――小高い台に、特型駆逐艦四番艦深雪が立つ。
その光景を、静かに見守る艦娘達。
「えー、昨日は皆様どうもお疲れ様でした。 鎮守府に侵攻した敵はかなりの強敵でしたが、皆様のおかげで敵は撃滅されました。 本日はそれを祝すと共に、今後の鎮守府の活躍を祈念して、乾杯!」
「乾杯!」
「にしても深雪、すっかり音頭が板についてきたわね」
鎮守府古参の一人、如月が深雪に声をかける。
「いやーそれほどでも……あるかな!」
"宴会"という言葉の雰囲気からか、いつもよりも気分が良くなっている深雪。
「うふふ、周りもきっとそう思ってるわよ」
それと同じように、如月もやや上機嫌になっている。
「いやぁさあ、この鎮守府に来てから、こういう行事事の開式には関わってきたからさ……流石に上達してこないと不味いって」
「そうよね。 今回で三回目だものね……」
昨年の北日本海撤退戦直後、今年艦娘が入ってきた時、そして今日と、これまで三回この鎮守府は宴会を執り行ってきた。
そしてその三回とも乾杯の音頭は深雪に委ねられているのだ。
「これからも……こうして音頭とれるようにな……その為には生きて、奴らを捻り潰さねえとな……」
「そうわね……でも、今はそれができる喜びを受ける時じゃないかしら?」
深雪は思わず周りを見渡す。
各々、日々の疲れを忘れて宴に勤しんでいる。
「……へへっ、如月に一本取られたな! いよっし、楽しむぞ!」
「そうそう! 楽しみましょう!」
微笑む如月と、晴れ晴れとした深雪。
艦娘として軍人となった彼女達だが、本来ならば普通の学校に通い、青春を楽しむ権利を与えられた学生となっているお歳なのだ。
それはこの鎮守府の大半の人間に言えることであり、一部の大型艦以外は大概高校生以下の歳である。
それは鎮守府の提督である海原、秘書艦の吹雪にも当てはまることなのである。
「吹雪さ、普通の学生として暮らしてみたいって思ったことないの?」
「一応ありますよ。 艦娘じゃなかったら、きっと模擬試験一番取ってるんだろうなぁって」
「そっち考えちゃうんだ……いやもっと女の子らしいことをさ……」
「女の子らしい……? あぁ、ファッションとか映画とかそういうのですか? 私にそれを?」
「……いや、なんもないわ」
「そうですか……では、司令官はどうですか? 海軍学校行ってなかったら今受験勉強してるのではないですか?」
「そうだな。 今頃勉強ばっかりでヒーヒー言ってるだろう」
「今でさえ書類処理にヒーヒー言わされてるんですから、きっと浪人まっしぐらですね」
「こら、そんなこと言うな」
「分かりましたよ」
窘められる吹雪だが、こんなことぐらい大丈夫だと笑いながら応答する。
「……こんな風に喋るのってかなり久しぶりじゃないか?」
「そうですね。 最近は業務連絡しかしてませんでしたし、昨日のこともありますし」
「去年の今頃はもっとフレンドリーだったよな……いつから今みたいな感じになったんだっけ?」
「確か、去年の十一月頃でしたか? 今みたいな感じになったの」
「そうそう……かなり急激な変化だったな」
「……そうでしたね」
「今からでも遅くないから、元のフレンドリーさに戻ってもいいんじゃないか? 実際、この鎮守府はかなりフレンドリーな感じだしさ」
「そんなわけにもいきません。 いくらこの鎮守府が馴れ馴れしいと言っても、私と司令官はこの鎮守府の頭脳なんですから。 私達の行動が、艦娘達の運命を変えていくのですよ」
強い口調で言う吹雪。
だが、その言葉には何か熱い気持ちが秘められているようにも見える。
「吹雪って、意外と純粋と言うか、熱血味あるよね」
「そうですね……純粋かと言われたらアレですけど、熱血と言えばまあそうかなと思いますよ。 だって私、大きな夢持ってるんですから」
「へー、それって?」
「……戦争が終わったら言いますよ。 その夢戦争終わっても達成しませんから」
「え、かなり壮大じゃん。 俺戦後どうなるかよく分かってないけどさ」
「いや、別に無理ではないのですが、達成は絶望的ってことですよ。 何しろ、やることが多すぎますからね。 やること少なかったら戦争さっさと終わらせますよ」
「……なんか色々ツッコミどころ多いけど、そんだけ自信あるってことなんだよな。 そういうことにしとくよ」
「そういうことにしといてください。 そうですね。 いつか司令官にも手伝ってもらうかもしれませんよ。 かなり先になると思いますが」
