――私が気がついた時には、ここに来ていた。
かつて、私は周りからの嫌悪感を一挙に集める存在として生きていた。
とても辛かった――誰にも相手にされず、一人にされ続けていた。
やがて、これが普通の私だと考え始めるようになった。 一人でいるのが、当たり前であり、本来あるべき姿――そう思い始めた頃からか、無意識に他人との接触を拒み始めた。
これで良い――これなら、誰にも迷惑をかけないし、私だって趣味に没頭できる。
完璧だ。 完璧な人生設計だ。
そう――思い込んでいた。
高校生になっても、この姿勢は一切崩そうとはしなかった。
そんなある時、いつも通り登校した私は、高級イヤホンを耳に付け、アニソンを聞きながら趣味の漫画制作にを行った。 いつも通りの日常。 そんな時に奴は来た。
「漫画描いてんの? 面白そうだな」
初めて褒められた。 家族にも、友達にも、褒められたことなんてなかったのに――
それから奴は、私に絡むようになった。 どうやら、私と同じ、アニメが好きなようだ。 そして同人活動にも理解を示してくれた。
それからというもの、私も奴と話したがるようになった。 それまで私は、他人との接触を拒み続けていて、それこそが一番だと思っていた。 でも、それは違った。
本当はもっと、話したかった。 笑いたかった。 楽しみたかった。 本当の自分は、違っていたんだって――やっと気づけた。
でもね、気づくには遅すぎたんだ。 もっと早く、気づいていれば良かったのに――
2016年7月、私は死んだ。 大切な人を残して。
「第三次攻撃隊、発艦始め!」
二人の空母より、二つの矢が解き放たれた。 一つは零戦を模した白色。 もう一つは九七式艦攻を模した緑色。
こうして空に現れた矢達は、瞬間的に飛行機へと変化していく。
「これが上手く決まらないと――戦局は厳しいものとなり、私達の負けがほぼ確実となる。 絶対に、潰す」
覚悟を決めた、加賀の呟き。 この気持ちは他の四人にも伝播しているらしく、各々が覚悟を決めている。
ここで攻撃が空振りしてしまうと、鎮守府の負け、そして、人類が危機に立ってしまうようになる。 そんなことは、当の本人達が一番分かっている事実であった。
「――怖いです。 勝てるのかなって」
すると、普段は開かずの口となっている潮から、弱音が漏れた。 一同は驚いたようで、目を見開いて話に集中する。
「始まる前から勝てる見込みは低くて、そこに追い討ちをかけるように第二次攻撃の大失敗起きたんです。 そんな状況下で、本当に勝てるのか、生還できるのかな……と」
喉から言葉を出し絞り、遂に言い切った潮。
これまでの潮を見てきた人達からすればなんと嬉しいことであろう。戦場では一切声をあげず、日常の中でさえ沈黙を押し通してる潮が、自分の心の内を開け放してくれた。
「……確かに、勝てる見込みはかなり薄い。 けどね」
語りかけるような加賀の声。
「この世に絶対なんてない。 だからまだ負けたわけではない。 私達が死ぬとは限ってない」
「そうそう! それに、そんなに早く諦めてたら、勝てる勝負も勝てなくなっちゃうよ」
瑞鶴もそれに便乗する。
この二人――特に加賀の発言には説得力があったのか、潮がすぐさま顔を少し明るくした。
「そう……ですよね。 まだ諦めてはいけませんよね」
少しは明るくなったが、それでもまだ暗い方だ。
やはり加賀は気になるようであったが、深くは追及しようとはしなかった。
――美しき夕暮れ空にて、緑色の物体が翼をなびかせている。
目指すは闇に包まれた謎の生物、深海棲艦。
彼女ら第三次攻撃隊に課せられた任務は、戦艦を一隻でも多く沈めさせること。 ただそれだけが与えられたのみだ。
「……!」
どうやら目標を視認したようだ。 ここから、彼女達の反撃が始まる。
「攻撃隊、敵艦隊への攻撃を開始!」
すっかり連絡の橋渡し役となった瑞鶴から声が上げられた。
「……そう。 ありがとう」
無愛想に感謝を申す加賀。 瑞鶴はこの無愛想ぶりが好んでいなかったが、今それを気にする必要はない。
「……もうすぐで日没か……皆、ここまでよく頑張ってくれたわ。 私達の戦いはここまでにして、後は扶桑さん達に任せましょう」
「ま、ここで戦艦を潰せないとかなーりキツいけどね!」
瑞鶴が発言すると同時に、周りからどっと笑い声が響く。 それは無愛想な加賀も便乗していた笑いであった。
「あれ? 加賀さんも笑う人だったんですね」
「あら? 私何度も笑ってるのだけど……まさかからかってる?」
「いや~そういうわけではないですよ~」
やや冷や汗をかき始める秋雲だが、ここである一報が届いた。
「……! 加賀、第三次攻撃の大勢が決したみたいだよ!」
