新潟鎮守府にて、彼女達はじっと待ち続けていた。
先遣隊となる第一機動部隊とは切り離された、第一水上打撃部隊のことである。
彼女達は、機動部隊による攻撃に区切りが付いた時に敵艦隊と交戦し、侵攻部隊の殲滅を目的としていた。
そんな彼女達が未だ出撃しないということは、機動部隊の攻撃がまだ終わってないということを表していた。
「……ねぇ不知火、瑞鶴達が出ていったのっていつだったっけ……」
水上打撃部隊の一員である青葉より、不知火に向けて質問を飛ばす。
「恐らく、三時間前かと」
「そうか……ありがと」
短時間で終わる現代の艦娘決戦では、こんなに時間が過ぎていても情報が一切ないのはやや不自然だ。
そろそろ出撃命令が下されても良い頃合いだと思われるのだが――
「んん? 今何話してんの?」
不知火と青葉の戯れ言に、"軽巡那珂"が割って入ってきた。
「どうしたのですか那珂先……那珂ちゃん」
「そう! やっとぬいぬいも那珂ちゃんと読んでくれたかぁ! あとは敬語を使わなければもっと……」
「いえ、敬語ぐらいは使わせていただかないと。 那珂ちゃんは私の先輩ですし」
この元気の良い艦娘である那珂は、不知火、青葉ら新人達より一期先に艦娘になった。
それ故、新人達は入ってきた当初こそ敬語、先輩付けだった――が。
「私、皆に親しくされたいからさ、不知火も私の野望に付き合ってほしいんだけど……」
「その野望には付き合えません。 というより、付き合う意味がわかりません。 それと……」
ほとんどの新人は那珂の野望に付き合っているが、唯一不知火だけは付き合っていなかった。
「私の名前、ぬいぬいなんかではないのですが」
「えー!いいじゃん可愛いし!」
冷徹な声で反抗した不知火に対して、反論を展開する那珂だが、不知火は依然として反抗する。
「可愛いとかの話ではないんですよ。 私にはちゃんと"不知火"っていう名前が付けられてるのですから」
「むー……ねぇ青葉何か言ってよー!」
このままでは無理だと考えたのか、青葉に助けを求め始めた。
すると、青葉は那珂の先に見える艦娘の存在に気がついた。
「あの、那珂ちゃん、あっちで神通さんが手招きしてるけど……」
「えっ! あっ、ほんとだ! ありがとね青葉!」
そう言うと、那珂は不知火の方を向き――
「今日はこのぐらいにしてあげるけど、次は絶対にタメで話してね! よろしくね!?」
やや強めな声で不知火に迫る那珂。
「……はい、わかりました」
一方の不知火は、まるでやる気がないような返答をする。
なんとこれに納得したのか、那珂は足早に神通のところへと戻っていった。
「不知火、ほんとにタメで話すの?」
那珂に聞こえぬよう、やや小声で疑問をぶつけた。
「……私の性格を考慮すれば、答えはおのずと出るはずです」
「答え方が曖昧だねぇ。 ま、いつものぬいぬいだね。 そういえば、扶桑さん達どこにいるんだろ?」
「さて……旗艦なので、今は司令達のところにいるのでは? にしても、何故気になるのです?」
「いや、ちょっとね」
「そうですか……」
その"ちょっと"が気になる不知火であったが、敢えてそこは追及しないこととした。
「……それと、私の名前は不知火なんですが」
「……はい」
提督、吹雪といったいつものメンバーに加え、扶桑が新たに入っている通信室では――
「ちょ、加賀さん、それ本気で言ってるの!?」
室内に響き渡る扶桑の怒号。
いつもは物静かな艦娘故に、かなり珍しい状況となっているに他なかった。
「ええ、先程提言したことは全て、嘘偽りなく実行する予定ですが」
加賀も負けじと鋭い声で反論する。
この二人の激しい言い方に、海原はただ呆然と見続けることしかできず、吹雪は戸惑いながらもなんとか二人を諫めようとしている。
「……提督はどのようにお考えになりますか」
すると、突如扶桑が海原へとバトンタッチ。
「……え、お、俺か!?」
やはり戸惑う海原海斗。
無理もない。
彼は性格、外見、行動、全てにおいて奥手な、正真正銘の草食系男子なのだから――
「え、えーと、某としては――」
「私からすれば、この作戦は"ほぼ"無謀に近いです」
この海原の様子に、呆れ返りながらも、吹雪が助け船を出そうとする。
ついでに自らの意見を具申するためにも。
突然の助け船にホッとした顔を見せる海原をよそめに、吹雪は更に意見を具申した。
「ですが、やり方ようによっては可能性は十分に高まります。 私の指示に従ってくれれば、ですけどね」
この言葉に加賀は喜ぶ。
