みんな主人公主人公言うからー。
王城の城壁外周にある一室。
夕陽の差し込むその部屋で、中央に置かれた長机に広げられた王都内の地図を囲んだ何人もの人間が険しい顔をして唸っている。
彼らの多くは逞しい肉体に実用的な武具を纏っている。普段王城に入ることなどほぼないであろう彼らは、王都冒険者組合から選抜された選りすぐりの冒険者と、組合幹部たちだ。
平時であれば、外周の隅とはいえ王城の中に入ることを貴族たちは良しとしないだろう。それだけ、今が異常事態であることを意味していた。
王都中を調査している多くの冒険者たちから寄せられた情報をまとめた
男女問わずあらゆるものを魅了するその仕草に
「冒険者の皆さまに調べていただいたリストから概算するだけでも貴族とその関係者だけでも二〇〇以上。その他、町人や役人たちにも行方不明者が出ているようです。……蒼の薔薇が調べてくれた荒くれの拠点であったと思わしき痕跡を含めますと、恐ろしい数の人が行方不明ということになりますね」
ラナーの言葉を皮切りに、冒険者組合関係者たちが精査した情報について次々と議論を交わし始めた。
「明確に血痕や死体が見つかっているのは一部の貴族のみ。多くは争いの痕すら残らず、瞬間的に消えてしまったように生活の痕がそのまま残されていた」
「夜間の巡回で、一部の冒険者が例の……
「最低でも
「蒼の薔薇が最初に遭遇した赤い目の化物も姿を見せていません。潜在的な脅威はそれ以上かと」
「
「下位冒険者たちには、主に大通りや広場などの比較的遭遇戦になる可能性の低い現場を中心に回ってもらっています。
王都を襲う正体の掴めない脅威が、姿の見えぬ悪魔となってその場にいる者たちの体を這いまわっている。
いつもは自分たちのペースを大切にしている冒険者たちも、今この時に限っては焦ったように
ただ黙って立っているだけでは、王都全体を覆っている重い空気と緊張感に押しつぶされてしまいそうだったからだ。
それほど暑くない……むしろいつの間にか陽が沈んでいたことによって部屋の気温は下がっているにもかかわらず、せわしなく議論と情報の整理を行っている彼らの額には汗が浮かんでいた。
そんな中一人涼しそうな顔をしたラナーは、手元の行方不明者一覧と
「……ラナー様、お気分が優れないようでしたらお部屋に戻られては……」
「ありがとうクライム。優しいのね。でも大丈夫。皆頑張っているんですもの、私も頑張らないと!」
握った拳を軽く構えて、思わず見とれてしまうような笑みを浮かべてみせた。
クライムはその笑みに思わず赤面するも、すぐに今の状況を思い出して一瞬でも気を緩めてしまった自分を恥じた。
そんな彼をみて、ラナーは満足そうに微笑んだ。
「……お楽しみのところ悪いんだけど、ちょっといいかしら」
小さな咳払いと共に、ラキュースが二人の近くに歩いてきた。
揶揄われてさらに赤面してしまったクライムは、申し訳なさそうに一歩下がり、ラナーの後ろへと控えた。
「今のところ全て後手に回ってしまっているわ。なんとか、次に襲われそうな貴族を特定できないかしら」
「そうね……。次に誰が襲われるかはわからないけど、襲われた人たちの多くに共通点ならあるわ」
「……どういうこと?」
「襲われた貴族、役人、そして平民の集会所。被害が明らかになってるのはほとんどが八本指との関与を疑われていた人たち。お屋敷の使用人さんたちは違うでしょうけど。それ以外の人たちも、私達が知らなかっただけで
目を丸くしたラキュースが、ラナーの前に置かれた行方不明者一覧に目を通す。
確かに、これまで攻略してきた八本指の拠点に記載があったり、噂程度でもつながりが示唆されていたような人物達の名前が並んでいた。
「不思議なこともあるわ。イビルアイさんの言う通りなら、姿を見せていない真紅の目の化物は
体を這いずり回るような嫌な予感がラキュースの喉に手をかける。思わず唾を飲み込み、流れ出た汗を軽くぬぐった。
「
