1988年3月19日。『組織』のイラク支部に帰還した私は、調査の結果を写真と共に資料にまとめて門外機関に提出する。
「はい。確かに受け取りました。依頼達成です。こちらが今回の依頼成功報酬です。」
「ありがとうございます。」
私は巨額の報酬を受け取る。報酬はもちろん依頼内容によって変わる。表社会についてか裏社会についてか?命の危険の有無。依頼の規模。例えば、一個人の依頼か。国単位での依頼か。などの情報で変わる。だが、どんな依頼でも報酬は一般人からは考えられない額をもらえる。今回の私の報酬はドルで表すなら、約300万$だ。
「では、こちらの資料は東ドイツ支部に送ります。」
「よろしくお願いします。」
報酬を口座に振り込む。『組織』のメンバーは基本的に本部にいる必要も無く、世界中何処にいてもいい。依頼があれば、依頼に適任な能力者かその近くにいる能力者にその地の『組織』支部がメンバーに連絡する形になっている。
イラク支部を出て、『組織』が経営している病院へ向かう。あの赤ん坊の様子を確認するためだ。
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「こんにちは。今日はどういったことご用件ですか?」
「ええ、昨日お世話になったノヴです。あの赤ちゃんはいますか?あと、これをどうぞ。」
病院の受付のナースに『組織』のメンバーカードを提示する。
「はい。確認できました。オーラ検知器にもエラーの発生無し。No.5394629のノヴ様ですね。元気にしていますよ。」
カードを確認したナースは営業スマイルから冷徹な能力者の顔に変わる。口調は変わらないが冷たい空気が肌を刺す感覚を覚える。
ナースからオーラが発する。だが、別に動じる必要は無い。あくまでも同じ『組織』のメンバーだ。任務でぶつかっているわけでも無い。だが、能力者である以上気を抜きすぎる訳にもいかないが。
「ご不快になられたかも知れません。お詫びします。」
「いえ、お気になさらずに。」
「ありがとうございます。今、私達の周りは私の能力で防音の結界が貼られています。また、『隠』を使いましたので、一般人や『凝』を使っていない念能力者には見えません。」
「ご配慮、ありがとうございます。早速手続きをお願いします。」
「はい。では、乳児の戸籍は貴方の息子という事にしておきます。本部に連れて戻られるとお聞きしておりますのでそちらの方が出国、入国ともスムーズに行えるでしょう。乳児の個人情報を変えたいのであれば、本部に帰ってからでも可能です。次に、こちらがパスポートです。」
ナースから乳児のパスポートを受け取る。
「そして、こちらがモースル国際空港での飛行機のチケットになります。」
チケットも受け取る。
「今、こちらの病院で準備できる物はこれぐらいしかありません。荷物やその他の資金等はノヴ様の方で管理をお願いします。」
「わかりました。」
「では、こちらの契約書のサインをお願いします。」
女性が契約書を提示してくる。それに目を通す。
・基本的な責任の所在は『組織』とノヴ様で1:1
・本部まで道のりで使う交通費は『組織』が負担する。
・『組織』が手配した飛行機が何らかの原因で撃墜、死亡された場合は、管理不足として『組織』が責任を負う。
・道中に護衛は着けない。
・飛行機以外での交通事故や死亡した場合は、ノヴ様の責任となる。
・道中で乳児を見捨てる事は契約違反である為、ノヴ様が『組織』に罰金を払う。
・乳児を他の組織や能力者に奪われた場合は、ノヴ様の責任となる。
・ノヴ様が死亡、乳児が生存して本部に帰還した場合は、ノヴ様の財産は乳児に寄与される。
・寄与される財産の5%は『組織』に寄与される。
・1週間以上の連絡の断絶はノヴ様の死亡とみなす。
・1週間以上の連絡の断絶があり、ノヴ様が生存していた場合は契約違反で罰金を支払う。
・上記の事象以外でのアクシデントは、ノヴ様が生存していた場合、『組織』の幹部と1対1での対等な交渉でもって、責任の所在を決める。
・この契約書はサインと同時に複製され、「イラク支部」「イラク支部病院」「本部」「ノヴ」の元に保管される。
私と『組織』1対1か。実際はそうでは無いだろうな。飛行機以外での事故は大体私の責任か。だが、『組織』が私を殺す事はできない。契約書が私と『組織』以外にあと2つの別の支部が持つ事になる。つまり私の死後に『組織』が勝手に契約を無かった事にはできないという事だ。財産についても同様だ。道中に護衛は居ないが、監視は恐らくいるだろう。
