東方生還記録   作:エゾ末

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弐拾玖話 千年先の君へ

 

 

()()()()()()()()()、生斗」

 

「ツクヨミ様……!」

 

 

 異空間から脱出したその先には、優雅にオフィスチェアに腰を掛けるツクヨミ様が待ち構えていた。

 やはりツクヨミ様もおれが脱出する事を予見していたようだ。豊姫さん然り、あまりの用意周到さにおれの起こす行動は全て、そう動くように仕組まれているのかもしれない。

 それでも良い。それがおれが進む道に優位となるのならば、喜んでそのレールを駆け抜けさせてもらう。

 

 それに良かった。ツクヨミ様とは挨拶が出来ないとばかり思っていたから、こうして面と向かって話しができるのは此方としても願ったりだ。

 

 

「まさかまだそのサングラスを掛けてるなんて、思いもしませんでしたよ」

 

「そりゃあこれは、おれのアイデンティティですから」

 

 

 右手に携えているそのグラサンはもしかして、加護が消えてすっかりボロボロとなってしまったおれのグラサンの代わりにと態々持ってきてくれたのだろうか。

 

 

「僕としては嬉しい限りですよ。そこまで大切にしてくれているなんて」

 

「……!! もしかしてツクヨミ様もグラサンの魅力に気付いた口ですか?」

 

「それは違います」

 

 

 何だ違うのか。これからお互いグラサンコンビとしてやっていこうと思ったのに。

 だとすれば今の発言には引っかかる部分がある。

 何故ツクヨミ様はおれが自身のグラサンを後生大事にしている事を嬉しがっているのか。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、理由が皆目見当もつかない。

 昔のままのおれである事が一目で分かるから…………とか?

 

 

「僕は生斗、君に謝りたいと思っていながら、今日までそれを先延ばしにしていました」

 

 

 グラサンを囲うように手を組み、座った状態で前のめりとなるツクヨミ様。

 おれとツクヨミ様は月に来て数日後に再会したあの日から、一度として顔を合わせていない。

 綿月隊長とは五十年以上前に面会できるようになって以来ちょくちょく空いに来てくれたりして、その時にツクヨミ様の近況を軽く聞いてるぐらいだ。

 お互い気まずかったのはあったかもしれない。

 それでも今は、そんな感情はとうに消え去っている。

 

 

「別に謝る事ではないですよ。なんなら今は感謝しているぐらいです。リミットが出来たから、振り切る事ができた」

 

「それでも、です。此方の勝手な都合を押し付けて、君の未来を奪ってしまった」

 

 

 律儀な御神だ。

 人間一人の運命を操作しようが、それを咎める事は何人もできないとうのに。

 

 

「本当に、申し訳ありませんでした」

 

 

 月の最高神が、おれなんかに頭を下げて謝罪する。

 こんな姿を月の民が覗き見でしてたら、とんでもない大事になる事は間違い無いだろうな。

 ここが異空間操作室でよかった。ここならば特別な許可がない限り入室は出来ない仕組みとなっているから、人目の心配はない。

 

 本来ならおれはツクヨミ様の奇行を止めないといけないのだろう。

 でもおれは、ツクヨミ様が態々おれと同じ目線、同じ立場で物事を鑑み、行動を起こしてくれた事に対して、感謝こそすれど止めるなんてことは出来ない。

 何故ならそれは、ツクヨミ様が悩みに悩み抜いて行き着いた判断を否定する事になるから。

 

 

「ツクヨミ様って、おれの事好き過ぎませんか?」

 

 

 否定はしない。

 けれども、本音は言わせてもらう。

 こんなおれの為に、月に住めるよう計らってくれたり、何故おれが能力が消えて落ち込んだのかを考えてくれていた。

 月である最高神の立ち振る舞いとしては破格の対応だ。

 正直何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまいそうになる。

 例えば身体目的とか。

 

 

「……ええ、君は()()ですから」

 

「えっ、もしかして本当におれの身体目的……」

 

「違います!!」

 

 

 特別、ねぇ。特別ならツクヨミ様の屋敷出禁にしないで欲しかったんだけど。

 来客中とかも構わず寝っ転がってポテチ食べてたり、庭園に穴掘ってたのは謝るけれども。あの時のおれは若かった。

 

 

「生斗、君は僕が背負うべき罪を一身に受け止め、愛する月の民を救ってくれた」

 

「……罪?」

 

「あの妖怪の群勢、あれは私が民の穢れを強制的に排除した副産物なんです。あれらを野放しにしていたが故、月移住時にあのような惨状が起きてしまった」

 

