”CALL” me,Bahamut   作:KC

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祝!アニメオーバーロード続編!




でも私は結局総集編は見に行けてません。


7) Call, spirit of "Odin"

 

 

 

アリの巣のように、上下左右と縦横無尽に洞窟が伸びている。

その土肌には、自然の洞窟であるならば見当たるであろう地中生物の生活の跡や砂利や小石等といったものが一切見られない。

まるで土色の粘土をくり抜いて作られた模型のような違和感がある。

光源もなく、数メートル先を見渡すことすら困難な洞窟の中を猛然と駆け抜ける一つの光。

<永続光>の魔法がかけられたカンテラを持ち、何かから逃げるように走る蒼の薔薇一行であった。

 

必死に走る彼女たちの後方からは、轟々と地響きを鳴らしながら壁が迫る。

 

……いや、壁ではない。壁のように見えるほど隙間なく這って次々と追いかけてくる、赤い蛇の群れだ。

 

一体一体は大した難度の敵ではない。毒は持っているものの、対処さえ間違えなければ一介の村人ですら殺すことができる、モンスターというよりは害獣に分類される程度の蛇だ。しかし、百や千では済まない圧倒的物量と、数を減らそうと中途半端な攻撃を加えれば仲間の死骸を媒介に増えるという厄介すぎる性質が、群としての難度を格段に押し上げていた。

 

ユグドラシルのゲーム内では赤蛇の群れ(レッドスネーク・スウォーム)と呼ばれる五〇レベルのモンスター。倒すためには範囲攻撃で全ての蛇を一撃で葬る必要があり、範囲攻撃魔法の使える魔法詠唱者(マジックキャスター)であれば四〇レベル弱でも簡単に撃破できるいいカモだが、範囲攻撃の少ない近距離戦闘職には天敵とも呼べる相手である。

 

蒼の薔薇の面々は知る由もないが、クリュードも遥か昔レベルを上げていた頃、このモンスターに無残に食い散らかされた苦い過去があった。

 

開けた場所での戦闘であれば、ラキュースの()()()である広範囲攻撃で一掃できたかもしれないし、イビルアイの魔法やティア達の忍術を同時に使えば撃破も可能だったかもしれない。

しかし、彼女たちの走るこの通路は細く伸びた洞窟の内部。無暗に高威力の一撃を放てば洞窟自体が崩落してしまうかもしれないし、曲がりくねった通路が障害になり全ての蛇を攻撃に巻き込めるとも限らない。その上……逃げている彼女達は預かり知らぬ事実であるが、彼女達を追う蛇の群れは、イベント用に通常よりも蛇が増量された特殊個体であった。

結局、倒すことは諦めて只管逃げの一手を打つしかなくなり、現在に至る。

 

 

 

 

一つ目の試練を乗り越え、十分な休息をとって再度通路を進んだ先にあった二つ目の扉。

くぐった先にあったのは通路の美しさとはあまりにも不釣り合いな洞窟の入口。ご丁寧に入り口には<永続光>の施されたカンテラが用意されており、どうぞ頑張って探索してください、と言わんばかりであった。

警戒しながら突入してみれば、敵どころか鼠一匹存在しない不自然な洞窟。非常に曲がりくねってはいるものの、()()()()()()()目立った分かれ道も見つからない奇妙な作りをしていた。

 

上に下に、右に左に。方向感覚が段々と狂っていく中、たどり着いた洞窟の最奥部には飾り気のない宝箱。守護するモンスターも罠の一つも存在しない宝箱を開けると、先の部屋にあったのと同じ円盤のもう半分が入っていた。

今度はやけにあっさり手に入ったものだと顔を見合わせ、来た道を戻ろうと後ろを振り向いた瞬間。

空になった宝箱が急に跳ね上がり、下から赤蛇の群れ(レッドスネーク・スウォーム)が湧き出してきたのであった。

その場でしばらく戦闘を試みたものの、後から後から湧き続ける蛇の群れを見て撃破を断念。その場から逃げることと相成った。

 

 

