”CALL” me,Bahamut   作:KC

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本当はエイプリルフールに冒頭だけ投稿して嘘でーすってやろうと思ったんですけど

気づいたらもう4月も半ばに……嘘だ……


Call of "YGGDRASIL"
after_1) ほねのふるよる


広い、広い海に囲まれし絶海の孤島。

見渡す限りの大海原、その島以外に影はなし。

 

岸壁は来るものを拒むように反り立ち、ぐるりと島を取り囲む。

岩と海に囲まれたその中心には、得体の知れぬ鋼の樹木。

 

空から見れば、岩の花びら、鋼の雄しべ。

海に浮かぶ一輪の岩の花のよう。

 

その花が手折られぬよう、まるで誰かが守るように、

周囲の海は嵐が吹き荒れ、海を行くも空を行くも過酷な道のり。

 

その島のみが凪いでおり、常に晴れ間が雄しべを照らす。

 

 

 

唐突に咲くその花は、遥か昔に突然咲いた。

 

まばゆい光が星の海から落ちてきて、空を裂き、海を割り、岩を抉って咲いたのだ。

その花の産声は遥か遠く、あらゆる場所まで響き渡った。

 

しばらく花はそこにあるのみ、やがて誰もが忘れ去った。

 

花が生まれて百の年、突然花は歌いだす。

 

 

我より目覚めしかの子らよ、我が実を開き、父を起こせ。

 

 

その歌と共に彼らは目覚め、動き出す。

されど彼らは目覚めただけで、花の歌など聞こえない。

 

百の区切りを迎えるごとに、花は再び歌いだす。

 

彼らが花を目指す日まで、花は永遠に歌い続ける。

 

 

我より目覚めしかの子らよ、住処を整え、母を迎えよ。

 

 

その歌を紡ぐ鋼のおしべは、彼らの願いを叶え続ける。

いつか彼らが、花の元にたどり着くその日まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Call of "YGGDRASILL"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─*─

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロンデス・ディ・クランプはスレイン法国の神殿騎士である。

 

異形や亜人たちに対抗し人類を守る役割を持つスレイン法国の職業騎士は、仲間同士での切磋琢磨を良しとする徹底的なまでの実力至上主義である。

 

ロンデスは非常に信心深く人情のある男であったが、残念ながら剣の才能はなく、腕っぷしでの出世の目は見込めなさそうであった。

 

もちろん単純な剣の腕前だけでなく、魔法、軍略なども評価の対象であるが、同じスタート地点から始まった神殿騎士たちは、偉い立場の人間ほど何かに秀でており、そして信心深い。

 

 

そうであるがゆえに、神殿騎士隊を率いることは法国民にとって誇るべき事であり、自分を高く見せるためのステータスでもあった。

 

スレイン法国の貴族達は、自分の名に箔をつける為にその権力を利用した。

 

神殿騎士隊長として隊を率いて、人類守護の任──危険の少ない、その為に作られるような簡単な任務である──を遂行することを貴族として一人前の証とする、本末転倒な風習を生み出したのだ。

 

 

今、ロンデスが所属している隊の隊長であるベリュースという男も、箔付けのためにこの任務の間のみ隊長として赴任してきている貴族のボンボンである。

 

今までに同じような隊長の元についたことは何度かあったが、今回のこの男は稀に見る下衆であった。

 

 

そも、今回隊に与えられた任務自体、ロンデスにとっては納得の行くものではなかった。

 

 

リ・エスティーゼ王国の辺境に展開し、点在する開拓村を襲撃せよ。

 

 

人類の守護者たる神殿騎士が、同じ人類の──それも守るべき立場の人間を一方的に虐殺せよと言うのだ。

任務の真意が彼らに明かされなかったこともまた不満であった。

それでもしかし、隊員達はそれが人類のためであると信じ、渋々ながらも遂行してきた。

せめて、苦しませないように。

 

だが、このベリュースという隊長はそのような心など持っていないようであった。

自分の嗜好を満たすためだけに()()、嬲り、満足したら後ろでふんぞり返る。

 

神殿騎士は貴族の支援をもって運営されている部分があるため、立場的に歯向かうことはできない。

 

