”CALL” me,Bahamut   作:KC

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資格試験が迫る今の時期に投稿を再開するべきではなかったのでは?


after_15) レティの一番忙しい一日

 

 

 

 

 

 

小さく帝国の紋章の入った馬車が、整備の行き届いていない街道を行く。

腕のいい職人によって作られた馬車の車軸は滑らかに回り、木と木が擦れあう不快な音はあまり聞こえてこない。

馬車に乗っているのは身なりのいい恰好をした碧眼の好青年だ。風になびく金髪はきれいに整えられており、その身なりは上流階級の出身であることを匂わせる。

その彼を護衛するように多くの男たちが馬車を囲む様に歩いている。

彼らの装備は冒険者が使うものにしては見た目が統一されており、その質も決して悪いものではない。

この青年の私兵であろう、と言われれば納得できる格好だ。

 

馬車の前方には、エ・ランテルの通行を許可された商人の証がかけられているのが見える。

見た目から推察できる彼らの正体は、帝国側から来た一流の商家の息子、といったところであろうか。

 

彼らはエ・ランテルを経由し、カルネ村へと向かっている。

表向きは、この周囲で仕入れられる商品を探すために。

真実は、噂の魔法詠唱者(マジックキャスター)、モモンガの情報を入手するために。

 

商人に扮するのは、皇帝直々の命を受けた四騎士の一人、"激風"の名を冠する男、ニンブル・アーク・デイル・アノックその人であった。

 

 

「エ・ランテルでアンデッド事件……タイミングがよかったかもしれませんね。物資不足のおかげか、いつもよりもかなり緩いチェックで街に入り込むことができました」

 

「本来こういった事件の後はより厳しい検問を敷くべきなんですがね。まぁ、我々としては楽でよかったですが」

 

 

お付きの私兵に扮した帝国の正規騎士たちが笑っている。

確かに、混乱に乗じて悪事を働く不埒者は存在するのだ。ただでさえ街が弱っている今、治安が一気に悪化する原因となってしまうので街の警備には力を入れなくてはならないところだ。とはいえ、エ・ランテルの衛兵たちが特別出来が悪いわけではない。単純に、それだけの余裕すらなくなっているということなのだろう。

 

 

「街を救ったという冒険者には感謝するべきなんでしょうね。いずれ手に入れる都市が死都では何も得がない」

 

「宵の明星、でしたか。ちょうど外に出てしまっているのが残念でしたが……。実力者であるならば、陛下のお耳には入れておくべきでしょう」

 

 

街で聞く彼らについての評価は、主観の多い美辞麗句の並べられたお伽噺のようなものばかりで、あまり参考にはなりそうになかった。彼らに直接救われたという意識があってか、街全体が英雄視している節があった。

 

 

(彼らを取り込むことができればエ・ランテルの民意を得ることもできそうですね)

 

 

帝国にとって、エ・ランテルはあと数手で取れる街。

既に自国の領土であるかのような認識であった。

 

小さな丘を越えると、開拓村には不釣り合いなほど立派な木造の塀が視界に入った。

ぐるりと村を囲う様に築かれているそれは、よそ者全てを拒絶しているような圧力を放っている。

 

偽物の帝国騎士たちによる襲撃以後、旅の魔法詠唱者(マジックキャスター)モモンガの協力の下で村の防備が整えられているという話は聞いていたが、ここまでとは思わなかった。

ニンブル達がポカンと村を眺めていると、塀から覗く物見櫓に立っていた見張り役であろう村人がこちらに気づいたようで、何やら塀の向こうが騒がしくなり始めているようだった。

 

馬車を大門の前へとつけて待つも、門が開かれる様子はない。

堂々と帝国の紋章を掲げている以上当然の反応かとは思ったが、いつまでもここで立ち往生するわけにはいかない。

馬引き役の騎士は、物見台から怯えたようにこちらを見ている男性に向かって大声で話しかけた。

 

 

「突然の訪問、失礼する!我々は帝国の商家、ヴィンク家の商隊だ!敵意はない!どうか開門していただけないだろうか!」

 

