感想も誤字修正も大変感謝しております。
自己満足の世界なので、ほめてもらえるのはとてもうれしいのです。
エ・ランテルは国境沿いの大都市であり、王国から帝国や法国に向かう際に必ず立ち寄ることになる場所である。
国を股にかけて商いをしている王国の商人達にとっては、エ・ランテルは王国での最後の仕入れ先であり、また他国から戻った時の最初の卸し先でもあるのだ。
それ故に、エ・ランテルには大商人だけでなく、国内を商い場とした小規模な商人達も多数訪れる。
それもあって、ここは人口のわりに裕福な街として栄えているのだ。
商人の荷運びは、大都市間や国の間を行き来する際は、大概が
そのため、モンスターや野盗の出る街道であっても、比較的安全な旅路が確保されていると言える。
しかし、
急遽需要ができた物資や、すぐに価値の変動する水物の取引などは
単純に商人の母数が多いエ・ランテルでは、当然そのような小規模での荷運びを主にする商人も多くなる。
結果として、野盗やモンスターに狙われる数も多くなるのだ。
死を撒く剣団。
表向きは傭兵団として活動している集団だが、傭兵として活動するのは戦時中のみで、普段は野盗と同じように街道で人を襲う犯罪集団でしかない。
厄介なことに、団員の中には何度も戦場を生き残った古強者も居るらしく、下手な下位冒険者では護衛の意味をなさず、彼らによってすべてを奪われた冒険者も少なくない。
また厄介なことに最近は特に仕事熱心なようで、荷運びをしていた馬車が襲われたり、移動していた商人が拉致されたりといった事件が頻発していた。
おかげでこのところ行き交う商人の数が減り、街の経済が少しずつ弱り始めているのを都市の上層部は感じていた。
悪化していく周辺の治安に、衛兵隊や都市の管理者達へのバッシングも出始めた。
これを受け、エ・ランテルの都市長は冒険者組合に内密で依頼をだした。
都市の経済を弱らせる盗賊団、死を撒く剣団の撃滅。
都市内に一味が潜伏し、獲物を探しているという情報もあり、この作戦は秘密裏に進められた。
組合が用意した馬車をわざと襲わせ、後を尾けることで塒と思わしき洞窟を発見。数度に渡る手練れの
死を撒く剣団は大所帯で、確認されているだけでも五十以上の団員がいる。念には念を入れ、組合は確かな実績を持つ鉄から白金級の冒険者達に声を掛け、複数チームによる討伐部隊を組織した。
何をおいても勝利を得られるよう、必勝の備えであった。
辺りが夜の帳に包まれた頃、冒険者部隊は盗賊団のアジトへとたどり着いた。
取り仕切る白金級冒険者チームの
「イレギュラーはなし。事前の調べ通りの人員と罠配置だった。周囲も人影はなし。見廻りも居ないようだ」
「よし。予定通り三班に分けて行動する。A班は正面に配置。合図と共に見張りを暗殺、そのまま流れ込む。罠や見張りに注意して、可能な限りバレずに進めろ。ばれたらすぐに後続に連絡。そのまま押し潰す。B班はA班と交代で前線を務める。入口から一番太い通路を確保したら、無理に細い通路に突っ込むな。煙玉で広いところにいぶりだして複数で討つのを基本にする。C班は周囲の警戒と逃げた残党を抑える。抜け道があるかもしれない。警戒は怠らないように」
事前に決めた班に別れ、配置につく。
B班として塒正面付近に構えたチームの中には、同じ班になった鉄級冒険者と話す漆黒の剣の姿もあった。
「ここで武功を上げれば金級も見えるな。腕がなるぜ!」
「焦るなよ。任務の成功が第一だし、死んだら元も子もない」
「……ペテルさん達、落ち着いていますね。私なんか、緊張で汗が止まらなくなってきました……」
「そんなに緊張しないでください、ブリタさん。前線には白金級の皆さんもいますし、何時ものように戦える相手だけ相手にすれば良いんですから」
