東方生還記録   作:エゾ末

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11話 傷だらけの吉兆

 

 

「はあ、はあ……」

 

 

 身体中に出来た切り傷から血が流れ落ちる。

 

 あの風、とんでもなく厄介だ。

 天狗の団扇を仰ぐことにより発生する突風、避けた筈なのにいつの間にか切り傷が増えている。

 傷は深くない、だが数が多いため多くの血を失いつつある状況だ。

 

 

「馬鹿みたいに突っ込んで来ないのね」

 

「変に焦るとそれこそ命取りになるんでな」

 

「でも貴方の場合は少し焦った方が良いんじゃない? 人間でその出血量はそう長くは持たないでしょ」

 

 

 あの天狗の言う通りおれは傷の治りが妖怪並みに速いわけではない。常人より少し毛が生えた程度だ。

 この傷だってまだ止まる気配もない。

 

 くっ、変に避けるべきではなかったな。

 あの団扇の突風は無色透明であるため視認しづらく、速度もあるからなんとも避けがたい。

 

 避けがたい風攻撃、ならばその風を此方まで近付けなければいい。

 まだ試してはいないが、おれの爆散霊弾の爆風で吹き飛ばす。

 

 

「(避けようのない広範囲での風斬りがちょっとした切り傷程度の負傷しか与えられていないのは誤算ね。普通の人間ならとっくにバラバラ死体の完成なんだけど)次はもっと痛いわよ」

 

「なんだ、本気じゃなかったのか」

 

「いいえ、一応さっきも本気よ。次はもっと深く斬りつけられるように工夫するだけ」

 

 

 深く斬りつける、か。

 当たったら痛いじゃ済まなそうだな。切断案件に入るかもしれない。

 それだと流石にまずいのでおれもいつもよりちょっと大きめの爆散霊弾を生成することにしよう。

 これで風を吹き飛ばせられれば良いんだが……

 

 

「そんな霊弾一つじゃ到底受け止められないわよ」

 

「その台詞は聞き飽きたよ」

 

 

 爆散霊弾の存在を知らない大体の奴はなめてかかって来てくれる。

 そうすれば必ず隙が出来る筈。爆散霊弾があの天狗の攻撃を受け止められれば勝機はある。

 

 

「せいぜい精進しなさい。止められるものならね」

 

 

 団扇を握り直し、遂に天狗は振り下ろした。

 周りの木々は葉を撒き散らしながら次々と薙ぎ倒されていき、みるみるうちにおれへと向かってくる。

 

 ____よし、この間合いだ。

 

 おれと天狗との中間辺りまできた風攻撃に向けて爆散霊弾を放つ。

 速度はあまりでていないが、木々を薙ぎ倒しながらくるほどの広範囲ならば着弾の心配は必要ないだろう。

 

 そんなおれの予想は適中し、爆散霊弾はとてつもない爆発とともに発生した砂煙がおれと天狗を巻き込んでいく。

 

「(よし、この爆風なら身体は斬れていない筈。

 この砂煙の中今頃あの天狗は面を食らっているころだろう。今はそこを突く!)」

 

「驚いた。そんな攻撃手段もあったのね」

 

「がはっ!?」

 

 

 砂煙の中突っ込もうとした矢先、おれの背後から天狗の声が聞こえてきた。

 身の危険を感じたおれはなんとか防御の体勢へと移行するが、その抵抗も虚しく天狗の風の全体攻撃により吹き飛ばされてしまう。

 

 

「言ったでしょ。工夫をすると」

 

 

 身体中から血が吹き出す。

 完全に読まれていた___あの天狗、あえておれの霊弾をなめるような発言をし、その隙を突こうとしたおれの隙を突いてきた。

 馬鹿かおれは。本気でいくと決めた相手が不自然に大きな霊弾を出したら警戒するに決まってるだろ。それをまんまと利用されてこの様、一刻も早く止血しないとほんとにまずい。

 戦闘において焦りは禁物と言っておきながらも無意識に焦っていた。

 それが敗因か____

 

 

『熊口さん、諦めるのが早いですよ。いつものようにもう少し食らいついてみたらどうです』

 

 

 うるせぇ、翠。めちゃくちゃ痛い上に血を失って意識が飛びそうなんだよ。

 

