊姫さん。その腕には、ボロボロとなっていた筈のおれの隊服が綺麗に刺繍された状態で携えられていた。

 

 

「はい、これ。()()()()()()で汚れているのはみっともないでしょう」

 

 

 腕に携えた隊服をおれに手渡す豊姫さん。

 お披露目の場……? 紫と再会する事に対しての比喩表現だろうか。

 ていうかいつの間に治したんだ。破れ後とか綺麗さっぱり無くなって新品同様にまで修復されている。

 

 

「あとズボンも修復するから脱いでちょうだいな」

 

「それはちょっと、恥ずかしいような」

 

「一度私達の前で袴一丁になったのに何を今更」

 

「変態みたいに言いおって! サグメさんだって今の格好切り傷だらけで結構危うい姿してるんだからな!」

 

「君に汚されたのだけれど」

 

「だから言い方!」

 

「ほらほら、羞恥心は投げ捨てましょうね〜」

 

「きゃー!」

 

 

 おれの下衣を引き摺り下ろす豊姫さん。

 この人は男の子心というものを分かっていない、絶対。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、ものの数分で修復を終えた豊姫さんから下衣を受け取り、おれは遂にこの異空間から出る為霊力剣を生成した。

 

 

「もう、行くのね」

 

「そんな寂しがらなくても、またいずれ会えるんだから心配すんな」

 

「それでも寂しいものは寂しいわよ〜。ですよね、サグメ様?」

 

「……静かになって読書が捗る」

 

 

 またまた、サグメさん照れ隠しをしなさる。

 生涯二番目の友達となるおれがいなくなってちょっとは寂しいんじゃないの?

 と、煽りたい気持ちはあったが、これ以上話し込んでは流石の紫も辛いだろうから、心の中に留めておくことにする。

 

 

「二人とも、本当にこれまでありがとうございました。必ずまた帰ってくるから、その時は月の酒で乾杯しよう」

 

 

 二人の前で深々と頭を下げ、感謝の意を述べる。

 これだけでは正直足りないが、生憎おれに渡せるものはこれぐらいしかない。グラサンとか二人とも要らないだろうし。

 

 

「ふふ、行ってらっしゃい。奥さんと再会できたらちゃんと紹介するのよ〜」

 

「お、奥さんて!」

 

 

 事も無げに爆弾発言を投下する豊姫さん。

 おれとあいつはそういう関係ではないが、来世を誓った仲である事は事実だから、なんとも反論し難い。

 ま、これで激しく否定したらなんか祟られそうだしそっとしておくか。

 

 

「……んっ」

 

「サグメさん?」

 

 

 サグメさんはいつものように顔に手を当てながら、おれの肩を叩く。

 その手には片翼に生えていたであろう一片の羽根が握られていた。

 

 

「これは……?」

 

「こんな物しか用意できないけれど、選別よ」

 

「これ見ていつでも私を思い出して。ってこと?」

 

「サグメ様、乙女ですね〜」

 

「違う。君が成そうとしている事柄に、きっと役に立つ。持っていきなさい」

 

 

 おれの顔に押し付け、半ば強引に羽根を差し出してくるサグメさん。

 ほんと、寂しがり屋なんだから。

 

 

「ありがとう。ペンにして使わせてもらうわ」

 

「……好きにしなさい」

 

 

 微妙な顔で使用用途について承諾するサグメさん。

 自身の羽根を道具にされるのってそんなに嫌なんだろうか。

 おれの一部で例えれば……抜け毛をカツラとか刷毛に使われたりとか?

 ……確かになんとも言えない気持ちになるな。

 

 ああは言ったが、もう少し用途は考えるとするか。神霊の羽根なんて加護凄まじそうだし。

 そう自分に言い聞かせながら、懐にサグメさんの羽根を収納する。

 

 

「それじゃ、そろそろ行きます」

 

 

 次元斬は集中力を要する絶技ではあるが、斬る場所を予め決めてなぞるように振ればわりと出せる事がサグメさんとの戦闘で分かった。

 それでも精密な身体操作と剣筋が必要ではあるが、今のおれなら余裕だ。

 

 

「!」

 

 

 空気が荒れ立つ事もなく、空間が両断される。

 この狭間を通ればおれは外に出られるだろう。

 そして通れば最後、二人との暫しのお別れとなる。

 

 

「生斗さん、紫ちゃんはうちの依姫とお父様と交戦してるわ。()()()()()()()()()()、向こうに着いたらあの子にも挨拶するのよ」

 

「了解です。あいつとはまた剣で別れの挨拶交わしてきます」

 

「特殊ね〜」

 

 

 綿月親子と戦う羽目になるなんて、紫も気の毒だな。

 でもまあ、安心と言えば安心だ。身内が相手なら紫が討伐される確率は減る。

 それに紫も綿月隊長の実力を知っている為、ゴリラ基準の対策を取って月攻めを決行している筈。

 だとしても退けられるとは到底思えないし、急がないといけないのは変わりないか。

 

 

「生斗」

 

「はい、サグメさん」

 

 

 平気な顔をしているが、そろそろサグメさんの能力を押さえ込み切れなくなる頃合いだろう。

 でも、彼女はおれの前では決して解く事はない。

 別れ行くおれと最後は自身の声で見送りたいという、彼女の覚悟と矜持があるからだ。

 

