さて、厄介な来訪者がやってきた。
いや、俺は別に構わないのだが、やってきた彼女やそれを警戒の眼差しで出迎える咲夜。今にも殺し合いが始まりそうな緊張感が客間にはあった。
とはいえ、件の彼女は椅子に座る訳でもなく、2本の刀を差し出し土下座をしていた。それを睨みつける咲夜。
「で、そうやって頭下げられただけじゃ、状況がよくわからないんだが。要件は?」
「幽々子様が十六夜咲夜さんと十六夜シャーキャさんの両名を白玉楼へ招待したいと。」
「………………」
うーむ、招待か。何が目的か?
西行寺幽々子とはあの夜、敵対関係になった。実際に矛も交えたしな。
それが今更何の用だろうか?傷が癒えたから再び俺を攻撃するのか。
だが、それは八雲紫に対して霊夢の命を人質にしている以上ありえない。
西行寺幽々子の能力は「死を操る程度の能力」。近接戦闘はそれ程だが、遠距離に徹すると八雲紫並の能力がある。というか、彼女の放つ白い蝶型弾幕は掠るだけで即死する。
まあ従者のこの様子から見て、敵対する気は無さそうだ。なら友好関係を築きたいのか?
それなら俺達ではなく、お嬢様のところに行くべきだ。だったらやはり俺と西行寺幽々子との接点はあの夜しかない。つまるところ謝罪か。
「咲夜、そう睨んでも何も進まない。」
「……でも、こいつらは……」
咲夜の左手を握って目を見つめる。
「とりあえず、落ち着けよ。」
「……わかった。」
「顔を上げてくれ。いつ行けばいい?今からなら、お嬢様に確認を取らなければならない。」
そう聞くと妖夢は言い辛そうに口を開いた。
「すぐにでも来ていただきたいと……」
「へぇ、此方の都合は一切無視ね。」
「わかった。お嬢様に確認する。咲夜は彼女の接待をよろしく。」
「わかったわ。」
俺はすぐにお嬢様に確認を取った。部屋を出るときの妖夢は此方に助けを求めるような眼差しだったが、気付かないふりをした。
接待とは言ったが、監視という意味合いが強い。あれだけやる気があるなら咲夜に監視させればいい。
お嬢様は簡単に許可を出した。正直拍子抜けだが、許可が出たなら構わない。
戻ってきてみれば、妖夢が真っ青な顔で震えてた。
「おい、何してたんだよ。」
「何もしてないわよ。ただここにいただけよ。」
うーむ。どうやら咲夜は既に「練」ができ始めているようだ。感情の揺れによってオーラが増減しているのが証拠だ。
咲夜の怒気を孕んだオーラを浴びて、萎縮してしまっている。
「お嬢様からは許可が出た。どうする?」
「なら此方も彼方さんも利害が一致したなら、さっさと行きましょう。」
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「ねえ?」
「なんだ?」
「いつから飛べるようになったの?」
白玉楼の長い階段を上りきり、立派な寝殿造の屋敷が見えてきた。
「空を飛ぶ構想は6年前から考えてた。実現できたのは、2年前だな。」
「じゃあ、やっぱり異変の時も飛べれたのね。」
「黙ってて悪かったよ。別に隠す気は無かったんだが、披露する機会もなかったんでな。」
「……あの、着きました。」
妖夢を置いてけぼりにして話していると屋敷に着いた。
案内されるままに客室に案内された。
未だに不機嫌な咲夜を宥めつつ、「円」で周囲を確認する。
この手の事は咲夜も元専門職なだけあって、怒りながら俺と話しつつ、それでもキョロキョロする訳でもなく周囲の状況を警戒していた。
「円」に妖夢を感知する。
どうやら1人らしい。特に何かを持ってる訳ではない。屋敷奥にもう1人いる。そっちが西行寺幽々子か。なら妖夢は主人の準備が整ったから俺達を呼びに来た訳か。
危険は無いと判断して咲夜には伝えない。妖夢や幽々子に警戒している事を露骨にアピールする必要はないからだ。仮に敵対するにしても、此方の索敵能力を誤認させる事もできる。
襖が開く。
「お待たせしました。幽々子様のところへ案内します。」
妖夢について行き、奥の襖の部屋へ案内される。
中には予想通り、水色の着物を纏いピンク色の髪をした女性。西行寺幽々子がいた。
彼女は此方と目が合うとニコリと微笑んだ。
