「旅行!?」
9月某日
平日で普通に学校もある今日は珍しく一人で起きて、下に降りると突然母さんに『旅行に行く』と言われた。
どうやら、シルバーウィークを使って遠出するようだ。
「なんだよ急に」
「真姫ちゃん家に誘われたのよ。
とにかく私とお父さんと西木野家で行ってくるから」
あれ?
「俺は?」
「あんた仮にも受験生なんだから家で勉強してなさい。
それに練習もしなくちゃいけないでしょ?」
どうやらナチュラルに俺は除外されたようだ。
「一応、推薦なんだけど...」
結局俺は、推薦状が届いている中で、この街から近いところを選び、家から5キロほど離れた公立大学に進学することにした。
当然頭もいいのだが、幸いなことに最近では野球部にも力を入れているらしく部員も増えてきたという話だった。
「そうやって油断してると一気に置いて行かれるわよ。
ただでさえあんたバカなんだから」
...だれかさんにも同じこと言われたな。
まぁ、初めからこの歳になって家族と出かけようなんて気分にもならないけど。
「ハイハイ、みんなで楽しんできてください」
そう言ってすでに出来上がった熱々のトーストにかぶりついた。
「ねぇ、聞いた?
今度の連休に私の家とあんたの家で温泉旅行に行くらしいわよ?」
朝練を終え、学校に向かう途中真姫が俺に話しかけてきた。
「ああ、今朝母さんから聞いた。
まあせいぜい楽しんでこいよ」
俺は行かないけどそのぶんお前だけでも楽しんできてくれ。
「あんた、行かないの?」
なんだ、知らなかったのか?
行かないじゃなくて、行けないんだけどな。
「ああ、だからお前だけでも楽しんできてくれ」
そう言うと、さっきまで楽しそうに話していた真姫は急に何か考えるような顔をして再び俺を見た。
「ご飯とかどうするのよ」
「ん?まぁなんとかなるだろ」
実際、どうしようか悩んでいたところだが久しぶりに家に一人だけなので、少しワクワクしている自分がいるのも確かだ。
しばらく誰にも文句を言われることなく過ごせるからな。
「わかったわ。
じゃあ私が作ってあげる」
「!?」
真姫は隣からそう言い放つ。
「は?お前も行くんだろ?
無理じゃん」
「だから!私もお留守番してあげるって言ってるの!」
なんでだよ...
せっかく一人でゆっくり過ごせるのにこいつがいたら騒がしくなるに決まってるじゃないか。
「いいよ、悪いし。
お前も行けって」
「なによ。この私が一緒に残ってあげるって言ってるのに素直に聞き入れなさいよね」
そう真姫は偉そうに言い、腕を組む。
「...」
こうなった真姫はなにを言っても動かない。
ったく、変なところで頑固だな...お前は
「いいの!?わるいの!?」
俺が返事をしないと真姫は俺を睨みつけてきた。
「...お願いします...」
俺はこれ以上抵抗することができず渋々頷く。
すると満足したのか真姫はニッコリと微笑み俺をおいてぐんぐん歩いて行くのだった。
そして連休初日
「じゃあ、行ってくるから。
家のことよろしくね。あと机の上にお金置いてあるから、それでご飯とか買いなさい。
あと...」
「わかったから早く行けって!」
玄関で母さんにあれこれ注意事項を聞かされ、これ以上聞いていたら終わる気がしないので無理矢理終わらせたところで、母さんはようやく荷物を手に持った。
「それじゃあ行ってくるから、真姫ちゃん。
ヒロのことよろしくね」
「はい!こっちは任せてください」
「あ、あと...」
「?」
そう言って母さんはなにやら真姫に耳打ちをしている。
「!///」
「じゃあ行ってきまーす」
ようやく母さんは父さんと西木野家が乗っている車に乗り込み俺たちが見送る中、駐車場から出て行った。
ちなみに、翼も残ると駄々をこねていたが真姫の父さんと母さんに無理矢理連れて行かれた。
かわいそうに...
「そういえば、母さんになんて言われたんだよ」
「///な、なんでもないわよ」
そう言って真姫は顔を赤らめ一人で家の中に入って行った。
「...なんで怒ってんだよ」
最近のこいつはよくわからない...
