ONE PIECE ~アナザー・エンターテインメンツ~ 作:悪魔さん
グラン・テゾーロ計画の舞台とも言える、新世界の元海軍基地。現在は無名だとわかりづらいという意見が財団内で殺到したことからテゾーロによって「バーデンフォード」という名前が付けられ、日々開発が進められていた。
そんな中、現場を任されている財団の幹部達はというと――
「勝負、
「……」
財団幹部の一人であるジンが賭場を開いて丁半博打を行っていた。
その様子を――額の包帯を外して第三の目で――見ていたタタラは、呆れたように呟いた。
「丁半博打なんて勝手に始めて……あとでテゾーロさんにどやされますよ?」
「何言ってんだ、人間って生き物は娯楽と飯がねェと働けねェんだぜ。仕事・娯楽・食い物……これら全てが成立した職場ならどんな野郎でも喜んで働けるってんだ」
テゾーロ財団は世界各地で数多くの事業――それに加えて世界政府からの無茶ぶり――を実行している。当然その事業の中にはフレバンスの一件のようなストレスが溜まりやすかったり心身に負担がかかりやすかったりするものもある。
そこでジンは、彼らの心労に配慮して丁半博打という娯楽を設けることで少しでもストレスが発散できるように動いたのだ。
「心配せずとも景品はおれが近海で泳いで狩った海王類の肉だ、金は巻き取らねェよ」
「金じゃなければいいってモノでもないでしょう、ギャンブルはギャンブルですよ」
「賭博が趣味のおめェには言われたくねェけどな」
「そうでしたね……」
言ってることがブーメランで帰ってきたことを知り、タタラは頭を抱える。
「おめェは真面目が過ぎてるように見えるぜ。もっと気楽にならねェと人生楽しくなんねェぞ? 色々あった過去を忘れろとは言わねェさ、だが背筋伸ばして前向かねェと先に進むことも報いることもできねェぞ」
「ジン……」
あの
その言葉にタタラは何とも言えない気分になるが、一理あるとも納得していた。
「――そういえば、世界政府から魚人島に向かった天竜人のミョスガルド聖が行方不明になったから捜索して欲しいって連絡がきましたが……」
「放っとけ。あんな人間のクズ、死んだところで世界が滅ぶわけじゃねェさ。それにてめェが神だと思い込んでる時点で話が成り立ちっこねェんだしよ」
「……というと?」
「人間の価値は生きている間はそいつ一人分の価値だ……性別や人種なんざ関係ねェ。その価値が変わるのはそいつが死んでから決まるもんだとおれァ思ってる」
ジンの達観したような言葉に、タタラは第三の目を大きく見開いた。
どれだけ偉かろうが、どれだけの悪行を重ねようが、人の命の価値は皆等しい。誰かに「自分の命はどれぐらいの価値だと思う」と言われたら、その問いに対し
ジンの言っていることは、彼自身の主観に過ぎないと言われればそれまでかもしれない。しかし人命は皆平等であるということは事実であり真理だ。彼自身も生きている限りは自らの命の価値は他の命と同じという趣旨の発言をしているので、間違いとは言い切れないだろう。
「……ま、別に気にすることじゃねェさ。それよりもおめェも参加しろ! 次は何だと思う?」
「じゃあ……半で」
「おっし! じゃあツボ振るぞ」
*
魚人島では大事件が起きていた。
何と天竜人の船が難破し、天竜人のミョスガルド聖が遭難したのだ。
「早くマスクを持って来い、魚類共……!! ここは……魚人臭くてかなわんえ!! ハァ……早くマスクを持って来い!! わちきの命を助けろバカ共め……ハァ……」
医者を出すよう迫るミョスガルド聖。
彼が魚人島に来た目的は、ジンベエが七武海に加盟したことで国に帰った元奴隷達を取り返すことであった。その為に危険を犯し船員を犠牲にしてまで海底深くまでやって来たというのだ。
「医療班は……!?」
「着いていますが、アレをどう扱えばいいのか……」
「殺すべきだ。世界一のゴミ共を」
ネプチューン軍の兵士達が動揺する中、ホーディは過激な言葉を言い放つ。
本当なら言い過ぎだと咎めるところだが、肝心の
「だったら、おれ達が……!!」
その時、元奴隷の魚人達がミョスガルド聖を殺そうと一斉に銃口を向けた。
神のごとき地位を持つ天竜人の横暴は決して許せないものだが、彼らに憎悪を抱いても泣き寝入りに終わってしまう。それは彼らに手を出した場合には海軍本部から大将が軍を率いて派遣されるからだ。一矢報いたくても海軍本部の最高戦力を相手にするなど、現役引退した元ロジャー海賊団の副船長でもない限り一般人には不可能だ。
しかし逆を言えば、天竜人は海軍という後ろ盾を失えば一般人に成り下がってしまう。自分の意思で地位を棄てたホーミング聖の悲惨な末路が、後ろ盾を失った〝
ミョスガルド聖は地位を棄ててはいないが、自らを護ってくれる者がいないので元天竜人とほぼ同じ状況下だ。ましてや魚人島は天竜人を庇護する世界政府と海軍の目が届かない海底――たとえ殺したとしても島民が黙っていれば単なる「海難事故」で終わるのだ。
「許そうにもお前だけは許すことができない……!!」
「おい!! やめろおおおお!!!」
自らの状況を悟り、悲鳴を上げるミョスガルド聖。
積年の怨みを込め撃った銃弾が放たれ――
ドゴゴゴォン!!