これが人類を守ることなのかとロンデスは唇を噛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

任務の遂行を続け、対象の村は残すところ後一ヶ所となった夜。

夜の見張り番をしていたロンデスは、突如周囲に響き渡った何かの咆哮で身が凍りついた。

すわ何事かと眠っていた騎士達も起き出し、周囲の警戒を始めている。

ベリュースが何かを喚きながらこちらへと向かってきたが、その途中に何か恐ろしいものを見たような顔をして動かなくなった。

 

振り向くと、空をおおう厚い雲の隙間から宵闇を引きずるように、巨大な竜が飛び込んでくる姿であった。

 

 

その竜は、こちらに気づきもせずにすぐに急上昇して去っていった。

しかし、去り際に間近で放たれた咆哮は、騎士団を()()のステータス異常にするには十分な威力であった。

 

 

正気を失った彼らは駆けて行く。

 

僅かに記憶の片隅にある、やるべき事を果たすためだけに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─*─

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とうに日は落ち、人々が眠りにつこうとする頃。

リ・エスティーゼ王国の端の端、トブの大森林に面した開拓村であるカルネ村の村はずれを、一人の少女が妹の手を引いて必死で走っていた。

平時であれば静寂が満ちているはずの時間帯であるにもかかわらず、暗い村のあちこちからはガシャガシャと金属がぶつかり合うような音、

何かを壊すような物音、そして絹を裂く様な悲鳴が聞こえてくる。

 

自分を追ってくる死の足音から逃れようと、少女は足を動かし続ける。

 

貧しい開拓村であるこの村に篝火や街灯の類はなく、周囲を照らすのは空を覆う厚い雲の隙間から差し込むわずかな月明りのみであり、人が走るにはあまりに暗い。

足元もおぼつかない中、なんとか足をもつれさせないようにしていたが、手を引いていた妹が石に足をとられて転倒してしまった。

 

あわてて駆け戻り助け起こし、再度駆け出そうとする。

しかし、突然背中に焼けるような痛みが走り、妹を抱え込むようにして蹲ってしまった。

 

背中に感じる激しい痛みで意識が朦朧とする。

霞む視界で振り返ると、鈍く光る全身鎧に身を包んだ騎士が、血に染まる長剣を振り上げようとしているところだった。

 

空をおおう雲が風で動き、形を変えた雲の隙間から淡い月の光が彼女たちを照らす。

照らされた騎士の胸に、帝国の紋章がキラリと光っているのが見えた。

 

それを見た少女──エンリ・エモットは、頭に急激に血が上るのを感じた。

 

何故、私たちが帝国の騎士団に襲われなければならないのか。

 

只でさえ王国の高い税率に悩まされ、日々の暮らしに精一杯。

 

その上帝国との戦争のために毎年人手をとられ、作物の実りの時期はいつも手足がボロボロになるまで働いている。

 

そうまでして国に税を納めているのに、いざというときに守ってもくれない。

 

王国は、帝国は、私達をなんだと思っているのか。

 

 

「……なめないでよねッ!」

 

 

国の支配階級達への怒り。理不尽に命を奪いに来た、騎士達への怒り。

 

それらの全ての篭った渾身の右ストレートが、剣を振り上げて無防備になっていた頭に突き刺さる。

会心の一撃(クリティカルヒット)となったその一撃は、騎士の兜を歪ませ、数歩後ずさりさせた。

留め具が壊れて兜からバイザーが外れ、隙間から騎士の目元が覗く。

 

こちらを睨み付けるその瞳には光が感じられない。およそ人間的な感情というものは読み取れず、ただ狂気がすべてを支配しているように見えた。

 

その瞳の異常性に、エンリは心の底から震え上がった。

斬られた背中も、兜を殴り付けて砕けた右手の痛みも感じない。

 

腕の中で震えている妹を強く抱きしめたまま、騎士が剣を振り上げるのを呆然と見ていることしかできなかった。

 

 

視界に映る、騎士の先。

月の光の覗く隙間から、きらりと星が瞬くのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モモンガは、目を閉じたまま<飛行>(フライ)の魔法に身を任せ、遠くなっていく竜の雄叫びを聞きながら、最後の余韻に浸っていた。

ユグドラシル(作り物の世界)は終わる。

 

異形種狩りに怯えながら、少しずつ自分の思い描く存在になるために魔法や特殊技術(スキル)を取得していった仮初の器(このアバター)

 

彼が仲間たちと共に世界を駆け巡り、時には奪い、時には奪われ……

少しずつ増えていった、多くのアイテムや装備。

 

どれだけ作るのに時間をかけたのか、他のどの拠点よりも素晴らしいものだと胸を張って誇れるギルドの拠点。

 

