”CALL” me,Bahamut   作:KC

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13巻がついに来ますね。
連休で12巻からまとめて読みます。





after_5) 後で隠れて泣いた

 

馬車や人々が何度も通行することで土が踏み固められ、その部分だけ草が生えなくなっている。

城塞都市エ・ランテルから周辺の開拓村に伸びる道は、街道と名がつけられているものの、その程度のものでしかない。

この周辺が特別インフラの施工が進んでいない、というわけではない。都市内の設備に関しては国や地域によって差があるだろうが、ひとたび大きな都市を離れてみればどこもこの程度だ。

 

そんな街道を、一台の馬車が進んでいる。

早朝にエ・ランテルを発ったその馬車は、よほど急いでいるのであろうか、通常よりもかなり速いペースで進んでいた。

急ぐ馬車に置いて行かれないように小走りで追従する者たちのうち、帯鎧に身を包んだ青年が、馬車を操っている少年に声をかける。

 

 

「バレアレさん、また飛ばし気味になっています。落ち着いて、ペースを落としてください。このままでは到着までに馬がつぶれてしまいますよ」

 

 

バレアレと呼ばれた少年は、焦りを隠せない様子で声をかけた青年を睨む様にして見る。

しかし、青年は静かに目を合わせ、顔を横に振った。チラリと後方に目をやるのでそちらを見ると、息を切らせた小柄な少年を、髭を生やしたがっしりとした体格の男性がフォローしているのが見えた。

 

またやってしまった。

 

焦って目的地に向かおうとするあまり、普通よりも馬に鞭を入れ過ぎてしまっているようだ。

頭に浮かぶ嫌な予感を振り払い、手綱を軽く引いて馬を減速させる。

 

 

「……ごめんなさい、つい焦ってしまって……」

 

「いえ、気持ちは理解できます。日も傾き始めて結構経ちましたし、今日はそろそろ野営にしましょう。このペースなら明日、予定よりも早く着くことができると思いますから」

 

 

馬車を街道の脇に寄せて停車させると、青年は後方にいた仲間たちに合図を送る。

野営の準備のため、それぞれ担当する仕事にとりかかった彼らの首元には、同じ銀色のプレートが光っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日も傾き、徐々に周囲が暗くなるころ。

 

がっしりとした体格の男性と共に、周囲に<警戒>(アラーム)の魔法をかけて回っていた小柄な少年が、たき火の前で作業をしている仲間のもとに戻ってきた。

 

 

「ニニャ、お疲れ。ダインも付き添いありがとう。そろそろ食事の準備ができるよ」

 

 

ニニャと呼ばれた小柄な少年は、手に持っていたスタッフを置き、たき火の前に腰を下ろした。

その隣に、ダインと呼ばれた体格のいい男性がのっそりと腰を下ろす。たき火の上には小さな鍋がかけられており、張られたお湯がぐつぐつと煮え、中に入れられた野菜がふやけて柔らかくなっている。

 

 

「ペテル、干し肉取ってきたぜ」

 

「ああ、ありがとうルクルット」

 

 

鍋をかき回していた帯鎧の青年――ペテルは、後ろから顔を出した軽薄そうな男――ルクルットが差し出した干し肉を受け取ると、包丁で切り分けて鍋の中へ放り込む。

かき混ぜながら少しの間煮込み続け、ルクルットがみんなにパンを配り終えたところで火から離し、木の器に盛りつけ始めた。

 

 

「大丈夫かい、バレアレさん。ほれ、あんたの分」

 

 

ルクルットは、ずっとたき火を見つめながら落ち着かないようにしていた少年にパンを渡した。

少年――ンフィーレア・バレアレは、反応できなかったことに謝罪しながら、パンを受け取る。

彼の心の中は、目的地であるカルネ村に住む幼馴染の――片思いの少女のことでいっぱいであった。

 

 

「気持ちはわかるけどよ、焦ったってしょうがないぜ。何かあったって決まったわけじゃないんだからさ!」

 

「こらルクルット、失礼だろ。依頼主なんだから」

 

 

なおも顔を俯かせているンフィーレアに、ルクルットが明るく話しかける。雇い主に対してあまりに礼を失した態度だとペテルが諫めるが、ンフィーレアは気にした様子なく、薄く笑いながら礼を言った。

 

 

「大丈夫です。ンフィーレアでいいですよ。皆さんには急な依頼を受けてもらっていますから……」

 

