――審判を務めている長良の宣言から僅か。
「さて……さっきの空母戦とは違って、今度はスピーディーな試合展開になりますよっと」
空母同士となると、様々な思惑が絡む為か展開が遅くなる傾向にある。
しかし、駆逐艦同士となると、小細工無しの戦いになるためか展開が早い。
このことを勿論深雪は知っている。
「……不知火、どんな艦娘なんだろ?」
笑みを浮かべながら航行していく。
内心、手強い相手と思っていないのかもしれない。
「まー、どんな奴であっても勝つことしか目指さねえけどな!」
言い放ってから、速力を上げていく。
その顔は、自信で満ちていた。
――不知火と深雪、二人の距離が近くなっていった。
やがて、砲撃範囲内へと入ると同時に――
「砲撃開始!」
深雪が立ち止まり、砲撃を開始した。
両手で持つ主砲、12.7㎝連装砲が火を噴く。
やがて砲撃を止め、またも航行し始める。
不知火も砲撃を開始したからだ。
「ここまでは普通だな……このまま接近していっても大丈夫かな」
ここまでの間、不知火から特異的な動きは見受けられなかった。
その不知火の動きは、ほぼ深雪のそれと同じであり、今も深雪と同じように動いている。
「さて、接近戦となると上手く避けて、しっかりと砲弾を当てていってかないと……ま、接近戦は私の十八番だけどな!」
自信満々に言う深雪。
実際、深雪は軽巡達を押し退けるほど接近戦が強い。
「私に接近戦を挑むなんて……余程自信があるんだな……」
思案を巡らす深雪。
しかし、それは直ぐ様終わることとなる。 不知火と砲弾を交える時が来たからだ。
――不知火と深雪の距離が急速に縮まる。
自信満々の深雪と、淡々とした表情の不知火。
対照的な表情の二人が、共に主砲を持ち――
「くらええええええ!!!」
砲塔を両手で持つ深雪の掛け声と共に、砲撃が始まる。
しかし、不知火は砲撃を開始していない。
(まずは避けること専念か……でも、いつまで耐えられると思う?)
接近戦は通常、五メートルから十メートルの距離離して行われる。
勿論、一発一発の攻撃が大きくなるが、その分被弾率も上がる。
つまり、ハイリスクハイリターンの戦術でもあるのだ。
そんな接近戦では多くの場合、ノーガードの殴り合いになるのだが――
(まあ、時間かけておくか……)
慎重に動く深雪。
不知火が大きく動かない為か、なかなか踏み出しにくいのだ。
そうして慎重になっていく深雪だが――
(……!? 不知火が動いた!)
それまで砲弾を避けることに専念していた不知火が、突如として動き始める。
しかし、慎重に行動していた深雪にとってみれば、待ち望んでいた展開だ。
引き付けようとする深雪。
しかし、不知火はその深雪の想像を越える動きを見せた。
(……速すぎる……!?)
あっという間に距離を詰める不知火。
そのスピードは、艦娘としては驚異の速さであった。
「……甘いです」
深雪の視界に入り込む不知火。
それだけ言うと、片手で持つ砲塔を深雪に向け――
――深雪の周りで起こる水柱。
不知火は砲撃後、深雪に迫るのと同じぐらいの速さで待避した。
やがて、水柱から深雪の姿が現れた。
「……ちっ、こっちが急いで態勢整えてたから良かったものを……」
現れた姿からは、その被害の甚大さが窺える。
ざっと見ると、中破しているように見受けられる。
一方、顔は迫られる前の余裕さを失い、本気の顔へと移っていた。
「まさかここまでとはね……これは横須賀の次席だわ……」
この深雪の姿を、不知火は遠くから見る。
不知火の表情は一切変わらず、淡々とした表情を貫き通す。
「……さて、ここからが本番だから……!」
言い終わると、キッと不知火を睨んだ。
そして、不知火の方向を向き――動き始めた。
それを見た不知火も、そのスピードで動く。
もはや駆逐艦としても異常な程のスピードを出していた。
(このスピードで一気に距離を詰めてからのゼロ距離砲撃でのしあがったのか……しかも、スピードが速いとなると、避けるのも上手い……これは厄介な相手と戦ってしまったな……)
そもそも、駆逐艦の大半は接近戦をほとんど行わない。
養成所では一応接近戦の訓練はあるが、最低限のことしか教えない。
そんな中で、これほどの接近戦特化の艦娘はそうそういない――というより、まず見かけない。
(でも、こんなに速かったら、いざ当たった時の動きはぎこちないはず……ならば、焦らず当てていく)
スピードが速い分、いざ当たりそうになった時のとっさの対応は難しい。
(それに、あのスピード、かなり無理してるはず。 他の艦娘より体力があっても、息切れは早いはず……!)
