――「敵は今どこ?」
加賀が無線機を通じて長良へと問う。
長良はそれに的確に答える。
「うーんと――あ、いました! まだまだ射程範囲には入らない感じです!」
「そう。 ありがとう」
淡々と感謝を言うが、頭の中では一つの考えが巡らせていた。
(やはり相手は私達とやりあいたくないか……私達を追うだけ無駄と感じたのでしょう……ならば、こちらからいかせてもらいましょう――)
――この一時間強前。
加賀が艦隊に向け、戦策を説明していた。
「まず、なぜ今回敵と戦うかというと……」
この問題に、敵艦隊の登場以降、沈黙を守っていた深雪が手を挙げながら元気に答える。
「はい! 樺太攻撃部隊が挟み撃ちにされないため!」
「正解。 敵艦隊をこのまま見逃して、樺太を攻撃している別艦隊が挟み撃ちにされることを防ぐためよ。 そのために、私達がどんな形であれ、敵艦隊の反転を防ぐのよ――時間稼ぎでもなんでも。 勿論、沈まない範囲でね」
丁寧に説明すると、各艦娘は次第に納得の表情を浮かべていく。
加賀への報告役となった長良も、すっかり納得していた。
しかし、彼女達には一点の疑問だけが残った。
「深海棲艦を一定時間樺太へ向かわせないというのは分かったのですが、結構難しい気がします。 深海棲艦は私達のような小艦隊は無視でしょうし」
「それを振り向かせるための戦策をここで発表するわ。 若干早送りになるけど、しっかりと聞いてね」
長良らはそれに頷き、それを確認した加賀は説明をする。
各艦娘は、それぞれ少し違うながらも、ほぼ同じような覚悟を決めていた。
――「凄いですね……それを即興で考えるところが主に」
加賀の作戦立案能力の高さに、驚く艦娘達。
その代表的な感じとして、長良が声に出す。
だが、加賀はいつも通り冷静なままだ。
「……これが、私の出来る範囲の中で最も良い戦策です。 他に案は……?」
誰も反応を示さない。
彼女達は、これが最善の策であると既に思っていることの証明だ。
例え、彼女達の中で他の案があったとしても、それはこの戦策に負けている。
「……分かった。 これで行くわね」
すると、加賀は宗谷海峡で行われた、先の戦いのことを想いながら語った。
「……佐渡の人達の弔い合戦でもあるから。 その気持ちも忘れないで」
艦隊の空気が引き締まる。
特に、作戦会議の時に他鎮守府との交流を望んだ深雪は特に――
「では、準備を始めて」
――「予定通り、あの作戦を」
「了解!」
力強く響く応答。
腹はもう決めている――
「第一次攻撃隊、発艦始め」
加賀の掛け声と共に、長弓が射られた。
射られた矢は、そのまま幾つかの艦載機へと変貌する。
編隊の艦載機の数は五十二機。
しかし、驚くべきは艦載機の種類である。
艦戦はほとんど見受けられず、多くは艦爆、艦攻である。
「まさか、あの時念のために多目に積んでいたのが役に立つとはね……」
出撃前、加賀は艦戦を少なくし、艦爆艦攻を多く積んだのだ。
それらの艦爆艦攻は、急ピッチでかき集められ、こうして空を羽ばたいている。
「本当に艦戦入れなくて大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。 皆優秀な子達ですから」
長良が質問する。
自らの航空隊に自信を持つ加賀。
事実、加賀の航空隊は高い錬度を誇っており、加賀の周りでも、そのことは皆知っている。
故に、加賀に反論する者は、誰一人いなかった。
「……さて、攻撃隊は大丈夫かしら」
――深海棲艦は無駄な戦いを行おうとしなかった。
それは勿論、被害が出ないようにという面と、人類側の攻撃部隊を挟み撃ちにするためという面の両面があるからだ。
