――(大特訓……?)
恐らく鎮守府の全員が抱く疑問だろう。
瑞鶴は一人考え込み、決してそれを他に漏らさぬように今は生活している。
バレバレだということには気づいてないようだが。
「明日からは訓練の日々かぁ……疲れた体に鞭を打つなど、鎮守府はブラックだ! ブラック!」
「……ブラックとはどういうことでしょうか?」
相変わらず元気な秋雲と、相変わらず目つきが悪い不知火。
二人はいつも通りと言える、日替わり定食を食していた。
「むぅ……私としてはもう半日休みが欲しいのだけど」
「休んでばかりでは強くなれないよ……最も、特訓なんていう代物が発表されたんだからね」
「確かにそうだけどさぁ、瑞鶴はどうよ? 疲れとか」
「私は疲れてないよ……というわけではないけど、毎日の訓練には耐えられるかなって感じ」
「おぉ、流石瑞鶴。 それこそ鎮守府期待のエースよ」
「秋雲も頑張りなさい!」
瑞鶴に思いっきり引っぱたかれる秋雲だが、周りは止める様子がない。
というより、止める理由がないだろう。
「秋雲は才能あるのに、イマイチ活かしきれてない気がする……って司令官達が言ってたよそういえば」
「むぅ、私だって努力してるよ! それこそ提督よりかは!」
「あの人はあの人で書類の山と戦闘してますからねぇ。 秋雲先生としては、司令官さん達よりも上をいきたいでしょう?」
「勿論! 似たような趣味を持つ提督だからこそ、絶対に追い抜かしたいもん!」
「その心構えが普段の訓練で出てくれれば文句なしなんだけど」
瑞鶴に言われた途端、すぐ不機嫌そうになる秋雲。
瑞鶴との関係は、何か腐れ縁とかそういうのに近い関係に見える。
「ま、まあ明日から頑張るからさ……」
「”明日から"とは聞き捨てなりませんね……秋雲」
「……"明日からも"だったわ」
苦笑する秋雲。
「明日からと言ってるけど、午後から訓練再開って分かってるんだよね?」
「え? 分かってるけど、どうせ軽い感じでやってすぐ終わりなんじゃないの?」
「まあ、そりゃそうだけどさ……」
「終了予定時刻も午後五時でしょ? 夜戦演習ないって聞いたし」
「明日に向けてのアップ中心です。 気を引き締めて臨んでください」
秋雲の後ろから聞こえる声――四人がその方向を向くと、そこには加賀が立っていた。
それに気づいた秋雲は反射的にそちらを向き、自然と敬礼を行った。
「は、はい副司令官! これからの訓練、気を引き締めてかかる所存でごさいます!」
「その意気やよろしい……それが三日坊主にならないように」
「は、はい!」
加賀はそそくさとそのまま自分の席に戻ったが、それでもしばらくは敬礼し続ける。
ようやく解けたのは、瑞鶴が声をかけてから。
「あんたどんだけ恐れてるのよ……」
「いや、だって普通怖いじゃん加賀さんって。 というかそれが一般人の考え方なの。 それをものともしない瑞鶴と不知火が凄いの」
「そりゃもう、お二人は”大天才”なんですからね!」
「こら、人をそうやって言うのはダメってこの前言ったじゃない」
「いや、言ってもいいでしょ二人ならさ」
青葉が瑞鶴の方を見ると、瑞鶴は怒り心頭という表情だったが、不知火の方を向くとあまり怒ってる様子ではないようだ。
いや、何も知らなかったというのはあるだろうが――
とにかく、瑞鶴からすればこんなことは辞めてほしいのだ。
「そもそもさ、何で瑞鶴は嫌がるの? だって褒めてるんだよ!」
「私は天才だから横須賀首席取ったんじゃないの。 周りよりも努力したって自負してるからこうなってるの。 天才でも何でもないわよ」
「瑞鶴さんよ……努力し続けるというのも才能なんだよ……」
「なんとも負け組の台詞みたいわね……秋雲」
ギロっとした目が秋雲に突き刺さる。
「そ、それでは秋雲先生は努力しなくてはならないので……お先にドロんさせていただきますぞ!」
「あ、ちょ秋雲! 待って!」
スタコラサッサと逃げる秋雲を追いかけようとするが、目の前の料理を食べ終えてなかった。
仕方なく追いかけることを諦める。
「秋雲も優秀ではあるでしょ。 そこまで責める必要ないって」
心配とも、進言とも聞こえる青葉の心がけだが、瑞鶴の返答は少し変なものだった。
「だって……あいつ面白いもん。 関西人みたいにすぐツッコミするし」