いざ逃げ出そうとしてからが大変だった。

入口から奥へ進む際は見当たらなかった分かれ道が増えており、間違った道の先は元の場所に戻されたり、ひどい場合は行き止まり。

行き止まりにぶち当たった際は、後方に迫る赤蛇の壁を搔い潜り元の道に戻らなくてはならないという鬼仕様。小さめの範囲攻撃で蛇の群れに穴を開けて突破しようにも、数が多すぎて攻撃を完全には避けきれない。

結果、小さなダメージの蓄積と、抵抗に失敗した様々な状態異常(蛇の毒)に、じわりじわりと体力を奪われていく。

 

職業上毒の類への抵抗力が高いティアとティナ、アンデッドであるがゆえに毒物に完全耐性を持つイビルアイはともかく、ラキュースとガガーランは大量の毒が蓄積し、治療をした後からどんどんと積み重なる毒にジリ貧の状態となってしまった。

結局、継続的にダメージを受ける毒以外の治療はいったん後に置き、全ての毒に対して抵抗が可能、かつ筋力的にも体力的にも余裕のあるクリュードがぐったりとした二人を担いで走り続けることになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見えたぞ!出口だ!」

 

 

 

 

カンテラをもって先頭を走っていたイビルアイが声をあげる。一五分以上の全力疾走を強いられ、度々蛇の壁に穴を開けるための忍術を使用していたティアとティナは、体力魔力ともに尽き欠けてしまい、まともに動けなくなった……というていでクリュードの翼に垂れ下がって運ばれている。

 

疲労無効の装備がないことを心配してクリュードが声をかけたとたん、カンテラをイビルアイに投げ渡し、「もうだめだー」と言い出して跳び乗って来たのである。

エモーション一つ出さず、とても棒読みであった。

 

結局、クリュードは右腕でガガーラン、左腕でラキュースを抱え、翼にはティアとティナを引っ掻けて走ることになった。

 

クリュードからしてみればハラハラしっぱなしの状況だ。翼にぶら下がる二人はともかく、両腕に抱えている二人に関しては落とさないようにしっかり抱え込んでいるため、ガッツリ胴体を掴んでいる。間違いなく二人のコンソールにはハラスメントの通報ウインドウが出ているだろう。

行動不能の麻痺毒状態なので体は動かせないだろうが、強制ログアウトや警告ウインドウの操作といった緊急コンソールの類は思念操作が可能だ。

下手な手の動かし方でもして通報されてしまえば、即刻アカウントBANでオサラバだろう。

攻略上仕方がない状況という事で今は見逃されているのだと思うべきだ。右腕はともかく、左腕から可能な限り意識を遠ざけようと必死だった。

 

 

「ティア!ラキュースを起こしておけ!」

 

「はーい」

 

 

左翼にぶら下がっていたティアがモゾモゾと移動し、抱えられてぐったりとしたラキュースの胸や腰周りをやけになれた手つきでまさぐる。

動くたびにこちらも体が当たって気が気でないのだ。早くしてほしい。

 

 

「ポーションが見当たらない。よく探さなきゃ」

 

「……ッッ!!………!」

 

 

ラキュースが声にならない声を上げている。"激怒"のエモーションを浮かべ、小刻みに震えているようだ。

クリュードには分からなかったが、ティナの目には額に青筋を浮かべ怒りと羞恥心で顔を真っ赤にした、血走った目でティアを睨み付けているラキュースがしっかり映っていた。

 

 

「……ティア、ボスが激おこ」

「堪能した」

 

見当たらないとはなんだったのか、ティナの声を聞いたとたんポーションを見つけ出してラキュースの口元へ運ぶ。

ポーションを飲み干すと体を少し震わせ、動きを確かめるように抱えられたまま器用に伸びをしながら大きく深呼吸をした。

 

 

「ティア、後で覚えてなさいよ……」

 

「ヒェッ」

 

「ポーションの場所がわかりづらかっただけ。不可抗力」

 

何処から出てきたのかわからないほどドスの効いた低い声で呟かれ、ちょっとだけ後ろ暗い部分のあるクリュードは思わず怯んだ。言われた本人のティアは悪びれずに飄々としている。

 

 

「おい!バカやってる場合じゃないぞ!ラキュース!洞窟を抜けたらそのまま入口に魔剣を叩き込んで洞窟ごと潰してやれ!」

 