すべて、世界と共に消えていく。

 

 

もしも。

彼がこの数年、一人でただひたすらに、人と関わる事無くギルド拠点(思い出)の維持費を稼ぐだけの生活を続けていたのだとしたら。

 

もしも。

世界が終わる瞬間、墳墓の最奥で、一人取り残されたように過去の栄光(思い出)に浸っているだけだったとしたら。

 

彼は、きっと縛られてしまっていただろう。

 

あり得たその世界の彼とは違い、()()との少しの交流を経ていた彼は――

 

 

 

 

『どうか、私に……新たな世界で、仲間達と――友との、再会を』

 

 

 

 

最後の瞬間に、皆との再会を願える程度には、前向きになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

願いの後、空の上。

どれだけの時間、そうしていただろうか。

とうに竜の雄叫びも聞こえなくなった。

彼の耳に入ってくるのは、バタバタと体をたたきつける風の音だけ。

目を開けば、きっとそこには通信切断を示すウィンドウが――

 

 

(……風の音?)

 

 

ここにきてようやく、彼は違和感に気が付いた。

ユグドラシルにおいても、小鳥のさえずりや木々の騒めきの様な環境音は存在していた。

武器を振れば風を切る効果音が鳴るし、風の魔法を使えば風の音は出る。

 

だが、風が体を撫で抜けていく感覚は存在しないはずだ。

 

そもそも、すでにサーバーとの接続は切れているはずの時間だ。

 

状況を確認するために目を開き、固まった。

 

 

「――は?」

 

 

彼の目の前に広がったのは、通信エラーを示すウインドウでも、見慣れた部屋の風景でもなく、視界すべてに広がる星空であった。

 

 

吸い込まれるような漆黒の夜空に、宝石を散らしたように星々が瞬いている。

ひときわ輝く月の光は、彼と眼下の厚い雲を照らしていた。

 

 

かつて、自然をこよなく愛した仲間が、ナザリックの第六階層に星空を再現していた。

その空が完成したとき、彼はとても興奮した様子で本物の星空の素晴らしさを語っていたのを思い出す。

当時のモモンガも完成した星空をすごいものだと思ったが、あくまでそれは仲間の強い愛とこだわりへの賛辞であった。

 

今、この目の前の光景を見て、モモンガはようやく彼の熱の入った説明を心から理解することができた。

 

 

「ブルー・プラネットさんは、これが作りたかったのか……」

 

 

思わず大きく息を吸い込んだ。

鼻を抜けて肺に満たされたその空気は、彼の知る汚染ガスと金属粉が舞い散る不快な匂いではなく、少し湿った、透き通るような生きた匂いだった。

 

星空に、幾筋もの光が走る。

 

両手では数えきれないだけの流れ星が、星の花畑を彩っていた。

 

 

 

思わず手を伸ばそうとして――

 

見慣れた闇色のローブと、そこから伸びる骨の腕が目に入った。

 

それを見て、ハッと我に返る。

 

 

「……あれ、なんでユグドラシルのアバターのままなんだ?映像の解像度も桁違いだし、感覚も……サーバーダウン時のバグか?」

 

 

とても満たされた気持ちで最期を迎えていたところに、冷や水をぶっかけられた気分だ。

少し苛つきながら、ゲームを終了するためにコンソールを開こうとするが、反応しない。

仕方なしに思念操作でGMコールを試してみたが、こちらも空振り。

 

 

仕方なく、ダイブマシンの強制終了信号を発しようとした瞬間、全身の内臓が浮き上がるような浮遊感に襲われる。

 

<飛行>(フライ)の魔法が切れたようだ。

 

 

「えっちょっ……わああああ―――ッ!!」

 

 

冷静に物事を考える間もなく、モモンガの体は落下していく。

 

眼下に見えた厚い雲の層を突き抜け、開けた視界に闇に包まれた森とみすぼらしい建物が密集している場所が映る。

制御を失った体は、風にあおられてクルクルと回転しながらどんどんと速度を上げて落下していく。

 

ただひたすらバタバタともがき、回る視界にパニックに陥りかけた次の瞬間、急激に思考が冴えた。

 

先ほどまで思考が恐怖と焦りに支配されていたのが嘘のように落ち着いている。

 

 

(そうだ、<飛行>(フライ)をかけ直さないと。でもさっきコンソール開かなかったしな……どうすればいいんだ?)

