”CALL” me,Bahamut   作:KC

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プロット改造はこれ無理ですね

最初の部分は幕間で上げようかと思ったんですけど、短かったんでくっつけました。


after_9) 踏みしめる一歩

ついにカルネ村を囲む堀と柵が完成した。

城壁と言えるほど立派なものではないが、大人の身長よりは深い堀、外部から村の中への視界を阻む木材で組まれた柵。

外部との出入り口になる門の近くには、外の見張りや来訪者の確認に使える物見櫓が建てられた。

村の了承を得ずに押し入ろうとしたら、それなりの備え……攻城兵器の類を持ち込まねば、この守りの突破は容易ではないだろう。

 

サトルやリュウはおろか、カルネ村の住人には建築の深い知識を持つものはいない。

元々カルネ村で建築を担当していた木工師は、弟子に技術を伝えきる前に襲撃で亡くなってしまった。

 

人間重機とでも言える労働力があったとはいえ、このような状況下でよくぞここまで立派な建築物になったものだ、とサトルは満足そうに頷いている。

 

これ以上立派なものを作るのであれば、きちんとした建築の専門家を招くか、建造済みの実例を見るなりなんなりして知識が欲しいところだ。

 

だが、ひとまずは一段落。

 

いつもは建築作業の計画会議が行われている部屋が、その日は村を挙げての宴会の会場となっていた。

 

村の運営も軌道に乗ったし、この宴会を期に村の代表者も正式にエンリへと引き継がれた。本人はどうなっても知りませんからね、と言っているが、彼女はきっとこの村をより繁栄させていくだろう。

そろそろ私達も外の世界に繰り出そうか、などと冒険に向けての高揚を抑えきれずにサトルが話す。

 

前村長が持ってきた周辺地図を見ながら、かねてよりの第一目的地であったエ・ランテルの位置を確認している時にサトルが呟いた事で初めて発覚した事実。

 

 

「……。文字が読めない」

 

 

かくして、レティ先生による王国語教室が開かれることとなった。

 

 

 

 

 

 

この辺りでは、国によって使われている言葉が違うらしい。何故会話による意思疏通は可能なのに言葉は違うのか、という質問は、教師の「え?そういうもんなんじゃない?知らなーい」の言葉で封殺されてしまった。

 

ちなみに、レティはこの付近で使われている言語はすべて読み書きができるようだ。

任務で他国に潜ることもあったからね、と言っていたが、思ったよりもエリートだったようだ。驚いた生徒二人を見て、フフンと鼻を高くしていた。

 

言葉によって文字の種類に微妙な違いはあれど、基本的には表音文字らしい。

まずは近場の、という事で王国語を習うことにした。

 

あいうえお表を作って、文字の発音を覚えていく。

 

とりあえず一文字ずつ発音できるようになったら、次は単語を読んでみる。

 

……不思議なことに、そのまま文字を読んでも記号のようにしか感じられなかったのだが、文字列を意味のある単語として認識して発音しようとするとその意味がわかるようになった。

少々気持ちが悪いが、一から十まで単語を覚える必要もないのは楽で良い。文章を書くことはまだ出来ないが、あいうえお表を見ながらであれば文を読んで意味を理解することはできそうだ。

 

サトルもリュウも、もらった羊皮紙に文字をメモし、注釈を書き込んでいく。

カタカナで発音を書き加えれば、簡単あいうえお表の完成だ。

組み合わせによって微妙に変わる読み方や、特殊な添字などに苦慮しながら、各々のあいうえお表を作っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

─*─

 

 

 

 

 

 

 

 

レティは、机に向かって黙々と勉強している二人を見つめながら考えている。

 

この二人ほどの実力を持つ人間が文字を読めないと知ったときはそんな馬鹿な、と思ったが、二人があいうえお表を作る際に書き込んでいた注釈を見て確信した。

 

この二人はきっと……いや、間違いなく"ぷれいやー"だ。

 

