”CALL” me,Bahamut   作:KC

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前回のあとがきにもありますが、ここから視点があちこちポンポン飛びます。
読みにくいかもしれませんが、私の限界です。許して。


after_16) 跳梁者

窓から差し込む柔らかな陽の光が部屋を暖かな光で包んでいる。

埃一つ見当たらない清潔な室内にはふわりと紅茶の香りが漂い、昼下がりの優雅な時を演出している。

純白のテーブルクロスが敷かれた小さなティーテーブルを囲んで、ラキュースは友人であるラナーとお茶会を楽しんでいた。

 

話題は一週間ほど前に一緒に旅をした宵の明星の二人について。

どこからか噂を聞きつけたラナーが、彼らの事を詳しく聞きたいとせがんできたのだ。

彼女のお付きの騎士であるクライムは英雄譚を好んでいる。お気に入りの彼のために、最新の英雄候補の話を仕入れようとしているのだろう。

自由な時間のあまり多くない彼女の数少ない楽しみの時間を提供できるならばと、ラキュースは知りうる限りのことを話していた。

 

 

「まぁ!それではもうお二人はリ・ロベルへと向かってしまわれたのね。残念ですわ、お会いしてみたかったのに」

 

「流石にそう簡単に会わせるわけにはいかないわよ。ラナーは王女様なんだから、そう軽々しく人に紹介できないわ」

 

「そんなことはないわよ。現にこうして、あなたとおしゃべりできているじゃない」

 

「私は一応アインドラ家としての立場があるからなのよ?」

 

 

うふふ、と無邪気な笑みを見せるラナーに、困ったような笑みを浮かべる。

とても頭がよく、優しく、世間を知らないお姫様。

この汚らわしい世の中を生きていくにはあまりに純粋すぎる彼女が、この先ずっと笑顔で生きていくことができるのか不安になった。

 

 

「その方たちはエ・ランテルに住んでいるのでしょう?お父様の直轄領なのですから、遊びに行ったときにこっそり会うこともできますよ」

 

「エ・ランテルに拠点を構えているわけではないみたいよ。エ・ランテル近くの……カルネ村って言ってたかしら」

 

「……カルネ村?」

 

 

キョトンとした様子で首をかしげている。一瞬、その表情から一切の感情が抜け落ちたように見えたが、瞬きをした次の瞬間にはいつものラナーに戻っていた。

昨日は一日ゆっくり過ごしたつもりだったが、連日の働き詰めの疲労をとるには不十分だったのかもしれない。

困り顔のままうんうん唸っているラナーは、どうやったら二人に会えるのか、という問題にその優秀な頭脳を使っているのだろう。

 

変な思い付きで振り回されやしないかと考えると、なんだかドッと気疲れしてしまった気がする。

疲れた時には甘いものに限る。お茶請けに出ていたスコーンを少し口に運ぶと、温くなってしまった紅茶で流し込んだ。

 

 

「……。ねぇラキュース。その方たちは出身を言っていた?」

 

「出身についてははぐらかされちゃったわ。詮索はマナー違反だから深くは突っ込まなかったけど。どうして?」

 

「戦士長様がおっしゃっていた、開拓村を救った魔法詠唱者(マジックキャスター)様の事は知っている?戦士長様がそのお方にお会いしたのが、カルネ村よ」

 

 

ラキュースは素直に驚いた。

開拓村を救ったという魔法詠唱者(マジックキャスター)の情報については、貴族としての情報網で聞いてはいた。しかし、具体的にどこの村かといったところまでは知らなかったのだ。ガゼフ本人から話を聞いたわけではないが、伝え聞くその魔法詠唱者(マジックキャスター)の実力はアダマンタイト級を優に超える。サトル達がカルネ村を拠点にしているのであればその人物の事を知らないはずがないのだが、彼らの話の中にその男の事は出てこなかった。

 

 

「……もしかして、その魔法詠唱者(マジックキャスター)が亡命してきた高貴な身分の方で、サトルさん達がその従者、とか?なるべく存在を隠しておきたいとか」

 

「だとすると、戦士長様に名乗った理由がわかりません。王国に亡命するつもりであれば、開拓村に居座るよりも戦士長様について王都へ来たでしょうし……」

 

 