「ニニャの言うとおりである。怪我をしたらばすぐに治癒の魔法を使うので、大船に乗ったつもりでいるがよい!」
急作りな部隊なだけに、チームワークの低さが仇となってしまう可能性もある。そんな中、人当たりのよい中堅チームである漆黒の剣は、部隊を繋ぐよい緩衝材となっていた。
「静かに。入り口前に見張り、二人」
先程までの少し緩んだ会話から一変し、冒険者達の纏う空気が戦いを前にした緊張感のあるものに変化した。
ここからは死と隣り合わせとなる。
ブリタは垂れた汗をぬぐい、ゴクリと唾を飲んだ。
見張りは明かりのもとで話をしていた。
腰には鳴子の付いた紐が繋がれ、急に倒れたりすると中にいる仲間達に伝わる仕組みとなっているようだ。
側面から近寄り、二人同時に倒すと同時に鳴子がならないように体を支えなくてはならない。
予定よりも人数を割き、斥候四人で事に当たろうとしたとき、リーダーの冒険者が急に手で制した。
「誰か来る」
指し示す方を見ると、堂々と姿を晒して見張りのもとに歩いていく二人の姿。
見覚えのある姿に、漆黒の剣は驚いて思わず叫びそうになった。
「サトルさん、リュウ君……!?なぜ……!?」
「……知り合いですか、ニニャさん?」
「あの黒の全身鎧と派手な服のガキ……覚えてるぞ、この間組合に登録しに来て話題になってたやつらだ!クソッ!繋がってやがったのか!?」
「いやまて、見張りが武器を抜いてる。仲間ではなさそうだ」
「なにかやらかすならどさくさに紛れて突入。あいつらの動きをみて必要なら援護だ。クソ、準備がパーだぞ」
少しだけ会話をした後、見張りが焦れて飛びかかる。
次の瞬間、全身鎧の男の腕と剣がブレて見えたかと思うと、真っ二つになった見張りの死体が彼らの足元に転がっていた。
ガランガランとけたたましい鳴子の音が響き渡る。
鎧の男は一緒にいた少年に大袈裟に肩を竦めて見せ、そのまま二人でズンズンと侵入していった。
「……おい、なんだ今の」
「革鎧どころか武器ごと人間を真っ二つ……?どんな筋力してやがる、バケモンか」
「と、とにかく我々も突撃しよう。打ち合わせ通りA・B班は突入。C班は逃げてきた奴らを押さえろ」
出鼻をくじかれたまま、焦り二人を追った冒険者連合が、野太い悲鳴と金属音の漏れ出す盗賊団の塒へとなだれ込んでいった。
扉のかわりに使われているのであろう暖簾を潜ると、机を倒して作られた簡易的なバリケードの隙間から矢が雨のように放たれてきた。
サトルはグルリと剣を回して飛んできた矢を切り払うと、そのまま大きく踏み込んでバリケードを両断する。
仲間が背にしていた机ごと引き裂かれたのを見て硬直したままの数人を、もう片方の剣で薙ぐ。
たった二動作で、立てこもっていた八人の男は物言わぬ肉塊になってしまった。
返り血を払いながらもとの通路に戻ると、別の小部屋からパキンとなにかが割れるような音が響き、白く輝く冷気が溢れ出てきた。
冷気のカーペットを踏みしめながら小部屋から出てきたリュウは、あまりにも歯応えのない相手に辟易としているようだった。
「……レティの言った通りだったね。まるで相手にならない」
「捕まえたやつ、結構強いのもいるって言ってたんだけどなぁ」
「もういっそ、人の血に慣れる訓練と思うべきかな」
二人が──特にサトルが、レティから教えを受けた対人戦闘教室の卒業試験のつもりで挑んだ戦いであるが、まるで手応えがない。
『いやー、その辺の盗賊団でしょ?強者っていっても所詮野盗だし、サトルちゃんが相手したら技術云々の前に身体能力だけで押しきれちゃうよ』
『えー、でもレティみたいな例もあるしちょっとくらい骨のあるのもいるんじゃないか?』
『……あのね、私これでも人間としては上から数えるくらいには強いんだからね……』
いくつか見かけた小部屋を制圧しながら、奥へ奥へと進んでいく。
