家の窓から外を眺める。
いつもと変わらない向日葵畑。
だけど、今日の空は赤かった。
「シャーキャ」
後ろから声をかけられた。
振り返れば、真顔の幽香が立っていた。
「外に出るわよ。」
それはいつも俺が幽香と戦う時に使う誘い文句だ。
幽香から決闘を言い出すのは初めてだな。
外に出る。
やはり見間違いではなく、空は赤かった。
夕焼けや朝焼けのような赤さでは無い。血液のような真紅。それが一番しっくりくる表現か。
明らかな異常事態。でもどこか懐かしさを感じる。
下手人が誰か直感でわかった。10年前に俺が身を寄せていた館の主人だろう。
マフラーとターバンを少しキツめに締める。
夏なのに少し肌寒く感じた。
「練」
俺のオーラに幽香が顔を顰める。
晒した隙は見逃さない。
ナイフを投げる。
彼女は屈んでナイフを避けた。そのまま此方に突っ込んでくる。
日傘を振るってくる。
俺はそれを全て避ける。
右脚で蹴り飛ばそうとするが、日傘でガードされる。返すように日傘で突きを放たれる。
腹に攻防力70のオーラでガードする。
その後も拳と日傘を交わす。
今日の幽香はいつも以上に気迫が凄まじい。
左脇腹目掛けて、拳を突き出す。
即座に日傘でガードされる。
そのまま横凪に日傘を振われ吹き飛ばされる。
「ふざけてるの?」
「.......どう言う事だ?」
「自覚ないのかしら?.......もう良いわ。死になさい。」
いや、わかってる。いつしか俺は幽香を殺そうとは思わなくなったんだ。
ここでの居心地の良さに甘えて、適当に体裁を保つだけの戦闘をして、適当に負けてきたんだ。
甘さと優しさは違う。彼女はそう言いたいのだろう。
戦闘で使うのは随分と久しぶりだ。
3年ぐらいは使っていないか。
ははっ。確かにヤル気あるのか自分でも疑わしいな。
「
音速のナイフを幽香に投げる。
だが、流石に俺の戦法を良く知っている彼女だ。簡単に防いでくる。
「まだよ。」
そうまだだ。
覚悟を決めろ。甘さは捨てろ。
心の持ちようでオーラは応えてくれる。
居心地の良さだけじゃない、俺は
前を向くんだ。
「周」で強化したナイフで打ち合う。
「ふん!」
「グッ!」
全力で左凪を繰り出す。
彼女はなんとガードするが、距離が離れる。
「
地面の蔦ごと引き裂いて、砂鉄の津波を彼女に浴びせる。
日傘を全力で振り下ろせば、津波は真っ二つに割れる。
即座に砂鉄を操作し、彼女を包むように全方位に砂鉄で囲む。
それも日傘をぐるっと回せば、砂鉄は弾け飛んだ。
「花鳥風月、嘯風弄月」
大量の弾幕が降り注ぐ。
幽香自身だけでなく、周りの向日葵からも空中で他の花が咲き、その花からも弾幕が発射される。
赤い空を彩る色彩鮮やかな弾幕達。
弾幕に人間が入り込める隙間など無い。故に正面から受けて立つ他ない。
「とても綺麗だな。」
俺は「周」で強化したナイフで弾幕を捌く。
ナイフで切り裂き、足で弾き。砂鉄で逸らす。
一連の操作に澱みはない。
弾幕が終わる。晴れた視界の先で日傘を此方に向けた幽香がいた。
「マスタースパーク」
超巨大な極光が迫ってくる。
だが、俺は避ける事無く、左手を前に出し「堅」で受け止める。
バチバチと俺の左手と閃光がぶつかる。
弾けた一部が向日葵畑に降り注ぐが、俺が磁力のオーラで守っているので被害は無い。
その様子を確認した俺は、マスタースパークを握り潰した。
光が晴れた先、目を見開いている幽香を確認。
そのまま音速で接近し、ナイフで日傘を破壊した。
「終わりだ。」
「そうね。本気を出せば、随分呆気無く終わったわね。」
「後悔してるのか?」
「........少しね。」
そう言う彼女は言葉とは裏腹に少し俯いて微笑んでいた。
「殺さないの?」
「.......もうその必要はないだろ。」
元々は風見幽香を殺す為にやってきた。だけど、今俺がやりたい事はそんな事じゃない。
「俺は此処を出るよ。」
「ええ........」
「以前、アンタは俺に親はいないかと聞いていたな。」
「.............」
