”CALL” me,Bahamut   作:KC

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まだ一か月だからセーフ。(セーフではない)


after_13) 王都に光る星

多くの人々が行き交う大通り。

街の一番大きな入り口からまっすぐ伸びるこの通りは、年季の入った石畳で舗装され、一定の間隔で立てられている街灯からの<永続光>の光で、夜中でもそれなりに明るく照らされている。通りに面する建物は、お世辞にも新しいとは言いがたい。全体として、悪く言えば古臭い、よく言えば歴史を感じさせる街並みである、という評価になるだろう。

 

大通りから一本裏道に入れば、ろくに舗装もされず街灯も見当たらない通りばかりになるところも、古臭さの一因になっているだろう。

 

日の高く昇った今の時間、通りは行商人や買い物客、依頼をこなす為に街を出ようとする・・・・・・あるいはこなして街に戻ってきた冒険者など、様々な人であふれかえっていた。

 

その通りの真ん中を、周囲を物珍しそうに見回しながらゆっくりと進む二人組。

一人は、漆黒の全身鎧で体を包み、背には身の丈に迫るほどの大きさのグレートソードを二本も担ぐ戦士。その鎧にはところどころ美しい黄金の装飾が施され、美術品としても大きな価値を持つだろうし、見識ある者が見ればそれがとんでもない性能の鎧であることにも気が付くだろう。

 

漆黒の戦士の隣には、宵闇の空を思わせるような深い紫色の生地に、背中には太陽を思わせる円形の模様があしらわれている袖なしの上着を着た、浅黒い肌の少年。上着についたフードを目深にかぶり、その表情は伺えないが、周囲の全てが珍しいのか、落ち着きなくあちこちを見回している。

 

街行く人々は、皆異様な格好をした見慣れぬ二人組を見てギョっとするも、彼らの首もとを見やって納得したように表情を緩める。二人の首には、冒険者であることを示すプレートが下げられていた。

 

周囲の好奇と不審の織り交ざったような視線を気にすることなく、二人はのんびりと大通りを進む。やがて街の広場に差し掛かると、二言三言言葉を交わし、漆黒の戦士はそのまま広場を通り過ぎて人波の中へと消えていった。

 

 

残された少年は、かぶっていたフードを取り、燦燦と輝く太陽の光に目を細めながら空を見上げる。

この国では珍しい黒い髪に、浅黒い肌。周辺国家最強と噂されるかの王国戦士長を思い出させるような髪と肌の色であったが、その顔立ちは幼さを残していた。

 

流れる雲を眺めながら少年はグッと体を伸ばす。顔には僅かに赤みが差し、瑞々しさを保った肌は若さの象徴と言えるだろう。未だ成長途中のように見える体格と併せて、歳は11か12といったところだろうか。やがて少年はコリをほぐすように体を軽く動かした後、首もとのプレートをひと撫でした。そのまま広場に多く並んだ露店を眺めるべく、ふらふらと人ごみにまぎれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日中であるにもかかわらずほとんど日の差さない薄暗い路地裏から、ヌルリとすべるように一つの影が大通りへと足を運ぶ。

その流れるような動きに、道行く人々は誰も気がつくこともなく、さも初めから人の流れの中にいたかのように影は通りを進み始めた。

 

その身を覆う外套とフードの中には、氷のような無表情のまま小さく息を吐く、とても整った顔立ちが見える。職業柄、癖で気配を消すようになっているため、周囲の人々はフードの人物を気に留めることもない。

しばらく人波に乗ってぶらつきながら、自分を尾ける気配がないことを慎重に確認した後、フードの人物――ティナは、もう一度小さく息を吐いた。

 

 

リーダーであるラキュースから指示のあった、犯罪組織"八本指"の関与が疑われる建物の調査。

王都のみならず王国中に蔓延している麻薬、"黒粉"の出所を押さえるべく、麻薬密売の拠点と疑わしき箇所を、蒼の薔薇のメンバー中で隠密行動に長ける自分とティアの二人で虱潰しに調査しているところであった。

 

