ONE PIECE ~アナザー・エンターテインメンツ~   作:悪魔さん

133 / 183
随分お待たせました、申し訳ありません。


第129話〝奥の部屋にいる〟

 聖地マリージョアの外で開催される、前代未聞の世界会議(レヴェリー)に向けて着々と準備を整えるグラン・テゾーロ。

 その裏で、一人のコソ泥が〝新世界の怪物〟の資産を奪おうと蠢いていた。

 

 

「ここからが本番ね……」

 白いストライプが特徴の黒スーツの男達から身を隠しつつ、少しずつ怪物の根城の深部へと潜り込む一人の美女。紫色の長髪をまとめ上げ、スパイスーツに袖を通した彼女の名はカリーナ――〝女狐〟と呼ばれる怪盗だ。

 彼女の目的はただ一つ。グラン・テゾーロの君主にして世界的大富豪であるギルド・テゾーロの資産「テゾーロマネー」だ。世界中の泥棒が狙っているそれを盗み出せれば、泥棒としての最高の栄誉を手に入れることができ、カリーナの名を伝説の怪盗として後世に語り継ぐこともできる。

「ここまで来るのに、苦労したわ……」

 思わず涙ぐむカリーナ。

 彼女は盗みが大の得意で、騙し合いにも強い。海賊達を騙し続けて海を渡り、新世界に向かう海賊船に人身売買にかけられる美女のフリをして乗って、機を伺って別の船に移りグラン・テゾーロに上陸しようと画策していた。

 だが、それを根本から覆す一大事が起こった。まさかの〝鬼の跡目〟ダグラス・バレットの襲来である。必要時以外はテゾーロと距離を置いて単独で暴れるロジャーの後継者の進撃に遭い、海賊団は秒殺されて海に放り出されてしまったのだ。幸いにも巡回中の海軍の軍艦に救助され、偶然にもグラン・テゾーロの周辺海域にある島に降ろされて事なきを得たが、一時は死を覚悟したものだった。

「さて、まずは怪しまれないようにしないと……」

 感傷に浸るのをやめ、カリーナは心を切り替える。従業員や警備の者達を巧みな話術と色仕掛けで切り抜けたが、ここから先はテゾーロとその重臣達が支配する領域だ。あらゆる手を使って目的を遂行せねばならない。

 ふと、彼女の目に一人の女性が映った。優雅で気品のある女性だ。おそらく噂に聞くテゾーロの妻であるギルド・ステラ夫人。彼女は財団創立以前からテゾーロを長く支えてきているグラン・テゾーロの超重要人物だ、接触することで何か得られそうだ。

 カリーナは行動(アクション)を起こした。

「動かないで」

「!?」

 カリーナは懐からナイフを取り出し、一切音を立てずにステラの喉元にナイフをあてる。

 侵入者に気づいたステラはすかさず拳銃を取り出し、銃口をカリーナの方に向けた。この銃には貴重な海楼石の弾丸を込めてある。当たりさえすれば、たとえ彼女が能力者だったとしても十分なダメージを与えられる。

 しかし相手は怪盗――偸盗術のプロフェッショナルが相手では分が悪かった。カリーナは銃口を向けられた瞬間、目にも止まらぬ速さで手刀を繰り出してステラの手を叩き、銃を落とした。

「静かに……」

(だ、誰……!? どうやってここに……!?)

「人殺しをしに来たわけじゃないけど、この国に眠るテゾーロマネーを頂戴したいの。悪いようにはしないから、黙って案内して」

「……」

 泥棒の要求に、ステラは思案する。

 テゾーロマネー自体は、盗まれてもどうということではない。所詮は金であり、愛する夫が黄金を生む能力者なのだから、何億も何兆も盗まれたとしても動じることは無いはずだ。仮にテゾーロマネーを全て盗まれても、所有者(テゾーロ)は「ステラが無事でよかった」と安堵して抱きしめるだろう。夫婦愛は永遠である。

 問題なのは、同じ場所に眠る存在自体が世界をひっくり返す二つの宝の方である。アレはテゾーロマネー以上の価値があるどころか、時代の覇権や世界の命運が関わってくる次元が違うアイテム……金で換算できるような代物ではないどころか、むしろ存在すること自体があり得ないレベルだ。

 今の彼女にできるのは、テゾーロ達が自分のピンチを察知して動いてくれるよう働きかけること。それも、怪盗に気づかれないように。幸いにもカリーナの目的は一つだ、うまくやり過ごせば、テゾーロが解決してくれる。

