皆さんの声を励みにしつつ、これからも妄想垂れ流したいと思います。
遅くなってしまってごめんなさい。
本来であれば3話+エピローグくらいで終わる予定だったんですが、
全然終わらないですねこれ。どうしましょう。
イビルアイいわく、少なく見積もっても難度一六〇。
人類の生存圏に現れれば、大きな都市でも簡単に滅ぼされるであろう大怪物だ。
十三英雄の英雄譚に語られる魔神に匹敵するのかもしれない。
国が軍隊を動かしたところで、悪戯に被害を増やすだけで終わってしまうのだろう。
仮にその怪物が何者かとの戦闘によって討ち滅ぼされるのであれば、間違いなく救世の英雄として多くの人々の羨望を集め、その戦いは
私も、そんな英雄譚に憧れて両親の反対を押しきって冒険者になったのだ。
そんな怪物が、目の前の異形がたった一度腕を振っただけで討ち滅ぼされた。
縦に大きく裂かれた怪物は、ゆっくりと後ろに倒れながら、まるでほどけるように空気に溶けて消えていく。
倒された怪物の残骸は残らず、後に残るのは静寂のみ。
きっと私は今、神話の世界にいるのだ。
(あれ、何もドロップしない。赤字確定ダンジョンとか誰得なの)
本来であれば、モンスターを倒せば装備の強化や作成に使えるデータクリスタルがドロップする。
今さら中級素材などあっても使わないが、店売りすればお金にはなる。ダンジョン攻略で消費するであろうアイテムの補填を考えると、貰えて損はしないのだ。
(ま、今は別に買いたい物があるわけでもないからいいんだけどさー。クリア報酬に期待だな)
細かな収支はあとで考えればいいと頭を切り替え、再度NPC達を見る。
倒れる仮面のNPCに寄り添うようにしながらもこちらに視線を向ける金髪碧眼の神官騎士。油断なく武器を構え、こちらを見据える重戦士。両サイドには、それぞれ赤と青を基調とした扇情的な装備を身に纏う忍者のような恰好をした少女が二人、これまた武器を構えている。
格好こそ違えど、皆一様に"警戒"のエモーションを出したまま動こうとしない。
(なんだこれ。NPC助けたらイベント始まるかと思ったのに固まっちゃったぞ……?こっちから何かアクション起こさなきゃいけないのか?)
いずれにせよこの通路で固まっていたらまたモンスターが湧くかもしれない。
折角のダンジョンだし、ちょっとだけロールプレイしてみようかと気合いをいれ、軽く咳払いをする。
NPC達はその音に驚いたように軽く跳ねた。
恐ろしく作り込まれたAIだな、と感心しながら口を開く。
「……あまり無事とは言えないようだが、死んではいないみたいだな。君達が私を喚んだのだろう?ここはまたさっきのヤツが湧いてくるかもしれない。ひとまず先程の小部屋に戻って、話を聞かせて欲しいんだが」
どうだ?と言わんばかりに首をかしげ、NPCの出方をうかがう。
NPC達は"警戒"のエモーションを"驚愕"に変え、前の三人は神官騎士のほうを窺うような素振りをしている。
この神官騎士がリーダー役なのだろう。
彼女は少し考え込んだような動きのあと、顔をあげて仲間達に向けて口を開いた。
「従いましょう。一度は助けてもらっているし、イビルアイがこの状態ではどうしようもないわ。ガガーラン、イビルアイをお願い」
そう言うと、支えていた仮面のNPCを重戦士に預けて立ち上がり、お願いします、と言いながらこちらに軽く頭を下げた。
クリュードが大きく頷くと、NPC達は小部屋に向けて移動を始めた。
どうやらイベントの進行を開始できたらしい、と安堵し、彼は小さく息をはいて彼女達の後ろに付いて移動し始めた。
ティアは、先程の小部屋に入った途端に肌を刺すような緊張感が消え失せたのを感じた。気になって通路の側へ一歩戻ると、再度全身を悪寒が包む。
一行を油断させるための罠か、はたまた何らかの結界が張られているのか。ティアには判別がつけられなかった。
「どうしたの?」
「さっき出ていくときにも感じたけど、この部屋は通路側と空気が違う。なんていうか……ゆるふわ」
「ええ、それならさっき私も……ゆるふわ?」
前を行く少女達の若干抜けた会話に、クリュードはまたも驚いた。
