※蒼の薔薇と別れた後、ユグドラシルでのお話です。
※本編で気持ちよく終わりたい!という方は、ここでブラウザバックをお勧めします。
※まあ、付き合ったるわ という方は、お楽しみいただければ嬉しいです。
ムスペルヘイムの端、ナグルファルの港近くの岬。
パーガトリーコリブリという、不死鳥を思わせる綺麗な紅と黄色に彩られた羽を持つ八〇レベルの鳥型モンスターの群れに追われ、魔法の引き撃ちで必死に現状の打開をしようとしているプレイヤーが一人。
細かな装飾が美しい漆黒のローブを羽織り、開けた胸元からは脈動する赤い球体の見える……
「ぐ、迂闊だった……。割がいいからって無茶するんじゃなかったなぁ」
ポツリと数十分前の自分を責めるような独り言を呟きながら、追加の攻撃を放つ。放たれた三本の黒く輝く黒曜石の剣が、彼に迫る複数の紅蓮の鳥を切り裂く。
数体を仕留めることに成功したが、その間に未だ元気な個体が悲鳴にも似た大きな鳴き声を上げ、周囲の紅蓮の鳥を呼び集める。
先ほどから、倒すペースよりも増えるペースのほうが早くなってきてしまっている。狩りを始めた時に自分にかけた
神聖属性と火属性という、彼の取得している種族的に弱点になる属性のモンスターである事もあり、
「せめて盾が居ればな……」
盾役によく使う
この鳥は普段であれば絶対に手を出さない相性最悪のモンスターだが、高確率でドロップするアイテムのショップ売却額が高く設定されている、金策にもってこいの敵なのだ。この一週間、リアルでの仕事が非常に忙しかったためほとんどログインできず、自分のギルド拠点の週間運営費をほとんど稼ぐことができなかった。それを少しでも取り戻すため、と無茶をしたのが災いしてしまった。
彼の名前はモモンガ。
このユグドラシルにおいて、所属人数四一名という少人数ギルドながら最盛期にはギルドランク九位という高順位を記録した上位ギルドの一つ、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターである。
数ヵ月前まで行われていた、過去の名作ゲームとの大規模コラボイベント。
かなりの種類のゲームとのコラボだったこともあり、開催中は長らくログインしていなかった一部のギルドメンバーが顔を見せていた。
モモンガは久々の仲間達とのゲームを心から楽しんだ。
しかし、時の流れは非情である。三ヶ月と言う開催期間は一瞬で過ぎ去り、彼は一人でギルドの運営費を稼ぐだけの日々に戻ってしまっていた。
また、何かの折に帰ってきてくれるかもしれない。
それだけが、彼が必死で拠点を維持する理由であった。
紅蓮の鳥がまたも甲高い鳴き声をあげた。
新たにポップしたモンスターが、モモンガを攻め立てる戦列に加わる。
「ああ、これは不味いな……」
今追加された分までは捌ききれない。
消費したアイテム分を考えると赤字になってしまうが、逃げるしかないか……と、上手く行かなかったことに若干の苛立ちを覚えていると、突如彼の視界にメッセージウインドウが現れた。
<<クリュード:敵引っ張りましょうか?