狭い通路の先には、少しだけ開けた空間が見える。木箱を積み上げて作られた簡単な壁やボウガンが備え付けられているのを見ると、あの広場の先が本格的な拠点なのだろう。
「よお、随分派手にやってるみたいじゃないか。俺も交ぜてくれよ」
通路の奥に見える広間の前に立ちふさがる、刀を携えたウェーブがかった長髪の男。
男は切れ長の目でこちらを油断なく見据え、軽く腰を落として刀の柄に手をかける。
「ここまで結構な数いたと思うんだがね……まさか無傷とは。そうでなくちゃ面白くない。俺のかつての敗北を塗り替えるための、礎になってもらうぜ」
「……なるほど、居合か」
サトルもまた両手に剣を構え、重心を下に落とす。
『まずは相手の武器の間合いを確かめないとねー。相手の間合いを外しつつ、こっちの間合いで戦うのが基本戦術だよ』
(刀の刃渡りと体格から見て、二、三メートルが妥当かな)
『んで、相手の戦い方を見る。自分から攻めるのか、
(居合の構えのまま動かない。一撃必殺か、
『あとは、自分の得意な戦い方に無理やり持っていく。サトルちゃんはパワーを生かしてゴリゴリ攻めるのがいいんじゃないかな』
(こっちから、攻める!)
ズイ、と大きく一歩踏み込み、右腕の大剣をたたきつけるように振り下ろす。
が、刀を構えたままの男は体を真横にスライドさせるようにしてその軌跡から逃れる。
自分の腕による死角に逃れられそうになったところを、筋力で無理やり振り下ろした剣の向きを曲げることでカバーする。
苦虫をかみつぶしたような表情のまま、曲がった剣の軌跡から逃げるように後ろに跳びのいた男は、手土産と言わんばかりにサトルが降りぬいた右腕の肘関節部分を狙って刀を一閃する。
『サトルちゃんの鎧を正面から斬れる武器なんてほぼないに等しいから、避けるよりもワザと当たりに行っちゃうほうがいいこともあるよ。角度をつけて、剣筋を逸らすように当てに行けばおっけー』
一歩踏み出し、上腕部分でその一閃を受ける。跳びのきざまで足元が不安定だった為に刀はあっさりと逸らされ、刀の男は勢いそのままに放たれた左手の大剣の横薙ぎを大きく後ろに転がるようにして避けざるを得なかった。
その隙間を縫うようにしてリュウが広間へと飛び込んでいく。
舌打ちと共に追おうとするが、すでに体勢を立て直していたサトルによって逆に阻まれる形となってしまった。
「そっちはよろしく!」
そういって、リュウは広間に組まれていたバリケードを曲芸師のように飛び越えながら、奥にいる盗賊たちと乱戦を始めてしまった。
ピョンピョンと跳ねるように動き回り、盗賊たちの方から炎や雷がはじけるように発生しているのが見える。
「おいおい、あのガキ
「前衛の必要がないからな」
二本の剣を少し下げるように構えたまま立ちふさがるサトルは、刀を正眼に構え直した男を見据えて笑いながら言った。
チャラリ、と首元の銅のプレートがランタンの光を反射してきらりと光った。
「フフ、やっぱり実戦は良い経験になるな」
「……これで
「最近登録したばかりの
「……ハッ!世の中にはつえー奴がいるもんだな!」
これだからやめられないんだ、と笑いながら刀を鞘に納め直し、再度居合の構えをとった。
「俺はブレイン。ブレイン・アングラウスだ」
「……私はサトル。あっちのはリュウだ」
「今日のこれも組合からの依頼かい?」
「いや、拠点にしている村が近くてね。治安維持活動だよ」
「ハハッ、確かにこんなのが近くにあったら安心できねぇやな……さて」
鋭くサトルを見据えたブレインは、一息ついて笑った。
「仕切り直しだ。簡単に死んでくれるなよ」
またも一気に距離を詰めて振り下ろされた剣を躱し、抜刀の勢いのまま一閃、返しで二閃。