(確かにその部屋は
ユグドラシルでは、街やダンジョンの休憩地点などに安全地帯と呼ばれるエリアが設定されている。
安全地帯内にはモンスターは入り込めないし、外から敵にターゲットされた状態で逃げ込まない限りモンスターは入り込むことはできない。仮にモンスターを引き連れて安全エリアに飛び込んだとしても、街であれば設置された衛兵NPCが瞬く間にモンスターを退治してくれる。衛兵が設置されていない場合はその限りではないが、モンスターテロ対策に連れてきたプレイヤー以外に対してはダメージ計算が行われない仕様になっている。
彼女達の言う空気感の違いは、システムに守られているかそうでないかを世界観設定に落とし込んだものなのだろう。
「その小部屋は敵避けの結界が仕込まれているんだろう。わざわざ連れ込まない限りモンスターは入ろうとしない」
「敵避けの結界……そんなものが……」
クリュードの言葉に、"驚愕"しながら小部屋へ進む神官騎士。重戦士ともう一人の忍者も後に続き、敵意感知に反応がないことを確信してからクリュードも後を追った。
忍者少女の言うところのゆるふわ空間に入ると、重戦士が仮面のNPCを石碑にもたれさせているところだった。
神官騎士が回復魔法を唱えるのかと思って待っていたが、そんな様子もなく困ったように立ち尽くすばかりだ。他のNPC達もポーションの類を出すでもなく、判断を仰ぐように神官騎士を見つめていた。
「……どうした?回復してやらないのか?」
「いえ、その……」
「魔力やポーションが残っていないのか?なら仕方がない、私が回復しよう」
そう言ってアイテムボックスから適当なポーションを取りだした。神官騎士は手元に現れたポーションを見てまたも"驚愕"のエモーションを出していたが、それを使おうとしているのを慌てたように遮ってきた。
「ま、待ってください!彼女は……その、特殊な
「……タレント?」
聞きなれない単語に、"疑問"のエモーションを出しながら首をかしげて見せると、"焦り"ながら何かを口にしようとしてはやめる、を繰り返し始めた。
疑われている。
回復魔法が通じない
自力で行動できるくらいに回復することができれば誤魔化す事も出来そうだが、<
異形の者は疑念の表情を消し、感情の感じられない顔で仲間達を見ている。
彼は圧倒的な強さをもつ異形ではあるが、何故か私たちに協力的な素振りを見せていた。人類に好意的な種か、一時的な気まぐれか、はたまた私たちを陥れる罠かはわからない。
この遺跡がどれ程の規模かはわからないが、さっきのような強大すぎる敵がまだ潜んでいる可能性がある以上彼の力は仲間たちが生きて遺跡を脱出するためには必要不可欠だろう。
ここで何か上手い言い訳をして自分がアンデッドであることを隠せたとしても、負のエネルギーを用いて回復する場面を見せられない以上、何処かで必ずぼろが出る。
そんなことになれば、嘘を付いたことに激昂されるか、生者を憎むアンデッドの仲間としてまとめて葬られてもおかしくない。
それであれば――
「……疑われて、当然だ。ラキュース、仮面を取ってくれ」
「でも!」
「どちらにせよこのままでは進むことも戻ることもできないさ。……頼む」
ここで正直に正体を明かしてしまおう。
魅了の魔法で操ったことにしてもいいし、仲間達を騙していたことにしてもいい。自分をここで切り捨てて、仲間達だけでもここから出られるよう、力を貸してもらえるように懇願するしかない。
ラキュースが何かを訴えるようにこちらを見ているが、首を軽く振って答える。
私はもう十分"永く"生きたのだ。生き残るのは私のような死に損ないの年寄りではなく、仲間達のような今を生きる若者であるべきだ。
何、もしかしたら討伐されず、気紛れに連れていって貰えるかもしれないし、ただここに放置されるだけかもしれない。後者だとしてもここで回復してから転移が使える場所まで移動できればなんとかなるさ。
そう<
久し振りに仮面を介さずに見た仲間達は、いつもと変わらず輝いていた。
ただタレントと言う聞きなれない単語の意味を聞いただけのつもりだったのに何かを疑っていることになってしまった。