「そうか、その時は奴隷の如く働かせてくれ」
「分かりました。 そうします」
一瞬たじろぐ海原を、吹雪は笑いながら迎える。
吹雪はなかなか笑わない。
自らの地位と役割があまりにもデカすぎるというのもあるだろうが、それにしても笑わないことには長けている。
だがそれと同じように冷静さを失ったこともほとんどない。
それほど、吹雪という艦娘――もとい人間はポーカーフェイスということなのだろう。
「あー怖い怖い。 吹雪が奴隷のように働かせるとか本当にそうなるとしか思えないのだが」
「司令官がそう言ってしまったのですよ。 何も言えませんから」
「はいはい……」
仕方なく頷く海原。
吹雪はなかなか笑わないのだが、冗談はかなりの数放っているのだが、中には本当に実行してしまった事も数件あり、先の発言も本気か嘘かの判断は難しいものがある。
長い間二人きりで仕事した為か少しは判断できるようにはなったが、それでも今回は難しいようだ。
それでも――
(吹雪には散々世話になってるんだし、ある程度頑張ることぐらいはしなきゃね……)
どうやら、満更でもないようだ。
――「はい、加賀さんどうぞ」
「あ、どうもありがとう」
鎮守府古参で、本海戦においても活躍した神通が、同じく古参の加賀のグラスに酒を注いでゆく。
見るに、よくあるコップ型グラスではなく、カクテル用のグラスに見える。
「加賀さんは本当に品がありますよね……カクテル好きとは思いませんでした」
「そこまで褒めることでもないわ。 宴会で呑まれる日本酒とかが自分に合わないからとこの場にカクテル持ち込むような人間よ。 しかも、バー付きの会場とかでもないわけなのだから」
「それほどカクテルを好きであるということなのですよ。 それに、加賀さんが飲む時はそれまでいた人達がサーっと消えて場を作るのですから、不味いということはないと思いますよ」
加賀には独特のオーラがあるのかどうかは知らないが、元気娘も多い鎮守府において二人の空間を築き上げるというのもかなり苦労することだ。
「ありがとう神通。 それでも、ここに持ち込むのは良くないわ。 吹雪に言ってバーでも作ってもらおうかしら。 ついでに腕の立つ人も連れてきてね」
「いい案ですが、恐らく作りはしないでしょうね……」
「仕方ないわ。 これからは前線での戦いが続くのですから」
「そうですか……それにしても、今日はなんというカクテルなのですか?」
「これはハンターというカクテルよ。 ウィスキーがベースなのだけど、比率によって辛口か甘口か変わるものよ。 私のこれは辛口ね」
「なるほど、勉強になりました」
「……わざわざ勉強しなくていいと思うのだけど」
「悪いわけでは無いでしょう。 これから必要になるかもしれませんし」
「……そうね。 あなたが成人になった時に、これにハマるかもしれないし、学ぶことに悪いことは無いわ」
加賀が思わず段を向く。
するとそこには、落語家のようにしながらも怖い話を強要されている深雪の姿があった。
「あなた、あちらの方に行っては? こっちは問題ないから」
「いえいえ、と言いたいところですが、加賀さんの邪魔となったなら潔く退場させいただきますね」
そう言うと、足早にその場を抜け吹雪の近くに寄っていった。
「全く……どこまで礼儀正しいのかしら」
そんな加賀と神通のやり取りの少し前――
「なあなあブッキー!」
開宴からずっと海原のそばに居た吹雪に、突如として話しかける。
海原の秘書艦として鎮守府のブレーンを担う吹雪だが、艦娘達の間では"ブッキー"の愛称で呼ばれている。
勿論吹雪もそれを知っているが、浸透スピードが早すぎたことと、海原から止められたことから、この愛称を事実上黙認している。
本人曰く、嬉しくともなんともないらしいが。
「なんですか? どうでもいいお願いなら却下いたしますが」
「いやぁさぁ、夏と言えばあれじゃんあれ」
「夏……怖い話とか」
「そうそう! 察しいいねぇブッキー!」
褒められたらはずなのだが、ブッキーという言葉のせいでイマイチ褒められた気分にならない。
「……つまり、怖い話をしろと」
「そう! んじゃあ、よろしくお願いします!」
トントン拍子に進んでゆく話。
深雪にはこうした強引性が強く、内気だったり大人しい子は何も言い返せずに話が決まってしまうのだ。
それは吹雪も例外ではなく、こうして深雪によく絡まれてしまう。
一応、ちゃんと自分の意見を押し通せば話は止まるのだが――