『!?』
「困りますね、せっかくオトヒメ王妃の調子が戻ったってのに」
放たれた無数の銃弾は、たった一発の覇気を纏った弾丸により破砕された。
野次馬達が一斉に振り向くと、その視線の先には長い銃を構えた男と声の主である男、そしてその妻と思しき女性が立っていた。
「――あの、何やってんですかミョスガルド聖」
「テ、テゾーロ!?」
顔を引きつらせながらミョスガルド聖の元に駆けつけたのは、テゾーロとステラとメロヌスだった。どうやら騒ぎを聞いて様子を見に来たようだ。
それに続くかのように、島に寄っていたタイヨウの海賊団のジンベエとアラディンも駆けつけた。
「天竜人は?」
「一応無事ではあるようだが……」
ミョスガルド聖の痛々しい姿に、ジンベエとアラディンは顔をしかめる。
そんな中、元奴隷達はテゾーロに詰め寄った。
「テゾーロさん、なぜ庇う!?」
「気持ちはわかるが、私にも立場がある。まずは話を聞かないといけない」
テゾーロはそう言うとミョスガルド聖の元へ向かい、彼の訴えに耳を傾けた。内容は言わずもがな、元奴隷の者達を取り返すことに手を貸してもらいたいというものだ。
しかしミョスガルド聖が言葉を並べるごとにテゾーロは真顔になっていき、目つきも鋭くなっていく。様子が変わっていくことにさすがに気づいたのか、ミョスガルド聖も怪訝そうになる。
「テ、テゾーロ……?」
「事情はわかりました……皆さん、あとは任せます」
テゾーロの非情な言葉に、その場の空気が凍った。世界政府側の人間であり天竜人ともコネがある男が、天竜人を公衆の前で見捨てるという衝撃的にも程がある行動に一同は言葉を失くした。
そして見捨てられたミョスガルド聖は、テゾーロを非難した。
「お、お前は
「いくら〝天上〟に近くても、私は
テゾーロは鋭い眼差しで重傷のミョスガルド聖を見下すと、畳み掛けるように言葉のナイフを投げつけた。
「正直な話、〝おれ〟はあんたら世界貴族が大嫌いなんだよ。下らない
「ひえっ……!!」
怒ってはいないが凄まじい圧を放つテゾーロに、顔を青褪め震え始めるミョスガルド聖。ヤクザが一般人を脅しているような光景に、銃口を向けていた魚人達も思わず同情の眼差しを向けてしまう。
その光景を目にしていたメロヌスも、冷や汗を流していた。
(何て演技力だ……!! おれはこの人を
メロヌスは〝見聞色〟の覇気に長けているため、彼が演技をしているのはわかっていた。
だが傍から見れば本当に天竜人と世界政府に対する怒りと憎しみを露わにしているかのようで、並大抵の輩ではテゾーロがわざと冷酷な態度をとっているのは見破れないだろう。ビジネスマンとして長く生きてきたゆえの賜物だろうが、この場で彼の演技を見破れる者はメロヌス以外に何人いるだろうか。
(――理事長、あんた……)
「おやめなさい!!」
『オトヒメ王妃!?』
事件を耳にして慌てて駆けつけてきたオトヒメに、国民達はどよめく。その後ろには彼女の子供達もいる。
オトヒメは重傷のミョスガルド聖と彼を威圧するように見下すテゾーロの間に入る。
「テゾーロ! 何をしてるのですか! あなたまで――」
「生憎ですが、おれはあなたが思う以上に質の悪い野郎なんでね。それに世の中には死ななきゃ治らないバカってモンがいるんですよ」
テゾーロはオトヒメの言葉など意に介さず踵を返す。
「今回の件はあなたにも非がある。もう私でも庇いきれない」
「そ、そんな……!!」
今までにない非情さを見せつけるテゾーロに、ミョスガルド聖は絶望に近い表情を浮かべる。
「あなたがどうなろうと、それもまた運命です」
「わ、わかった!! わちきが悪かった!! だから許してくれテゾーロ!!」
「――謝る相手は私ではないですよ」