どうしよう、展開が早くてあんまりついていけてない。
一体自分が何を疑っているのかをクリュードが考えているなか、ラキュースと呼ばれた神官騎士が震えながら仮面のNPCから仮面をはずした。
そこに見えたのは、しなやかな長い金髪に……体温を感じさせない透き通るような青白い肌。遠慮がちに開かれた目は紅く妖しく輝き、口元からは発達した八重歯……いや、牙が覗いている。
目肌の色や口から覗く牙は吸血鬼によくある特徴だ。
しかし、ユグドラシルにおける吸血鬼種は一部のキャラクターを除いて見た目がほぼ化け物だ。
プレイヤーメイドのNPCや、吸血鬼の種族レベルを取得したプレイヤーの中には、あの手この手で整った見た目を作り出している者もいるが、吸血鬼に恨みでもあるのか、運営が用意する吸血鬼のキャラクターはほぼ例外なく醜い見た目をしていた。
にもかかわらず、この少女はどうだ。
その顔立ちには幼さが残っているものの、十分に整った顔立ちをしている。
一部のプレイヤーが見たら大歓喜して抱き着いてBANを食らいそうな見た目だ。
「……吸血鬼か?」
「……ああ、そうだ……です」
実に珍しい見た目の良い運営製吸血鬼を思わず凝視してしまうが、何故かNPC達が"焦り"や"覚悟"のエモーションを出しているのを見て我に返る。
同時に、先程回復をしようとしたら焦っていたのにも合点がいった。
「私はどうなっ――「ああ、アンデッドだから回復ポーションを避けたのか。負の属性ポーションは持ってたかな……」――え?」
アイテムボックスを漁り、少しだけ残っていた負属性ポーションを取り出して使用する。
おどろおどろしいエフェクトが出るが、吸血鬼が苦しむ様子はない。どうやら、正常にHPを回復できたようだ。
「……殺さないの、です、か?」
「なんでだ?死なれるとちょっと困るんだが」
「いや……そうか、ならいい……です」
「体力は戻ったようだな。なら、話を戻そう。私の名前はクリュード。多分、君達に喚ばれてここにきた。君達の目的を教えてくれるかな」
色々と危ないところだったが、これでようやくイベントを先に進められそうだ。NPCの挙動にかなり不思議な点があるが、それはおいおい考えればいい。今自分にとって大切なのはクエストをクリアすることだ。
クリュードは頭を切り替え、ポツポツと語り始めた彼女達の声に耳を傾けた。
彼女達の口から語られた内容をまとめるとこうだ。
彼女達は「蒼の薔薇」と言う名前の「冒険者」のチームである。
「リ・エスティーゼ王国」と言う国に所属していて、その国に現れた謎の遺跡の調査を行っていた。
調査の折、解読不能の文字が彫られた石碑に手を触れ、気が付くとここにいた、らしい。
(……設定が濃い……)
クリュードがいくつか気になることを質問してみたら、彼女達は冒険者の仕組みやら国の都市の事も事細かに教えてくれた……が、正直彼の頭には入ってこなかった。
ユグドラシルは北欧神話をベースに世界観が作られており、地名や登場人物もモチーフとなったものが存在している。しかし、彼女達の語った世界観はそれとは大きく違っているように思える。単なるダンジョンにしては練りすぎな設定だ。
そして、彼がもっとも気になる点。
先程から、しっかりとした会話が成立している。
ユグドラシルにおいて、基本的にNPCとは会話が成立しない。彼らはあくまで、喋るマネキンでしかないのだ。
特定のキーワードに対して反応を返すことはあるが、ただそれだけ。イベントを進める上では、最悪そのキーワードや決められた選択肢を呟くだけで話は進行していくのだ。
しかし、蒼の薔薇と名乗る彼女達は違う。
ラキュースと言う神官騎士は少し緊張したような声色ではあるものの、文脈におかしい所もなく質問に答えたし、試しに他の仲間に話を振ってみれば、こちらを窺いつつも返答をして見せたのだ。
世の中には用途に応じた様々なAIが溢れているが、ここまで違和感の無い会話が出来る物をクリュードは聞いたことがなかった。
彼は確信した。
(このキャラ、中の人がいるのか!)
