東方生還記録   作:エゾ末

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3章 妖怪の山との交流
1話 想定外で規格外


 

 

 燦々と照りつける太陽がこれほど憎らしいと思ったのはこれで何度めだろうか。

 

 辺りには光を遮る大気中の水滴は一切見当たらず、容赦なく地上に熱気とともに降り注ぐ。

 

 守矢の国を出て幾月か経過した今日。

 おれは極度の空腹と水分不足に悩まされていた。

 

 

「飯、もう何日食べてなかったっけ……」

 

 守矢の国から出るときは大分まだ肌寒かったのだが、今ではドテラを着ているだけで暑苦しいほどの温度だ。

 食料面でも何回か見掛けた村でお世話になったりして食い繋いできたが、ここ二週間近く歩き続けても村どころか民家すら見つけられていないため、このような状況に貧しているのだ。

 

 

『二日です。しかも食べたのはあまり美味しくなさそうな木の実でした』

 

 

「ああ、そうだった。それが当たって逆に体力消耗したんだっけな」

 

 

 そろそろ体力の限界が近い。

 ただ西へと進んではいたが、一向に吉となるような事が微塵もない。

 こんなに餓えに苦しむのなら最後に寄った村でもう少し働いて乾物をもらっておけば良かった。

 

 

「少し、休憩するか」

 

 

 駄目だ。頭が朦朧としている。目の前もなんか歪んで見えるし、少し寝ないとこれ以上歩けない。

 

 

『私が外に出られれば食料ぐらい取ってくるんですけどね』

 

 

 その食料が中々採れないから困ってんだよ。

 草とか食べれるやつと食べれないやつの違いとか分からないし、動物とかも全然出てきやしない。

 

 

『そりゃあ人の整地した道ばっかり歩いてたら遭いませんよ。動物は皆が縄張りがあるんですから、まずそこから探さないと____まあ、今の熊口さんに言っても無駄ですね。とりあえず休んでください』

 

 

 おう、そうする。

 重い身体をなんとか木陰まで持っていき、力なく尻餅をついたおれはそのまま目を瞑る。

 すると意識が泥のように溶けていき、みるみるうちに夢の世界へと誘われていった。

 

 

 __________________

 

 ーーー

 

 

「こんなところに人間?」

 

 

 人間の村へ赴く道すがら、私は道端で倒れる妙な格好をした人間を見つけてしまった。

 

 

「大分痩せ細ってるね。ここ数週間ろくなもの食べていないと見た」

 

 

 果て、どうしたものか。少し小腹も空いたし食べてしまうのも悪くない。

 だけど、う~ん。

 この人間、妙な気配がする。 これは____神力?

 頭に掛けている黒い物体からそんな力が発せられている。

 

 

「でも大分衰弱しているしなあ」

 

 

 あの()()()に出させるには役不足な気がする。

 だが、素材としては申し分のない。

 神具を持った人間、話題性としては十分。わざわざ人間の村へ行く必要もなくなる。

 

 

「仕方無いね。私が少しの間養ってあげようじゃないの」

 

 

 そう言って私は人間を肩に乗せ、帰路へ歩を進める。

 

 ___んっ、この人間。わりと筋肉あるな。やっぱり食ってやろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 __________________

 

 

 ーーー

 

 目が覚めると、見覚えのない天井が視界に映る。

 なんだこれ、以前にも同じことがあったような気がする。

 

 

「そして当然の如く縛られてるのね」

 

 

 とりあえず起きようとすると、両手足紐で縛られ、身動きがとれない状況となっていた。

 

 そうだ、前に守矢の国へ再転生した時と同じ状況だ、これ。

 ……ってことはつまり、これを仕出かしたのは____

 

 

「おっ、目が覚めたかい」

 

「やっぱり幼女かよ!」

 

「あん? 何て言ったんだい?」

 

 

 目の前にいたのは諏訪子ではなく、また違った幼女であった。

 おれの隣で様子を窺うように此方を覗き込んでいる。

 服装は袖を破ったかのような白のノースリーブに紫のロングスカート、装飾品として四肢に鎖が取り付けられており、先端には丸四角三角の分銅らしき物体が付いている。

 容姿は……まあうん。なんとも可愛らしい。

 栗色のロングヘアーに女性の平均身長の頭ひとつ分ほど低い背丈。

 そんな少し奇抜な服装以外は美幼女であることは確かなのだが、()()普通の人間にはない物があった。

 

