――1977年、突如として全人類の共通の敵、"深海棲艦"が現れた。
人類は滅亡する寸前にまで追い込まれたが、突如現れた少女達の活躍によって、滅亡を免れた。
その少女達は、アメリカを始めとした先進国にて極秘に作られた、特殊部隊。
その名を、"深海棲艦撃滅隊"。
通称"艦娘隊"。
艦娘隊の出現は、人類に希望を植え付け、全世界の少女達は艦娘に憧れを抱く。
極東の国、日本では、艦娘隊は日本国憲法の改正に伴い復活した海軍直轄の部隊となった。
そして、艦娘隊の出現から三十七年。
国民からの期待を背負い復活した海軍には権力争いが蔓延し、人々の希望となった艦娘隊は嫉妬の渦に巻き込まれ、度重なる戦闘と詰めが甘い作戦によって戦死者は急増。
これらの事実を伝えようとした者は、暗部によって処理されていった。
それぞれに問題を抱えながら、運命の2000年代へと突入したのであった――
――横須賀養成所の両雄、瑞鶴と不知火が互いに目を合わせた。
これからの戦いの前の、礼儀の一つなのかもしれない。
アイコンタクトを交わしてすぐ、瑞鶴は弓を引き絞った。
それに呼応するように、不知火は瑞鶴との距離を離す。
対空母の模擬戦の場合、始まってすぐ攻撃しないことは万国共通の暗黙のルールだった。
不知火もそれに則り、瑞鶴へ直ぐ様攻撃を開始しなかった。
(……さて、不知火をどうやって倒すか……)
いくら駆逐艦と言えど、このような成績を残した艦娘であれば相当手強い。
また、これまでの戦いぶりから不知火のスピードはかなり速いことも分かっていた。
問題はそれをどう対処していくかの話だ。
先で不知火と戦った深雪は攻撃パターンをしっかりと見極めたことで勝利を手に入れたが、それは駆逐艦特有の対応力の高さがあったからだ。
それに引き換え、空母にはそういった対応力が備わっていない。
(対策はしっかりと練ってきた……私が尺度を見間違うことがなければ……)
不安を入り交じりながら一人思う瑞鶴。
かつて一回だけ不知火と戦ったことはあるが、その時は平等な条件で戦えなかった。
そういう意味では、今回が初めてまともに戦う模擬戦――それはつまり、不知火の実力を正しく測れてないということでもある。
もし、予想以上の強さを、不知火が持っていたら――
(いや、それを考えてたらキリがない。 今は前のことに集中しよう)
「第一次攻撃隊、発艦始め!」
再び集中力を取り戻した瑞鶴は、引き絞った弓の弦を放し、艦爆艦攻中心の戦闘機群を作り上げ、そのすぐあとに直掩隊を発艦させた。
――一方の不知火も、瑞鶴撃破の為の作戦を練っていた。
駆逐艦の不知火は、勿論他の艦種よりも耐久力が圧倒的に弱い。
つまり、一回のミスが即敗北に繋がるという、こちらもこちらで難しい問題を抱えていた。
そもそも、小型艦である駆逐艦が、大型艦の空母に勝つということ自体がまず無理な話なのだ。
(……接近戦に持ち込むのは大前提として、問題は距離を詰められるかどうか。 チャンスが巡ってくるまで、しっかりと避けきれるかどうかということ。 それに、
一発で仕留めることも重要となる)
勿論、これらのことの実現は、かなり至難の技だ。
速力の速さが持ち味の不知火ならやれるかもしれないが、スタミナの問題がつきまとう。
だが、それをやらねば勝つことは不可能だ。
このことを強く自覚しながらも、決戦の時に備えて動き始めていた。
――そして、遂に戦いは始まった。
火蓋を切ったのは、瑞鶴の第一次攻撃隊による攻撃。
第一次攻撃隊の総数は三十機、そのほとんどは艦爆艦攻である。
そして、瑞鶴の上空で護衛を行う直掩隊の総数は十機。
計四十機の艦載機をもって不知火の撃破を目論んでいた。
この瑞鶴の攻撃に対し、不知火は全力で避けきろうとする。