俺は一人愚痴りながら真姫の後を追いかけ家の中に入り、玄関のドアを閉めた。
「わたしこれから練習だけど、あんたはどうするの?」
母さんたちが出かけたあと、二人リビングで朝ごはんを食べていると真姫がそんなことを聞いてくる。
「うぉうしおっかな(どうしよっかな)」モグモグ
「ちょっと!食べながら喋らないでよ」
とりあえず真姫が家にいないなら部屋でゴロゴロしていてもいいのだが今日はなぜか目覚めが良く二度寝する気分にはならない。
俺は口に入っていたものをカラにして真姫に話す。
「野球部に顔でも出してこよっかな...マルも誘って
ていうか、お前今日どうするんだ?泊まるのか?」
ちなみにマルとは俺の幼稚園の頃からの友達のこと。
真姫とも面識がある。
「///あ、あたりまえでしょ!
ご、ご飯とか作らないといけないし...掃除とかあんたできないでしょ?
不器用なんだから」
「いやいいよ。悪いし...」
ぶっちゃけ女の子一人男の家に泊まるのはどうかと思うけど...
まぁこいつとは小さい頃から一緒にいるため、今更意識するのもおかしなはなしだが...
「///う、うるさいわね!
わたしはおばさんから頼まれたの!
あんた一人じゃ家が汚くなるからって」
なんだよそれ...
俺だって本気を出せば掃除くらいできる。
まあ進んでしようとは思はないけど。
「わかったよ。
とりあえず、着替えはないから家から取ってこいよな」
「わかってるわよ」
そう言って真姫は自分の服のポケットの中を手を突っ込み何か探している。
「あれ!」
すると、真姫が急にハッと顔を上げ声を出した。
「どうしたんだよ」
「鍵...家の中に忘れちゃった...」
「は?」
真姫はそう言ったあと体のあちこちを触り再び鍵を探すがどうやら見つからなかったらしく涙目で俺を見てきた。
「どうすんだよ!お前ん家しまってんだろ?
何もとれねーじゃねーか」
「///しょ、しょうがないでしょ!
忘れちゃったんだから」
こいつがこんなミスをするのは珍しい。
一度状況を整理しよう。
今真姫は私服で俺の家に来ている。
持っているものは財布と携帯だけ。
親たちはすでに出かけてしまった。
鍵がないため、家に出入りすることができない。
ダメだ、家に入れない時点で色々詰んでいる。
「はぁ〜何やってんだよ...
まぁとりあえず母さん達週末には帰ってくるからそれまでどうにかしないとな」
俺の家のものでカバーできるものはある。
しばらくはそれで我慢してもらうしかない。
「とりあえず下着とかは母さんの使えよ。
服も私服なら母さんの使ってもいいだろうし、練習着とかなら俺がジャージかしてやれるし」
「///あ、あんたの服を?」
なんだよ、嫌だってのか?
「まぁ、嫌なら母さんのジャージでもいいけど」
「べ、別に嫌とは言ってないでしょ!
あ、あんたのでいいわ」
真姫は偉そうにそう言ってくる。
とりあえず大半は母さんのものになるだろうけど我慢してもらうしかない。
...なんだか朝からドッとつかれた。
「...なんで真姫ちゃんがお前の服着てんだ?」
午前9時
家から出た俺たちはマルと待ち合わせしていた公園に来ていた。
「色々あったんだよ...
ほら、さっさと行こーぜ」
そう言って学校に向かって歩き出す。
ちなみに真姫の格好は上と下は俺のグレーのジャージ。
サイズもでかいため少しダボっとしていた。
靴もないため俺のランシューを履いている。
うん、違和感マックスだ。
「あんた今日何時に帰ってくるの?」
「ん〜まだわかんねー。
もしかしたら夕方まで練習するかもな」
「そう、じゃああんたが帰ってきたら買い物に行きましょ」
「え?」
真姫は歩きながらそう言ってきた。
「だって冷蔵庫の中見たけど材料がないんだもの」
「え?何?お前らもう同棲とかしてんの?」
俺たちのやりとりを見て勘違いしたのか、マルは隣で驚いたようにそう言った。
「違うよ、さっき俺たちの両親が旅行に行ったんだ。
だから週末までこいつがご飯とか作ってくれるんだと」
「う、うらやましい...じゃなくてずるいぞ!
