東方生還記録   作:エゾ末

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参拾話 英雄の門出

 

 

「こんにゃろう! どんだけ待たせたと思ってんだい!」

 

「そうですそうです! 待たせた分の罰です! ていうかなんですかその二重黒眼鏡! ダサいですよ!」

 

「痛っ、ごめ、ほんとごめ、痛!」

 

 

 久方振りの再会を果たした旧友達に袋叩きにされるおれは、友人関係を見直した方がいいのかもしれない。

 

 ていうかなんでこんな所に萃香と文がいるんだ?

 月攻めに来たのは紫だけとばかり_______そうか、おれが妖怪の山に行くよう唆したんだった。紫の話術なら月攻めに妖怪の山の連中を巻き込む事も十分に可能だし、あり得る展開ではあったのか。

 ていうか月攻めなんて超特大ビッグイベント、萃香の奴が逃す訳がないわな。

 

 

「折角生斗さんの居場所まで辿り着いたのに、あんな神様が立ちはだかるなんて思いませんでしたよ! 何ですかあの神様! 天狗である私ですら脚がすくんでこの場を動けなかったんですよ!」

 

「あ、あ〜、ツクヨミ様と先に出会(でくわ)してたのか」

 

 

 あの御方の神力、並の妖怪なら近付くだけで祓われるからな。脚がすくんで動けなくなる程度で済んだのなら御の字だろう。

 

 

「なんであんな神がいるなんて教えなかったのさ! あんなのがいるって分かってたならこっちの方に力を全集中させてたのにさ!」

 

 

 んで、こっちは違う意味で悔しがってるし。ツクヨミ様と相対して真っ先に戦おうとする妖怪は後にも先にも萃香ぐらいだろう。

 

 

「萃香、お前ちょっとは命を大切にしろ」

 

「うるさい馬鹿!」

 

 

 ていうか妖怪の山にいた時宴会の席で散々話してただろ。月にはおれが唯一尊敬する神様がいるって。

 八つ当たりで背中を蹴飛ばすのはやめて欲しい。背骨がぽきっと折れちゃいます。

 

 

「そ、そんなことよりほら! 久し振りに再会出来たんだからまずは喜びを分かち合おうじゃないか!」

 

 

 なんとか袋叩きの状態から脱出するべく、話題を逸らして状態を起こす。

 話題逸らしのためだけではない。百年以上顔を合わせていなかったんだ。抱擁の一つあってもおかしくはないだろう。

 

 

「まんまと捕まったあんたに人権はないよ!」

 

「そうです! この建物まで来るまで相当力使って疲れたのでおんぶしてください!」

 

「私は肩車!」

 

「なんか文お前、ツクヨミ様と相対して変なテンションになってないか?」

 

 

 顔も赤いのか青いのかよく分からない色してるし、眼もギラギラにキマってる。

 相当無理をしてここまで来たのだろうか。

 

 

「あの神様への恐怖心と即死兵器を携える月の民から隠密しながら移動する緊張感と生斗さんと会えた安心感と怒りの感情が混ざり合ってぐちゃぐちゃになってます!」

 

「私がついてたのに情けないよねぇ」

 

「あー、なんかごめんな」

 

「許しません! 帰ったらお酒付き合ってくださいね!」

 

 

 相当無理させちゃってたようだな。

 萃香がいるとは言え、確かに敵地に潜り込んでおれの居場所まで移動するには神経をすり減らす行為だったのかもしれない。この萃香も分身体で、月の化学兵器を一発で受ければ消し飛ぶだろうし。

 

 ……ていうかなんでこいつらはおれの居場所が分かったんだ?