 

 

魔法を使いたい、と考えたとたん、頭の中に何かが広がる。

意識をそちらへ向ければ、自分が使うことのできる魔法が、特殊技術(スキル)が、魔力量が――

感覚的に理解することができた。

 

体勢を立て直すべく、<飛行>(フライ)の魔法を準備する。

意識を視界に戻したとき、彼の眼前に映ったのは

 

 

「あっ」

 

 

地面だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

轟音と共に土煙が舞い上がる。

どうやらいろいろと考えているうちに墜落してしまったらしい。

これではまるで<飛行>(フライ)を覚えたての初心者のようではないか。

恥ずかしさを振り払うように頭を振り、落下によってできた穴から這い上がる。

 

ため息交じりにローブを払いながら周囲を見渡すと、幼い少女を庇う様に抱きしめたままこちらを見つめる女性と目が合った。

 

女性はこちらを恐怖と驚愕が入り混じったような()()で呆然と見つめている。

目じりには涙が溜まり、血の気の引いた顔は汗まみれだ。背中には斬られたような深い傷跡が見え、衣服に滲んだ血が生々しい。

 

 

(うっわ、リアルな描写だな……表情もあるし、傷まで……)

 

 

いつかの、友人との会話を思い出す。

 

 

 

――『世界観もメチャメチャ凝ってましたからね。もしかしたら本当にユグドラシルの続編かもしれませんよ!』

 

――『最近のソフトだと表情が出せる奴もあるみたいですけど、ここまでキレイになるもんですかね』

 

 

 

 

(もしかして、続編の……)

 

 

ポン、と背中に何かが当たった感触がして我に返った。

振り返ると、あまり上質には見えない全身鎧に身を包んだ騎士が剣を振りぬいたまま固まっていた。

 

どうやら斬られたらしいが、ダメージを受けた様子はない。

<上位物理無効化III>のスキルが働いたか、単純にローブの防御力を抜けなかったのか。

 

いずれにせよ、この騎士のキャラクターは自分の敵とはなり得ない程度の強さしか持たないようだ。

 

振り抜かれた剣には、真新しい血の痕が見てとれる。

状況的に、女性の背中に見えた傷はこの騎士によるものだと言えるだろう。

 

 

(煩わしいな)

 

 

先ほど<飛行>(フライ)を使おうとしたときのように、意識を自分の中に向ける。

思念操作でコンソールを動かすような感覚で使用する魔法を選択した。

 

 

<龍雷>(ドラゴン・ライトニング)

 

 

100レベルの戦闘では牽制にもならない、第五位階魔法を放つ。

フルスイングの一撃で自分にダメージを与えられないキャラクターに対しては十分な攻撃手段だろう。

指先から迸った雷は、龍のようにのたうちながら騎士の体を貫いていった。

これだけで倒せるとは思っていなかったので続けて魔法を放とうとしたが、雷の龍に這い回られた騎士は肉の焼けたような不快な臭いを周囲にまき散らしながら崩れ落ち、そのまま動かなくなってしまった。

 

 

「ヒッ……」

 

 

騎士のあまりの弱さに拍子抜けしていると、後ろから絞り出すような声が漏れる。

先ほどの女性が、信じられないものを見るような目で倒れた騎士を見ていた。

女性のほうへ向き直ると、しまったという様に自分の口を押さえていた。

 

相変わらず背中の傷は健在で、女性の顔色はどんどんと悪くなっていっている。出血によるスリップダメージが発生しているようだ。

このまま見ていれば、大した時間もかからずに死んでしまうだろう。

 

表情や仕草、息遣いまでがリアルに描写されている今、目の前で衰弱していく女性を見るのは少々どころでなく心が痛んだ。

 

 

(……もしかしたら、必要なイベントNPCかもしれないしな)

 

 

自分の中の仮説を証明するためだと納得し、また意識を自分の中に向けた。

先ほど魔法を使った時と同じように、アイテムボックスを開くイメージをする。

雑多に並んだアイテムの一覧の中から、普段使用しない回復アイテムが詰まった無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)を見つけ出し、下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を取り出すつもりで手を動かす。

 

骸骨の腕は手首から先が虚空に消え、次に現れた時には真紅の液体の詰められた素晴らしい意匠のガラス瓶が握られていた。

 

 

「怪我をしているようだな」

 

 