(……くっ、この数は厳しくなる……)
整然と並びながら空を駆けてゆく航空機達。
それを眺める不知火にしてみれば、直後に起こるだろう戦いを予感させる存在だ。
そして、すぐさま不知火は態勢を整える。
航空攻撃が始まろうとしていたからだ。
それまで粒々とした黒点であった攻撃隊は、飛行機のシルエットが見える程になっていた。
「……ふふ、当てれるものなら当ててみなさい!」
普段物静かな不知火から、強気な台詞が吹き出る。
その心意気通り、不知火の目は攻撃隊をしっかりと睨み付けていた。
不知火が台詞を発し終えてから、すぐさま攻撃隊による対艦攻撃が始まる。
それに合わせ、不知火も動き始める。
攻撃隊は不知火撃破に向け、まずは雷撃をし、雷撃が不知火にへと当てる瞬間に爆撃を開始する、スタンダードな作戦を採った。
しかし、この作戦は不発に終わる。
圧倒的な速力を持つ不知火は艦爆の視界に安定して入らぬよう、緩急なども用いて爆撃をするりするりと避けていった。
また、艦攻から放たれた魚雷もしっかりと見極められたため、全ての魚雷の回避にも成功した。
不知火へ対したダメージを与えられなかった攻撃隊は、この状況を重く見たのか次々へと戦域から離脱。
撤退が始まってからあっという間に空から飛行機は消えてしまった。
この空襲にて、不知火は対空射撃をする暇などなかったため、航空機に損害はなかったが、不知火へ効果的な攻撃を与えられず。
一方の不知火は攻撃のほとんどを避けきり、唯一のダメージも爆撃の影響で発生した水柱の衝撃だけであり、不知火自身への爆撃、雷撃は一切ないという、完勝とも言える戦いを見せた。
しかし、ここで手を緩める瑞鶴ではない。
第一次攻撃隊の発艦からわずかの時間で第二次攻撃隊を発艦。
今すぐにも不知火へと襲いかかろうとしていた。
(……きついな……でも、ここがターニングポイント……!)
先の空襲でかなりのスタミナを消耗してしまった不知火だが、まだ余力は残されているようだった。
ここを切り抜ければ、第三次攻撃隊の発艦までに少しの時間が生まれる。
ここで負けられないと、自らを奮い立たせる不知火であった。
――一方、第一次空襲で思うような戦果を残せなかった瑞鶴。
だが、まだ焦っている様子は見受けられず、まだまだ冷静さを保っている。
(やっぱり、そう簡単には勝たせてくれないよね……でも、あの作戦が有効になることは分かった……)
瑞鶴が着目した点、それはやはり不知火のスタミナの問題であった。
不知火が持つ数少ない弱点の内、スタミナの問題は勝負の分かれ目をも決める部分である、そこに目をつけた瑞鶴は、不知火にスタミナを消耗させる戦術を採用。
元からの長所であった艦載機数の多さも手伝い、豪華な戦術を組むことが出来た。
(後はこれを延々と続けていけば……)
再び気を引き締める瑞鶴。 勝つことへの執念に満ちている顔であった。
――(くっ、まだ攻撃は続くか……!?)
第二次攻撃隊による空襲を受ける不知火。
攻撃隊の戦術は、先の第一次空襲と同じ戦術である。
この続けざまの攻撃に、さしもの不知火もかなり体力を奪われており、息苦しくもなる。
だがここで潰える不知火ではない。
根性で速力を保ち、周りをしっかりと見て避けることに成功していた。
前より少し動きが悪いように感じられるが、避ける上では問題はない。
だが、これが次も続くかどうかというと――答えは否、であるのも事実だ。
(残される時間は少ない……となると、一回で仕留めなくては……)
第二次攻撃隊から、第三次攻撃隊までの少しの間。
僅かな時間であるが、勝つにはその僅かな時間で叩くしかないのだ。
そして、遂に第二次攻撃隊が撤退を始めた。
(……! 今しかない!)