一体、何が目的なのかしら。

そう呟いて考え事をしているラナーの表情は少しだけ陰っている。話を聞くと、なんだか自分まで二人の出自が怪しいもののように思えてきた。

明らかに目立つ実力を有しているはずなのに、今の今まで噂の一つにもならなかった新人の冒険者。イビルアイも言っていた、偶然にしてはできすぎているサクセスストーリー。

出身をはぐらかされたことに関しても、過去に何かあった者も多い冒険者としては不自然でないはずなのに、何か重大な秘密を隠されている様な違和感を覚え始めた。

ここまで考えて、ラキュースは浮かんだ考えを消すように頭を振る。このところ、外部から影響を受けやすくなってしまっているのが自分のいけないところだ。

 

短い旅だったが、彼らに悪意は感じなかった。

 

最高位の冒険者としてこれまで培ってきた、自分の勘を信じることにした。

 

 

「確かに無関係ではなさそうだけど、単に聞かれなかったからって可能性もあるし。少し考えすぎよ」

 

「……。そうね。いけないわ、八本指やら何やらを考えることが多すぎて、いろいろなことを疑ってしまうのは悪い癖。カルネ村には、その魔法詠唱者(マジックキャスター)様宛てにレエブン候を通じてお父様からの褒賞が贈られている頃です。その時のお話を聞いてから考えましょう」

 

 

ラナーは顔の前で手をたたいていつもの柔らかな笑みを見せると、ハンドベルを鳴らしてお付きのメイドに新しい紅茶をお願いした。

そろそろ警備の仕事からクライムが戻るころだ。またいつもの甘々空間が生まれるのかと思い、少しだけ苦笑を浮かべたラキュースを見つめる空虚な瞳は、誰にも気づかれることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この道は先ほど通った気がするであるな」

 

「王都は入り組んだ道が多いなあ」

 

 

王都の路地を、キョロキョロとあたりを見回しながら歩き回る二人の影。

ペテル達と別れ、市内に売っているマジックアイテムを選びに来た帰りのニニャとダインだ。

 

王都に到着して宵の明星と別れた後、彼らは主に王都を観光して過ごしていた。

真面目なペテルは少しだけ組合に顔を出して依頼を覗いていたようだが、彼らにとって今回の王都訪問は観光の意識が強い。

エ・ランテルよりも活気のある商店で、ランクが上がったお祝いもかねて装備や所持品の更新をするのが最大の目的であった。

 

ペテルは今のところ良いものを見つけられていないようだったが、ルクルットは王都の北で採れる良質な木材を使った短弓が手に入ったと喜んでいた。

これは負けていられないと、ニニャとダインも気合を入れていろいろな商店を巡った。

その結果、慣れない土地であることもあってすっかり帰り道を見失ってしまったのである。

掘り出し物を探すあまり、表通りに面していない隠れた名店を探しすぎてしまったかもしれない。

 

特にこの後に急ぎの用があるわけでもないが、食事は四人集まって食べようと決めている。

どこかに見覚えのある建物はないかと、注意深くあたりを見ながら二人は路地を進んでいた。

 

遠くに見える王城の物見塔を目印に歩いていると、不意に近くの建物の扉が開き、中から放り出されるようにして麻袋が飛び出してきた。

 

袋が投げ出されてきた建物は、何の看板が出ているわけでもない、一見すると集合住宅のようにも見える。全ての窓が雨戸まで締め切られており、あまり人が住んでいる様にも見えない。

少々扱いが乱暴だが、中身が壊れやすいものでないのならばこの程度の扱いはよくあることだ。

ニニャとダインも、突然放り出されてきたものだから面食らったが、この程度であれば特に気にせずにそのまま立ち去っただろう。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

地面に投げ出されたその麻袋は、ほんの一瞬だけ、明らかに不自然に動いたのだ。

間違いなく厄介ごとだ。単なる家畜の出荷であるならばそれでいいが、この建物で家畜の育成を行っているとは到底思えない。

硬直したダインがニニャを止めるよりも早く、ほんの少しの興味と正義感がニニャの手を麻袋にかけさせた。

 

袋の口を軽く引くと、雑に留められていた紐が緩み、袋の中が見え――その中から、ダラリと人の手が出てきた。

 

まともな治療がなされなかったのであろう、傷跡だらけで骨と皮だけになった細い腕。

腕に絡みつくようにして見える、艶を失いパサパサになった金髪。

出てきた細腕に引っ張られ、麻袋の口が大きく開く。中に見えたのは、やはり――人間。

 

