ONE PIECE ~アナザー・エンターテインメンツ~ 作:悪魔さん
そういえば、何気にこの小説2周年でした。皆さん、読んでいただきありがとうございます。
二週間後、聖地マリージョア。
テゾーロはクリューソス聖と交流を続けている天竜人の一人である、丸眼鏡と顎鬚が特徴のカマエル聖と面会していた。目的は魚人差別撤廃の活動に対し賛同してもらうためだ。
「生きる者には皆平等の権利があります。天竜人ならばそれを奪ってもよいとお考えですか」
「わちきは聖地の常識を守っているに過ぎないえ」
テゾーロとカマエル聖とでは、やはり価値観や世界観の相違ゆえに交渉は難航している。
聖地の常識と地上の常識は違うのはテゾーロも承知しているが、それでも間違っていることに「それは間違っている」とはっきり言えないのは問題と捉えている。ゆえに天竜人と直に顔を合わせて変えていかねばならない。
天竜人の一族はアラバスタのネフェルタリ家を除けば19もの一族がいるが、それら全ての価値観に変化を与えることは不可能ではない。テゾーロはそう信じ、こうして掛け合うのだ。
「あなたは天竜人――世界の頂点である以上、それ相応の振る舞いや態度、度量を人々に見せねばなりません。恐怖を抱く「恐れ」ではなく、敬われる「畏れ」でなくてはならないのです」
「敬われる「畏れ」……」
「恐怖心ゆえに人々に恐れられるより、尊敬の念ゆえに人々に畏れられるべきではないですか? 人々から畏敬の念と信頼を失った権力者は、あっという間に奈落に落ちてしまうのが世の習いです。あなた方にも過去には苦い記憶があるでしょう」
「そ、それは困るえ……ホーミングの二の舞だけは嫌だえ……」
強く出たテゾーロに、カマエル聖は怯んだ。
かつて共にマリージョアで暮らしていたドンキホーテ・ホーミング聖は、天竜人としての暮らしを放棄して人間として暮らすことを選んだ。しかし現地の人々に素性がバレてしまい、「数百年分の世界の恨み」として移住先の住民から壮絶な差別や暴行を受けた挙句、実の息子に殺されるという悲惨な末路を辿った。この事件は多くの天竜人に「自業自得だ」と切り捨てられた一方で、民衆の憎悪に内心恐怖を抱く者も現れたらしい。
当然それを知るカマエル聖も、民衆を見下しつつも恐怖心を抱いている。だからこそ、過剰なまでに権力に執着するのだ。
(……これがギルド・テゾーロか)
テゾーロとカマエル聖のやり取りを見ていたクリューソス聖は、感心する。
世界の頂点に君臨する世界貴族・天竜人に逆らうことは許されない。ましてや絶対的な存在である彼らに異を唱えるなど、非常識を通り越して命知らずであり禁忌を犯しているようなものだ。
だがテゾーロは、それを堂々と――しかも聖地マリージョアで成している。天竜人のカマエル聖と富豪とはいえ
「……いかが思われますか、カマエル聖」
「す、少し時間が欲しいえ……」
「構いません。考えてくれるだけでも十分ありがたいことです」
テゾーロは頭を下げる。
相手は世界一の権力を持つ〝創造主〟の末裔の一族で、世界で一番狭量な人々。一人の人間の意見を受け止め、考えたいと意思表明しただけでも大きな進歩だ。
(天竜人にも物怖じしない胆力を持ちながら、礼儀を弁えるか……我々は地上の人々の〝力〟を甘く見過ぎてたのかもしれんな)
クリューソス聖は改めてテゾーロという男を称賛した。
「ではまた後日。次の会談では、互いに更なる前進をしましょう」
「……わかったえ……」
テゾーロはカマエル聖と固く握手を交わすと、精一杯の愛想笑いを浮かべた。
カマエル聖は全く気づいていないが、それを見たクリューソス聖は若干顔を引きつらせていた。
*
一方、〝
アオハルは双眼鏡で海岸近くに停泊している海軍の軍艦を見ていた。
(アレは……海軍のおつる! ってことは、オペオペの実の取引はこの島付近で確実に行われるな)
つるの軍艦を見つけ、目の色を変えるアオハル。
海軍のつる中将は、海軍の英雄である〝ゲンコツのガープ〟や現海軍大将にして次期元帥と噂される〝仏のセンゴク〟、前線を退いた今なお伝説として語られる元海軍大将〝黒腕のゼファー〟の同期である大物。中将ながらも実力は大将クラスと謳われ、歴戦の海賊達も彼女の船を見ただけで戦闘を避けて即座に逃げ回るという逸話がある程だ。
情報屋としての仕事に専念しているため、アオハル自身も海軍本部に一応出入りできる立場ではあるが彼女とは面と向かって会った事はない。だが財団内ではあのテゾーロも彼女には強く出られないという話もあるのだから、実際は噂通りの相当な女傑なのだろう。