「いや待ってくださいよ。 やるとは一言も、というか言う気もさらさら無いのですけど」
「へっ? いや、ブッキーってそういうノリ良いからさ、もう既にOKもらったのかと……」
「揶揄うのもそこまでにしてください。 なんだって自分が怖い話話さなきゃいけないのですか……しかもすぐにですよね?」
「あぁ。 今すぐそこでやってくれ」
「即興で考えた話とか聞かせてもつまらないし、そもそも考えたくないのですが。 宴会の時に怖い話考える人なんていないでしょう?」
「まあそうだけどさ……ブッキー頭良いし」
「頭にもクールダウンが必要なんですよ。 ってか、そんなことで私の頭使わないでください」
「えー! 全くもう、仕方ないなー」
残念そうに吹雪を見やる深雪。
それを気にもとめない様子の吹雪。
「じゃあさ、次までには考えといて! そんぐらい時間あるからいけるじゃん?」
「秘書艦の仕事を代わりにやってくれたら、検討いたしますけど」
「おっ! じゃあ今度代わりに仕事するから、ちゃんと考えといてくれよ! 絶対だかんな!」
そう言うと、深雪は足早にその場から消え、元いた暁達の所へと帰っていった。
「……私、話を考えるとは一言も言ってない気がするのですが……」
独り言を呟いてると、扶桑姉妹の所に行っていた海原が戻ってきた。
「どうした? なんか大変っぽそうだけど」
「なんでもないです。 にしても、これ、いつお開きにするんですか?」
「え、それは……加賀にでも任せよう。 あいつなんか知ってそうだし」
「そうですか……」
吹雪がそう言うと、段の上で深雪が何か小話を始めようとしていた。
その周りには、暁や夕立といった駆逐艦達。
何人かはそこにいないが、大体の駆逐艦はいるようだ。
「なんか面白そうだ。 俺そっち行ってくるよ」
「ご自由に。 というより、わざわざそれを聞く必要あるのですか?」
「あ、そうだよな……まあ別にいいじゃん?」
「そういうことにしておきましょうか」
吹雪がやや呆れた感じになったが、とりあえず深雪の元へ行く。
「怖い話……司令官に協力させましょうかね。 それこそ奴隷のように」
悪い企みを考えつく吹雪ではあるが、この企みは翌日には跡形もなく忘れていたという。
――輝かしい太陽が照りつける朝。
前日の宴会の余韻を残っているのか、すれ違う人皆に疲れや高揚感がある。
――高揚感なんて言葉を使うとは、私も中々乙なものだ。
この鎮守府に来てはや二ヶ月。
元気だが若干問題児の深雪。
大人しいが引きこもり体質の初雪。
サバサバしてるが、素直じゃない叢雲、とかなり個性的な面子をまとめあげてから、かなりの時間が経った。
最初はどうなるか心配だったが……案外どうにかなるもんだ。
「今朝は……日替わり定食でいいか」
この日替わり定食は、カレーがない日の定番として鎮守府で定着している。
その理由の一つとしては、この食堂を取り仕切る間宮さんが美味しいものを作る――というのもあるが、日替わり定食のバリエーションが豊富というのもある。
本人曰く、一年分はある――と、深雪が言っていた。
ちなみに、この定食は朝昼晩でそれぞれ考えているらしい。
凄まじい労力なはずだが――というより、そこまでの資金があることが驚きだ。
「今日は……え、被ってる……?」
まだ二ヶ月しかいないのに被ってる――それはつまり、深雪の話に嘘が混じっているということだ。
「いや、間宮さんの可能性だって……考えたくないな……」
あの人は人が良く、私もよくあの人にお世話になっている。
故に、そんな間宮さんが嘘をつくなど――むしろありえそうな気がしたのは私だけか。
「えーと……そうだ、午前中は休みだった……」
まだ疲れが残っていることを考えたか、この日の午前も休みとなっていた。
私としては、別に悪いことではないと思うが、やはり練度がどうなるかが心配だ。
「そして……昼からは会館か……」
会館とは、沢山の艦娘が集合する時に集まる、まあ集会場所だ。
元々ある施設ではあったが、前年度には使われなかったらしい。
艦娘が増えたことで今年度から使われることが決まったと聞いている。
「午後からは座学……それよりも眠い……」
「眠そうだな白雪!」
突然、何者かに背中を強く叩かれた。
――とは言っても、声で深雪だとすぐ分かったが。
「うるさい。 昨日夜更かしした結果龍田さんに殺されそうになったクセに」
「いやぁ、あれは死にそうだったよ本当!」
