艦隊これくしょん ー空に誓った約束ー   作:ジャスSS

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第二章
第十二話 不遇


――あの日本海での戦いから七か月後。

 

この間、鎮守府では、様々なことが起こっていた。

 

七か月前に実行された、樺太勢力殲滅作戦――戦後、《え号作戦》と呼ばれた――は失敗に終わり、樺太の奪還はならなかった。

 

戦後、新潟鎮守府は海原司令長官の有事に備え、新たに《副司令長官》を設け、その席に加賀が座ることとなる。

 

加賀はこれまで、複数の基地や鎮守府を渡り歩き、それぞれの基地や鎮守府で様々な作戦を成功に導いた、まさに歴戦の艦娘であることが評価された結果であった。

 

「……失礼します」

 

執務室のドアを開けたのは、その加賀新潟鎮守府副司令長官。

 

しかし、執務室にはいつもの二人の姿はない。

 

彼らはどこにいるのか――その答えは、加賀の頭の中ですぐに沸き上がる。

 

(……そうだ、波止場にいるんじゃないか。 休憩がてらに)

 

そう思った加賀は、ゆっくりと執務室を後にし、廊下をゆっくりと歩いた。

 

すると、誰もいないと思ったのか、独り言を呟いていく。

 

「……ここに舞い戻って、そろそろ一年、か……」

 

何かを思い出しながら、続けて呟く。

 

「……五年前が懐かしく感じるわね。 あの時、私は赤城さんを――」

 

何かを察し、独り言を止める加賀。

 

急いで何者かへと視線を向ける。 その視線の先には――

 

「……提督。 吹雪と一緒ではないのですか」

 

その質問に、少し緊張感を持った状態で海原は答える。

 

「……吹雪はもう少し風を感じてたいと言ってた。 だ から、俺一人な訳だけど。 それが?」

 

「……そうでしたか。 いえ、また後でお伺いしますので。 ありがとうございました」

 

敬礼をし、そのまま立ち去ろうとしたその時、加賀が小声で海原に話す。

 

「先程の話は、全部忘れていただければ……」

 

そう言うと、加賀は早歩きで立ち去っていった。

 

しかし、海原はこの言葉も、先の話も全て忘れられずにいてしまうこととなる。

 

 

 

――「司令官、三月着任予定の艦娘達の履歴書が届きました」

 

加賀との会話の後の海原がいる執務室のドアを、吹雪が勢い良く開けた。

 

その顔には、喜びに満ち溢れている。

 

「お、来たか」

 

既に、海原は先の加賀との話から気持ちを切り替えており、いつも通りの海原となっている。

 

「中身確認した?」

 

「いや、全く。 なので、私も、司令官も初めてこのお楽しみペーパーを見るのです」

 

「お楽しみペーパーって……まだ書類段階なのに?」

 

「ええ。 だって、誰か来るか、所謂ガチャみたいなものですよ」

 

この吹雪の言葉に、海原はある新潟鎮守府所属の艦娘を重ねた。

 

「……深雪に似てきたな。 やはり、同型艦か」

 

「……そうかも……しれませんね」

 

海原の言葉に納得したのか、そのまま続けて言葉を発する。

 

「やはり、同型艦だと考えていることも一緒なんですかね。 血縁関係ないのに」

 

同型艦の場合、その多くは姉妹である。

 

新潟鎮守府でも、神通の姉妹は全て同型艦であるらしい。

 

しかし、吹雪と深雪は一切の血縁関係はなく、これまでに面識もない。

 

「ついでに言うと、吹雪の方が遅く艦娘になったし」

 

「そうなんですよ。 年はこっちが上なのに、あっちの方が経験があるんですよね。 まあ、そんなことはよくありますが」

 

艦娘は小学校一年生からなれる、特別な職業である。

 

これは、今世界が深海棲艦によって追い詰められているためである。

 

故に、例え年上であっても艦娘歴は年下ということも多々ある。

 

「でもさあ、深雪って艦娘歴結構長いはずなのに、艦隊 だと一番幼く感じるよね」

 

「それって、鎮守府で一番年下だからじゃないですか」

 

深雪の艦娘歴は加賀に次いで長いが、年齢は海原、吹雪を含めても最も低い。

 

「海戦ではなんだかんだいって、経験を活かして活躍してくれていますが、熱くなりすぎるというのが如何せん……」

 

「まあ、それは年を重ねて直してもらおう」

 