艦娘の速力は、基本艤装に依存している。
その為、吹雪と深雪という同型艦同士に、速力の差はあまりない。
しかし、元の人間としての身体能力や、艦娘の持つ能力――この世界では《器》と呼ばれるもの――が優れている艦娘は、元の艤装を越えた速力を出すことが可能だ。
しかし、各艦娘の器の許容範囲を越えた速力を出すと、器は破損、ショック死してしまう。
多くの艦娘は身の丈にあった艤装を身に付けているため、不知火のように艤装を越える速力を出す艦娘はかなり珍しい。
また、例え艤装の能力を越える速力を出せたとしても、一般艦娘の最大速力時の負担よりも、多くの負担を背負うこととなる。
また、どこまでが上限かが掴みにくいので、事故が起こる可能性も高い。
まさにハイリスクハイリターンな能力であるのだ。
(確実に当てていく……それが勝利への近道!)
心に深く刻み込ませる深雪。
そうこうしている間に、不知火と二度目の接近が近づいてきた。
不知火の表情には、苦しみはまだ見受けられない。
まだ体力はあるようだった。
――そして、二度目の接近戦が始まった。
先手を取ったのは不知火。
間合いを詰め、切り込み攻撃をする。
だが、深雪は不知火の懐に急いで潜り込んだ。
このまま距離を離そうとしても、離せられないと考えたからだ。
懐に潜り込んだ深雪は、不知火の砲撃を避け、そのまま待避、再び態勢を整える。
一方の不知火は直ぐ様間合いを詰め直す。
しかし、この行動が深雪に完全に見切られる。
それもそのはず、ここまで同じようなパターンの攻撃を繰り返していたからだ。
深雪は不知火の行動を見切り、遂に反撃を開始した。
この深雪の反撃を、不知火はモロにではないが、防御態勢を整えられぬまま、至近弾を受けてしまう。
(……よし、この調子……!)
攻撃を受けた不知火。
戦闘不能まではいかなかったが、それなりのダメージが入っているように見える。
だが、ここで不知火の勢いは止まらなかった。
攻撃を受けてから、素早く態勢を整え、またも接近していく。
流石の深雪も、これには対応しきれないか――と思われたが、深雪も天性の動体視力で対応し、なんとか攻撃を受けずに、その場から待避する。
不知火も今突撃するのは野暮と考えたのか、同じように離れていく。
互いに激しい戦いを繰り広げられていた中で、訪れた束の間の安息の時間。
しかし、この時間は長くは続かなかった。 先に接近していったのは、またも不知火。
それまでと同じ、突撃戦法で深雪の戦闘能力喪失を狙う。
これまでと同じ戦法に対抗する深雪。
だが、不知火の動きはこれまでとは少し違う動きを見せていた。
左へ、右へ、左右にジグザグに進みながら間合いを詰めるパターンへと変更したのだ。
これを用いるとなると、接近スピードの低下は必至のはずだが――
(嘘……速さが落ちてない!?)
接近スピードは変わらないままとなっていた。
これはつまり、実質的な速力が向上しているということだ。
(ここまで散々無理したはずじゃないの……!? これ以上速くなるなんて、下手をすれば死ぬ可能性だって……)
ここまでして深雪に勝とうとする執念の源はどこから来ているのか?
