ONE PIECE ~アナザー・エンターテインメンツ~ 作:悪魔さん
バレットは個人的には好きなキャラです。
海賊王ロジャーの後継者として恐れられたダグラス・バレット。
インペルダウンに収監されていた彼は、成り行きで海賊王の遺産を発見者と共に共有することとなった大富豪ギルド・テゾーロの手引きで仮釈放され、群雄割拠の大海賊時代へと再び解き放たれた。
彼が所属していたロジャー海賊団も、乗っていたオーロ・ジャクソン号も、自分の思いと強さと真っ向から向き合い受け止めたロジャーも、もうこの世にはいない。だが、彼が往時のように海賊・海軍から鬼神の如く恐れられた〝鬼の跡目〟の伝説が再び始まるのだ。
ロジャーを超えるために。世界最強の男となるために。
*
ここは海軍本部の会議室。コングの引退により新元帥として手腕を振るっていたセンゴクは、緊急会議を開きバレットの話をしていた。
会議に出席した海兵達は海軍の中でも将官クラスの精鋭だらけであり、中にはロジャーが暴れてた頃から活躍している者もいる。そんな強者である彼らも〝鬼の跡目〟の
「奴がどれ程の脅威か、テゾーロはわかっとるのか……!?」
「さすがにバレットはなァ……」
センゴクは額から一筋の汗を流して頭を抱え、そのすぐ隣のイスに座っていたガープは意外と冷静に、というかやる気なさそうに呟いた。
二人は〝鬼の跡目〟の脅威を直に感じた数少ない人物だ。センゴクとガープという海軍最強のコンビは、バレットを捕縛するためだけのバスターコールを率いただけでなく、在りし日のロジャー海賊団と渡り合ってもいた。だからこそ、ロジャーの後継者と呼ばれていたバレットが今の平和な海にとってどれ程の恐怖となるかがすぐわかる。
だがこれは海軍本部の上司である世界政府――それも五老星――の決定であり、余程の事情が無い限り覆ることはあり得ない。一方で世界政府がロジャーの痕跡を抹消するのに躍起になっていたことも事実であり、背に腹は代えられない状況が迫っていたのは容易に窺えた。
「今回のダグラス・バレットの仮釈放の目的は、王下七武海の不正防止や四皇を筆頭とした海賊達への抑止力……世界の均衡を維持させるために冥王レイリーと同格の実力を有するバレットを利用する、世界政府が超法規的措置として手を打ったものです。そしてバレットを仮釈放させるよう手引きしたのが――〝新世界の怪物〟ギルド・テゾーロであります」
伝令将校の言葉に、一同は息を呑む。出世の神様だの天上に最も近い人間だのと呼ばれた男の暗躍に、動揺を隠せない。
海軍の中には苛烈な思想を持つ者やそれに賛同する者もいるが、バレットに関しては話は別だ。世界政府の命令に背き、伝説の海兵二人がバスターコールの実行部隊を率いてようやく捕らえた怪物を相手取るのは、さすがに厳しすぎたようだ。
そもそも19歳のルーキー時代の時点で当時の〝冥王〟シルバーズ・レイリーに匹敵する猛者だったのだ。しかもロジャーとの最後の決闘では、海賊王相手に善戦したという話も伝わっている。いくら監獄で長い時を過ごして多少の弱体化があったとしても、今の海軍でそんな猛者は滅多にいない。一時期は王下七武海のクロコダイルがバレット相手に引き分けたようだが、それでも納得のいく形ではなかったらしい。
海賊王の後継者は、伊達ではない。
「どちらにしろ、テゾーロと手を組んでるからにはもう手は出せんな……」
「まァ、テゾーロに面倒見させるのが一番丸く収まるだろうな。下手にバレットを刺激させたら
バレットをよく知る二人の結論に、海兵達は苦々しい表情を浮かべる。
というのも、強さの求道者であるバレットはバスターコールへのリベンジを果たそうと考えている可能性がある。強さを求め続けるバレットが自らを力で制圧した武力に、何も思わないわけが無い。あの時はセンゴクとガープが最前線にいたおかげもあってどうにか捕らえられたが、次の機会が万が一にもあったら前回以上に多くの血が流れ大損害を被る。
海の平和は保たれているが、バレット一人で大きく荒れることも十分あり得る。彼が暴走し捕らえることとなったら、七武海の誰かを失うことも覚悟しなければならないだろう。よって海軍の答えは「静観」しか導けなかった。
「……わしらがせっかくかき消したロジャーの痕跡を、今になって蒸し返すとは」
「サカズキ」
「わしゃ反対ですけ、センゴクさん。〝鬼の跡目〟の力を借りなきゃならん程に弱体化しとっちゃおらんわい」