驚いて周りを見回すと、後方で鋼色の鱗をした竜人が手を振っていた。他のプレイヤーがこんなに近くに来るまで気が付かなかったとは。自分は只でさえ異形種な上、DQNギルドのギルマスとして多くの人に知られている。周囲探知の魔法をかけ直し、PKに備えようとする……が、周囲に他のプレイヤーは見当たらない。
魔法で看破出来ない専門職がいる可能性も考えたが、それだったらわざわざ声をかけず襲い掛かってくるだろう。油断は出来ないが、親切で声をかけてくれたのなら無下にするのも良くないだろう。
キーボードを打つ余裕もないので、後ろに佇む竜人に声をかけた。
「すみません、お願いします!」
声を聞いた竜人は、手元で軽くコンソールを操作したあと、こちらへ走ってきた。モモンガの視界に、パーティ加入の是非を問うウインドウがポップする。
少し躊躇った後、YESのボタンに骨の指で触れた。
モモンガと鳥達の前に割り込んだ竜人が
竜人の詳しい戦い方はわからないが、近距離のアタッカーのようなので、無駄にならなそうな支援をかける。
モモンガは支援特化ではないが、黒の叡知を利用して通常より多くの種類の魔法を覚えている。ロールプレイのためのフレーバー魔法も多いが、それなりの支援をこなせる程度には有用な魔法も充実している。
盾役が出来たことにより、十分な支援をかけ直せた彼にとって、鳥の群れの撃破は容易いことであった。
「ありがとうございました。思ったより数を減らせなくて苦労してたんですよ」
無事に鳥の群れを捌いた後、改めて助太刀の礼を言う。
竜人は、笑顔のアイコンを出しながら手を振って答えた。
「気にしないでください。普段ノンアクティブだからなのか、敵対するとすごい勢いで増えますもんね、コリブリ。いやらしい……」
そう言って、ワハハと笑いながらこちらに右手を差し出してくる。おずおずとその手を握り返した。
「クリュードって言います。貴方も"陽光"のデータクリスタル狙いですか?」
"陽光"は、太陽のような輝きを実装させる為の外装用データクリスタルだ。天使や光系の神格を持つボスモンスターが主に落とすが、先程の鳥達も極々低確率でドロップする。最盛期にはそれなりに人気のあった外装データだが、過疎化が進む今、市場そのものの利用者が激減してしまったため、ほとんど流通していない。
「いえ、私は単に金策で……。高確率ドロの羽が店売り価格が高いので。あ、えと。申し遅れましたが、モモンガです」
「なるほど、金策ですか。レアアイテム落ちても買い手が見つかりにくくなったせいで金貨に替えられないことが増えましたからね……」
お陰で満足に外装も弄れませんよ、とため息混じりに呟いている。
多数のプレイヤーが居ることを前提にして設計されたシステムは、過疎化の進んだ昨今では足枷にしかならない。モモンガも素直に共感して、相槌を打った。
「あの、モモンガさん」
少しの気まずい沈黙の後、クリュードと名乗った竜人は意を決したように口を開いた。
「私、ギルドとかにも入ってなくて、基本ソロなんです。モモンガさんさえよかったら、時間のあるとき"陽光"狩り、手伝ってもらえませんか?欲しいクリスタル落ちたときに譲っていただければ金貨は消耗品補充分だけ貰ってあとはそちらにお渡しするので……」
どうでしょう?と、軽く頭を下げながら、こちらを伺うように顔を向けてくる。
頭では、断るつもりだった。色々な社交辞令や断りの文言が頭に浮かび、どういった文章ならば禍根を残さないか考えている中で、一瞬だけ――
四〇の空席がある広い円卓の間でポツンと一人、独り言を呟きながら金策を考えている自分の姿が頭に浮かぶ。
――寂しい。
「――。いいですよ」
「本当ですか!ヨッシャ!」
気づいたら、反射的に返事をしてしまっていた。
しまったと思って慌てて撤回をしようとするが、嬉しそうな彼を見て躊躇する。
彼の出した条件は決して悪くない。むしろ、ソロで黙々と安全なモンスターを狩り続けるよりはずっと効率のいい金策だろう。ナザリックを維持するための、ビジネスライクな付き合いだ。別にギルドを捨てるわけでも、メンバーを裏切るわけでもないじゃないか。そう自分を納得させて、彼とフレンド登録を行った。
その日は、自分のMPが無くなるまでの少しの間だけ狩りを続け、解散した。
その後彼とは、何度も
ようやく"陽光"が一つ落ちた日。