ラナーのつぶやいた最悪の予想にラキュースが息を呑むのと同時に、伝令役の冒険者が乱暴に扉を開いて部屋に飛び込んできた。
「く、組合本部より伝令!!日没とともに高級住宅街に
「嘘だろう……」
誰かの絶望したような呟きを背にして、その部屋にいた冒険者たちは外へと飛び出していった。
貴族の邸宅が立ち並ぶ住宅街の地下、日の光の届かない石造りの隠し通路の中に、獣のうなり声のような呼吸が響き渡る。
その呼吸音の主の、強く握りしめられた岩のような拳から、ポタポタと深緑の体液が滴り落ちていく。
丸太を思わせるほどに鍛え上げられた腕に彫られた犀を象った刺青は、自らを主張するように白く光を帯びていた。
腕についた灰色と緑の混じりあったゼリーのような肉片に顔をしかめながら、目の前に転がっている頭のひしゃげた
「……チッ、いきなりウジみたいに湧いてきやがって……なんなんだこいつらは」
「ボスー、生きてるー?」
「……誰に物を言ってる、エドストレーム」
べっとりと体液の付いた
「こいつら、ここ数日目撃されてるっていうやつらだね。この通路に出たってことは……」
「当たりだな。連絡が取れなくなった拠点やら貴族やらはコイツらにやられたんだろう」
この暗い通路は、とある貴族の持ち物だった──今は八本指傘下の組織の持ち物だ──邸宅に繋がっている。
いくつかの連絡拠点同士をつなげているこの隠し通路は、八本指の幹部クラスしか知らない、彼らの切り札の一つでもあった。
「マルムヴィストとサキュロントをやったのもこいつらか?」
「サキュロントはともかく、マルムヴィストが後れを取るとは思えないんだけど……」
「ともかく、先に行ったデイバーノック達と合流だ。どこのどいつらか知らないが、俺たちの力を思い知らせてやればいい」
溢れる怒気を抑えられぬ様子のまま、高級住宅街へと続く通路を進んでいく。
奇妙なほどに静まり返った狭く暗い通路を進み、傍目には行き止まりにしか見えない通路の角までたどり着いた。
行き止まりの壁に空けてある、知らなければ決して気づかないであろう小さな穴から外の様子をうかがったが、そこには誰もおらず、戦闘の痕跡も見当たらない。
仕掛け扉を作動させると、目の前の壁が重い音を立てて沈み込んでいく。
壁が下がると同時に通路へと流れ込んできたのは、何とも言えぬ奇妙な悪寒を伴う濃密な気配。
ここまで生き残ってきた強者としての勘が、
「……デイバーノック?ペシュリアン?」
油断なく
生活用品などを蓄えておくための倉庫であったと思われるその部屋は、不自然なほどに静かで、そして冷え切っていた。
ふいに、エドストレームは足元に光る何かがあるのを見つけた。通路の中からは死角になる位置に落ちていたそれは、大きな宝石の嵌った指輪。魔力のこもった宝石があしらわれたその指輪に、彼女は心当たりがあった。
「……デイバーノックの指輪」
──瞬間、何かを感じたゼロは大きく後ろへと飛びのいた。
着地の間際にみえたのは、エドストレームが天井から降ってきた黒い霧に包まれ、もがき苦しんでいる姿。
黒い靄が大きく膨らみ、もがいていたエドストレームの姿が一片も見えなくなると、まるで動物の身震いの様にその霧は震えながら形を変える。
唯一それに巻き込まれずに、ただそこに浮かんでいた一本の
悲鳴一つ上げる間もなく喰われた。
自分が今、明確に脅威となる存在と相対していると即座に判断したゼロは、すぐさま体中に刻まれた刺青を起動していく。
出し惜しみは必要ない。そう判断し、手持ちのマジックアイテムや持ちうるすべての武技を起動して自らを強化していく。
ただただ、
少しずつその範囲を広げていく闇が天井に到達しようとするころ、ようやくそれが形を持った何かにまとわりついているのだということに気づくことができた。
恐らく首であろう部分が、ぐるり、とこちらを振り向くようなそぶりを見せ──
実体を掴ませない深い闇の奥に光る、燃える様な真紅の3つの光と目が合った。
体の芯を凍てつくような寒さが通り抜ける。