どれだけひどい目にあったのか想像するのも恐ろしいほど腫れ上がり、輪郭がめちゃくちゃになった顔。

唇は乾いて裂け、消毒されることのないままに血が止まり、歪んで傷がふさがってしまっている。

打撲、裂傷、擦過傷。思いつく様々な怪我をおしつけたような、あまりに悲惨な有様だ。

この建物がどういう意図で建てられたもので、中で何が行われているかを想像するだけで身の毛がよだつ。

ニニャを止めようとしていたはずのダインも思わず息を呑み、動くことができなかった。

 

もうすでに生きているのか死んでいるのかすら定かではなく、普通であれば目をそむけたくなってしまうような状態の彼女から、ニニャは目が離せなかった。

体中のいたるところが余すところなくボロボロで、かろうじて女性であることが読み取れる程度。元の顔がどのようなものか想像もつかないはずである。

しかし、それでも。ニニャは確信していた。

 

 

「……姉さん」

 

 

ニニャのその囁くような――声にならない声に反応してか、袋に詰められた女性の口からか細い息が吐き出された。

そばに寄ったニニャのローブの裾を力なくつかんだ。まだ、生きている。

とはいえ、瀕死の状態であるという事は誰が見てもわかる。すぐにでも治療しなければ、彼女に待つのは間違いなく死の一文字のみだろう。

 

 

「このままにしていてはまずいのである。早急に治療を……」

 

「なんだテメェらは?」

 

 

恐らくこの麻袋を投げ捨てた本人であろう、ガラの悪い大男が二人を見つけてすごんでくる。

袋に縋りつくようにしているニニャの肩を掴んで強引に引きはがそうとするが、ダインがその腕をつかんで止めた。

止められたことに腹を立て、ダインの胸倉をつかみ上げようとするが、首元に光る金色の冒険者プレートを見て男はたじろいだ。

金級ともなれば、王国内でも主力級の強さを持つ実力者ということになる。少なくとも、少々ガタイがいい程度のチンピラ風情が勝てる相手ではない。

 

 

「一体これはどういうことであるか」

 

 

抑えきれぬ憤怒の感情が言葉の中ににじみ出ている。

長年願い続けていた姉との再会が、あまりにも無残な形で叶ってしまった仲間への強い思いが、彼から普段の温厚さを奪いかけていた。

ニニャは襤褸切れの様に横たわったままの姉を、声一つ上げずに静かに抱きしめたまま動かない。

 

 

「そ、その女はウチの従業員だ。びょ、病気になっちまったんでこれから神殿につれてくところだったんだよ!」

 

「見え透いた嘘は止めるのである。明らかに病人に対する仕打ちではなかったし……何より、遅すぎるのである」

 

 

静かで落ち着いていて、それでいて芯に響くような低い声のまま、ダインはゆっくりと男へと迫る。

とはいえ、考えなしにこの男をどうにかしようと思うほど、冷静さを失ってはいなかった。

 

 

「とにかく、彼女は引き取らせてもらうのである。ニニャ、行く――」

 

「ま、待ってくれ!それは困る!」

 

 

静かに踵を返そうとしたダインに、男が縋りついてきた。

 

 

「ここは八本指の娼館なんだ。わかるだろ?八本指を敵に回すことがどういう意味を持つのか」

 

「八本指……!」

 

「そうだ。騒いでもお互いのためにならねぇ。俺は()()を処理しなきゃならねぇ。悪いことは言わないから見なかった事にし」

 

<雷槍>(ショック・ジャベリン)

 

振り返りもせずにニニャが放った雷の槍が大男を吹き飛ばし、そのまま後ろのドアを破壊して室内の机と荷物を崩した。

大男は焦げた様な匂いを振りまきながら二、三度痙攣し、そのまま動かなくなった。

 

 

「ダイン……姉さんをお願い」

 

「ニニャ!待つのである、ニニャ!」

 

 

表情の抜け落ちたまま姉をダインに託し、ニニャはそのまま建物内へと走って行ってしまう。

慌てて止めようとしたが、足元で倒れている彼女の姉を放っておくわけにもいかず、ダインは焦って腰のポーチに入っていた治癒薬(ポーション)を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如裏口から聞こえてきた怒声と騒音に、一階に詰めていた荒くれ者たちが騒がしくなる。

下っ端の一人が裏口に続くドアを開けようとすると同時に、小柄な人物がそのドアを蹴破り――

 

 

<火球>(ファイアーボール)

 

 

容赦なく、魔法を放った。

 