 

話は塀の向こうに集まっていたのであろう村人たちにも聞こえたようで、なにやらざわざわと話し合っているのが聞こえる。

 

 

「開く様子がありませんね」

 

「戦争中ですし、情報通りなら彼らは帝国の騎士に襲われたと思っているはず。そう簡単にはいかないと思いましたが、この塀は予想外でしたね……」

 

 

一度引き返して別の策を考えるべきか、と思案していると、物見台からヒョイと栗色の髪をした女性が顔を出した。

女性は商隊の面々を流し見していく。

その目がニンブルのほうを向き、目が合った瞬間、たった一瞬だけ……女性は口が裂けるような嗜虐的な笑みを浮かべた――様に見えた。

殺気とも違う何かの気配に、ニンブルは鳥肌を抑えることができなかった。しかし、なんとか表情を変えずに薄い笑みを浮かべたまま小さな会釈をした。

 

 

「帝国の人ー?戦争中の相手国の開拓村に何か御用ー?」

 

 

先ほどの戦慄の気配が嘘のような飄々とした声に、少しだけ拍子抜けする。

応対しようとした馬引き役を手で制すると、ニンブルは一歩前に出て一礼をした。今は、誠意を()()()時だ。

 

 

「突然の訪問、大変失礼いたします。我々は帝国の商家、ヴィンク家の商隊です。私は次男のロナルトと申します。王国と帝国は確かに戦争中ではありますが、商売と政治は別物です。近頃、王国の方々とも取引が増えてまいりましたので、エ・ランテルに訪問するついでにこの周囲について調べておりまして……。いろいろと、教えていただきたいのです」

 

「ふーん、商家の息子さんなんだー。だからやたらと武装した兵士が多いんだねー」

 

「勉強のためにと各地を回っているのですが……両親がどうにも過保護なもので。怖がらせてしまったようであれば申し訳ありません……。家の名に誓って、危害は加えませんので」

 

「私が来る前の話だけどー。村が帝国のこわーい騎士たちに襲われて、大変なことになっちゃったみたいでねー。()()()()()()人たちが多いから、また襲われるのかって勘違いしちゃったんじゃないかなー」

 

 

そういうと、女性は武器を持った人間を一人一人観察するように目を細めている。

明らかにその武装や実力を値踏みされている。何かあった際に、彼女が制圧できるかどうかを判断しているのだろうか。

今のところ、目が合ったあの一瞬以外に彼女から強者の気配は感じられない。だが、油断することはできない。

本当の強者は、実力を隠すこともできるのだから。

 

 

「まーそういう事情があるからさー。見張りが付いちゃうけど……それでもいーい?」

 

「帝国騎士がそのような狼藉を働くとは思えませんが……そういった事情ならば仕方ありません。我々は構いませんよ」

 

 

女性が物見台の下に何か声をかけると、ガコン、という振動と共に門が開き始めた。

ゆっくりと馬車を進めて門をくぐると、物見台からヒョイと降りてきた先ほどの女性がそのまま馬車の前に立ち、先導を始めた。

 

 

「タイミングが良かったねー。今までこの村に来ていたエ・ランテルの商人さんがちょっと前の事件でこっちに来られなくなったらしくてー。他の商人さんを紹介してもらうために街に行くかって話になってたところなんだよー」

 

「なるほど、それは……。我々自身はあまりこの辺りに頻繁に来ることはありませんが、懇意にしている商人がエ・ランテルにおります。よろしければ、紹介いたしますよ」

 

「ん。その辺の細かい話は村長によろしくー」

 

 

門を抜けると、塀の外にあった物と同じような麦畑が少しと、綺麗にそろえて植えられた何かの若木が並んでいる場所が見えた。

その奥には民家が立ち並んでいるのがわかる。そこに向かうのかと思ったが、先導する女性はそこから逸れた道を進み始めた。

 

 

「……失礼、村の中心はあちらでは?」

 