僅かな時間を逃すまいと、勢いよく飛び出す。
体力が尽きかけている中だが、最後の力を振り絞り航行する。
速力は全くと言っていいほど変わらず、いつも通りの速さだ。
この奇襲が成功するかどうか――不知火は自信を持てなかった。
だが、勝つにはこれしかない――漠然とした考えだけで、ただひたすらに走っていく不知火であった。
――「え、不知火が動いた!?」
不知火への攻撃を行った第二次攻撃隊からの電文を見て驚く瑞鶴。
ここにきて焦りを見せ始めてきた。
だが、すぐに冷静さを取り戻して思案を巡らす。
この行動は何を示してるのか――しかし、瑞鶴にそれを深く考えさせる時間は、まもなく消える。
焦りを見せる瑞鶴。
その瑞鶴を、遠くから見つめる艦娘が一人。
目線を瑞鶴から逸らさずに、神速の速さで距離を詰めてゆく。
だが、瑞鶴は周りに気が向いていないのか、その艦娘の接近に感づいていない。
洋上を走り続け、息が切れても力を振り絞り、やがて距離はかなり詰まっていき――やがて、瑞鶴が気づく時には、もう既に手遅れだった。
「……!? 嘘!?」
瑞鶴が慌てて見た先には――片手で主砲を持ち、目を細めてこちらを睨み、今にも砲撃を与えようとせん艦娘。
その名は不知火。
そう、不知火は小さなチャンスをモノにしたのだ。
奇襲に成功した不知火は、ここぞとばかりに砲撃を行う。
瑞鶴はいきなり起きた事象に混乱しており、かなり接近している不知火からしてみればただのカカシだ。
一方の瑞鶴も、なんとか頭を整理しようと試みるが、その時間さえも与えられなかった。
そうこうしてる合間にも、不知火による砲撃は止まない。
この距離の近さとなると、いくら駆逐艦が持つ主砲であろうが威力は抜群だ。
(くっ……まずは離脱を……)
先ずは離脱を試みる瑞鶴。
なんとか離脱に成功したが、既に瑞鶴にはそれなりのダメージが降りかかっていた。
(なんとか発着艦はできるけど……かなりギリギリね)
なんとか出来た安息の時にて自らの状態を把握できたが、少ししか時間はなかった。
不知火がまたも瑞鶴へと距離を詰める。
ここまででかなりのスタミナを消耗したはずだが、今もなお高速っぷりを発揮している。
(……負けるわけにはいかない……!)