エ・ランテルにおいて多数のアンデッドを討伐したこと。

王都にきて商店で見つけたアイテムの中に、魔力の上昇をサポートするマジックアイテムがあったこと。

そして何より、我を忘れるほどの感情の爆発。

 

これらの要素により、これまで第二位階魔法までしか扱えなかったニニャの魔法詠唱者(マジックキャスター)としての実力は、わずかながら第三位階魔法の使用を可能とする領域に至った。

理論と術式だけは知識として持っていたが、いざ発動しようとしても扱えなかった<火球>(ファイアーボール)の魔法を、実戦使用して文句ないレベルの威力で発動させたのである。

 

これが平時であったなら、仲間たちと共にさぞ喜んだに違いない。

だが、今の精神状態においてニニャが感じているのは、豚の仲間(クズども)を殺す手段が増えた程度のものであった。

 

一階の荒くれ者たちは一つのテーブルに集まってだらけていたことが災いし、<火球>(ファイアーボール)一発で大部分が死亡、もしくは再起不能なダメージを負った。

音を聞きつけて階上から降りてきた者たちも、一度に放たれる数が三つに増えた<魔法の矢>(マジックアロー)で腕を、脚を、頭を……次々と撃ち抜かれていく。

 

増援が次々と階上から来るのを見て、憎しみに心を支配されたニニャは姉をボロボロにした全てを討ち滅ぼすべく、ゆっくりと階段を昇って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

角材が体を打ち据える鈍い音と共に、ニニャは吹き飛ばされて部屋の隅に転がった。

ぶつかった衝撃で壁際に置かれていたデスクと椅子が壊れ、折れた木の破片が腕や腹を傷つける。

 

一対一では荒くれ者たちなど相手にならないが、数の暴力を覆せるほどの実力に至っていたわけではないようだった。

殴打や毒矢を受け、少しずつ体力を削られたニニャはもはや満身創痍といった風体でデスクの破片に埋もれている。

魔力はほとんど使い果たし、使用していた杖は折れ、無手のまま壁を支えにして何とか立ち上がる。

そんな状態にもかかわらず、その目は憎悪で染まりきり、目の前の敵をどのようにして殺せばいいかを考えているといった様子であった。

 

ニニャを追い詰めた荒くれ達の中心に立つのは、女性的な格好をした青髭の残る男。

奴隷部門の長、コッコドール。

 

丁度この娼館の売り上げを確認するために訪れているタイミングでこの襲撃にあったのである。

 

 

「まったく、とんでもないガキね。チビでもさすが金級(ゴールド)ってところかしら」

 

「コッコドールさん、こいつどうしますか」

 

「そうね……」

 

 

コッコドールは、情欲に濡れた目でニニャの全身を舐め回すように観察する。簡単に殺すのはつまらない。手足の腱を切って自分の玩具にするか、その手の好き者に売りつけるか――。

まだあどけなさの残る顔立ち、育ち切っていない細い手足、破れたローブの隙間から見えるのは――

 

 

「……ん?このチビ、もしかして女?だったら一番簡単よ!損害分、ここで働いてもらいましょう!」

 

「毒矢を打ち込んじまいましたが」

 

「麻痺毒でしょう?死にはしないし、後遺症が残っても大丈夫。そういうのが好きなお客もいるのよ」

 

 

憎悪と怒りに飲み込まれて我を忘れたニニャにも、自分が姉と同様の目にあわされようとしていることは感じ取れた。

もはやいつ倒れてもおかしくないその状況で、()を殺すために一歩を踏み出そうとする。

だが、精神だけでは体が付いていかなかった。もはや体重を支えることすらままならずに前に倒れる。

床に散らばっていたデスクと椅子の破片が体に刺さり、苦痛のうめき声をあげた。

それでも立ち上がろうと懸命にもがく。左手を床について立ち上がろうとして――

壊れたデスクに置かれていたのであろう、布に包まれた杖を見つけた。

 

ニニャはその杖を手に取り、体中の魔力を絞り出すつもりで最後の魔法を放とうとした。

 

 

 

 

 

 

しかし、杖を握ったときに()()()のは、言葉では言い表せないひどく冒涜的な何か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分には理解できない、理解してはいけない言葉で何かを語り掛けてきている。

 

常人がそれを直視すれば、すぐに狂気の扉を開いてしまうであろう、そんな存在。

だが、振り切れた感情に包まれて既に正気を失っていたニニャは、その狂気に抵抗することなく身をゆだね、ただただこう願った。

 