「それは何となく分かってましたよ。でもあの国攻めは、副総監が仕組んだ都民の間引きが原因でしょ。ツクヨミ様の罪ではないんじゃないですか?」

 

 

 ツクヨミ様が元凶を絶っていたとしても、あの選民思想の塊である副総監なら他の方法で虐殺(間引き)をしていただろう。

 おれだってあの大戦で大妖怪を逃した事で後悔した事もあったが、友人を作る事もできた。

 それを罪であるとは思っていない。いやまあ敵を逃すのは隊務違反ではあったが。

 それでも、副総監のような裏で手を回さなければ本来攻めてくるような事はなかったリスクだ。ツクヨミ様が罪の意識を持つ必要はないと思うが。

 

 

「……やはり()()()も、君のそういう所が気に入ったから____」

 

「? なんて言いました?」

 

 

 下を俯き、何かを呟いているようだがよく聞き取れない。

 気に入った? まあ明らかにおれは特別扱いされてるしツクヨミ様のお気に入りである事は間違い無いだろうけど。

 月の上層部に会ったら自慢して嫉妬させてやってもいいかもしれない。

 

 

「生斗、これを」

 

「あ、グラサン」

 

 

 顔を上げ、おれの前に差し出されたのは、やはりというべきかずっと手に握られていたグラサンだった。

 差し出されるがままにおれは新しいグラサンを両手で受け取り、凝視する。

 

 ……あれ、よく確認してみるとこのグラサン、何処か懐かしい神力が宿っているような。

 

 

「これは……」

 

「気付きましたか。これには以前君のサングラスに宿っていた神力を参考にして作り出した付喪神です。神と言っても普段での意思の疎通は出来ないので、寂しくて話しかけても無駄ですよ」

 

「おれのこと寂しがり屋だと勘違いしてません?」

 

 

 流石のおれもグラサンに話しかけたりとかはしたことないが。

 ……剣助とは接吻するぐらい濃厚接触しまくってたけど。

 それにしても付喪神と来たか。しかもツクヨミ様が態々手塩をかけて作成した代物。

 もしかしなくとも、とんでもない神器なんじゃないのか、これ?

 

 

「これを売ったら何億するんだ」

 

「……生斗」

 

「冗談ですって! グラサンを、ましてやツクヨミ様からの贈り物を転売しようなんて愚か者の極地のような行為、お、おおれがするわけないじゃないですか!」

 

 

 あかん、率直に思った事を口に出してしまったが故にツクヨミ様からあり得ないものを見る目をされてしまった。

 本当に違うんです。ただ興味本位で疑問に思ってしまっただけなんです。ほらあるでしょ、自分が大切にしてるものがどれぐらいの価値があるものなのかを知りたくなるの。

 

 

「まあ良いです。それは君に渡したもの。どう扱おうと君の自由ですから」

 

「本当に冗談ですってばぁ」

 

 

 ぷいっとそっぽを向くツクヨミ様。

 そんな御姿を眼に留めてしまったおれは膝から崩れ落ちる。

 な、何てこった。おれのこれまでの信用が……

 

 

「冗談です」

 

「ツクヨミ様!」

 

「君が僕からの贈り物を無碍にするのは些か信じ難い。さしづめそのサングラスがどれだけ貴重な代物なのかを純粋な疑問の末出た発言なのでしょう」

 

 

 まさかツクヨミ様に冗談返しを喰らうとは……!

 なんだかおれに毒されてきてないかちょっと心配になってきた。これ大丈夫? 上層部から本格的に消しに来られたりしない?

 

 

「純粋な疑問に答えるなら、この月の都の一区を優に買収出来る値段、とでも言っておきましょうか」

 

「浄土の一区画手に入るって、金の延べ棒だけで山脈出来るレベルじゃないですか?」

 

「出来ますね」

 

「出来ちゃうんだ!」

 

 

 おれの掌の上には、金の山脈が聳え立っているとでも言うのか。

 よく見たらテンプルにツクヨミ様の神力で描かれた紋印が刻まれている。これがツクヨミ様が自ら作成した証拠なのだろう。

 最悪あれか。月の勢力が襲ってきたら、このグラサン盾にして攻撃させないようにするのも手か。

 

 

「生斗、そのサングラスは肌身離さず持っていてください。君がこの世を去る、その時まで」

 

「ええ、勿論。後生大事に掛けさせてもらいますよ。今掛けてるグラサンも同様にね」

 

 