海軍一の過激派である〝赤犬〟サカズキが抗議する。彼はこれまでの武勲により海軍大将へと昇格されており、会議においても大きな発言権を持つようになった。それゆえに同じく海軍大将となった同僚の〝青キジ〟ことクザンに過激極まるその思想と言動を諫められ対立するが、激戦を生き残ってきた海軍の猛者からは絶大な支持を集められてもいる。
そんなサカズキの意見に、センゴクは意外な言葉を口にした。
「……
センゴクの言葉に、サカズキも含めて一同は戸惑う。だがガープだけはその意味を理解していた。
バレットは好戦的かつ攻撃的であり、無類の孤高主義者だ。独自の組織を持たず、鍛え続けた己の力だけを信じる男であり、他人と関わることなどまず無い。唯一の例外はロジャーだけであるが、それでも海軍は未だにバレットがロジャーの部下となった理由を把握していない。だからこそ、彼がテゾーロと手を組んだことに違和感を覚えたのだ。
バレットとテゾーロの間には、世間に公表してはならない程の驚愕の裏事情があるのではないか――センゴクはそう考えていたのだ。
(バレットが動くとなれば、間違いなくロジャー関係じゃろうが……嫌な予感がするのう……)
常に豪放磊落な海軍の英雄は、柄にもなく言葉に表せない一抹の不安を覚えたのだった。
そんな海軍本部の周辺海域にあるインペルダウン。
署長である〝ドクドクの実〟の毒人間・マゼランは、バレットの仮釈放に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「しょ、署長……」
「わかっておる、済んだことだ……だが……」
マゼランは深く溜め息を吐いた。脳裏に浮かび上がるのは、バレットが投獄された日とその後の彼の獄中生活だ。
彼がまだ副署長であった頃に、上半身裸でバレットは連行されてきた。その時のバレットは22歳という若さだったが、その威圧感はロジャーの後継者に相応しいもので、覇王色の覇気を放っていないのに本能的に気圧されたのは鮮明に憶えている。あの金獅子の時ですら怯まなかったのに、バレットの時だけは心から震え上がったのだ。
そしてLEVEL6に幽閉されてから、彼の獄中生活を監視することになった。意外にもバレットは模範囚みたいな雰囲気で先に収監されていた囚人達と騒ぎを起こすことはなかった。だが彼の碧眼は何年経っても光を失わず、今思えば肉体がやつれたところを見たことが無かった。それがマゼランの不安だった。
「……まさか、檻の中でも鍛えていたというのか……!?」
マゼランの脳裏に、最悪のシナリオが浮かび上がる。
バレットは実は、あの狭い檻の中で己を鍛えていたのではないか。極限の集中力で己の力を磨き続けていたのではないか。もしそうだとしたら、十年を超える獄中生活で肉体が一度たりともやつれなかったことの辻褄が合う。
だが言い方を変えれば、バレットは投獄される前――当時のレイリーに匹敵する実力――よりも強くなっている可能性があるということでもある。残念ながら可能性の話であって確証はないのだが、ゼロと言い切れないのも事実だ。
「……おれの勘が当たらなければいいが……」
そして聖地マリージョア。
今回のバレット仮釈放を受けて王下七武海が招集され、つい先程説明を終えたばかりの面子が様々な反応をしていた。
「あの合体野郎がシャバに出るとはな」
バレットを合体野郎と呼ぶ海賊――〝砂漠の王〟クロコダイルは葉巻の紫煙を燻らせる。
彼はルーキー時代、当時20歳の頃にバレットと交戦している。バレットは体から紫色のきらめく細かい鉄片を大量に生み出し、それに触れた物体を吸収して自由に合成し支配できる〝ガシャガシャの実〟の能力者であり、武器や鉄がゴロゴロ転がる戦場では絶大な威力を発揮する。一方で合体中に異物が入り込むとうまく機能できなくなるという弱点があり、相性という面では〝スナスナの実〟は唯一の天敵となる。
クロコダイルはバレットとの戦闘の中でそれを見抜き、〝鬼の跡目〟を相手に生き残ることができた。しかし再び対決するとなると、バレットも自らの弱点をクロコダイルとの戦いで熟知しているはずなので、厳しい戦いとなるだろう。
(〝鬼の跡目〟か……テゾーロは何を考えとるんじゃろうな)
(これは只事ではないのう……奴が手引きしたとなれば尚更の事。海賊王の後継者が暴れたらテゾーロはどうする気なんじゃ?)