「了解!ティア、場所変わって!クリュードはそのまま走ってて!洞窟を抜けても体の向きを変えないでね!」

 

 

走り続けるクリュードの上でワサワサ位置の入れ替わりが行われる。これまた足が首にかかったり腰が耳元を通過したりと密着状態が続いて気が気でない状況になるが、にやけそうになった途端天罰とばかりにラキュースが背負っていた魔剣の腹が鼻先にごつんと当たる。ダメージはないが心が痛い。

 

 

「あっ!?ご、ごめんなさい……」

 

「いや、いい。体勢はそれでいいのか」

 

「ええ。結構反動が大きいから、しっかり押さえておいてくれる?」

 

 

頷いて了承を伝えると、背中を支えるように左腕を回す。ラキュースはクリュードの左翼と左肩を脚で挟むように体を固定し、ティアとティナが足元を固めるように巻き付いている。何処かの国の雑技団さながらの体勢だ。

端から見れば滑稽だろうが、ラキュースは真面目な顔で魔剣に魔力を込め始める。右腕よ、とか堪えて、と言った消え入りそうな呟きが聞こえるが、副作用の大きな技を放つつもりなのだろうか。

そうこうしているうちに、洞窟の出口が目の前まで迫る。

 

 

「洞窟出るぞ!…三、…二、…一、今!」

 

 

「超技!暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)ォオ!!」

 

 

カットインでも入ったのではないかと思うほどの見事な叫び声と共に、ラキュースの持つ漆黒の大剣から魔力が膨れ上がり、無属性の爆発を引き起こした。闇夜に煌めく流星群のような光の筋が広がり、一同を追いかけていた大量の赤蛇と共に洞窟外壁に大きな衝撃波が襲い掛かる。

横目で見ると、複数個所に当たり判定があったのか洞窟外壁のあらゆる場所からダメージを表す赤い数字が滝のように流れ出し、閾値を超えた外壁は大きな音と砂埃のエフェクトを上げて崩れ落ちた。

 

上手いこと爆発の余波と崩落に全てを巻き込むことができたのか、崩れた洞窟の跡地から赤い蛇が這い出てくることはなく、何事もなかったかのようにクリュードの視界に安全地帯化した証のアイコンが表示された。

 

 

「……決まったわ」

 

 

そう小さく呟くと、振りぬいた魔剣をまるで付いた汚れを払うかの如く大きく振って持ち直す。そのまま憂いを湛えたような瞳で崩れた洞窟の跡を見つめる。まるで戦いの後に犠牲者たちの魂の安息を願う戦乙女(ヴァルキリー)のごとき様相だ。重戦士を抱えた竜人に斜めに跨って忍者に腰回りを固定されていなかったら完璧だった。

 

周囲の緊張感が解けたのを確認して、イビルアイが息を吐く。長い時間まともに先も見通せない閉鎖空間を走り続けたこともあって、少々げんなりとした様子だ。ぐるりと周りを見渡して、虚空を見つめて固まったラキュースと愉快な仲間達に目を止める。引きで見ると非常に滑稽だ。

 

 

「……曲芸師みたいになってるな」

 

「ほっとけ」

 

 

クリュードも抱えていたガガーランを下ろし、身をかがめてラキュース達を降ろす。

久々に軽くなった肩を回す。仮想の体にコリが来るわけもないのだから回す意味は特にないのだが、気持ち的な問題だ。

 

 

「また迷惑かけちゃったわね。運んでくれてありがとう」

 

「乗り心地はそこそこだった」

「乗車賃は移動時のお触り分でお願い」

 

「ッ!」

 

「あなたたちねぇ……」

 

 

怒りに体を震わせ俯いたまま目元に手をやるラキュースは、もう我慢ならんと言わんばかりにティアとティナに拳骨をくれてやり、滾々と説教をし始めた。見透かされたことにドキリとしたが、上手いこと自分から話題が離れていってくれたので、忍者姉妹を犠牲にしてそのままその場を流す。

逸らした視線の先では、イビルアイに治療されたガガーランが起き上がりながら体の具合を確かめている所だった。

 

 

「大丈夫か?」

 

「あぁ、すまねぇな。クリュードもありがとよ。重かったろ?」

 