「あっちの道は馬車だと通りづらい狭い道が多いんだよ。昔はその手前で馬車を開いてやり取りをしてたんだけど、お店が出るなら広場のほうがわかりやすいでしょ?だから、広場まで通りやすい道を新しく整備したの。あっちのあぜ道よりもきれいだから、お客さんはそっちを通ってもらってるってワケ」

 

 

彼女の言う通り、麦畑を横目に少し進むと、小石がどかされ、綺麗に踏み均された道が見えてきた。これならば、安い馬車でも抵抗少なく動かすことができるだろう。

周囲を囲む塀といい、この道といい……明らかに、国の端の開拓村には不釣り合いな光景であるが。

 

 

「……なるほど。ところで、見張りが付くとおっしゃっていましたが……」

 

「とりあえず広場につくまでは私が見張りかなー」

 

「フフ、貴女の様な美しい方に見張られるのであれば役得ですね」

 

「そーお?お上手だねぇ」

 

 

クツクツ、と含むような笑いを浮かべた女性は"レティ"と名乗った。

物見台にいた村人たちはこちらについてきている様子もないし、本当に見張りは彼女一人のようだ。

確かに、彼女の身にまとっている装備はかなり高価なものであることが伺える。体のラインにフィットした鎖帷子(チェインシャツ)に、薄くしなやかな軽鎧(ライトアーマー)。腰には細剣(レイピア)を差している。

覚えのないものが一見すれば、見た目重視で、どちらかといえば見栄えのためにあつらえた様な――大した防御力を持たない軽戦士。

だが、その武装の作りは細部までこだわられた見事なものである。

本職ではないが、魔法に関する知識も有しているニンブルは、彼女の纏う装備のすべてが一級の魔化が施されていることにも気づくことができた。

少なくとも、辺鄙な場所にある小さな村にあるべき装備ではない。

 

(間違いなく例の魔法詠唱者(マジックキャスター)がらみ……護衛か、部下か?)

 

馬車は小さな麦畑を抜け、倉庫街の様な背の高い建物の間を通り抜けて広場を目指して進んで行く。

建物の多くは新築であるように見え、破損や焼失の跡もほとんど見受けられない。村が襲われた、という情報が嘘としか思えないほどだ。

 

 

「失礼ですが……先ほど、帝国騎士に襲われた、とおっしゃっておりましたが、何があったのか詳しく聞いても?」

 

「私はそこまで詳しく知らないけど。突然騎士たちが襲ってきて、村人をいっぱい殺しちゃったんだって。あやうく皆殺しにされそうなところを、旅の魔法詠唱者(マジックキャスター)が助けてくれたんだってさー」

 

()()?身内じゃないのか?)

 

「ほう!それは素晴らしい……どのようなお方だったのでしょう?」

 

「あー、えっと……すぐにまた旅に出ちゃったみたいだから私は知らなーい。その辺は村長さんに聞いてみてよ。喜んで話してくれるんじゃないかな。……ほら、あそこ」

 

 

レティの指し示した先には、広場に立つ少女に付き従う様にして並ぶ色とりどりの鎧を身に着けたゴーレム達。

思わず怖気が走るほどの圧力を感じ、無意識に今は装備していない剣に手を伸ばしそうになった。同行している騎士たちも、脂汗を垂らしながらその光景を見ている。

 

 

(こ、れは……一体一体が四騎士クラスか?いや、まさか……)

 

「こんにちは!私がカルネ村の村長のエンリ・エモットです。わざわざ広場まで歩かせてしまってごめんなさい!」

 

「い、いえ。急に訪れたのは我々のほうですので。早速ですが、いろいろとお話を伺っても?」

 

「はい!では、お話をされる方はこちらへ。レティさんも一緒にお願いしますね。それ以外の方は、ここに馬車を止めて待っていていただいてもいいですか?」

 

「わかりました。行きましょう」

 

 

