【高山 広 9歳】
「う〜さむっ」
寒さとともに目がさめる。
布団から顔を出すと段ボールの山が目に入った。
そうだった...
昨日、俺はこの家に引っ越して来たんだ。
父さんの転勤で東京まで引っ越して来た俺は、昨日からずっとダンボールの整理をしたにもかかわらず、まだこんなにも荷物が残っている。
新しい家に少しワクワクしている自分がいるのも確かだけど...
半日も荷物の整理をしていたため、いい加減嫌気がさした。
「なんだ、起きてたのか」
そう言ってドアから父さんが顔を出す。
「すぐに着替えろよ、これから近所の人に挨拶しに行くから」
そう言って父さんはドアから消えた。
「...」
季節は春を迎えたばかりだが、外はいまだに肌寒い。
寒いのは苦手だが、不思議と新しい街に興味津々だったため、外に出たくて仕方がなかった。
布団から飛び出し、ダンボームの中の私服を着て、家の階段を降りた。
ピーンポーン
インターホンの音が響く。
今は父さんと母さんとともに、俺の家の隣に挨拶に来ている。
この街に来て一番驚いた。
なんだよ...この豪邸...
俺の家とはえらい違いだ...
「は〜い」
そう言って豪邸から出て来たのは、若くてすげー綺麗な女の人...
え?ここってこの人の家なの?
「あら、待ってましたよ!
ちょっと待ってくださいね、今主人を呼びますから」
そう言ってその人は家の中に入っていった。
そしてしばらくすると
「やっと来たか!
久しぶりだな!」
今度は背の高い男の人が現れた。
「昨日ついて今荷物の整理をしてるところだよ。
今は近所に挨拶に回ってる」
父さんは何やら親しげにその人と会話をしている。
そういえば昨日、隣の人は父さんの親友だって言ってたな...
「まぁ立ち話もなんだ、上がってけよ」
そう言われ、俺たち家族はその豪邸に入れてもらった。
「すげ〜」
家に上がって第一声がそれだった。
大きさも言わんことながら何より内装が『ザ・セレブ』って感じで、言葉を飲んだ。
「君が広くんだね?」
「は、はい」
不意に話しかけられる。
「いやー若い頃のお父さんそっくりだ。
気が向いたらいつでも遊びにおいで」
「ありがとうございます」
「あぁ、そうだ。
おーい、真姫!こっちに来なさい」
真姫?
なんかどっかで聞いた名前だな...
俺が必死に答えを探していると、リビングのドアから紅い髪の女の子が現れた。
「...あ」
その子を見た瞬間、一瞬でその答えがわかった。
昨日、公園の砂場で一人遊んでた子だ。
「なんだ知り合いなのか?」
父さんが聞いてくる。
「うん、昨日公園に行った時に声をかけたんだ」
そして名前を聞いた...
改めて思ったこと...
すげー可愛いな...この子...
「うちの娘の真姫だ。
ヒロくん、仲良くしてやってくれ」
年は俺と同じくらいか、多分年下だろう。
紅く艶の入った綺麗な髪と、紫色の大きな瞳が特徴で見れば見るほど感心してしまう。
うん、将来は美人になることだろう。
「西木野...真姫です...
よろしく...お願いします...」
人見知りなのか、その子はおじさんの後ろに隠れたままおずおずと挨拶を返す。
その後も、父さん同士が友達だったこともあり、しばらく親同士での会話が続いた。
そんな中...
「ヒロくん」
ちょいちょいと俺に手招きする人物...
見るとおばさんが俺にこっちにくるよう促してくる。
「なんですか?」
招かれるままおばさんのそばまで近づいた。
「真姫ちゃんどう?
可愛いと思わない?」
「///...!」
唐突な質問におもわず顔を赤くしてしまう。
「ヒロくんの将来のお嫁さんにどうかなって」
「い、いや...俺はそういうのはまだ...
それに、あの子には俺なんかじゃ釣り合わないでしょ」
それが俺の本心だった。
あんなに可愛いんだ。
俺レベルじゃもったいない。
やべ...悲しくなってきた...
