寝静まった夜。隣には静かに寝息をたてる大切な人。
そっと息を吐く。
無理をさせてしまった。後悔する。
痛かった筈だ。額に脂汗を浮かべながら、それでも健気に笑おうとしてくれる少女に俺はただただ暴力で返すことしか出来なかった。
上手くやれた気がしない。
ただ、それでも今は咲夜が眠ってくれた事が好都合だった。
今はゆっくり休ませよう。
起こさないようにゆっくりとベッドから降りる。
静かに振り返る。
まるで女神だな。
こんな台詞、本人の前では吐けないが。
寝ている彼女を起こさないように、服を着せるような器用な事はできないので、とりあえず布団を被せる。
夏真っ盛りだが、体調を崩すかもしれない。
俺は床に散った服を見に纏い、部屋を出た。
「ありがとう」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
自室に帰り、すぐに服を着替えた。去年ここに来た時の旅装束だ。
執事服はここに置いておく。
万が一にも咲夜が追いかけて来ないように。俺が旅に出たと思うように。
これは彼女の覚悟を踏み躙る行為。一生恨まれる事だろう。
だから、遺書も書かない。痕跡は一切残さない。それがせめて俺が最後にできる事なのだから。
ポケットから懐中時計を取り出す。具現化した物では無く、お嬢様から頂いた物だ。
指し示す時間は深夜の2時半。
そろそろ時間だ。
頭にターバンと首にマフラーを巻いて、外に出た。
夜空に月がポツンと輝いていた。
今日は半月か。
門まで歩くと美鈴が立って寝ていた。
いつも文句一つ言わずに大した忠誠心だ。
「絶」で気配を絶って外に出る。
「こんな時間に何処に行くんですか?」
足を止めた。
振り返れば美鈴が此方を見つめていた。
「あれ、起きたの?」
「そう何度も出し抜かれては門番の沽券に関わりますからね。」
「まあ、ちょっと月見に出かけるだけだよ。」
「そんな旅人の格好でですか?」
「……………」
「咲夜さんが悲しみますよ。」
「…………………」
「待ってますからね。」
俺は美鈴の言葉に返事できないまま、紅魔館を後にした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
霧の湖に来てみれば、そこに小さな少女がいた。
ただそれは外見がそうなだけであって、感じる圧はかなりのモノ。典型的なお嬢様と同じタイプの見た目では判断できない妖怪だ。
頭には大きな角が2本生えている。両腕の手首には鎖が付いている様は勇儀を思い出す。
「アンタが俺を呼んだのか?」
「そうさ、私がお前を呼んだのさ!それにしても意外だねぇ。」
「何がだ?」
「てっきり、無視すると思ったからさ。鬼の決闘の誘いなんて逃げ出したくなるだろう?」
「まあ、そうかもな。俺も嫌々来た訳だし。」
「でも、鬼に声かけてもらえるんだ。光栄な事だろう?力があるって証明みたいなもんだ。更に私は四天王だからな!」
「ああ、そうだ。勇儀がアンタによろしくだってよ。」
「ん?お前さん、勇儀を知ってるのかい?」
「ああ、まあね。」
「喧嘩した事はあるかい?」
「何回かはあるな。」
「そりゃあ、凄い事だよ!それで、勝ったのか?」
「いやぁ、負けたな。」
「へぇ、でも生き残ってるだけで十分強いじゃないか!これは声をかけて正解だったな!」
勇儀と決闘したのも9年前のことだ。時が経つのは早い。
「あの果し状はアンタが持ってきたのか?」
「いやぁ?書いたのは私だけど、持って行ったのは友人の紫だな!何だか知らないけど、決闘のお膳立てをしてくれるんだとか!紫のお墨付きだし、存分暴れらるな!」
ありゃ、えらい簡単に吐いてくれるんだな。まあ、裏事情を聞かされずに利用されてるとみた方がいいか。或いは喋っても問題ないと………つまり俺の死が確定しているか。
それにしても随分と酒臭い。頬の赤みからも酔ってるのがよくわかる。