 ___頭に身体とは不釣り合いなほど大きな二本角が生えている。

 

 これだけでも彼女が人間でないことは確かだ。

 

 そしてもう一つ、この幼女恐ろしい程の妖力を有している。

 

 なんでこんな大妖怪が接近し……てか人拐いされてるのに起こしてくれなかったんだよ、翠。

 

 

『やっと気がつきましたか。何度も起こそうとしたのに起きなかったんですよ』

 

 

「急に此方をじーっと見てなんだい。女性をまじまじと見るもんじゃないよ」

 

「ああすまない。だけどこの状況だとそうも言ってられないだろ。妖怪に捕まって両手足縛られてるんだから。まずどんな奴か観察しないと」

 

「なんだ、私が妖怪だって分かってたんだ。それこそ泣き叫ぶなり抵抗するなりするだろうに」

 

「この状況には耐性があるもんでね」

 

 

 前は妖怪ではなく神だったけど。

 そんなツッコミをしつつおれは縛られた縄をナイフ型に生成した霊力で切り落とす。

 

 

「ほう、そんな芸当が出来るんだ」

 

「驚いたか。おれを拘束したいなら関節でも外しとくんだったな。それじゃ、おれは用があるんで」

 

「待って待って待って、なんで何事もなかったかのように帰ろうとしてんだい。この私が逃がすとでも思ってんの」

 

 

 そうだよねー、そうじゃなきゃなんで誘拐したのか不明すぎますよねー。

 とりあえずとてつもなく嫌そうな顔をしつつ、おれは幼女の方へ振り向く。

 

 

「力づくであんたを押さえつけることも可能だけど、まずは飯にしないかい? ほら、あっちの部屋から良い匂いがするだろう。この私特製鍋の匂いだよ。あっ、人肉はないから安心しな」

 

「な、べ……?」

 

 

 鍋、だと____!!!

 そういえば確かに、さっきから隣の部屋からほのかに出汁のきいた食欲をそそる匂いが香ってくる。

 ここ数日ろくなものを食べていないおれの胃袋が早く早く食わせろと悲鳴を上げ始める。

 

 

「鍋、か……」グルウウウウウウグウウウ

 

「と、とんでもなくお腹空いてたようだね。食物があると分かった途端腹鳴りまくってるじゃないか」

 

「……肉はあるか」グルウウグウウグウウ

 

「一応鴨肉あるけど」

 

「幼女妖怪様。私め、この御恩二度と忘れません。己に出来る事があれば何なりと引き受ける所存で御座います」グウウウウウウルルル

 

「うわっ、何気持ち悪い!」

 

 

 なっ、何が気持ちが悪いだ!

 誠心誠意を込めて跪いて礼を述べただけだってのに。

 

 

『熊口さんに誠心誠意という概念があったんですね。十年来の驚きです』

 

 

 翠、心読めるくせに今まで気付かないとかそれこそ驚きを隠せないぞ。

 

 この幼女妖怪が何者であるかは今はどうでも良い。

 それよりもまず、食欲を満たさなければほんとに死んでしまう。

 

 そう言い聞かせたおれは、軽い足並みで鍋のある隣の部屋へと移動していった。

 

 ___後ろの妖怪が唾を啜る音に気付くこともなく。

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

「いやぁ、食った食った。こんなに美味い鍋は初めてかもしれない」

 

「ほんとよく食べたねぇ。予備で用意しておいた食材も全部平らげるんだもん」

 

 

 この世で一番美味いと豪語できる鍋をつつき終え、差し出された茶を啜りながら一息ついていた。

 

 翠も食べれば良かったのに、何で出てこなかったんだ? 

 

 

『ここで私が出ることによって不利になるかもしれないですから。あっ、大丈夫ですよ。私は食事を必要としませんから』

 

 

 不利になる? 何を言ってんだか。

 妖怪だからって警戒しすぎだ。食卓を皆で囲って飯を食べるのはまた美味なんだからな。

 

 

『さっきの鍋、全部熊口さんが食べてたくせに何言ってんですか』

 

 

 あ、あのときは気を使う余裕がなかったんだ。無我夢中で飯にありついてたからな。

 

 

「そういえば、あんたの名前を聞いてなかったな。何て言うんだ? ……あっ、因みにおれは熊口生斗、永遠の二十歳なのでそこのとこ宜しく」

 