例え、圧勝出来るような相手であろうとも――
しかし、彼女達は無駄な戦いに身を投じることとなる。
いや、身を投じられた、と言うべきか。
艦隊の目となっている、最後方の駆逐ハ級が遠くにある幾つかの黒点を発見。
その情報を、旗艦である戦艦ル級へと伝達する。その情報を聞いたル級は、何かに気付き、突如として慌て始めた。
何故なら――その黒点は、人類が出した航空隊であると察したから。
――「加賀母艦航空隊、敵艦隊への攻撃を開始!」
「しっかりと相手を攻撃出来てる?」
「はい! 狙い通り、戦艦ル級へ攻撃出来てます!」
長良が嬉々として報告する。
だが、それを加賀が窘める。
「油断しないで。 戦艦が耐えてくる可能性だってあるのよ」
「あ、はい!」
「……さて、第二次攻撃隊の発艦をするわよ」
攻撃隊を発艦しようとする加賀。
「……第二次攻撃隊、発艦始め」
前と同じように長弓を射り、矢を艦載機群へと変貌させる。
第二次攻撃隊も、第一次攻撃隊とほぼ同じ編成となっており、数は四十六機。
これにより、加賀の母艦航空隊は全て発艦したことになり、その全てが敵艦隊への攻撃に当てられたことになる。
「加賀さん! 第一次攻撃隊が帰還してきます!」
帰還すること、それはつまり攻撃が終了したことを告げていた。
「戦果は確認出来る?」
「まだ確定出来ませんが、かなりの煙がたっているのでいい線いってると思いますが……」
遠くに見えるのは沢山の煙。
それなりに戦果はありそうだ。
「なら、予定通り次の行動に移せるわね」
安堵する加賀。
そこに、長良からの報告が来る。
「……目視ですが、おおよその戦果が判明しました!」
その報告には、喜びが多く含まれていた。
「第一次攻撃隊、戦艦ル級一隻を撃沈す! その他、駆逐艦一隻を撃沈! 重巡一隻大破、軽巡一隻を中破にす! その他、小破以下の損害を幾つか与えました!」
報告と共に、艦隊が沸き立つ。
加賀も珍しく喜んでいる。
「第二次攻撃隊でもう一隻の戦艦を無力化させたら、作戦通りに動くわよ」
「了解!」
元気良く応答する各面。
同じ頃、第二次攻撃隊の航空攻撃が始まった。
加賀が立案した作戦、それは敵の射程範囲外からの航空攻撃で敵戦艦を無力化させることであった。
しかし、それだけでは脅威は消え去らないため、さらなる追い討ちを仕掛けようとしている。
その追い討ちの内容こそ、吹雪が示した《二つ目の戦術》である。
――「敵艦隊へと接近します! 水雷戦隊、雷撃戦の準備!」
急造された水雷戦隊の旗艦となった長良の無線機に響く了解の応答。
「まずは私と如月ですね。 では、行ってきます」
神通が如月を連れ、敵艦隊へ迫っていく。
目的は魚雷を放つため――だが、何故四人総出ではなく、二人だけが出ているのか――それは、吹雪のある策があるからだ。
「魚雷装填完了! 魚雷、発射します!」
勢い良く二人の艦娘から放たれる魚雷。
そして、魚雷を発射したのち、急いで戦線から離脱。 長良らに合流する。
「魚雷の次発装填を始めます! では長良さん、深雪ちゃん、行って下さい!」
「おうよ! この深雪さまにまっかせな!」
神通の励ましに、いち早く応えたのは深雪であった。
「深雪。 油断しないでね。 あくまでこれは、加賀さんの第三次攻撃隊の援護だから」
心配する長良の声。
「大丈夫大丈夫。 私、そういう所はちゃーんとしてるから!」
そのような心配の言葉にも、屈託のない笑顔で返す深雪。
「よし、魚雷の発射は出来る?」
「おう! もう出来てるぜ!」