 

『神奈子様の陣地へ赴いたとき今以上に疲弊しても決して倒れなかったじゃないですか』

 

 

 あれは背負ってるものが違うんだよ。

 あれでおれが敗けていれば諏訪子に未来はなかったかもしれないだろ。

 

 

『そんな勘定で勝ち敗けを決めるんですね』

 

 

 ……何が言いたいんだよ。

 

 

『私達人間は弱いんです。身体能力か遥かに上の妖怪には到底敵う訳もない。でも熊口さんはその妖怪に勝てる数少ない人間なんです。そう易々と敗けを認めないでください』

 

 

 なんだよそれ、それはただ翠がおれに敗けてほしくないと言ってるだけじゃないか。

 

 

『そうです、敗けてほしくないんです。理由は熊口さんが絶対に調子に乗るので口が裂けても言いませんが』

 

 

 お前に褒められたところでおれは調子に乗らないぞ。吐き気がする。

 

 ……ただあれだ、眼が霞んで今にも意識が飛びそうだったけど、その吐き気のおかげで少しだけ眼が覚めた気がする。

 

 もう少しだけ頑張ってみるか。そもしもこれで敗けたらおれ、絶対に殺されるか出血死するし。

 

 

『やっと気づきましたか、それが分かったならさっさと倒してきてください。熊口さんが倒れたら私も困るんですから』

 

 

 結局勝たなければならないのは、神奈子供の時も今もそう変わらない。

 それを翠に気付かされたのは少し癪だが、ほんの少し、ミリ単位で感謝しておこう。

 

 

「くっ……はあ、はあ」

 

 

 吹き飛ばされながらも、なんとか顔を動かし天狗の位置を確認する。

 くっ、結構な速度で吹き飛ばされてるというのにもう近くまで来てる。

 この天狗は間違いなくこれまで遭遇してきた妖怪の中で最も速いな。

 先程までの天狗であれば少しブレが生じる程度で対処は容易だったが、この天狗は明らかに実体が見えない。なんとか着衣している服の色が分かる程度だ。

 

 

「はあ!!!」

 

「あら、まだ動けるの……うっ」

 

 

 このままではおれが体勢を立て直し、剣を振る前に追撃を受けてしまう。

 ならばと考え、おれは天狗の進路方向へ己の血を撒き散らした。

 

 効果は覿面。見事天狗の眼に命中し動きを止めることが出来た。

 今の隙に反撃を加えなければ敗ける。

 やはりというべきか、血を撒き散らしたとき思ったように身体が言うことを聞かなかったからだ。

 いつものような剣捌きは相手の懐に入らない限り難しい。

 そうなると残された手は____

 

 ____爆発だ。

 

 

 おれが今出来る瞬時に生成できる爆散霊弾は四個が限度。

 萃香や勇儀ならば耐えうるレベルだが、果たしてこの天狗にはどうか。

 これまでの妖怪であれば大抵は一撃必殺の技であることは確かであるが、勝てる保証はない。

 だが、やる前に勝つか敗けるか考えている暇はない。

 

 そう考えたおれは咄嗟に爆散霊弾を生成し、天狗に向けて放った。

 

 離れている時間は残されていない。だから今ある霊力で全身を防御する。そうしなければ確実に巻き込まれて自爆するからだ。

 

 だが、おれはこの時失念していることが二つあった。

 

 ____おれに一生分のブーストがあることと、相手の天狗がとてつもなく速いということに。

 

 

 

 

 

 山一帯に轟く爆発音、おれと天狗を巻き込んだ大爆発は空中に大きな爆煙を立ち上らせる。

 霊力で全身を防御していたにも関わらず吹き飛ばされ、前に出していた両腕は熱により皮膚が少し爛れる。

 逆にこの大爆発でこの程度で済んだのは幸いかもしれない。

 普通なら即死か、少なくとも身体の幾つかは欠損していても可笑しくない。

 吹き飛ばされた先の地面に尻が埋ることに目を瞑れば大成功といっても過言ではない。

 

 

「やってくれたわね……」

 

 

 訂正、大失敗。

 尻が埋まっているおれの前には片腕を負傷し、服が淫らに破けてしまった天狗が現れた。身体の所々から煙が出ており、彼女自身もわりとダメージを負っているという点は唯一もの救いだ。