発言の傍ら、海原が書類をペラペラとめくった。

 

すると、ある一枚に目がいく。 目がいった紙には、とある艦娘――その艦娘は、かつて会ったことがある。

 

「……本当に来るとはな……というか、あっちも来れるとは思ってないでしょ」

 

その海原を見て、吹雪が問う。

 

「何が……?」

 

「……見ろ。 やったぞ、俺達」

 

それまで、ポカーンとしていた吹雪だったが、紙を見せられた瞬間、その表情は驚きの表情へと変えていった。

 

 

 

 

 

――「やっと着いた……まさか、ここに来るまでにこんなに時間をかけるとはね……」

 

一年前に海原も利用した新潟駅に到着したのは、二列に分かれて並んでいる十数人の女子達。

 

その全てが、新たに新潟鎮守府へと着任する艦娘達である。

 

そして、その中には、かつて海原が会い、吹雪を驚愕させた艦娘もいた。

 

「いや、瑞鶴。 まだ終わりじゃないよ」

 

「分かってるわよ青葉……むしろ、これからだよね……」

 

瑞鶴――一年前、横須賀にて海原と出会い、別れ際には新潟に来ることを約束――半分冗談の――した艦娘。

 

瑞鶴はその後も首席の座を誰にも譲らず、その実力をより高めた結果、なんとマスメディアから《希望の星》と呼ばれ、元々の美貌も手伝い、その知名度は全国規模に。

 

最終的には、《女神》として呼ばれ、国民からの期待を一身に背負っている。

 

その実力は、養成所設立以来初の模擬戦全勝という成績と、最新鋭の艤装を軽々と扱うその才能、そして余りある潜在能力が裏付けている。

 

このことから、専門家からは、《国民の星、日本の星、人類の星》と言われ続けている。

 

そんな瑞鶴が、世界で最も田舎な賃金に来る――そのことの重大さは、瑞鶴自身も理解していた。

 

「――青葉。 昨日言ったこと……」

 

「うん。 勿論分かってる。 あんまり騒ぎ立てないようにするから」

 

重巡、青葉も瑞鶴に付いてやってきた。

 

一躍スターになった瑞鶴だが、同級生達には相変わらず嫌われており、後輩には沢山話しかけられたが、その全てが瑞鶴人気に乗じてやって来た人達であった。

 

そんな瑞鶴にとって、青葉は唯一の友人であり、理解者であるのだ。

 

「青葉、信頼してるよ」

 

瑞鶴が青葉に感謝の言葉を放つ。

 

すると、周りが少しざわめき始める。

 

「……この子達も、今結構緊張してるから、ここで話はやめようか」

 

それを承諾した瑞鶴は、手持ちのマスクを顔に着け、周りにバレないように鎮守府への道を歩いていった。

 

 

 

――「司令官、何故瑞鶴さんと?」

 

瑞鶴らが新潟駅に到着する少し前、海原、吹雪は執務室で暫しの休憩時間をとっていた。

 

彼らはここで、新規着任艦娘らの新潟駅到着を待っていた。

 

「ここに来る前に、俺が横須賀海軍学校にいたことは知ってるよな?」

 

海原からの問いに、首を縦に振る吹雪。

 

「そこでまあ……奇跡的に出会えたんだよ。 食堂で」

 

それ以降は黙る。

 

食堂で何をしたか――それには関しては一切触れようとしなかった。

 

「……え、それだけですか? 瑞鶴との接点」

 

それ以降も一応ある――それをアイコンタクトで伝えようとする。

 

「……後で瑞鶴さんに聞こうと思います」

 

「あ、ちょっと待って。 やっぱりちゃんと話すから!」

 

急いで吹雪に一年前のことを話す海原。

 

その話を聞いた吹雪は、あることに興味を持った。

 

「その頃から、才能の片鱗が見えてたのですね。 同級生に恐れられるところは言われてた通りですね」

 

ネット上で、瑞鶴は周りに順応出来てないという噂が流れており、それが最近のホットワードになっている。

 

その噂は、珍しく当たっているが。

 

「でも、司令官は全く物怖じせず。 流石ですね」

 

その当時、海原はこの世界に来てから一日しか経っておらず、左も右も分からぬ人間であった。

 

故に、瑞鶴に先入観なしで接しられたのである。

 

「ははは……まあ、人間接してみないと分からないことだらけだしね。 ゲームでも、野球でもそもそも――」

 

