――暗闇の中に、赤く光る爆発が起こる。
「!? この大きさ、並の艦のものではない!」
二水戦の一員、時雨が驚愕と共に声を上げた。
その情景は他の艦娘にも伝わっているらしく、全員がその方向へ顔を向けていた。
「これは……敵主力艦隊――戦艦による砲撃でしょうか。 ならば今すぐにでも救援に駆けつけたいところですが……」
夜戦という環境下、どうしても混乱を起こしやすくなるので、容易には救援に駆けつけられない。
照明弾やサーチライト等があればなんとかなるかもしれないが、設備の悪い新潟鎮守府、夜戦用の装備など何一つ存在しないのだ。
「ですが、ここで何もしないわけには……神通さん」
「そうですね……」
時雨の問いに、気持ちの良い返事が出来ぬ神通。
「まず確認とってからだと思うっぽい! なんなら、私一人で見て行っても良いっぽい!」
「一人で……夕立、それはあまりにも不安要素が大きすぎます。 行くのであれば、二人以上連れて行ってください」
神通の指示にやや不満気な顔を見せるも、夕立は親友の時雨を随伴として指名する。
時雨自身もその指名に快諾し、夕立と共に足早にその場から離れていった。
「……二人だけで大丈夫かなー?」
時雨、夕立が所属する第二駆逐隊の司令、白露が気にかける。
「まあ、あの二人でしょうし……ある程度任せても問題ないでしょう。 夕立は"狂犬"とも言われてますし」
「逆にそれが心配なんですけど」
「そのために時雨をつけといたのです。 いざとなった時、時雨なら最良の選択を取ってくれるでしょう……恐らくは」
やや自信なさげな神通だが、これには訳がある。
夕立を抑える係として旅立った時雨だが、その時雨自身もかなり異端な性格を持っている、という噂を耳にしたのだ。
「うん……大丈夫」
「どうしました? 一人で呟いて」
「……いえ、なんでもないわ」
不思議に思う白露――
その疑問を拭う隙間を失うかのように、ちょうど神通宛に電文が届いた。
「えーと……ん、"敵主力艦隊、発見。 第二戦隊が撃滅にあたる……なお、現在第二戦隊は、苦戦中"」
神通の読み上げた文章を、残り二人――白露と村雨――は一言も漏らさずに聞く。
「つまり加勢しに来いということです。 では二人とも、早速行きますよ」
神通の声に動かされた白露と村雨は、その場を急ぎ足で発った。
一人残される立場に立つ神通が呟く。
「なんとか任務は果たしましたか……正直不安しかなかったのですが……」
ひとしきり呟いた所で、神通も体を加速させて激戦区へと向かっていった。
――轟く発砲音の中で、三人の艦娘が飄々と舞う。
今主力艦隊と戦っている艦娘は、天龍龍田の軽巡二人と新人重巡の青葉だ。
そこから少し離れた所、戦線から一時離脱しているのは古鷹加古の重巡二人と不知火の三人。
だがその表情からは状況が良いとは言えないようだ。
「くそっ、小賢しい動きしやがって……なあ古鷹! 探照灯の一つもないのか!?」
「装備は佐渡に頼りっきりの鎮守府だよ! 探照灯なんて一個もないよ!」
苛立ちを見せる加古が訊くが、古鷹によって弾かれてしまう。
すると突然、加古の耳に朗報が届いた。
「あの……私、懐中電灯持っているのですが……」
加古は慌てて声を発した不知火の方を向く。
不知火の手元には確かに、小さい懐中電灯が一つあった。
「おお……不知火気が利くなぁ!」
「あの、この懐中電灯、急いで取ってきたので電池がやや不安なのですが」
「へーきへーき! 少しでも照らしてくれたら楽なことこの上ないから!」
「ちょっと待って、それ固定することできないの?」
トントン拍子で決まる話しに介入する古鷹。
「あぁ、恐らくできないですね……ならば、私は砲撃をやめて照射に徹するというのもありだと思いますが」
「え、それは流石に。 夜戦戦力が一人減るってだけでかなり戦力ダウンだし、それも不知火が抜けるなんて――」
「いえ、夜戦で敵に光を当てる、ということだけでも戦況は有利になります。 それに、私一人抜けたぐらいで戦力は落ちないでしょう」
必死に古鷹に進言する不知火は、この状況下で表情一つ変えず、じっと古鷹を見て言い続けていた。