先ほどまで入り込んでいた場所では求めていた情報や物品は見つからなかった。

組織の末端の末端、何かあったときの使い捨て要員であろうチンピラの吹き溜まり。ほぼ無駄足だったと言える。

頭の中で"候補"のリストにバツをつけ、次の予定について考える。

 

今日の昼過ぎには、情報を共有するためにいつもの場所に集合するようにリーダーからお達しがあった。

 

残念ながら、本命に繋がるような有力な情報を得ることはできていないが、竜王国から帰還してずっと調査で動き回っている。

この程度で体力的に参ってしまうほどヤワではないが、息抜きをしないと心の方が疲れてしまいそうだ。

 

チラ、と人の集まるほうを見る。通りに面した広場には露店が立ち並び、軽食から装飾品まで様々なものが並べられている。

 

集合までには、まだ少し時間がある。

何か、自分へのご褒美になるものがないか物色してから行ってもバチは当たらないだろう。

 

カチリ、と器用に仕事モードのスイッチをオフにした彼女は、広場にある露店街にふらふらと足を運んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あまりいいものが置いてない。

 

 

先ほど露店で買った果物をほおばりながら、ティナは小さくため息をついた。

 

最高位の冒険者である彼女が仕事で得る対価は、一般市民の手の届かないような額だ。当然、普段の生活レベルもそれに合わせてある程度は上がってくる。

彼女自身は特に贅沢を好むタイプではないが、普段拠点にしている宿屋は王都の中では最高峰であるし、懇意にしている酒場もそれなりの高級店だ。そんな店で普段から飲み食いをしている彼女にとって、露店で売られているような食べ物は自分への褒美にはなりえない。

身を飾る為のきらびやかな装飾品には特に興味がないし、かといって仕事の際に使うような装備品に求める質を考えると、この露店街に置いてある程度のものでは話にならない。

 

内心で小さなため息をつきながら踵を返し、リーダーから言われていた集合場所である冒険者組合へと向かおうとした。

 

 

 

その時彼女の目に入ったのは、珍しい黒髪の少年。

露店で買ったのだろう焼き菓子を頬張りながら、キョロキョロと周りの店を物色している。

今だ発展途上の──幼さを残す顔立ちで、口の回りに焼き菓子の食べかすをつけたまま動き回る姿が非常にキュートである。王都では見慣れない人種であるし、街の少年を常にチェックしているティナも見かけたことの無い顔だ。最近王都に着いた商隊(キャラバン)に同行してきた旅人だろうか。

 

 

ああ、持ち帰りたい。

 

 

少年愛好家(ショタコン)のケがあるティナにとってこれ以上無いご褒美だ。

ここのところしっかり休んでいなかったことだし、彼を連れ込んで色々と補充したいところだが……。

 

この後は冒険者組合にいかなくてはならない。

仲間達との情報共有やリーダーの言っていたちょっとした依頼がどの程度のものかはわからないが、無関係の少年を組合の中に放っておくことはできない。

 

せめて名前と宿泊先を聞き出して後で押し掛けるか──

 

そこまで考えた彼女の目に入ったのは、少年の首元に光る魔法銀(ミスリル)のプレート。

 

冒険者ならば組合に待たせてもなんの問題もあるまい。何だったら、最高位冒険者である自分が後輩に指導をしてやろうではないか。

 

次の瞬間、捕食者の目に変わった忍者(変態)に襲われた少年の小さな悲鳴が街に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王都の冒険者組合はエ・ランテルのそれと比較してかなり広く、屯している冒険者の数も多い。これは当然、依頼量の多さに起因している。

 

王都に属する土地自体もかなりの広さがあるが、周囲には大きな力を持たない貴族達の領地がいくつも存在している。冒険者組合は大きな街にしか存在していないので、周囲の領地で起きた問題の解決依頼も王都の組合に寄せられるのだ。

また、国の中心なだけあって、商隊や旅客を始めとした多くの人の行き来がある。それにともなって、護衛や荷運びのような依頼も潤沢だ。

 

仕事があれば、それを求めて人が集まる。

王都は、一攫千金や立身出世を求めた各地の冒険者たちが集まる激戦区でもあった。

 

 