なにやら力説をしようとするところで、海原のスマートフォンが振動する。

 

「……と、着いちゃったか。 この話はまた」

 

「いえ、大丈夫です。 要らないです」

 

さらっと遠慮する吹雪と、冷たく遠慮された海原は、鎮守府の正門に行こうと歩いていった。

 

 

 

――「加賀さん。 あの瑞鶴が来るらしいですが、鎮守府最強の空母の地位は守れますか?」

 

海原らが正門前で待ち受けている時、加賀と神通が食堂で昼食を頂いていた。

 

この鎮守府の食事は、二人一組で、持ち回りで作っている。

 

しかしあまりに大変なので、今日到着する艦娘の中に、給糧艦娘が到着する予定である。

 

「……そうね。 確かに、メディアが言っている通りだと、実力は新人離れしているわね。 でも、瑞鶴と言えど養成所を出たばかりの艦娘よ」

 

養成所は、"あくまで"最低限の技術を教える機関である。

 

その為、養成所を出たばかりの艦娘はそこまで戦力にならず、戦場に出ることはほとんどない。

 

「瑞鶴は最低限の実力しかない連中を叩いただけ……まあ、それが難しいけどね。 まあ、私だって養成所の時は敵無しだったけど」

 

「……たった一敗……ですよね」

 

恐る恐る覗きこみながら聴く。

 

「……この話はまた今度しましょう。 今はまだ、思い出したくないから」

 

加賀が話を切り上げようとする瞬間、昼食を食べ終えた深雪が割り込んでくる。

 

「ねえねえ! その一敗って誰に負けたの!? あ、あれか! 聯合艦隊旗艦のあの……」

 

「長門かしら」

 

深雪の後ろにいた如月が呟く。

 

「そうそう! 長門さんだ!」

 

「……長門ではないわ。 というより、あなたにも敬語を使う人はいるのね」

 

「それは勿論! 長門さんは私の憧れの艦娘ですから!」

 

明快に答える深雪。

 

すると、そこに長良がやって来た。

 

「加賀さん! 加賀さん! 新しい艦娘達が!」

 

息を切らしながら加賀に報告する。

 

「……この話は、機会がまた」

 

それだけ言うと、加賀はゆっくりと立ち上がり、玄関へと向かって歩みだした。

 

「……神通、知らない? 加賀が唯一負けた艦娘」

 

深雪の問いに、神通は何も答えられなかった。

 

それを不審がる深雪が、更に問う。

 

「神通さん……何か隠してませんか?」

 

如月の言葉に、神通は曖昧な答えを出した。

 

「……いいえ。 私は何も……」

 

更に不審がる如月だが、ここで長良が助け船を出す。

 

「はいはい。 この話はおしまいね。 これから新しい仲間が来るんだから!」

 

その言葉に魅力を感じた深雪が、一気に表情を明るくする。

 

それに釣られるように、周りの雰囲気も明るくなった。

 

しかし、神通に問うた如月は、その不審感を拭えなかった。

 

やがて真実を知り、そして驚愕するが、それはまだ先の話である。

 

 

 

――「ここが、私達の寝床となる、艦娘寮……!」

 

新潟鎮守府にある、艦娘達の為の寝室、《艦娘寮》の一部屋の前には、言葉を発した青葉と、その隣にいる瑞鶴がいた。

 

二人は、海原が気遣ったのか同じ部屋となっている。

 

「……あんまりはしゃぎすぎないでね。 隣、扶桑さんと山城さんの部屋なんだから」

 

新規着任艦娘の中には、養成所を出たばかりの新人に加え、極少数ながら、他の鎮守府から移籍した艦娘もいる。

 

扶桑型姉妹はその一部だ。

 

「分かってる、分かってる!」

 

青葉の元気の良い返事に、寧ろ不安を覚える瑞鶴。

 

だが、これは最終的には杞憂となる。

 

「……ねえねえ。 中に入ろう!」

 

「なんであんたはそんなに楽しそうなのよ……」

 

元気な青葉とは対照的に、いまいちやる気が感じられない瑞鶴。

 

勿論、それはこの鎮守府が――

 

「では、このドアを……ドンッ!」

 

勢い良くドアを開けた青葉。

 

そんな青葉に待ち受けていた光景は――

 

「……ボロい……」

 

そこには、やはりボロさが多く残る部屋。

 

ベッドは市販されている、極普通のベッドが二つ。

 