振り切った後の重心がぶれているであろうタイミングを狙って放っているにもかかわらず、無理やり体を動かしてその太刀筋をはじかれる。
かと思えば、その勢いのままにこちらの重心を捉えた攻撃を放ってくるものだからおちおち構え直すこともできない。
最小限の動きで避けようとすると、これまた振っている途中で剣筋が曲がるのだ。大きく距離を離すように動かざるを得ない。
(とんでもねぇ反射神経と筋力してやがる)
その上、装備している全身鎧はおそらく魔化が施された一級品だ。
単なる鋼鉄の鎧程度であれば両断できるほどの抜群の切れ味を誇るこの刀を受けて、せいぜい表面の薄皮を削る程度。
オリハルコン、もしかしたらアダマンタイトで作られているのかもしれない。
これだけの存在を相手にして、ブレインもまた無傷でここまで戦い続けていた。
(戦士としての技量はそこまででもねぇ。幸いというべきなのか、残念ながらというべきなのか)
その圧倒的な身体能力と、国宝級の鎧の性能を前面に押し出したパワープレイ。
多少腕に覚えがある程度の人間では、あっという間に押し切られて終わってしまうだろう。
それゆえに、彼が対人戦の技量を磨くに至るまでの相手が今までいなかったのかもしれない。彼の戦士としての技量は明らかにその身体能力に見合っていなかった。
だが、サトルと名乗ったこの男の何より恐ろしいのはその化け物じみた身体能力ではない。
剣を交えるごとに、その動きと剣筋が洗練されていっているように感じる。
いや、より正確に言うならば。
(俺の太刀筋に慣れていっていやがる)
こちらの武器の射程距離、得意とする戦法、体運びと太刀筋の癖……
攻撃を受けながら
長く戦いを続ければ続けるほどこちらに不利になっていきそうだ。
(まさかこんなところでこんな強者に出会えるとは思わなかった。運命ってやつに感謝だな)
相手の剣を弾くように数度刀を振り、数歩後ろに下がって納刀する。
深く呼吸をし、自分の周囲を静かに感じ取るように集中する。極限まで研ぎ澄まされた感覚は、自分の内から外へと膨れるように広がっていく。
自分が空間に溶けて広がるような感覚。入口から流れ込んでくる空気の流れや、体を動かしたときにわずかに生まれる振動、動きにつられて転がる小石の動きまで事細かに感じ取ることができる。
武技、<領域>。
戦士として天賦の才を持つブレイン・アングラウスが、秀才の努力をして──自らに最も合うと感じた"刀"という種類の武器を最大限生かすために習得した、知覚系のオリジナル武技である。
この武技によって作られる自分の周囲半径約三メートル程度の空間で起きる出来事は、目をつぶっていても手に取るように感じ取ることができる。
たとえこちらの動きに反応して無理やり体を動かそうとしても、筋肉を動かそうとする時の微妙な振動や筋の動きで、まるで何が起こるかを知っているように先読みすることができる。
さらに、抜刀術に最適化された瞬間的な力を発生させることで目にもとまらぬ太刀筋を走らせる<神閃>。あまりの速さに刀身に血すら残さぬその剣速は、斬られたことすら知覚させない。
二つのオリジナル武技を同時に使用することにより、不可避の一撃を可能にする――秘剣、虎落笛。
目にしたものは生き残ることのない、一撃必殺の奥義である。
先ほどまでの繰り返しのように、サトルがこちらとの距離を詰めてくる。
鎧のつま先が領域の先に入る。
あと一歩。狙うは頸部、ただ一点。
大剣が振るわれた。鯉口を切る。
――ここだ。
カッと目を見開き、<神閃>を発動させる。
鞘から抜き放たれた刀身は、ランタンの光を浴びてその軌跡を残しながら兜と鎧の隙間へ吸い込まれるように進んでいく。
傍から見れば、一筋の光が走ったようにしか見えなかっただろう。
光の後、残るは泣き別れた首と胴体のみ――の、はずだった。
(――バカな!)
