「ただいま」
日が暮れに差し掛かった頃に泥だらけの姿で帰ると待ち構えていた雲雀さんがタオルを敷いた。
「お帰り…随分と小動物達と群れてたんだね」
「はい…でもお陰で少し体を鍛える方法が分かったのでよかったです」
「そう…」
そう言って雲雀さんは去っていった。
ボクは靴を脱いでタオルを踏んで床を汚さぬように浴室へ直行した。
この家は一人で暮らすにはとても大きい。
少し兼用させてもらったりはしていても大きい。
彼の周りには人の気配が少なかった。
彼の両親は今どこで何をしてるのかすら未だにボクは分からないでいる。
床板はまだ少し冷たい。
洗面所に入ると少し暖かくなった。明かりがつけられていて僅かだが暖房が入っていた。
よく見ると着替えも用意されている。
こういった細かい気配りが有難い。
衣類を脱いで小さいタオルを手に取り、浴場に入った。
家が大きいと浴場も広々としていて少し落ち着かない。
昔は人が居たのかもしれないが今は彼一人だけだ。
先に泥を落とすために頭と体を洗う。
髪を使って泡立てて頭皮をマッサージするように洗う。
温かいお湯を使って汚れごと石鹸で洗い流すと気持ちいい。
体も垢を落とすように洗うと思ったより白くなる。
どこかさっぱりとした感覚がしたまま湯船に浸かるとホッとした。
湯船に浸かることも体を洗剤で洗いお湯で洗剤を流して落とす事もここ最近覚えた。
知らない事に気づいたとき彼は何とも言えない表情のままボクを見ていた。
この国は水資源が豊富でこんな事ができるらしい。
そしてある程度の豊かな営みがここにはあった。
それから一度ボクの出身を探そうとしたらしいがやはり見つからなかった。そりゃそうだ。
ボクの居た世界。ボクの出身地。
それらしき場所がないのは分かっている。
一度話してみた事がある。
砂漠が広がっていて、海の下にはかつて世界の闇と個性をひたすらに詰め込んだような悪趣味な大きな都市があった。
神社仏閣の中にサーカスがあったり、軍事施設や賭博場等が立ち並んでいる。
陸は大きな寂れた送電塔と塔を中心に街があり、そこからバスで人がいた跡が残る離れ小島に行けるようになっている。少し山間部に向かうと田園が広がる山々がある。
他にも色々話はしたがどれも絵空事だと切り捨てられた。
この世界にはたしかにそんな場所なんて無かった。
でもそのお陰かボクがここでは当たり前のようにある常識とかけ離れた場所に居た事だけ、理解はしたらしかった。
そして少しだけ、優しくなった。
風の異質さを受け止めた日。