「……分かりました、点けてください」
「了解、点けます」
古鷹の許可を得て、懐中電灯が点けられた。
すると、黒い海に光が灯され、海面の奥がはっきりと見てとれるようになった。
その懐中電灯を水平線上に上げる――すると、目の前の景色がよく見えた。
「おお……そんじゃ不知火、そのまま照射し続けてくれ」
そう言い残した加古は颯爽と戦線に駆けていった。
「さて……では、やりに行きましょうか」
「ええ……やりましょう」
それに続くように、古鷹も行き、照射役の不知火が続いていった。
――夜の海に、一筋の光が射し込んだ。
夜戦で推奨される探照灯に比べてはあまりにもひ弱な光だが、それでもないよりかは大分マシな光。
その光を点けているのは、期待のルーキー不知火。
それを頼りに砲撃を行おうとしているのは古鷹型の二人だ。
「左舷に敵影発見! 砲撃用意!」
声を発した古鷹の手に20.3cmの砲塔が現れ、敵とおぼしき地点に向けて砲撃を始めんとする。
それと同じように妹の加古が砲塔を敵を向ける。
「よし……打てえ!」
鬼気迫る声を放ちながら、古鷹型二人が一斉に砲撃を開始する。
放った砲弾は、懐中電灯の光の先――敵深海棲艦の至近で水柱を起こした。
「敵艦隊――の内、戦艦ル級一隻炎上! 残る戦艦は五隻!」
懐中電灯の光と、自らの肉眼を頼りに、戦果を報告する不知火。
「よし、第ニ波の砲撃を開始します! よーく狙って……打てえ!」
二回目の砲撃。
これも同じように至近で水柱を上げる砲撃であった。
その水柱の近くには、人よりも一回り大きいように見える生命体の姿。
「敵戦艦ル級二隻が更に炎上中! これで、残る戦艦は三隻!」
嬉々として報告する不知火。
普段は大人しく、小声な不知火だが、珍しく声量がかなり大きくなっている。
勿論、戦場では意思伝達の為に意識してこうしている可能性も否定できないが――
「よし、良い感じ……」
古鷹が一瞬安堵する顔を見せる――しかし、その顔はすぐに消えてしまう。
古鷹に向かうのは、巨大な砲弾――そう、残った戦艦の砲撃だった。
「……古鷹!?」
古鷹の近くで巻き起こる水柱。
その大きさは、二人のそれよりも遥かに大きいものであった。
「くっ……砲撃再開! なるべく殲滅する!」
だが、この夜の中で助けにはいけない。
航空機を飛ばして慎重な砲撃を行う昼戦に比べて、夜戦ではある程度狙いはつけるものの、闇雲に砲撃を行う傾向があるからだ。
このまま古鷹の元に向かってしまえば、同じように砲撃をした戦艦の砲撃に巻き込まれてしまう――そうなれば、打って数を減らすことが大事になってくる。
そして何より――今すぐ攻撃ができるのは加古しかいないからだ。
「当たれええええ!」
深海棲艦に怒りをぶつけるように、だが何か悲壮な思いを背負いながら砲撃を敢行する。
しかし、放った砲弾は敵艦の付近には着弾しなかった。
「ダメです、攻撃が外れてしまいました!」
「くそっ、何動揺してんだよあたし……不知火! 砲撃の修正してくれ、大まかでいいから!」
「もう少し、右に寄せてください!」
「了解!」
不知火に修正を行ってくれた上で、砲撃を再開する。
(古鷹はどうなってるんだ……)
不安に駆られる加古。
加古にとって、古鷹は実の姉であり、共に艦娘となった、ライバル。
共に競い合い、共に励まし合ったこともある、加古の人生を語る上で必要不可欠な存在だ。
しかし、加古は決して古鷹を向くことなく砲撃を続ける。
それは勿論、日本を守る一人の軍人としての役目があるからであった。
しかし――続けて放った砲弾もまた効果的なダメージを与えられずじまいだった。
「くそっ、一介の軍人が私情を捨てきれずに戦うなんて可笑しな話だ……信じられねえよ」
しかし、人間としての性か、それとも意志が弱いからか、とたんに砲撃が当たらなくなる。
「加古さん、今度はもう少し左に――加古さん!?」
不知火が見たのは、砲塔を少し降ろす加古の姿であった。
「……ここで何もせず終わるんだったら、突撃して戦艦の一隻や二隻は駆逐してやる……!」
全ての覚悟を決めた加古。