ブレインの手に伝わってきたのは、刀の切っ先が兜を叩いた硬質な感触。
彼の必殺の一撃は、バギンという硬質な金属音と、黒い兜の下部に大きな傷を付けるにとどまった。
(とっさに振った剣を放して重心を後ろに戻しやがった!)
先ほどまでの攻防と違い、ギリギリまで回避や反撃の予兆を見せなかったことを不審に思ったサトルは、右腕の剣を放棄することで体を後ろに反らし、ブレインの必殺剣を兜で受けて見せたのだ。
驚異的なまでの観察眼と、不測の事態への対応能力。技量は自分のほうがはるかに上であるはずなのに、ブレインはサトルの中に戦士としての高みを見た。
全身に鳥肌が立つ。彼が戦士として経験を積み成長したら、いったいどういった存在になるのか。
思わず口角が上がっていくのを抑えられなかった。
狂気すら孕んだ、獣のような凶暴な笑み。これほどまでに高揚した戦いは初めてかもしれない。
こちらから一歩進み、距離を詰めて再度一閃しようとした瞬間、領域のなかに突然炎が生まれたのを知覚した。
その炎が自分を包む前に、全力でその場から飛びのいた。
自分が先ほどまでいた場所が炎に包まれている。そのまま転がるように移動を続ける度、元居た場所で爆炎が発生していた。
「マジか、直接発生型の魔法って避けられんのか」
こちらに向けて半身に構えたリュウが、腕をこちらに向けたまま呆れたような半笑いを浮かべている。
思い出したように周囲を見ると、かなりの数がいたはずの盗賊たちは全滅させられてしまったようだった。
「おいおい、坊主一人でやったのか?お前もなかなかに滅茶苦茶だな」
「いやぁ、雑魚ばっかりだったからね」
気づけば、すぐ後ろにはリュウによって破壊されたと思われる盗賊たちの最終防衛ラインだった残骸。
どうやら完全に追い詰められてしまったようだ。
サトルとの戦いに集中していたために気づかなかった――否、気づいてはいたが大した実力者がいないと判断した為に無視していた──武装した集団がこの洞窟の入口を固めている。
状況が変化したのを悟ってか、広間へとなだれ込んできているようだった。
武装した人間たちの首元には、金属の種類は違えど皆冒険者の証がぶら下がっている。
「チッ、増援か。ま、雇い主も皆やられちまったみたいだし、もうここにこだわる必要もないだろ」
足元に張られていた縄を切断する。
広間の天井につられていた木箱や樽が降り注ぎ、広間全体に大量の礫をばらまいた。
冒険者たちが慌てて頭を庇う中、ブレインはそのまま全力で洞窟の奥へと走る。
顔を大きく腫れ上がらせて気絶している死を撒く剣団の団長を一瞥し、一番奥の倉庫になっている小部屋にある隠し通路から外へと逃げだす。
警戒したように周囲を見渡しながら、外の新鮮な空気で肺を満たす。どうやら、すぐ近くに敵はいないようだ。追手がついてこられないように通路を崩す仕掛けを作動させると、そのまま夜の森の中へと走りだす。
「じゃあな、お二人さん。また会える日を楽しみにしてるぜ」
その足取りはとても軽い。
打ち破る目標が増えたこれから先の人生は、今後ますます素晴らしいものとなると確信して活力が沸いてくる。
込み上げる笑いを抑えきれぬまま、ブレインは闇の中へと消えていった。
塒へと突入した冒険者チームは、少し前からサトル達の戦いを見ていた。
「……すごい」
誰から漏れたのかもわからぬ、感嘆の声。
目にもとまらぬ剣戟の嵐と、それを潜り抜ける蝶の舞にも似た動き。
刀を持った戦士が名乗った名前が真実なら、彼はかつて王国戦士長と互角の戦いを繰り広げたという男。アダマンタイト級の強さを持つとされる強者だ。
このサトルという戦士は、その男と一対一で互角以上に打ち合っていた、ように見えた。
どちらが優勢だったのかすら彼らには判別できなかった。ただ分かったのは、あの戦いに参戦したところで邪魔にしかならなかったという事である。