スレイン法国の神学の中には、神の言語に関する学問もあった。狂人扱いされることの多かったクレマンティーヌだが、元々座学は苦手ではなかったし、兄や両親を見返すために幼少期は必死で学んだのだ。

 

二人が王国語の横に書き込んでいるのが、過去に六大神が用いたと言われる文字だということにすぐに気付くことが出来た。

 

ある日を境に当時の必死の勉強を無駄なことだったと思うようになっていたが、まさかここに来て役に立つことになるとは思わなかった。

 

 

 

思えば、この二人については色々と違和感を感じることが多かった。

 

物の価値や、脅威についての感覚も明らかに常人離れしているし、そもそも本人達の身体能力がバケモノ級だ。

それにも関わらずどこか小市民のような振る舞いで、普通であればなんとも思わないところに感動する。

 

先日、神人や竜王(ドラゴンロード)についての話をしたときの反応も妙だった。

 

 

『ババァのドレスはケイ・セケ・コゥクっていう法国を作ったぷれいやー……つまり、六大神様の残した法国の宝だね。詳しい効果までは知らないけど、どんな相手でも支配下における、らしいよ』

 

『……ケイ・セケ……?うーん、強化された魅了(チャーム)系魔法の込められたマジックアイテムか……?でもレイドボス級の相手に抵抗(レジスト)されないのは……うーん』

 

『……。爆発はたぶん竜王(ドラゴンロード)始源の魔法(ワイルド・マジック)じゃないかなー。私も本物は見たことないけど、今生きてる中で一番強いって噂の白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)は全身鎧の騎士を装って外に出るらしいし、そいつの魔法ならそれくらいはできるんじゃない?』

 

『前に言っていた評議国のやつか。敵対したくないなぁ』

 

竜王(ドラゴンロード)達は昔八欲王との戦争で仲間がいっぱい殺されたから、今でもぷれいやーを憎んでるんだって。だからぷれいやーの子孫や遺産を持ってるスレイン法国との関係はあんまりよくないんだ』

 

『えぇ……勘弁してほしいなぁ』

 

『……。ねー、サトルちゃん達ってさー……』

 

『ん?』

 

『……んーん、やっぱなんでもなーい』

 

 

彼らは、ぷれいやー達がこの世界において如何に強大な存在かを知った上で、自分達がそうであることを語ろうとはしない。そうだと宣言するだけで、事実を知る各所から熱烈な歓迎(ラブコール)を受けることになるだろうに。

 

評議国の竜王達もそうだが、法国にばれると厄介になると思っているのかもしれない。実際、厄介なことになるだろう。

 

彼らは非常に理知的に思えるし、世界に混乱をもたらすようには思えない。少なくとも好意を持って接すれば好意で返してくれる。

スレイン法国からすれば、長年待ち望んだ神──それも望ましい方向での──の降臨だ。

間違いなく()()にかかるだろう。

 

二人は自由を是としているように見えるし、落ち着いたら旅に出たいともいっている。変に神扱いなんぞされて閉じ込められてはたまったものではないと考えているのかもしれない。

あるいは、極端なまでの人類至上主義を掲げているスレイン法国の亜人や異形種に対する徹底的な排斥行為が気に入らないのかもしれない。

彼らには、種族へのこだわりはないようだから。

 

本人達が公言するつもりがないのならば、私が無理に暴く必要もない。

法国に追われるクレマンティーヌは死んだ。

 

 

今の私は彼等に必要とされている()()()だ。

 

 

よくよく考えてみれば、ぷれいやー二人の庇護下にある私は、法国の誰から見ても超勝ち組ではないか。

対して、待ち望んでいるであろう法国は彼等に避けられている。ざまあみろ、だ。

 

思わず顔がニヤけていく。

昔であれば殺意と憎悪しか抱けなかった兄や法国のお偉方に対して、これ以上にない優越感を抱くことで心が満たされていくのを感じる。

今や憐れむ気持ちすら湧いてくる位だ。

 

随分と丸く()()()ものだ。

 

 

「どしたのレティ、ニヤニヤして」

 

「んー?べっつにー♪」

 

 