「くっ……加古さん!」
そんな加古を止めんと、照射を止めてまで止めに入ろうとする不知火――だが、加古との距離が空きすぎたのが災いしたか、とても時間的に間に合いそうにない。
(なら、これしか……)
瞬時に判断した不知火は、魚雷を発射する。
戦艦相手でも大ダメージが期待できる魚雷で先に戦力を減らす作戦会議だ――が、発射された魚雷の数はかなり心許ない数だ。
だが、彼女にできることはたったそれだけ。
残る希望は、タイミング良く増援が来ることだけ――
「神通さんか、扶桑さんの艦隊……」
祈るように加古を見つめる不知火。
(……そうだ、古鷹さんを……)
加古が向かってる間、敵艦からの砲撃はまず来ない。
となると、安全に古鷹の元に向かえるのだ。
一人の人間として考えると、残酷な考え方ではあるが――正直、それぐらいしか不知火はできないのだ。
(よし……)
意を決して救援に向い始めた不知火。
不知火が全速力で古鷹の元に向かう途中、敵がいる方向から多くの発砲音と共に、爆発音も聞こえた。
あぁ、突撃したのか――そう思い込んでいた不知火だったが、気になってその方向へ向くと、思い込んでいた光景とは違ったものだった。
想像以上に大きい煙幕。
そして、次に飛び込んできたのは、人間のものとは到底思えない、奴らの断末魔だった。
「ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!」
甲高い音を出していたのは、間違いなく加古ではない。
となると、その声の主は――
すると、次の瞬間には先ほどよりひと回り大きい爆発が起きた。
だが、戦艦が放ったようなものではない。
この爆発は、魚雷によるものだと、瞬時に判明した。
だが、これくらいだけで増援が来るという確固たる証拠はない。
だが、何故か魅入っていた不知火は、その正体を掴んだ。
(これは……神通さんの……!?)
そう思ってからすぐさま、懐中電灯を向こうに向けて照射した。
そこにいたのは、加古だけでなく、複数の艦娘達――そしてその多くが小柄が姿形をしており、見るに駆逐艦が多いように見える。
そして、不知火は一人の人物を見つけた。
「……神通さん……来てけれたんですね……」
タイミング完璧。
完膚なきまでに叩き潰せんとする、第二水雷戦隊の華麗なる登場だ。
「さあ、素敵なパーティーしましょ?」
まるで狂った犬のように敵に肉薄するのは、白露型駆逐艦四番艦夕立。
その戦いぶりから付けられた通称は、"狂犬夕立"。
その夕立を筆頭に、他の白露型三隻も一斉に突撃する。
その少し離れた位置から、神通が束の間の休息を満喫していた。
だが、決して優雅な休息ではない。
いや、寧ろ戦う時が最も優雅なのではないだろうか。
そんな神通の傍に立つのは、単身突撃を図った加古。
突撃の寸前、神通達が放った大量の魚雷によって敵艦隊では大爆発が起き、一瞬立ち止まった。
その間隙に神通達が目の前に現れ、単身突撃を取りやめた、という話だった。
「なんかその……サンキューな」
「いえ、私達がやや慎重に立ち回りして、加古さん達の援護に遅れたのが全ての元凶です」
「いや、そんな……」
加古は否定しようとするものの、根本から生真面目な神通のことを考慮してか、言い続けるのを止める。
「……それよりも、日没が迫っています。 早急に奴らを殺らねばなりません」
「あ、あぁ。 そうだったな。 早いとこ片付けねえと」
空はまだ暗いままではあるが、それも後少し、といった段階まで来ている。
「さて……では行きましょうか」
「あぁ、行くぞ!」
神通の魚雷が装填されたタイミングと同時に飛び出す二人。
その二人が向かう先では、不知火の光に助けられながら、白露型が颯爽と舞っていた。
「……先程はありがとうございます、長良さん。 それに――ここにいる白雪と叢雲、そして、今運んでくれている初雪と深雪」
「いやいや、艦娘として普通のことをしたまでだし、別に謝られるもんじゃないって」
「そうは言ってもですね……」
懐中電灯を敵に向けて照射し続ける不知火の横には、夜戦に潜り込むタイミングを図る長良達扶桑麾下の水雷戦隊達。
