勇儀との決闘以来、嫌がらせは無くなった。地底のボスってのは伊達じゃ無いようだ。地底で過ごす上でこれ程頼もしい者もいないだろう。
さとりと勇儀を中心に地底は回っている。
悩み事の一つは消えた。
ただそれでも俺が地上に戻れる目処が立たない。
地底の妖怪の殆どが、地上に興味が無かったり、地上に恨みを持つ者ばかりで、協力してくれる者はいなかった。
勇儀も地上には複雑な心境なのか、明朗快活な言葉が出なかった。
さとりは 地上との外交で知識はあるが、地上への興味は無く、無関心だ。
「最近、背が伸びてきたんじゃない?」
「そうか?........まあ、ガキだからな。」
考え事をしているとヤマメが俺の頭をポンポンと叩いてくる。
パルスィの家でヤマメと2人で喋っている。
パルスィはさとりのところへ遊びに行った。
「もう2年か〜。人間は見た目が変わるのが早いよね〜。」
「俺がここに来たのは3年前だけどな。......そういえば、ヤマメは穴に住んでた筈なのに落ちてきた俺には気がつかなかったのか?」
「あの時は地上で戦争があったからね。不可侵条約があるけど、一応国境みたいなところだからさ。危険だと思って逃げてたんだ。」
随分と心当たりがある話だ。
「地上にいたんだよね!大丈夫だったの?」
「何ともないぜ。今もこうして元気だしな。」
「シャーキャは強いよね!勇儀と戦ってた時はビックリしたもん!最近も戦ってたでしょ。」
あれからも俺は勇儀に戦いを挑んでいる。
決闘の時のような相手の命を断つ所まではやり合わないが。
中々勝てないのが現実だけど。密かな目標としては、「発」無しで勇儀を倒す事だ。
口には出さないけどな。こんな舐めた真似したら勇儀がキレるだろう。
今は「発」有りでも勝てない。というか最初の時からこの1年間ずっと負けっぱなしだ。決闘の時は勇儀が俺の事を舐めてたってのが大きい。
「ああ、でも全然勝てそうにないな。」
「うふふ。シャーキャも男の子だね〜。全然そんな風には見えないよ。」
「どういう事だ?」
「絶対に倒してやるって目をしてる。」
「.................」
目は口ほどに物を言うってやつか。
「私は応援しているわよ。」
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「彼が地上に上がりたがっているのを手伝わないの?」
「手伝う訳にはいかないわ。」
「貴女は既に彼の味方だと思ってたわ。あれだけ身体を張ってくれてたから。」
「..............」
苦虫を噛み潰したような表情のパルスィ。
かなり葛藤しているようだ。
「彼が貴女に良くしているのは、地上へ上がるための手助けが欲しいと言う打算があると疑っているのね。」
「.......私は彼の監視者だもの。」
「いいじゃない。始めは打算だったとしても、今は貴女の生活は良くなったはずよ。」
「.......それはそうだけど。」
「打算だけなら、あんな命を投げ打ってまで、貴女の為に戦うのかしら?」
「.........それでもよ。」
どうやら一度裏切られた経験がトラウマになっているようだ。
当然か。彼女はそれが由来の妖怪なのだから。
恋人に裏切られ、浮気相手共々殺害した嫉妬の鬼。
胸に渦巻く嫉妬の念と脳裏を掠めるトラウマは今も健在。
「チェックメイト。」
「はあ〜。心読める相手にボードゲームは反則じゃない?妬ましいわ。」
「仕方ないじゃない。私の能力は常時発動してしまうんだから。それでも私だってチェスをやりたくなる時があるのよ。」
「彼があれだけ頑張ったなら、貴女も勇気を出したらどう?」
「さとりはシャーキャを地上に帰したくなかった筈じゃないの?」
「個人と公人を分けてるだけよ。今は個人。」
さて、そろそろキツイわね。彼女の心を読み続けるには精神的な体力が必要だ。
常々思う。よく正気を保っていられると。
「じゃあ、私は帰るわ。こいしにもよろしく。」
どうやら私の顔色が悪い事がバレてしまったようだ。
「ええ、いつ会えるかわからないけど。」
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「ただいま。」
