《side 真姫
「〜!」///
恥ずかしさのあまり、言葉にならない声が口から出てしまう。
場所はヒロの部屋のドアの前。
お風呂から上がり、リビングに入ると三人の姿が見当たらなかった。
廊下に出ると、二階から三人の話し声が聞こえることに気がついた私は、二階に上がり声が聞こえるヒロの部屋の前でしばらく話を聞いていた。
話の内容は私の過去。
まだ外の世界を知らなかった小さい頃のかつての自分の話。
そんな昔の自分の話をヒロが長々と穂乃果と希に話続けるのが恥ずかしくてたまらない。
「昔のあいつには本当に手を焼いてきたんだ。
まぁ今も大して変わらないけどな」
「ちょっと!それどういう意味よ!」
ヒロの話の途中で我慢できずにドアを開け放つ。
三人は私の方を見て驚いた顔を作った。
「おまえ、聞いてたのかよ」
「普通に聞こえるわよ。
それより、やめてくれる?
人の過去を勝手に話すなんて」
「別にいいだろ?
俺がどれだけ苦労してきたか、聞いて欲しかったんだよ」
「な、なによ!苦労って!
それはこっちのセリフじゃない!」
またいつものように喧嘩が始まる。
売り言葉に買い言葉でいつも口喧嘩になってしまうんだ。
「はいはい、二人ともそこまで。
ええやんか、それぐらいヒロっちが真姫ちゃんのこと気にかけてるってことなんよ」
「ん〜…」
希の制止でそこで言い合いは終了した。
いつもならもっと長引いてしまうところだったけれど、今日のところは希に助けられたわね。
その後、結局泊まるつもりで来た穂乃果たちと一緒にヒロの部屋に布団を敷いて眠りについた。
ちなみにヒロは一人、リビングのソファーで眠っている。
お友達とお泊まりなんて初めて…
寝る前に一緒にお話ししたり、トランプしたり...
今までこんな経験なかったから...
普通の人が経験してるようなこんな出来事でも、私にとっては何よりも楽しくて、嬉しかった。
そうだ...
私が穂乃果達に...
μ'sに入ってみんなと過ごせるようになったのも全部...
ヒロのおかげなんだ...
「ん〜」
喉の渇きで目が覚めた。
今何時だろう...
そう思い、携帯で時間を確認すると、まだ朝の5時だった...
ちょっと早く起きすぎちゃったわね...
とりあえず水でも飲んでこよう。
ガチャ
「zzz...」
リビングのドアを開けると、布団を払いのけてお腹を出しながら寝息を立てるヒロの姿が目に入った。
まったく、どうしたらこんなことになるのよ...
溜息をこぼし、お腹を服で隠してあげて、その上から布団をかけ直してあげる。
「まったく、手が焼けるのはどっちよ...」
ううん、わかってる。
今の私があるのは全部あなたのおかげなんだって。
あなたが私のそばにいてくれたから...
隣でずっと支えてくれたから...
今の生活があるんだって...
きっとあなたはそれを、否定するんでしょうね。
『おまえが頑張っただけだ』なんて言って...
昔からそう...
あなたは優しいから...
自分が傷つくことを知っていても...
犠牲になるのがわかっていても...
誰かのことを助けてきた。
私のことを、守ってくれた。
その行動はいつも、自分ではなく...他人のために...
そんなあなただから私は...
「…」
私は...あなたに惹かれたのかもしれない...
「ねぇ...ヒロ。
あれから、あなたと私の距離は...少しは縮まりましたか...?」
ヒロの耳元に小声で話しかける。
あの日、あの場所から...
あなたと私の関係はちょっとは変わったのかな...
ううん、鈍感なあなたはきっと、多少のことでは気づいてはくれない。
私を意識してはくれない。
それでも...
それでもやっぱり...私はあなたのことが...
「あれ?真姫ちゃん?」
「!!」
振り返ると、目をこすりながらこっちを見ている穂乃果と目があった。
「ほ、穂乃果///
どうしたの?」
慌ててヒロから離れ、何事もなかったかのように振る舞う。
穂乃果は眠たそうな顔をしながらリビングに入ってきた。
「なんだか目が覚めちゃって」
エヘヘと笑いながら私の前で座り込んだ。
「真姫ちゃんは?
どうしたの?こんな朝早くから」
「喉が渇いて起きちゃったのよ」
そう言って立ち上がり、冷蔵庫からお茶を取り出しコップに入れる。
「えいっえいっ」
お茶を飲んでいる途中、何やら穂乃果の声が聞こえた。
「何してるの?」
見ると穂乃果はヒロのほっぺたを何度もつついている最中だった。
「ヒロくん全然起きないんだね」
「そんなんじゃ起きないわよ。
私が毎朝どれだけ苦労してるか」
ヒロがちょっとやそっとじゃ起きないのは昔から。
多分私が起こさなかったら、何度学校に遅刻していることか...