「そうかい?なら遠慮なく。ンフィーレアさんも飯を食いなって!空腹だと悪い方向に考えちまうしな!」

 

 

ルクルットはバシバシとンフィーレアの背中を叩き、自分も食事をし始めた。

その見た目通り軽薄な振る舞いだが、彼の楽観的な態度は不安定な状態のンフィーレアの眉間のしわを伸ばすのに一役買ったようだ。

少しだけ心にとりついていた靄が晴れ、ペテルから受け取った野菜と干し肉のスープを食べ始める。

スープを口に含むと、干し肉から染みた塩分が疲労した体に溶け込んでいくように感じられた。

 

 

「皆さんには負担をかけてしまって申し訳ありません。無茶なペースなのはわかっているんですが、どうしても気が急いてしまって……」

 

「気持ちは理解できます。ですが、何かあったとするならば余計、到着したときに体力を残しておかなくてはいけません」

 

 

ペテルの言葉に返す言葉もない。

改めて謝罪しつつも、どうか村が無事であってほしいと願いながら食事を掻き込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ンフィーレアが急ぎカルネ村に向かう切っ掛けとなったのは、冒険者組合に向かう道すがらの町の噂話であった。

 

そろそろ次の生産に向けて薬草の採取を行うべく、冒険者への依頼書を提出にいこうとした矢先の話であった。

 

 

──王国戦士長の直属部隊が少し前にエ・ランテルを訪れ、補給もそこそこにすぐに出立したらしい。

 

──少し経ち、戦士団の一部が開拓村の人間を護送して戻ってきた。

 

──曰く、帝国の騎士達が開拓村を荒らして回り、数えるほどしか生き残っていないらしい。

 

 

その話が耳に入った途端、目の前が真っ暗になっていくのを感じた。

あわてて噂話をした町民を捕まえ、詳しい話を聞こうとする。

しかし、彼らも単なる噂程度でしか知らないようだった。

 

 

事実の確認を焦り、その足で冒険者組合に走った。

 

ここで焦らずに都市長の所に事情を聴きに行けば、既に戦士長が帰還しており、カルネ村が無事であるという情報を得ることが出来たのであろう。

しかし残念ながら、この時のンフィーレア少年は半ばパニックとなっていたのだ。

 

ただでさえ、少し前に発生した竜咆哮事件のせいで周囲のモンスターが活発化しているという話がある。

冒険者組合がモンスター狩りを推奨していた事実もあり、不安が爆発してしまったのだ。

 

 

即日出発できる冒険者を探すも、カルネ村への道のりは野営をする必要がある。

少なくとも準備に半日はかかると宜なく断られ、もういっそ一人で向かおうと組合を飛び出そうとしたとき、丁度数日間のモンスター狩りを行う準備を整えていた冒険者チーム、"漆黒の剣"と出会ったのであった。

 

 

人のよい彼らは、ンフィーレアの依頼を受けることをすぐに決めた。

どちらにせよモンスター狩りで数日野営をするための装備を整えたところだったので、絶妙なタイミングだったとも言える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、彼らのカルネ村への道のりは非常に順調なものであった。

モンスターや野盗の類も現れず、正午を回る前にカルネ村が見えてきた。

 

 

「見えました!カルネ村です!」

 

 

遠くに見えるカルネ村には、村内を行きかう村人も、農作業をしている人も確認できる。

少なくとも、村が滅んでいるといったことはなさそうだ。

漆黒の剣の面々は安堵のため息を漏らしていたが、以前村を訪れたことのあるンフィーレアはひとり険しい顔をしたまま首をかしげている。

 

 

「どうしました、ンフィーレアさん?」

 

「村の周囲に柵がある……」

 

「それがどうかしたか?周りをトブの大森林に囲まれてるんだし、モンスター対策に柵ぐらいあってもおかしくないだろ?」

 

「カルネ村の周りの森は、森の賢王の縄張りになっているのでモンスターは殆ど現れたことがないんです。少なくとも前回僕がこの村に来た時には、あの柵はありませんでした」

 

 

カルネ村の周りは、急づくりには見えるが村を囲むように防衛柵が作られていた。

柵の内側には木材が積まれている場所もあり、建築作業が今も進んでいるであろう様子がうかがえた。

 

 

「ひとまず、村の人たちは無事なようです。彼らに事情を……」

 

「待て、何かいる」

 

 