「わかりました。」
私はサインする。
「では、こちらで複製します。原本はこちらでお預かりします。複製された方はイラク支部と本部に送ります。」
「では、退院の手続きをしますね。」
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乳児を回収して病院を出る。今からモースル国際空港を目指す事になる。俺は人目の付かない建物の陰に入り、能力で地面に潜る。契約書に念を使ってはいけないとは書いて無かったからね。私は地面の中を進み空港を目指す。
腕の中で眠る赤子を見る。見れば見るほどよくわからない子だ。寝ているのにも関わらず、相変わらず美しい『纏』。揺らぎが全く無い。まるで会長のようなオーラだ。
そして、顔つき。あの村はクルド人が住む村のはず。なのに韓国人や日本人のような東洋人の人相。髪の色も黒髪。そばに倒れて居た母親も東洋人だったから間違い無いはずだ。
だが、戦争中のそれもクルド人の村に外から東洋人が乳児を連れて来る事なんてできるのだろうか?あり得ない。ならば、東洋人が村に入り、その後クルド人男性と子を成したといった方が正しいか?どちらも普通あり得ないが............。結局、憶測の域を脱しない。
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モースル国際空港に着くと既にスーツを着た男性2人が私を出迎えた。
「お待ちしておりました。出発まであと一時間半程あります。空港や飛行機でのアクシデントはこちらの落ち度となってしまいますので、我々が監視する事になります。ご了承ください。」
「ええ、わかりました。」
「では、出国の準備をお願いします。」
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出国の準備を終わらせた私は時計を見る。
まだ、30分程時間があるな。
旅客機の中を見回して見る。念能力者が紛れているような感じはしない。まあ、気は抜かないが。
チケットを確認する。行き先は、ネパールのトリブバン国際空港だ。
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時間は夜。結局何事も無く、無事にネパールに入国できた。入国審査も通り、特に時間を潰す必要も無かったためすぐに本部に向かう事にする。
本部の場所は、首都カトマンズ。そこに小さなビルがある。これが本部だ。ネパールでは小さなビルといっても、周りはさらに低い建物ばかりなのでよく目立つ。
ネパールでは殆どない自動ドアをくぐる。
「No.5394629ノヴです。」
受付の男性にカードと契約書を提示する。病院の時と殆ど同じやり取りだ。
「確認できました。最上階で会長がお待ちしております。」
さあ、これからどうなっていくのやら。この子供は間違い無く大物になる。気に入って貰えればいいがな。『組織』の最高責任者である会長のアイザック=ネテロ会長に。
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昨日の晩の事じゃ。いきなりノヴから電話がかかってきおった。依頼で偶然見つけた赤ん坊を紹介したいとか。慈善活動の証拠程度の赤ん坊救出ならよくある話だが、わしに見せたいとはどうゆうことかのう。
わしは窓から街を眺める。この街は仏陀が産まれた場所である事からチベット仏教、ひいては仏教発祥の地とされておる。じゃが、国民の90%はヒンドゥー教徒であり、チベット仏教とヒンドゥー教が混じり合った街となっておる。眼下には沢山の寺院や塔が建っておる。最近はイスラム教やキリスト教の信者も増えてきておるそうじゃ。
わしは約1000年間この街を見てきた。時にモンゴル帝国やイギリスなどに侵略されては来たが、この街はあまり変わる事なく独自の文化を後世に伝えておる。
『組織』もわしが立ち上げたものじゃ。だから、こっちもかれこれ1000年ぐらいの歴史になるんかのう。最初はインドやチベットでしか力は無かったが、東南アジア、東アジア、中東、アフリカ、ヨーロッパへと勢力を拡大。アメリカ独立戦争を機に南北アメリカ大陸にも支部を設立するに至った。そして、現在150の支部を世界各地に持つ勢力となった。