「……とりあえず探ってみるか」
アオハルは羽織っているコートの内ポケットから黒電伝虫を取り出す。
黒電伝虫は盗聴用の非常に小さい電伝虫だ、盗聴妨害の念波を飛ばす希少種「白電伝虫」に接続されなければ他の電伝虫の電波を傍受できる。スワロー島周辺の海域の通信は粗方聞くけるだろう。
(さて……どんな会話してるかな)
まず黒電伝虫が盗聴したのは、海軍側だった。
《センゴクの奴……どこからの情報でこんな配備を……》
(! おつるの声……センゴクが絡んでいたんだな)
つるの独り言から、スワロー島周辺の海域に軍艦が突然配備されたのはセンゴクの思惑が絡んでいるということわかった。政府の命令か、あるいは自身の策略か……そこはどうでもいいが、少なくともセンゴクが動いているということは相当大掛かりな計画があるはずだ。
アオハルはさらに情報収集に徹する。
《ミニオン島のバレルズのアジトから火の手?》
「!」
ここで事態が大きく動いた。
すぐ傍のミニオン島で、バレルズのアジトに異変が起こったようだ。おそらく、〝オペオペの実〟を狙った何者かの襲撃を受けたのだろう。
(時間が無さそうだ……ミニオン島は近い、すぐに行こう)
「ハァ……ハァ……」
ミニオン島の雪原で倒れ込む一人の海賊。道化師のようなメイクをした顔は傷つき、黒い羽毛が大量についたコートやハートをあしらった服には夥しい量の血が染みついている。体には多くの銃弾が撃ち込まれたが、常人離れしたタフネスでどうにか命を繋ぎ念願の悪魔の実を手に入れられたことを思い、男は笑みを浮かべた。
海賊コラソン――ドンキホーテ・ロシナンテ
そんなある日だった。珀鉛の脅威から立ち直り、世界中が目を見張る程の復興を遂げたフレバンス王国に立ち寄った際、目の前で一人の少女が倒れるのを見て手当てをした。少女はラミと言い、両親は医者であり実の兄・ローも医者としての技術・知識を習得しているという。ロシナンテは彼らと共にラミの看病をしていたが、体にある発疹を見て絶句した。
――これは、〝リケスチア〟!?
リケスチアとは、かつて猛威を振るったケスチア熱の病原体・ケスチアを基に開発された政府が非公式に開発した生物兵器。症状はとても似ているが効果のある抗生剤は全くの別物で、100年以上前に絶滅したという常識を逆手に取った上に万が一抗生剤を打たれても通用しないように改良されている。この事実を知るのは軍の上層部や政府中枢であり、海軍将校でも佐官から下の階級の者は誰一人知らない。ケスチアよりは致死率は低いが、医学的知識を以てしても生物兵器であるため、政府が開発した特効薬以外では治せないのだ。
これを知ったコラソンは、すぐさま上司のセンゴクに伝えたところ、彼は電話越しで非常に慌てていた。それ程までに、外部に漏れるとヤバイということなのだろう。
――センゴクさん、政府は……?
――何としてでも治せとのことだ! 表に出たらマズイ事になるぞ!
事の重大さを知り、ロシナンテは動揺した。
なぜ一般市民の少女が軍の生物兵器の被害を受けたのかという根本的な疑問すら忘れ、ロシナンテは早速行動に移そうとした時、その場にテゾーロ財団の〝剣星〟アオハルが現れた。
ロシナンテはアオハルに事の顛末を説明すると、アオハルは〝オペオペの実〟での治療を提案してテゾーロと掛け合い、許可を貰ってオペオペの実の強奪に動いた。そして先回りしたロシナンテは、見事〝オペオペの実〟の強奪に成功したが、敵と遭遇して重傷を負ったのだ。
「ハァ……ハァ……これで彼女は……」
ロシナンテ自身としては、政府の失態をなぜ
「あとは……おつるさんの、部隊が来れば……」
この件はセンゴクが同僚のつるにも通してあるので、その後は大丈夫だろう。それにたとえ海軍が来なくともアオハルが到着するので、無事に帰れる。幸い止血の方は自分で止める術を習っていたので、これ以上ひどくはならないはずだ。
そう思っていた時だった。
「おい、そこに誰かいるのか! 大丈夫か!?」
「!」
何者かが声を掛け、慌てて駆けつけた。
服装は海兵が着用することがある衣服なので、味方だろう。ロシナンテは安堵した――その顔を見るまでは。
「!? ヴェルゴ!?」
「コラソン!! お前ここで何を……それにひどいケガだ……!! 早く手当を――ん? お前今……」
(ドジった!! よりにもよって……それにドフィが言っていたヴェルゴの極秘任務ってのは海軍への潜入だったのか!!)
救助に来た男は、最悪の相手だった。