だったら俺も今日からお前の家に住み着いてやる!」
「ハイハイわかったから急ごうぜ」
意味不明なことを言うマルを適当になだめて俺たちは再び学校に向かって歩き出した。
歩くこと数分...
ようやく学校にたどり着いた。
「おーい!真姫ちゃーん!」
「?」
振り返るとこちらに向かって手を振る穂乃果が見えた。
隣には海未と小鳥もいる。
「穂乃果、海未、小鳥...」
あいつらの姿を見て、真姫はポツリと呟く。
自分の格好を見られたくないからか真姫は俺の後ろに隠れた。
「「おはよう!」」「おはようございます」
「あぁ、おはよう」
すぐ近くまで来た穂乃果達に挨拶を返した。
相変わらず元気だな。
というより久しぶりにこいつらを見た気がする。
「あれ?真姫ちゃんどうしたの?その格好」
穂乃果が真姫のいつもと違う服装を見て疑問に思ったのか、首をかしげながら聞いてきた。
「まぁ、色々あったんだよ。
じゃあ俺たち行くから、真姫をよろしくな」
「んーあやしい...」
最後まで穂乃果は何か言っていたが、これ以上深く聞かれるのはめんどくさいため俺はマルを連れてさっさと野球部のグラウンドに向かった。
「ただいま〜」
自宅のドアを開け、言い慣れたセリフを家の中に向かって発する。
携帯で時間を確認すると時刻は13時になっていた。
結局、俺たちは午前中だけ野球部の練習に参加させてもらって、そのあとはマルと別れてまっすぐ家に帰ってきた。
今まで動いていたし、昼時ということもあるのでかなりお腹が空いている。
「以外と早かったのね。
ほら、さっさと着替えなさい」
家の奥から出てきた真姫がそう言ってくる。
「なんだ...もう帰ってたのかよ」
μ'sは夕方くらいまで練習するのかと思ったのに...
せっかくの『真姫がいない間、家でゴロゴロしよう大作戦』が台無しじゃないか。
「なによ、私が早く帰ってきて残念なわけ?」
…なんでわかったんだよ。
ったく、お前のせいでこっちは朝から疲れてんだ。
少しは休ませてくれ。
「そうじゃないけど、腹減ったし買い物に行くなら飯を食ってからにしようぜ?」
真姫に悟られまいと思い、少しだけごまかした後に俺が提案する。
「お昼なら外食にしましょ。
その後直接買い物に行けばいいわ。
言ったでしょ?食材が無いって」
なるほど…一理ある。
というか母さんも、旅行に行く前に冷蔵庫の中くらい補充してから行ってくれよ。
まぁ、俺が料理をするわけがないから母さんもお金だけ渡したんだろうけど。
「ほら、早く上がりなさい。
着替えならもう準備してあげてるから」
玄関で突っ立っている俺に真姫が早く上がるように促してくる。
「勝手に人の部屋に入んなよ」
服を用意してるってことは、こいつはまた俺の部屋に勝手に侵入したってことだな。
「なによ今更。
それとも、私に見られてまずいものでもあるわけ?」
今まで何百回と俺の部屋に侵入しているこいつには、部屋にある俺のものを全て把握されている。
そのため、俺はエッチなものの類は置くことができないでいた。
それでも俺だって男だ。
この間からマルに借りているエロ本を、こいつにバレないようにこっそり部屋の中に密入し、ベッドの奥の奥に隠しているのだ。
「あるわけねーだろ。
まったく、お前にはプライバシーというものがだな…」
「それじゃあベッドの下に大事そうに隠してあるあれは何?」
「…」
真姫はニッコリと微笑みながら俺にそう言い放った。
今までの俺の苦労はなんだったのだろう...