これは元々の不知火の姿なのか――それとも、負けず嫌いなだけなのか。
だが、ここで怯むような深雪ではなかった。
不知火の不規則な動きに対し、しっかりと見極めていき――そして。
「くらええええええええ!!!」
すれ違い様に一発。 会心の一撃だった。
――「……くっ……」
洋上で膝をつく不知火。
今この瞬間、不知火は敗北を確信していた。
そんな不知火に、追い打ちをかけるように、無慈悲な宣告が下る。
「不知火、戦闘不能!」
審判の長良からの言葉を、一つ一つ噛みしめるように聞く不知火。
長良の宣告が終わりを告げ、立とうとする不知火のところに、深雪が歩み寄ってくる。
「……不知火。 あんたは私を越えられるだろうよ」
いつも強気な深雪が、珍しく弱気な発言――かと思いきや、
「ま、この先十年くらいは私に並ぶことさえ無理だろうけどな!」
この奇想天外な発言に、不知火は思わず笑みをこぼし――
「ふふっ。 今すぐにでも追い越してみますよ」
不知火も、強気な発言で返したのだった。
――「さて、ここで不知火は負けたけど……」
「まだ、もう一回戦ありますね」
不知火対深雪を遠くから見守っていた海原、吹雪が呟く。
そう、この演習のトリには、横須賀養成所で首席の座を争った両雄の模擬戦が組まれていた。
最後の模擬戦ということは、鎮守府の全艦娘からの注目を集める模擬戦となる。
「にしても、深雪、意外と凄かったですね」
深雪の意外な強さに驚く吹雪。
それもそのはず、ここまで深雪には"圧倒的"という言葉はなかったのである。
「まあ、これまでも接近戦は強いことを言い続けてたし……実際、うちで一番接近戦強かったしね……これ程とは思わなかったが」
やはり海原も驚く。
これらの驚きの原因と一つとして、不知火の予想以上の実力もある。
「不知火も……あれは新人離れ、というより、人間辞めちゃってますね」
「あれをうちが頂いても良いんだよな……なんか、凄く得した気分だわ、瑞鶴も含めて」
惚れ惚れとした顔となる海原。
まだ世間には瑞鶴の配属先は一切公表されておらず、気付かれてもいない。
世間では、瑞鶴が横須賀鎮守府所属であると既に思わされているのだ。
「さて、次は――」
――やがて、全ての模擬戦が終わった。
ある一組を残して。
「おおっ! 遂に瑞鶴と不知火の頂上決戦が見られる!」
先の模擬戦で、他の鎮守府より移籍してきた重巡、加古に敗れてしまった青葉。
今はもう、敗戦から気持ちを切り替えている。
そんな青葉と共にいるのは――
「何故、俺達に話しかける?」
海原らである。
「えー、だって、瑞鶴と仲良く喋ってたじゃん!」
「……一年前だぞ?」
確かに、一年前に海原と瑞鶴は仲良く話していた。
だが、その時以来一切話したことはない。
更に言えば、その時に青葉とは話したことすらない。
「まあまあ、別にいいじゃん!」
「……ま、いいけどさ」
根負けする海原。
その姿を見ていた吹雪は微笑んでいた。
「ふふっ。 司令官って、押しが強い人苦手ですよね」
笑いながら言う。
それほど、この光景は可笑しかったのであろう。
「そりゃ、深雪ぐらいしか押しが強いのいなかったし」
「そうですよね。 そう考えれば、この鎮守府、騒がしくなりそうですが」
そう言うと、二人は青葉の方を見やった。
驚いた青葉は、自分を指差していた。
「……さて、もうすぐ始まるかな」
――洋上に二人の艦娘が立つ。
それぞれ、養成所時代は華々しい成績を残した者同士だ。
しかし、その待遇は正反対になっている。
一方はメディアに取り上げられ、もう一方は世間から見向きもされなかった。
全く違う養成所時代を送った二人が、今ここで、相対することとなる。
「これより、空母瑞鶴と、駆逐艦不知火との模擬戦闘を始める! 両者構えて――始め!」
今日最後の模擬戦が始まる。