ユグドラシル最盛期に数々行われたイベントの内、比較的初期に行われたものの中には、イベント進行用キャラクターを運営が操作しているものも存在した。当時はプレイヤーの数に対してスタッフキャラクター側が足りなかったため不満が殺到し、後期にはほとんど見かけなくなっていた。
利用者が減少してしまった今、プレイ人数に制限のある内容であれば、スタッフ操作キャラによるイベントも進行が可能だと判断されたのだろう。
(プレイ人数獲得のための試みの一つなのかも知れないな。一度に五人ってのはなかなか豪華だけど……)
運営を相手にするとあれば、下手な事を言えば即BANされてもおかしくないだろう。若干気が重くなるクリュードだが、このイベントに関しては知名度が少なかった事を考えると、運営側にはある程度話題性を求めているかもしれない。
(あからさまな言動じゃなければ大丈夫かな。流石にイチャモンはつけられないだろう)
希望的観測ではあるが、有り得なくはない。
そう自分を納得させ、豪華なロールプレイを楽しもうと開き直ってイベントを進めようと決めた。
「あ、あの、どうかしましたか?」
いくつかの質問の後、考え込むように固まってしまったクリュードを見て、おずおずとラキュースが話しかけた。
「ん、いや。遺跡の調査に来た、って話だったが、入り口の石碑に書かれていた読めない文字ってのが気になってね」
「それでしたら、写したものが……ここに。見たまま書き写しただけですけど……。色々なことがあってまだ確認していないのですが、そこにある石碑に彫られているものと変わっていないかもしれません」
そう言ってラキュースが差し出した羊皮紙を見ると、少々不格好な"日本語"が書かれていた。
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小規模ダンジョン"召喚契約の祠"
召喚者役へのご協力のお願い
現在、小規模ダンジョン"召喚契約の祠"における召喚者役の募集を行っております。
募集条件は以下の通りです。
・パーティの平均レベルが四〇以下であること
・パーティの属性が善に傾いていること
ダンジョン内では、推奨レベル三〇程度のモンスターに加え、上記条件のレベル帯では打倒が困難な高レベルのモンスターが多数出現します。
そこで、高レベルの異形種を"喚ぶ"ことでその力を借り、ダンジョン最奥まで到達することが目的になります。
攻略中に生じたあらゆる損害に対しての責任は負いません。
召喚者役としてご協力いただける場合は、下記魔法円に触れ、攻略を開始してください。
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(なんじゃこりゃ)
クリュードは少々困惑した。
しっかりとした世界観を作った上で運営がスタッフを用意して仕掛けてきたイベントだと思ったら、低レベルプレイヤーとの協力ダンジョンだったと言うことだろうか。しかし、それにしては若干おかしい点がある。
ティア、ティナと名乗った"ニンジャ"の少女達だ。
しかし、ユグドラシルでニンジャ系の職業を取得するためには、前提として六〇以上のレベルが必要だったはず。
石碑に書かれていたと言う条件を満たそうとするなら、残りの三人の合計レベルが最高でも八〇以下になってしまい、あまりにバランスが悪い。そもそも、ニンジャが二人もいれば、
(もしかして、用意されたキャラクターを使ってのプレイなのか?ユグドラシル体験版、みたいな感じで……?
でも、損害の責任がどうとか言ってるしなあ……)
いまいち内容が繋がらず、クリュードはバイザーの内側で眉を寄せて考え込む。
彼女達はこの文字が読めず、どうしてクリュードがここにいるのか理解できていない。そういう設定なのだろう。低レベル帯のプレイヤーなのか、運営のスタッフなのかは判断がつかないが、彼女達はこれだけ完璧に自分達の設定を演じているのだ。一時期離れていたとはいえ、今までそこそこやり込んできた自分がその雰囲気を壊してどうする。
クリュードは、頭のなかに浮かんでいたいくつもの疑問を振り払い、先程彼女達が語っていた設定を改めて思い返して――
自分のアバターがどういうキャラクターなのか、今まで漠然とだけ考えていたものを、具体的に形作り始めた。
「あ、あの。何が書かれているのか、わかるんですか?」
石碑の文字を写した紙を受け取ってから、また悩むように固まってしまったクリュードに、ラキュースは恐る恐る話しかける。違う種族ゆえか、彼の表情からは何の感情もうかがい知ることはできない……筈なのだが、ラキュースが声をかけると、ハッとしたようにこちらを向いて――なぜだか、彼が"張り切った"様に感じた。
「ああ、読めるよ。これは私たちが使っている言葉だ。大まかに説明すると、そうだな……君達にとってのこの遺跡は、君達が強者を喚ぶに足る資格があるかを試すための試験場、ってところだろうか」
「……試験?俺達ゃ勝手にどっかの誰かに試されてるってことか?こっちはそれで仲間殺されかけてんだぞ!」
「落ち着いてガガーラン。彼はむしろイビルアイを助けてくれたわ。彼に言ったって仕方がないじゃない」