確認して――長良らは先程の神通、如月ペアと同じように魚雷を発射した。
そして、同じように艦隊に合流する。
「これをあと一回ほど?」
「……ええ。 敵から砲撃を受けないようにね」
彼女らは何をしようとしているのか。
その理由は、敵を撹乱するためであった。
なんと、魚雷を敵艦隊の撃滅に使うのではなく、集中力を途切れさせるために使ったのだ。
この戦策は、作戦会議にて吹雪が示した二つの戦術の内の二つ目である。
そして、その戦術は狭い海峡での戦いを想定していたため、加賀が追い討ちする用にアレンジしたのが、この戦策である。
魚雷を一斉に沢山出すのではなく、二手に分け、そこからも更に発射を二回に分けることで、敵艦隊に連続して回避運動をさせる。 それにより集中力を失い、また艦隊全体のスピードも落ちている所を、加賀が先の航空攻撃で生き残った艦載機の編隊を敵艦隊に全力でぶつける。
それがこの作戦の全容であった。
「神通、如月。 次発装填は?」
「……もう出来ました。 やはり凄いですね。 この次発装填装置というものは」
この次発装填装置は、この艦隊では神通の艤装にのみ備え付けられていた、最新鋭の技術であった。
これにより、魚雷の装填のスピードが格段に上がったのである。
「如月は?」
「……もうすぐです……と、やっと出来ましたわ」
そんな神通の装備に対抗心が出来たのか、軽巡以下の艦娘達は魚雷の装填が非常に速くなっている。
「では、第二回目の雷撃に行ってきます」
「気を付けてね」
神通らが敵艦隊へと接近していった。
この雷撃の後、今度は長良達の出番となる。
――「では、行ってきます!」
「これで最後です。 しっかりと気を引き締めてください」
神通の励ましの言葉に、いち早く深雪が応える。
「おうよ! んじゃ、頑張ってくる!」
いの一番に飛び出す深雪。
遅れてそれに、長良がついていった。
「飛び出しすぎると砲撃を受けるよ?」
「大丈夫大丈夫!……と言いたいところだけど、実は少し不安なんだよね」
そんなことを言ってる最中――
「! 深雪!!」
「――マジかよ!」
急いで防御態勢をとる深雪。
深雪の視線の先には、苦し紛れに砲撃を放つ重巡リ級が。
――深雪の周りに現れる水柱。
直撃は免れたようである。
そして、深雪がすぐさま退避したためか、これ以上砲撃は放ってこない。
「――大丈夫っぽいね。 服も破けてない」
艦娘が受けたダメージは人体へは入らず、艦娘が持つ特殊能力――この世界では《器》と呼ばれるもの――によって、全て艤装や服装に吸収される仕組みになっている。
そのため、どんなに攻撃を受けても、余程のこと――戦艦に直撃弾を食らうこと等――がない限りは人体に影響はない。
だが、攻撃を受け続けると代わりに攻撃を受けている艤装が次第に壊れていき、艤装が完全に破壊された場合、器が壊れ、体に強いショックが走るため、ショック死する。
これを俗に言う"轟沈"と言い、その場合は体は海へと沈んでいく。
轟沈は、大破した状態で強い攻撃を受けない限りはしない仕組みとなっている。
だが、一度にとても強いダメージを受けた場合、ダメージを全て吸収しきれずに、人体が直接攻撃を受ける。
その場合、一発で死ぬ可能性もある。
「なら、作戦には影響なし!?」
「うん。 作戦続行して」
喜ぶ深雪。
深雪自身は小破以下のダメージだったため、問題なく作戦続行が出来る。
「――これで最後。 魚雷、発射します!」
長良の艤装から飛び出された魚雷が敵艦隊へと真っ直ぐ進んでいく。
それを見送った長良が呟いた。
「……加賀さん、後はよろしくお願いします」
――日本海の北側で、護衛もない空母が弓を持っていた。