 月攻めに乗じて幽閉場所を特定したのか、最初から分かっていたのか。

 紫が萃香と文を救出組に選出されたのも気になる。

 

 

「取り敢えず、ここを移動しようか。認識を散らしているとはいえ、これ以上この場に留まってると見回りに見つかりそうだし。生斗が疑問に思ってる事、移動しながら話したげるよ」

 

「それもそうだな」

 

 

 おれが疑問符を頭に浮かべているのを察してか、萃香が親指で進路方向を指しながら移動を提案してくる。

 異空間から出たばかりのおれは、現状をまるで把握出来ていない。

 解っていることとすれば、紫が綿月親子と戦闘を繰り広げ、その周りに千の精鋭が囲っていること。

 

 今のおれの結界術と萃香の能力を合わせればまず見つかる事はないだろう。

 時間に猶予はあまり残されていないだろうが、状況把握はしておかなければ混乱を招きかねないため必要不可欠。多少時間をかけてもするべきだ。

 

 

「だから、ほら」

 

「ん?」

 

「おんぶしてください」「肩車」

 

「…………ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 −−–

 

 

「乗り加減は如何でしょうか、お客様」

 

「んー、萃香さんのお尻が顔に当たってイマイチです」

 

「飛ばせ飛ばせー!」

 

 

 二人を乗せ、浄土の上空を滑空する生斗。

 防衛庁舎の外門を出るとそこには穢土とあまり差のない城下町のような建築群が姿を露わにする。

 

 

「それで、今の状況は?」

 

 

 月攻めが行われている最中にも関わらず、月の民らは避難をする事もなく営みを続けている状況を横目に生斗は二人に問う。

 月攻めに加担した人員、現在の戦況、目的の全容の全てを。

 

 

「風情がないねぇ。もっとこの景色を楽しみなよ」

 

「そうも言ってられない状況なんだろ。正直に言ってくれ」

 

 

 先程までの声色とは打って変わり、緊迫とした状況を危惧した様子で再度問い掛ける。

 

 

「……状況が見えてんじゃん」

 

 

 無理に場を和ませようと慣れない真似をした萃香は自身が過ちを犯した事を内心恥いていた。

 生斗との再会で暗い雰囲気にしたくないと遠回しに状況を説明ようとしていた。だが彼は、救出に来てくれた者達の安否を何よりも案じていたのだ。

 

 

「端的に言えば月攻めは此方側が超劣性。私の本体は再生限界が近いし、戦力である五百の兵隊の殆どは何箇所か欠損させられて戦闘続行不可。今は紫も参加して数人の実力者で応対してるのが現状だよ」

 

「敵戦力は綿月隊長と依姫以外誰がいる」

 

「二人だけ。だから正直悔しいよ、たった二人の月人に鬼を含めた妖怪の軍勢が抑え込められてるんだから」

 

「あの親子は月の民の中でも異質だよ」

 

 

 五百という数字を聞き、ある程度の目的と紫の策略を把握する生斗。

 月の戦力の一端を目の当たりにした紫がたった五百の軍勢で本丸である月の都を落としに来たとは考え難い。

 月の都の今の状況も踏まえると、紫は両陣営の被害を最小限に抑えながら、あわよくば月の都の一部を占領、可能なら月の技術の奪取、最悪自身の奪還を目的に事を起こしている。

 癖の強い妖怪等を率いての事であるのならばあらゆる要素を詰め込み、誰もが納得する形で今に至っているのだろう。だが、そこまでの細かい話まで聞いている余裕はない。

 そう判断した生斗はある程度の予測で留め、次の質疑へと移る。

 

 

「それで、なんでおれの居場所が分かったんだ」

 

「生斗さんがお世話になったという元月の民からの伝手です。()()()()()()()()情報を頂きました」

 

「……永琳さん達か!」

 

 

 紫が永琳達とも連携を図っていたことに驚愕する生斗。しかしながら即座に納得し、安堵の息を漏らす。何故なら、そのレベルの相手を味方につけなければ、到底綿月隊長クラスに一矢報いる術を講じることすら至難の業であることを、あの紫が理解していない訳がないのだから。

 

 

「無事、あいつ等会えたんだな」

 

「?」

 

 

 以前、輝夜と紫は親しき友であったにも関わらず月の使者からの逃亡により散り散りとなっていた。

 あの時、紫は境界の転移先を自身にも分からないようにする事を引き換えに、転移先を大幅に伸ばす縛りを設けていた。

 その上逃亡者である輝夜は永琳と共に月をも欺く隠蔽の術を用いながら移動をしている筈。それを踏まえると今後二人が再会する可能性は絶望的であった。

 そんな二人が無事月からの追っ手もなく再会できていたからこそ、生斗は安堵の息を吐いたのだ。

 