未だ書き取りを続けていた二人をまとめて掻き抱くように抱き締める。

サトルは相変わらず焦ったように離れようとし、リュウは迷惑そうな顔をしながら書き取りを続けている。

 

 

これでいい。

 

私は今、満ち足りている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─*─

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日光が燦々と降り注ぐ朝。

鳥のさえずりと風に揺れる木の葉の音をBGMに、サトルとリュウ……それに加えて屋根のない小さな馬車の御者台に座るジュゲムと、居心地が悪そうに荷台に腰かけているエンリの四人。

今朝早くにカルネ村を旅立った彼らは、風に運ばれてくる木々の匂いを楽しみながら、エ・ランテルへと続く街道を歩いている。

 

村が落ち着いたということで、さっそく冒険者登録をしようと旅立ったのである。

 

エンリとジュゲムが同行しているのは、ンフィーレアが訪れた際にゴブリン達を使役するようになったエンリも冒険者登録することを勧められたからだ。

そこらの兵士よりも明らかに強いゴブリン隊を使役する魔物使いが普通の村娘として生活していては、王国と帝国の戦争に徴兵されかねない。

そのような事態を防ぐため、人間同士の戦いに徴用されないという決まりのある冒険者になってしまおうという判断だ。

 

同じことを考えると、レティもそのうち登録させるべきなのだろう。

今回は置いてけぼりをくらって──ネムの面倒を見てもらっている──拗ねていたので、次にでも連れて行こうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たどり着いたエ・ランテルは、城塞都市の名に恥じぬ、まさに要塞然とした街であった。全周を強靭な石造りの壁に囲まれ、都市内含めて三重の守りになっている。城壁の上に作られた歩廊には大型の投射装着(バリスタ)や外からの射線を防ぐ盾が置かれ、見張りの兵が歩いているのが見える。

 

城壁には一定間隔で塔のような区画が設けられ、巡視兵の移動や休憩、物資の蓄積に使用されているようだ。

 

街に入るためには限られた門を通らなければならず、門を通るときは兵達による検問を受けなくてはいけない。

 

 

「うーん、やっぱり石材の方が頑強な作りになっていいな……。カルネ村も外側に増築するときは石造りを検討しようかな」

 

「無茶言わんでくだせえ……。これだけの規模じゃあ作るまでに途方もない時間がかかる……いや、あなた方がいれば出来そうな気がするのが怖いんですがね。建築したとして今の人口じゃ維持も出来ないし、そもそも普通の村と国境沿いの大都市を同じに考えんでくださいよ」

 

「備えはあっても損はしないぞ、ジュゲム」

 

「お二人は一体何に備えているんで……?」

 

「あんまり要塞化するとお上に目をつけられちゃうかな……。人外が多すぎるのもあるし」

 

「それもお二人の……いやまあ、あっしが言えた義理でもないんですがね」

 

 

街に入るための検問の列に並び、談笑しながら待っているが、エンリは周囲の視線が気になった。

 

サトルとリュウの格好もかなり上等な……目立つ物だし、なによりジュゲムが目立っているのかもしれない。

 

だんだんとこちらに向けられる視線は多くなり、周囲がざわつき始めると、騒ぎを聞き付けた衛兵がこちらへと駆けてきた。

衛兵もジュゲムを見てかなり驚いていたが、エンリが見せた開拓村の通行書をみると、ハッとしたように表情を正した。

 

 

「バレアレ氏から簡単にお話は聞いております。とはいえ騒ぎになってしまうので、皆さん一度詰め所の方に来ていただけますか……」

 

 

四人は顔を見合わせたが、大人しく衛兵にしたがって詰所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ンフィーレアさん、わざわざありがとうございました。話を通しておいていただけるとは……」

 

「いえ、エンリに冒険者登録を薦めたのは僕ですし。大きな騒ぎにならなくてよかったです」

 

「ありがとね、ンフィー。助かっちゃった」

 

「うん、いやぁ……ハハハ」

 

 