 ダブルグラサンで紋印以外は全く同じ姿形をしているがそれがどうした。

 一つは眼に掛け、後は胸ポケットやら頭やらのお洒落アイテムとして扱えるし、お古の方は家宝として保管する事も出来る。

 

 

「……良かった。これで生斗、()()()()()()()()()()

 

「おれの未来が約束された?」

 

 

 未来が約束されたなんて大それた事を。

 確かにこれがあれば食い扶持は困らなさそうだけど、ツクヨミ様はそういった意味では仰られていないだろう。

 

 ならばこのグラサンはもしかして______

 

 

「おれの能力、復活した……?」

 

「いいえ、復活はしませんよ。少なくとも今の君の魂では魂を変質化させられませんから」

 

 

 違うんかい!

 一瞬期待したおれの純情を返してほしい。

 勝手に勘違いしたおれが全面的に悪いけれども!

 

 

「詳細は秘密です。その方が______面白いでしょう?」

 

 

 口元の前に人差し指を置き、ニヤリと微笑むツクヨミ様。

 ち、ちくしょう! 何も言えない、言い返せない……!!

 狡いぞそのスマイルは! 狡いぞ! 教えてほしいのにそんな顔をされたら教えてもらわなくても良いかと思ってしまう!

 

 

「さあ、もう行きなさい生斗。君の帰りを待つ者達がいるのでしょう」

 

「ツクヨミ様……」

 

 

 おれの肩に手を置き、扉の先へと誘導する。

 久し振りに会えたのに、もうお別れか。

 

 

「あっ、そうだ。月から穢土へ行く前に行ってほしい場所があるんでした」

 

「? 何処ですか?」

 

「君がこれから赴く場所の道中に、千人規模の精鋭部隊が待機しています。そこに顔を出してください」

 

「逮捕RTAでもやってほしいんですか?」

 

「ははは、まあ行けば分かりますよ。さっ、行った行った」

 

 

 

 急かすようにおれの背中を押すツクヨミ様。

 最後の意図は分からないが、きっと何か意図があるんだろう。少し怖いが、見つけたら寄るとするか。

 

 それに急かすのも仕方がないのかもしれない。

 監視の目はなくとも、こんな有事にツクヨミ様が持ち場を離れているのは月の都にとって由々しき事態この上ない。

 それをおれの送別のためにこんな所まで赴いてくれている。

 恐らく、これがツクヨミ様との最後の会話となる。

 ならばおれがやるべき事は________

 

 

「ツクヨミ様!」

 

「なんですか? 生斗」

 

 

 _______感謝を伝える事。

 おれは言動でしか貴方様に感謝を伝えることが出来ない。

 ならばあの時言えなかった分まで、今この場で言わせてもらう。

 

 

「おれを……迎え入れてくれてありがとうございました」

 

 

 遥か昔、見ず知らずのおれをツクヨミ様達は受け入れてくれた。

 

 

「家に通わせてくれて、ありがとうございました」

 

 

 嫌がりながらも、面倒を見てくれた。

 

 

「我が儘なおれを受け入れてくれて、ありがとうございました」

 

 

 自分勝手な恩返しを肯定してくれた。

 

 

「おれなんかのことを覚えてれていて、ありがとうございました」

 

 

 何億年と気の遠くなるような歳月を経ても、おれの事を覚えてくれていた。

 

 

 

 本当に、感謝してもしきれない。

 最後まで我が儘を言うおれを許してください。

 

 

「ツクヨミ様________行ってきます!」

 

 

 そんな幼稚で我が儘なおれがどう生き抜いたかを、どうか最後まで見守ってください。

 

 貴方様が救った命は、懸命に、今を生きてます。

 

 

「……行ってらっしゃい、生斗」

 

 

 手を振るツクヨミ様を背におれは自動ドアの先へと足を踏み出していく。

 

 ______二柱の神から授かったグラサンを身に付けて。

 

 

 

 

 

 

 

「千年後に、また会いましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 –––

 

 

「ここは、何処だ。庁舎か?」

 

 月の都防衛施設庁舎の一画。

 四方形の無骨な建築物の自動ドアから姿を現したのは、熊口生斗であった。

 

 中の迷路のような通路とセキュリティを何とか突破し、遂に月の都に脚をつけたのであった。

 

 そしてその背後には_______

 

 

「生斗ーー!!」

 

「生斗さん!」

 

「うわぁ!?」

 

 

 小型サイズの伊吹萃香と、射命丸文が待ち構えていた。

 

 

 

 




あと弐話で5章完結(仮)です。
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