第一話 夢見
――その日は大雨の日であった。
その日のことは彼の脳に鮮明に記憶されているであろう。
なにしろ、《一度死んだ日》であるのだから――
その出来事は、部活帰りの時に起こる。
朝にスマホの天気予報をチェックした時は、雨の予報など一切無かったのだが、正午過ぎには大雨が降り注いでいた。
スマホから出された情報を完全に信じていたので、青年は傘を持っていない。
だが、彼以外の人達は傘をちゃんと用意していたのである。
皆なんでちゃんと用意してんだよと思った青年は、今後どうするかを考える。
彼は雨を防ぐ物はなに一つ持っていない為、親からうるさく言われるのを覚悟で自転車で帰ることとした。
下駄箱から、雨水が地面について跳ねたのが見えた。
飛ばして帰ろう。
そう思った彼は、雨の中をあっという間に駆け、神速で自転車に乗って漕ぎ出していった。
勿論、その後に起こることを予測してはいないが。
横断歩道の前で自転車を止めた。
その理由は、信号が赤色を表しているから。
自転車を止めた青年の周りに人影は見えず、車も見えない――となると、人によってはここで横断歩道を渡るが、彼は雨に打たれてるにも関わらず、渡らないことにした。
一旦漕ぐのを止めてから、次は帰ってからの事を考える。
ここで何を考えてた――それはもう覚えていないだろう。
凄いことを考えていた可能性もあるし、もしかしたら、たいして考えてないのかもしれない。
だが、この後に起きる出来事によって、全て消されたが。
やがて、信号は青になる。
信号が赤から青になるまでにも、多くの雨は自分の体に容赦なく降ってきてた。
さすがに不味いと考えたのか、急いで漕ぎ直し、横断歩道を通ろうとする。
――大体横断歩道の真ん中に来たところだろうか。
彼はある違和感を感じる。
その違和感は、彼から見て右手にあった。
そんな違和感など、この状況の中でゆっくりと確認する暇なんて無いはずなのだが、人間が元来持つ"知りたい"という欲求に一瞬で負けてしまい、右手を見てしまう。
タイミング良く"それ"は自分の目の前に来ていた。 しかし、気付くには遅すぎた――
――轢かれた後、彼の脳内には夢が映し出されていた。
だが、その夢は大変奇妙な夢だ。
目は開かない、手足は微動だにしない、口は閉じたまま。
動くことを完全に制限された夢の中で、ただひたすらに思案を巡らす。
ここは天国なのか。
(いや、天国なら体を動かせないのってまさに拷問みたいじゃないか――って、今更だが、意識あるじゃん、俺。 まさか、生きてるのか)
自分はいったい――そんなことをただひたすらに考えていたところに、ある声が聞こえる。
「――あんたか」
そうですよと言いたかっただろうが、口を動かせない為、何も言えずにいてしまう。
青年が聞いた声は若々しかったが、どこか闇を抱えていた。 どんな闇か――それは見当もつかなかったが。
「すまないな……めんどくさい事を頼んで」
何が、と聞き返したかったのを、勿論のごとくせき止められる。
「俺も、出来る限りの事はした」
またも反論まがいのことを考えたが――無駄だと悟る。
「もう元の世界には帰れない……これはあんたの運命だ」
運命――その言葉に、青年はいつも以上に反応する。
「後の事はあんたに任す。ただ、これだけ言わせてほしい」
声の主は一旦間を空けて言った。
「姉さんを救ってくれ」
言葉が全て発せられた瞬間、青年の視界は光で覆われ、やがて温かみのある闇へと変化していった。