ンフィーレアは頬を赤らめ、照れたように頬をかいている。

彼がエ・ランテルで有数の薬師であるとは聞いていたが、まさか衛兵に顔がきくほどであるとは思わなかった。彼がエンリの身分を証明してくれたおかげで、スムーズに街に入ることができたのだ。

国境に面しているこの都市は、帝国との戦争の際には重要な軍事拠点となる。さらにトブの大森林にほど近いため、街道沿いのモンスターによる被害も多い為に常駐している冒険者も多い。負傷の際に命を繋ぐ治癒薬(ポーション)を扱う薬師の立場は必然的に高くなっているようだ。

 

ンフィーレアに街を案内され、冒険者組合へと向かう。

建物は皆一様に古めかしさを感じ、それでいて洗練された街並みであった。

道中に見つけた広場には様々な露店が並び、活気が溢れている。

エンリは以前親と一緒に訪れたことがあるが、相変わらず人が多い。カルネ村ではあり得ない活気に、少し人ごみに酔ってしまいそうだった。

 

じゅうじゅうという肉が焼ける音と、香しい匂いに誘われてリュウがふらふらと露店へと引き寄せられる。

サトルが気づくと、リュウは両手いっぱいに串に刺された何かの肉にタレをつけて焼いたものを持っていた。

 

 

「サトル!美味いぞこれ!」

 

 

右手に持った串にガッツきながら、エンリとサトルに持っている串を差し出す。

呆れながらも渡されたそれを齧ってみると、じゅわと肉汁が口の中にあふれ、濃いタレの味と合わさって犯罪的な美味さだ。よく焼けた皮のカリカリとした食感と、それを越えた先にある筋の確かな歯応えが、小さいながらも肉を食っているという確かな満足感を与えてくれる。

エンリも嬉しそうにほおばっていた。

 

 

「確かにヤバいなこれ。癖になりそうだ……」

 

ひへほほっひゃんは(店のおっちゃんが)へーふにはふっへひっへはほ(エールに合うって言ってたぞ)

 

「飲み込んでからしゃべってくれ」

 

「んぐぐ」

 

 

幾つかの露店を覗きながら中央市場を抜け、少しだけ開けた通りに出た。

先程よりも古めかしい建物が並ぶその通りは、石畳による舗装が行われておらず、馬車や荷車によって作られた多くの轍が残り、ともすれば足を取られてしまいそうなほどには歩きづらい。

通りには、これまでよくみた町人たちに紛れて、武装した人間がちらほらと見えるようになってきた。

道行く人たちの視線を受けながら、ンフィーレアの先導に従って背の高い建物に入る。

 

両開きのスイングドアを開けると、待合に使われているいくつもの椅子が並んでいるのが見える。

広い部屋の奥にはいくつかのカウンターがあり、同じ衣装に身を包んだ受付嬢が座っている。そのうち数人は、対面に立つ鎧を着た男と何かを話しているようだ。

一行が建物内に入ると、多くの視線が集まるのを感じた。

耳をすませば、一行の外見について口々に話しているのが聞こえてくる。中にはジュゲムを視認したとたん、武器に手をかける者も見て取れた。

 

 

ンフィーレアが受付嬢に簡単に話をしてくれたおかげで、冒険者登録はスムーズに完了した。

エンリだけは魔物使いとして冒険者登録を行うため、使役魔獣の代表としてジュゲムを登録するためのスケッチを行う必要があるとのことだった。

ゴブリンのスケッチが終わるまでの間、サトルとリュウの二人はンフィーレア達と別れて街の中を見学することにした。

 

組合を出た二人は、先ほど通ってきた中央市場の方に向かおうとする。その道中で、見覚えのある人影を見つけた。

 

 

「あれ、ペテルさん?」

 

「サトルさん!」

 

 

以前ンフィーレアと共にカルネ村を訪れた漆黒の剣の四人が、軽装で市場のほうへと向かうところであった。

 

 

「久しぶりなのである!」

 

「今日はどうしたんですか?」

 

「村のほうがかなり落ち着いたのでね。冒険者登録をしに来たんですよ」

 