ルクルットが声を潜め、険しい表情で周囲の様子をうかがっている。

周りには、まだ熟しきっていない実をつけた麦が生い茂る畑が広がっている。

腰ほどの高さまである麦畑の中を見通すことはできないが、よくよく様子をうかがってみると確かに不自然な揺れをしている場所がある。

 

ペテルも警戒し、剣の柄に手をかけて不自然に揺れる麦の穂を注視していると。

 

 

「動かないでいただきやしょうか」

 

 

チャリ、と死角から刃物を突き付けられた。

顔をそちらに向けると、体に麦を巻き付けたゴブリンが短剣を胸に突き付けていた。

 

 

「ペテル!」

 

「おっと、お仲間さんも動かないで武器を捨ててもらいやしょう。無駄に血は流したくないでしょう?」

 

 

気づけば、一行は周囲を完全に包囲されていた。

剣と盾を携えたゴブリンに加え、矢をつがえたゴブリンも数体周囲を囲んでいる。

通常のゴブリンであれば、漆黒の剣が苦戦するような相手ではない。

だが、このゴブリンたちからは普通のゴブリンたちとは違う雰囲気がある。

力任せに武器を振り回すだけではない、明らかに訓練された動きでこちらを包囲しているのだ。

流暢に言葉を話していることから、知能も高いと見える。

 

 

「お前たちは一体なんだ!この村に何をした!」

 

 

激昂したンフィーレアが、ゴブリンめがけて魔法を放とうとする。

既に武器を構えている相手に対して、あまりに無警戒な行動である。

 

 

「ンフィーレアさん!落ち着いてください!相手のほうが圧倒的に有利な状況です!下手に刺激しないで!」

 

 

叫ぶようにンフィーレアの行動を止める。

 

 

「ちょっと村でいろいろありやしてね。外部からのお客さんにナーバスになってるんですよ。さて、村に来た目的を教えてもらえやすか?」

 

「……この村で採れる薬草を採取に来た。何度も来ているから村人に確認してもらえば――」

 

「ンフィーレア!」

 

 

村の方から聞こえた声にそちらを見ると、白金の全身鎧を身にまとった巨体の剣士を伴った女性がこちらに向かって手を振っていた。

 

 

「エンリ!」

 

 

ンフィーレアは、その女性――エンリに向かって駆けていく。

残された漆黒の剣のメンバー達は、武器を収めたゴブリンたちに促されて馬車を引き、村へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─*─

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

騒動の後。以前から親交がある薬師であるということが証明されたンフィーレアは、住人の少なくなったエンリの家でこれまでの説明を受けていた。

 

 

「そう、おじさんとおばさんも……」

 

 

事実を知ったンフィーレアの表情は暗い。

エンリとネムの両親は、幼くして実の両親を失ったンフィーレアにとっても家族のような存在だった。

祖母と共に薬草を採りに来るといつも温かく迎えてもらっていたし、親のように思っていた面もある。

その二人が亡くなったとあって、自分の親が亡くなったような喪失感に襲われていた。

エンリとネムが無事だったのはンフィーレアにとっても不幸中の幸いであろう。

 

 

「私達も騎士に追いかけられて危ないところだったのよ。そこをモモンガ様に助けて頂いたの」

 

「……その人は、今どこにいるの?」

 

「えっと、確か……周囲の情勢を確かめてくるって言って旅に出ちゃったわ」

 

 

モモンガを名乗る魔法詠唱者(マジックキャスター)

村を襲った騎士を撃退し、村の復興のために()()()()()()()()を複数体貸し与え、出現時間に制限のないゴブリンを召喚するアイテムをポンと単なる村娘に与え、使用させる存在。

話を聞けば聞くほど、常軌を逸しているとしか言えない。

 

土木作業や警備等に使用されるゴーレムは、その仕様にもよるが総じて安価なものではない。

エ・ランテルにも数えるほどしか存在していないし、個人で所有できるのはそれこそ有力な貴族などだけだろう。

それを複数体、いずれ拠点を構えようとしているとはいえポンと無償で貸し出すことがどれだけありえないことか、エンリ達は理解していないように思える。

 

エンリに与えて使用させたというマジックアイテムも問題だ。

モンスターを召喚することができるアイテムは確かに存在するが、その多くは一定の時間が過ぎると召喚したモンスターが消滅する。

時間制限のない召喚アイテムなど聞いたことがないし、もし市場に出るようなことがあればどれくらいの価値がつけられるのか想像もつかない。

 