 

 

「どうか健やかに、悔いのないよう生き抜いて。それが師であり______友である私からの願いよ」

 

 

 

 そんな彼女の別れの言葉は、おれの旅路の安全を祈願するものであった。

 サグメさん、あんた……

 

 

「な〜にを今更。おれはあの月の賢者である稀神サグメ様の一番弟子であり、友と認められた男なんだから、そんなおれの人生は全て花丸満点のエキサイティングな代物に決まってるだろ!」

 

 

 目的を達成する為には十分過ぎるほど鍛えてもらった。

 そんなおれに対して心配するなんて杞憂でしかないというもの。

 

 

「だからサグメさん。おれを思ってくれるなら楽しみにしててくれよ。次に月に来た時、原稿用紙五千枚程の穢土での楽しい思い出を語り尽くしてやるからさ」

 

 

 五千枚はちと盛りすぎたか?

 でもまあ、スケールはデカい方が楽しみ甲斐があるってもんだから気にする必要もないか。

 

 

「……くふっ」

 

「!(サグメ様が笑った!)」

 

 

 おれの夢見事に思わず失笑するサグメさん。

 ______良かった。しんみりとした別れなんておれはしたくない。

 どうせ別れるなら笑ってだ。

 たぶん、サグメさんもそれを分かってくれた筈______

 

 

「足りない」

 

「えっ」

 

「五万枚よ。次月に来たらニ千万文字で旅の思い出を語り尽くしなさい」

 

「え、ええ!」

 

「勿論、答えは決まってるでしょう?」

 

「ぐぐっ、分かった! サグメさん達の脳をバグらせてやるぐらい語り尽くしてやるから覚悟してろよ!」

 

 

 ハリー◯ッター全巻の約四倍、か。

 いいだろう! 希釈する箇所は巨万と出てくるだろうがやってやるさ!

 

 

「それじゃ、()()な。二人とも」

 

「ええ、()()。楽しんでらっしゃい」

 

「楽しみ尽くしなさいね〜」

 

 

 二人の送る手を背に、おれは空間の裂け目へと足を踏み出す。

 ここを出れば後戻りは出来ない。

 そしておれは、後戻りするつもりなんて毛頭ない。

 

 二人が最後にくれた別れの言葉のとおり、残りの人生楽しみ尽くしてやるだけだ!

 

 

 

 そして遂におれは、長年に渡る幽閉から解放されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

「はあ! はあ! はあ!」

 

 

 生斗を見送り、裂け目が閉じられたと同時に、稀神サグメは息を切らしその場に蹲った。

 

 

「サグメ様!」

 

 

 その姿を目視し、慌てて背中を摩り介抱する綿月豊姫。

 何故稀神サグメは突如として発作を起こしたのか。それはその場にいる誰もが理解している事である。

 

 

「無理をなさるなんて、サグメ様らしくありませんよ」

 

「はあ! はあ! はあ、はあ……それは、百も承知、よ」

 

 

 歯止めの効かない自身の能力を無理矢理抑え込んだ代償。それは向こう十数年霊力が使用できなくなる縛りを結んでのことであった。

 別れの挨拶をする為だけに起こしたにしては過剰である。

 だとしても、熊口生斗と最後に気兼ねなく話したかった。

 それをする程までに、彼を慕っていたのだ。

 

 

「何故、そこまで……」

 

 

 だが、綿月豊姫にはそれが理解できていなかった。

 彼女にとっての稀神サグメという人物像は、冷静沈着で誰に対しても差異をつけるような人柄ではなかったからだ。

 そんな疑問を吐露する綿月豊姫に対して察した稀神サグメは、息が整わない中にも拘らず自身に対して自虐げに笑った。

 

 

「私は、羨ましかったん、でしょうね。あの人が」

 

 

 『羨ましい』。

 神霊である彼女が一人間である熊口生斗に対して大凡でないであろう発言に綿月豊姫は驚愕するが、少しして納得する。

 

 

「ふふふ、そうですね。生斗さん、無鉄砲だから」

 

 

 友や家族が窮地に立たされた時、彼は損得勘定抜きにして手を差し伸べてしまう無鉄砲さ。

 自身が汚れるのを恐れ、間接的に友を殺めてしまった稀神サグメにとってはそれが、何よりも眩しく映ったから。

 

 彼が月に向けるべきでない刃を向けたその時から、稀神サグメは持ってはいけない羨望の感情を彼に抱き、それを抑える為に嫌おうとさえした。

 

 しかしそれも、徒労に終わった。

 稀神サグメは折れ、熊口生斗と友であることを認めてしまった。

 

 

「さあ、認めてしまったからにはもう一踏ん張り。生斗さんが()()()()との挨拶が終わるまでここで待機ですよ!」

 

「はあ、はあ……望む、ところよ」

 

 

 彼と再会するのは、これから何百年、何千年、果ては何億年と先になるかもしれない。

 

 ______それでも待つ事ができる。月の都の民には無限に近い悠久の時間があるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

()()()()()()()()()、生斗」

 

「ツクヨミ様……!」

 

 

 熊口生斗が異空間から抜けたその先には、オフィスチェアに腰を掛けた月読命が、彼を待ち受けていた。

 

 

 そして御神の持つその手には________熊口生斗と同じ種類のサングラスが握られていた。

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