エ・ランテルの組合同様、一階の半分ほどが冒険者たちの待合場所になっているのに加えて、二階部分にも自由に使える机や椅子が並べられている。吹き抜けになっている二階の一角、一階部分が見渡すことのできる席を占有している四人の冒険者。

机にちょっとしたお茶会セットを広げて優雅なティータイムを楽しんでいるように見えるが、魔法のアイテムによって認識阻害の魔法が掛けられている。相当な実力者でなければ、彼女たちの会話内容に興味を抱くこともできないし、耳に入っても記憶することができない。

 

 

「私の担当した場所は全部外れだった。大体ただの物置か下っ端のたまり場」

 

「そう……。ありがとう、ティア。ティナが戻ったら合わせてラナーのところに持っていきましょうか」

 

「ラキュースよお、最近ちと精力的に活動しすぎじゃねぇか?一昨日も麻薬栽培拠点を襲撃したばっかりだ。暴れるのは嫌いじゃないけどよ、こう連続すると息抜きが欲しくなっちまうぜ」

 

ガガーラン(脳筋)の言う通り。ご褒美を要求する」

 

「今発音おかしくなかったか?」

 

 

ティアがススス、と音もなくラキュースの傍へよって首筋に顔を寄せて深呼吸を始めた。

蕩ける様な……恍惚とした顔をしてうなじの匂いを愉しんでいる。

 

 

 

「竜王国から戻ってからずいぶんと張り切っているからな。大方あの竜の威光に当てられたとかそんなところだろう」

 

 

イビルアイの指摘が図星だったからなのか、まさぐるように手が伸び始めたティアの事が鬱陶しかったのかは定かではないが、少しだけ顔を赤く染めたラキュースはティアを引きはがし、乱れた髪を整えながら少し冷めた紅茶に口をつけた。

 

 

「張り切っていたのは認めるけど、()()()()前に判明していた敵拠点だけは調べておきたかったのよ。どっちにしろ今探せる場所はティアとティナにお願いした場所が最後よ。今日集まってもらったのはまた別の依頼」

 

 

そういうと、懐から組合からの依頼状を取り出した。

蒼の薔薇を直接指名した依頼であり、依頼主のところには王都の冒険者組合長の名前と共に、エ・ランテル冒険者組合長の名前が連名で書かれている。

 

 

「詳細はティナが戻ってから説明するけど。みんな、エ・ランテルでの事件の事は知ってる?」

 

「どっかの組織がアンデッドを氾濫させてエ・ランテルを滅ぼそうとしたっつーやつか?早馬で知らせを届けた衛兵がやたら興奮してやがったな」

 

「数千のアンデッドが街を襲ったらしい。住民や対応した冒険者たちへの被害も相当なもの」

 

「"宵の明星"とかいう二人組の新人冒険者によってほぼすべてのアンデッドが討伐され、解決したと聞いた。出現したアンデッドの中には骨の竜(スケリトル・ドラゴン)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)なんかも確認されてるし、下手人の中にはズーラーノーンの十二高弟も含まれていたらしい」

 

「……イビルアイ。私達ならこの事件は解決できたと思う?」

 

 

紅茶を口に運びながら投げかけられた問いに、イビルアイは鼻を鳴らした。

 

 

骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)程度のアンデッドが数千集まろうが所詮は雑魚だ。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)も優秀な戦士がいれば事足りる。ここまでだったらガガーラン一人でも処理できるだろう。死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は少々厄介だが、盾役がいなければ大して脅威ではない。ズーラーノーンの十二高弟はアダマンタイト級の強さだという話だが……単体であればどうにでもしようはある。難度の高い奴を一度に複数相手にしないように立ち回れば解決は容易だろう。仮にまとめて相手をすることになったとしても私がいれば問題はない」

 

「ちびさんを引き合いに出すのはちょっと反則な気がするけどよ……。最低でもその新人はアンデッドの群れをかいくぐってアダマンタイト級の相手を倒したってことだろ?すげぇじゃねぇか」

 

「どうだかな。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)についてだって、功績を盛るためのはったりという可能性もある。ズーラーノーンの十二高弟もアダマンタイト級なんて言われてはいるが、実際はどうだかわかったもんじゃない」

 

「……なんかやたらと突っかかるわね?」

 