「最初の部屋の事を考えれば全然楽だったさ」

 

「ちびさんも走りっぱなしだったんだろ?小さいうちからキツい運動しすぎると成長しなくなるっていうからな、気を付けろよ」

 

「こンのッ……グッ……ハァ。まぁいい。さっき洞窟の中で拾ったのと合わせて探すべきものはそろったみたいだしな。……あっちの説教が終わったら最初の大扉まで戻ろうか」

 

 

走り続けて少しだけ気疲れしたイビルアイは、説教されている二人には悪いが少しでもラキュースの説教が長引くよう祈りながら休憩し始めた。

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

 

 

初めに見た、幻獣達の姿が彫られた豪奢な大扉。その前に設置されている石碑の前で、探し出してきた円盤を手に仲間達を振り返る。

 

 

「開けるわよみんな。準備はいい?」

 

「もう何が出てきても驚かんよ私は」

 

「……せっかく神話みたいな世界にいるんだし、神様の一柱にでも会えないかしら」

 

「勘弁してくれ……これまでの難敵で私はもう十分だぞ」

 

「ちびさん以上の存在がゴロゴロしてたしなぁ。いろいろと基準がぶっ壊れたぜ」

 

「神降臨?」

「サインもらおう」

 

「サイン……」

 

「なんでちょっと欲しそうなんだラキュース」

 

 

小さな笑いと共に、息を吐いて気持ちを切り替える。ちらりと仲間達を確認すると、既に何が起こってもいいよう皆武器を構えていつでも戦闘に移れるようにしている。この遺跡では圧倒されっぱなしだが、数々の修羅場を乗り越えてきたアダマンタイト級冒険者なだけあって切り替えは完璧だ。

仲間達の準備が整っていることを確認し、持っていた円盤を石碑にはめ込む。

円形の溝にピタリとはまった円盤は、まるで抵抗を感じさせない動きでくるりと回転し、薄い光が漏れだす。漏れ出した光はそのまま石碑から続く溝を伝い、扉に掘られた紋様の溝を駆け巡るように広がり、大扉に掘られた紋様全体が美しく輝きを放った。

紋様が光り輝くと同時に、大扉に彫られた幻獣達の目が妖しく輝いた。幻獣達は扉の中で位置を変え、まるで道を開けるように両側に整列するような模様に変化した。

扉の紋様が変化すると、ズシンと響く大きな音と共に大扉がゆっくりと奥へと開かれていく。

 

扉の奥に広がる光景を見て、蒼の薔薇は思わず息を呑んだ。

 

 

 

 

そこに広がっていたのは、まるで玉座の間とでも表現するべき荘厳な広間であった。

 

 

使用されている石材の色の違いを利用した美しい幾何学模様が施されている床は、踏み入れるのを躊躇してしまうほど汚れ一つなく磨き上げられている。奥には多くの燭台で装飾された祭壇がおかれており、その祭壇に向けて豪華な刺繍が施された深紅の絨毯が真っ直ぐと伸びている。広間はとても広く、王国の正規兵すべてを整列させることも可能だろう。

天井を見上げればいくつものシャンデリアが吊られ、宝石のようにカットされた水晶が蠟燭の光を反射して幻想的な光のカーテンを下している。

広間の中央に浮かべられたシャンデリアは周囲の物と比べても一際大きく、まるで輝く玻璃の花畑と見まがうほどの細工が施されていた。

 

そんなシャンデリアに照らされた広場の奥の祭壇には直径一m位の黒い包みが安置されており、その後ろに象牙色の下地に金色の刺繡が施された絹のローブを羽織る人影があった。顔が隠れるようにすっぽりとフードをかぶっているが、その下に見える顔には目や耳が見当たらない……まるでマネキンのような姿だった。

 

 

「……あそこにいるのがこの神殿の主かしら?」

 

「立ち位置的にそうっぽいな。ずいぶんツルっとした顔してやがんな」

 

「変な包みもある」

「意味深」

 

「……あの黒いの、魔力が溢れ出てるな。一度に出てくる量はそこまでヤバいわけじゃないが、総量がわからん……減っていないようにすら見える」

 

 