不気味な程静かな夜。虫の囀りすら聞こえない。きっと目の前の存在が放つ妖力が強烈すぎるからだろう。
だが、ヘラヘラしていた萃香の顔に剣呑なものが浮かぶ。
「でも、お前は嘘吐きの匂いがするね。根拠がある訳じゃない。これは勘だ。」
「随分な言いがかりだな。大体生き物は皆、生きてたら嘘の一つや二つはつくもんだろ?」
「やっぱり、お前はそんな次元ではないところで、己の嘘に気がついている。………その根性叩き直してやるよ。」
萃香が妖力を解放した。草木がざわめき、空気が揺れる。どうやらさっきのは本気では無かったようだ。流石は勇儀と同格の四天王と言ったところか。
「そっちが決闘を申し込んだんだろ?言いがかりはよしてくれよ。…………………………………………まあどうでもいいか。……………………………………………………さて、やるか。」
「練」でオーラを練る。
萃香の身体が震え、目を見開かれる。そして、次の瞬間、高笑いしだした。
「ハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!こりゃあ、凄い!!!!!!やっぱり、弾幕ごっこで済まさなくてよかった!!!!!!」
「なんだ、決闘って言うのに遊びで済ますつもりだったのか?……俺としては、そっちでお願いしたいんだけど。」
「ハハハハ!!無理無理!!そんだけやる気見せられて、やめる訳ないじゃん!!!」
高笑いしてるところ悪いが隙だらけだ。
俺はオーラを足に集中させて、地面を蹴る。一気に懐に潜り込んで、殴りつける。
まずは小手調。軽く小突く。攻防力は50の通常の「堅」だ。
「まずは1発。」
完全に油断してた筈だが、驚異的な反射で左手でガードしてきた。萃香の左手がボキボキと音を立てながらも攻撃を受け流された。
即座に追撃を仕掛ける。相手のターンをあげてやらない。鬼が相手なのだ。加減など不必要だろう。
殴りつけた勢いを利用して、右足を軸に回転して、左足で後ろ回し蹴りを放つ。
「う、ぐ……!」
今度は両腕を交差してきて防御の構えを見せてくる。それを見て、足に攻防力70で攻撃した。
これもまた萃香の腕からメキメキと骨が折れる音が聞こえた。そのまま吹き飛ばすが、空中で宙返りして着地した。
萃香の両腕は複雑骨折して、プラプラしていた。
「たった2発でここまで………ちょっと舐めてたね。」
どうやら酔いが覚めたようだ。
「何を驚いてるんだ。勇儀とも戦った事があるって言っただろう。」
「それでも簡単に鬼の骨を折ってくるんだから、ビックリしたよ。」
喋ってる間にも萃香の腕が治っていた。
「どう言うカラクリなんだ?鬼もそんな簡単に治るもんなのか?」
そういえば、勇儀も骨が折れても治るのが早かったな。それでも目の前の萃香程ではないが。あれは吸血鬼並はあるんじゃないと思うくらいの回復スピードだ。
「今のうちに来なかった事を後悔するよ。」
「まあ、始まったばかりだし。これからだ、これから。」
「行くよ!」
今度は萃香が一気に加速して背後に回ってきた。
いちいち、掛け声をくれるなんて律儀な事だな。それにしても、中々の速度だな。でもこの程度なら見える。
俺は振り向きざまに殴りかかる。先程と同じ攻防力で攻撃。
だが攻撃が当たる直前に俺の腕にパンチを当てて、軌道を逸らされた。
そして、ガラ空きになった右横腹に萃香の全力のパンチが飛んでくる。
即座にオーラを移動させて、左手で受け止めた。とりあえず攻防力40でガードした。
ガッ!と人体が奏でる筈のない音が響く。
少し拳が押し込まれたが、受け止めれた。
そしてワンテンポ遅れて衝撃によって、俺の背後の地面がボコンッ!と裂ける。
「ヒョオ♪」
感心していると更に追撃の右ストレートが俺の頬に直撃する。
「いてぇな。」
攻防力50でのガードなので、実質ノーダメなんだけど。教えてあげる必要はないよね。どうせ八雲紫が覗き見してるんだろうし。
とりあえずは余り能力は披露せずにラッシュを繰り出す。ただ、相手も肉弾戦のプロ。悉くをいなされる。