「...真姫ちゃんは本当に、ヒロくんのことならなんでも知ってるんだね」
「...え」
穂乃果はそう言うと、ヒロをつついていた手を止めた。
ヒロのことなら..か...
確かに今日に至るまで随分と長い時間を共に過ごしてきた。
その分、性格や仕草、行動なんかは大体わかってしまう。
でも...ヒロの心だけは、わからない。
一番知りたい部分のはずなのに、それだけはどれだけ頑張っても知ることはできなかった。
「ねぇ真姫ちゃん...
真姫ちゃんはヒロくんのこと..どう思ってるの?」
「...!!」
柄にもなく真剣な表情の穂乃果からの質問。
答えは決まってるけれど、私はそれを口に出せるほど素直な性格じゃない...
「どうも思ってないわよ...
それよりあなたはどうなのよ。
ヒロのこと..好きなの?」
「え?私?」
穂乃果は普段からヒロと仲がいいように見える。
多分μ'sの中で一番...
その穂乃果はヒロのことをどう思ってるんだろう...
「んーどうだろうね...
男の子を好きになったことなんて、一度もないからな...
でも...」
「...?」
「真姫ちゃんが羨ましいって思う時はあるよ」
少しだけ微笑みながら穂乃果は答える。
それはどう言う意味なんだろう...
「ヒロくんはさ...いつも元気で明るくて...優しくて...
一緒にいたらすごく楽しいし...安心するの。
そんな真っ直ぐなヒロくんを見てると、私もこんな風になりたいななんて思う時があるんだ」
やっぱり...ヒロは誰にでも平等に優しい...
私だけが特別じゃない...
わかってたことなのにね...
「好きかどうかはわからないけど...一緒にいたいとは思うよ。
だからいつもヒロくんの隣にいる真姫ちゃんがたまに羨ましいなって思う時もあるな」
穂乃果...
それは...好きってことじゃないの...?
だって私も、ヒロのことをそう思ってるんだから...
「…」
ヒロはどう思ってるんだろう...
穂乃果のことを...
私なら、私がヒロの立場だったならきっと...
心底穂乃果に惹かれていたと思う。
私にはないものを、穂乃果はたくさん持ってるから...
「やっぱり...すごいわね..穂乃果は...」
「ん?何か言った?」
ボソッとつぶやいた声は穂乃果には聞こえなかったみたい。
そうやって素直に自分の気持ちを吐き出せるあなたを見てると、本当に自分が情けなく感じるわ。
きっとヒロも、あなたみたいな人の方が好みなのかもしれない...
「何も言ってないわ...
それよりどうするの?これから?」
これ以上、そんなことを考えたくはなかった...
私は本当に嫌な女だ。
自分の思い通りにならなかったらすぐにそこから目をそらすんだから...
それはまるで、子供が親におもちゃを買ってもらえなくて駄々をこねているような..そんな感覚。
「バァ!」
「うわぁ!」
そんなことを考えていると、突然ドアから希が現れた。
それに驚いた穂乃果は、後ろによろけ、そのままヒロのお腹の上に尻餅をついた。
「うげぇ!」
「あっ」
のしかかられたヒロは、声を上げて苦しみをあらわにする。
「おい真姫...毎回言ってるだろ...
それやめろって...」
いつものように私がのしかかったと勘違いしたのか、ヒロは寝ぼけたままそう言った。
日頃の自分の行動のせいとはわかっているけれど、何もしてないのに怒られるのは少し腹がたつわね...
「あれ?穂乃果...?」
「あはは...ごめんね...
起こしちゃった...」
ようやく私じゃないと気づいたヒロは、状況を確認しようと周りを見つめる。
けれど確認しようとしてもまだよくわかってないみたい...
「とりあえず降りてくれないか?
穂乃果」
「あ、ごめん。
忘れてた...」
ヒロの上に乗ったままだった穂乃果は、エヘヘと笑いながらようやく立ち上がった。
「それじゃ、お邪魔しました!」
そう言って穂乃果と希はヒロに向かって挨拶をした。
あの後、朝食を食べた私たちは準備をして、練習を向かうために今は三人で家を出ようとしている。
「気をつけてな」
ヒロのその一言で穂乃果と希は家を出る。
「真姫」
私も玄関を出ようとしたところでヒロに声をかけられた。
なんだろう、何か忘れ物かしら...
「何?」
私が問いかけると、ヒロは少しだけ考えたそぶりを見せた後
「いや、なんでもない。
気をつけてな、いってらっしゃい」
「?」
そう言ってこっちに手を振った。
なんだったんだろう。
よくわからないけど...
「いってきます」
とりあえず挨拶を返して、私は二人の後を追いかけた。
その日の夜。
前と同じようにヒロの部屋で二人、布団を敷いて横になる。
ヒロはいつもびっくりするくらい眠るのが早い。
横になると五分ほどで寝息をたて始めるくらい。
ついさっき横になったばかりだから、まだ眠りについてはいないと思うけど...
