後少しでのところでふと、誰かに会えるような気がした。
雲雀なら万々歳だが、骸かもしれない。
ボクは腰に下げていた霧吹きを手をもっと扉に手をかけた。
ゆっくりと扉を開けると一人の少年が居た。
そう現実はうまくは行かないらしい。
藍色の髪を頭頂部で纏めた彼は目を細めて笑みを讃える。
「ようやく、会えましたね」
「ようやく?」
すると彼の目が一瞬だけ光り、蓮奈は思わず胸元に手を当てた。
まずい、と直感し後ろに飛び退くとさっきまで居た場所に槍の先があった。
「やっぱり、襲う、とっ…!!」
距離を置こうと槍を必死に避ける。
避けていられるのも今の間だけだ。鍛えたとはいえこれが続くと体力が無くなって動きが鈍ってしまう。このままでは危険だ。
隙を作って狙わなくては。相手が槍ならば逆に近づくしかない。
蓮奈は水筒を手に取ると片手で蓋を開けた。
そして槍で突いてきたのを躱しざまに水筒を持ったほうの手を大きく振った。
「あ゛っ……!!」
熱湯は骸の服にかかった。このまま服を着ていれば火傷するだろう。
「クフフフフ、中々やりますね……」
上着を脱ぎ捨て、迷彩柄のTシャツを手早く脱いだが早めに決着をつけて体を冷やしたほうが彼のためにはなるだろう。
距離を置くと、ボクはせめてもと交渉を持ちかけた。
「交渉をしましょう。ボクは雲雀さんに渡したいものを渡してきます。だからその間に貴方は応急処置を」
「クフフ、乗るとでも?」
「思ってません。ただ、貴方の体を気遣っただけ」
「なるほど……本来の記憶や人格が無くとも根は変わりません、か」
何を言っている。
本来の記憶が無いだの、根は変わらないだの、まるで自分を知っているかのような発言をするのは。
「ボクの攻撃手段は後は一つだけです」
「おや、もう終わりですか?」
「勝てると思って来てませんし。それにこの格好で何か武器を持っているとでも?」
話しながら屈んでスタートダッシュの姿勢に近い格好をとる。
ボクがこの人にできる事はこれだけだ。
骸が槍を構え直す。それを合図にボクは矢のように飛び出した。
「無駄ですよ」
槍の切っ先を躱して肉薄する。
骸のオッドアイが見開かれた。
ーー取った。
その目に直接霧吹きをシュッ、と吹きかけた。
「ぐあ゛ぁあ゛あーーっ!!??」
……効いてよかった。というかできてよかった。
今のうちに雲雀のもとに向かわねば。
ついでに槍を奪っていってしまおう。そうすれば攻撃手段が減る。
雲雀を見つけるのに時間はかからなかった。
「雲雀さん!良かった、会えました……」
「君、約束は?」
ギロリと睨む雲雀の体はボロボロで痛々しい。
「あのまま家に居ても危険しか感じませんでしたので。それにこれを届けたかったので」
腹が減っては戦はできぬと有無を言わさずに、蓮奈は持ってきたおむすびを食べさせ茶を飲ませた。
苦虫を噛み潰した顔で従う雲雀だったが、思っていたよりも空腹だったらしい。こんな環境で粗末な食事だというのに美味しく感じる。
前に空腹は最大の調味料だと蓮奈は言っていたのを思い出す。
雲雀はこんな最中にそんな瑣末な事に感動するなんて、馬鹿げてるなと自嘲の笑みを浮かべた。
しかし、心の何処かで悪くは無いと思っている自分もいる。感化されたのだろうか。
「この槍どうしましょうか、適当に捨てます?」
「それ、持ってるって事は倒したのかい?」
「いいえ、残念ながら。目潰しついでに盗んできました」
蓮奈は片付け終えると脇に一度置いた槍を手に取ってみた。
「……なんか、違うんですよね」
「何がだい?」
「感覚といいますか……形状?」
何の変哲もない三叉槍に見えるのだが。
「おや、そんなにそれが気になりますか?」
声のする方を見ると目を充血させた六道骸が、立っていた。
「まさか視力を奪いさらに異臭で戦意を落とそうなんて……卑怯者なんですね、蓮奈さん?」
「それはこちらの台詞ですよ。脅迫だなんて物騒な」
「だって、そうでもしないと貴方は来ないのでしょう?」
「……さっきから気になっているんですが、私は知らないのに会って知っているようなのは何故ですか?」
「ーー覚えてらっしゃいませんか、これだけの事をして」
答えるまでに間があった。
私はこの男にあったことがあったのだろうか、と記憶を辿るがない。
「用があるのはそこの風紀委員長だけではない。蓮奈さん、貴方もだ」
「親族だから?」
「いいえ、違いますよ。ただ、こちらの世界でもお会いしたかっただけの事」
その瞬間。
「……っ、あ」
骸の目が光った、と思った瞬間に映像が頭の中にどっ、と流れ込んできた。
槍を落としてカーン、と音と足に痛みが走り
自分に語りかける目の前にいる少年。穏やかに語らうだけの逢瀬。
何故、忘れていたのか。いや、そんな事は問題ではない。
脳はあまりの量に耐えきれずそのまましゃがみこみ俯くが、霧吹きから手を離さずに様子をうかがっていた。
頭がパンクしそうだ。どれだけ整理しても追いつかない程に流れ込んできた情報に苛立った。
「……なるほど。やはり、直接会ってよかった」
「一体、何を……っ!!」
「単なる情報共有ですよ、謎が多かったので」
「ほざかないでくださいよ……」
その言葉を最後に蓮奈は、意識を失った。
「蓮奈!!」
蓮奈は初めてあったときと同じような、苦悶の表情を浮かべていた。
「君、僕の兄弟に何をしたの?」
「特に何もしてませんよ。自己紹介程度のものです」
雲雀の神経を逆撫でする骸の顔は涼しい。
嬉々とした笑みを目尻に滲ませ特徴的な笑いを零した。
「絶対に噛み殺す……」
「それは無理ですよ、雲雀恭弥。これを見なさい」
すると荒れた部屋にたくさんの見事な桜が咲き乱れた。
いや、咲き乱れたのではない。そう見えたのだ。
しかし桜を感じ取った瞬間に体から力が抜け、雲雀はその場に蹲ってしまった。
「桜クラ病。本当に好都合でしたよ、この病に罹っていて。
そのお陰で僕は貴方を人質に、最高の餌をおびき寄せられるわけですからね」
「ふざ、けるな……!!」
「おお、恐い。流石並盛最強の男、ですね」
雲雀は血が滲むほどに唇を噛んだ。
悔しい。
このふざけた病さえ無ければ。
この病が無ければすぐにでも殴りかかっていたものを。
守りきれなかった。
守ろうと決めた者を、守れなかった。
守ろうとした者は自身の力で一矢報いて見せた後、己にいつものように腹を満たさせてくれた。
守るどころか、援助されてしまった。
そして、目の前で突然何かをされて崩れ落ちた。
憎い。
この男が、この兄弟が、何よりも不甲斐ないこの身が憎いーー。
風が囚われた日