不知火からの攻撃を避けきろうとする瑞鶴。
ここで甲板を使えなくなってしまったら、敗北が決定してしまう――砲弾のたった一発でも運命が決まってしまう、大事な局面だ。
瑞鶴へ砲撃を加えてゆく不知火。
後一発――この気持ちが、不知火に焦りを生ませた。
もう息は絶え絶えで、残された体力はほんの僅かだ。
だが、ここまで来て負けるとなると、全てが報われなくなると考えると――
(負けられない。 絶対に)
――何回目かの不知火の砲撃。
しかし、執念で避けきってゆく。
そしてここで、逃がす隙を与えてなかった不知火に、隙が生まれた。
この隙を逃すまいと、瑞鶴は戦線を離脱する。
勿論不知火も追いすがるが、前に比べてレスポンスは圧倒的に落ちていた。
好機ここにあり――離脱してゆく瑞鶴。
だが、体力が落ちていたのは不知火だけではなかった。
前よりも速力が出なくなってしまった瑞鶴は、まもなく不知火に追い付かれ――
「……これで終わりです」
最後の一撃。
それも、とどめを刺すような、会心の一撃だった。
――洋上で仰向けに倒れる瑞鶴。
奇襲された時からなんとなく決め込んでいたことであったが――
「……はぁ、初めて負けちゃった」
人生初の敗北。
それも、いつか戦いたかった相手に負けた。
この事実は、すんなりと瑞鶴に受け入れられた。
そもそも、ここまで全勝できたこと自体がおかしかったのだ。
いつか負けるのが、普通なのだ。
しかし、負けてしまった、ということに混乱している自分もいた。
負けたことなどなかったのだから――
まだ気が動転している中、敗北を喫した相手が現れる。
「……やはり、強いですね」
この言葉には、皮肉が込められているのか、称賛の意が込められているのか――
「ふふっ。 それはどうもです」
それを問うことはせず、言葉を濁してゆく。
それに対し、不知火は――
「……でも、追い越される気なんてないから」
と、強気な言葉を残したのである。
――「全く、凄い戦いを見せてくれたな……」
「はい、凄かったです」
互いのプライドのぶつけ合い――海原と吹雪はこれに驚いた。
一方、青葉は対して驚かず、やっぱりな、という顔をしている。
「……青葉さんは驚かないのですか?」
「ま、私はどっちとも戦ったことあるし、どっちもおかしいことは知ってたからさ。 これぐらいやるとは思ってたし」
淡々と話してゆく青葉。
二人を知っているからこそ、言える話でもあった。
「……こいつらが、今後の主戦力ってことか……」
あまりにも大きく、貴重な金の卵――だが、これに吹雪が反論する。
「なに言ってるんですか司令官。 今ここで戦った艦娘、見た艦娘、そして司令官も、鎮守府の大事な戦力ですよ」
「……ははっ。 俺のところは除いて、合っているな。 確かに、皆が大事な戦力だな」
窘められながらも、謙虚な姿勢を崩さぬ海原。 これに青葉が茶化しにかかる。
「あれぇ? 本当は吹雪にそんなことを言われて嬉しいんじゃないんですかぁ?」
「全くだ……と言いたいところだが……」
海原は吹雪を見る。 吹雪は全てを察した顔になっており、既に逃げ道はない。
「……そうですね」
根負けする海原。 すると、更に茶化しにかかる。
「やっぱり。 司令官、実はツンデレなんじゃ?」
「それはお前の妄想だ。 だよな、吹雪」
海原は吹雪を見返した。
吹雪は笑いながら言い放った。
「ええ。 それは青葉さんの妄想です」
「え、えええ!? そんな訳ないですよー!」
必死になる青葉。
それを海原らは相手にしなかったが、青葉に顔を見せずに、微笑んでいたとか。
――大演習の日の夜、瑞鶴は不知火を見かけ、話しかけた。
「ね、明日一緒に朝飯食わない? 今日のこととか、色々話したいし!」
つかつかと歩いていた不知火は、そこで足を止める。
そして、少しの間も開けず、話した。
「ええ、別にいいですが……いつもは青葉さんとでは?」
「ん、大丈夫、青葉も一緒に食べるし」
瑞鶴は養成所時代から基本青葉と行動を共にしていた。
そういう意味では、瑞鶴がこのように話すことに驚きを覚えるのである。
「そう、ですか。 では、明日あなたの部屋に行きますので」
「うん。 あ、ちょっと待ちなさい」
帰ろうとする不知火を呼び止める瑞鶴。
「敬語は使わなくていいよ。 どうせ年齢差そんなにないし。 あと、"あなた"って言うの、なんか気持ち悪いから名前呼びしてくれたら嬉しいんだけど」
この提案に、不知火はあっさりと受け入れる。
「……はい。 分かりました。 では、また明日会いましょう……"瑞鶴"」
恥ずかしさを抱えながら言う。
それに瑞鶴も恥ずかしさを覚えたそうな。