「毒舌ロリ。萌える」

 

「誰がロリだァ!!」

 

 

激高してつかみかかるも、ティアはぬるぬるとした奇妙な動きで拘束を逃れながら隙を見て匂いを嗅いだり体をまさぐったりしている。性欲が圧倒的実力差を埋めた奇跡的瞬間である。

火に油を注がれたイビルアイが本気で取っ組み合いを始めそうになるのを、ため息をつきながら抑える羽目になった。

 

 

「……フン。ポッと出で英雄視された人間は力に溺れ易い。ただ調子に乗られたくないだけさ」

 

「んで、そのアンデッド事件が次の依頼と何か関係あんのか?」

 

「事件を解決した冒険者チームの宵の明星が、今日王都に来るそうよ。ズーラーノーンの拠点跡地に残されていた他の拠点についての情報が書かれた書状を持って、ね」

 

 

真剣な声色になったのを察して、静かに顔を寄せる。

 

 

「上がった場所の一つに、王都近くの廃村が上がっていたそうよ。表向きの依頼は、書状を届けた宵の明星と共にその廃村を調査する事。だけど……正直、その情報の信頼性はあまり高くないわね」

 

 

地に潜り、闇に潜み続ける組織である彼らが、不用意に他の拠点の情報を残しておくとは考えにくい。

八本指のように他部門を陥れるような考えがあるなら話は別だが、ズーラーノーンは盟主を軸に据えて同じ教義を掲げているはずだ。情報を故意に残しているとすれば、捜査を混乱させるための罠だろう。

 

先行して伝えられた拠点の情報の場所は、以前飢饉があった際に住民を失った廃村だった。確かに、今では警ら兵の巡回ルートにも入っていないため、日の当たらない場所に潜む集団が隠れ蓑にするには最適な場所に思える。

 

しかし、以前王都の組合が発行したモンスターの生息域調査の依頼の中に、その廃村がある地域も含まれていた。組合による調査の手はすでに及んでいるはずだ。

 

 

「ハッ、なるほどな。つまり組合は、その冒険者チームを私たちに見極めろと言いたいわけか」

 

「そういうことでしょうね。登録したばかりで調査も不十分な新人が、アダマンタイト級ともいわれるほどの活躍をした。結果的にはミスリル級に昇格させたみたいだけど、人材の流出を防ぐためにアダマンタイト……最低でもオリハルコン級には昇格させたいが、いかんせん理由付けをするための実績や信頼がない。私達のお墨付きをもって、昇格の材料にしたいんでしょう。仮に拠点だというのが本当なら、それはそれで殲滅すればいい、ってところでしょうね」

 

 

自分たちの名声だけ利用されるようであまりいい気分ではないが、あくまで組合からの依頼であってこの新人に非はない。エ・ランテルの組合としても、先の事件でミスリル級冒険者チームが一つ減るという大損害を受けている。住民達の不安の声を抑えるためにも、なんとしてでも戦力となる彼らには街にとどまっていてほしいのだろう。

 

 

「せめて宵の明星にいい男がいりゃいいんだがなぁ」

 

「美少女はいる?」

 

「黒い全身鎧の戦士と、短剣で軽業も使う魔法詠唱者(マジックキャスター)だそうよ。どっちも男性だって」

 

 

チームに女性がいないと聞いてティアはつまらなそうに机に突っ伏してしまった。

対して、ラキュースは少しウキウキした様子だ。己の内に闇の人格を抱える(中二病の)彼女にとって、自らを奮い立たせる鼓舞(妄想)の種になる英雄譚の類は大好物だ。

大都市を襲う闇の邪教組織の陰謀を打ち払った二人の勇者。吟遊詩人がこぞって歌にしそうな英雄譚の王道の様なシチュエーションだ。さらに、組合長の伝手で二人の人柄も伝わってきている。リーダーの戦士は、その荒々しい戦いぶりからは想像もできないほど理知的で謙虚な振る舞いの紳士。相棒の魔法詠唱者(マジックキャスター)も人当たりの良い性格であるそうだ。力を持つ者はどこか傲慢で力を振りかざすことが多い中で、いかにも英雄然とした人格者だ、と伝令の男は興奮気味に語っていたそうだ。