目の前の少女エンリが村長である、という事実も衝撃であったが、それ以上に、エンリが付き従うゴーレムたちに指示を出して自由に動かしていることに衝撃を受けていた。

何らかの指示を受けたゴーレムたちは、馬車を広場の中央まで誘導し、その周囲を数体で囲むようにして動きを止めてしまった。

残りのゴーレムはエンリの周囲を守る様にして同行している。

 

(な、なるほど、見張り、か……。これは……想像以上だな)

 

ゴーレムに囲まれて怯えたような顔をしている騎士たちを少しだけ憐れんだが、他人の事を慮れるほどの余裕を持てるわけもなく、ただただ流れ落ちる冷汗をごまかすのに必死であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

案内された建物は、会議用のスペースなのか、十数名が入室してもまだ余裕がありそうな広い机とたくさんの椅子が置かれていた。

ニンブルは案内された席に座ると、目の前に置かれた水を何の警戒もせずに口にしてしまった。

ただただ、極度の緊張によってカラカラになってしまった口の中を潤したいという一心であった。ある程度飲んでしまってからしまった、と思ったものの、特に悪いものが入っていたわけでもなく、よく冷えたきれいな水が体に染みわたっていくばかりであった。

 

 

「さ、さて。早速で申し訳ありませんが、この周囲の特産品について教えていただきたいのですが」

 

「この村は近くに薬草の群生地があるので、質のいい薬草が採れますよ。商人さんが来たときに売ることもありますし、時折エ・ランテルに売りに行くこともあります。村の畑はほとんどが麦ですが、実験的にいろいろな作物を試しています。まだ始めたばかりですが、果樹園も作ったんですよ」

 

「なるほど。珍しい農産物は話題にできますからね。軌道に乗ったらぜひ教えていただきたい。質のいい薬草についてはいつでも一定以上の需要がありますからね。見せていただくことはできますか?」

 

「えぇ、構いませんよ。今持ってきてもらいますね」

 

 

エンリがそういうと、レティが小さく頷いて扉の外に顔だけのぞかせ、誰かに薬草の壺を取りに行くよう話していた。

おいしい水でのどを潤し、普通の会話を挟んだことである程度心の落ち着きを取り戻したニンブルは、このタイミングでようやくエンリの首元に光るものに気が付いた。

 

 

「……失礼ですが、エモットさん。首にしているのは……」

 

「あ、これですか?冒険者プレートですよ」

 

「それまた、なぜ……」

 

「あっしらがいるからですぜ」

 

 

ドアが開き、様々な薬草の詰められた壺を持ってきたのは、野生と比較して明らかに屈強な小鬼(ゴブリン)達。

同行していた数人の騎士が立ち上がり、咄嗟に剣を抜こうとする前に、レティが立ちはだかった。

 

 

「はい、ダメダメー。びっくりするのはわかるけど、落ち着いてねー」

 

「彼らは、私達に力を貸してくれているゴブリンさんたちです。広場にいたゴーレムもそうですが、この村にはほかにも力を貸してくれる方たちがたくさんいます。驚いても――」

 

 

絶対、手出ししないでくださいね。

 

 

そういって強い視線をこちらに向けるエンリに一瞬圧倒されるも、敵意はないと感じ取ったニンブルは騎士たちに武器を納めるように伝え、深く頭を下げた。

 

 

「部下が大変失礼しました。なるほど、魔物使いだったのですね。とても心強い村長殿だ」

 

 

そういって微笑みかけると、エンリは恥ずかしそうに顔を赤くして俯いた。

少々こちらを警戒している様子のゴブリン達も、特にことを荒立てることなくエンリの傍に控えている。魔物使いとしての実力は確かなようだ。

 

 

「そ、そんなことないです。私なんて全然……。全部モモンガ様のおかげで」

 

(来た)

 

「モモンガ様……ですか。村を救った旅の魔法詠唱者(マジックキャスター)の方でしょうか?」

 

 

話の流れが求める方向に流れたのを好機とみて、自然に話をそちらへと誘導する。

明らかにこちらを警戒しているレティに悟られないように、注意を払いながら。

 

 

「通りがかりに人助けとは、さぞ素晴らしいお方なのでしょうね――」

 

