朝と夜   作:くろん

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第八話 中天の月

 

 最早一刻の猶予もないという現実が、僕らの小さな体を奮い立たせていた。

目を真っ赤に腫らして繰り言をいうヒサグをなんとか宥めながら、僕は僧人たちに気付かれずに中栄寺を脱出する方法を考えあぐねていた。

 

足音の方向からして、あの二人の僧人は暗い廊下をわたり右手の奥の部屋へ行ったはずだ。

 

「よし、まず誰か一人、玄関口に回って見張りがいるかどうか見てきてくれ。奴らきっと安心しきってるだろうけど、一応だ」

 

 僕らは顔を見合わせた。結局誰も申し出なかったので、じゃんけんで決めた。みんなを代表してスクがおそるおそる襖を開け、暗い廊下へと出て行った。

 

 永遠にも思える時間が過ぎていって、僕がいてもたってもいられなくなった頃、スクが襖の陰からひょいと顔を出した。

「どうだった?」

 ナラズミが勢いあまって訊くと、スクは、頬をぶるぶると震わせながら言った。

 

「わからない」

 

「わからないってどういうことだ」

 スクはそうナラズミに詰め寄られて、狼狽えた。「わかんなかったんだよ。開け放した門の向こうで、何かがちょっと動いたような気がしたんだ。でも気のせいかもしれないし」

 

 要領をえないスクの言葉に多少いらついたが、今はそんなことに腹をたてている場合ではない。僕は、今すぐ出発する、と告げて、腰をあげた。それから、思い当たったことをみんなに聞いた。

 

「みんな、菌針(きんし)は持ってるよね」

 

スクと、ナラズミと、それからヒサグが頷いた。僕らには護身用として法級から一本ずつ菌針が渡されていた。

 

「もし見つかったら、躊躇わずに、菌針を打ち込むんだ。奴らは僕らを殺そうとしたんだ。同情してやる価値なんてない」僕はそう言い放ったが、内心はひどく怯えていた。

 

 必要最低限の荷物を抱えて、僕らはひっそりと部屋を出た。先頭が僕で、後ろにナラズミ、スク、ヒサグが並ぶ隊列だった。廊下はしんと静まり返っていて、物音ひとつしない。

 

 足音をたてぬよう、慎重に脚を動かす。

何せ周囲は一面の真っ暗闇だから、壁に手をつけていないと自分がどこにいるのかすらわからなくなりそうだ。

 

 もうどれくらい歩いただろうか。

精神的、肉体的な疲労もあって、僕が歩きながら微睡に入りかけたとき、肩に手が伸びた。

 

 びくんと肩を波打たせて振り向くと、闇の中にナラズミの輪郭がかろうじて視覚できるほどの薄さで浮かんでいた。ナラズミは左手の方を指差した。

 どうやらもう門に着いていたらしい。僕は闇の中で眠りかけていた自分を恥じ、静かに回れ右をするとナラズミのあとについて歩き出した。

 

 三和土の辺りはすこし明るかった。ヒサグとスクは菌針をかまえながらそこで待っていて、僕らが闇の奥から姿を現すと、ふたりとも心底ほっとしたような笑みを浮かべた。

 再び僕が先頭にたち、鴨居を潜って外に出た。

途端に、体にはりつくような寒気が襲ってきた。僕は全身に鳥肌が立つのを感じながら、敷き詰められた砂利を踏み歩き、森に入ろうとした。

 

 後ろから、闇を切り裂くような金切り声があがった。

僕の心臓がきゅっと音をたてて縮こまった。振り向くのが怖かった。体中が硬直してしまったようで、ただ目だけが血走ったように見開かれていた。

 間を置いて、振り返った。

 

 腰を抜かしてへたり込んでいる少女。我先に駆け出そうとする大柄な少年と、わなわな震えながら立ち尽くしている少年。傍には、三人よりも大きな丸っこい輪郭。

 

 誰が言ったのか、逃げろ、という叫びが聞こえた気がした。

続いて砂利を踏み荒らす音。ナラズミと思われる大きな影が前を通り過ぎてゆき、あとに続くように小柄な影が砂利を踏み抜いていった。

 寺の中から物音がした。

丸い輪郭が軽く身じろぎして、森の方へと引き返していく。それと入れ違いに、三和土からにゅっと首が突き出た。

 

 ヒサグが身を起こして、駆け寄ってきた。

僕は後ろを見ずに走り出した。すぐに、何かにけつまずいて盛大に転んだ。爪が剥がれるような激痛を脚に感じた。

 灌木を飛び越え、張り出した蔦や枝を潜りながら、一心不乱に森を突き進んだ。

 

 頭の中で閃光がまたたく。

森に入るやいなや鼻に飛び込んできたむっとする臭いが一層強くなってきた。暗闇の中に長時間いたせいか目が慣れているようで、かろうじて障害物を見分けることができた。

 

 坂にさしかかった。

呼吸が苦しくなってきた。口の中に溜まった唾と痰を飲み込もうとしたが、うまく噛み切れない。

 

 喉をぜえぜえいわせながら坂を駆け上った。視界がひらける。

朦朧としかけた意識の中に、月が綺麗だな、という陳腐極まりない言葉が一瞬浮上して、すぐに消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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