テゾーロと面識があるジンベエは、テゾーロの思惑を勘繰ろうとする。
政府側の人間で〝怪物〟と呼ばれ恐れられているとはいえ、その価値観・物事の考え方は下々民――常識的で一般人と何ら変わりはないはずだ。確かに大胆さや度量は並外れてる部分もあるだろうが、それを含めても常識人であるのは変わらないだろう。
そんな彼だからこそ、疑念が生まれたのだ。なぜ世界を混乱に巻き込むような行動に出たのか、と。
「〝鬼の跡目〟か……!! 奴の影が手に入ればカイドウの
愉快そうに笑うのは、元3億2000万ベリーの賞金首であるゲッコー・モリア。「他力本願」をモットーとする程の面倒くさがりだが、四皇の一人で百獣海賊団の総督であるあのカイドウと一時期渡り合ったこともある実力者だ。
彼は〝カゲカゲの実〟という自らの影を操り、さらには他人の影を奪って死体や物に入れてゾンビ兵士を作ったり自身に取り込み強化することができる能力者だ。海賊王ロジャーを継ぐ者と目され恐れられたバレットの影は、何としても手に入れたいのだろう。
「……」
そして随分と不機嫌そうな表情を浮かべるのは、ドフラミンゴだった。
テゾーロとドフラミンゴは、正直に言ってかなり仲が悪い。現に何度か対立し、マリージョアで鉢合わせする時も覇王色を衝突させることもあるくらい関係が悪化しており、その内抗争になるのではと政府中枢が肝を冷やしている。
今回のバレット仮釈放は、テゾーロは三大勢力を意識しているとドフラミンゴは睨んでいる。自分の活動が三大勢力の均衡をかき乱し、余計な敵を増やし潰されないようにするためだろうと解釈したのだ。もっとも、〝鬼の跡目〟をシャバに出した時点で三大勢力どころか世界をかき乱しているのだが。
(今はテゾーロを信じるしかないようじゃな。ダグラス・バレットと戦えばタダでは済まんし、
ジンベエは考えた末、テゾーロを信じることにしたのだった。
*
海賊の世界、いや、この世界における最強の人物とは誰か。
そう問われたら、人々は口を揃えてこう答えるだろう――それは〝白ひげ〟だと。
かつて海賊王ロジャーと
「ダグラス・バレット……あの小僧が出てくるとはな……」
「今じゃあ世界中が大混乱だよい」
「ロジャーの後継者にシャバで暴れられちゃあ、おれ達でも抑えきれるかどうか……」
白ひげの隣で一味最古参の
彼らもまたロジャーが暴れ回った頃の海を知る者達で、白ひげと共にロジャー海賊団とよく衝突していた。その中でも一際凄まじかったのが、若き日の〝鬼の跡目〟バレットである。同世代ではあったが自分達をも軽く超える戦闘能力を誇り、血気盛んな同僚達ですらバレットに震え上がり、覇気使いである自分達も幾度となく追い詰められたことを今でも忘れたことは無い。船長たる白ひげすらも、バレットがインペルダウンに投獄されるまで一日たりとも警戒を怠らなかった程だ。
バレットが表舞台から姿を消して十五年以上は経ったが、このタイミングで仮とはいえ再び海に解き放たれた。新聞には「膨れ上がる海賊達への抑止力としての超法規的措置」と書かれてはいるが、長く生きた白ひげは違和感を覚えた。
「バレットは一匹狼だ……ロジャーの野郎は別だったが、それでも一味にいた頃は仲間から距離を置いていたはずだ」
白ひげはロジャーのライバルであり、幾度となく海の覇権を競った間柄ゆえに殺し合いの中で友情が芽生えていた。ロジャー最大のライバルと呼ばれていたが、一緒に酒を飲んだり鉢合わせても宴に参加したりとそれなりの付き合いはあった。その中で船長同士の世間話や一味の裏事情を語ることもあり、白ひげはバレットの様子を聞いたこともある。
バレットはロジャーに惚れて船に乗ったわけではない。ロジャーの強さの正体を知るために「挑戦者」として乗ったのだ。現にロジャーも酒の席でバレットとの戦闘を語ったこともあった。
