鋼の心   作:モン太

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孤独の自覚

翌日。

 

えーと、今日は適当に仕事して最後にフランドールとか言うお嬢様の妹の世話するんだっけ。

 

まだ時間はあるか。

 

最後の仕上げだ。「浮き手」を終わらせよう。

 

「ふん!」

 

34cm。

 

お!2cmも更新。念能力は能力者のコンディションにも左右される。

 

つまり、最高のコンディション。今日は調子いいかも。

 

ガチャ。

 

咲夜が入ってくる。

 

そんな気はしてた。「浮き手」やってたら、咲夜が来るような気はしたけど、まさか本当に来るとは。

 

「また逆立ち?.............何、ニヤニヤしてるのよ。」

 

「別になんでもない。」

 

「まあいいわ。さっさと準備しなさい。お嬢様の食事を作るわよ。その後は洗濯と掃除があるからね。」

 

「はいはーい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

あっという間に今日の仕事は終わった。仕事終わりに咲夜の部屋で2人で休憩していた。

 

「はあ〜、終わった〜。だるいけど、終わってみればあっという間だったな。」

 

「.................そうね。」

 

空になったカップを置く。俺は椅子から立ち上がる。

 

「んじゃ、咲夜。案内してくれ。」

 

「...................」

 

「咲夜?」

 

「...........わかったわ。」

 

俺は咲夜に着いて行く。

 

階段を下っていく。

 

階段を下っていく。

 

階段を下っていく。

 

下に行くに順って、段々と薄暗くなっていく。

 

そして、重厚な鉄の扉が現れた。

 

扉の目の前で、咲夜がふと歩みを止めた。表情は窺い知れない。けれど、その肩がわずかに震えていたのを、俺は見逃さなかった。

 

「..........ごめんなさい。」

 

「なぜ謝る?」

 

問いつつも、俺は既に咲夜の内心を察していた。咲夜は、俺を心配している。だが、忠誠を誓った主人に反抗はできない。

 

「お嬢様は、本当は、」

 

「知ってるよ。」

 

咲夜が驚いたように目を見開いて振り返る。その瞳を、俺はまっすぐに見返した。

 

「俺は妹様の世話をする為だけの執事だろ?」

 

「.....................」

 

「パチュリー様にお嬢様の能力を聞いた瞬間に大体わかった。何もかも上手く事が運び過ぎている事に。」

 

咲夜は口をきつく引き結んで、なにかをこらえるように押し黙り、俯いた。

 

「.................」

 

「.................」

 

そうして訪れた沈黙は、ほんの数秒だった。

 

「........シャーキャ。」

 

「うん?」

 

顔を上げた咲夜は、とても張り詰めた表情をしていた。もうこれ以上は我慢ならないと、そう体を震わせて、声を荒らげた。

 

「シャーキャ、逃げてっ……!」

 

切々とした叫び。耳朶を打たれ、俺は思わず目を細める。

 

「今なら、まだ間に合う!私なら時を止める事でどうにでもなる!貴方にはやりたい事がいっぱいあるんでしょう!責任は私が取る!だから、だから......」

 

息が切れたのか、肩で息をする。

 

「どうして貴方がこんな目に合わなきゃならないの。最初は、どうなっても仕方がないことだと思ってた。でもやっぱり納得できない。いくら、妹様の為でも、貴方が死ななきゃならない理由なんてないじゃないっ……」

 

あまりの剣幕に、わずかに戸惑った俺は、その気持ちを落ち着けるように緩く息を吐く。

 

「..........咲夜も心配してくれるのか?」

 

「.......当然でしょう。私の初めての友達だもの!」

 

............................................................

 

........................................

 

........................

 

..........

 

友達..............。そう言えば、俺は今までじーさんやノヴ、モラウに育てられたが友達は居なかった。旅もひとり旅だったし。こうやって、足を止めて初めて友達ができたような気がする。

 

「逃げるって言っても、そんな事したらお前がお嬢様に怒られるだろ?」

 

「そっそんなのどうだっていいじゃない!どうして、どうして自分の心配をしないの!?」

 

咲夜の叫びは、もはや悲鳴に近かった。総身を前に折って、胸を手で押さえて、今にも泣き出してしまいそうだった。

 

「友達の咲夜が心配してくれるなら、それで十分じゃん。」

 

「っ......」

 

「それにさ......なんで俺が死ぬ前提なんだ?俺はお嬢様とも殺り合った事もあるんだぞ。」

 

俺の表情を読んだ咲夜が、痛みをこらえるようにきつく眉根を詰めた。

 

「やっぱり、行くの?」

 

「ああ。」

 

握り締めた両拳が、エプロンの裾に深い皺を刻む。その手は、ほのかに震えているようにも見えた。

 

でも、俺の意志は変わらない。

 

「じゃ、行って来るわ。」

 

「待ちなさい。」

 

行こうとした俺の肩を掴まれる。

 

振り向くと、咲夜は一本のナイフを渡して来た。

 

「どうしたんだ?」

 

「貴方、投げナイフやりたいって言ったじゃない。それ、貸してあげるから、後で絶対に返しなさい。返せないなんて事になったら、承知しないわよ。」

 

絶対に返せか。こりゃあ、本気で死ぬ訳にはいかないな。

 

「あと、これも貰っていきなさい。」

 

「え?」

 

パチィン!