 

「あ、とすまん。そのとある条件ってなんだ?」

 

「それは……」

 

「あんたに()()は秘密にしてってさ。そんな隠す事でもないのにね」

 

「なして!?」

 

「それは月から脱出してからのお楽しみですよ」

 

 

 とある条件が秘匿されている事実に打ちひしがれる生斗。秘匿されている事に小一時間ほど問い詰めたい気持ちをぐっと堪え、話を続ける。

 

 

「でも、お前ら二人が救出組に選出されたのは何となく分かった。鴉天狗である文の速さに、萃香の凡ゆる認識を散らす能力を行使すれば、目的地まで最短で辿り着けるもんな」

 

「本当はあんたが拘束されてる制御室? ってとこまで行く予定だったんだけどね。あの神に外で待ってろって言われてさ」

 

「萃香が大人しく待ってるなんて意外だな」

 

「……私自身も驚いてるよ。誰かさん達のせいで丸くなってしまったようだ」

 

「私は内心ヒヤヒヤしましたけどね。あの状態で戦闘になれば数秒足らずに祓われてたでしょうし」

 

 

 萃香自身、何も背負うものがなければ間違いなく分身体であっても突貫していたであろう。

 だが、状況がそれを許さなかった。

 月の技術すら欺いた自身の能力を意図も容易く看破し、苦戦を強いられている綿月隊長を遥かに凌駕する程の実力を有しているであろう月読命と戦闘になれば、これまでの積み重ねが水泡に帰することになる。

 昔の無鉄砲な萃香であればそれでも突貫していたかもしれない。

 しかし、凡ゆる人や妖怪と酒を交わし様々な価値観を知ってしまった今は、彼女を弱く、そして強くした。

 

 

「そろそろ近付いてきたよ。他に質問は?」

 

「(真っ直ぐ進んで大体五里(※約20㎞)ってとこか。庁舎自体端っこにあった訳じゃないし、月の都も浄土だけあってかなり広いな)そうだな……」

 

 

 月の都でも家屋等の建築物が徐々に減り出しており、生斗の視界の先に映る岩壁地帯には、強大な霊力を持った精鋭達が列を乱さず待機している。

 

 

「ん?」

 

 

 視界の先に映る精鋭達。

 妖怪の軍勢にとって絶望的な状況であるにも関わらず、生斗の口元は緩んでいた。

 

 

「(ツクヨミ様達……粋な計らいをしてくれる)」

 

「もう質問は無しって事でいいかい? 」

 

 

 生斗の髪を引っ張り、頬を膨らませる萃香。

 余程無視された事にご立腹の様子を見せる。

 

 

「すまんすまん、ちょっと感傷に浸ってた。とりあえず時間もないし最後に一つ」

 

 

 自身の髪が根こそぎ抜かれていないか若干の不安を過らせながらも、生斗は直近で最も重要な質疑を二人に投げかける。

 

 

「この浄土への行き方と脱出方法を教えてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

「何故出撃させないのです。あの結界の中、明らかにおかしい。硬直状態が続いているにしては長過ぎる」

 

「何を慌ててるんすか上層部のお偉いさんが。相手はたった500の雑魚妖怪の群れですよ? 綿月司令の命令を無視して出撃するほどの事態ではありませんよ」

 

「原因不明の地殻変動も起きているのですよ! 一刻も早くあの賊どもを排除しなさい!!」

 

 

 綿月隊長と依姫が妖怪の群れへと出向いて数刻。

 未だに次の指示が来ないまま立ち往生をしている精鋭部隊に対し、遂に上層部の人間が駆り出されていた。

 

 対応するは精鋭部隊の本来の現場決定権を持つ指揮官。

 そんな彼は上層部の人間に対し飄々な態度でいなし、部隊を動かす様子が見られない。

 

 

「そもそも何故防衛総監と副総監が二人だけで敵地へ赴いているのです! 定例会でどう説明するつもりですか!」

 