入り口付近から広間の中をうかがったが、ローブの人物に動きはない。意を決して祭壇のほうへ向けて深紅の絨毯の上を歩きだす。

 

広間の中ほどまで進むと、ローブの人物がゆらりと両腕を広げる。目も口もない顔を上げ、あるのかどうかもわからない視線をこちらに向けると、まるで<伝言>(メッセージ)のように……蒼の薔薇がこの遺跡に転移させられた時と同じような個性のまるで感じられない機械的な音声が頭の中に直接響き渡った。

 

 

 

 

 

【生きる世界を越え、縁を紡がんとする者達よ】

 

【縁を紡ぐに相応しき紐帯を示せ】

 

 

 

 

 

<<悪魔の鏡>>

 

 

 

 

 

ローブの人物の言葉を反芻する間もなく使用された特殊技術(スキル)により、祭壇の前に大きな鏡が出現した。

突如現れた大きな鏡は六人の全身をその面に映すと、カメラのフラッシュのようにパッと一瞬光った。突然の光に蒼の薔薇が驚き武器を構えるが、鏡に映る蒼の薔薇は微動だにせずこちらを見つめている。奇妙な違和感と強烈な殺気を感じたイビルアイが、反射的に鏡に向けて攻撃を仕掛ける。

 

 

<水晶の短剣>(クリスタルダガー)

 

 

生み出された短剣を鏡に向けて放つ。一直線に鏡に向けて飛ぶ短剣は何者の妨害を受けることもなく鏡に直撃。ビシリ、という音と共に鏡に大きな蜘蛛の巣状のヒビを作り上げた。

しかし、鏡に映る蒼の薔薇とクリュードの姿の部分だけ不自然にヒビが入っていない。よくよく見ると、まるでヒビの入った鏡の上に絵を張り付けているかのように六人の姿の部分だけきれいにヒビが映っていなかった。

その奇妙な現象に目を丸くしていると、大きな音を立て鏡が崩れ落ちた。――()()()姿()()()()()

 

 

 

「……二重の影(ドッペルゲンガー)か?」

 

「ドッペルゲンガー?」

 

「他者の姿と能力を真似る異形種だ。能力はオリジナルの八割以下になるはずなんだが――」

 

 

 

全てを語り終わる前に、偽物の六人が武器を構える。クリュードは焦って五人の前に出て、踏み込み一つで飛び出してきた自分の偽物と組み合った。

ステータス差で押し切ろうとするが、押し合いは()()()()()()()()()。筋力値が完全に同一でなければ起きない現象だ。

 

 

 

「――こいつ、ステータス完全再現してるぞ!」

 

 

 

相手を弾き飛ばす<バッシュ>を使い、無理やりに自分の偽物を引きはがす。八割再現の相手でも時間がかかるのに、自分と完全にステータスが同じ相手など悪夢でしかない。スキルまで完全再現されているとすれば戦闘に巻き込まれた蒼の薔薇も危険だ。まずは自分の偽物を離れた場所で縫いとめるべきか――

 

そう考え、偽物を弾き飛ばした方向に走り出そうとしたとき、イビルアイから声が飛んだ。

 

 

「クリュード!お前の偽物を抑える前に()()()()()()を消してくれ!偽物と乱戦になったら判別を付ける手段がない!」

 

 

 

声を聞き、急遽飛び出す方向を変える。一歩目の踏み込みで偽イビルアイを消し飛ばし、二歩目の範囲攻撃で偽物の四人をバラバラにする。

あまりにもあっけなく自分たちの偽物が消されたのを見て思わず微妙な表情になる。

 

 

「……俺らよ、最初にアイツ見た時攻撃しかけなくてよかったな……」

 

「本当にな。……ラキュース、偽物と見分けがつかなくなる前に支援魔法使っておけ」

 

 

三歩目にはすでに自分の偽物に向かって踏み出していたクリュードを見失わないうちに支援をかける。魔法が届いた直後のタイミングで、同じ姿をした竜人の殴り合いが始まった。

 

 

 

 

 

 