「……わかったわ。だけど周りの皆を巻き込まないこと――それが絶対条件よ」

「交渉成立ね。私は怪盗カリーナ……よろしくね、お姉さん♪」

 ウシシ、と満足気に笑うカリーナ。

 この後、彼女は一時の夢に酔いしれつつギルド・テゾーロの恐ろしさを味わうことになる。

 

 

           *

 

 

 ステラを人質にしたカリーナは、グラン・テゾーロの立ち入り禁止エリアであるプライベートエリアに足を踏み入れた。

「ここまでの国を一代で築くとはね……」

「テゾーロの夢はまだ半ばよ? ここから先が真の正念場って言ってたわ」

 テゾーロの底知れぬ野心に驚いていると、カツカツと杖を突く音が響いた。

 二人の元に近づくのは、杖を携えた長身の男性。額に巻かれた包帯と両目の傷が特徴で、その雰囲気は穏やかそうである。

 テゾーロの部下の中でも穏健派である三つ目族のタタラだ。

「おや。ステラさん、そちらの方は……?」

「カリーナよ。さっき酒場で会って意気投合して……」

「成程、ガールズトークとやらで仲良くなったんですか。さすがですね」

 タタラは顎に手を当てて変な感心をする。

「あなたは?」

「私はタタラ。三つ目族の三十代後半です」

「三つ目族……!?」

 初めて耳にする種族名に戸惑う。

 この世界には数多くの人種が存在し、普通の人間から魚人族・人魚族、巨人族に小人族、手長族に足長族など、多様性に富んでいる。当然人種同士の争いや偏見・差別はあるが、時には人種の壁を超えて活躍したり困難を乗り越えることもある。

 カリーナも各人種の裏事情や歴史は承知ではないが、どんな人種がどういった特徴があるのかという基本的な情報は知っている。だが三つ目族は人間(ヒューマン)オークションのリストにすら載ってない程に希少な種族であり、全てが解明された種族でもない。彼女は図らずとも未知の種族とのファーストコンタクトという貴重な体験をしているのだ。

「気味悪がられますが、本物見ます?」

「い、いえ! 結構です、また今度にでも……」

「そうですか……ところで、ここは一般の方は立ち入ってはいけないエリアですが、何か御用で?」

「テゾーロに紹介したいの。どこにいるか知ってる?」

「今日は確か屋上でモルガンズ社長との会談があるそうで、私室の方にはいないかと」

 タタラ曰く、今日は世経――世界経済新聞社――の社長であるモルガンズとの会談があり、訳あって塔の屋上に設置された天空劇場にいるという。おそらく、今度行われる世界会議(レヴェリー)の準備の為なのだろう。

「じゃあ、テゾーロには「奥の部屋にいる」って伝えてくれないかしら」

「――!! ……わかりました」

 タタラは了承すると、マントの内側から細長い筒状の貝殻が特徴の巻貝のような生物を取り出した。ワノ国で電伝虫の代わりに用いられている「タニシ」で、彼が所持しているのは「スマシ」――携帯用の小型の「スマートタニシ」だ。

 殻以外は電伝虫とさほど変わらない外観だが、電伝虫に比べて念波が弱いという欠点がある。しかしテゾーロは万が一電伝虫が何らかの手段で使えなくなった場合を想定し、部下の一人であるジンが知り合いのある大物海賊(・・・・・・)から譲り受けたものを活用したのだ。

 

 ――プルルルル! プルルルル! ガチャッ

 

「こちらタタラ。タナカさん、聞こえますか」

《するるる……これはこれはタタラ様、どうかなさいましたか?》

(電伝虫? でも全く違う……)

 タタラが使っている電伝虫と似た性質の生物に、カリーナは興味を持つ。

「テゾーロさんは?」

《今モルガンズ氏と会食中ですが……何か御用で?》

「ステラさんが紹介したい方がいるそうで。会談(そちら)はいつ終わりますか?」

《あと一時間程ですねェ……お部屋でお待ちしていただけますかね、その方には》

「ステラさんは「奥の部屋にいる」とのことです」

《……!! わかりました、ではお部屋の鍵は開けておきますよ。では失礼》

 連絡を終えると、タタラはスマシをしまってステラに了承を得たことを伝えた。

「……ステラさん、せっかくですので私が護衛としてご同行いたしましょう」

「いいの?」

「最近はテゾーロさんの資産を狙った泥棒が増えてますからね。あの方も困った人です、自分の今後に関わる財産すら博打の景品にするなんて」

 カリーナは目を見開く。

 テゾーロは何と、自分の資産を賭け事の商品として扱っているのだ。おそらく、ギャンブルの対象として見世物にしているのだろう。絶対に盗まれることが無いという自信の表れと言えよう。