さらに、奥で単身盗賊団と戦っていたリュウという少年。
白金級の冒険者チームは、いち早く少年の援護をすべく飛び出そうとしたのだが……少年の動きを見て躊躇した。
盗賊たちから放たれる矢の雨を、まるで散歩でもしているようにひょいひょいと躱して懐へ飛び込む。
舞う様に数人を伸したかと思えば、放たれた炎と雷の魔法でバタバタと敵が倒れていく。
バリケードの内側にいた数十人の盗賊たちは、何度かの魔法の光の後には皆動かなくなってしまっていた。
冒険者たちは、思わず見とれてしまったのだ。
圧倒的な実力を見せた、彼らの戦いぶりに。
ハッと我に返った時には、二人がブレインを追い詰めているところだった。
慌てて雪崩れ込むようにして広間へと突入する。
誰一人逃がさぬよう、油断なく武器を構えた。とはいえ、仮にブレインがこちらへ襲ってくれば、何もせずただ斬り伏せられるだけだろうが。
予想に反し、ブレインは洞窟の奥へと逃げ込んでいった。ご丁寧にも、礫と木箱の雨を置き土産に。
降り注ぐ礫の雨が止んだころには、最早ブレインの気配すら残ってはいなかった。
「サトルさん!リュウ君!」
「ん、あれ?漆黒の剣の皆さんじゃないですか。何しているんですか?」
「組合からの依頼で盗賊退治だったんですけど……。お二人も依頼を受けていたんですか?」
「依頼?まだ受けたことないよ。この間エ・ランテルからの帰りにこいつらの仲間に襲われてね。カルネ村が襲われたら嫌だなーと思って。しいて言うなら……治安維持活動?」
「へ、へぇー……」
ブレインを追って先の部屋へと殺到していた冒険者たちが、次々と倒れていた盗賊たちを拘束して戻ってくる。
その中には、誘拐されて捕らえられていたのだろう身綺麗にされた女性たちも含まれていた。
しかし、その中にブレインの姿はない。
「奥の倉庫みたいな部屋の陰に外に通じる通路の跡があった。逃走用の隠し通路があったみたいだな」
奥を調べていた
仮に奥の部屋にブレインが立てこもっていた場合、調査に行った彼はあっという間に殺されていただろうから致し方のない事である。
「あの、えーと……サトルさん、でしたか」
冒険者部隊の代表である白金級冒険者チームのリーダーが、おずおずとサトルに話しかけてきた。
彼曰く、この盗賊たちの持っていた物資について相談がしたい、とのことだった。
「本来、このような場合に盗賊団が所持していた物品は基本的に制圧した冒険者の物になります。今回であればお二人に権利があることになりますが……。我々も依頼で来ていますので、証拠品として扱うためにも一時的に預からせていただけないでしょうか」
「あぁ、構いませんよ。こちらこそ皆さんの仕事を奪ってしまったみたいで申し訳ありません」
「ありがとうございます。あなた方の事は、組合にも報告させていただきますので……。よろしかったら、一緒にエ・ランテルへついてきていただけませんか?」
「そうしたいところですが、カルネ村……拠点に一度戻らなくてはならないので。エ・ランテルの組合には日を改めて伺わせて頂きます」
「わかりました。それであれば、事後処理は我々に任せてください。それくらいはしないと、依頼の格好もつけられませんから」
「そうですか?なら、お願いします。ペテルさん達もまたそのうち、エ・ランテルでお会いしましょう」
サトルは深いお辞儀をしてその場を去っていく。リュウも眠そうに小さなあくびをしながら漆黒の剣に小さく手を振って帰っていった。
圧倒的な力を持ちながらも、謙虚な姿勢を見せるサトル達に対して冒険者たちは好感を抱いた。
まだ息のあった数人の盗賊と、捕まっていた女性達、それに討伐の証拠品をもって冒険者たちはエ・ランテルへと帰っていく。
塒を出るころには、上り始めた朝日によって空は白み始めていた。