「おお!おめでとうございます!」
「やったー!ありがとうございます!……さぁ、あと三個だ……」
「アッハイ」
必要なデータクリスタルが揃い、彼の装備が一つ強くなった日。
「よーやく形がまとまりましたよ。ありがとうございました」
「あれ、翼装備は
「というか、主武装が唯一の自作
「じゃあ折角だし装備一新しましょうよ。アイテムの流通はしてませんが、昔ほどドロップ争奪戦にはなりませんから」
「データクリスタルはそうですけど、今や信頼できる鍛冶師探すほうが大変じゃないですか……」
「材料と外装データもらえれば仕上げてきますよ。私の作成したNPCが鍛冶のスキルも使えます。NPCなので
「つよい」
狩りの最中、自慢の仲間達の事を話した日。
「えっ!?モモンガさんって
「え"ぇ!?知らなかったんですか!?」
「いやー、遠い世界の話だと思ってたので」
「ちょっと自意識過剰なんですかね、私……」
「私あんまりギルドの派閥情報とか見てませんでしたからね。特殊ですよ多分。てことはお腹のそれは
「いいですよ。爆発しますけど」
「コワイ!」
彼の持つ、
「ちょっと前にワールドオブなんちゃらってコラボあったじゃないですか。あれのFF世界の最奥で拾ったんですよ」
「
「やだ……
「本気でやったろか」
「サーセン」
竜のロールプレイについての悩みを聞いた日。
「御伽噺だと、ドラゴンってお宝とかを集めて自分の巣穴にため込む、みたいな習性があるじゃないですか」
「ああ、ありますねぇ」
「なので、最近希少なアイテムとか価値の高い~みたいなフレーバーのあるアイテムを集めてみたんですけど」
「はい」
「私拠点がないのでため込めないんですよ」
「……はい」
「なのでAOGの宝物庫に一緒に放り込んでおいてください」
「メンバーじゃないと取り出せないじゃないですか」
「多分取り出さないので……」
「大人しくレンタルホームか小規模ダンジョンでも攻略してください!」
「……手伝ってください」
「はいはい」
隠し種族、
「で、デカい……本当に竜種になってるじゃないですか……」
「完全に演出用ですけどね。
「どんなバフなんですか?」
「……いわゆる、上位物理無効と上位魔法無効です。雑魚の攻撃が通らなくなるヤツ……」
「あぁー……」
「トランス中は行動とか
「えぇ!?ぶっ壊れじゃないですか!?」
「発動のタメに超位魔法と同じかちょっと長い時間かかりますし、アイテムでタメ時間の省略もできない上デカい体で超派手です。普通に使ったら的です」
「Oh……」
「しかもトランスゲージの八割くらい消費しますからね。見ます?」
「是非」
彼の攻略した、少し不思議なダンジョンの話を聞かせてもらった日。
「これがその時の写真ですか?……おわ、ほんとに笑ってる」
「世界観もメチャメチャ凝ってましたからね。もしかしたら本当にユグドラシルの続編かもしれませんよ」
「最近のソフトだと表情が出せる奴もあるみたいですけど、ここまでキレイになるもんですかね。にしても美人だなー」
「どの子が好みですか?」
「…………。忍者の双子、セクシーですよね……」
「レズとショタコンです」
「レズとショタコン」
――廃れ行く
「……。終わるんですね」
「……最終日は、どうするんですか?」
「……仲間達に、声をかけてみようかと思っています。最後に、集まりましょうって。それを、ナザリックで待ってます」
「いいと思います。私は仲間達の連絡先すら知らなかったので……。会えるといいですね」
「……今まで、ありがとうございました」
「まだ数か月ありますよ」
「……そうですね」
――そして、最期の日。
数百人が入ってもなお余るような広さ。見上げるような高さの天井。七色の宝石が輝くシャンデリアは、見る者すべての目を奪うだろう。
ここは、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンの誇る拠点、ナザリック地下大墳墓の第十階層、玉座の間。
その最奥に安置されている、背にする壁にギルドサインをあしらった真紅の巨大な布が掛けられた、背もたれの高い立派な玉座。
そこに、ギルドの証であるとてつもないデータ量の杖……スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを手に携え、壁に掛けられたギルドメンバーの紋章が刺繍された四十一の旗を見つめる