少しだけ演技(ロールプレイ)をして、取り出した治癒薬を女性に差し出す。

女性の視線は差し出された治癒薬とこちらの顔を何度も行き来しているが、怯えるように胸元の少女を抱き寄せるばかりで薬を受け取ろうとはしない。

 

 

「飲まないのか?それとも、言葉がわからないのか?それなら……」

 

「の、飲みます!飲みますから、妹だけは!」

 

 

振りかけてやろう、と続けようとした言葉を遮って女性は叫ぶ。

引ったくるようにして薬を受け取り、一気に飲み干した。

 

胸元の幼い少女は、泣きながら薬を飲む女性を止めている。

善行のはずなのに、ひどい悪行をしている気分だ。

 

 

「嘘……」

 

 

薬を飲み干した女性の背中を淡い魔法の光が包み、受けていた切り傷が塞がっていく。先程までの様子を逆再生するように女性の顔には血色が戻っていった。

信じられないような表情のまま体を調べる女性を驚かせないよう、努めて優しい声色で話しかけた。

 

 

「傷は塞がったようだな。痛みはないか?」

 

「え、あ……ありません、大丈夫です……」

 

「ならばよかった」

 

「あ、あの!!」

 

 

女性はこちらに向き直り、地に両手をついて懇願する。

 

 

「村が、襲われているんです!助けていただいた上にお願いするのは図々しいかと思いますが、どうか村のみんなを、両親を助けてください!」

 

 

一息に言い切って頭を地面に擦り付けるように下げる。

横で見ていた幼い少女も、女性の真似をするように地に手をつけ、頭を下げた。

 

 

(なるほどな。やはりこれはチュートリアルクエストか)

 

 

本物と見まがうまでの画質、音声。NPCの表情変化も、先程放った魔法のエフェクトも……ユグドラシルではあり得なかった。

 

これは、ユグドラシル続編のサプライズ発表なのだろう、とモモンガは判断した。最後まで前作をプレイしたものたちへの褒美として、先行でチュートリアル体験が始まったに違いない。

 

そよぐ風が運ぶ木々の香りは……法律で嗅覚の再現が禁止されている以上不自然だが、あの運営のことだ。実装初期のバグかなにかの可能性が高い。

騎士を焼いたときの不快な悪臭はどうかと思うが。

 

これが最初のクエストなら、今後の進行は大きく分けて二つ。この村を救うか、見捨てるか。

ユグドラシルに咲き誇った惡の華、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスター、モモンガとしてロールプレイをするのなら、特に思い入れの無いこの村など見捨てるべきだろう。

 

だが、世界樹の物語(ユグドラシル)は終わった。

あとに一人残された、「鈴木 悟」としてならば……

 

 

――『誰かが困っていたら、助けるのは当たり前!』

 

 

弱者が虐げられる、この世界で。

 

 

「いいだろう。誰かが困っていたら、助けるのは当たり前だからな」

 

 

彼は、憧れの存在目指して歩き始める。

 

 

「さあ、行こう。君達の安全はこの私が保証しよう」

 

 

何時か再会できたその時に、胸を張って対面出来るように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以前、村に布教のために訪れた神官様が話していた言葉を思い出した。

 

生けるものの魂は、肉体の死とともに大いなる御霊の下へと還る。魂と肉体の繋がりを断ち、還るべき場所への道案内をするのが死神である、と。

私の目の前に現れた死の権化とでも称するべき存在を認識したとき、彼が私の魂を大いなる御霊の下へと送る死神なのだと思った。

 

しかし、彼は私の魂を運ぶようなことはしなかった。それどころか、死に近づいていた私達を、そこから引き離してくれたのだ。

 

村へと彼を案内しようとすると、村の方からまた悲鳴が聞こえてきた。それを聞いて手を引いていた妹……ネムの足が恐怖で止まる。

動けなくなってしまった妹を背負っていると、黒い風が彼の横に舞った。風は先程倒れた騎士に覆い被さり、みるみるうちに恐ろしい異形の騎士へと姿を変えた。

彼がその騎士になにか指示を出すと、身は凍り魂を揺らがすような咆哮と共に村の方へと走っていってしまった。

 

彼は走り去った騎士の姿を眺めていたが、思い出したようにこちらを向き、私達を促した。

 

 

彼──その死神は、「モモンガ」と名乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

村を襲った騎士は、本当にあっけなく倒されてしまった。

 