「笑い話じゃないことぐらい理解しといてよ……深雪が罰を受けたら私にも連帯責任かかるんだからさ……」
「げぇ! 私の心配ひとっつもしてくれない! 酷い!」
「連帯責任なんて受けたら深雪の心配する暇なんてないよ……」
「ねえ、この後どうすんの? 今まだ六時半だけど」
「寝る。 自由時間ぐらい自由に寝らせてよ……」
そのことをより強調するべく、わざと目をこすらせて眠いアピールをする。
実際に効果があったかは分からないが、とりあえずそこから話が発展することはなかった。
そして午前十一時半。
予定より少し早いが、会館での集会が始まろうとしていた。
「なんでまた深雪が隣なのよ……わけわからないよ」
「私と白雪は強烈なキズナで結ばれてるってことでしょ! でも、恥ずかしがることは――」
気がつけば、白雪の右腕は深雪の顔を少し歪める武器となっていた。
「ちょっと……流石にうるさいわよ白雪」
ツンデレ駆逐艦、叢雲が説教を始めようとしている。
叢雲は十一駆の中でもまともな部類に入る方で、戦闘以外のことは大概頼っているのが彼女。
また艦娘としての能力も悪いわけではなく、十一駆として戦える練度を持っている。
だが司令官によると、まだ戦闘面での特徴もなく、他が成長著しい中トロイ成長だからちょっと不安らしい。
「もうすぐ始まるし、それに周りの迷惑になってるのよ」
「あ、ごめん叢雲ちゃん。 ごめん、私がしっかりしなくちゃいけないのに……」
「分かればいいのよ分かれば」
叢雲という人物はどこか突き放すような性格を持っている。
なんだかんだいってお人好しが多い十一駆なのだが、こういった性格を持ってるのは叢雲ただ一人と言えよう。
その性格が災いする時もあるにはあるが――彼女に友好的に接する人は多く、その性格が無駄になっている、というわけではないようだ。
――ただ、彼女自身はこの性格を快く思っておらず、なんとしても直したい、とまで思っているようだが。
「うん。 ありがとう叢雲ちゃん」
「はいはい……」
そんな彼女は最近イライラ気味だ。
――いや、いつもイライラしてるように見えるのだが、最近はその度合いが増してるように見える。
なんとかしてあげたいと思うが――何をどう直せば良いのか分からない為、一歩踏み出すことができない。
そんなことでは、リーダー失格だと思うのだが――
――そんなことを考えてる内に、私の司令官と、その秘書であり、一応同じ特型である吹雪さんが現れた。
ここに呼び出す、ということは何か言うことは明白だが――もしや佐渡鎮守府メンバーがここに着任することになったのか。
そうなれば、これまた特型の磯波と綾波がこの鎮守府に加入するだけでなく、戦艦の金剛さん、空母の蒼龍さんと飛龍さんといった豪華なメンバーが一気に入ることとなるのだが――さてどうなるか。
「まずは皆様、先日の戦闘、大変お疲れ様でした。 皆様の活躍のおかげで、この鎮守府は守られ、国難は一時的に去りました」
口を開いたのは司令官ではなく吹雪さん。
これはいつも通りの光景なのだが、他の鎮守府の人間が見たら少し戸惑い――そして嘲笑うだろう。
「ですが、まだ危機は去っておりません。 先程も申しました通り、"一時的"に去っただけです。 これから先に、またも同じような事態に陥る可能性もございます。 また、佐渡鎮守府の奪還というのも、人類の反攻の為必要となります。 幸い、大本営による解体は行われないと今朝明らかになりましたので、これからの鎮守府の戦力増強を行うことを先程決議いたしました」
吹雪の説明に、集団の一部からざわめきが生じる。
というのも、あの佐渡を取られた以上、大本営は本気で取り返す気になっていると思っていたからだ。
また、鎮守府の戦力増強というのも、ざわめきを助長させる一因になっているだろう。
私は特に感じなかったが――深雪辺りは少しざわついてるようだった。
「そして、その決議と同時にある程度の施策も決議いたしました。 本日はその内の一つを発表いたします」
その瞬間、会館内に張り詰めた空気が流れたことはよく覚えてる。
吹雪さんがなんと言うのか――皆の興味はその一点に集中していたからだ。
「……スケジュールは未定ですが、一ヶ月後までに鎮守府春の大特訓を始めることといたしました」
吹雪さんが言い切ったのと同時に、司令官は得意げな顔を、吹雪さんはいつもの真顔を見せ、観客達は呆然とそれを眺めているだけであった。