同じステータス・スキル構成の敵となれば、その勝敗にかかわってくるのはアバターを操作する人間の腕だ。自らの手でスキル回しを考えながらキャラクタービルドをしていったプレイヤーであれば、自分のキャラクターを真似した敵相手に後れを取るようなことはない。特に今回の場合、相手はモンスター用AIだ。プレイヤーキャラクター独特のスキル回しや立ち回りを真似できるわけではない以上、クリュードが負ける道理はない。

しかし、クリュードは武術の経験や心得が有るわけではない。敵の動きを見切って攻撃を避ける事も、敵の急所を的確に攻撃し続けることもとりわけ得意とは言えない以上、少なからず敵の攻撃は受けることになる。

キャラクターをコントローラーでなく自分の体を使うように動かすこのゲームでは、現実世界での格闘の心得がとても役に立つ。プログラムによる動きの補正の少ない通常攻撃時や敵の攻撃の回避において、如何に自分の体幹を崩さず相手の隙と急所を正確に見極める事が出来るかどうか。仮想の体と現実の体のズレの感覚的な補正、スキル回しのテクニックと合わせて、近接職としての序列に大きく影響する項目だろう。

ステータスが拮抗している以上、回避しきれない攻撃を受けた際の消耗は大きい。回避可能な攻撃を全てかわして見せるようなバケモノでもない限り、一対一の戦いはそう連続して行えるものでもないのだ。

 

そこで重要になってくるのが支援魔法である。

ユグドラシルにおける支援魔法は、被支援者のステータスに依存した恩恵が得られるものが多い。

そのため、高レベルキャラクターの戦いの中では低級なものであったとしても、支援魔法の有無が与える影響はかなり大きい。大鎌の道化師(デスサイズ・ジョーカー)との戦いのときもそうだったが、一対一の戦いで苦戦する相手であったとしても、支援があるだけでそれが低級であっても余力を残して戦うことができる。

 

 

祭壇の奥に見えるローブの人物は、最初のメッセージ以降大きく動いてはいないが、話の流れ的にも連戦が待っているはずだ。

各々が自分の偽物と戦って多くのリソースを消費するより、後の戦いに備えられると言った意味でイビルアイの判断は間違いなく最適だろう。

唯一見つかった欠点は、自分と同じ姿の敵が一瞬でズタズタにされたことによる微妙な感情だけだ。

 

 

 

 

数分の殴り合いの末、偽物が倒れ伏す。

戦闘中の支援もあって大きな消耗なく勝利することができた。

戦闘開始前に「チームワークを見せろ」みたいな意味合いの事を言われていた気がするが、十分だろう。

 

継続回復系のポーションを飲み、蒼の薔薇のもとへ戻る。同時に、またも無個性な音声が頭の中へ染み込んできた。

 

 

 

 

【縁を紡ぐに相応しき紐帯を示した者達よ】

 

【我が召喚と喚起を打ち破り、己が物とせよ】

 

 

 

 

祭壇に置かれた黒い包みが開かれ、中から紫色の大きな水晶玉が姿を現す。水晶玉の中には紫炎が揺らめき、見る者を魅了する美しさを湛えている。

先ほどイビルアイが感じた魔力はこの紫炎から湧き上がるように出てきているようだ。ローブの人物が水晶に手をかざすと紫炎はより大きく燃え上がり、あふれ出した魔力がローブの人物に集中し始めた。流れ出る魔力は一層濃密になり、ローブの人物に向けて紫色の揺らめく光として視認が可能なほどとなった。

 

 

 

 

<<神霊招来:軍神(コール・スピリット:オーディン)>>

 

 

 

 

水晶玉より供給され続ける魔力を用いて、ローブの人物が魔法を使用する。

術者を中心に巨大な立体魔方陣が展開され、周囲に光が溢れる。ユグドラシルにおける超位魔法と同じエフェクトであったが、魔法陣の展開時間は驚くほど短かった。展開された魔法陣が大きく広がり、ローブの人物に魔力が集中する。魔法陣を形作っていた魔力の線が集まり、ローブの人物を装飾するように形になっていく。気づけばローブの人物は紫苑色の鋼の鎧に包まれ、右手には炎のような紅の刃を持つ矛のような槍を持った猛き軍神へと姿を変えていた。

 

 

 

「……よかったなラキュース。戦争と死の神様の分霊が相手みたいだぞ」

 