お伽噺で姫君に仕える騎士の様な立ち姿を夢想して、少しトリップしそうになっていた。

 

 

 

 

――ギィ、と控えめに扉のきしむ音が鳴った。

冒険者たちの喧騒でかき消される程度のその音は、扉の近くにいた数人の冒険者の視線を集める程度でしかなかったが、その周囲から少しずつ喧騒が消えていった。

闇を固めたような漆黒に金の意匠が映える全身鎧の戦士。深紅のマントをたなびかせて歩く姿は、十三英雄の英雄譚に語られる黒騎士を彷彿とさせる。

思わずその姿に見入ってしまった冒険者たちは、その戦士の首元のミスリルのプレートをみて様々な感想を述べている。

格下の冒険者たちは目指す上位にふさわしいその姿に羨望を。

同格以上の冒険者たちは自分達よりも格上の装備を持つことに対する嫉妬を。

 

あらゆる場所から向けられる好奇の視線を気にすることなく、悠々と受付へと向かって行った。

 

 

「おいラキュース、あいつじゃねぇのか?」

 

 

階下の様子にいち早く気づいたガガーランは、油断なくその戦士の事を観察していた。

装備している全身鎧はパッと見でも素晴らしい品であることがわかる。魔化の状態までは測ることができないが、歩くたびになる金属音や床を踏みしめる音からかなりの重量があることはわかる。だが、その重量で体の軸がブレている様子もない。かなり鍛え上げているのだろう。よどみなく目的地に向けて歩む姿は風格のようなものすら感じられる。

 

受付嬢に懐から取り出した書類を渡し、二言三言話をしているようだ。

 

 

「思ったより早かったのね。組合長からは昼過ぎに顔合わせと言われているけど……」

 

「オーイ、そこの鎧さんよ!こっちで飯でもどうだい!」

 

 

返答を待つことなく、ガガーランが上から大きく手を振って見せた。

戦士はそれに気が付いて視線をこちらに向けると、受付嬢に確認をとるように首をひねっている。受付嬢が困ったような笑顔を浮かべながら頷いたのを見て、二階へと向かう階段へと歩を進め始めた。

 

机に視線を戻すと、ラキュースが頭を抱えていた。

 

 

「なんだよ、別に昼過ぎまで顔合わせちゃいけねぇってわけじゃねえんだろ?」

 

「そうだけど……ティナも戻ってきてないし、相手にも都合ってものがあるでしょう」

 

「何かあったらもう連絡が来てるだろうし、ティナのほうもハズレだろうよ。おおかた街で見かけたショタのケツでも追ってんだろ」

 

「否定できない……」

 

 

そうこう言っている間に、話題の中心であった男は階段を登り切り、ゆっくりとした足取りでこちらへと向かってきた。机にいる面々の姿を見て一瞬固まったが、気を取り直したように動き出す。

 

 

「こんにちは。ええと……」

 

「おう!エ・ランテルから来たっていう冒険者だろ?受付から聞いてるかもしれないけどよ、どうせこの後会うことになるんだから親睦でも深めようと思ってな!」

 

 

ガハハと笑いながら自分の隣の椅子を引き、座るように促す。

少々恐縮しながらも、背負っていた二本の大剣を傍らに置きその席に着いた。

 

 

「俺は"蒼の薔薇"のガガーランだ。よろしくな」

 

 

少々強引に肩を組み、反対側の腕で握手をする。

鎧の下から明らかに動揺しているであろう体の動きが伝わってきたが、体の芯がぶれることはなかった。

 

 

「ああ、はい。ええと、"宵の明星"のサトルといいます」

 

 

少々面食らっている様子であったが、評判通りの謙虚な振る舞いだ。

各々自己紹介を終え、イビルアイは値踏みするような視線を隠そうともせずにサトルの観察をしていた。

サトルもその視線には気が付いているようで、居心地悪そうに視線を彷徨わせている。その反応に不信感でも抱いたのか、少々棘のある口調で話し始めた。

 

 

「ずいぶんと弱気じゃないか、エ・ランテルの英雄殿?」

 