 

―――姉をあんな目にあわせたこいつらを、貴族の豚共を殺したい

 

 

 

 

 

 

 

そう願った刹那、体に残っていたわずかな魔力のすべてを吸いつくされ、ニニャは昏倒した。

その杖を抱くようにして倒れたまま、ニニャは自身が生涯理解することのない魔法を肌で感じることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<最果ての森>(フォレスト・オブ・ンガイ)

 

 

 

 

 

 

 

 

倒れたニニャから闇が溢れ、あたりを包む。

そこにいた者たちは、闇の中に光る三つに分かれた燃え上る様な真紅の瞳を目にし――その瞬間に人間としての生涯を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

建物の中から怒号と暴れる音が鳴り響いてくる中、ダインは動けずにいた。

今すぐにでも建物の中に飛び込んでいったニニャを助けに行かなくてはならない。

しかし、自分の手の中にいる女性――ニニャの姉は、もはや瀕死の状態。持っていた治癒薬(ポーション)で致命的な外傷は治療し、継続的に使用している自分の治癒の魔法で延命を続けているが、状態は明らかに悪い。

森司祭(ドルイド)として生命の流れを感じ取る力のあるダインは、彼女がいくつもの病気や毒に犯されており、手のひらから水が零れ落ちる様に命が減って行っていることを理解していた。

中では明らかに戦いが起きている。先ほどの男が言っていた八本指という言葉が本当であれば、中にはその構成員がいるのだろう。

国の中枢にまでその根を伸ばしているとすら言われる犯罪組織だ。どんな人間が所属しているかわからない。

最近金級(ゴールド)に昇格した程度の魔法詠唱者(マジックキャスター)が一人で鎮圧できるほどの兵力であるとは考えにくい。

 

仲間か、仲間から託された家族か。

 

辛い二択に迫られていたダインにとって、二人を探していたペテルとルクルットの到着はこれ以上にない幸運だったと言える。

ペテルは、事情を聞いてすぐにその建物に飛び込んでいった。

一番足の速いルクルットは応援を呼ぶために冒険者組合へと走った。

 

安心はできないが、何もできずに終わることだけは避けられそうだ。

ダインは、ペテルから預かった荷物の中から毛布を取り出して、ニニャの姉を包んでやった。

まだ残っている擦過傷や小さな切り傷に薬草を使いながら、飛び込んでいった二人の無事を願う。

 

――刹那、建物の二階部分の壁の一部が吹き飛んだ。

ニニャの姉を飛び散ってくる壁の破片から守りながら見上げると、吹き飛んで出来た穴から闇の塊としか表せない何かが飛び出していった。

夕陽から逃げるように東へと飛び去って行ったその闇は、しばし空に落とされた墨汁の染みの様にそこに存在していたが、陽が落ちて空が群青色に染まるとともに、空に融ける様にして見えなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ペテルは、一階の焼け焦げた机や穴だらけになった壁を一瞥し、何かが壊れる様な音のした二階へと走った。

一階に残っていたニニャのものと思われる魔法の痕は、かなりの規模だった。感情に任せ後先考えずに魔法を使ってしまっている可能性が高く、痕跡から判断しても今のニニャにまともに戦えるだけの魔力が残っているとは考えにくい。

現に、先ほどの音を最後に二階からも何も聞こえなくなってしまった。

焦ったペテルが二階にたどり着き、手近なドアを開けようとした瞬間、首筋を這うような悪寒と何かの気配を感じて一瞬体が硬直した。

硬直から解放されたペテルがドアをあけ放つのと同時に、爆発音とともにドアを開いた部屋の奥の壁が吹き飛んでなくなった。

ペテルは突然の事態の連続に戸惑ったが、部屋の隅に倒れているニニャを見つけ、焦って駆け寄っていった。

 

 

「ニニャ!しっかりするんだ!」

 

 

声をかけるも、ぐったりとしたまま反応はない。顔色は悪く、汗だらけの状態は、明らかに魔力切れが原因であると察することができた。

打身や切り傷も多くあったが、幸運にも致命傷になりそうなものは見当たらない。唯一、脇腹のあたりに見える傷が変色して青くなっていることから、何らかの毒を盛られている可能性は否定できなかった。

見慣れないねじくれた奇妙な杖を大事そうに握りしめて離そうとしないニニャを抱きかかえ、ペテルは解毒の魔法が使えるダインの元へと走っていった。

 

 

 

 

 

 




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