「起きてる?」
「...あぁ」
少し間をおいて返事が返ってきた。
よかった、まだ寝てないみたい。
「明日、ママたちが帰ってくるわね。
どうだった?この連休...楽しかった?」
「誰かさんが鍵忘れたせいで疲れた...」
「まだ言ってるの?
だからあれは謝ったじゃない」
結局、この連休はほとんどおばさんのものを借りて過ごしてしまった。
帰ってきたらお礼を言わないと...
ていうか、このままではいつものようにまた口喧嘩になっちゃうじゃない。
「嘘だよ...
まぁ、いつも通りだったんじゃないか?」
珍しくそれ以上は何も言ってこなかったヒロは、一言だけそう答えた。
いつも通りか...
確かにこれといって何かがあったわけじゃないけど...
「...ありがとな。
家のことしてくれて」
「え..?」
今お礼を言ったのかしら。
『ありがとう』って確かにそう聞こえた。
「そんだけ...じゃあおやすみ」
振り向くとヒロは私と反対側を向いて眠る態勢に入っていた。
昨日、あなたは私のことを妹のようだって言ってた。
俺にとっては家族みたいなもんだって...
でもね...?
私は一度も、あなたのことをお兄ちゃんだと思ったことはない...
だって...私はあなたの中でそういった対象になりたくないから...
あなたがそう思ってるってことは、私はまだ...あなたにちゃんと見てもらえてないってこと...
わかってる...
だからあなたはあの時、私のことをあんな風に説明したの...
それでも、私はいまのこの関係を変えたい...
ちょっとずつでもいいから、私はあなたの一番になりたい...
「…」
この休みの間...
いつもと変わらず、喧嘩ばかりの日々だったけど...
それでもちょっとは進展があったのかもしれない。
焦らずゆっくり行こう。
だって、日々の積み重ねがいつか身を結ぶ日が来るかもしれないんだから...
「おやすみなさい」
私もそう言って再び目を閉じた。
チチチッ
「う〜ん...」
またいつものように朝がやってきた。
「zzz...」
隣を見ると未だヒロは寝息を立てている。
この光景もいつものことね...
今何時かしら...
そう思い時計を確認すると...
「!!」
午前10時を指していた。
こんな時間まで寝たのは初めてのこと。
油断してしまった...
それより、今日の朝には戻るってママから連絡があったんだわ...
二人で寝てるところを見られたらまた何か茶化されるかもしれない。
早くヒロを起こさないと...
「ほらヒロ...起きてよ」
そう言ってヒロの近くに座り体を揺らす。
「zzz...」
しかしいくら揺すっても起きてはくれない。
それどころか、その寝顔を見てるとまた、こっちまで眠たくなってきた。
本当に気持ちよさそうによく寝てる...
寝顔はまるで子供みたいね...
普段はお兄ちゃんみたいに振る舞っているヒロだけど...
今のその寝顔はとても幼く可愛らしい...
そう思うと起こさなければということも忘れて、寝顔を見つめたまま手を伸ばし、頭を撫でた。
「ん〜...」
「えっ...」
すると、ヒロは突然手を伸ばし、そのまま私を抱き寄せた。
「///な、なんで...!」
布団の上でヒロに抱きしめられたまま、訳がわからずそんな声が出た。
寝ぼけているのだろうか...
そのまま再び寝息を立て始める。
「///」
顔が熱い...それはもうかつてないほどに...
心臓の音が聞こえる。
このままでは飛び出してしまうかもしれないほど...
どうすればいいのかわからないまま、しばらくその状態が続いた。
そして、ようやく我に帰った私がヒロの腕から出ようとしたその時...
ガチャ
「ただいま〜
あんたまだ寝て...」
…おばさんがドアから現れた。
一瞬時が止まり、再びおばさんが話し出す。
「ごめんね〜
お邪魔しちゃったわね」
バタン
そう言ってそのまま部屋を出て行った。
「ゔえぇ!?
ちょっと待って!」///
ようやく腕から抜け出した頃にはすでに遅かった。
隣を見ると相変わらず気持ちよさそうに寝息を立てるヒロが目に入る。
「ん〜!」
ゴチンッ
「いって!!
な、なんだ!?」
人の気も知らないで呑気に寝ているこいつに、ゲンコツを落とした。
まったく、なんで私だけこんな目に合うのよ。
殴られたヒロは訳がわからないといった顔を作った。
「起きなさい!
何時だと思ってんの!」
「な、なんで怒ってんだよ...」
私はそう言い残し、部屋を出る。
「///」
未だ顔の熱が治らない。
このままでは沸騰しそうなほど...
それにしてもあいつは寝ぼけて人のことを抱きしめておいて、涼しい顔してるなんて...許せない。
なんでいつもあいつには振り回されてばかりなんだろう...
今もまだ抱きしめられた時の温もりが体に残っている...
「はぁ」
溜息をこぼし、未だ高鳴る鼓動を必死に抑えながら、私は階段を降りた。