「サインもらいに行く?」

 

「……勘弁してちょうだい」

 

 

 

<<従属騎士召喚(サモン・ナイト)>>

 

 

 

飄々とした二人との掛け合いに構うことなく軍神がぐるりと槍を振るい、その槍筋に残る魔力の残滓に力を込め、魔法陣を完成させる。

新たに紡がれた魔法からは三体の騎士。軍神の身にまとうそれには劣るが、美しい細工の施された白銀の全身鎧を装備しており、白く輝く両刃の剣と、軍神の持つ槍の形状を模した刻印がされたラウンドシールドを持っていた。

 

ブンと軍神が槍をふるい、こちらに向かって動き出す。召喚された三体の騎士は祭壇の前で剣と盾を構えたままその場を動こうとしない。

ひとまず、明らかに強者のオーラを放っている軍神を抑えなくてはならない。まずは防御性能の高そうな鎧を破壊すべく、装備品破壊系の特殊技術(スキル)を中心に使用する。

 

最初の一撃で相手の防御力()を奪う。

 

そのつもりで軍神の懐に飛び込み、渾身の一撃を撃ち込んだ。

 

 

相手が完全な戦闘行動に移る前に撃ち込むことができたこともあり、軍神の腹部からはクリティカルを示す通常よりも大きな数字が飛び出した。

それと同時に鎧に大きくヒビが入り、一部がボロボロと崩れ落ちた。これで防御力を奪うことができたはずだ。続けて自分の使える最高火力のコンボを撃ち込み、短期決戦に持ち込んでしまおうとスキルを放つ構えに入ろうとしたのだが。

 

 

(鎧が直ってる!?)

 

 

ついさっき破壊したはずの鎧はすでに綺麗に修復されていた。

祭壇に飾られた水晶から軍神に絶えず供給されている魔力の揺らぎが、鎧の欠損部分を次々修復している。それどころか、貫通して与えたダメージすらもすごい勢いで回復していっているようだ。

理不尽な回復速度に気を取られてしまい、大きく振るわれた槍に反応できなかった。回避は不可能と踏み、直撃時の威力が低いであろう槍の根元に向けて飛び込む。飛び込むと同時に軍神の側面へ掌底を放ち、蒼の薔薇と祭壇の直線状から軍神を弾き飛ばす。

想定よりも距離を離せなかったが、この際仕方がない。相手がこちらへ踏み込んでくるよりも早く再度懐へ飛び込む。これまでのギミックの傾向を見るに、間違いなく蒼の薔薇に祭壇の水晶を何とかしてもらう必要があるのだろう。

今の自分の役割は、ギミック解除後のためにリソースを残しつつ、軍神が蒼の薔薇のほうに向かわないように食い止めておくことだ。隙を見て水晶を守る騎士を倒せればいいのだろうが、一瞬でも背を向ければ致命の一撃を食らってしまうだろう。蒼の薔薇が何とかしてくれることを祈るしかない。

常時発動型特殊技術(パッシヴスキル)の一部を生存優先の物に切り替え、目の前の敵に集中し始めた。

 

 

 

 

 

 

―*―

 

 

 

 

 

「あの鎧、砕いた隙から元に戻りやがったな……」

 

「あのままじゃジリ貧よ。また何かやるべき事があるかしら」

 

「……祭壇の水晶だろうな。水晶からとんでもない量の魔力供給を受けてる」

 

「で、あの三体が守ってるってわけか」

 

「難度一〇〇の騎士三体。……やれるか?」

 

「やらない選択肢はないでしょう」

 

 

視線を合わせて頷くと、祭壇の前から動かない三体の騎士へ向かっていく。

いつもの通りガガーランが飛び込もうとするが、相手は格上の騎士三体。いつもの戦い方では先にガガーランが潰されてしまうだろう。少々変則的だが、ガガーランと共にイビルアイも前に出る。ガガーランが向かって左の騎士に飛び掛かるのに合わせて、中央の騎士を右に向かって蹴り飛ばした。

右の騎士もろとも吹き飛ばして体勢を崩している隙に水晶に向かうつもりだったが、蹴られた騎士はどっしりと盾を構えて蹴りを受け止め、わずかに後ろに滑っただけだった。想像よりも強固な守りに思わず歯噛みをする。