この『組織』の本部はここネパールじゃが、『組織』がネパールの味方という訳ではない。あくまでも『組織』は『組織』であって、たまたま本部がネパールにあるだけじゃ。『組織』は誰の味方でも無い。事実、モンゴル帝国やイギリスの侵略でネパールに手は貸さなかった。
時代は移り変わる。若き才能が世界を大きく変えたり、夢半ばで潰えたりと見て来たが、皆とても輝いておった。眩しかった。それは、嬉しくもあり寂しくもあった。わしだけが時代に取り残された様な気分になる。この街の様に。
物思いに耽っていると、回線電話がなる。
「わしじゃ。」
『ただいま、ノヴ様が帰還されました。約1分後にそちらへ到着します。』
「あい。わかった。ありがとう。」
さて、どんな子供かのう。ノヴが紹介したい子供なのじゃから、何かあるんじゃろう。楽しみじゃ。
コンコン
『ノヴです。会長、いらっしゃいますか?』
「ああ、おるぞ。入って来なさい。」
「失礼します。ただいま帰還しました。」
「ああ、ご苦労じゃった。話も長くなるじゃろう。椅子にかけなさい。」
「失礼します。」
「此度の依頼はどうじゃった?」
「無事完遂できました。ただ、依頼主が違うだけで同じ任務を遂行していたモラウとぶつかりました。」
「ほうほう。モラウか。今回の依頼は毒ガスが蔓延している地域だったはずじゃ。モラウにしてみれば、さぞ苦しい闘いになったじゃろう。」
「ええ、ほぼ防戦一方でした。」
「じゃが、決着はつかんじゃったろう?」
「...............なぜそれを?」
「お前らは昔から道場でよく組んでおったじゃろう?その程度見破れんほど、まだまだ耄碌してはおらんぞ。」
「申し訳ありません。」
「いやいや。怒っとる訳じゃ無い。別に甘い事も悪くは無い。寧ろ人間が人間であるための美徳じゃ。じゃが、この世界では全てが綺麗事でまわってる訳では無いんじゃよ。この『組織』の様にな。」
綺麗事で全て上手くいくなら、ノヴやモラウが行なった様な後ろ暗い依頼など受けず、災害地などでの救助活動など、人々に褒められる様な依頼だけやっとればええのじゃ。じゃが、現実は違う。
「.......................」
「いかん、いかん。年寄りが口を開くとすぐに説教臭くなるのう。」
「今のは完全に説教でしたよ。会長。」
「ホッホッホ。そうかい、そうかい。では、本題に入ろうかの。」
ノヴの表情が引き締まる。
「会長。僭越ながら子供を引き取ってはくれませんか。厳密には道場で預かって欲しいのです。」
「ふむ。とりあえず、その子供も見せてはくれんかの。」
「わかりました。」
ノヴは部屋に出る。そして、数秒と待たずに赤子を抱いて入って来た。
その赤子を見て思わず、目を細める。
この1000年間色々な才能を見て来たが、これ程才能を見た事が無かった。
「ほう。その赤子が?」
「ええ、この子供が任務先で見つけた子供です。会長なら一目でこの子供の凄まじい才能がわかるかと思います。此れ程の才能を野放しにするは勿体無い。道場で鍛えれば大物になるのも間違い「良い」っえ?」
「良い。こちらで預ろう。」
「まだ、全て話しておりませんが。」
「みなまで言わんでも良い。この子を見ればわかる。わしもこの才能を見て、育てたい気持ちになった。じゃが、この子供には親がおらん。それにわしらが勝手にこの子の道を決めてしまうのは、不幸な事じゃ。この才能じゃ。悪意のある輩に狙われるのも避けられんじゃろう。最低限の自衛の手段を身に付けさせてから、この子自身で道を決めてもらいたい。それがわしの考えじゃ。何か他に話したい事はあるかの?」
「いえ、会長の考えでよろしいかと思います。」
「では、しばらくは『心源流』で預かる事にする。道場の皆にもわしから伝えておく。」
「わかりました。失礼します。」
やはり、若さとは眩しいものじゃ。じゃが、あの子を見て、育て甲斐があるとやる気が出てくるあたり、まだまだわしも若さを失ってはおらんようじゃのう。実に楽しみじゃ。
わしは自覚しないまま、顔に笑顔を貼り付けて窓の景色を眺めた。
契約書のくだりは頑張ってそれっぽく考えたのですが、やはり私の足りない脳みそでは穴だらけになってしまいました。あまり深く考えずに雰囲気だけお楽しみいただければと思います。