だが、綺麗と言えるのはこのベッドだけで、机やクローゼットは傷が残っていたり、シミがあったりしている。

 

「……瑞鶴」

 

青葉は瑞鶴の方へ、視線を向ける。

 

しかし、瑞鶴の表情は驚きと明るさが交わっていた。

 

「あら、意外と良いわね……」

 

「……え、まさか期待値超低かったの……?」

 

青葉の問いに、瑞鶴は笑いながら一切触れなかった。

 

そんな瑞鶴の行動を見て察したのか、青葉は瑞鶴に話しかける。

 

「……今、一番戦いたい人は?」

 

「……二人いるけど、良い?」

 

瑞鶴の確認に、ゆっくりと頷く青葉。

 

「まず、一人目は加賀さん。 私の――目標だし」

 

「ずっと言ってるもんね。 でも、ライバルってなったら?」

 

この質問は予想してなかったのか、それなりに時間を費やして答えた。

 

「……その時は、全力で戦う。 ライバルとして。 もしかすると、敬語じゃなくなるかもね」

 

その言葉を聞いた青葉は、二人目の名前を聞き出そうとする。

 

「二人目は……分かってるよね」

 

敢えて青葉に確認する瑞鶴。

 

そう、青葉は瑞鶴が戦いたい人は既に知っているのだ。

 

「……不知火だよね」

 

「そ、正解」

 

不知火――横須賀養成所において、瑞鶴に次いで次席となった駆逐艦娘である。

 

その不知火と瑞鶴は、養成所において、三位の青葉以降を大きく突き放すほどの実力を誇っていた。

 

だが、メディアに大注目された瑞鶴とは対照的に、駆逐艦という地味な艦種であるためか、メディアからの注目はなく、更に、瑞鶴の成績を傷つけてはいけないという理由から、瑞鶴とはほとんど戦ったことがなく、唯一戦った際は、数的、仲間の質的不利をとられたため、完敗している。

 

しかし、瑞鶴との模擬戦以外は全て勝っており、それを知っていた瑞鶴は再三不知火との正々堂々の勝負をやってほしいと要求していたが、この要求は通らず、瑞鶴は不知火と正々堂々と戦わずに艦娘へとなったのである。

 

「……勝てる?」

 

青葉の問い。

 

しかし、瑞鶴はこの問いに強気に答えた。

 

「勝てるはず。 勿論、今まで戦ってきた中で一番拮抗する戦いになるだろうけど、やってみせる」

 

瑞鶴の発言に安堵したのか青葉は表情を明るくする。

 

「……勝てるよ! だって、瑞鶴は《幸運の女神》なんだから!」

 

幸運の女神――いつのまにか瑞鶴を表す言葉になったこの言葉は、国民に広く浸透している。

 

だが、こうして面と向かって言われるのは、青葉が初だった。

 

「……幸運の女神……」

 

女神も、この渾名を気に入ったようであった。

 

 

 

――「……司令官、少し気になったことが……」

 

夜の執務室の、その日の仕事を終えた直後。

 

「どうした? 瑞鶴のこと?」

 

「あ、はい。 瑞鶴のことです」

 

海原に言い当てられたまま、聞きたい内容を話す。

 

「……何故、新潟に来たのでしょうか……」

 

「いや、俺も知らん」

 

吹雪の質問に、即答する海原。

 

だが、考えてみると確かに、何故瑞鶴がこのボロボロ鎮守府に来たのかなど、見当もつかない。

 

ここまで持て囃されている艦娘であれば、いきなり横須賀鎮守府へと配属するのが常識だろう。

 

では何故――

 

「……そういえば、ニュースでは瑞鶴がここに来ることは未だに報道されてませんね。 ネット上でも、そういった情報は出てません」

 

「つまり、上はこの事を全力で隠す構えなのか……いや、まだここに来て一日も経っていないから、その考えは早計か」

 

考えを巡らす海原と吹雪。

 

だが、どちらも適した答えは出なかった。

 

「……瑞鶴が養成所で何かしでかした……が一番信憑性がありますかね」

 

妥協する吹雪。

 

この妥協に、海原も賛同する。

 

「まあ、今出てる情報だとこれしかないよなぁ……でも、気にはなるな」

 

「そうですね。 上からすれば、瑞鶴伝説の形成に邪魔な不知火もここに置いていますし」

 

この謎は、単純で、闇がないものなのか、それとも――

 

その答えなど、勿論二人は知らない。

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