蹴りを入れた騎士の後ろから、長剣を振り上げたもう一体の騎士が現れた。蹴りの後の体幹がブレた状態のままのイビルアイに騎士の長剣が袈裟懸けに迫るが、イビルアイは涼しい顔をしたまま組み立てていた魔法を発動する。

 

 

<魔法抵抗突破最強化>(ペネトレートマキシマイズマジック) <結晶散弾>(シャード・バックショット)

 

 

魔力を余分に注ぎ込み、威力と抵抗難度を強化した水晶の散弾を放つ。剣を振り上げ、防御を捨てた状態であった騎士はまともに散弾を喰らい大きくのけぞる。鎧の肩当から手甲まではじけ飛び、胸当てには大きな亀裂が入っていた。イビルアイはそのまま騎士の懐に飛び込み、持っていた長剣を遠方へ弾き飛ばす。後方から先ほど蹴りを入れた騎士が斬りかかってくるが、武器をはじいた騎士を引き寄せ盾にする。仲間に対する情がないのか、そもそも仲間意識がないのか。盾にされた仲間にかまわず、思い切り長剣を振り下ろす。イビルアイに盾にされた騎士は、はじけ飛んだ肩当の部分から大きく袈裟懸けに切り裂かれ、盾を取り落として膝をついた。イビルアイはそのまま膝をついた騎士を蹴り飛ばし、斬りかかってきた騎士にぶつける。絡み合ってバランスを崩した二体を巻き込むように<龍雷>(ドラゴン・ライトニング)でまとめて貫いた。

 

袈裟懸けに斬られ、そのまま背後から激しい雷に体を焼かれた騎士は、ビクンと大きく一度痙攣した後ゆっくりと前に倒れ込み、そのまま消えていった。雷に貫かれたもう一体の騎士は煙を払うように剣を一振りすると、イビルアイを切り裂こうと近づいてくる。

 

イビルアイはちらりと仲間達のほうを見やった。

ガガーランとラキュースが騎士に張り付くように戦い、ティアとティナが忍術で相手の動きを妨害しながら致命打を忍術で防ぐ。最初の分断の甲斐あって、有利な戦いができているようだ。油断はできないが、簡単に敗北することはないだろう。

 

 

(焦ってわざわざこいつの間合いに入ってやる必要もあるまい)

 

 

近づこうとする騎士からバックステップで距離を取り、敵の攻撃範囲外からの魔法で着々とダメージを与えていく。

蓄積されたダメージにより騎士の構える盾に歪みが出たのを見計らって、盾ごと<水晶騎士槍>(クリスタル・ランス)で貫いた。

 

 

 

 

 

 

「<爆炎陣>」

「<大瀑布の術>」

 

 

ティアとティナがそれぞれ放つ爆炎と水流で水蒸気爆発を起こし、ダメージを与えつつ騎士の視界を奪う。どこに敵がいるかを探して辺りを窺う騎士の死角から、複数の武技を同時に発動させたガガーランが超級の連続攻撃で一気に攻め立てる。とっさに盾で庇おうとするが、横合いから飛び出したラキュースによって斬り付けられて盾を叩き落されてしまった。最後の一撃が騎士の兜を打ち据えるころには、当初の美しい細工が見るも無残な様子となっていた。

ガガーランがその後のことを考えずに最後の一撃を思い切り振りぬいたのと同じタイミングで、イビルアイの魔法が騎士を貫いた。

そのまま倒れて消えていく二体の騎士に構うことなく、祭壇の水晶へ向けて走り出す。

 

 

 

軍神との戦いを続けるクリュードの方を見ると、多くの傷を受け、今にも倒れそうな状態のまま極限の戦いを繰り広げていた。

 

 

 




原作には<神の化身召喚>(コール・アヴァター)という超位魔法がありますが、
ここで敵のボスが使ったものは「神霊を自分に降ろす」召喚魔法という設定です。

バハムートの相手っぽくアレキサンダーにしようかと思いましたが、
ちょっとスケールがデカすぎたのでおでんさんにお願いしました。



3月中には区切ります。

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