「ようこそ、紅魔館のお二人さん。私はここ白玉楼の主、西行寺幽々子よ。さあ、座って。」
目の前には沢山の料理の数々。促されるままにとりあえず座る。
「……何が目的なの?」
警戒心剥き出しの咲夜が問いかける。
おそらく悪い話では無いのだろうが、確認は必要だろう。俺は特に口を挟まず幽々子の返答を待つ。
「…そうねぇ。2人には感謝と謝罪をしないといけないと思って、今日呼んだのよ。」
「別に私達から貴女に話はないんですけど。」
咲夜は相変わらずだ。心の中で溜息を零しつつ、とりあえず視線で幽々子に先に咲夜について、話すように促す。
幽々子もそれに気付き話出した。
「十六夜咲夜さんについては、あの異変の時に妖夢を救ってくれた事、本当に感謝してるわ。……私とは無理でも、妖夢とは仲良くして欲しいの。妖夢は先の件とは全くの無関係よ。」
そう言うと幽々子は俺達に深々と頭を下げた。
一勢力の主人が他勢力の駒使いに頭を下げるなど、異例の事態。その様子を見ても妖夢が取り乱さない辺り、ある程度は事情を聞かされたか。
俺としては、敵を減らせるチャンスだ。相手に恩を売る意味でもここは見逃しておいた方がいいだろう。実利的な面でも感情面でも。
「咲夜………。」
「………わかったわよ。妖夢についてはわかりました。」
流石に他勢力の主人に頭を下げられるのは、居心地が悪いのか咲夜は了承した。
なら次は俺の件か。
「十六夜シャーキャさんについては、先の異変で命を助けて貰いながら、恩を仇で返す真似をして申し訳ないわ。許してくれとは言わないけど、せめて敵対関係はこれきりにして欲しいの。」
そうして再び、頭を下げようとする幽々子を止める。
「ストップ、幽々子さん。まず事実確認をしたい。それからにしよう。一方的に謝られて、『はいわかりました。』とも『許しません。』とも言える
「そうね。何から確認しようかしら?」
「なら、俺の質問に答えてくれ。何でもとは言わない。言えないものは言えないで構わない。」
「わかったわ。」
咲夜も異論はないのか、大人しくしてくれている。表情はまだ少し硬いが。
「まず一つ目。俺を襲おうと思った動機は?」
「紫に頼まれたからよ。」
「その際、八雲紫に理由は聞いていたのか?」
「紫はあまり詳細には聞けなかったわね。ただ、幻想郷のルールを破る者の粛清を手伝って欲しいと言われたわ。その時はあまり、私も紫に強く意見できなかったしね。」
「それはなぜ?」
「その時は私の命の恩人が紫と霊夢だと聞いていたからよ。」
「何でよ!!」
バッと立ち上がった咲夜が怒鳴る。
妖夢はオロオロとしながらも刀に手をかける。幽々子は特に表情を崩す事なく、視線のみ咲夜に向けていた。
「座ってくれ、咲夜。今みたいなのを確かめる為に、事実確認をやってるんだ。」
そう、今明らかに俺達が認識している事実と異なる事象が語られた。八雲紫から直接聞き出すのはまず無理。だけど、今は向こうが積極的に情報開示してくれている。八雲紫の友人という事で情報の全てを鵜呑みにはできない。だが、これがあの鴉天狗や霊夢、萃香の口からも聞ければ、多角的な情報となる。そうする事で当時の八雲紫が何を考えていたのか。また現在はどう思ってるのか推察できる。
ここで感情を爆発させて、そのチャンスを不意にするリスクはあまりに大きい。
「これ以上、我慢できないならここで終わりにする。どうする?」
「……………」
諌めれば、咲夜は無言で座った。
「失礼した。続きをやろう。」
「ええ、構わないわ。貴方達の怒りは最もだわ。」
「助かる。……じゃあ続きを……その情報だけなら、復讐しに来るならわかるが、なぜ今更謝罪をするような事になったんだ?」
「私と妖夢の認識に差異があったからよ。妖夢に傷の手当てをしてもらってね。その時に妖夢に何があったのか話したの。そしたら、妖夢が顔を真っ青にしてあの異変の時に私が気を失っていた時の事を教えてくれたの。そこで、紫が言ってた事実と矛盾する事に気がついたの。」
「自分の記憶よりも他人の証言を信じるのか?」
「もちろん。私は気絶してた訳だし。妖夢を助けてくれたのは、他でもない貴女方よ。その救われた妖夢が言うんだもの。信じるわ。」