「え、あの」

 

「イビルアイ」

 

 

ラキュースの咎める様な表情を見て鼻を鳴らし、腕を組んでむっつりと黙り込んでしまった。

小さな咳払いと共に、少しだけピリついた空気を吹き飛ばすために話題を変える。

 

 

「ええと。宵の明星は二人組だとお伺いしていますけど、お仲間は……」

 

「組合への集合時間は昼過ぎと聞いていたので、別行動をしています。王都に来るのは初めてなので宿の確保のついでに街の様子を先に見回ってもらっているんですよ。……蒼の薔薇の皆さんも五人組だと伺っていましたが」

 

「私たちも一人別行動中です。といっても、もうすぐ集合時間なのでそろそろくると思いますけど……」

 

「食事をご一緒させていただけるなら、彼も呼んだ方がよさそうですね。彼は貴女達と会うことをとても楽しみにしていたので喜ぶと思います。今連絡を」

 

 

連絡のためにサトルが立ち上がろうとした瞬間、階下でドアの開く音がした。

ドアから飛び込んできた影は、音もたてずにスルスルと人々の合間を縫い、風のように五人のいる机へと向かってくる。

タン、と軽やかにラキュースのそばに舞い降りたのは、ティアと瓜二つの忍び装束の女性。

 

 

「……おかえりなさい、ティナ。……その小脇に抱えている子は?」

 

「今夜のお楽しみ」

 

 

ぐったりとした少年を右手に抱えたティナは、興奮を隠しきれずに荒い鼻息をふき続けている。

王都の冒険者たちからすればいつもの事だが、初対面の相手にすらチームの汚点を見られてしまった気まずさからラキュースは思わず顔を手で覆った。

サトルはポカンとした様子のまま固まってしまっている。

 

 

「情報共有もしなくちゃいけないし、この後も依頼があるのよ?どこから攫ってきたのか知らないけど、大事になる前に帰してらっしゃい」

 

「大丈夫、この子も冒険者。組合に用事があるとも言っていた。後輩の指導はとても大切。午後の依頼はさっさと済ませていろいろと()()()あげるだけなので問題ない」

 

 

普段ではありえない早口でまくしたてる様子に、イビルアイもあきれ果てた様子だ。

ぐったりしたままの少年は顔をのっそりと上げると、ひどく落ち込んだようなげんなりした表情のままあたりを見渡した。この辺りでは珍しい黒い瞳がラキュースを見つけると、縋る様な表情を見せた。

助けを求められているようにしか感じられなかったので、なるべく安心させるように優しい声色で話しかけた。

 

 

「ええと、大丈夫?お名前は?冒険者だって言われていたけど、お仲間は近くにいるの?」

 

 

それを聞いた少年は、わかりやすく失望したような表情に変わり、ガクリとうなだれてしまった。

想定外の反応を返されたラキュースは慌ててしまい、オロオロと落ち着かない。

ゲラゲラと笑うガガーランに、黙り込んだままのイビルアイ。ティアは慌てているラキュースを熱のこもった瞳で見ている。

とっ散らかった場を収拾すべく、重そうに腰を上げたサトルは少年の頭を軽く小突いた。

 

 

「いつまでうなだれてるんだ、リュウ。早々に会えたようでよかったじゃないか」

 

「……あんまりよくない」

 

 

ギョッとした表情で固まったラキュースは、少年の首元を見る。

うなだれていてわかりにくかったが、そこにはサトルが付けているのと同じミスリルのプレートが下げられていた。

落ち込んだ表情のままの少年をサトルがせっつくと、ティナの拘束から抜け出してのそりとサトルの横に座った。

 

 

「……宵の明星の、リュウ、です……。よろしく……」

 

「おいおいマジかよ。ティナ歓喜だな」

 

「大歓喜」

 

 

またも飛びつこうとするティナを抑えつける。若干光を失った目でこちらを見ているリュウの様子に困惑を覚えながら、ラキュースはまた一つ大きなため息をついた。

 

 

 




この後王都編なんですが、最後まで書き溜めてから連続で投稿したいと思いますのでしばらくお待たせすることになるかと思います。

決して光の戦士になったからではない、いいね?

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