「今なら言える。俺にとってアンタは間違い無く俺の親だったよ。」
そう言うと幽香は顔を上げた。覗いた顔は涙で濡れていた。
「ありがとう、じゃあな。」
こうして俺は5年間過ごした太陽の畑を出た。
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剥き出しのナイフ。妖怪以上に妖怪らしい子供。
初めて彼を見た時の第一印象だ。
庭の花が侵入者を告げて、私は迎撃に出てきた。
この日は外から大妖怪が幻想郷に攻め込んできた日だ。
ならば、やってきた者もその一派だろう。
そう思い、家から出た。そして驚いた。
子供だった。それもまだ親に手を引かれて歩いているぐらいの年齢のだ。
だが、放つ殺気は大妖怪にも引けを取らない。一瞬妖怪なのかと疑ったが、妖力を感じない。それどころか、霊力も僅かにしか感じなかった。
殺気は凄まじいが、実力が無いなら、軽く捻り潰そうとしたが、予想以上にその子供は強かった。
何か能力を使っているのだろう。ありえない、身体の硬さと打撃の強度。鴉天狗並の速度で飛来する投げナイフ。
だが、所詮は子供。体格差を利用して空の彼方へ吹き飛ばした。
きっと死んだだろう。
あの高さから落ちて無事では済まない。空は飛べる様子は無かった。また、飛ばした先は妖怪の山の方角。
異常だ。あんな子供が親も引き連れずに。しかもあれだけの戦闘能力を秘めている。まともな人生では無かったのだろう。運良く生き延びた子供だったのだろう。
ならばこそ、此処で引導を渡してやるべきだ。幻想郷は妖怪の楽園。人間の楽園では無いのだ。
外でどんな生活をすればあのようになったのか知らないが、幻想郷ではあのような子供はきっと早死にするだろう。
そんな思いもすぐに忘れて、変わらない日々を過ごした。
だが、5年後。再び私の前にやってきたのだ。
最初は気がつかなかった。あの投げナイフを見て気が付いた。
生きていたのだ。しかも格段に強くなっていた。
気を抜けば此方が負けそうな戦いだった。
だが、同時に弱くなったとも感じた。
技量は上がった。しかし、突き刺すような殺気は弱くなっていた。
5年で何があったのか知らない。だが、あんな殺気を放つ存在が瞳に理性の光を灯していた。
面白いと思った。だから、拾って育てようとした。
潜在能力の塊のような子供だ。殺すなら今のうち。そう理性的な思考では考えたが、拾った。
幼き化物を育てようと考えた己の思考に驚いた。
それからは彼との手合わせや一緒に畑作業を叩き込んだ。
自分でも自分の行動に理解が追いついていなかった。だけど、一緒に食事を作ったり、食べたりする時間を楽しんでいた。
つまるところ、私は寂しかったのだ。だから、彼を拾い家族ごっこに興じた。
彼に親がいないと聞いた時は昏い喜びを感じた。
私が母親代わりになってやろうと思っていた。実に滑稽だった。
彼を弱くなったと言っていた私の方がよっぽど弱くなっていた。
だが、気がつけばお互い依存状態になっている事に気が付いた。
いつしか、シャーキャの実力は完全に私を上回っていた。
磁力操作を全く使わずに体術のみで戦っていた。
毎回、私を追い詰めはするが、ギリギリのところで油断して倒されていた。
彼が12歳の頃にはそんな関係になっていた。
だが、現在はもう15歳。外見は大人になった。いつまでも御飯事に興じてはいられない。
彼も私も強くならなければならない。
運命なのか、今朝から空が赤い霧に包まれていた。
異変が始まったのだとわかった。
私から彼を決闘に誘った。本気を出すように煽った。結果は瞬殺だったが。
まだまだ余力もあるようだが、それでも悔しくは無かった。それよりも彼が旅立つ事に寂しさと後悔があった。
だけど、最後に彼は私に感謝の言葉と母親と認めてくれた。
最初はただ、私が自分を慰めるためだけにやっていた家族ごっこ。それでも彼の言葉で少し救われたような気がした。
そうして私は、自分よりも背が大きくなった彼の後ろ姿を見送った。