 

 崖先から一里先にある現場を指差し、現場判断の惨状を指摘する上層部。

 彼女が荒ぶるのも無理はない。

 本来指揮所で指示を下すべき人間が現場に出て、あまつさえ敵地へ特攻しに行ったのだ。

 数億年の勤務実績と普段の的確な現場判断力を持った防衛総監の動きとはかけ離れており、何者かに操られているか乱心したかを疑うレベルである。

 そんな状況にも関わらず、元凶を数秒で鎮圧できる力を持ちながら妖怪の群れを前にして動かない精鋭部隊。

 上層部の額には青筋が複数浮かび上がっていた。

 

 

「やはり熊口生斗! あの者がこの月の都に来てから碌な事が起きていない! 即刻追放か始末するべきだと何度も______」

 

「あ?」

 

 

 怒りの矛先は、的を射ている。

 月の都に生斗が運び込まれてからというものの、上層部と一部の都民のみしか彼が月の都で幽閉されている事実を知らされていなかったにも関わらず噂が広まり、解放の署名活動が起きており、上層部の頭を大いに悩ませていたのだ。

 そして本件も生斗が月の都に来なければ起こりえなかった事態でもある。

 彼がいたから綿月親子は独断行動を取り、彼がいたから本来行くことのなかった妖怪達が集結し月攻めを決行した。

 

 月の都の秩序と平和を管理する上層部からすれば、生斗は害悪以外の何者でもない。

 そうである筈なのに______

 

 

()()()の悪口言っていいのは俺達だけなんだから、あんたが言ったらダメっしょ」

 

「かっ、は!?」

 

 

 上層部の胸倉を掴みかかる指揮官。

 月の都にとって害しか及ぼさない存在も、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ______遥か太古の昔。

 妖怪犇く暗雲の森から救出された人間がいた。

 素性不明、見覚えのない神力を纏ったサングラスを身につけたその人間は、受け入れてくれたその国に深く感謝し、恩義を感じていた。

 そしてまた、彼を知る者は彼を国の一員として認めていた。

 そんな中、新天地を求めての大移動に乗じた魔の手が国の喉元に襲い掛かる。

 推定被害者数は国の人口の2/3にまで登る大災害。

 

 誰もが絶望した最中、過剰な恩義を胸に自身の一切を投げ棄て、実被害を1/10以下にまで抑えた者がいる。

 

 その人間の名は_________

 

 

 

「______〜〜熊口、生斗!! 何故、ここにいる!?」

 

「熊さん!」

 

 

 精鋭部隊の列が裂けるように開いていく。

 その裂け目の中央を闊歩するのは、この場に存在する筈のない熊口生斗本人であった。

 

 

「よっ、〇〇。元気にしてたか? あっ、〇△も精鋭部隊とやらに配属されてんのか。皆出世してて熊さん感無量ですよ」

 

「あんたは相変わらずですね!」

 

「ははは、なんでグラサン二つも掛けてるんですか?」

 

 

 顔見知りに挨拶をしながら徐々に指揮官と上層部へと歩を進めていく生斗。

 その姿を見て指揮官は掴んでいた胸倉を離し、喜びの声を上げながら彼の元へと駆けていく。

 

 

「熊さーん! 久しぶりっすね!!」

 

「お〜、御崎! お前そんな大それた服装してどうした?」

 

「俺も出世してんですよ! 熊さんより4階級上なんですから敬語使ってください!」

 

「煩せい。階級平等パンチすんぞ!」

 

「いでっ!」

 

 

 生斗の元へと駆けつけた指揮官は、到着早々軽く小突かれるも、気にする様子もなくお返しにと背中を叩いて応戦する。

 生斗が月移住時まで受け持っていた第3治安維持中隊の大多数がこの精鋭部隊に選抜されており、今回()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ため、誰もこの異常事態に動揺することもなく数億年振りの再会に喜びを分かち合う。

 ただ、一人を除いて_________

 

 

「サグメ様は何をしてらっしゃるのです……!」

 

「お、おい、それはまずいっすよ!」

 

 