「おかえり。」
「ヤマメは?」
「もう帰ったよ。」
俺はお茶を淹れて彼女に出す。
「ありがとう。」
「さとりの所で何してたんだ?」
「少し話しただけ。あとチェスをやったかしら。」
「あいつ心読めるのに勝てるのかよ?」
「いや勝てないわね。付き合ってるだけよ。」
「........だよな。」
でもパルスィなら勝てる事もありそうで恐い。
「.......ねぇ、前に聞いた事を教えてくれる?」
「何だよ?」
「貴方の能力を教えてくれる事よ。」
「それかなり前の話だよな。いつ聞いてきてたんだっけ?」
「1年ぐらい前よ。」
「もうそんなに経つのか。.......まあ、お前になら教えていいよ。他人に黙ってくれるならね。」
俺は以前、咲夜達に説明した内容を話した。
「......ふーん、難しい能力であまり理解できないけど、やってる事は妖力で身体強化しているような感じなのね。」
理解できないのは当然だろう。俺も霊術や妖術はよくわからない。
「先に言っておくと、今の話で説明できない所は、妖術だったり『程度の能力』にあたる部分だ。」
「あの生き返りの術ね。........凄い能力ね。」
「念能力は万能じゃないし、人間にしか使えない。」
「そう。じゃあ、今度は私の事を話すわ。」
「ん?お前の能力は最初に聞いてるぞ?」
「その根源よ。」
「根源?」
「能力の由来。伝承、願い、怨念等によって形作られる妖怪。私の根源、つまり過去よ。」
「前に聞いた時は楽しい話じゃないから、したくないって言ってなかったか?」
「そうね。でも最近は貴方になら話してもいいかなと思ってたから。.........聞いてくれる?」
なんだか随分とシリアスな話になりそうだな。
「.......ああ、いいよ。」
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私には将来を誓い合った恋人がいた。
幼馴染だった。もうどこの国で何年前かはわからない。声も思い出せない。でも私が愛した顔は今でも覚えてる。
一緒の村で育ち、喧嘩もしたし、仲直りもした。いっぱい笑ったり泣いたりして、なんとなくだけど、この人のお嫁さんになりたいと思った。
プロポーズは彼からしてくれた。15歳の時だったと思う。私は嬉しくて彼に抱きついて、涙を流した。
だけど、戦争が起こった。彼は兵隊として村を出ていった。帰ったら挙式をあげようと言っていた。辛かったけど、彼を不安にさせたくなかった。だから、笑顔で見送った。
3年後、私は都会に出ることになる。戦争は自国、敵国共に大きな被害を出し、白紙講和となり終結していた。でも彼が村に帰って来なかった。戦死したなら、国の役人から通達がある。でもそれが無いなら、生きているはずなのだ。私は彼を探した。
そして見つけた。すぐに駆け寄って声をかけようとした。でも声をかける事が出来なかった。
彼の隣には知らない女がいた。
頭が真っ白になった。
あの女の人は誰なのか?あの人とどうゆう関係なのか?
街を歩いている内に情報がわかった。偶々、彼を知っている兵士に話を聞けたのだ。
「ん?あいつの知り合いか?.......そうかそうか。今度あいつ『 』と結婚式をするんだってよ。知り合いならあんたも参加したらどうだ?挨拶ぐらいはしろよ。」
私の知らない名前だった。
ショックだった。でも同時に仕方ないとも思った。
戦争で辛い経験があったんだろう。きっと戦友も多く死んだ筈だ。その人が彼を慰めてくれたんだろう。
私は手紙を書く事しか出来なかった。直接慰める事も一緒に泣いてあげる事もしなかった。彼が死なずに生きて来れたのは、その人のお陰なんだろう。だから、私はその人に感謝しなくちゃいけない。
胸が張り裂けそうな、ぐちゃぐちゃな想いを押し殺した。村に帰ろうと思った。一刻も早くここから逃げ出したいと思った。
深夜、街の出口方向へ歩を進めている時に聞こえた。
男女のぐぐもった声。直感して、夜の営みだとわかった。男の声に聞き覚えがあった。
本能が告げている。
やめろ!見るな!聞くな!戻って来れなくなるぞ!