「では、ご案内致します」

 

 

 時同じくして。

 グラン・テゾーロの象徴(シンボル)にして政治の中心である黄金の塔「THE() REORO(レオーロ)」の最上階、天空劇場にてテゾーロはモルガンズと会食を楽しんでいた。

「クワハハハハ!! 出世の神様もついにここまで来たか!! 世界中が度肝を抜く大ニュースだ!!」

「買い被りが過ぎますよ、モルガンズ社長」

「クワハハ、買い被りなものか!! 世界の歴史においても、成り上がりで世界会議(レヴェリー)の開催場所をマリージョア以外にさせたのはこれが初めてだぞ!!」

 テゾーロを称賛するモルガンズ。

 彼にとってギルド・テゾーロは、常にビッグ・ニュースを提供してくれる型破りな男だ。経歴から思考回路など、あらゆる面で常人とかけ離れている。存在そのものがスクープのようなものであり、守銭奴とはいえ自らのジャーナリストとしての矜持をくすぐる人間だ。

 〝新世界の怪物〟は、もはや若き伝説と化していた。

「――おっと、そろそろ時間だ。ではここで失礼しよう」

「道中お気をつけて。おい、ハヤト」

「護衛だろ? わーってるよ」

 テゾーロはモルガンズとの会談を終えた。

 財団時代からの付き合いであるモルガンズは、テゾーロにとって貴重な情報源であると共に経営者として同じ時代を生きる同志だ。立場も主義主張も違うが、目的が一致すればスライスとの関係のように手を組むこともある。人脈とは、そういうものだ。

「さて、片付けるか……」

 後片付けに取り掛かるテゾーロ。

 この会談は非公式、いわゆるプライベートの邂逅だ。食事も酒もテゾーロ自身が吟味して用意した物ばかり。自分で用意したのならば、自分で片づけるのが筋――テゾーロはそういう考えの持ち主だ。

 その時、壁をすり抜けてタナカさんがテゾーロの前に現れた。

「おや、随分と早く終わったのですね」

「彼も仕事人だ、スケジュールの都合もあるさ」

 テゾーロはテーブルクロスを畳みながら「用件は」と尋ねる。

「テゾーロ様、ステラ様からの伝言です」

「伝言?」

「「奥の部屋にいる」とのことです」

 その言葉に、テゾーロは一瞬目を見開く。

 この「奥の部屋にいる」というのは、実はテゾーロとその重臣達にしか伝わっていない暗号だ。奥の部屋とはテゾーロの私室の奥にある大金庫「テゾーロプレゼンス」で、普段はテゾーロ自身も使うことが少ない。言い方を変えれば、何らかの事情で向かうことになるという事実を伝えていることにもなる。それが、テゾーロの資産を狙う悪党が関わっているのも含む。

「そうか……」

 テゾーロは動じなかった。

 ステラが人質に取られていれば、今までの彼ならば怒りを露わにして後先考えずに突っ込んでいったことだろう。だが世界的な大物に成長したことで、冷静に対処することの重大性を理解できるようになっていた。

「そのまま大金庫へと誘導しろ。シードに連絡して、逃げ道となる全てのルートを塞げ」

 テゾーロは指示を飛ばす。

 人質とは生かしてこそ効果があるのだ。ステラの安否は、少なくとも大金庫に辿り着くまでの間は保障される。ならば勝負を仕掛けるのはそこから先――大金庫に辿り着き、目的の代物を眼中に捉えて油断した一瞬の隙だ。

(おれはそこらの金持ちと違って甘くないぞ? 確かな情報さえあれば、あとは権力で物を言わせられる)

 新世界の怪物(ギルド・テゾーロ)は、まだ見ぬ女狐との出会いを楽しみにしているのか、ニィッと頬を緩ませた。

「……久しぶりのエンターテインメンツだ、期待しているぞ? 怪盗」




早くルフィ登場させないと……。(笑)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。