「──ッ!舐めるなァ!!」
硬直しそうになる体を無理やり動かし、体に蓄えられていた膨大なエネルギーを爆発させ、正拳突きを放つ。
ただただ真っすぐに拳を振りぬくだけのシンプルな一撃。王国最強を語る彼の全てを込めた、まごうことなき究極の一撃でもある拳が、ただただ目の前に広がる闇を祓うべく襲い掛かる。
ゼロの強烈な踏み込みで舞った木くずが地面に落ちるまでのわずかな時間が、無理やり引き伸ばされた様に長く感じる。
滅多に体験することのない命の危機に、極限まで研ぎ澄まされたゼロの肉体は、一時的に彼を一段上のステージに立たせていた。
スローモーションのようにゆっくりと流れる時間の中で、放つ拳のブレや芯の位置、そして角度を最適な位置へと調整していく。
間違いなく、生涯最高の一撃となるであろうことを確信していた。
ゼロは、自らの拳が闇の霧に触れた瞬間、突きの威力が大きく殺された事を知覚した。
まるで、粘性のある重い液体の中を進んでいるかのような感覚。
想像よりも分厚い霧を越え、ようやくまともに
思い切り拳を振りぬいた体勢のまま動けなくなってしまったゼロの表情は、この現実を受け入れることができていないのであろう、驚愕の表情で固まっていた。
恐らく顔なのであろう、ゆらゆらとこちらを見つめていた真紅の光は、まるでこちらを嘲るようにその輪郭をぐにゃりと変えていく。
慌てて二の拳に移ろうとするも、既に振りぬいた右腕は光すらも逃さぬ絶望に絡めとられ、ピクリと動かすこともできなくなっていた。
少しずつ這う様に、体が闇に取り込まれていく。
肘から先だったそれが、次第に腕を、肩を。
優しく、ゆっくりと味わう様に、胸を、腰を、脚を。
じわじわと自分の輪郭を混沌の闇に溶かされていく恐怖に襲われながら、王都最強の格闘家はこの世から姿を消した。
数体の
後に残ったのは、まるで墓標の様に一本だけ地面に突き刺さったままの、エドストレームの
人の気配のしなくなったとある貴族の邸宅から、音を立てずに濃密な闇が立ち上っていく。
サァと吹いた冷ややかな風で、住宅街を照らしていた照明は消え失せ、王都の一角を闇が支配した。
輪郭のつかめぬその絶望は、燃え上る真紅の三眼を震わせ、自らの信者たちを減らす不届き者たちを裁くべく動き出す。
蝙蝠のような大きな翼を広げ、王都を包む闇を彷徨いながら。
貴族の屋敷が立ち並ぶ高級住宅街と、一部の上級官吏達が好んで住む平民向けの住宅街──といっても、一般人からすれば手が届かないほどの地価である──は、小さな噴水のある石畳の広場で隔てられている。
王都内にしては珍しく綺麗に保たれたこの広場は、中流・上流階級の女性達の憩いの場であり、子供たちの遊び場にもなっている。
陽が落ちて一時間。分厚い暗雲の下、その広場には金属同士が激しくぶつかり合う音や、冒険者たちの怒号と悲鳴が飛び交っていた。
「負傷者は退け!動ける
「仲間がやられた!治癒、治癒をくれぇ!」
「あぁぁぁ!!嫌だぁ!!」
何処より湧き出し迫り来るは恐ろしい数の
空を覆い隠す暗く重い雲の下、突如として始まった地獄の行進曲に、人々はパニックとなっていた。
冒険者組合が判断した
複数を相手取るのなら、ミスリルですら危険を伴うだろう。
そんな相手が、広場の中だけでも数十体。
これだけでも軍を動かすレベルの相手であるだろうに、怪物が湧き出した住宅街の方からも夥しい数の敵の気配がする。
国家の危機であるこの群れが、ここ以外の場所からも街に溢れようとしているのは明確であった。
王都に滞在していた冒険者のうち、この
相手の総力がわからない今、消耗戦は避けたいところであった。
「一ヶ所に押し込め!まとめて魔法で焼き払う!」
「無茶言う……!オラッ!」
「
この戦場では一二を争う実力者であろうオリハルコン級冒険者チームが、相手にしていた数体をまとめて魔法で倒した。
すかさず移動し、二体を相手にじり貧の戦いを繰り広げていた
「いいぞ!