「じゃあ、八雲紫についてはどう思ってるんだ?」
「別にこれと言って何もないわ。こんな事は日常茶飯事だわ。それでも紫は友達だから許してあげるの。」
なんともまあ、広い心の持ち主で。
「だから、あの時助けてくれて感謝してるわ。」
状況は何となくわかった。結局は八雲紫が幽々子を騙して、俺を抹殺する為の手先として利用しようとしただけの事。
まったく。2枚舌を使うなら禍根を残すような真似はやめて欲しい。まあ、負ける可能性を考慮してなかったのかもしれないが。
「成程、よくわかった。なら、俺が再び八雲紫と敵対したら、アンタはどうする?」
「そうねぇ。私は紫の友達だから敵にはなりたくないわね。」
「なら、せめて中立でいてくれよ。」
「まあ、その程度なら。でも紫が殺されかけたら、助けちゃうかもよ。」
「別に構わない。八雲紫を殺せば幻想郷の管理者が居なくなってしまうからな。……よし、それで手打ちにしよう。咲夜もそれでいいか?」
「ええ、わかったわ。」
俺達の反応に幽々子達はホッとした表情を見せた。
俺としてもこの状況は好ましい。できればこのまま友好関係になればいいのだが。
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紫が勝てない訳だ。
正直な感想として思った。
頭の良さだけ取れば、紫に軍配が上がるだろう。だけど、十分追随できるだけの能力はある。それとあの戦闘能力なら言わずもがな。
恐らく彼は見た目通り、今回の件に関して特に怒りなど抱いていないのだろう。妖夢に対する視線も私に対する視線も同じものだった。特に脅威とも思われていない。話の流れから推測するに、邪魔はされたくないようだけど。
殆ど彼1人で物事を進めようとするのを見るに、他人に無関心なのだろう。
彼は究極的な自己完結の自己中心な人物なのだろう。しかもそれを成すだけの力もある。恩を仇で返す私にも特に感情を露にしない辺り、自分だけが楽しければ他はどうでもいいタイプ。
だけど、一緒にいたメイドは例外。彼女にだけは常に気を遣っていた。いつ私や妖夢がメイドさんに襲いかかっても対応できる位置に彼はいた。
それはきっと彼の中で彼女だけが特別だから。あれだけの力と自由な性格からして、執事など本来の転職ではないだろう。旅人なんかがうってつけだ。
彼を制御するなら、まずはメイドの方からアプローチする必要がある。だけど、そのメイドは私に敵意を剥き出し。自業自得ではあるけど、困ったものだ。
「あの、シャーキャさん。この後お時間ありますか?」
そう思ってると妖夢が彼に声をかけた。
「何だ?」
「いえ、少しばかり手合わせ願いたいと。」
彼はチラリと妖夢の刀に視線を向ける。
「俺、剣術はわからないんだけど。」
「構いません。シャーキャさんは強いと聞きましたので、少しでも戦ってみたいだけです。」
そう言う彼だが、あの夜に見せたナイフ捌きは凄まじいものだった。確かに流派などはなく、型もない我流ではあるんだろう。それでも長年の戦闘経験の豊富さを物語る剣捌きだった。
「咲夜はいいのか?」
「咲夜さんとも後で手合わせ願いたいと思います。」
彼に言われて妖夢の視線が咲夜を射抜く。明らかに強い眼差し。命を助けて貰ったとはいえ、武人として一度負けた相手にリベンジしたいのだろう。
「ああそう。俺は本命前の肩慣らしってわけね。」
剣術は知らないと言った彼に対する眼差しとの温度差で妖夢が彼を侮っている事がわかる。言葉を額面通りに受け取る素直さは可愛らしくもあるけど、相手の力量を読み違えている辺り、まだ一人前とは言えないだろう。
「2人とも殺し合いはダメよ。」
「分かってます、幽々子様。」
食事も適度に済ませれば、早速妖夢は彼を庭へ連れて行った。
そうして彼と妖夢の弾幕ごっこが始まる。
意外な事に弾幕ごっこは妖夢の圧勝だった。
「彼は何でスペルカードを使わないのかしら?」
「貴女には関係ありません。」
一緒に観戦しているメイドさんに聞くけど、相変わらずつれない。
確かに弾幕ごっこであの視認できるかわからない程の速度のナイフはルール違反だけど、あれだけの力を持っていた人間がスペル一枚も持ってないなんてあるのか?