「ええ!そうなんです!私達にゴブリンさんやデ……ゴーレムたちを貸し与えてくれただけでなく、全周に塀を建てたり、村人に戦う術を教えてくれたり、生きるための糧を増やしてくれたり……村が発展していけるためのご協力までしてくださって――」

 

 

喰い気味に、机に乗り出したエンリが喜々として語り始めた。

その熱量と圧力に若干圧倒されてしまったが、情報を得るためには仕方がないと割りきる――つもりだったのだが、後半はもはや単なる礼賛の類になってしまっていた。

 

 

「な、なるほど。それほど素晴らしい方なのであれば、ぜひお会いしたいところですが……今はまた旅に出られているとか?」

 

「ええ、そうです。何かあったときのためにと、ご友人が二名この村に滞在されていますが、生憎今は出かけてしまっているんですが――」

 

「あ、その二人は私も知り合いだよー」

 

 

未だ少し話したりなさそうなエンリを抑える様にして、レティが会話に割り込んできた。

ニンブルとしても、これ以上礼賛を続けられると参ってしまいそうなので、ありがたくそちらに乗ることにする。

 

 

「ご友人、ですか?」

 

「そ。その魔法詠唱者(マジックキャスター)の古いお友達なんだって。サトルとリュウっていうちょっと変わった二人組。最近はお金稼ぐからってエ・ランテルで冒険者やってるけど、ちょいちょい帰ってきてるよ。今は王都に出張してるみたいだけどねー」

 

 

サトルとリュウ。エ・ランテルで聞いた、アンデッド事件を解決に導いた英雄、"宵の明星"の二人とみて間違いないだろう。

突如として湧き出た強者の存在に何らかの関係性は疑っていたが、まさか直接の身内だとは思わなかった。

 

 

「二人ともめちゃめちゃ強いから、怒らせないようにねー」

 

「それは素晴らしい!エ・ランテルでのご活躍は噂を耳にしております。強い、とはどれほどのものなのでしょうね。噂に聞く上位冒険者であれば、帝国四騎士に劣らぬ強さを持つとも言われておりますが……」

 

 

さぐりを入れるつもりで、()()()四騎士の名前を出す。

単なる村娘であればその名前を出したところで比較などできようもないだろうが、目の前のレティであれば何か具体的なことがわかるかもしれない。

最初に彼女から感じた気配が自分の勘違いでないのであれば、彼女はかなりの実力者であろうとニンブルは踏んでいた。

 

 

「そうねー、お兄さんにもわかりやすく言うなら」

 

 

瞬間、レティから強者独特の威圧感が溢れだす。やはり、自分の感覚は間違ってはいなかった。

油断していたところに叩きつけられた殺気にも似た濃厚なその気配に、思わず身震いし、顔が引きつる。ニンブルは気が付いてしまった。

自分一人では彼女には勝てない。彼女を倒そうと思ったら、四騎士全員でかからなくてはならないと思わせるほどの強者だ。

騎士たちも相応の実力者ぞろいのはずだが、恐怖に体が硬直してしまっているようだった。

 

ふとエンリのほうを見れば、少し不思議そうな表情をしてこちらを見ているようだ。

他にも話を聞いていた村人たちも、特に何とも感じていないような様子である。

が、ゴブリン達は少々険しい表情でレティのほうを見ている。

ニンブルの引きつった表情を見たレティは、ニンマリと満足そうに笑った。

 

(……やられた。反応である程度の実力を測ったのか)

 

そんな彼女がほい、と言い放つ。

 

 

 

 

 

「私の事を一方的に打ちのめして服従させちゃうくらい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エ・ランテル北東、カルネ村へと続く街道。

貴族が乗っているほど華美なものではない、質素な装飾が施された馬車が、数人の護衛を伴って進んでいる。

馬車には小さく王国の紋章が掲げられ、その馬車が役人のものであることを主張している。

 