「そんなことないわよ。
ヒロくんかっこいいし」
微笑みながらおばさんは俺にそう言ってくる。
「あの子はね...少し人付き合いが不器用なの。
友達と呼べる人も少なくて...
だからヒロくんが友達になってあげてくれない?」
そう言って今度は少し寂しそうに俺の手を握った。
まぁ確かに、見てたらなんとなくそんな感じだろうなとは思ったけど...
「わかりました」
人付き合いが苦手なら徐々に慣れていけばいい。
俺でよければ練習台にもなるし。
それに人見知りといっても恥ずかしがってるだけで、話してみればそうでもないんじゃないかなって思うんだ。
周りを見渡しその子を探す。
いた、リビングの端の椅子に座って本を読んでいた。
俺はゆっくりと近づき声をかけた。
「なぁ、何読んでんだ」
「...べつに、なんでもいいでしょ」
...前言撤回。
これじゃあ会話が弾まない。
友達もできないわけだな...
「なぁ、本読んでないで一緒に遊ぼうぜ」
「無理よ...私、今からピアノのレッスンがあるから」
「...」
その後も懸命に話しかけるも軽く流され、全く会話が弾むことはなかった。
なんだよこいつ...
こんなの友達になるなんて無理だろ...
しばらくすると、親同士の話が終わったのか、そろそろ帰ることになり、俺たちは西木野家を後にした。
「どうだヒロ。
真姫ちゃんとは仲良くなれそうか?」
隣から父さんが聞いてくる。
「無理だよ。
話しかけても全部流すんだあいつ」
俺はぶっきらぼうにそう言った。
「そ、そうか...
でもな、これからはお前が真姫ちゃんを守らないと」
「なんで俺が」
「なんでもだよ...
真姫ちゃんはお前より年下だし、お前は男なんだ。
だからお前が真姫ちゃんを守るんだよ、わかったか?」
半ば無理やり俺に約束させると、父さんと母さんはまた歩き出した。
それからほどなくして、俺は四年生となった。
あれから1ヶ月近くだったがあれ以来あの子とは会っていない。
会う機会もなかったし...
学校生活は本当に楽しい...
転校生として入学してきた俺にも、みんなは気軽に話しかけてくれてすぐに友達ができた。
そして何より一番嬉しいのは、また野球ができること...
地元のリトルリーグに入った俺は、過去の過ちを繰り返すことはなく、仲間と一緒に野球を楽しんでいる。
そう、俺は今...新しい生活が楽しくて仕方がない。
それからまた時が進み...
俺が引っ越してきて一年が経った。
俺ももう5年生だ。
いつもと変わらない生活でも飽きることはなく、毎日を楽しく送っている。
ただその中で気になることが一つ...
真姫のことだ...
あれ以来、何度か家に行ったり真姫が家族と一緒にこっちの家に来たりすることはあったが、それも数える程だけ...
それ以前に、あいつが外で遊んでいるところなんかほとんど見たことがない。
今でもあいつは一人ぼっちなのだろうか...
住みなれた今になって唯一気になるのはあいつの存在...
「ヒロ〜」
下から母さんの声が聞こえる。
「なに?」
「隣に回覧板届けてくれない?」
一階に降りると母さんがそう言って回覧板を渡してきた。
「隣って真姫の家だろ?」
「そうそう、じゃあ頼んだわよ」
言われた通り回覧板を手に持ち、これを届けるため隣の家に向かった。
「相変わらずでけーな」
玄関の前でポツリと呟く。
確かおじさんもおばさんも医者なんだっけ...
しかも自分たちで病院を経営してるっていうし...
家のデカさに圧倒されながら、俺はインターホンを押した。
ピーンポーン
「...」
いくら待っても出てこない。
その後数回押しても、誰かが出てくることはなかった。
ていうか、ポストに入れときゃいいだろ、こんなもん。
そう思い、回覧板をポストに入れようとしたところで...
♪〜
ピアノの音が家から聞こえた。
「誰だろう...」
俺は自然と音に惹かれ、庭の方に向かった。
♪〜
音の方向に足を進める。
そして中庭から窓をのぞいてみると...