 乱れた服装を整えぬまま、一丁の拳銃を生斗に向ける上層部。

 

 

「大人しくしろ、脱獄者! 今すぐ貴様を拘束し、審問に掛ける!」

 

「熊さん、あれは本当にまずいっす。銃口を向けているとはいえ、既に熊さんへのロックは完了してます。引き金を引けばどんなに避けようとしても必ず命中しますし、当たれば向こう十年は仮死状態が続く拘束特化の化学兵器っす」

 

 

 突如として向けられた狂刃に驚いた様子もなく、生斗は頭を掻く。

 先の指揮官とのやり取りを目視していた生斗は、彼女が上層部の人間であることを把握している。

 指揮官の発言も真実であることも理解している。

 それでも尚、生斗は余裕の態度を崩すことはなかった。

 

 

「上層部のお偉いさんって戦闘経験ってそんなにないよな」

 

「そ、そうっすね。基本は俺達の業務への口出しと事務仕事がメインですから」

 

「黙れ!______!?!」

 

 

 糾弾の声を上げる上層部が引き金を引こうとした瞬間、引き金の間に生斗の指が挟まり射撃を妨害される。

 

 

「ゔっ」

 

「次は撃とうとする意思だけで射撃できる銃を開発してもらうんだな」

 

 

 引き金を引けないことに動揺する上層部の頸動脈を絞め、数秒で意識を落とす。

 目にも止まらぬ早業。それを可能としたのはやはり、サグメとの修行あってこその代物である。

 

 

「熊さん……か、かっけぇ!」

 

「よせやい。照れるだろうが」

 

 

 これまで逆らう事が許されなかった対象を、見事なまでに無力化した生斗に対して、指揮官含む精鋭部隊は感嘆の声を漏らす。

 本来、脱獄者である生斗が上層部に手を出すことは、月の都からの永久追放もしくは無期限の幽閉が課される可能性が極めて高い状況であるのだが、幸いこの場に()()()はいない。

 気絶させられた上層部の一人だけが騒いだところで、目撃者がいなければただの虚言として処理されるのだから。

 

 

「すまなかったな、お前ら。おれの独断でお前らを置いていってしまった」

 

 

 月読命を顎で使い、部隊全員に薬を盛った事を改めて謝罪する生斗。

 その姿を見て指揮官は若干驚愕しながらも、冗談混じりに返答する。

 

 

「ほんとっすよ。俺らがいれば、もしかしたら熊さんも月の都で一緒に過ごせてたかもしれなかったのに。でも_____」

 

 

 指揮官は、周りで二人の動向を見守る千の兵士の周りに目を配る。

 

 

「熊さんが守ってくれたから、今の俺らがある。貴方は間違いなく、俺らにとって英雄だ」

 

 

 生斗の胸を軽く叩き、微笑み掛ける指揮官。

 この精鋭部隊には月の都出身の者も多くいる。生斗がいなければ産まれ落ちる事もなかったかもしれない命が、この大地を踏み締め、今を生きている。

 

 この場において、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……ありがとう」

 

「何辛気臭い顔してんすか! あんたの本番はこれからでしょ!」

 

「えあ?」

 

「奥さん、探すんでしょ。豊姫さんから聞いてます。その為に態々脱獄までして……」

 

「えっ、えっ、なんで知ってんの!?」

 

「豊姫様からさっき伝令があったんですよ! 『生斗さんが奥さんを探す為に果てなき旅へ向かおうとしてる』って!」

 

「亡き奥さんの為に穢土へと舞い戻ろうとするなんて……熊さんあんた漢です!」

 

「うわぁあ! 豊姫さんの馬鹿!」

 

 

 やりやがったという面持ちで固まる生斗。

 以前、依姫が危惧していた穢土へと戻ろうとする生斗に対して反感が変われるのではないかという疑問。

 それを豊姫は、恋路を用いた解決策を講じたのだ。

 恐らく、この噂は生斗が月の都を脱出した後瞬く間に月の都中に広まる事であろう。

 それを理解した生斗は顔が真っ赤になり、その場に蹲る。

 

 