それは、まごうことなき新潟鎮守府の加賀である。
「第三次攻撃隊、発艦始め」
加賀の持つ長弓から射られた矢が艦載機へと変わった。
編隊の内容は、第一次、第二次と同じような編成。
先程の攻撃で残った艦載機を積んでいる。
「……先の雷撃である程度倒しやすくなったでしょう。 戦艦も居なくなりましたし」
第二次攻撃により、敵の二隻目の戦艦を轟沈させていた。
「……頼みますよ。 航空隊の皆さん」
――「あ、司令官。 艦隊から電文です」
所変わって新潟鎮守府の通信室。
相も変わらず、二人だけがこの部屋にいた。
既に時刻は午後三時を通りすぎている。
「どれどれ……お、勝ったん!?」
驚きと喜びが混じった声を出す。
喜びは勝ったことからだと推測出来るが、驚きはどこから来ているのか――
「……まさか、勝てないとでも思ったのですか?」
「いや、戦ったことに対してだけど」
実直に答える海原。
その反応に、吹雪がペースを乱されてしまったようだ。
「……とりあえず、今は勝ったことに喜びましょう」
「だな。 そうだ、艦隊に電文を」
吹雪がちゃんと聞き取れる態勢をとったことを確認し、一呼吸置いて話した。
「……お疲れ様。 アイスクリーム作ってあるぞ……と」
――「あ、司令官! あそこ!」
夕暮れ時の鎮守府。
その波止場に二人はいた。
二人はある艦隊の帰りを待っている身である。
「……いや、吹雪は双眼鏡を持ってるから見えるわけで、俺は肉眼なんだが…」
「でしたら司令官も持ってくれば良かったんですよ」
痛いところを突かれる。
勿論、反論も出来なかった。
「……すみませんでした」
「はいはい……と、結構影が大きくなりましたね……」
もうじきで肉眼でも見えるほどの大きさになる。
「……こっちはいい戦いしたのに、肝心の樺太は押されてるんだよねえ……」
「それ、皆が帰ってすぐ言わないでくださいよ、暫くは暗黙の了解です」
「分かってるよ、それぐらい。 ある程度は空気読めるし」
「……信頼してます」
「なんか含みあったよね、今」
そんな夫婦漫才をしている最中にも、影はどんどん大きくなっていき、表情も読み取れるようになっていた。
「ねえ。 帰ってからかける最初の言葉は?」
海原の質問。
その質問は、吹雪にとって難しい質問であった。
「むむむ……珍しく良い質問しますね……そうですね、とりあえずお疲れ様と言いますね」
「ふーん」
「そういう司令官は?」
同じ質問を返される。
しかし、この質問の答えは既に考えていた。
「……生きて帰ってきてありがとうって言うけど」
その答えに、吹雪は驚いたのか――
「なんか、軍人らしくないですね。 生きて帰ってきてありがとうなんて」
その質問は、海原には無意味だった。
何故なら、海原は――
「……でも、なんか格好いいです。 そういうこと言えるような人」
「そう? ははは、照れちゃうな~」
「あの言葉、実は嘘なんですよ?」
「酷いなおい」
リズムの良い二人の会話。
それに、吹雪は可笑しいと感じたらしく――
「……ふふっ」
「? どうした?」
「いや、楽しいなあって。 この鎮守府」
その言葉を聞き、海原も安心してるようだ。
「あ、もうすぐ着くね。 おーい!」
海原が手を振った。
それに合わせて、吹雪も手を振る。
「……ここが、私にとって最良の場所です」
突如、真剣な声音で話す吹雪。
それを、海原は真剣に聞いている。
「ここで、私は司令官に尽くす。 それが、私の天職です」
「……その年齢で?」
「ええ。 だって私――」
次の瞬間、吹雪は最高級の笑顔で話した。
「私、ここが大好きですから」