彼の周りには、臣下の礼を取るNPCが数体いるのみ。
先ほど、最後にログインしたギルドメンバーがログアウトしていった。もう、誰もログインして来ないだろう。
仕方のないことだ。皆、現実世界を優先したまでの事。責められようはずもない。
浮かんでくる様々な感情を飲み込んで、飾られた旗を眺める。輝いていたあの日々を反芻しながら。
「過去の、遺物か……」
あと十分もすればこの作り物の世界は消えてなくなる。ぬるま湯のような思い出に浸りながら、ここで静かに最後の時を迎えよう。
目をつぶり、天井を仰ぐ。頭の中に過去の輝かしい冒険の歴史が泡のように浮かんでは消えていく。深いため息とともに玉座に体を預けたその時。
ピピピと、荘厳な雰囲気に似合わぬ電子音。思い出に沈もうとしていたのを邪魔されたわずかな不快感と共に、目を開いてコンソールを開く。
ギルドの防衛システムコンソールが、警告ウインドウを出していた。
【攻撃を受けています:地表部/中央霊廟】
なんだ、今更襲撃かと周囲監視用の魔法を起動しようとすると、続けてメッセージコンソールにまた一つ。
<<クリュード:(「・ω・)「<がおー
「……ンフフ」
間抜けな顔文字付きのメッセージに思わず含み笑いをしつつ、慌てて玉座の間を飛び出した。
部屋を出てすぐ、
そこから見えるのは、暗澹とした雲に覆われた毒々しい沼地。
その空を優雅に周遊する、宵闇の翼を広げた竜の姿。時々竜から小さな礫が飛んできて、霊廟の柱に当たり赤い"1"の数字がポップしていた。
竜は
魔法を唱え、霊廟の上空へと浮かび上がる。
(そうだ)
最後を派手に締めくくるために用意していた計画があった。
残ってくれたメンバー達と共に眺めるつもりであった。ナザリック地下大墳墓の周囲にこれでもかと敷き詰められた、計五千発もの花火。
空には、浮かび上がってきた彼をみて体を震わせ、ナザリックの周りを大回りで飛び続ける竜の姿。
(お返しに、驚かせてやろう)
アイテムボックスからボタンの付いた棒を取り出し、ボタンを強く押し込む。
その瞬間、ナザリックの周囲に敷き詰められた花火の筒から、夥しい数の光弾が一斉に空めがけて打ちあがる。
けたたましい破裂音と、闇夜を彩る様々な色の鮮やかな光が、ナザリックと彼、そして飛び回る竜を照らしていった。
竜が、今一度大きな大きな咆哮を上げる。まるで、最後の瞬間を飾るように。未だ続く発射音と合わせて、すさまじいまでの轟音が続く。
体を飛行の魔法に任せ、両手を広げて空を見る。
そっと目を閉じる。
周囲を彩る光と、照らされたナザリック。そして飛び回る竜の姿を脳裏に刻み込みながら。
眩いまでの光が遮られ、感じるのは未だ発射が続く花火の音だけ。
目を閉じたままそっと左手を上に挙げる。左手の指に嵌められた
三回だけ、超位魔法
夏のボーナス全てをつぎ込んで当てた、超希少なレアアイテムだが、どうせもうすぐ消えてしまう。
ゲーム的には選択肢から願いを選ぶだけの魔法だが、これからの未来に願いを込めて、呟いた。
「指輪よ、
『またどこかでお会いしましょう』
最後に会いに来てくれた、仕事に疲れた仲間の言葉。
あの時はその言葉に激しい怒りと寂寥感を覚えたが、今ならば……心からその言葉を願ってみようと思える。
彼が語ってくれた、あるかもしれない――
いつの間にか花火の音は消え、バタバタとローブをたたきつける風の音だけが聞こえてくる。
それに違和感を覚えることなく、願いをポツリとつぶやいた。
「どうか、私に……新たな世界で、仲間達と――友との、再会を」
頭の中に急速に何かが流れ込んでくる不快感と同時に、世界と一体化したようなとても大きな幸福感。
魔力が周囲から湧き上がるような、不思議な感覚に包まれていく。
風の音に交じって、遠くから響く――
とても大きな、
お付き合い頂き、本当にありがとうございました。
初めてでいろいろと拙い点多かったと思いますが、
数多くの方からの評価やコメントに支えられ、無事に話の区切りまでたどり着くことができました。
同様に、沢山の方から誤字修正にご協力いただき、大変助かりました。
読んでくださった皆様へ、改めまして心から感謝します。
私はアニメの二期と、書籍の続刊を楽しみに、妄想に浸ろうと思います。
それでは皆様、またどこかでお会いしましょう。