ミスリル以上のチームが複数居たのは幸運だった。
安心感すら与える実力者から飛んだ檄に、パニックになっていた戦場は少しずつ落ち着きを取り戻していく。
単体では勝利には至らない者達で足止めをし、実力者がその隙に止めを指す。
実力者達だけでは数に飲まれて敗北していたであろう戦場だが、足止めのお陰で一度に複数相手にすることなく、確実に数を減らせている。
負傷や消耗によりじわじわとこちらの戦力は減っていったが、安定感のある戦いへと遷移していった。
「……ッ!住宅街より敵増援!」
「焦るな!落ち着いて対処を……え?」
ベシャリ。
冒険者たちを轢いた黒い塊は、奥の見通せない霧のようにも見えるその不定形の体を膨らませ、広場の中央の噴水を足場にして止まった。
轢かれた冒険者を探そうとそれの通った道に目をやったが、引きずり千切れた霧の残滓がわずかに残るばかりで、血や死体の類すら何一つ見当たらない。
一瞬にして静まり返ってしまった戦場で、ゴボリ、という粘性のある奇妙な水音が冒険者たちの耳に響く。
膨らみ切った黒い霧の中から、産み落とされるようにして
その数、三体。丁度、
「……人を喰って、アレを産むのか?」
必然的に思い至ってしまったその事実に、全身を氷漬けにされたような感覚に陥る。
その場の誰が動き出すよりも早く、黒い塊の中にボンヤリと浮かぶ三つの赤い点が妖しく光った。それを境に、多くの冒険者が狂気に包まれ──あるものはパニックになって武器を取り落として走り回り、あるものはその場に泣き崩れ、あるものは狂ったように笑いながら仲間へ斬りかかった。
「しかも魔眼持ちか、畜生ォ!」
かけていた支援魔法によって辛くも狂気の視線に抵抗することが出来たオリハルコン級の冒険者チームは、吐き出すように悪態をつきながらそれに向かって走り出した。
特殊効果を持つ魔眼は、それに対応する対策をしていなければそれだけで一方的に壊滅させられてしまうほどの脅威だ。
もっとも有名なのは石化の視線を持つギガントバジリスクだろう。あれに至っては距離による減衰すら起こさず、地平の向こうから視認されただけでも石化してしまう。
アダマンタイト級ですら、対策のない状態で遭遇すれば敗北が見えてしまうのが魔眼持ちのモンスターなのだ。
それが、遮蔽物なしに多数の冒険者を視認できる中央に陣取ってしまった。
狂気に包まれたことによって崩壊した戦線の中で、次々と冒険者たちが
この最悪の展開を打開するには、何よりも先に視線に抵抗できた自分たちが魔眼の主を倒すしかない。
「<剛腕>、<貫矢>!!」
仲間の弓術師が、武技によって貫通力を強化した矢を真紅の光目がけて放った。一時的にでも狂気の視線を止めることができれば、近接戦闘組が懐に潜りこむことができると考えての事である。
しかし、
その霧に触れた矢は、何を貫くこともなく急速に勢いを奪われ、カラン、とその場に落ちる音を響かせた。
矢が届くまでの一瞬の間に間合いを詰めていた戦士は、魔眼の源が潰せなかったことを確認しても足を止めることはしなかった──否、出来なかった。
方向転換をするには近づきすぎていたし、ここで勢いを止めればその隙に狩られるだけだと直感的に気づいていたからである。
真紅の視線がこちらに向けられ、少しずつ支援魔法による抵抗力が破壊されて精神が狂気に侵されていくのを感じながら、身体強化の武技を使って渾身の一撃を叩き込もうとする。
たとえその身が狂気に支配されたとしても、振られた武器は止まらない。
身を犠牲にして魔眼を潰すことができれば勝利だ。
だが、やはりその刃は届かなかった。
振り降ろされた両刃の剣は、噴き出す闇の霧に絡めとられてその場に止まる。
その戦士は、狂気と恐怖に蝕まれながら、覆いかぶさるように広がる敵の姿をぼんやりと見つめていた。
「
その刹那、一瞬だけ広場を眩い光が包み込んだ。
まともにその光を浴びると、
「オラオラァ畳みかけんぞ!!<超級連続攻撃>!!」
のけぞった隙を狙って、岩のような巨体が咆哮と共に滑り込み、強力な連続攻撃を叩き込んでいく。閃光によって闇の霧が剥がれた部分に大部分が命中し、ようやくその本体を見せた化物は、真紅の瞳を揺らしながら数歩のけぞった。
大人二人分はありそうな人型の巨体に、蝙蝠のような大きな翼をもち、実体であるはずなのにどこか輪郭がはっきりしない。体からは常に立ち上る様な闇の霧が生み出されており、また少しずつその体を覆い始めていた。その姿は、
危うく喰われそうなところを助けられた戦士は、自分を助けてくれた援軍が蒼の薔薇であることに気が付いたのだが、既にその体は狂気に支配されてしまっていた。
溢れるような不安感に駆られ、すぐそばにいたガガーランに縋りつく様にして行動を阻害しそうになる直前で、自身の影にずるりと引きずり込まれ、そのまま昏倒させられた。
広場の外には、同じように狂気状態であった冒険者たちが昏倒させられて積み重ねられていた。
ポイ、と最後の冒険者をその山の上に積むと、近くの影からジワリと湧き出るようにして二人の女性が姿を見せた。
「邪魔なのは大体寝かせた」
「乳母役も大変」
「雑魚ごと一掃するわ!超技!