一番の問題は、政府がバレットをシャバへ解き放ったことと、孤高主義のバレットがテゾーロと手を組んだことだ。政府だけでなく〝新世界の怪物〟と呼ばれる男の考えは、大海で盤石の地位を築いた海の王者でも全てを汲み取ることはできなかった。
「……どういう風の吹き回しだか」
「さァねェ……少なくともオヤジじゃねェと勝てねェ相手なのは事実だよい」
レッド・フォース号。
竜を象っている船首が特徴のこの海賊船は、白ひげやビッグ・マム、カイドウと肩を並べる四皇〝赤髪のシャンクス〟が率いる赤髪海賊団の船だ。その甲板で、大頭のシャンクスは神妙な面持ちで新聞を読んでいた。
「お頭……〝鬼の跡目〟が解放されたってよ」
「ああ……そうだな」
副船長のベン・ベックマンの言葉にシャンクスは頷き、見習い時代を思い返す。
ロジャー海賊団の中では船長であるロジャーと副船長のレイリー、ギャバンをはじめとした古株からは頼りにされていたが、若い船員らは頼もしさ以上に恐怖を感じていたらしい。もっとも、規格外の強さだけでなく、ロジャー海賊団に入団した理由も理由だったのだが。
しかしシャンクスは人柄ゆえにバレットに対し恐怖心は無く、むしろからかうこともあった。その度に涙目のバギーに諫められたりレイリーの覇気を纏った拳骨を食らっていたが、少なくとも完全な敵ではなく亡き
(……今になって出てきたのは、相当ヤバイ事情があるかもな)
シャンクスはロジャー海賊団に属していた間の記憶は鮮明に憶えている。伝説級の大海賊との激闘の日々や海軍の英傑からの逃走劇、宴や同僚のバギーとの下らない喧嘩まで、オーロ・ジャクソン号に乗った期間の全てを覚えている。
ロジャーとの旅はとんでもない事件が度々起こったが、その中でもある意味特にヤバイ出来事があった。船員の一人が万が一のことを考えラフテルの場所を
もし消滅せずこの世に在り続けていたとすれば――それを手に入れた者は海の覇権、いや、時代の覇権を握ったも同然だ。
(レイリーさんはどう思ってんだろうな)
「……お頭、ダグラス・バレットとは顔馴染みなんだろ? 動くのか?」
「……いや、
シャボンディ諸島では、レイリーもシャンクスと似た反応をしていた。
「バレットか……」
「レイさん、随分と真剣な表情ね」
「まァな……」
レイリーはロジャーと共にバレットの上司を務めた。
自分とほぼ同格の腕っ節で名を馳せた後輩船員は、ロジャーの後継者――〝鬼の跡目〟と呼ばれて恐れられたゆえに自分以上に政府から脅威と見なされた。だからこそ当時の政府はサイクロンのように暴れまわるバレットを何としてでも倒したかった。
しかしあの日から十数年……バスターコールの発令と彼に敗れた海賊達による袋叩きでようやく倒せた怪物を、仮釈放という名目で世に解き放った。これにはさすがのレイリーも度肝を抜かれた。あれ程必死になってかき消そうとしたロジャーの痕跡を、わざわざ蒸し返すとは夢にも思わなかったからだ。
「世界中はシキの時よりも大騒ぎだ。当然と言えば当然だが」
ロジャーの死から二年が経過したある日、全世界に〝金獅子のシキ〟がインペルダウンを脱獄したというニュースが報じられた。
金獅子のシキは海賊艦隊を率いる策略家であり、ロジャーだけでなく現四皇である白ひげやビッグ・マムとも海の覇権を競った伝説の大海賊だ。それ程の大物が鉄壁の大監獄を脱獄したのは、世界中の人々の恐怖と不安を煽った。
だが今回のバレットの場合は、それどころではない。ロジャーの後継者が政府の思惑とテゾーロの手回しで仮釈放されたため、世界中が大混乱に陥った。特にロジャーが生きていた頃の海を知る者にとって、バレットの復活は避けられようがない絶望と向き合うような状態だ。海賊・海軍問わず震え上がっていることだろう。
「バレット……ロジャーはもういない。どうするつもりなんだ……」
バレットが入団した