 

 

「風を周りに巡らせて防御していたのにここまで負傷するなんて、少し見くびっていたわ」

 

「へ、へぇ、用意周到なんだな」

 

 

 おれが目潰しをして爆散霊弾を放つまであの天狗は団扇を振る動作をしていなかった。ていうかさせる暇を与えなかった。

 ということはつまり、始めからあいつは予測し、攻める前から風で防御していたのだ。

 おれが予想を越える行動をとるかもしれないということを視野に入れて。

 だからあの程度のダメージで事なきを得ている。

 ……この天狗、現代社会に行ったら絶対沢山の保険に入るだろ。

 

 

「ほっ!」

 

 

 埋まった尻を引き抜き、よろめきながらも立ち上がる。

 うん、幸いズボンは破れけてはいないようだ。

 

 

「血は大丈夫なの」

 

「ああなんだ、痛みはもう感じねぇよ」

 

「末期ね」

 

 

 血の吹き出す量は先程と比べたら大分収まってきてはいるが、それまでに出た量により頭は朦朧とし、身体中の力が上手く入らない。

 これは霊力剣も生成できるか危ういレベルだな。

 

 

「観念して首を差し出しなさい。今なら楽に逝けるわよ」

 

「すまないが、今もこれからも首を斬られる予定はないんでな。お前こそ、今ならそこを退けばそれ以上の怪我をしなくても済むぜ」

 

 

 よし、少し歪んではいるが霊力剣は生成できる。

 それを天狗に向けて構え、いつでも対応できるよう体勢となる。

 風攻撃対策用として背中に爆散霊弾も生成しておこう。

 相手も馬鹿みたいに風攻撃をしてくれば迎撃されるのは分かっている。そこからどう捻りを入れてくるか。

 

 

「馬鹿ね、自ら辛い死を選ぶなんて____切り刻まれて死になさい」

 

 

 そう言い放ち、団扇を二度振ることにより二つの小竜巻を発生させる天狗。

 周りに集まる木葉が次々と斬れ塵と化している辺り、当たればそれこそ命はないだろう。

 

 だが、この程度の規模なら爆散霊弾一つで十分だ。

 

 いや、違う____あの竜巻はブラフだ! 

 

 

「ちっ!」

 

「よくわかったわね」

 

 

 竜巻により発生源であった天狗の姿が霞んで見えなくなっていた。

 その利点をこの天狗が逃す筈もない。

 なんとか、その事に気付いたおれは既に真横まで来ていた天狗の攻撃をなんとか霊力剣で防御する。

 だが、咄嗟に体勢を変えたことにより脚の踏ん張りが効かなかったおれは膝を地面につけてしまう。

 

 

「(駄目だ、このままでは次の攻撃を避けられなくな___)」

 

「それじゃあ、さようなら」

 

 

 そしてまたも、天狗はおれに向けて団扇を振った。

 

 切り傷は大したことない。それよりも脅威であったのが風力、あまりの力におれは竜巻に向けて猛スピードで吹き飛んでいく。

 

 まずい、この竜巻に当たったら絶対に死ぬ。

 何か、対策を考えている____暇はない! 

 

 

「畜生! なんとか脚持ってくれよ!!」

 

 

 背中に待機させておいた爆散霊弾を足場にし、おれはそのまま爆散霊弾を起爆させた。

 

 足場といっても障壁を張っていたことで安定させ、爆発がこちらまで及ばないように配慮もした。

 ほぼ無意識下でした行動であったが結果は上々、物凄い重力はかかっているが、吹き飛ぶ方向を天狗へと向き直すことができた。

 

 

「なっ____!?」

 

 

 よくもまあここまで傷つかせてくれたものだ。

 この借りは今、返してやる。

 

 

「おらああ!!」

 

「くっ!」

 

 

 おれの決死の袈裟斬りを団扇で受け止める天狗。

 これも想像の範疇内、これで手を止めるわけにはいかない。

 

 片腕を負傷している状態で受け止めたということはつまり、それ以外の箇所はがら空きとということだ。

 

 

「うっ!?」

 

 

 すかさずおれは天狗の腹部を蹴り、鍔迫り合いの状態を解く。

 

 よし、効いている。

 このまま押し切れ! ここで押し切らなければ死ぬだけだ!! 