星空のような輝きの大剣から溢れだす純粋なエネルギーの爆発に、広場に散らばっていた
多くは跡形もなく消し飛ばされ、余波を受けるにとどまった者も次々と無事だった冒険者たちによってとどめを刺されていく。
だが、闇の霧を纏いなおした
ゆらり、と真紅の瞳が揺れたのを見て、再度狂気の視線の発動を察知したガガーランは、思い切り地面を踏み抜いて肉薄する。
「気を付けてください!その霧は攻撃の威力を著しく落とします!」
「
冒険者が叫んだ情報を受け、死角から飛び出したイビルアイが再度閃光を生み出し、まとわりついていた闇の霧を消し飛ばした。
虚を突かれた二度目の閃光の瞬間に、
「これで終われや化物ォ!<剛腕剛撃>!」
ガガーランの芯を捉えた会心の一撃が炸裂し、グラリと
確かな手ごたえを感じたガガーランは、そのまま二発目を打ち込もうとして──カウンターの様に振るわれたスイングをまともに受け、思い切り弾き飛ばされていった。
吹き飛ぶ彼女は意識を失ってしまっていたらしく、受け身を取ろうともせずに石畳にたたきつけられた。その衝撃で意識が覚醒したのか、血を吐きながらよろよろと立ち上がろうとしている。
「ガガーラン!」
悲鳴のような声を上げたラキュースが治療のためにガガーランの下へ走るが、
(ラキュースは魔眼に対する完全耐性を持っていない!近づけさせるのはまずい!なら──)
「魔力の残っている者は交代で<閃光>を浴びせ続けろ!魔法の使えない者はなんでもいいから光源を持ってこい!急げ!
(──私が止める!)
イビルアイは短距離転移の魔法でガガーランまでの侵攻ルートに割り込んだ。
彼女は近接戦闘に特化しているわけではないが、伊達に伝説の吸血鬼の名を背負ってはいない。近接戦闘においても、英雄級の人間とまともにやりあえるか、勝利できるだけの身体能力は持ち合わせていた。
他の冒険者の前で肉弾戦を見せるのは正体を隠すうえであまり得策とは呼べないが、ガガーランの復帰までを持たせるくらいであれば。
その考えのもと、闇の霧が剥げた肩の部分に思い切り回し蹴りを打ち込もうとしたが──防がれた。
想定以上の防御力に驚いていると、これまた思わぬ速度で爪による攻撃が飛んできた。振り降ろしの速度、想定される威力は──
(コイツ、最初に見た時よりも──!)
