なんか凄く嬉しいです。
静寂。
全員が硬直していた。
突如現れた一人の少年の出現によって。
正体が巨人という疑惑を持つ兵士エレン。
彼と彼を庇う兵士達を取り囲み、処理するべく榴弾を発射した瞬間だった。
間に割り込んだ少年は無造作に手をつき出すと気合を込めて何かを放った。
結果、エレン達を殺す筈の榴弾は目標に命中する前に弾け飛んだ。
人間が巨人になるだけでも理解が追いつかないというのに。
驚愕するしか無い。そしてこれ以上考えたくない。
それがエレン達を囲む兵士たちの総意だった。
あ、危なかった…。
もう少しでエレン達が吹き飛ぶところだった。
いや本来なら一瞬で巨人化したエレンがミカサ達を守るんだったな。
けど下手に変身して更に場をパニックにするよりはマシかもしれない。
オレはエレン達の様子を見た。
ミカサは相変わらずエレンを庇うように立ち剣を構えている。
アルミンはミカサに何かを呼びかけている。
そしてふとエレンが呟く。
「お、思い出した…。ち、地下室、家の地下室…、なんでこんな時に…」
巨人の秘密が眠っているであろう場所の事だろう。
何にせよエレンを死なせる訳にはいかない。
目の前の分からず屋共を蹴散らすのは簡単だが、人類同士で戦うなんてしたくない。
必要ならするけど、とにかく話のわかるお偉いさんが来るまで粘らないと…。
「あ、あいつ…っ、ぶ、部隊長!奴は…」
その時、髭面の指揮官の横の兵士が怯えたようにオレを指さした。
ていうか人を指差すな。
「ヤツです!きょ、巨人を何の武装も無しに殺していた奴です…っ!」
「なんだとっ!!?」
「そ、そうだ!オレも見たぞ!!」
「奴が殺した巨人は一匹や二匹じゃないっ!!」
「に、人間の皮を被った悪魔…、アイツもそこの巨人モドキの仲間なんだ!!!」
おいおい、マジですか…。
そういう結論に至るのかよ…。最悪だ。
目の前の兵士たちを見る。
物凄い形相でオレたちを見ている。
冷静に話を聞いてくれるとは思えない。完全に頭に血が上っている。
「どうなんだ!ええっ!?貴様も巨人なんだろうっ!!」
かなりムカツク事を…。
なんか腹立ってきた。巨人が怖いのは分かる。
けどオレが巨人が怖いのは飽くまでも生理的に嫌悪するような行動と見た目だ。
当然憎しみや怒りもあるが…。
見た目が何でもないような人間に対して神経質になりすぎだろう。
なんか、オレ思考が危ない方に…。
「意味のない質問するなよ」
あ、言ってしまった。つい本音を言ってしまった。
「なっ、なにぃっ」
「だってそうだろ?オレらが何を言おうとお前ら信じる気がないだろ?エレン達の言葉に対してのお前らの答えがさっきの榴弾だ。何をアホなことを」
「リ、リク!な、何を!?」
オレの相手を煽るような物言いにアルミンが戸惑う。
下手に刺激するのは得策じゃないのは分かる。
仕方ないじゃん。つい言っちまったんだよ。
「おい、おっさん。勝手に憶測でモノを言うのは止めろ。それにオレが巨人の仲間?だったらどうして巨人はオレらを襲う?どうしてエレンやオレは巨人を殺す?お前らアタマ大丈夫か?」
「だ、黙れ!」
「これだよ…思った通りの言葉を有難う」
「……き、貴様っ」
指揮官キッツの顔から湯気が出る。
物凄い怒ってるな。いやビビってるんだな。
「ああ、さっきお前らが言ってたことで一つだけ正解があるぞ」
オレは一呼吸置いてはっきりと言ってやった。
「オレはこいつらの味方だって言うのは正解だ。だからオレはこいつらの側に付く」
文句あるか?そんな感じでオレは目の前の兵士たちを睨みつけた。
「な、貴様やはり…っ」
「おい止せっ!何やってんだお前っ!そんな事言ったら…っ」
エレンが悲痛な声で叫ぶ。
アルミンとミカサを案じての言葉だ。
エレンは未だ自分の身に起きたことを理解はしていない。
しかし味方であるはずの人類から敵意と恐怖を向けられている事は理解できる。
分かっているのは自分が意識のない間に何か有り、自分は巨人として敵意を向けられていることだけだ。
「言っとくけどな、お前らは敵ではないものを敵に回してるんだぞ?戦わなく良い相手に喧嘩を売ってんだ。指揮官ならどうすれば良いかくらいわかるだろ?」
「ふ、巫山戯るな!貴様ら巨人は人類の敵っ!私の行為は軍規に則ったものだ!私は間違っていないっ!!」