「ははっ!楽しいねぇ!」
「そうかい?」
「そうだよ!最近は軟弱なやつばっかだし、弾幕ごっこなんかで全力で戦えなかったからさ!こんな血湧き肉躍る戦いはできなかった!」
楽しそうだな。俺も昔はあんな感じだったのかな。まあどうでもいいか。それより、いい加減攻撃当たらないかな?美鈴の技をトレースしてみるか。
萃香のパンチを屈んで避ける瞬間に、回し蹴りで足狩りを行う。
上手く決まり、宙に投げ出される萃香。体の中心目掛けてパンチを放つ。
「ガハッ!」
腹に拳が入り吹き飛ぶ。
ふむ。再現度80%ってとこかな。即興にしては中々ではないだろうか。
口から血を吐いた萃香だが、すぐに立て直してくる。
「ミッシングパワー!」
いきなり萃香の体が巨大化した。
「すげぇな。そんな事もできるのか。」
目算で全長20メートルか。
巨大化しても速度は変わらないらしい。単純に攻撃範囲が広がった。
「ちょっと、それ反則じゃないの?」
「何を言ってるんだい!全力なんだから当たり前だろう?」
まあ、デカイってのはそれだけで的も大きくなるんだがな。
攻撃の合間を縫って軽く腹に拳を突き刺す。
それだけで、巨体は膝を突いて悶えた。
「いたた。全然動揺しないんだね。」
「鬼を相手にしてるのに、これくらいで驚く訳ないだろ?」
すると体を縮める萃香。
「百万鬼夜行!」
今度は妖力弾の雨が降り注ぐ。これが弾幕ごっこなら詰んでたんだろうが、今はルールは関係ない。
投げナイフで迎撃、躱し、そして弾く。そうして、弾幕を凌いでみれば上空に萃香がいた。
「これくらいでお前を倒せるとは思ってないからね!次で仕留めるよ!」
なら、この攻撃が奴の必殺技か。
「四天王奥義『三歩壊廃』!!!」
「一歩!」
地面に急降下し、一歩を踏みしめる。地面が揺れて、轟音が鳴り響く。
「二歩!!」
大きく跳躍し、急接近。そして、あらゆる力を周りから萃めた為か、蜃気楼のように揺らぐ右拳を構える。
「はああああああ!!!三歩!!!」
そのまま神速の右拳が放たれた。
俺は左手を前に出す。
攻防力85か。
そして破壊の拳を左手で受け止めた。
大気が震え、風が舞う。
「なっ!」
必殺技を止められて動揺している隙を見逃さない。俺は空いている右手で殴りつける。
だが拳が当たる直前に萃香が霧となって攻撃が空ぶった。
体を霧状にして物理攻撃を受け流す事も可能か。
厄介だな。普通の念能力者じゃ全く攻撃が当たらないな。こりゃ。
ただ、奇跡的に俺の能力なら攻略可能だ。
磁力のオーラを霧に纏わせる。霧の粒子の一粒一粒に満遍なく。
そして一気に引き合わせる。
霧状だった萃香が一瞬で元に戻る。その状況に目を瞬かせている隙に、手元に音速で引き寄せて殴りつけた。
「硬」で殴った訳ではない。普通の「堅」で殴った。殺してしまわないように。本当は「纏」でもいいのだが、流石に音速の物体を殴るにはオーラでの守りが必要だ。
全く防御ができないまま萃香は俺の拳を受けた。そのまま白目を剥いて倒れる。
「ふう。やっぱり鬼は強いな。少し疲れた。」
結局、少しばかり能力を見せてしまった。まあ、やってることは春雪異変の時と同じ物だから今更ではある。
何はともあれ前哨戦はこんなもんだろう。
確かに俺と相性のいい相手だった。霧状になれるのなら、肉弾戦しか取り柄のない奴は手も足も出ない。
だがこれで終わりではないだろう。
そもそも
そうしていると「円」に複数の気配を感知する。
見上げれば上空に複数のスキマが展開されていた。
知った顔も知らない顔もある。
黒い翼の生えた鴉天狗
白い亡霊姫
最強の妖獣
幻想郷の賢者
4人か。なるほど、相性のいい相手をぶつけるだけでなく、そのメンツで袋叩きするつもり。
確かに俺の予想を超えてきた。
そうして、ようやく俺は幻想郷の賢者と合間みえた。
「お初にお目にかかります。八雲紫と申しますわ。今日は貴方に地底不可侵条約違反の為、死んでいただきますわ。」