「今はエンリが魔獣登録をしてるところだよ。時間かかるっていうから街中を見まわろうかと思って。みんなはどこか行くの?」

 

「これから次の依頼に向けての買い出しに行くところですよ。よかったら一緒に行きませんか?」

 

 

願ってもない申し出に、二人は喜んで漆黒の剣についていった。

 

彼らに案内されて向かったのは、先ほど通りがかった露店の並んだ中央広場ではなく、少し離れたとおりにある商店街であった。

道行く人々は厳つい見た目の人間も多く、いかにも専門店が立ち並んでいるといった風情であった。

 

夜営に必要なサバイバルキットを初めとして、刃物の手入れに使う研磨剤や洗浄剤、保存用の干し肉、火おこしツール、水袋などの魔法のかかっていない安価な道具から、冷たく新鮮なまま水を保存できる水筒、ワンタッチで火を起こせる着火アイテム、薄さと重量のわりに保温性・耐久性に優れる外套などのようなちょっと値が張るが便利な魔道具まで、多くの品物を扱う店であふれていた。

 

 

「この辺りは冒険者向けの専門店が多いんですよ。干し肉のような食材はまとめ買いのほかにも人数と泊数に応じてセットで購入できたりしますし、武具の手入れに使うような消耗品の店もあります」

 

治癒薬(ポーション)もこの辺に売ってるの?」

 

「薬師の工房は一つの区画にまとまっています。バレアレさんのお店もそこにありますよ」

 

 

元々蒐集癖のあったサトルは周囲の店に陳列されたアイテムを物珍し気に眺めている。

手持ちの王国貨幣が潤沢であれば迷わず買いあさっていたであろうが、彼らが持つ現地のお金には限りがある。

彼らの持っているお金はガゼフから騎士の装備と引き換えに受け取った金貨の一部であり、将来的にカルネ村のために使うためと決めてあるものだ。

冒険者登録費用やその他雑費の支払いのために持ってきているだけなので、あまり無駄遣いをするわけにはいかない。

 

 

「もう少し進んだ先には武具を扱う工房の区画もありますよ。卸売りをしているところもありますが、職人さんが直接お店を構えているところでは材料を持ち込めばオーダーメイド品の注文も受けてくれたりします。まぁ正直、サトルさん達の使っているものよりも上質な武具は手に入らないと思いますが……」

 

「ホント立派な鎧だよなぁ。この間は付けてなかった赤マントまで着けちゃって……。もしかしてサトルさん達ってどこかの国の偉い人?」

 

「いやぁ……そういうわけではないんですけどね」

 

「詮索はマナー違反だろ、ルクルット。ごめんなさい、よく言い聞かせますので」

 

巻物(スクロール)とかは置いてないの?」

 

巻物(スクロール)は基本的に高価ですし、この商店ではほとんど出回りません。時折旅商人が扱っていることがありますが、鑑定の証明がついていないことが多いので偽物の事もあります。必要な場合は魔術師組合に行くのが一番確実で安心ですが、ツテでもないとちょっと敷居が高いですね、あそこは」

 

「リュウの使う魔法は特殊だから、見せたら飛びついてくるかな?」

 

「そうかもしれないけど、無駄に目立つのは避けたいしやめておくよ」

 

「え、リュウ君魔法が使えるの!?」

 

「意外だな、まだ若そうに見えるのに」

 

 

漆黒の剣はみな驚いてリュウを見ている。特に、ニニャは目を見開いてリュウに詰め寄っている。彼は魔法習得に対する意識も高いようであったし、まだ十代前半に見えるリュウが魔法を使うと知って、対抗心のようなものを覚えたのかもしれない。

 

 

「位階魔法じゃない、ちょっと特殊な魔法だよ。普通の魔法の才能は残念ながらゼロだったから位階魔法は使えないんだけど、昔探索した遺跡で見つけた魔法書を使って覚えたんだ」

 

「特殊な魔法……。亜人の中にはそういった特殊な術に長けた種族もいると聞いたことがあるけど、魔法書で覚えられるものもあるんだ……」

 