 

 

「!!」

 

 

 天狗も黙っておらず風起こしでおれの追撃を防ごうとするが、流石に何度も同じ手を受ける訳にはいかない。身体を捻り風の塊を避けつつ、おれは逆袈裟で天狗の胴体を斬りつける。

 

 

「なん、なのよ!」

 

 

 この程度でやられる玉ではない。そんな事は出血死寸前まで追い込まれているおれが一番分かっている。

 

 そして、おれらの頭上に妖弾を幾つも生成していることも分かっている。

 

 

「(抜け目のない奴め!)」

 

「んぐっ!?」

 

 

 妖弾が発射される直前におれは天狗の腹部に霊力剣で刺しつつその場を退避する。

 それから少し遅れておれらのいた場所から轟音とともに妖弾の嵐が吹き荒れる。

 妖怪と人間の耐久性の差でおれを始末するつもりだったんだろうな。

 

 考えが甘い。そんな事を考えている暇があるなら目の前にいるおれの剣撃に全神経を研ぎ澄まさせた方が合理的だ。

 

 妖弾着弾地点から離れた場所まで退避した段階で天狗がおれに向かい団扇を振ろうとしたが、それを肘で関節を打つことで防ぎ、もう片方の手を腹部に刺していた剣から離し、掌底を打ち身体を上に上げる。

 身体は思った以上に軽い。わりと簡単に体勢を上げることが出来た。

 その上がった状態を利用し、おれは脚を引っ掛け、天狗を押し倒した。

 

 

「はあ、はあ____少し眠ってもらうぞ」

 

 

 両脚で天狗の両手の付け根を抑え、馬乗りに乗った状態でおれは天狗の目の前に霊力剣を突き付ける。

 

 

「さあ、立場が逆だな。抵抗しなければ楽に気絶させてやるよ」

 

「優しいのね。この体勢なら首を斬って殺すことも出来るでしょう」

 

「言っただろ。おれは殺し合いに来たんじゃない。書状を渡しに来ただけだ」

 

 

 天狗も観念したのか、そっぽを向きつつ抵抗する様子もない。

 

 ……これは、勝ったと安心してもいいのだろうか。無我夢中で体術を使いマウントを取れたが、確かにこの状況で場を覆すのはほぼ不可能といってもいいだろう。

 

 

「だけど、貴方の敗けよ。どっちにせよ、私にここまで時間を割かれた時点でね」

 

「……何を言って____ああ、そういうことか」

 

 

 

 そうか、今まで必死で忘れていたな。

 

 ____おれは敵の巣窟の中にいるってこと。

 

 この場を覆す方法あったな……

 

 

『ご愁傷様です。せいぜい生き残れるよう頑張ってください』

 

 

 おれの今の状態でそれ言ってる? 

 ねぇ、これ無理だよね。翠お願い助けて。

 

 

『ごめんなさい、それしか言う言葉が見つかりません』

 

 

 そうだろうよ、そうだろうね。やっぱりそう言うよね!

 ……はあ、これはまた骨が折れそうだな。

 

 

 ___頭上には天狗とおぼしき妖怪の群れが、おれを包囲していた。

 この状況を生きて突破するというのは、ちょっと無理があるなぁ。

 

 そんな絶望の縁に落とされた気分の中、おれにとっては願ってもない申し出が頭上にいる天狗の声から発せられた。

 

 

「『熊口』という名の人間は貴様か! 貴様を我等が長であられる、天魔様が御呼びだ! 」

 

「えっ……」

 

 

 何故天狗らがおれの名を……? 

 

 いや、それはともかく、これは少し希望が見えてきたかもしれない。

 わざわざ天狗のトップがおれをご指名とは、此方としても好都合だ。それで話し合いが出来るのであれば手をあげて喜べる。

 後はこの傷をどうにかすれば____

 

 

「なあ天狗、この勝負やっぱりおれの勝ちかもな」

 

「……さっさと行って処刑されてきなさい」

生還記録の中で一番立っているキャラ

  • 熊口生斗
  • ツクヨミ
  • 副総監
  • 天魔

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