加えて、エンリを救った際に放った魔法も気になるところだ。

指から雷が出た、という話からは第三位階魔法の<雷撃>(ライトニング)が思い浮かぶ。

普通の人間が到達できる最高点である第三位階魔法を使用している時点で一流の魔法詠唱者(マジックキャスター)なのは疑いようがない。

しかし、エンリはその雷が()()()()()()()()()()と表現していた。

 

<雷撃>(ライトニング)で発生するのは、迸るような一条の雷だ。

どう大げさに表現したとしても、包み込むとはならないだろう。

 

思い浮かぶのは、魔法の勉強をした際に文献で見た、<雷撃>(ライトニング)の上位魔法。

 

第五位階魔法、<龍雷>(ドラゴン・ライトニング)

 

まるで龍がのたうつ様に雷が迸るとされる魔法であるが、ンフィーレアはその魔法を見たことがないし、使用できる者の話を聞いたこともない。

アダマンタイト級の冒険者ともなれば使用できるものも存在するかもしれないが、使えたとしても間違いなく切り札とされる魔法だ。おいそれと使用されるようなことはないだろう。

第五位階魔法とは、使用できるだけで英雄級であることが確定する、"普通"を超越した次元なのだ。

 

極めつけは、傷を負ったエンリに与えたという、()()治癒薬(ポーション)

自分が薬師だからこそわかる、その治癒薬(ポーション)の異常性。

 

飲んだ直後に、致命傷に近い深い切り傷が完治する即効性と効能もそうだが、それ以上にンフィーレアが気になったのはその()()色。

 

ンフィーレアの知る限り、治癒薬(ポーション)はその精製の過程で必ず青くなる。

複数種類ある原材料やその効果の内容にかかわらず、最終的な精製で青い成分が生まれてしまうため、この世に流通している治癒薬(ポーション)はすべて青系統の色だ。

 

赤い治癒薬(ポーション)は、すべての薬師が精製を夢見る"神の血"と呼ばれるものに伝えられている特徴だ。

 

<保存>(プリザベイション)の魔法を使用しなくても、品質が劣化しないと言われる伝説の治癒薬(ポーション)だ。

 

こちらも本物であるならば付加価値を含めればどれだけの価値が付くかわからない。

少なくとも、薬師からしたら研究対象として喉から手が出るほど欲しいものだ。

 

それを、エンリの治療のためだけでなく、けがをしていた村人たちの治療にばらまいたという。

 

本当であるならば、もはやお伽噺にでも出てきそうな存在だ。

 

 

「村を離れちゃったんだ……。エンリや村を助けてくれたお礼を言いたかったんだけど」

 

「えっと、しばらく戻らない代わりにって……今は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()村に滞在しているわ。その方達もカルネ村に拠点をおいてくれるそうだから、用事があったらその二人に言う様にって言ってた。時間があったら会ってみたらいいわ」

 

「うん。あとで挨拶に行ってみるよ。それより、エンリはこれから……大丈夫なの?」

 

「え、どうして?」

 

 

両親を失ったエンリとネムが二人残されてしまった。

姉妹二人だけでは所有する畑の面倒を見るのも難しいだろうし、この環境で生きていくのはとても難しくなるだろう。

ただでさえ十分な蓄えを持っているわけではないカルネ村で、寄る辺のない二人の少女を食わせていくことができるとは考えにくい。

喰いぶちを減らすため、こういった状況で彼女らのような人が行商に()()()()()事は、あまり言いたくないがよくあることだ。

 

どのような結果になるにせよ、今までのようにいつでもカルネ村で会えるような状況にはならないと思えた。

 

 

ンフィーレアは深く息を吸う。

自分のかねてからの想いを告げて、今後の彼女たちの人生を背負おうとしている。

 

幸い、祖母と共に経営している店の売り上げは好調だ。

エンリとネムの二人を養っていくのは難しいことではないだろう。

心臓の鼓動はかつてないほど高鳴り、強く握りしめた手は汗でじっとりとしている。

 

覚悟を決めた。

 

 

「ご両親が亡くなって、村も余裕のない状況で、ネムと二人だけで暮らしていくのは大変だと思うんだ。それで、なんだけど……」

 

「それなんだけどね、なんとかなりそうなの!」

 

「えっ」

 