「うん。だから冒険者として活動するときはその魔法と、マジックアイテムを駆使してサトルの補助と援護を中心に戦うよ!」

 

 

ちょっとだけ軽業もやるけどね、と腰に差したナイフを叩いて言う。

その後も商店を見回りながら、情報交換と世間話に花を咲かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜。

 

エンリとジュゲムをンフィーレアの家に預けたサトルとリュウの二人は、漆黒の剣が拠点にしている宿屋の一階にある酒場で漆黒の剣一同と飲み会をしていた。

置いていかれたエンリは少々むくれていたが、あまり荒くれの多い騒がしい場に連れ出すのも良くないだろう。

 

酒場の料理はカルネ村で食べられるものとはまた趣の違う、労働者向けの味の濃いものが多かった。

ダインおすすめのエールも手伝って、これまでにないくらいのペースでかきこんでいく。

 

 

(仕事で付き合わされた飲み会は地獄でしかなかったけど、こういうのはいいな……)

 

 

これまでの彼にとって飲み会とは、お金も、時間も、そして精神的にも無駄な浪費としか思えないものであった。

気を遣わずに話すことのできる友人と共にいるだけで、こんなにも素晴らしいと感じられるとは。

 

話題には事欠かなかった。

 

 

漆黒の剣の由来について。

 

 

「"漆黒の剣"の由来ってなんなんです?」

 

「十三英雄の一人、黒騎士が持っていたという四本の魔剣にちなんでいるんです。いずれは一人一本持ちたいって話をしてるんですよ」

 

「十三英雄って御伽噺じゃないの?」

 

「いえ、実在していたようですよ。実際、王都のアダマンタイト級冒険者がそのうちの一本を所持していたはずです」

 

「"蒼の薔薇"のリーダーが持っている"魔剣キリネイラム"であるな。少し前に彼女達がこの街に寄った時に少しだけ見たであるが、美しい刀身だったのである」

 

「いや~、俺はそれよりもあの美貌のほうが気になったね!どうにかしてお近づきになれないもんか……」

 

「ルクルット、最低……」

 

「なんでだよ!男なら当然の反応だろうが!」

 

 

酔ったニニャの毒舌。

 

 

「貴族なんてみんな豚野郎なんです!いずれ力をつけて必ず復讐してやるつもりですから!」

 

「ちょ、ちょっとニニャ声が大きい……」

 

「普段飲まないのに無理して飲みすぎたな」

 

「酷い話もあったもんだ!安心してくださいニニャさん、私達もお姉さんを助けるのに協力しますからね!」

 

「サトルもすごい酔ってる……」

 

 

サトルとリュウの装備について。

 

 

「サトルさんのその鎧も大剣も見事な品ですよね。その物腰といい、もしや貴族階級の方なのでは」

 

「軽々と着こなす身体能力も見事としか言いようがないのであるな」

 

「ハハハ、貴族とは程遠い出身ですよ。昔から憧れていた聖騎士がいましてね。赤いマントも含めて、その方をオマージュしたデザインなんです」

 

「リュウ君の服や腰当も見事な装飾ですね……。相当上位の冒険者でもないと持てないような品に見えます」

 

「ふふふ、仕立てるときにはサトルにも素材集めを手伝ってもらったんだ。自信作だよ」

 

「その短剣といい、全部売ったら金貨何千枚……いや、それじゃ足りないかもしれねぇな」

 

「装備だけって思われないように頑張ってランクを上げていかないといけないな」

 

「違いないですね」

 

 

笑いに包まれたまま夜は更けていく。

 

にぎやかな彼らを見つめる悪意の視線に気づくものはその場にはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。

 

漆黒の剣と再会の約束をして別れた二人は、エンリとジュゲムを迎えに行くべくンフィーレアの家へと向かっていた。

サトルは明らかにフラフラとした足取りだ。顔色はもはや青白く、明らかに二日酔いになってしまっている。

 

 

「う"ぅー、気持ち悪い……。調子に乗って飲みすぎたな……」

 