この意見が海原からであれば、下手をすれば大失敗へと導くような作戦の可能性があるが、この鎮守府で最も聡明かつ冷静な吹雪が言うとなれば、誰がその作戦に文句をつけようか。
「!? 吹雪、それは本気で!?」
「はい。 流石に絶対は保証できませんが、ある程度は確証を持てます。 扶桑さん、ここは私を信用してくれませんか?」
「……分かりました、あなたを信用します」
一方の扶桑も、まだ新潟に赴任してから半年足らずという状況ながら、吹雪の頭脳には信頼を置いてるようだ。
それがこの言葉にて如実に表されている。
「さて、では加賀さん、今から私の作戦を話します。 時間もあまりないので、一語漏らさず聞いてくださいね」
「えぇ、勿論よ」
この言葉の後、加賀は吹雪の言葉を一言一句漏らさず聞いた。
――「ありがとな吹雪。 俺が情けないばかりに……」
「いえ、自然に意見を言えるようになったのでむしろ感謝してます」
いつも通りの生真面目さを海原に示したところで、海原は吹雪に問うた。
「にしても、瞬時にしてそんなことを思い付くなんて、お前の脳内はどんな構造してるんだ?」
「それは……偶々努力したからです」
「偶々って……そんなことで天才級の頭手には入れたら皆苦労しないよ……」
「……そう、ですね」
寂しげになる吹雪に、不信感を抱く。
が、そんなことなどどうでもよいことなので、吹雪考案の作戦について聞いた。
「ここにきてもう一度航空攻撃を仕掛けようとする加賀の思考には追い付けないが、それを上手い具合に現実的にするのは凄いな。 まさか駆逐艦に機を取りに行かせるとはな。 しかも三隻とも全員」
「一般論では駆逐艦に機を持たせることは"理論上"可能であると言われましたが、ここまで実用化されていませんでした。 ですが、大して疲労を溜めていない今なら可能かと思ったので」
空母に積む艦載機達は、いつもは矢の姿で存在している。
この矢を持つこと自体は誰でも可能ではあるが、いざ扱うとなればそれは空母のみにしかなしえない技だ。
このことが判明されたのは今から二十年ほど前。
しかも今となっては全く注目されていない事象であるためか、現役の提督、艦娘の中では誰一人として頭の中に入っていないことだ。
それを今、引っ張り出したことは吹雪の記憶容量の良さを浮き彫りにさせる。
「でも、空母二人を置いてって良いのか? 護衛を付けるべきだと思うが……」
「駆逐艦はあくまで"持てる"だけです。 持てる数も多くはないでしょうし、ならば数を増やした方が良いかと。 空母二人に関しては心配いりません。 手持ちの全艦載機を用いて、敵の進行スピードを緩めるよう言ってありますから」
「そういえばそうだったな。 はは、俺も戦術について勉強しないとな……」
落胆する海原だったが、吹雪は優しくフォローをする。
「いえ、司令官はセンスがある方だと思いますよ。 これから勉強していけば、より柔軟な艦隊運営ができますし。 それに……」
少し間をおき、吹雪は言った。
「私は皆からは嫌われるタイプなんですよ。 厳しいってよく言われますし、周りとは距離置いてるし。 でも、司令官は全ての艦娘に対して優しいし、失敗を犯しても決して怒鳴ったりしない。 ある意味、艦娘達のモチベーターとして最高の機能を果たしてると思いますよ」
この吹雪の言葉に、周囲が瞬間にして和らぐ。
この言葉の効果は、海原だけでなくこの部屋全体に響き渡っていた。
先程まで加賀と言い争った扶桑。
通信受託以降、パソコンと睨みあっている大淀。
そして、それを産み出した吹雪の顔は、その年齢とはかなり異なる、大人びた、美しい笑顔を作っていた。
「……吹雪、今お前この世界で一番格好いいよ」
「……はい?」
突然気の抜けた声を出す。
それと同時に、この部屋の中では笑い声がわっと沸き起こった。
洋上にて、三隻の艦が航行する。
この三隻とは勿論、第一機動部隊の駆逐艦、秋雲、曙、潮の三隻のことである。
急造で作られた駆逐隊のリーダーとして、秋雲が二人に話しかける。
「お二人さん、もうすぐ鎮守府に着くからなるべく動きを速くして行動してね。 あと、何かあったら協力し合うこと! いいね?」
「……はい」
圧迫感のある口調で喋った秋雲――だが、二人からの返事はあまりにもショボいものだった。
(全く……いざという時にトラブル起こさなきゃいいけど)
僅かな不安を抱えながら、秋雲ら駆逐隊は鎮守府の中へと入っていった。
――「取り敢えず、一度持ってみますか?」
「ん、じゃあそうしますか」
