――日本海上をひた走る数人の艦娘の姿。
だが、彼女達は厚く太い悲しみに包まれていた。
一人は泣きながら、一人は涙を堪えながら、一人は死んだような目をしながら――それぞれに様々な感情を抱いていたが、彼女達に共通すること、それは負の感情によって支配されているということだ。
「うぅ……皆が………!」
「……飛龍、前を向こう」
涙で前が見えない程になっているのは、空母飛龍――そして、その飛龍を慰めているのは空母蒼龍。
飛龍は勿論辛い感情を持っているがそれは慰めている蒼龍も同じであった。
蒼龍も、感情を抑え込むのではなく、ストレートに、思いっきり感情を出したいと思っている。
しかしこういう状況下において自らがしっかりしなけねばいけないと感じているのか、なんとか涙を堪えながら慰めている状況だった。
「私達は皆に生かさせてもらって、こうしてあっちへと向かってる。 つまり、私達は皆の無念を晴らさねばいけないし、人類を守らねばいけないの。 その為に、まずはあっちへこのことを報告して、奴らの本土上陸を阻止する。 そして態勢が整ったら、敵討ちをする」
強い口調で飛龍へと諭していく。
だが、その強さとは裏腹に、心の内は不安、悲壮が占拠していた。
「……でも……でも……!」
「最期の先輩の言葉、覚えてるよね。 "人類のこと、よろしく頼むね"……つまり、先輩は私達のことを信頼して、先に行かせてくれた。 先輩は、私達に全てを託してくれた。 だからこそ、これはやらなきゃいけない」
強く飛龍に説いてゆく蒼龍。
そのお陰か、飛龍は少しずつ涙をポロポロと出さなくなり、やがて涙を一切出さなくなった。
「……大丈夫。 きっと上手くいく」
飛龍へ向けて放たれた励ましの言葉。
これに飛龍は勿論、同じように佐渡鎮守府から逃げ出すことに成功した数人の艦娘も明るさを取り戻していった。
「……皆、頑張ろう」
――「……え、どういう……こと?」
大淀の報告に、呆気にとられる海原。
大淀が発した言葉を素直に受け入れられないようであった。
無理もない、何故なら"既に敵はこちらに近づいている"のだから――
「え、えーと……言葉通りの意味ですが……」
これには大淀も戸惑う。
大淀からしてみれば、"伝わってきた情報をそのまま伝えただけ"なのであるのだから――
「司令官、まずは落ち着いて、今一度さっきの言葉を確認してください」
この中で最も冷静であろう吹雪が海原に促す。
この言葉で落ち着いてきた海原は、もう一度状況を確認し、その事の重大さにまたも呆気にとられた。
「……大淀さん、報告はこれだけですか?」
「い、いえ。 もう一つ重要なことがあって、それが攻撃からの生存者に関することで……現在、誰かが事故死したりしなけねば、生存者はたった五人だけであるとのことで……」
たった五人という事実に、二人は驚く。
「……五人!? 佐渡って元々何人いたんだ?」
「えっと……確か百人程はいたはずですが……」
百人中五人。
つまり、生き残った人数は一割にも満たないということだ。
「つまり、九十五人は海に沈んだのか……許せない」
この界隈において、艦娘が死亡した際は"海に沈んだ"という表現をされる。
それは海上で死亡した時以外にも用いられ、陸地で生涯を閉じた場合でも"海に沈んだ"という表現をされる。
また、病気によって亡くなった場合は、"海に還った"という言葉を使う。
「……それで、その生存者達はどこにいますか?」
「……分かりません。 今は音信不通です」
この質問に、大淀は後ろめたい声で言う。
この言葉には、もしかすると既に殺められる可能性があるということを示唆しているのだ。
「つまり、一応五人は生きて鎮守府を出たってことか」
明らかにトーンが下がったような海原の声。
まだ可能性があるという段階なのだが、もう既に死んでいるかのように捉えている。
「……はい」
その海原の気持ちを、大淀はなんとなく感じ取っていた。
「そうか……でも、生きてるって信じるよ、俺」
「大淀さん、彼女らが近づいたらこちらに来るよう誘導してくれませんか? 私達は会議室で会議してるでしょうし……それと、非常事態宣言を鎮守府放送で」