「モモンガ様がね、じ……二人の友人たちの面倒を見てくれたらお給金をくれるっていうのよ。お二人ともお料理とかお洗濯とか苦手みたいだから、身の回りの世話とかおうちの事をやってほしいんだって」

 

「えっ」

 

「お父さんたちの畑も、全部は無理だけど少しだったらゴブリンさんたちに手伝ってもらって面倒が見られそうだし、助かっちゃった!」

 

「えっ、あっ、えっと、そ、そうなんだ。よ、よかったね!」

 

「うん!」

 

 

かつてないほどいい笑顔で笑うエンリに、ンフィーレアはそれ以上何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─*─

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって、村の端にある一角。

漆黒の剣一行は馬を厩舎に連れていき、馬車を停めた近くにある小屋に荷降ろしをしているところだった。

村長にも話を通し、水は村の井戸を使用してもいいことになっている。

流石に食料までは融通できなかったが、寝泊りにはこの小屋を使っていいと言ってもらえた。

空の様子から数日は好天が続きそうだが、それでもやはり夜は冷える。

 

壁と屋根のある場所で休むほうが、屋外で過ごすよりも体をしっかりと休めることができるだろう。

 

 

「にしても、村についていきなりゴブリンに囲まれるとは思わなかったな」

 

「アイテムで召喚されたっていってたね。村を守ってるって言う全身鎧のゴーレムもそうだけど、とんでもないものなのは間違いないみたい。そんなすごいものいくつも持ってるなんて、どんな魔法詠唱者(マジックキャスター)なんだろう」

 

 

同じ魔法詠唱者(マジックキャスター)としてその旅人の事が気になるのか、ニニャはぼんやりと呟いている。

ニニャは若くして第二位階まで到達しているが、より強くなるべく貪欲に魔法の修行を続けている。

もしかしたら、少しでも早く強くなるためにその旅人に教えを乞えたらと考えているのかもしれない。

 

 

「見ず知らずの村人達を助ける位だから、素晴らしい人格者に違いないのである」

 

「実際すごい人みたいだし、タイミングがあったら顔を繋いでおきたいな」

 

 

実力者とのパイプはあればあるだけ身を助ける。

単純に指名の仕事の機会を増やすと言う意味でもそうだし、ある程度の親交があれば何かあったときに頼ることも出来るようになる。

 

冒険者としてある程度の経験を積んできている彼らは、その辺りの心得もきちんと持っていた。

 

 

「確か、お仲間が今村にいるんだろ?最初に村長のとこに行った時にチラッと見たけど……」

 

「こんな感じだった?」

 

「そうそう、片方はこんな感じのまだちっこいガキんちょ……うわっ!」

 

 

ルクルットは突然後ろから会話に入って来た少年に驚き、前のめりに転びそうになってしまった。

 

 

「こら、()()()。突然話しかけて驚かせたらダメじゃないか」

 

「いやー、僕たちの話してるみたいだったから話にはいるなら今かなって思って!」

 

 

またその後ろから、吸い込まれるような漆黒の装甲に金色の意匠が光る全身鎧を装備し、その背に簡単には持ち上がらなそうなグレートソードを二本も背負った男性が姿を見せ、困ったように少年を諫めた。

 

リュウと呼ばれた少年は、悪びれずにケタケタと笑っている。

その様子を見た鎧の男性は小さくため息をつき、顔をすっぽりと覆った兜を外して小脇に抱えた。

 

 

「驚かせてしまったようですみません。話を盗み聞きするつもりはなかったのですが、つい気になってしまって。薬師の少年についてきた冒険者の方々ですよね?」

 

 

兜の下にあった黒目黒髪に少々驚いたが、その振る舞いは丁寧で非常に理知的であった。

 

 

「は、はい。銀級冒険者の漆黒の剣です。失礼ですが、お二人は……」

 

「あれらのゴーレムの持ち主の()()ですよ。私はサトルと言います。こっちは同じく友人のリュウです」

 

「よろしくね!」

 

 

片や丁寧な礼をもって、片や人懐こい笑顔と共に握手を求めてくる彼らに、戸惑いながらも応対する。

 

 

「友人と言うことは、貴方達も旅を?」

 

「まあ、そんなところです。事故に巻き込まれてこの辺りではぐれてしまっていたのですが。運良くこの村で合流できたので、村の皆さんのご厚意に甘えて滞在させていただいているのです」

 

 