鎮守府の装備、資源、資材を管理し、装備の生産、開発、改修の総責任者である明石の提案に、秋雲は気安く答えた。
そして、その手を悠々と矢に触れようとする。
秋雲の頭では、艦載機の矢に触ること自体にそこまで危機感を抱いていない様子だった。
そもそも、触れる機会がまずないので触れることを考えない。
そして、"空母以外が触れるとどうなるか"ということの知識もない。
そして、加賀から指示されたことであるためか、自然と簡単なものであると錯覚している。
しかし――
「いった!?」
「ちょ、大丈夫秋雲!?」
「あ、うん、大丈夫です」
そう、駆逐艦が矢を触れようとすると、瞬時に痛みが走るのである。
さすがに激痛までとはいかないが、それでも痛みはある方だ。
「大丈夫? これ、持てる?」
「あー、多分大丈夫だと思います。 痛いと言っても、持ち運べない程ではないですから」
心配する明石に、自分が元気であることをアピールする秋雲。
だが、それでもやはり痛みはあった。
「……気をつけて運んでね。 量が多すぎると器にダメージがいっちゃうから」
「はい……そこのところは注意しておきます。 では、曙と潮を呼んできますね」
そう言ってから、秋雲は二人のところへと駆けていった。
秋雲がいなくなった後、明石はやや落胆した顔で艦載機を見つめる。
(艦攻としては最低クラスの九九式艦爆でこれとは……零戦はまだ耐えられそうですが、最近噂されている新型艦攻、艦爆、そして超高速の偵察機に果たして耐えられるのか……まだこの分野の研究は必要なようですね)
この結果に残念がりながらも、明石としては貴重な結果を得られたようだった。
何しろ、こんなことを研究しているのはこの世界で明石一人だけだろうからだ。
(にしても、吹雪さんも特異的な人ですね。 このことを研究しておいてくださいって……まぁ、私も気にはなってましたが)
「明石さーん! 私達どのくらい持てそうですかー?」
「え、あぁ、そうね……」
一人で考え込む時間は終わりを告げ、秋雲らに載せる艦載機の量について考え始めた。
――じりじりと後退していく二人の艦娘。
彼女らは今、帰ってくる艦載機の着陸の為、甲板を水平にしているところであった。
だが、空から姿を現した艦載機達は――
「あ、かなり数減ってる……」
悲しそうに、瑞鶴が呟く。
仕方のないことだと覚悟はしてはいたが、やはり仲間の多くを失うということは辛いものがある。
「……これならば、秋雲達が帰ってきた後は十分に戦えるわね」
一方の加賀は、さすが歴戦の艦娘故か、この状況を冷静に分析している。
「瑞鶴、こんなことでへこたれてはいけないわよ。 艦載機とは、これからも沢山出会いと別れを繰り返すのだから」
人間――即ち艦娘の職場である"鎮守府"は、そうそう異動しないことが普通だ。
故に、鎮守府の仲間とは長い間一緒に戦うこととなり、退役後でも交流を持つことは多い。
だが、艦載機は頻繁に撃ち落とされることもあるため、航空隊の変動は激しい。
そんな中でも生き残り続けるような航空隊には、いつしか艦娘好みの名前が付けられるようになり、人々はそれを"ネームド航空隊"と呼ぶようになった。
そしてこのネームド航空隊を創ることが、空母艦娘の一種の目標と化していた。
無論、瑞鶴もそのようなネームドに憧れを抱いており、彼女が目標として掲げていたものの一つに、このネームド航空隊の結成が書かれてあった。
「……それとも、まさかネームドを創ろう、なんて思ってないでしょうね?」
「え、いや、勿論創りたいですが、今はまだ―」
「ネームドが消えた時、その時の悲しみをあなたは受けたいのかしら」
瑞鶴の言葉を遮るように、話を展開してゆく。
「……加賀、あんたネームド欲しくないの? 私達の象徴となり、一番信頼できる航空隊を得られるのよ?」
「さて、私にはその良さが伝わらないけど。 それに、手塩にかけて育てた航空隊だって、いつかは消滅してしまうのよ」
「確かに、それはそうだけど……」
「……まぁ、勝手にしなさい。 私からはこれといった指示はしないから。 勿論、消える時のことも考えなさいね」
先程からネームドを徹底的に否定する加賀。
そんな加賀の言葉の中で、とても強調されてた言葉があった。
("消える"か……)
何やら不信感を抱く瑞鶴。
すると、突如として耳に聞き慣れた声が聞こえた。
「加賀さん! 瑞鶴! もうすぐそっちに着くよ!」
そう、待ち焦がれていた反撃のピースが、もうすぐそこに着こうとしていたのである。
秋雲達の帰還だ。