それが理由かよと思う青葉は言葉すら発せずに呆然としていた。
「……なるほど、同じ理由でしたか」
(不知火、お前もか)
――「司令官、大本営から通達です」
翌日、海原吹雪の両名はあるグループの処遇について、大本営からの裁量を待っていた。
そのグループ、というのは佐渡鎮守府からなんとか逃げおおせた五人組の事だ。
彼女ら五人は、鎮守府にとっての大事な戦力となりうる可能性を秘めている。
故に、吹雪達は大本営からどんなことを言われるのか、緊張が走っていたのだ。
「どうだ? 上はなんと言ってる?」
「はい、それがこちらになります」
吹雪から渡された紙に書かれてる文言に注視する。
「……どうやらうちに着任させるようだ」
「そのようですね……まあ押し付けるという感覚であっちはやってるでしょうけど、こちらとして好都合です。 これで戦力に厚みが出てきました」
「あの五人はここにいたいって言ってるし、後は書類上の処理さえ行えば正式に新潟鎮守府の一員だな」
「歓迎会、いつやりましょうか。 明日にでもやりますか」
「やるわけねぇだろ! つい最近やったばっかりだ!」
「別にいいじゃないですか。 やれる内にやっといた方が良いですよ」
「かなり食傷気味だよ!」
結局、”挨拶会”という名目で宴会が行われたそうな。
――朝の光が眩しい新潟市の繁華街。
日本国民総農民計画によって都市の数が大幅に減った現代日本において、こうした都市は珍しいものとなっていた。
往来する人々。
鎮守府が設立される港町以外でこの光景を見ることができるのは東京だけだという。
その繁華街から遠く離れた新潟鎮守府。
「位置について、よーいドン!」
一斉に大勢の艦娘が飛び出す。
その数から見て、鎮守府の全艦娘がそれに連なっているだろう。
「始まりましたね、特訓が」
「あぁ……かなり地獄のな……」
あれから一週間後、吹雪主導による鎮守府大特訓が遂に始まった。
その内容は以前にも明言してたように、かなり厳しいものとなっているようだ。
「まあ、これぐらいしないと数の差は覆すことができないと思うが……」
この特訓に加え、つい先日には潜水艦娘が三名極秘裏に着任した。
極秘裏に着任させたというのは吹雪の意向であるが、その理由は一切明かしてない。
そんな彼女達は今、敵基地であり奪還目標である佐渡鎮守府の威力偵察を行っている。
それによると、敵は想像よりもかなり強大であると伝えられている。
「敵は数の暴力で攻めてきます。 数には質で、その質を得るにはこれくらいの練習が必要です。 と、何もしない私達が言うのもかなり酷いもんですが」
「まあこれは仕方ないけどな……」
「そうですね、考えない事にしましょうか。 それじゃあもう戻りましょうか。 ここにいても良いことないですし」
「そうだな……戻ろうか」
息が荒くなっている。
走ると鼓動が高まるのは当たり前だが、今日は今迄よりもその度合いが強い。
いつもよりハイペースなのは分かってた。
というのも、今日のランニングは強力な相手が存在していたからだ。
今日から一週間続く鎮守府大特訓。
その一番最初は朝ランニングから。
中にはこの朝ランニングを既に実行している人がいて、私不知火もその中の一人であった。
だが数の少なさに吹雪が気づいたのだろう、特訓の初めにこれを持ってきたというのは、今後習慣化せよということの暗示かもしれない。
ランニングの意図はやはり持久力を鍛えること。
特に艦娘となると高速移動やそこから急停止しての砲撃、更には周囲に警戒しなくてはいけないのでかなりの体力を根こそぎ奪われる。
その体力を補う為にも、ランニングというのは推奨される練習法だ。
私は一番最初に走るのでいつも独りで走ってるのだが、今日は鎮守府所属の艦娘全員ということとなる。
走ることとなるコースは、まず鎮守府前にある森からスタートし、そこから森を抜け繁華街に。
通行人の邪魔にならない小道を通ってゆき、新潟市役所前で折り返し。
そこからは来た道を戻って、最後は鎮守府敷地内の運動場でフィニッシュという流れだ。
かなり長いコースとなるが、まあこれぐらいは問題ない、私は。
最大の問題は普段走ってない人達だ。