「勿論、綿月司令と依姫副総監にも話はいってます」

 

「オーバーキルやめてください」

 

「も〜、熊さんは普段は図太いのに、変なところで恥ずかしがり屋なんすから」

 

 

 蹲る元上司に手を差し伸べる指揮官。

 そんな情けない姿を見ても、誰一人として侮蔑の目線を向ける様子はない。

 それ程までに、熊口生斗という人物像は月の都にとって確立されているのだ。

 

 

「恥ずかしい事はないっすよ。寧ろ胸を張ってください。これから貴方は、亡き奥さんのために月の都の誰もが恐れた死と向き合うんすから」

 

「御崎……」

 

 

 生斗は差し伸べられた手を掴み、蹲った状態から立ち上がる。

 そう、今の彼に恥ずかしがる必要もなければ、そうする時間も残されていない。

 

 奥さんではない。だが、来世だろうが来来世掛かろうが必ず再会することを約束した相手がいる。

 その相手の為に事を起こしていることも事実。

 

 豊姫は生斗がまた月へと赴く際、少しでも月の都の住人と軋轢が生まれないよう計らってくれている。そんな優しさを恥ずかしさで覆う行為は、彼女に無礼にあたる。

 

 ならばどうするか。

 答えは既に、生斗は導き出していた。

 

 

「ああ、そうだ。あいつの為におれは穢土に戻る。だから止めたい奴は掛かってこい。相手になってやるから」

 

「!!」

 

 

 ______宣戦布告。

 月の精鋭部隊を前にして尚、そう言い放つ彼の姿を前にした指揮官は全身が震えるような感覚に陥った。

 

 彼もこの精鋭部隊がどれだけの戦力を有するか理解している筈。

 そんな相手が敵として相対したとしても、彼は前に進む覚悟を示した。

 

 それがどれだけの覚悟か、指揮官には痛い程伝わってきたのだ。

 

 

「熊さ______部隊気を付けぇ!!」

 

 

 一斉に、生斗を中心に千の部隊が整頓する。一糸乱れぬその集団整頓は、さながら一種の芸術作品を彷彿とさせる代物である。

 何故指揮官が突如として号令をかけたのか。それが何を意味するかは、生斗自身理解をするのに時間は要さなかった。

 

 

「‘‘英雄’’熊口生斗に対し______敬礼!!」

 

 

 皆が、古の英雄を前に敬礼する。

 生斗の覚悟を受け取った今、これ以上縛る事は出来ない。

 そう判断した指揮官は今、最大の礼を持って彼を見送る判断を下したのだ。

 その集団行動の精密さから、誰もがその判断に納得し、行動を起こしていることが見て取れる。

 

  

「(……お前ら)!!」

 

 

 生斗も、彼らの礼儀を返すように全員に向け敬礼する。

 

 そして一歩、また一歩と、踏み締めるように前へ進んでいく。

 

 

「お前ら! 英雄の門出だ!」

 

 

 そう指揮官が言い放つと、千の精鋭達は各々の軍帽を投げ出しながら、生斗に向けエールを送っていく。

 

 これまで、月の都では疎まれる存在として認知されてきた。

 彼を知る者も、集団圧力により口を紡がざるを得ない状況が続き、今日に至るまで、歯痒い思いを沢山してきた。

 

 そんな状況が今、彼の門出を祝う大勢を前にし、報われる瞬間が訪れたのだ。

 

 自然と、指揮官の目頭は熱くなっていた。

 

 

「熊さん! 頑張ってください! 向こうに行っても、俺らの事を忘れないでくださいね!」

 

 

 大量の帽子を一身に受けながら前へと進む生斗に対し、指揮官は陳腐な台詞を投げ掛ける。

 

 

「あたぼうよ! 帰ったら土産話、泣いて許しを乞うまで続けてやるから覚悟してろよ!」

 

 

 右手を上げ、そう返事する生斗。

 これが今生の別である事を、この場にいる誰もが理解している。

 

 そしてその誰もが、熊口生斗が必ずまた戻ってくる事を確信している。

 

 

 ______それが例え、来世であろうとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

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