彼の顔を見るに妖夢を舐めている訳でも無さそうだし。
「あの、もっと真面目にやってください。」
「至極真面目だが。」
「冗談は止してください。西行妖を鎮めたお手並みは目の前で見ていたんですよ。その程度な訳無いじゃ無いですか。」
「うーん、それを言われると困るなぁ。じゃあ、接近戦をしよう。それなら殺し合いでも無いし、弾幕ごっこよりはマシに戦えると思うぞ。」
「でも剣術はわからないんじゃ。」
「まあそうだが、物は試しと言う事で。」
そういうと彼は手ぶらでゆっくりと妖夢に近付いていく。
無防備に見えるが、それは逆。全く隙が見えない。
妖夢も彼が言うところの意味を理解したようで、表情が先程とは違う意味で険しくなる。
「やっぱり、彼氏さんはとても強いのね。」
「………当然よ。」
やっと返事が来た。どうやらこのアプローチでいけば、反応がもらえそうだ。
「あれだけ強くて、護ってもらって、愛してくれる。十分でしょう?」
「………それでも私も彼を護りたい。」
「男はね。女に頼られると嬉しくなる生き物なのよ。彼の背中を護りたい気持ちもわかるけど、もう少しだけ彼に預けてみたらどうかしら?」
話している間に彼は妖夢との間合いを詰め切った。
耐えられず妖夢は左手の剣を振り下ろすけど、彼は体を半歩ずらして避ける。地面に刺さった剣の上に右足を乗せて妖夢の剣を封じた。
慌てた妖夢が右手の剣を振り下ろすが、右肘を彼の左手で止められる。
ガラ空きとなった妖夢の胴。封じられた両腕。
そこに容赦なく突き刺さる彼の右拳。
「グハッ!!」
そして追撃に左足を顎目掛けて蹴り上げる。
「ガハッ!!!」
吹き飛び地面を転がる妖夢。それでも右手の剣は手放さなかった。
「へぇ、まだやれる根性あるじゃん。」
地面に横たわる妖夢に近づく彼。妖夢は起き抜けに剣を横に一閃。油断している彼を奇襲した。
だけど、超人的な反応で妖夢の剣を左手の人差し指と中指で挟んだ。
「え?」
「まだやるかい?」
妖夢の喉元には手刀。続ければ首を刎ねられる。実際は殺し合いは禁止にしてるから、それはないけど、実戦ならそうなってるだろう。
「参りました。」
「じゃあ、交代だな。」
そうして今度は彼が私の隣までやってきた。
「妖夢はどうだったかしら?」
「スジはいい。太刀筋も一流のものだろう。あとは実戦経験あるのみだな。咄嗟に機転を効かせる瞬発力は足りない。剣を二刀流で振り回せる腕力やそれを自在に扱える剣技。これに実戦経験を積めれば、接近戦に於いて彼女の右に出るものはいなくなるだろうな。」
「簡単に倒したように見えるけど、かなり評価してくれるのね。」
「過大評価はしても過小評価はしない。その油断が命取りになるからな。……そう言うアンタは咲夜と少しはコミュニケーションは取れたのか?」
「あら、見てたのかしら?」
「別に見ては無いさ。半径50Mは俺の警戒範囲だからな。見てなくても動きを感じて大体何をしてるかわかる。」
「成程ねぇ。だから、簡単に彼女さんを私と2人きりにしたのね。」
「それだけじゃ無い。アンタは咲夜には攻撃しないと踏んでいた。」
「その根拠は?」
「あれだけ敵意剥き出しなんだ。どうにかしたいと普通は思うだろ。排除するか和解するかしてな。……排除は俺が居る限りリスクが高すぎるし、八雲紫にも俺に対して危害を加える事は無いように言われてる筈だ。なら、懐柔しようと試みるんじゃ無いかと思った訳だ。」
「確かに納得できるわね。でも、それでも警戒はしてたんでしょう?」
「50M以内なら問題ないと考えてたさ。」
「嘘ね。まだ短い時間だけど、貴方が彼女さんを護る事に必死なのは私の目から見てもわかるわ。それだけ強いならもっと余裕を持ったらどうかしら?貴方がいつもピリピリしているから、彼女さんも気を抜けないんじゃないのかしら?」
「それは何とも耳が痛い話で。」
そう話している間にも弾幕ごっこが終わった。先程とは違い白熱した戦いとなった。妖夢もスッキリした表情を見せてくれて一安心。
弾幕ごっこを介して蟠りが少しばかり解消されたからか、咲夜さんの表情も冷たさは無くなった。
とりあえずの最初のコンタクトとしては及第点と言ったところかしら。本音を言えば完全な和解にしたかったのだけど。それだけ咲夜さんの怒りが大きいと言う事ね。
地道に関係修復に努めようと考えを改め、彼らは紅魔館へ帰って行った。