「以上が、冒険者達からあげられた今回の依頼の報告になります」
「ご苦労。下がって良いぞ」
一礼をして女性が退室する。
部屋には、エ・ランテルの冒険者組合長であるプルトン・アインザックと、組合の役人達。今回の一件の依頼人であり、エ・ランテル都市長であるパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアに事の顛末を報告するため、内容の精査を行うところであった。
「ブレイン・アングラウスが所属していたとは……。乱入したという二人が居なければ冒険者たちは全滅していたか」
「不幸中の幸いというべきでしょう。アングラウスが逃走したことは憂慮すべきですが、厄介な盗賊団が壊滅したことに変わりはありません」
「組合としての面目は保たれたというところであろう。しかし、乱入してきたという二人は……」
「漆黒の全身鎧に身を包んだ戦士は、ブレイン・アングラウスと互角の攻防を見せ、ついにはこれを撃退。華美な装飾に身を包んだ少年はひとりで他の盗賊たちと交戦、これを鎮圧したとありますが……」
「事実、冒険者たちを率いていた白金級のチームの面々は、"自分たちの及ばぬ次元の戦いであった"と証言しています」
「本当であれば最低でもミスリル級、アングラウスが本物であるならば戦士の方はアダマンタイト級に匹敵する実力者、ということになるが……」
「冒険者達の話では、先日冒険者として登録を行った"サトル"と"リュウ"の二人であるという話が出ています。装備品等の特徴が一致していますし、知人であるという冒険者の証言もあります」
「登録したてで無名な冒険者、か……。依頼を受けていたわけではないとは言え、多くの冒険者たちの証言もある。何もなしというわけにはいかないが……」
アインザックは、手元に持ち込まれた冒険者サトルとリュウの資料を広げながら悩まし気にため息を吐く。
まだ新しい紙に記された二人に関する資料は、登録の時に本人が受け答えした内容が記されたものと、組合の規則に対しての同意書しかない。
依頼の受注履歴や、モンスターの部位交換記録は白紙のままであった。
無理もない。手元の資料に書かれた彼らの冒険者登録の日付はつい数日前。死を撒く剣団への襲撃が行われる前日であったのだ。
今回の件はエ・ランテルという都市に対する多大な貢献となる。
組合としてはその貢献に対して何らかの形で応える必要があるだろうが、依頼という体を取っていない以上、金銭を直接渡すわけにはいかない。
やはり、昇格という形で応えるのが最もわかりやすいのであろうが、依頼の実績がないという事実が対外的な説明を難しくしていた。
もちろん、彼らが勝手にやった、という判断のもとで黙殺することは可能だろう。
だが、彼らの実力を目にした冒険者たちは、そのことを周囲に伝えるだろう。
功に報いないことによって他の冒険者が組合に対して不信感を抱くのはいただけないし、このことが他の都市の組合に伝われば嬉々として引き抜きにかかるかもしれない。
どの都市も、有能な冒険者は重宝される。せっかくエ・ランテルを登録地に選んでくれた有能な新人を、みすみす逃す手はないだろう。
「組合から指名で簡単な依頼を振って、適当な理由を付けて昇格させるのが妥当だろうな」
「目立つ功績がない状態では今回の一件に参加していない面々から反発があるかもしれん。昇格するランクは慎重に審議しなくてはいけないな……」
熊のように鍛えられた体を小さく丸めながら、アインザックはため息を吐く。
管理側になってしまったことによる苦悩によって、実力のある冒険者が生まれたことへの喜びが消されてしまっている現状に、少しだけ過去の自分の冒険が恋しくなってしまった。
次の話はプロットが四行しかないのに一話分にしなくてはいけませんので遅くなりそうです。
誰だこの乱暴なプロットを書いた奴は!