テゾーロは冷たく言い捨てる。
その言葉の意味を理解したミョスガルド聖は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつも元奴隷達に命を乞うた。
「……助けてくれ……今まで、わ……悪かったえ」
『っ……』
元奴隷達は何とも言い難い表情を浮かべて戸惑う。
天竜人は非常に傲慢で傍若無人の限りを尽くす外道という認識であったが、その天竜人が本人は不満そうとはいえ形だけでも謝罪したのだ。本来ならば「天竜人が元奴隷に謝罪」など前代未聞の一大事なのだ。それでも銃口を向けて引き金を引けば、それこそ天竜人のようになってしまう。
元奴隷達は許しはしないが、自らの矜持の為に銃を下ろした。
「双方ご理解していただけてなによりです……これからも仲良くやりましょう」
先程までの非情な態度はどこへやら、朗らかな笑顔で手のひらを返すテゾーロ。ミョスガルド聖が己の非を認めたことと元奴隷達が手を汚さずに済んだことに満足しているようだ。
「申し訳ないですがアラディンさん、手当を」
「あ、ああ……」
アラディンはテゾーロに流される形で、戸惑いつつもミョスガルド聖の応急処置を行い始める。ミョスガルド聖は何も言わず、ただ黙って治療を受ける。
「世界貴族を……!! 本当にただの実業家なのか、あやつァ……!?」
(テゾーロ、あなた……!!)
あの天竜人を言葉で誘導して非を認めさせたテゾーロを目の当たりにし、ジンベエとオトヒメは背筋が凍るような感覚に襲われた。神をも恐れぬ問題行動とそれを何とも思わないテゾーロに、ある種の恐怖感すら覚える。〝怪物〟という異名は言い得て妙である。
一方のテゾーロはどこ吹く風――妻のステラは若干怒っているようだが、部下であるメロヌスは一部始終を目にしながらも溜め息を吐くだけだ。
「テゾーロ、いくら演技でも言い過ぎよ!」
「あ、演技だってわかった?」
「おれも副理事長も、あんたが梯子をそう易々と外す人間じゃねェって知ってるからな……それにしても、危ない橋を渡ったな理事長。何か訳でもあるんだろ?」
「……」
メロヌスの指摘に、テゾーロは何も言わない。
なぜわざわざ危険な賭けに出たのか。テゾーロは何も語らないことから「沈黙の肯定」ということなのだろうが、その
「……まァ、おれがあんたの事情に口を挟むつもりは無いが――無理だけはしないでくれ。あんたはこれからの世界に必要な存在なんだからよ」
メロヌスはテゾーロにそう告げる。一方のテゾーロはというと……。
(しらほしが古代兵器だからバレるのは困るとか、絶対言えねェな……)
メロヌスの想いとは全く逆だった。
正直な話、前世の記憶を持つテゾーロにとって、今回の事態はできる限り彼女の〝能力〟の覚醒を公衆に晒すのは避けたかった。しらほしは数百年に一人生まれるという海王類と会話ができる人魚――古代兵器ポセイドンであり、その能力は悪意を持って利用すれば世界を海の底に沈めることも可能とも言われている。そんなことが噂でも公になれば大変な事になる。
ましてやこの場には、接触してはいないが若き日のバンダー・デッケン九世もいる。彼はオトヒメやネプチューンといった身内以外では彼女の能力にまつわる話を知っている人物であり、しらほしが竜宮城内にある硬殻塔で10年間も軟禁同然の生活を強いられる原因でもある。
テゾーロはしらほしの能力を発動させないことでバンダー・デッケン九世が厄介事を少しでも起こさないように自分なりに手を打ったのだ。
(……いつかおれの前世を語る日が来るのかね)
――まァ、別にバレたところで何にも変わらないか。
呑気にそう考えながら、テゾーロは大きく欠伸をした。