曰く、この村を救ったモモンガと言う魔法詠唱者(マジックキャスター)と彼らは古い知り合いで、ここより遥か遠い地から転移魔法の暴走でここに来てしまったらしい。

モモンガが元の地に戻る方法を探すための手がかりを見つける間、彼等が村の手伝いと、周辺の情報収集をすることになったのだとか。

 

 

「この辺りには冒険者と言う職業があると耳にしまして。この国での身分のない我々でも就ける職業だと聞いて気になっていたんです。村に現役冒険者の方が来られると聞いたので、これは話を聞くしかない、と」

 

「ご飯でも食べながら、いかが?」

 

 

どこからか新鮮な肉を取り出したリュウが笑顔で寄ってくる。

この依頼中に用意した食材のなかに、満腹になれるほどの肉はない。

 

ペテル達は顔を見合わせ、喜んで彼らを迎え入れたのであった。

 

 

 

 

 

 

─*─

 

 

 

 

 

 

 

《飯で釣る作戦成功ですねモモンガさん!》

 

《なんか良い人たちみたいだし、何もなくても話くらいは聞けたかもしれませんねこれ》

 

 

漆黒の剣のメンバー達と楽しく食事を進めている最中に、二人はアイテムを使った念話(内緒話)で作戦の成功を喜んでいた。

 

腕っぷしが重要である冒険者達には荒くれ者が多いと聞いていた。

単に話し掛けに行ってにべもなくあしらわれてしまってはいけないと思い、飯で釣って仲良くなろう作戦を実行したが、彼らの人となりを見るに、無駄な心配であった気がしないでもない。

 

 

《仲良くなって損はないですし、獲ってきたお肉はエンリも喜んでたから良いんじゃないですか?》

 

 

ちなみにこの肉は彼等が来たと聞いてクリュードが森で捕獲してきたものだ。

捌ける人がいないかとエンリに聞こうとしたら、嬉しそうに解体し始めたのを見てモモンガは倒れそうになってしまった。

人間の姿のままではまだスプラッタな光景に慣れていない。

 

余った肉はエンリ達の晩御飯になる予定だ。

 

 

《話を聞けたのは良いですけど……。冒険者ってなんかフリーの傭兵みたいですね》

 

 

未発見の遺跡やダンジョン探索を期待していたモモンガは少々落胆した様子である。

確かに、漆黒の剣の話では冒険者の主な仕事はモンスター退治。

今回のような採取の依頼もあるようだが、基本は野盗や魔物からの護衛だ。

 

 

《まあ、あんまり冒険者って名前の感じではないですけどね。身分不詳な僕らが手っ取り早く就けるっていうのは重要ですよ》

 

 

何をする上でも、身分の証明は大切だ。

何処の誰ともわからぬままでは、人の世──表の世界で生きていくには不便が多い。

 

下位の冒険者の信用はそこまででもないようだが、上位の冒険者ともなればかなりよい扱いをされるようだ。

最上位とされるアダマンタイト級は、人類の切り札とまで言われるらしい。

 

新しく登録すれば当然最下位である銅級からスタートするようだ。

 

 

《銅級から始まるのはいいけど、チマチマあげるのめんどくさいですね。何か一足跳びにランクを上げる方法はないのかなー》

 

 

どうにかズルできないかと唇を尖らせて考えているクリュードに苦笑しながら、漆黒の剣との談笑を続けていた。

 

そんな折、遠くから聞きなれた声がした。

 

 

「モ……サトルさーん!リュウさーん!」

 

 

声のする方に視線を向けると、エンリがこちらに向かいながら手を振っている。

苦笑しながら手を振り返すと、嬉しそうに小走りでこちらへ向かってきた。

 

エンリの後を追うようにして少年がこちらへ向かってくる。

長い前髪で隠されたその表情は、モモンガがあまり見たことのない非常に複雑な表情だった。

 

きっと彼がエンリの言っていたエ・ランテルの薬師なのだろう。

 

彼がこちらに向ける何とも言えない不思議な表情が気になるが、彼の一族の作る治癒薬(ポーション)は質が良いと有名らしい。

ユグドラシルのアイテムの補充ができない今、現地で補充が可能なアイテムの程度を知るのは重要なことである。

 

彼とも仲良くなっていろいろ教えてもらおうと心の中で小さく決意するモモンガであった。

 

 




書き溜めはこれでおしまいです。

この先はちょっと時間が空くと思います。

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