「どう? 戦果は?」
急かす加賀。 この攻撃が勝敗を大きく分けるためか、珍しく加賀もいつものような慎重さは失っている。
だが、すぐにこの一報は吉報へと変化していった。
「敵艦隊の内、戦艦ル級四隻を撃沈!」
その瞬間、加賀から"よし"という声が聞こえたのは、誰も知らない。
「残る六隻の内、二隻は大破、一隻を中破へと追い込みました!」
「……勝てる……まだやれる……!」
冷静な加賀にしては珍しく、気が動転していた。
その頃、秋雲は子供のように喜びを爆発しており、潮は小さくガッツポーズをとっていた。 唯一、曙だけは大層な喜びを表現していなかった。
「加賀、ここからはさっき言った通りに動けばいいんだよね?」
「……えぇ、当然、この作戦は成功したのだから」
加賀の言葉を受け、瑞鶴は着艦準備を開始する。 それを見て、遅れて加賀も準備をする。
「……まだ、死にきれない……」
唐突に呟く加賀。 それを瑞鶴は、ただ単に見守っているだけだった。
――「敵艦隊発見! レーダー送ります!」
望遠鏡を持つ雪風からの声。 それを第二水雷戦隊旗艦神通は受け取る。
「戦艦は確認できませんでしたか……まぁ、倒すべき相手ではあるので、ここで潰しておきましょう」
闇夜の中、強者の雰囲気を漂わせる神通。 その神通の指令に、第二、三駆逐隊の面々から了解の声が上がる。
「にしても、あまりにも戦艦を見つけられてないっぽい~」
「先の航空戦で大打撃を与えたからかと。 このまま隠れ続けて、昼になるのを待っているかもしれません」
夕立の何気ない一言に、思わず神通が反応してしまう。
「にしても発見されなさすぎです。 図体がでかい戦艦ル級ならば、少しの反応ぐらいは確認できるはずですし、駆動音の一つも見られないなんて……」
夕立の一番の親友、時雨が反論する――
「確かに不自然な点は幾つかあります。 ですが発見されてすらいない現状では、何か対策を打つ必要はありません」
軽くあしらう神通。
流石に返す言葉が見つからない為か、時雨はここで引き下がってゆく。
「……ですが、ル級放置のまま朝を迎える訳にもいきませんし……いつかは倒さなくてはいけない、ということは承知してますよね……?」
「勿論。 今はまだその時ではないということです」
「……」
(まだ猶予はある……でも、夏真っ盛りのこの時期、夜は直ぐ様終わりを告げる……)
一抹の不安を残したまま暗闇の海を時雨は進んでいったのであった。
――「前方にて敵艦隊発見!」
「了解、即刻この世から退場させてください」
旗艦扶桑の元に、一斉にして応答が来る。
その中には、扶桑を愛してやまない実妹で同じ型の山城や、吹雪型中心の第十一駆逐隊の面々が連なっていた。
この扶桑の指示により、各々は悪魔の凶器を傍らに持ち、攻撃を始めんとする。
「昼の間に作ってくれたチャンス……絶対にモノにしなくちゃ……!」
そう呟くのは第十一駆逐隊一の努力家、白雪。
セミロングの茶髪を二つ括りにしている、田舎の中学生のように見受けられる容姿だ。
リーダーシップの強さも相成り、一番経験がある深雪らを差し置いて駆逐隊の司令駆逐艦に任命されている。
それ故に誰よりも責任感が強く、それが物事を悪い方向へと突き進ませてしまうこともある、良くも悪くも真面目な駆逐艦だ。
「……白雪よぉ、そんなに気張ってたら戦う時ガチガチになって沈められるぞぉ」
白雪に気をかけるのは深雪。
癖が若干強い駆逐隊を白雪と共に纏めている艦娘で、鎮守府の駆逐艦の中でもトップクラスの錬度を誇っている。
その為、たまに一人で抱え込んでしまう白雪によく気をかけることが、この中での深雪の役割だ。
「でも、私達の未来がかかってるんだよ! むしろこれくらい気張らなくてはいけないと思うよ!」
リーダーとしてのプライドか、はたまた責任感か、白雪は深雪の意見を聞こうとしない。
「はぁ……この前の遠征だって、敵と遭遇した時に固まってダメージ受けたじゃん……」
この戦闘の少し前、第十一駆逐隊だけで初めて遠征を行っていた。
その際、軽巡ホ級を中心とする水雷戦隊と衝突。
なんとか逃走に成功したものの、逃走の際に砲撃を受け、白雪はダメージを受けてしまったのである。
「うっ……でもあれは気づくのが遅れたからってのも要因の一つだと思うし……」
「いや、そこまで遅れてなかったぞあれは」
そのまま指摘される白雪は、どうやら顔を赤くしてしまったようだ。
耳まで赤くなっている。
「はいはい、無用な言い争いはそこまでにしときなさい。 これから一戦交わるんだから」
すると、みずみずしい水色の髪を持ち、僚艦とは一線引いた姿形をした艦娘、叢雲が介入する。