異形の騎士が剣を振れば体が裂け、モモンガ様が使った魔法で撃ち抜かれ力無く倒れる。

騎士の討伐よりも、村の皆にモモンガ様のことを説明する方が大変だったくらいだ。

 

皆を安心させる為に一緒に村を回ったのだが、モモンガ様の姿と、騎士を倒し終わってからずっとくっついて歩き回る異形の騎士──デスナイトと言うらしい──の恐ろしい姿を見て皆取り乱す。

その度に、モモンガ様が助けてくれたことを説明する必要があった。

 

無理もないとは思う。

モモンガ様もデスナイトも、どう見てもアンデッドだ。アンデッドは生きとし生ける者全てを憎み、命を奪いに来るのだと教えられていたのだから。

 

村の中全てを回り終わる頃には、朝日が顔を出そうとしていた。

顔を出した朝日を見て、モモンガ様は少し慌てたように周囲を見渡していた。もしかしたら日の光が苦手なのかと思って尋ねてみたが、そう言うわけではないらしい。

 

「なのましーんほきゅうが」とか「くえすとが終わらない」とか呟いていたようだけれど、その意味は私にはわからなかった。

 

 

 

騎士に襲われて、沢山の人が死んでしまった。

 

日が昇りきったころ、犠牲になった人たちをみんなで手分けして運んだ。ネムを無事だった近所のおばさんたちに任せて、私もなるべく手伝いをした。

 

大きな村ではないから、死んでしまった人たちも皆顔見知りだ。

運んでいる最中に、泣き崩れて動けなくなってしまう人達もたくさんいた。

 

私も、運ばれてきたお父さんとお母さんを見た時に、動けなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

お父さんとお母さんは、私たちの家を出てすぐのところに倒れていたらしい。

 

最期の瞬間、私とネムを逃がしてくれた時の二人の顔が頭から離れない。

昨日一緒に食べた晩御飯、一昨日お父さんを手伝った農作業、三日前にお母さんと一緒に練習した裁縫。

今までの平穏な日常がリフレインしては消えていき、悲しみと、怒りと、よくわからない感情がまぜこぜになり、声と涙がとめどなく溢れ出して止まらない。

 

 

どうしてこんな目にあわなきゃいけないの。

 

私たちを置いていかないで。

 

明日からどうやって暮らしていけばいいの。

 

 

声を上げて両親の体に縋りつく私を、モモンガ様は何も言わずにじっと見つめていた。

暗い眼窩の中に妖しく瞬く赤い光が、哀しそうに揺れているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高く昇った太陽の光が、カルネ村を動き回る村人たちを明るく照らす。

空は昨晩の曇り空が嘘のように青く晴れ渡り、晴天を喜ぶように鳥たちが空を舞っている。

 

騎士たちを倒し、夜が明けても――チュートリアルクエストが終了する様子はなかった。

それどころか、これだけの時間連続でログインしていれば間違いなく表示されるであろう脳内ナノマシーンの不足・補給アラートも出てこず、

人間として当然の生理現象である喉の渇きや、排泄の欲求すら感じられない。

最終手段だと思っていた思念操作によるダイブマシンの強制終了信号も、何のレスポンスも帰ってこなかった。

 

村人たちは、村中に散らばる犠牲者たちを村の一角に運んでいた。

それほど規模の大きくない村だ。殆どの人間が顔見知りなのだろう。目に涙を浮かべながら、眠る友人を運ぶように丁寧に遺体は集められていった。

 

私をここまで案内してきたエンリと名乗った女性も、両親と思われる遺体に縋りついて泣いていた。

集められた遺体は、どれも剣による深い傷を負っていた。

 

突如現れた理不尽な力によって、日常を破壊された人々。周囲は血の匂いでむせ返り、村人の中には匂いに充てられて倒れてしまうものもいる。

一般的な感性を持っていれば、非常にショックを受ける光景であるはずだった。

 

私が一番ショックだったのは、それらの光景を見ても()()()()()()()()事だ。

 

目の前で死んでいる人間を見ても、嫌悪感や恐怖を感じることができない。

まるで、通りがかりに虫がつぶれて死んでいるのを見たような、そんな感覚。

 

思えば、騎士達を殺したときも――ゲームだと思っていたとはいえ――何も感じなかった。

 

フワフワとした非現実感と、これは現実なのだという事実を突きつけるように顔を撫ぜる風の感触、空気の匂い、日の暖かさ。

ゲームの表現としてはありえないデータ量、本来であればすぐに法的措置が取られるような欠損遺体などの過激な表現。

 