「了解しました。 あ、それとこちらの紙を持っておいてください」
吹雪に書類を渡し、敬礼をして元の通信室へと戻る大淀。
紙に一目通した吹雪と海原は、作戦会議の際に使用する会議室に向かった。
「吹雪、どうするんだ?」
「まずは自治体に連絡して、危機を知らせましょう。 とはいえ、私達が落ちてしまえば被害は計り知れないです。 絶対に守り抜きましょう」
日本では常に深海棲艦の脅威にさらされているが、実際に本土へと攻撃されたのは三十七年前、つまり深海棲艦出現の際にしか攻撃されていないのだ。
「私としてはそれぐらいですが、司令官としての要求は?」
「全員の生還を優先するのは……分かるな?」
確認を求める海原。 この艦娘を大事にする方針は、吹雪の心の中に強く留まっている。
「ええ。 当たり前です」
海原を見て言う。
「そうか、じゃあこれで以上だから」
海原が言い終わると、吹雪が思案を巡らす。
やがて会議室に着くと、吹雪の考えは成熟されていった。
――「今分かることは敵艦隊が迫っていること、その内訳のほとんどが戦艦を始めとした水上打撃部隊であることですか……まあ、これだけでもある程度の作戦は建てられますが」
会議室に集う四人の艦娘と、一人の提督。
首脳陣の吹雪、海原。
水上打撃部隊の扶桑と、空母機動部隊の加賀。
水雷戦隊全体を束ねる神通といった各隊のトップが一同に集まっていた。
加賀の言葉に、吹雪は吹雪なりの考えを示す。
「敵艦隊の詳細はまだ分かりませんが、それはいずれか分かることなので、先ずは基本方針の策定を行います」
言葉を発し終えて一呼吸置いてから話してゆく。
「これまでも言い続けてますが、艦娘の生還を優先してください。 間違えても、敵艦隊に特攻すること等は絶対に止めてください」
今まで何度も忠告されてきた、彼女達からすれば絶対事項だ。
「その上で、本作戦では"本土上陸"の阻止が最も重要となります。 例え撃沈艦が多かろうが少なかろうが、本土への攻撃さえ防いでくれればいいですし、そうしなけねばいけません」
「つまり、敵を中大破に陥らせれば良いということですか」
「はい、ざっくりと言ってしまえばそんな感じになります。 まあ、本当は沈めてくれるのが一番ですが」
中大破に陥らせる――具体的に言えば、砲塔の破損だったり、機関機能を停止させたり等、戦う上でかなり不利にさせればいいのだ。
「ですが、中大破状態であろうとも急所に当たってしまえば手痛いダメージを食らうこともありまし、なるべく大破状態にはもっていってほしいと思います。 特に今回は敵が水上打撃部隊なので、戦艦群は特に注意して下さい」
吹雪の言葉に、この場にいる人全員が頷く。
「……基本的にはこれらを第一優先として動いてください。 勿論、途中で方針が変わることもありますが、それも含めて各隊の各艦娘に連絡してください」
吹雪が言い終えたのと同時に了解と応答する各員。
するとそこへ、ある艦娘がドアを開けて入ってきた。
「提督! 佐渡鎮守府の生存者が到着しました!」
大淀の言葉に、一気にどよめく室内。
その空気を突き破るように、海原と吹雪は大淀の元へと歩いていった。
「今はどこにいますか?」
「今は応接室にいます。 ちゃんと計五人でした」
この大淀の言葉に、二人は驚きながらも満足げな顔を見せた。
すると、吹雪は三人の艦娘がいる方向を向き言う。
「では解散します。 各々連絡は抜かりなく……勝ちましょう、この戦」
この言葉の後、一斉に了解の応答が鳴り響き、二人はその場をあとにした。
――「失礼します」
ドアをノックし、部屋に入ってゆく海原と吹雪。
二人の視線の先には、五人の艦娘の姿。
見た感じ、大型が三隻、小中型が二隻いるように見受けられるが、それは吹雪から見た世界であり、海原から見ればもう既に見たことのある艦娘が並んでいる。
「えーと、それぞれの名前と艦種を教えて下さい」
この海原の呼び掛けに呼応して、まずは空母とおぼしき艦娘から話してゆく。
「航空母艦、蒼龍です。 佐渡鎮守府では第二航空戦隊所属でした」