それでも私はその声が聞こえる建物の前に来てしまった。
『ありがとう、愛してる。』
『......私もよ。愛してる。』
『今度、君の実家に挨拶に行きたいな。』
『それよりも、あなたの家にも行ってみたいわ。』
『.........それは難しいな。』
『どうして?』
『昔の女がいるんだよ。気不味くなる。』
『もう!他の女の話しないの!』
『ごめんよ。今は君だけを愛してる。』
『本当?』
『もちろんさ!あいつも可愛かったが、都会に出ればもっと美人な人は山ほどいる。それに君の方がずっと面白いし、可愛いし、心の底から愛してる。それにあいつは........あれ?なんて名前だったっけ?』
『人の名前を忘れるなんて失念ね。でも安心した。ありがとう。』
.......................................
私は狂った。その会話を聞いた後、どういった行動を取ったのかハッキリとは覚えていない。
いつのまにか手には、包丁と血塗れで横たわる男女。返り血を浴びて真っ赤に染まった私。
私は逃げた。だけど街の外の橋で憲兵に捕まった。
殺人の罪で、拷問されて最後は斬首された。
でも私は何故か生きていた。胸に嫉妬の憎悪を燃やした鬼になった。
手当たり次第に殺して回った。男も女も子供も、特に幸せそうな顔をしているやつを狙った。また、私が近づくだけで、人々は発狂した。
そしてある時、正気に戻った。そして気づいた。
ああ、私は妖怪になったのね。
正気には戻ったが、胸に渦巻く嫉妬の怨念は消えない。橋姫とはそうゆう種族だから。
今みたいに能力がコントロールできなかった私は、出会った人妖共々、精神を破壊していた。
私はすぐに地上を追われて、嫌われ者が住まう地底へとやってきた。
地底に来ても変わらなかった。能力はコントロールできるようになっていた。でも絡んでくるやつに自衛で能力を使用した。結果、嫌われ者の街で嫌われ者になる事になった。
何百年か経ち、変わらない日々を過ごしていた時、人間の子供が落ちてきた。
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話し終えたパルスィは暗い瞳で俯き、机をじっと見つめていた。
俺もパルスィに自分の過去を話した事があった。あの時はとても楽しかったし、話を聞いてくれた事には感謝している。
だが、不幸な過去に囚われている彼女からしたら、きっと筆舌に尽くしがたい気持ちだったのだろうか?
それを押し殺して、笑顔で話を聞いてくれてたのだろうか?パルスィにしかわからないが、彼女はやはり優しい。
過去にどんな所業があろうが、俺の知る水橋パルスィはそんなやつだ。
「なあ、お前は後悔してるって顔をしてるけどさ。2人を殺した時に少しはスッキリしたのか?」
「さあ、どうだろう?その後も殺して回ってたし、怒りは収まってなかったわね。」
「でも正気に戻ったんだろ?」
「そうね。」
「じゃあ、それでいいじゃないか。過去は変えられない。なら、今から変えればいいじゃん。辛い過去を楽しい思い出に塗り替えればいいんだ。知った風な口をきくなと思うかもしれないけどさ。」
パルスィが顔をあげる。
俺は安心させるように笑顔で言った。
「お前が人を信じられるように俺も応援するからさ。」
「..........本当に妬ましいわね。」
彼女は静かに涙を流していた。
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「私、貴方の手伝いをしようと思うわ。」
「手伝い?」
「地上へ上がる手助けよ。」
「お前は監視者だろ?そんな事して大丈夫なのか?」
「いいのよ。バレやしないわ。」
「さとりにはバレるだろ。」
「さとりは友達よ。だから大丈夫。」
本当に大丈夫なのか?
まあ、今の彼女は何を言っても聞く気はなさそうだ。
多分さっきの話のお礼のつもりなんだろう。だったら、黙って受け取っておくか。
「わかった。ならよろしく。」