負傷してしまった古鷹を運び出す為にここを離れている初雪と深雪を除いて、今は白雪と叢雲が長良の麾下に入っている。
「でもまあ、あの状況はほんと危険な状態だからねえ……神通達が間に合って良かったよ」
「ええ全く――ほんとに危なかったんですから」
一時全滅の危機に瀕した古鷹、加古、不知火だが、神通達の神憑り的登場と、強力な扶桑と山城が登場したのが重なったことにより、一気に攻勢が逆転している。
扶桑山城は遠くからの援護射撃に徹しており、長良達と、古鷹達と同隊の天龍達は夜戦要員として準備している。
もうすぐで日が暮れそうな点がやや不安だが、既に戦艦数隻がもう失われているとの情報もあり、夜明けまでにはなんとかなりそうであった。
「にしても、不知火の割にはやけに焦ってたけど、どうかしたの?」
「は、はあ……」
突然脈絡のない質問に呆れる不知火であったが、よくよく考えると確かにそうだ。
まあ、ルーキーなのだからこれぐらいが普通、ではあるが――
「……私も、一人間ですよ。 長良さん」
「そうですよ長良さん……不知火だって、どんだけ才能があっても結局は人間なんですよ! 不知火にちょっと失礼だけどね……それに、未だ戦いは終わってないですし、不知火もここまでの作戦で疲れてるんですから、あまり矢継ぎ早に質問しない方が良いと思うのですが!」
「ふむ、白雪の言う事にも一理あるね……確かに、不知火のこと考えてなかったよ。 ごめんね不知火」
「いえ、そこまで疲れてませんし、別に……」
またも同じ返しで済まそうとする不知火だったが。
「あ、ちょっと崩れ始めてるな……んじゃ、私達そろそろ行ってくるね」
「あ、気をつけて戦ってください」
(なんか夫婦の会話みたいわね……)
一人心の中でツッコミをいれる叢雲も連れて、長良達はその場から去っていった。
「とりあえず、古鷹さんに意識があって良かったな……」
心配のあまり加古の頭が可笑しくなった要因の古鷹は、かなりのダメージは受けているものの、意識は保たれており、記憶の欠損も特には見られなかった。
傷としては浅い大破程度か――それでも、生きているだけマシだ。
突如砲弾が当たったことで生涯を閉じる艦娘が多いこの世の中。
中には、味方が設置した機雷に触れて死んだ艦娘もいる。
「私も、そういうある程度の幸運がなくては……」
だが、そういった"運"というのは人間の力ではどうすることもできないこと。
どれだけの聖人君子でも、不運により死ぬことなんて数多ある話だ。
――もしかすると、自らもそういう星のもとで生まれた存在なのかもしれない――
(いや、そんなこと考えても無駄か)
とにかく、今は生き延びて、戦いに勝つしかない。
そもそも、この戦いでさえ、生き延びることが困難なのだから。
今は、ただ無機質に、本能のままに動けばいい。
それだけで、十分だ。
――夜明けからすぐ、前日の昼出撃した第一機動部隊の面々が緊張の面持ちで何物かからの情報を待ち望んでいた。
その何物かの正体は、零戦二機を偵察機用に改修した、鎮守府独自の偵察機、一式偵察機。
元々、旧式の九七式偵察機の更新機として期待された二式偵察機の配備が遅れに遅れている為、急造で作ってしまった特別機だ。
「大丈夫、だよね……」
「恐らくは大丈夫。 扶桑さん達がミスを冒していない限りは」
「なんで含みがあるのよ! ちょっと怖いじゃない!」
「勝手にそういう風に思った瑞鶴、あなたが悪いのでは?」
「むう、なんかイラつく……」
「まあまあ二人とも。 夫婦喧嘩はやめて――」
仲介に入る秋雲に、冷たく、鋭い視線が突き刺さる。
秋雲の日常といえばこういうもので、良かれと思ってやったことが逆に裏目に出る時が多いのだ。
大体は無駄な言葉を混じらせてるのが悪いのだが。
「ん、一式から電文」
加賀の言葉に合わせ、その場にいる五人が聞く姿勢を整えた。
「……我、入念に索敵を行うも、敵艦見えず――敵はいない、私達の大勝利よ」
加賀が読み上げた瞬間、瑞鶴と秋雲が歓喜の声を上げたのは、わざわざ教えるまでもないだろう。