馬車の中では、三人の男が少々硬い表情で座っている。

一人は少々貧弱な体躯をしており、役人の証である羽帽子が馬車が揺れるたびにずれるのを慌てて直していた。

王都直轄領の徴税吏であるこの男は、同席している――役人の恰好をした屈強な男におびえたように馬車の隅で小さくなっている。

 

 

「徴税吏殿。そう固くなられる必要はありません。特例ではありますが、この指示は国王陛下の意を受けてレエブン候から出された正式な依頼。堂々としていらっしゃれば結構です」

 

 

努めて穏やかな声で述べたが、徴税吏の緊張を解くには至らなかったようだ。

屈強な男は困ったようなため息をついて、隣に座る痩身の――といっても、一般人からすれば鍛え上げられている――男に視線を送る。

視線に気が付いた男は苦笑し、仕方がないといった表情で言葉の後を継いだ。

 

 

「周辺の開拓村を滅ぼしまわったという帝国兵の件に加え、先ごろのエ・ランテルの事件によって城塞都市周囲の直轄領は今荒れております。帝国との戦争も控えている状態で、戦地に近いこの周囲の土地の状態が不明瞭なのはいただけない。徴税吏殿の担当区域であり、戦士長殿より報告のあったカルネ村がどういう状態であるのか、来季の納税は可能なのかを確認する――というのが貴殿の名目です。我々も加えて少々やることはあるが、徴税吏殿はご自分の仕事に集中していただければ結構」

 

「し、しかし……カルネ村には魔物たちが跋扈しているという噂があります。恐ろしい魔物使いが滞在しているとも……」

 

「エ・ランテルで冒険者登録をしたという魔物使いの話は聞き及んでいます。組合の話では特に問題は無さそうでしたが……ご安心下さい。何かあったときのために、我々なのです」

 

 

そういうと、痩身の男はチラリと身に着けた外套の裾をめくって見せる。そこには、素人目にも安価なものではないとわかる短杖(ワンド)がベルトに括りつけるようにして下げられていた。徴税吏が屈強な男のほうへ目をやると、そちらも黙って深く頷いた。

()()()()()レエブン候が引退した冒険者たちを雇い入れているという話は官吏達の間ではそれなりに有名な話だ。

同行者がモンスター退治を生業としてきた猛者たちであると知り、少しだけカルネ村へ赴く不安がほぐれた徴税吏は、背を伸ばし、椅子に深く座りなおした。

 

 

「我々はあくまで()()()()()()使()()です。その通り扱っていただければ結構」

 

「は、わかりました……」

 

 

そのとき、馬車を外から軽くノックする音が聞こえた。

小さく窓を開けると、外を歩いていた護衛役の仲間がカルネ村が見えてきたことを知らせてくれた。

 

 

「カルネ村が見えたそうです。行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

馬車から降り、カルネ村の方向を見渡した徴税吏は狐にでも化かされているのかと思った。

彼の記憶の中のカルネ村は、トブの大森林に面しているもののモンスターの脅威にさらされることはほぼなく、簡素な柵一つない開けた村であった。

しかし、目の前に広がっているのは外部からの視界を完全に閉ざす木造りの塀。

簡素ながら周囲には堀もあり、村というよりは戦時中の前線基地、要塞といった方がふさわしい外観になっていた。

 

前回の徴税で村を訪れたときは間違いなく記憶の通りの村だったはずだ。それが、一年もたたないうちにこのように変貌を遂げている。

何かあり得ない事が村で起こっているのは確かなようであった。

 

恐る恐る村へと近づいていくと、道の先にある大門が音を立てて開き、中から多くの傭兵を伴った馬車が出てきた。

馬車の後ろからついてきた細剣(レイピア)を腰に下げた女性と、馬車の持ち主と思われる金髪の青年が貼りつけた様な引きつった笑みで何かを話しているのが見える。

 

 

「ん、あれは……帝国の紋章?」

 

 

馬車の先頭には、帝国所属の商人が関所を通る際に付けるサインが掲げられていた。

話を終えた青年が馬車に乗り込む際、こちらを一瞥し、薄い笑み――どこか疲れが見える――を浮かべて会釈をしてきた。

そのままこちらの反応を見ることなく馬車へ乗り込み、そのまま出発して去って行ってしまった。

 