「だ、だめだ。みんな考えるのを放棄してる…」
アルミンは顔を青くしながら肩を震わせた。
「軍規ねぇ…。聞いたぞ。アンタ、軍規を理由に補給部隊を見捨てて逃げたんだってな」
オレの言葉にキッツの顔が更に歪む。
見捨てて逃げた。その言葉に周りの兵たちも反応して戸惑う。
敵前逃亡は死罪。その重罪を指揮官自らが犯したのだ。
兵達の反応にキッツは焦る。
更に追い込みをかける。
「そんな補給部隊を救ったのはオレと後ろにいるエレンたちだ。多くの巨人を殺して、蹴散らして退路を確保して、テメエが出来なかったことをやった。軍規を守った?違う!お前は唯、巨人が死ぬほど恐ろしかったんだ!間違っていない?違う!現実から目をそむけてるだけだろう!?お前は巨人と向き合うことすら恐ろしかったんだ!」
だから逃げ出した。
巨人に対する恐怖は皆同じだというのに。
「ち、違うっ!!!」
「違わないね。そもそもオレらを殺して次にどうする気だ?また軍規を理由に逃げるのか?」
「な、なんだと?」
「いまここで無駄な時間を費やしてる間にも巨人は此処に向かってきてるっ!このままだとお前ら全員仲良く巨人の腹の中だっ!」
それが現実だ。
オレの言葉によって現実を思い出した皆が顔を青くする。
状況は最悪なままなのだ。
人垣からザワザワと怯えた声が出てくる。
壁が破壊された以上、更に奥の壁まで後退しなければならない。
しかしそれは5年前の繰り返しだ。そして今度こそ国そのものが成り立たなくなる。
だからこそオレは提案する。
「オレらを敵に回すよりも味方にした方が良いとは思わないのかっ!!!」
「は?」
「あ、あいつ何を言ったんだ…」
「味方、だと?」
「お前らも見ただろう?巨人化したエレンを!巨人を正面から殺すオレを!」
そしてオレは後ろを見た。
エレンとミカサを、そしてアルミンを。
アルミンは何かを決意したように立ち上がり前に出てくる。
そして見事な敬礼を取って力の限り叫んだ。
「もしも僕達に機会を与えてくださるならっ!巨人の力を使えば!そうすればこの街の奪還も夢ではありませんっ!そして破壊された壁を塞ぐ手立てもありますっ!成功すれば我ら人類の勝利ですっ!!!」
国に心臓を捧げる。
これは冗談でも何でもない。
生産者に変わって命を捨てて国を守るのが兵士の義務。
今がその時だ。アルミンの決死の説得。
その決意が凄まじいほど伝わってくる気迫だった。
目の前の兵士たちから殺意と憎悪が和らいでいく。剣を下げる。
「そ、そうだよ…」
「もしかしたらオレたち助かるかも…」
「オレ、アイツに助けられた」
絶望に染まった兵士たちが希望を持ち始める。
しかしそれでも。
「騙されるなっ!こいつらの言うことなどっ!!!」
キッツはそう言いながら砲兵に合図を送る。
しかし何者かがキッツの腕を掴んだ。
「いい加減にせんか臆病者めが。あの者の素晴らしい敬礼が見えんか。巨人の仲間に出来ることじゃないわい」
「ピ、ピクシス司令っ!!?」
南領土を束ねる最高司令官ドット・ピクシス。
全人類の再重要区防衛の全権を与えられた男である。
「さて、興味深いことを言っておったな…。破壊された壁を塞ぐことが出来ると」
ピクシス司令は禿げ上がったアタマを掻きながらニヤリと笑った。
そしてキッツに下がるように指示を出すとオレたちに背を向けて静かに言った。
「付いて来なさい。若者たちよ。話をしよう」
オレたちが連れてこられたのはウォール・ローゼ城壁の見張り台。
エレン、ミカサ、アルミンに続いてオレがピクシス司令の前で並んで立っている。
オレたちは超大型巨人が現れてからの経緯を全てピクシス司令に話した。
エレンの身に起こったこと。
そしてエレンが思い出した実家の地下室に存在するという巨人の秘密。
そして最後にオレの事情。
司令は城壁の下に広がる街を眺めながら、静かに話を聞いていた。
「なるほど、そこに行けば全てが分かるか」
「信じて、くれるんですか?」
「そうさの…確証がない以上、頭の片隅に入れておくといったところか」
「それで、オレたちは?」
「心配いらん。物事の真意を見極めるくらいは出来る。お主らの命は保証する。でなければ」
ピクシス司令はオレを値踏みするように見つめると溜息を付いた。
「お主を敵に回したくはないからのう…」
オレが敵に回る?