頭では信じることができないが、心では理解してしまった。

 

自分は今、死の支配者(モモンガ)として異世界にいる。

 

自分が人間でなくなってしまうことに対する恐怖が己の中で膨れ上がり、思考を支配しようとして――

 

――スッと、心が凪ぐのを感じた。

 

 

アンデッドの種族特性の中には、精神作用を無効化するものがある。ゲームのシステム的には、恐怖や混乱、魅了など……精神に対して影響を及ぼすステータス異常を、バフ、デバフ問わずに無効化する能力だ。

墜落している途中で思考が冴えたのも、今急に心が凪いだのも、精神が恐怖に支配されるというステータス異常が無効化されたことによるものだろう。

 

心が押しつぶされそうな恐怖は無効化されて消えた。

しかし、焚き火の後に残る熾火のように、チリチリと身を焦がすような恐怖は心の中に残ったままであった。

 

 

ふと見ると、村人たちの遺体はあらかた集め終わったようで、これから葬儀の準備に取り掛かろうとしているところだった。

しかし、周囲には村を襲った騎士たちの死体がそのままに放置されている。

 

自分たちを襲ってきた敵の死体を弔う気にはなれないだろうし、あまり近づきたいものでもないだろう。

 

そう考えたモモンガは、力ない声で村人たちに葬儀の指示を送っている老齢の――先ほどエンリが村長と呼んでいた――男性に近づいて、騎士の死体の処理を申し出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何かに包み込まれている気がする。

上も下もなく、自分と他人の境界線もはっきりとしない靄の中で、ロンデス・ディ・クランプはふいに自分の姿を取り戻した。

まるで泥の中にいるかのように体は重く、自由にもがくこともできない。

半開きのままであった瞳の先に、水面に映る日の光のような形のはっきりとしない何かから、蜘蛛の糸のように繊細で、絹のように柔らかな帯がゆらゆらと自分を包み込もうとしている。

 

こっちへ来い。

 

ふいに呼ばれたような気がした。

頭に直接響いたそれは、どこかで聞いたことがあるような、だが誰でもありそうな声だった。

だが、なぜだか声を発しているそれがとても恐ろしいもののような気がする。

 

こっちへ来い。

 

柔らかな帯が体を撫ぜる。

身を任せれば、この帯は私をこの暗いどこかから引き上げるのだろう。

引き上げられた先で何があるのだろうか?何をすればいいのだろう?

思考がぼんやりとループし、自分という存在のこれまでを反芻し、途切れる直前に考えたことを思い出した。

 

 

私は神の僕として、人類のために尽くすのだ。

 

 

そう生きると決意してからずっとそのために尽力し、自分のすべてを捧げてきた。

 

ここに来る直前の任務は、私にとって決意を揺らがす内容であった。

人類のため、罪なき人民を虐殺する。せめて苦しまぬよう事に及びたかったが、部隊長は下種であった。

 

嬲り、奪い、犯す。

 

およそ神に仕える僕と思えぬ仕打ちも、その立場から諫めることもできなかった。

故に、ここから出たならば。

 

 

私は神の僕として、人類のために尽くすのだ。

 

 

彼は重い体を動かし、自らを包む帯を強く掴み、引き寄せた。

グイ、体を包む帯がぴんと張り、自分を光の下へと運んでいく。

 

気づけば、先ほどまで忘れていた呼吸を再開していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体が鉛のように重い。

先ほどまでのように押さえつけられているのではなく、極限まで体力を使った後のような、抗えぬ脱力感に支配される。

口の中の不快なねばつきを堪え、大きく息を吸った。

 

体に活を入れるように力を入れ、重い瞼を開く。

飛び込んでくる光で目が灼けそうになり、視界の焦点が定まらない。

次第に目が慣れ、ようやく焦点が定まった時、彼の視界に映り込んできたのは―― 死の権化。

 

 

「起きたか。一番偉そうな恰好をした奴は蘇生に耐えきれずに消滅して無駄になってしまったからな。その分しっかりと情報を吐き出してくれよ」

 

 

――<支配>(ドミネイト)

 

 

ロンデスの、ロンデスとしての意識はここで途切れる。その後、彼がその意識を取り戻すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ニグンさんたちは本国に呼び戻されているので生存!やったね人類!
※ex2)参照

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