「これからは集中する時間。 愚痴や言い争いは勝った後にしてちょうだい」
叢雲は僚艦と比べて口がキツく、鎮守府でもその存在は一目置かされている。
勿論、その発言がたまに口論を生むこともあるが――それでも、こうしてハッキリと言う艦娘は貴重な存在だ。
この叢雲の言葉に動かされ、白雪と深雪は次の戦いの為に集中し始めた。
「全くもう、良くそんな余裕があるわね……」
何か嫉妬深そうな叢雲の声。
「砲撃有効範囲に入りました!」
「よし……総員、一斉射!」
そうした彼女の声を無視するかのように、夜戦は始まっていくのであった。
――「まだ本隊を見つけられてないの……?」
深夜の鎮守府、その執務室。
鎮守府の副司令官である加賀が思わず言葉にしてしまう。
「うん……もうこの時間なのに……」
部屋の時計を見ると、時刻は午前1時を回っていた。
「夜明けまでは――あと三時間程かな」
椅子で腕組みをしている海原が割って入る。
「……それよりも大丈夫か? 瑞鶴。 昼戦での疲れを癒してほしいのだが」
「え……でも気にはなるし……」
「明日、もう一度戦闘になる可能性が少なからずあります。 肝心な時に最高のパフォーマンスを発揮できなかったらどうするおつもりですか」
吹雪の鋭い声音を聞くと、誰しもが従うのはこの鎮守府では当たり前の事象だ。
「うっ……分かったわよ、休憩するわよ」
嫌々ながらも吹雪の命令ともとれる発言を受け入れる瑞鶴。
「それに……加賀さんも」
同じように言われた加賀は、驚いた形相で吹雪の顔を見る。
だが、加賀はある程度自覚していたのか、その形相はすぐさま穏やかな顔へと変貌した。
「……ということですので、提督」
「あぁ、お休みなさい、加賀、瑞鶴」
海原の声にお疲れ様でしたと返事する空母二人。
そのまま部屋を出ていった彼女達は、誰もいないそれぞれの自室に帰っていった。
「……にしても、通信室に行かなくて大丈夫なのか? 敵はすぐ近くにいるはずだが」
「戦場に出ている艦娘に仕事があるように、私達にも事務的な仕事が沢山あります。 それに、明日には大本営に送る為の報告書書きが残されてますし、暇をする時間もありませんからね」
「それはそうだが、吹雪は行かなくて良いのか? 俺が行っても大した指示は送れないが、吹雪なら……と思うのだが」
「私が長けているのは作戦立案能力だけです。 艦隊指揮能力は大淀さんだったり、現場の扶桑さん達が私よりも優れていると思うのですが」
「そうかなぁ……」
いまいち納得しない海原だが、相手が吹雪である以上、どうしても納得せざるをえないのだ。
「それに私、秘書艦ですし」
「あっ、そうか……」
突然に、当たり前のことを突きつけられる海原。
だがそんなことを忘れていたのか、海原の顔は少し赤くなる。
「どうしました? 顔が赤くなっていますけど」
「え? あ、別に何もないけど……」
慌てて気をつける海原。
「そうですか……と、そろそろ業務に戻りましょうか」
「そ、そうだな……」
あからさまな海原の動き。
少し不思議に思う吹雪だが、それよりも目の前のことだと自分に言い聞かせ、仕事に戻っていった。
――「緊張感続くね、不知火」
三つの夜戦部隊の一角、第二戦隊所属の青葉が、同じく所属の不知火に声をかける。
「なら、今こうして話しかけないでください。 いつ敵主力艦隊が出てくるか分からないのですから」
不知火の警告に呼応するように、旗艦古鷹が青葉を見る。
「青葉、まだ戦いは終わってないし、集中力切らさないでほしいんだけど……」
「うん勿論分かってるよ古鷹。 でもずっっと静かってのもなんか気に障るというかなんというか……」
「でしたら、私ではなく加古さん辺りに話してみるべきでは? 同じ重巡洋艦ですよ」
「まぁそうなんだろうけど……不知火が困る姿っての、結構可愛いと思うのよ、私」
「なっ……!?」
青葉の言葉に、顔を赤くしながらも呆れ顔をする不知火。
「こら、青葉。 いきなり人を困らせるんではありません」
「はいはい、ごめんねぬいぬい、後で間宮アイス奢るね」
「ん……ですから、私の名前は不知火だと何度言ったら――」
「古鷹! 奴らの本隊がお出ましのようだぜ!」
不知火が言い終えようとすると、軽巡の天龍が声を荒げた。
「了解。 他の隊にもそのことを伝えてちょうだい」
「了解です~」
天龍の相棒、龍田が返事を放つ。
返事を確認すると、古鷹が一呼吸置いて無線機の電源をつける。
「……皆さん、ここが勝負所です。 絶対に叩き潰しましょう――生きたいのならば」
それぞれが持つ気持ち。
思うことはそれぞれ少し違ってくる――それでも、共に戦うことには変わりない。
「総員、突撃!」
古鷹の号令と共に、彼女達は突き進んでいった。