養成所時代にはかなりの数走らされているはずなので、一般人よりかは走れるだろうが艦娘として考えると厳しいものがあるかもしれない。
そんな人達が果たしてこれを潜りくけられるか――正直に言えばかなり厳しいと言えよう。
まあ、かなりきつくなったらリタイアしても良いという御達しがあるにはあるのだが、負けず嫌いの人はそれに従えるのだろうか――
そっち方面では不安だが、私が注視するのはたった一人。
その名は瑞鶴。
同じ横須賀養成所の出で、あっちは首席、こっちは次席。
最近になって親交を持てるようになったが、それに呼応するようにライバル心というのも芽生えてきた。
着任したての大演習ではこちらの完全勝利だったが、あれ以降瑞鶴の成長というのも目覚しくなってきた。
先の新潟沖海戦では加賀に並ぶ戦績を打ち出しており、既に加賀と張り合える程の実力を持ち合わせるようになった。
それに対して私はどうだ、夜戦で一隻たりとも沈めることができず、ただ灯りを照らしてただけだ。
前々から夜戦というのは苦手だったが――ここまで苦手だとは思わなかった。
このままでは何もできない――そう思ったのだ。
だからこそ、何がなんでも瑞鶴には勝ちたい。
横須賀の首席と次席が同じ所に配属されたんだ、何かの縁だろう。
ならば、それを追い抜かさなけねばいけない。
そんな瑞鶴は今、私とは違う涼しい顔で私と並走している。
持久力でも負けてしまうのか――正直、敵わないと思った。
とにかく、今は付いていこう。
ここで離れてしまったら何も得られないと思うし、私の限界を知るいい機会にもなる。
特訓期間が終わったら――瑞鶴と一緒に走ろうかしら。
――「はー! 後一日だー!」
あれから五日後。
吹雪が言ってた通りに地獄だった大特訓は、遂に後一日を残すのみとなった。
「油断しないでください瑞鶴。 明日が残ってるのですから」
「分かってる分かってる! でもようやく終わるとなるとなんかこう達成感湧くよね!」
この六日間、私はかなり成長できたと思う。
ダウンした人もかなり多かったこの特訓だったが、私は一度も根を上げずに最終日までついてこられた。
ただやはり瑞鶴の方が涼しい顔してたし、苦しいような顔も中々見せなかった。
私、今日はかなりギリギリだったのに――
六日間一緒に訓練したことで瑞鶴の凄さを改めて確認できた気がする。
初日に分かった持久力の高さは、この期間で何度見せつけていた。
それ以外でも、訓練に対する集中力というのも高く、効率の良い訓練ができているように見えた。
私も頑張って付いてきたにはきたが――ずっと瑞鶴に負けているような気分だった。
でも”付いてこれた”という事実はいつか必ず役に立つであろう。
――とにかく、まだ明日がある。
今は明日に備えることだけ考えよう。
「……不知火、考え事?」
「あぁいえ。 気にすることではないですよ」
「ふーん。 んじゃ、私ここだから……明日もまた頑張ろ!」
「はい、ではおやすみなさい」
瑞鶴に別れを告げて、自分の部屋に入る。
瑞鶴の部屋は私の部屋の反対側にあり、そのせいか瑞鶴と相部屋の青葉がよく私の部屋に”無断で”入ってくる。
見られて問題ない時とかはまだ良いのだが、着替えてる時に来たら即カメラで撮られてしまう。
もちろん青葉を取っ捕まえて写真を削除するようにはしているが、気付かぬ内に撮られてしまったら拡散されるかもしれないのだ。
まあ、青葉がそんな非道なことをするとは思えないけど――正直不安だ。
最近は瑞鶴に言って監視してもらってるが、瑞鶴の目を盗んで犯行に及ぶことも度々。
終わらないいたちごっこへと迷い込んでしまっているのである。
(ここ最近はまるっきりなくなったけど……そろそろ来るはず)
顔見知りになってから二年ちょっと。
なんとなくではあるが、青葉の考え方というのも想像できるようになった。
マークが厳しくなってる今、青葉の考える作戦は――油断させることか。
「……」
「あ……どうも、恐縮です、青葉です……」
いつものハツラツとした声は鳴りを潜め、今にも逃げ出そうとしていた。
「そ、それでは青葉はここで……さよならー!」
「待ちなさい」
私の忠告を無視して、青葉はそのまま逃げ帰っていった。
残念な事に、今その部屋には瑞鶴がいるから結局逃げることはできないけど。