これからはもっと、工夫しないとこいつの目を誤魔化すことなんてできないのかもしれない…
そんなことよりまず、目の前の真姫をどうにかしないといけない。
人間、隠していた悪事がバレるとこうも焦ってしまうものなのか。
「あとで話があるから。
それよりまずは着替えてさっさと出かけましょ」
俺があーだこーだ言い訳を考えていると、真姫はそう言ってくるりと後ろを向き、リビングの方へ歩いて行った。
「…はい」
俺は逆らえるわけもなく、力なくそう返事をするしかなかった。
「あんた今日何が食べたい?」
スーパーの野菜売り場で食材を見ながら真姫が聞いてくる。
俺たちはあれから大型ショッピングモールに向かい、食事を済ませたあと、少しというか大分遊んで、いい時間になったところでいえへの帰り道にあるスーパーに寄って買い物をしていた。
「じゃあカレーで」
「また?まったく、あんたカレーかハンバーグしか言わないわよね」
「お前が食べたいものを聞いてきたんだろ」
真姫が呆れたようにそう言ってきた。
まぁ、確かにカレーとハンバーグが大好物で、食べたいものを聞かれたらそれしか答えたことがないのだが。
そのあと、真姫は顎に手を当てう〜んと唸りながら次々と食材を俺が持っているカゴの中に放り込む。
俺から見れば野菜なんてどれ選んでも一緒な感じがするけどな。
迷ったところで結局腹に入れば皆同じだ。
そうこうして、カゴの中が満パンになりようやく、真姫はレジに並び始めた。
午後5時
いつもなら家でゴロゴロしている時間だが、今日は夕日で紅く照らされた道をレジ袋を持ったまま、真姫と二人で歩いている。
ちなみにレジ袋を持っているのは俺だけ…
真姫は手ぶらで鼻唄を歌いながら俺の隣を歩く。
「なぁ、ちょっとは手伝うとかないの?」
食材が満パンに詰まった三個のレジ袋を長時間持ったまま歩いているため、腕が痛くて仕方がない。
こいつはこいつでそんなこと御構い無しにぐんぐん歩いて行くし…
「男の子でしょ?
ほら、もうちょっとだから頑張って」
どうやら手伝う気は無いらしい。
俺はハァとため息を1つ吐き、家まであと少しということもあるため力を振り絞って再び歩き始めた。
ドサッ
「あ〜疲れた!」
ようやく家に帰ってきて玄関に荷物を置いたところでひと段落する。
手には袋がめり込んでいた跡がくっきりと残っていた。
「だらしないわね。
というか、台所まで持って行ってよ」
こいつには頑張った俺に労いの言葉をかけるとか、感謝の気持ちというものがないのだろうか。
俺は袋の中からキンキンのアイスクリームを取り出し、廊下を歩いている真姫に近寄り、首筋にそれをちょんとつけた。
「きゃっ!」
真姫は声をあげビクッと体を震わせる。
「バカだな、油断するからだよ。
これに懲りたら今度からはちゃんと俺に感謝の気持ちを持ってせっ…」
そこまで言って異変に気付く。
こっちを振り返った真姫が顔に影を作り肩を震わせながら近づいてきている。
何やら怒りのオーラみたいなものを纏って…
「な、なんだよ...
ちょっとイタズラしただけじゃないか...ハハッ
お、怒ってないよね?
真姫?真姫ちゃーん?」
俺がそう言っている間にも真姫はどんどん近づいてくる。
というか、短気にもほどがあるだろ!
なんで俺にだけこんなにつっかかるんだよ!
もっと他のやつみたいに接してくれたらどれだけ嬉しいか…
ダッ
俺は自分の危機察知能力に従い玄関のドアを開け外に脱出した。
「あ!待ちなさい!」
そう言って真姫も追いかけてくる。
バカだな、お前が運動で俺に勝てるわけないだろ。
これからどうやって真姫をなだめようか。
コンビニに行ってあいつの好きなスイーツでも買ってこようかな。
とりあえず、これ以上鬼ごっこを続けるのもしんどいので俺は走りながら真姫にメールをする。
『すいませんでした。ちょっとコンビニに行ってきます。
すぐ帰る。』
そうメールで送っておけばあいつもさすがに追っては来ないだろう。
なんだよ今日は...
一週間分の疲れをギュッと凝縮した具合に疲れた。
1日でこれだと今週の俺の体はもつのかな...
頼む、母さんたち早く帰ってきてくれ。
真姫が後ろにいないことを確認してから走るのをやめて、歩きでゆっくりコンビニに向かった。