「むぐ……そうだな、すまねえ……」
「まあ、気持ちはわかるけどな。そう怒んないでくれ。読めなかったんじゃああまり意味がないだろうが、石碑には一応注意事項も書かれてる。君達がどれくらいの強さなのか正確な値を測る能力は私にはないけど、さっきのみたいな……君達には倒すのが難しいであろうモンスターも出現するし、ここで生じた損害の責任は負わない、ってな」
「さっきのヤツがその試験とやらを仕掛けてきたこの遺跡の主じゃねぇのか?」
「まあ、違うだろうな。開始地点でいきなり出てくるくらいだし、あれくらいはごろごろいるんじゃないか?」
「……そんな」
ラキュースは血の気が引いていくのを感じた。
石碑に触れることを決めてしまったのは自分だ。先程のような化物がごろごろいる、この遺跡に足を踏み入れることを決めてしまった。イビルアイですらただの一撃で戦闘不能になるような化物が跳梁跋扈する遺跡を生きて出ることが出来るだろうか。
自分も、仲間たちも死んでしまう。意味もなく、ただただ犬死にだ――
思考が一度悪い方向に向かってしまえば、あとは転げ落ちるように悪いイメージに支配されていく。
環境的にも、才能的にも、そして仲間達にも恵まれて生きてきたラキュースは、これまでの冒険でも感じたことのなかった明確な死への恐怖に、押しつぶされてしまいそうになっていた。
「あなたはどうしてここにいる?」
「さっき喚ばれたと言っていたのはどういう事?」
目の焦点が合わない青白い顔のまま固まってしまったラキュースを気にしつつも、ティアとティナはクリュードと名乗った目の前の彼の立ち位置をつかもうとしていた。自分たちの現状を正確に把握するためにも、石碑の文字を解し、ある程度この遺跡に関しての知識を持つらしい彼から取れるだけの情報を取らなければならない。
「ええと、そうだな……私は、
必死で頭を回転させながら、なるべく矛盾がないように設定を考えていく。
普段使わない頭を全力使用しているからか、バイザーの内側はすでに汗だくだ。
「……その言い方だと、貴方は試している側の存在に思える」
「貴方に気に入られなければ、
「……ッ!おい、ティア、ティナ!」
「君達から見ればそうかもな。ただ、私側から見ても同じような試験なんだよ。
「……その試験に合格して、貴方に何か利があるの?」
「……ん、まぁ。あくまで自分の目標の為になるんだが……」
「私はな、竜の神に憧れているんだよ」
彼が語り始めたのは、彼の世界に伝わるという神話。
かつては多くの
その大いなる力で立ちはだかる者を薙ぎ払い、その大きな翼で進みたい先を悠々と進む。
あまり人に語りなれていないのか、お世辞にも表現や構成は上手といえたものではなかったが、表情の読めない顔に反して、語り続けるその声色は嬉々としており――
まるで、憧れの人を母に説明する幼子のような印象を受けた。
見た目や、その強大な力からは想像もできないほど
夢中になって話し続けていた彼だが、五人からの視線に気が付いたのか、仕切りなおすかのように小さな咳払をして気まずげに口を開いた。
「ん、まぁ……そのバハムートっていう神に憧れていてな。それを再現するような存在になりたいと思っているんだ。その神は英雄譚の中で、人々に喚ばれてその力を振るう、召喚獣として語られることが多いんだよ。英雄譚は基本的に人間目線だから、バハムートを喚ぶ側の話なんだけどな。バハムートに少しでも近づきたい私からすると、力を貸すに足る能力があるってことは示しておきたいんだよ」
ここを攻略したからって何かが手に入るとは限らないけどな、と軽く笑いながら、照れたように頭を掻いている。
「だからまぁ、君達とは……最終的な目的は違うが、ここの攻略に限って言えば協力関係であると言えると思うよ。君達は無事にこの遺跡の調査を終えて帰りたい。私は君達の任務完遂をサポートすることで"力を貸すに足る能力"を示したい。って事さ」
「クリュード殿。一つだけ、聞きたいことがある、あり、ます」
「……やりづらいから普通にしゃべってくれ。役割の違いはあるが、どっちも見習いだからな。殿もやめてくれ。むず痒い」
「そうで、いや、そうか。すまない」
回復されてから、ずっと黙りこくって話を聞いていたイビルアイが、おずおずと手を挙げる。
永い時を生きてきた彼女は、彼の正体についてなんとなく引っかかるものがあった。
どこかで見たことのあるかのような文字。
それを自分たちの言葉だと言ったクリュード。
届きかけて消えた記憶が、またぼんやりと形になってくる。
『リーダー。何をしているんだ?』
『旅の記録をつけてるのさ。日記みたいなもんだよ……ほら』
『どれ……なんだこれは?文字か?』
『ああ、文字は違うんだったな。これは――
――俺たちの国の、文字だよ。
「クリュード。……君は、"ぷれいやー"なのか?」
「え?うん」
あまりといえばあまりな返答に、イビルアイの喉から変な音が出た。
実際、ラキュースはイビルアイを回復するための手段を持っているんでしょうか?
<負の光線>みたいな技があるのかもしれませんが……
あくまで作中では、「負のエネルギーで回復することを隠そうとしたから」何もしなかった、ということで一つ。