確かに自分の命が最優先で守るが、巨人のように人間を殺す気は全くないぞ。
この爺さん、本当に物事の本質を見極められるのか?
「さてと、本題に入ろう」
ピクシス司令はアルミンに向き直り話を進めた。
温厚な年寄りではなく厳しい軍人の表情だ。
「はい」
「アルミン訓練兵、巨人の力を使えばトロストの奪還も可能。そうだな?あれは本当か?それとも苦し紛れの命乞いか」
「両方です。でも…」
アルミンはオレの方を見た。期待に満ちた目をしてる。
仕方ないな。
「巨人だけじゃなくてオレの力も勘定に入れろよ」
「リク…」
「ふむ…」
アルミンが考えていた事、それは巨人とかしたエレンが大岩によって壁を塞いでしまうことである。自分達が助かりたいという事もあるが、それ以上に現状を打開しうる唯一の道だと感じたからこその提案だった。
「エレン訓練兵、本当に出来るのか?壁を塞ぐことが…」
ピクシス司令が期待を込めた眼差しでエレンを見つめた。
エレンはその視線を受け止めて言った。
「塞ぎます!やってみせますっ!!必ずっ!」
「決まりじゃっ!お主は男じゃっ!」
ピクシス司令はエレンの方を叩くと立ち上がって手を掲げた。
「参謀を呼んで直ぐにでも始めるぞ!!」
「ああ、時間は無限じゃない。早くしないと作戦を立てるヒマさえ無くなっちまう」
敵は巨人だけではないのだ。
モタモタしていると、その間に死守している壁を突破されてしまうだろう。
「だいじょうぶ?エレン」
ミカサが心配そうにエレンに寄り添う。
「おいエレン」
「な、なんだよ…」
「巨人共はオレがなるべく引き付ける。お前は何としても壁を塞げ。いいな?」
本当は嫌だが戦うのはオレだけじゃない。
それに犠牲者をなるべく減らすように戦えば、オレの味方を増やせるかもしれない。
そう思うと今回の作戦は間違いなくチャンスだ。
巨人を引き付けつつ喰われそうになっている奴を優先して助ける。
作戦は「いのちをだいじに」で決定だな。
エレンはオレの言葉に対向するように強く頷く。
「お前に言われるまでもないっ!お前こそ本当に大丈夫なのか?」
エレンも半信半疑なのだろう。
巨人に変身できる能力は少しずつ自覚しているみたいだが。
この場合、疑っているのはオレの実力だ。
そこでアルミンがフォローを入れてくる。
「エレンも一度は見てるだろ?トーマスを喰おうとしていた奇行種を殺すリクを」
「……見えなかったんだよ」
どうやらあの時のオレの動きが見えなかったらしい。
一瞬で奇行種の首が切断されて、次の瞬間、トーマスを抱えたオレが現れた。
そんな風に見えたのだ。
「これから嫌というほど見れるさ。だからお前も頼むよ」
「あ、ああ…」
マジで頼むぜ。
もしも巨人になったお前が何の戦果も得られなければ、後にヤバい事になる。
オレが壁を塞ぐのは最終手段だ。
そしてピクシス司令の後を追いかける。
「おい!」
エレンに呼び止められた。
「何だよ」
「訓練兵団を追い出されたのに、どうしてそこまで強くなったんだよ!?」
何かを期待したような表情。
もしかしてオレに対して何か幻想でも抱いているのか?
もしかしたらオレを尊敬しているのかもしれない。
他人から尊敬されるのは悪くない。
しかしオレがエレン達に求める関係は他人ではなく仲間だ。
勘違いさせていても良いのは赤の他人だけだ。
だからオレは正直に答えた。
「巨人が死ぬほど怖いからだ。チビリそうなほどに怖い。喰われたくないっ!」
オレはその一心で修行したんだよエレン…。
その言葉でエレンの表情が硬直した。
だがそれでいい。
オレはエレンに背を向けると再び歩き出した。
続く?
次回は巨人相手に無双かも知れません。