「...!」
そこにはピアノを弾いている真姫の姿があった。
その姿は小学生とは思えないほど綺麗で、俺は自然と窓のすぐそばまで吸い寄せられる。
「...」
ピアノを弾いている真姫は、今まで見てきた中で一番楽しそうに見えた。
なんだよあいつ...あんな顔もできるんだな...
そして演奏が終わったのか...真姫は満足そうに振り返った。
パチパチパチパチッ
「ヴェェ!?」
思わず俺が拍手をすると、それに気づいた真姫がなにやらよくわからない声を上げる。
そのあと、俺がドンドン窓を叩いていると、真姫は渋々といった感じで窓を開けてくれた。
「///あ、あなた!なんでこんなところにいるのよ!」
「すげーな!おまえ!
俺ピアノなんて興味ないけど感動したよ!」
「///…うっ!」
俺の言葉に真姫がたじろいだ。
「おまえピアノなんてできたんだな」
「あ、あたりまえでしょ!
これぐらい...できてあたりまえよ」
真姫は今だにツンツンしながら俺に答える。
「はいこれ、回覧板。
おばさんに渡しといて」
「///あ、ありがと」
そう言って回覧板を渡した。
「なんだ...お礼もちゃんと言えるんじゃないか」
「///う、うるさい!」
そう言うと真姫はふんっとよそをむく。
相変わらず愛想がねぇな、お前は...
「なぁおまえ...」
「おまえじゃない...」
「え...?」
「わたしにはちゃんと西木野真姫って名前があるの!
だから...」
...あぁ、改めてわかった。
こいつは本当に人付き合いが不器用なやつなんだな...
それでも本心は友達は欲しいと思ってるはずなのに、素直になれないせいで、ずっと誤解されてきたのだろう。
「...じゃあ真姫」
「///な、なに?」
「真姫はずっと、家の中で過ごしてんのか?」
俺がそう言うと今度は少しだけ、元気が無くなったように見えた。
「うん...」
「つまんねーだろ?そんなの。
そうだ、これから俺と外に遊びに行こうぜ?
公園に行ったらおまえの知らない遊び、たくさん教えてやるから!」
その言葉を聞いて一瞬目を輝かせたかのように見えたが、すぐに暗い表情になり下を向いた。
「...無理よ」
「...なんでだよ」
「今からバイオリンのレッスンがあるの...
それに勝手に外に出たら...パパに怒られちゃうし...」
それは初めて知ったこと。
なぜ、こいつを外で見ないのかわかった気がする。
周りの環境と、習い事のせいで外に出られないんだ。
こいつもこいつなりに、色々抱えているのだろう。
「お前...それでいいのか?」
「え...?」
真姫は顔を上げ、俺の方を見た。
「それはお前の意思じゃない...
親がどうとか、周りがどうとか関係ない...
お前はどうしたいんだよ?」
「...」
俺がそう言うと、真姫は下を向いたまま黙り込んだ。
ギュ
「え...」
俺は真姫の手を握り、無理やり外に連れ出した。
そして俺の家の玄関に向かい、俺の靴を履かせ家の門をくぐり走り抜ける。
「ちょ、ちょっと!
ダメよ!これからレッスンが...」
「うるせー」
「...!」
未だに戻ろうとする真姫を強引に引っ張りながら真姫にそう言った。
「お前を見てると息が詰まりそうだ。
親の言いなりで、なんでも理由をつけて怖がってるだけだ。
お前はまだ、外の世界を知らない」
「で..でも...」
「たまにはわがまま通してみろよ!
嫌なら嫌ってちゃんと言え!
そんな殻に篭ってちゃ何もできない。
大丈夫、俺が隣についてる!
外がどれだけ楽しいか、今日俺がお前に教えてやる」
そのまま真姫を引っ張り、団地の中を走り抜ける。
「それでもお前は、外に出るのは嫌か?」
走りながら真姫に聞いた。
すると...
「ハァハァ
嫌じゃない!
私もみんなみたいに外で遊びたい!
...お願い!
私を連れてって!」
息を切らせながらそう返してくれた。
やっと、本音を言ったな...
安心した...
お前だってまだ俺たちと同じで子供だもんな...
「それじゃあまずは公園に行こうぜ!」
「ハァハァ...うん!」
俺はそのまま真姫の手を握って、公園までの道を走り抜けた。