「サトル大丈夫か?今朝はニニャもかなり辛そうだったけど」

 

「二日酔いは魔法で治せないのかな……」

 

「試してみる?」

 

リュウが解毒の魔法を使ったとたん、サトルの顔色は血色を取り戻した。

二日酔いはどうやら毒の状態異常(バッドステータス)として扱われているようだ。

 

「二日酔いってやっぱり毒なんだねー。毒耐性装備付けてなかったっけ?」

 

「酔うのも楽しみのひとつかなと思って、夕食のときは外してたんだ……。今後はなるべく常につけておくことにする……」

 

「それがいいね。さ、エンリ達を迎えにいこうか。ネムとレティがへそを曲げる前に帰らないとね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

草原に吹く風が心地良い。

日差しも柔らかく、散歩には絶好の気候だ。

 

昨日と同じように歩く二人と、馬車に乗るジュゲムとエンリ。違うのは、彼らの首にかけられた銅色のプレートだけだ。

 

 

「行きでも言いやしたけど、お二人も馬車に乗っては?」

 

「いや……昨日ちょっと食べ過ぎたからな。運動しないと……」

 

「……必要なのかな……?僕も成長したり体型変わったりするんだろうか」

 

 

エンリはリュウの奇妙な物言いに少しだけ首をかしげたが、そういえば彼も人ではなかった。

もう人の姿で過ごしている時間の方が長くなり、時々忘れそうになる。

ネムなんかは忘れているかも……と思ったが、それはないなと首を振る。

あの小さな妹が時々空の散歩につれていってもらっているのを姉は知っている。

 

 

 

 

 

 

エ・ランテルの城壁が見えなくなってしばらくした頃、街道に沿う小さな森の影から人影が飛び出してきた。

 

よろよろと足を引くようにして出てきた男は街道の真ん中で蹲り、動かなくなってしまう。

 

 

「怪我人ですか?ちょっと様子を」

 

「ん、僕が行く」

 

 

心配そうに様子を見に行こうとしたエンリを馬車に押し込み、ジュゲムになにか耳打ちしたあと男のもとに歩いていく。

 

 

「おーい、お兄さん無事……」

 

 

近寄って声をかけたリュウが最後まで発声する前に、バッと立ち上がった男は刃物をリュウの首筋にあて、そのまま羽交い締めにした。

 

 

「おっと、悪いなボウズ。おいお前ら。金目のもの、置いていきな」

 

 

気付けば、いかにも野盗といった格好の男達が周囲を取り囲むように散らばっていた。

 

 

 

 

 

 

 

─*─

 

 

 

 

 

 

 

 

「鎧の、動くんじゃねえ。このガキの首から赤い噴水が出るぜ」

 

 

少年の首に短剣の刃を強く押しあてたまま脅しをかけた。

街中で獲物を探していた仲間達から、この少年は魔法詠唱者(マジックキャスター)である、という情報を男は受け取っている。こんなガキが大したことができるわけがない、と主張する仲間達もいたが、男は少年を警戒していた。

距離を離した魔法詠唱者(マジックキャスター)は単なる弓兵なんかよりもよほど厄介であることを男は知っている。それと同時に、魔法を使わせなければ単なる木偶の坊であると言うことも。

首に短剣を突きつけた今なら、魔法の詠唱が完成する前に首を掻き斬ることができる。……そうなってしまった場合、人質がいなくなるので即座に撤退の必要がある、と考えているが。

 

鎧の男が最初に近づいてきたなら隙をついて殺し、女と少年が動揺している間に鎮圧する作戦だったが、今考えれば穴だらけの作戦だった。

隙を突いたところであの鎧の男はすぐには殺せなかっただろう、と判断していた。

少年を真っ先に人質にとれたのは男にとって幸運だった。

 

盗賊達にとって一番厄介なのは鎧の男に見えた。装備に相応しいだけの能力があれば勝ちの目は薄いし、あの鎧が単なる飾りだとしてもあのサイズの金属の塊を振り回されれば鎮圧は容易ではない。

 

だが、鎧の男にとってこの少年はかけがえのない相棒であるらしい。人質にとれば動きを止めることができると踏んだ。

 

魔物使いの女は素人だ。

連れているゴブリンは一般的なやつと比べて強そうに見えるが、女本人は大したことがない。

事実、今も怯えた表情をして……

 

 

(……ん?)