 

あれ?なんかデジャブ。前にもこんな事があったような。

 

「おい.............」

 

これには、思わずジト目で咲夜を睨みつける。

 

「な、何よ。............命知らずの馬鹿にはこれぐらい仕方ないでしょう。帰って来たら、もう1発殴るから覚悟してなさい。」

 

「はあ〜、行ってくるよ。」

 

「行ってらっしゃい。」

 

俺は鉄の扉を開け、中に入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

扉が閉じられる。あたりが静かになり、冷たい風が吹き抜ける。先程シャーキャを叩いた手がじんじんと痛む。この痛みが不安に押しつぶされそうな私の心を現実に引き戻してくれる。

 

私は右手を見る。少し赤くなっていた。

 

シャーキャを叩いたのは、これで2回目。

 

....................................

 

.......初めてシャーキャを水晶越しに見た時に思ったのは、命知らずの馬鹿だと思った。お嬢様と戦って生き残れるはずがない。お嬢様があんな奴に負ける訳がない。でも、お嬢様と戦っている時のあいつの顔を見ると胸の中にモヤモヤしたものを感じた。

 

次に会った時は、恐ろしいと感じた。彼の放つ威圧感に呼吸も忘れて、ただ必死に圧迫感に抗った。発狂してしまいそうな暴力的な邪念を放つ化け物に心底恐れた。

 

でも、これから少しの間だけど、一緒に働く仲間。怖いけど、頑張って向き合おう。そう思って、シャーキャの部屋に訪れれば、彼は何故か逆立ちをしていた。

 

彼と一緒に仕事をした感想は、有能な妖精メイドといった感じだった。仕事の飲み込みはいいけど、集中が無くなるとすぐに妖精メイドや美鈴と遊んでいた。注意する為に私も追いかけっこに加わる羽目になったのは、誤算だった。こうやって、一緒に居ればこいつも人間なんだとわかった気がした。

 

その日の夜、彼の生い立ちを聞いた。初めは私と同じだと思った。でも、話している彼の顔は悲壮感は無く、何故か生き生きとしていた。その様から、きっとここまでの道のりが彼にとって楽しいものだったんだとわかってしまった。

 

なんで?私と同じじゃ無いの?私はこんな苦しいのに、なんでこいつはこんなに生き生きしてるの?

 

再び、私の中にモヤモヤとしたものを感じた。次第にそれは大きくなり、やがて黒い嫉妬の炎に変わる。私は、目の前でヘラヘラしているこいつがとても憎くなって、思わず叩いてしまった。そのまま色々と説教をしたが、結局のところこいつが憎くかっただけだ。だから、

 

ーー心配してくれたんだろ?ーー

 

ーーありがとうーー

 

と、言われた時は本当に驚いた。

 

違う。違う違う違う!

 

そんなんじゃ無い!私はただ貴方が憎かっただけ!

 

でも、私はそれを彼に言う事ができなかった。

 

ーーありがとうーー

 

この甘美な響きに酔いしれていたのかもしれない。それがより、恐怖に拍車をかけて否定の言葉が出なくなった。

 

それからは、シャーキャとの仕事も少し心地良く感じるようになった。

 

だからかもしれない。私は思わず自分の過去を話したのは。自分でも良く分からなかった。同情されたかったのか?彼が過去を話したからなのか?気がつけば、お嬢様にしか話した事が無かった話を私は簡単に話していた。

 

でも、その後の中庭での出来事は本当に許せない。なんだかシャーキャが取られたようで、つい美鈴にナイフを投げてしまった。シャーキャもされるがままだなんて信じられないわ!やっぱり、こいつは私が目を離さない様にしないと。

 

だけど、彼は何を思ったのか私の投げナイフが凄いから、教えてくれと言ってきた。お嬢様と殴り合える様な奴が、更に強くなって一体どうするつもりなんだと思ったけど、正直嬉しかった。凄いと認められた事、自分を頼ってくれた事。でも中々素直に教えるなんて、恥ずかしくて言えなかった。

 

それからはチェスでコテンパンにしたり、一緒に仕事をした。一緒に紅茶を飲んだ。本当に楽しくて、満ち足りた時間だった。もうすぐそこまでに迫っている終焉に目を逸らしながら。

 

それでも時間は止まる事なく進む。私には時間を止める能力を持っているはずなのに。

 

ついにその時が来てしまう。

 

ーーんじゃ、案内してくれーー

 

ついに来た。私は覚悟を決める。これから、私はこの人を死に追いやる事を。

 

階段を下る脚がやけに重く感じた。どんどん下って行ってるはずなのに、私の中で様々な感情がごちゃ混ぜになって込み上がって来る。

 

鉄の扉が見える。とうとう私は耐えられなくなって、シャーキャに逃げてと言ってしまった。彼は既に覚悟を決めているはずなのに。こんな事を言ったら、彼を苦しめてしまうのに。それでも彼の顔は変わらなかった。そして、

 

ーー当然でしょう。私の初めての友達だもの!ーー

 

口にして初めて気付いた。いつの間にか、シャーキャを友達として見ていた事に。妖精メイドと一緒に戯れたり、美鈴にシャーキャを取られた様な気がして怒ったり、チェスで遊んだり。

 

友達か。うん、なんだかしっくりくる。私はシャーキャと友達になりたかったんだ。なら、シャーキャはどう思ってるんだろう。

 

ーー友達の咲夜が心配してくれるなら、それで十分じゃんーー

 

ホッとした。彼もそう思ってくれてた。それだけで十分だった。

 

信じよう。そう思った。手の痛みを感じながら。

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