「熊口生斗ね。いつまで覚えているかは分からないけど、記憶の片隅にでも置いておくよ」

 

「酷いな。少しは覚えてもらえたら嬉しいんだけど」

 

「ははは、善処はしとくよ___私は伊吹萃香っていうんだ。たぶんあんたの中で一生頭に残る名だよ」

 

 

 そう言い放ち、どこから取り出したのか瓢箪の中にある液体を口にする幼女。

 匂いからして大分きついタイプのお酒だろう。

 

 

「ほう、やけに自信ありげだな。おれこそ自慢じゃないが忘れっぽい性格でな。萃香って名前直ぐに忘れちゃうかもしれない」

 

「大丈夫大丈夫、あんたは絶対に忘れないよ。これまでで、そしてこれからも私ほどの妖怪……いや、()には出会わないだろうしね」

 

「はいはい、萃香さんは凄いですね。とてもお強そうな…………えっ、今何て言った」

 

 

 おれの聞き間違いだろうか。

 今この幼女、自分のことを()と言ったような気がしたが、流石にそれは空耳だろう。

 そういえば忘れていたがこの幼女、大妖怪と言っても差し支えない程の妖力を有している上、鬼特有の角が生えてはいるが、さ、流石に違うだろう。

 角のある妖怪なんて巨万といるし。

 

 

『鬼って言ってましたよ』

 

 

 でしょうね! 言いましたよねそりゃね! 

 

 鬼……鬼には良い思い出が一切ない。

 時に食後の運動で襲われ、時には逆恨みで仲間を大量虐殺された。

 人間と大差ない体躯とは思えないほどの怪力を有し、非常に好戦的。

 人智を遥かに越えた圧倒的な力を引っ提げて傍若無人に生きるのが鬼だ。

 

 

「さて、腹拵えも済んだことだし、早速本題に入ろうか」

 

 

 そう言い放ち、不適に笑う幼女……萃香。

 その笑みに悪寒が走ったおれはなんとか制止しようと試みる。

 

 

「ちょっと待て。それよりもおれは____」

 

「あんたを鬼対人の腕試しに参加させるのが、私の目的。人間が一人が自刃したらしくてね。その補充であんたを捕まえたってわけ」

 

「やりません鍋美味しかったですさよなら!!」

 

 

 萃香の口からとんでもないワードを聞き取った瞬間、おれは足に霊力を込め全速力で戸を破って家を出た。

 人の家のドアを破壊するということに若干後ろめたさは感じたが、今はそんな事を気にしている余裕はない。

 鬼との力試し? 馬鹿なのか、馬鹿なんだろうな。

 鬼と人なんて比べるべくもない、地力が違いすぎる。

 霊力を扱えるおれだって鬼との力比べで勝てる自信は微塵もないというのに。

 

 

『馬鹿は熊口さんです。折角油断してたんですから首でもはねていれば良かったのに』

 

 

 鬼をなめてたら命が幾つあっても足りないぞ翠。

 一発殴られただけで内蔵の大半が破裂した人間の気持ちが分かるか? 

 想像を絶する痛みだったんだぞーーその後アドレナリンやらのおかげでなんとか動けはしたが。

 

 

『あれ、妄想の中の話じゃなかったんですね。ほんとに今、熊口さんが焦っているのが…………あっ』

 

 

 あっ? 

 翠、あってなんだよ、あって。

 まるで見てはいけないものを見てしまったような____あっ。

 

 

「私に目をつけられた時点で、逃げるという選択肢はまずなくした方がいいよ」

 

「そうだ、ついでだし他の鬼達と力試しする前に、私が試してあげる」

 

「安心しな、死なない程度に加減してあげる」

 

「____まじかよ」

 

 

 戸を破り、少し走った先にいたのは、家の中に居た筈の萃香が()()にもなって前に立ちはだかっていた。

 

 ははは、逃げられるとは思っては居ませんでしたよ、それはね。

 なんとか他の妖怪と鉢合わせ、その混乱に乗じて逃げ出そうとしていたというのに。

 

 これは、もうほんと、なんというか…………とんでもない規格外な鬼がいらっしゃるようで。

 とりあえず命が確実に一つ以上無くなることは確定しましたね。

生還記録の中で一番立っているキャラ

  • 熊口生斗
  • ツクヨミ
  • 副総監
  • 天魔

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