 

 

男は少年の仲間達がこちらに向ける視線に違和感を感じた。

鎧の男は直立したまま包囲した盗賊達を見ている。数や配置の確認だろうか。人質にとられた少年のことを心配した様子がないのが不思議だったが、場馴れしているとすればまあわかる。

 

問題はゴブリンと魔物使いの女の表情だ。

 

女の表情からは恐怖や怯えではなく、不快感のような何かが感じられる。まるで自分の崇拝する存在に対して不敬を働く愚か者を見るような目を男に向けている。

 

さらにおかしいのはゴブリンだ。

ゴブリンの表情が人間と同じかどうかはわからないが、この表情はまるで……()()()()()()ような、自業自得だと呆れるような、そんな表情。

まるで屠殺場の家畜に対して「ああ、次はこいつか」と飼育小屋の外から見ているような、冷たい目。

 

その表情を向けられて、苛立ちよりも悪寒がしている自分にもまた、男は違和感を覚えていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

男は自分が勘が良い方だと自覚している。

その勘が、やってしまったと言っている。

 

ハァ、という小さなため息が手元から聞こえた。

 

 

「ねえ、お兄さん。リーダーはあんた?」

 

 

人質の少年が目線だけをこちらに向けて話しかけてくる。こちらにも怯えや恐怖はない。

間違いなく呪文の完成より短剣が喉を裂く方が速い筈なのに。

まるで今の自分が単なる日常の元にあるかのように。

 

 

男の顔を冷や汗が伝う。

心に動揺が広がり、思わず荒い口調になっていく。

 

 

「あ!?黙ってろこのガキ!おいお前ら!ボサッとしてねえでさっさとコイツら剥いちまえ!」

 

「ふーん。まあ指示だしてるってことはやっぱりお兄さんがリーダーなのかな」

 

 

まるで日常の会話のように気軽に呟いた少年は、首にあてられていた短剣の刃を指でつまむ。

 

信じがたい行動にまたも動揺する。だが、愚かな行動だ。このまま刃を引いて指を落としてやれば良い。これが単なる脅しで殺すつもりはないと勘違いしているなら、わからせてやればいいのだ。

 

ギ、と短剣に思いきり力をいれる。

 

……動かない。

押しても引いても、短剣がその場に固定されてしまったように動かない。

少年の瞳がこちらを見ている。言い様のない何かが体を支配した。

 

 

「<パライズ>」

 

 

全身の筋肉が硬直する。

体が全く言うことを聞かなくなり、瞬きや呼吸もままならない。少年が短剣をピンと指で弾くと同時に、バランスを崩して地に伏し、そのまま動けなくなった。

 

取り囲んでいた盗賊達の怒号が聞こえる。

 

 

「村とエ・ランテルの間の治安が悪いのは困るな」

 

「とりあえずこいつ以外はいらないね」

 

 

その二言が聞こえたあと、何秒と数える暇もないうちにあたりは静かになっていた。

訳もわからぬまま、男の意識はそのまま暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死を撒く剣団ねえ」

 

「カルネ村とエ・ランテルを繋ぐ街道の治安が悪いのは困るな。生活必需品の買付や薬草の売却で村人だけで行くこともあるんだろう?」

 

「あの程度なら村を襲われる分には警備の死の騎士(デスナイト)で十分だけど」

 

「エ・ランテルの行き来に連れ回すわけにも行かないね?」

 

「レティの対人戦講座の実践編と行こうか。冒険者として依頼に出る前にチュートリアル卒業編だ」

 

「そうしよう」

 

 

 

 




次回、人類最高峰の戦士であるあの人が二人の前に立ちはだかる!(煽り)

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