――やがて全艦娘が紹介を終え、吹雪が話を本筋に移行しようとする。
「時間がないし、早速奇襲について聞こうと思います。 敵艦隊の内容は?」
吹雪の問いに、五人は少し暗くなる。
無理もない、あの奇襲は彼女達にとって辛い経験なのだ。
そんな中で、蒼龍が一番に口を開いた。
「空母はおらず、航空戦力は充実していません。 その分、戦艦の数は非常に多く、佐渡の皆も戦艦からの砲撃によって沈んでしまってます。 正確な数はどちらも測れませんが、空母は一隻もいませんでした。 戦艦は十隻以上は確実にいますし、重巡も相当数いました」
やはり、水上打撃部隊が中心となっていたのは正解だったようだ。
「やっぱり、か……」
敵戦艦が十隻以上となると、距離を詰め寄られて有効射程範囲に入ってしまったら、この鎮守府の戦力から考えてみればほぼ確実に負けてしまう。
そうなると大事になるのは、いかに戦艦の射程範囲外から有効的な攻撃を加えられるかだ。
これが上手くいけば、圧倒的な戦力差も覆すことができる。
だが、敵戦艦の数は多く、一方の鎮守府側には空母は二隻しかいない。
相手の対空攻撃を考えると、かなりの技量が必要になるのである。
「うーん……物量差がありすぎるのがなぁ……」
これには海原も厳しい顔を見せる。
やはり数の差が非常に激しくなっているのが最大の懸念点であるようだ。
「……他に有用な情報は?」
吹雪はまたも問う。
その問いに答えたのは蒼龍ではなく、この中で唯一の戦艦、金剛であった。
「そうデスネ……そういえば、敵は艦娘への攻撃よりも、陸地への攻撃の方に力を入れてたように見えマシタ。 恐らく、国民にメンタル的なダメージを与えるつもりデショウ」
ややたどたどしい日本語で話す金剛。
金剛はイギリス人と日本人のハーフで、七歳から養成所入所までの間はイギリスにいた、所謂"帰国子女"である。
故に英語はかなり堪能だ。
「なるほど、そういうことですか……金剛さんありがとうございます。 他に有用な情報を持つ方は?」
この呼び掛けに、次は一人の空母が応える。
だが、これは情報提供の為応えたのではなかった。
「……提督」
細々とした声で言う。
この細々とした声に心配したのか、海原が気にかける。
「ど、どうした?」
「……絶対に、奴らを……奴らを……」
言葉を溜めて、吐き出してゆく。
「……殺ってください。 誰一人残さず」
この言葉に、吹雪、金剛以外の三人が驚いて飛龍を見た。
一方の金剛、吹雪は表情を変えずにいる。
「任せてください、飛龍さん」
力強く答える吹雪。
今の飛龍には、これが一番適切だと判断したのか。
「……よろしくお願いします……よろしく、お願い……」
涙ながらに言う飛龍。
顔を下に向けながら、嗚咽を漏らしている。
「大丈夫ですよ、飛龍さん。 私達、勝利の女神に好かれてますので」
笑みを浮かび答えた吹雪。
「……ありがとうございます。 本当に……本当に……!」
「……もう他に無ければ、私達は退室しますが……」
この呼びかけにもう誰も答えることはなかった。
「そうですか。 では私達は通信室に篭もりますので。 あ、こちら鎮守府の案内図ですので、ご利用ください」
そう言うと、二人はこの部屋から退室した。
そして残された五人の艦娘の内、一人がすぐさま涙を流す。
「……皆……本当に、ごめんね……」
涙ながらに言うのは、特Ⅰ型駆逐艦の九番艦、磯波。
ここで涙が溢れたのは、ここまでずっと涙を堪え続けていたからだろう。
なんとかなったという安心感と、それと同時に訪れる後悔の念が来たから泣いたのだろうか。
そんな磯波を、蒼龍が慰める。
「……大丈夫。 後はここの皆がやってくれるはずだから。 私達はただ、祈りましょう」
佐渡島から脱出する際に傷を負ってしまった為、彼女達は戦場に出ることは容易ではない。
故に、彼女達にできるのはただ信じて待つことだけだ。
「……私達も、いつか……」
――どこか遠い未来を見ながら、蒼龍は呟いた。
それは悲しく、辛い未来か、明るく、希望に満ち溢れた未来か。
明るい未来を見たいはずの蒼龍だが、何故か辛い未来しか見えないのは、偶然だろうか。