防御よりも反動による回避を優先させるため、大きな衝撃を与える魔法で相手の体を吹き飛ばす。
霧による防御が剥がれている場所に直撃したはずだが、致命的なダメージには至っていないようだった。周囲から断続的に放たれる<閃光>の光から体をかばう様に霧を生み出し続けているためか、最初と比べて体の動きが鈍くなっているようにも見えた。
(クソッ!コイツ、やはり近接戦闘は私よりも強い!いや、
たまらず<飛行>の魔法を使い、距離を取るべく後ろへ飛んだ。
広場を取り囲むようにして陣形を組んだ
治療のために陣形の外に出たガガーランも、すぐに戦線へと復帰できるだろう。彼女一人では抑えきれないかもしれないが、光を絶やさぬようにして自分が補佐に回れば戦いにはなる。
ジリ貧だが、その状態で少しずつダメージを与えていくしかない、という判断であった。
<閃光>役の
時折視界の外から苦無と爆炎が飛び、イビルアイの支援を行っていた。
ギリギリの戦いだが、このままいけば勝利できる。
誰もがそう思い始めた時、
恐怖による硬直で一瞬<閃光>が途切れるも、すぐに控えの神官達による支援で正気を取り戻し──
次の瞬間、背後から迫りくる
「なっ!?」
「嘘!?」
「どこから湧いた!?」
いつの間にか周囲はどこからか現れた
ガガーランは治療が完了していたようで無事のようだが、ラキュースと共に大量の敵に囲まれており、思う様に身動きがとれていないようだった。
殺気を感じたイビルアイが振り向くと、断続的な<閃光>が止んだことで
「
咄嗟にダメージ変換の魔法を使ったが、勢いだけは殺せずに後方へと撥ね飛ばされた。
地面に落ちるまでのわずかな時間に、ふと以前の光景が頭をよぎった。
(あぁ、前にもあったな、こんな事)
少し前の、今にして思えば夢であったかのような、あの体験。
(あの時は一撃で動けなくさせられたんだった。直後に助けられたんだったな……)
一目見ただけで勝利することを諦めた、推定難度一八〇の一つ目巨人。
(アイツほどじゃない。ダメージは魔力で受け止め切れたし、まだ魔力も残っている。だが……)
石畳に叩きつけられそうになったところを、受身を取って体勢を立て直し、相手を見据える。
(私は結局のところ、弱かったんだな。あの時の想起で、恐怖を覚えてしまうなんて)
視界には、追撃を与えるためであろう、こちらに襲い来る底知れぬ闇。
防御も回避も間に合わないと悟り、降りかかるダメージに備えてキュッと目を瞑る。
仮面に隠れて周囲の人々に知られることはなかったが、その表情に先ほどまでの勇ましさはなく、夜の闇に怯える幼い少女のような様子であった。
ゴツゴツした冷たく硬い何かが体を包んだ。同時に、少しの衝撃と浮遊感。
ダメージを受けた感覚は、ない。
「大丈夫ですか?」
言い聞かせる様な優しい声色に顔を上げると、心配そうにこちらを見る黒髪の青年と目が合った。
その姿は、姫の危機を救った騎士のごとき様相。
姫の奇妙な仮面さえなければ、お伽噺の一ページのような光景であった。
「……サ、サトル?」
ここにおいて、イビルアイはようやく自分がいわゆる
動きを止めて久しい心臓に火が入ったような奇妙な感覚を覚え、わずかに動揺した。
「間に合ってよかった。……いや状況的にはあんまり間に合ってないですね。ここから取り戻します」
ゆっくりとイビルアイを地面に降ろすと、兜のバイザーを下ろし、背負っていた二対の大剣を構えながらこちらを見据える魔眼の主の下へと走っていった。
その様子をしばらく呆けたように見つめていたイビルアイは、サトルの向かう先の存在の事を思い出してハッとなり叫ぶ。
「ま、待て!アイツには狂気の視線を持った魔眼が──」
イビルアイの言葉を裏付けようとするかのように、向かってくるサトルに対して真紅の瞳が妖しく揺れた。
対抗手段がなければ無条件に相手のを狂気の渦に叩き落すその視線は、石畳を砕きながら走るサトルに何の効果も表すことはなかった。
そのまま躍りかかる様にして右手の大剣を振り下ろす。剣を振りぬいて袈裟切りにしようとするが、闇の霧による減衰が想像以上だったのか、途中で刃が止まってしまった。
そのことに怯むことなく、右手の剣を引き抜きながら左の大剣をたたきつける。今度の一撃は闇の霧に触れる直前に炎が上がり、その光によってむき出しになった本体に確かな斬撃を浴びせることができた。
「あ、あれは……!?」
「攻撃のインパクトの瞬間に魔法を合わせることによってそれっぽく見せる、疑似魔法剣だ!」
声のほうを見ると、ドヤ顔で短剣を構えたリュウが仁王立ちしていた。
「リュウ、お前……。いたのか」
「ひどくない?」
周囲を見れば、いつの間にか周囲を囲んでいた
「魔力切れは邪魔だからあっち行ってなさいよ!!」
「別に魔力は切れてない……」
半泣きで捨て台詞を吐き、イビルアイの返事を聞く前にリュウもまたサトルの下へと走っていく。
彼の向かう先では、漆黒の全身鎧に身を包んだサトルが大剣を振りかざし、闇の権化ともいうべき存在と一進一退の攻防を繰り広げているのが見えた。
漆黒の鎧に施された金の意匠が、闇に包まれた王都に齎された一縷の希望の象徴のように映り――
(……がんばれ、さとるさま)
王都編エピローグがなんか違うってなって書き直していますが、どうしてもギャグに行きついてしまう。なんでだ。