 

「……ロック」

 

「ああ」

 

 

ロックと呼ばれた護衛の男は、去っていった青年の顔に見覚えがあった。

いつだったかの帝国との戦場で。

 

 

(あれは皇帝付きの四騎士の一人だったはず……なぜここに)

 

「今度は王国のお役人さん?今日はお客さんが多いねー。……徴税にはまだ早い時期だと思うけど、どんな御用?」

 

 

思慮に沈む暇もなく、開け放たれたままの門の前に立ちふさがっていた女性が甘える様な独特のしゃべり方で話しかけてくる。目尻を下げて微笑みながら、腰に下げた細剣(レイピア)の柄を手慰みに撫でまわしている。

普通の人間であれば、甘ったるい声色と体のラインを強調する鎖帷子に目を取られ、そのまま手玉に取られてしまいそうだ。

しかし、()()()()()()()()()()()である彼らは、彼女の仮面の奥に見える……巧妙に隠された殺気に気が付いていた。

 

 

(この女、強い……恐らく対人戦に特化してやがる)

 

 

ピリリと肌を刺す緊張感に、徴税吏の向かいに居た屈強な男が思わず隠していた剣を取り出しそうになる。

それを止めるように痩身の男が一歩前に出て、剣の柄に手が伸びた男を隠すように大袈裟に外套を翻した。

 

 

「我々はエ・レエブル領主であられるエリアス・ブラント・デイル・レエブン候の使い。私はルンドと申す。ガゼフ・ストロノーフ戦士長の報告を受け、帝国騎士の襲撃を受けたという村の様子の確認と、村を救ったという魔法詠唱者(マジックキャスター)殿へ陛下より賜った褒賞を届けに参った。村の事であれば知るものがいる方がよいということで、この村を担当する徴税吏殿に同行して頂いているのだ」

 

 

女性からの探る様な視線にさらされ、体中から冷汗が噴き出した。

エ・ランテルの冒険者組合に登録をしたというカルネ村の魔物使いはゴブリンを使役獣代表として登録していた。

仮にこの村がすでに乗っ取られており、国に仇なす勢力の温床となっていたとしても、自分達であれば無事帰り、情報を持ち帰ることができる――

――そう、慢心していた。

 

本当にこの村が魔物の村と化しており、我々に牙を向けば。この女一人を相手にし、本来の装備をしていない自分達では勝てる気がしないと感じてしまった。

 

努めて平静である演技を続け、毅然とした態度を取り続ける。

レエブン候の考え通りであれば、国の正式な使者である我々を帰さないということはあり得ないはずなのだから。

 

 

「……。ふーん。そしたら、ついてきてー。村長のところに案内するから」

 

 

身を翻し、門の中へと入っていった女性を見てルンドは脱力し、膝から崩れ落ちそうになった。

そばにいた屈強な男に支えられ、ふらふらと歩みだした。

 

 

「……あぁ、ありがとう、ボリス」

 

「いや、こちらこそだルンド。行こう。ここからだ」

 

 

馬車を塀の中まで進めると、重い音を立てて門が閉められる。

それと同時に、前を歩いていた女性がこちらを振り返り、怪しげな笑みを浮かべながら()()してきた。

 

 

「この村はちょっと特殊だから、何を見ても武器を抜いたりしないでね。()()()()()()()()()()()

 

 

ニヤリという擬音がぴったりな笑みを浮かべて、女性はそのまま歩き出した。

 

その後、無事にエンリとの話し合いを終えるまでの間、村の中を警備しているゴブリン達や、農作業を手伝っている木の精(ドライアード)、明らかに自分達では勝てない全身鎧のゴーレムが複数歩き回っているのを見るたび、彼らの正気度は着々と削られていった。

 

 




次回以降、前にもまして視点の切り替えが多くなります。
全てはワイの文章構成力のなさが原因なんや。許して。

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