――夕方の執務室にはいつもの二人。
それに加えて大淀もそこにいる。
「粟島へ侵攻するという兆候を掴んだ……?」
「はい」
そう言うと大淀は地図を開いた。
「佐渡島の東――ここにある島、これが粟島です。 そして深海棲艦はそこに向けて軍を動かすだろう――という兆候を掴みました」
「粟島を取られることに関するデメリットは?」
「深海棲艦が島を第二の軍事拠点にして、東北地方へ攻撃を行う――ぐらいですかね」
「なるほど、それは由々しき事態だな吹雪」
「確かにそうですが……」
既に軍事行動をとる覚悟ができているように見える海原とは対照的に、この事態に対して疑問を持つのは吹雪。
「粟島が本土に近いこともあって、奴らからすれば都合の良い位置にある島だとは思うのですが……私達が向かうべきではないと思うのです」
「侵攻の動きを見せたのはブラフかもしれない……ということかしら」
「えぇ。 もしそうであれば粟島防衛の間に本土強襲されかねませんからね」
「それに戦力が足りないかもしれない……」
「奴らがどれだけの力を注いでくるか……かなり重要な要素であることは明白です」
「……吹雪は防衛に反対ということか」
「現状では……そうですね」
「そうかぁ……」
全身の力が抜けたように、背もたれに思いっきり重心をかける。
バックに写る夕日と合わせて、どうにもドラマのワンシーンにしか見えない。
「名案はないか? いつもみたいに打開策をさ」
「いや司令官も考えてくださいよ」
「はあい……」
いかにもやる気のなさそうな言葉だが、吹雪は咎めようとはしない。
「……そういや情報源どこから?」
「伊168潜水艦隊からですが」
「そうかありがとう……新設の潜水艦隊が掴まえたのか」
「そういう偵察を生業としているような艦種ですし、スパイの専門家みたいなものですよ」
「でもたまには攻撃もするんだろ?」
「一応するにはするのですが、まああまりやりませんよ。 敵が大破状態とかでしたらトドメの一撃与えたりしますが、やはりほとんどは偵察任務なんですよ」
「そうか……すまん勝手に勘違いしたわ」
「いえいえ。 あ、潜水艦三隻だと休みすら与えられないのでもう一隻注文しておいてください。 潜水艦にだって休息は必要ですよ」
「う、分かったよ……」
痛いところを突かれたように見える海原。
本人にとって、大本営との交渉というのは嫌いなのだろうか。
「あ、連れてくるのならば伊号でお願いします。 うちは伊号しかいないですからね」
「了解了解……って、今はこんなこと話す時じゃなかったわ」
「そうでした、粟島のことですよ。 何か良い案ないですか司令官?」
「うーむ……」
結局話が振り出しになってしまう。
「とりあえず保留にしますか。 今すぐ結論を急かす必要性は皆無ですよ」
「それもそうだな……と思いたいが、奴らが今すぐ動く可能性というのは?」
「最近になって動きが活発化したのでまだ動かないとは思いますが、いかんせんブラフの可能性も否定できずなので……」
「いつ動くか、ということはまだまだ不明か」
「はい。 ですからなるべく早めに結論を出すべきかと思います」
「分かりました大淀さん。 この件に関してはこちらでよく検討いたします」
「了解です――それでは私は戻りますので」
「あぁ、わざわざ報告ご苦労」
敬礼をし、大淀は執務室から出ていった。
その直後、吹雪が海原に話しかける。
「司令官、奴らは粟島の獲得なんてするんでしょうか」
「あぁそれは俺も思った。 辺鄙かつ何もなくて、しかも陸地に近いから攻撃もされやすい。 余程の基地を作らない限り意味があるのだろうか?」
「やはり同じですね。 私もそう思いました」
「じゃあ何か動いてるのは……攪乱か?」
「こんなことで攪乱させようなんて考えてたらそれこそ頭お花畑です。 もっと別の理由があるでしょう」
「うーん、それこそ粟島攻めようとしてるのかな? もしかするとこっちに攻めようとしてるんじゃない?」
「それは恐らくないかと。 敵も戦力増強には勘づくはずですし、前の戦いで痛い目みてます。 あれで力大分削がれたでしょうし、まだ当分は攻めてこないでしょう」
「それならと、粟島侵攻か?」
「その意味はないってさっき言ってたじゃないですか。 謎なんですよ。 軍事侵攻の動きを見せること自体が」
「……佐渡の指揮官的存在の奴が功を焦ってるかもしれないな」
海原の思いつきのような推測に、吹雪が敏感に反応する。
「その可能性がありますね。 奴らにも社会性が存在しているとは示唆されてますし、最も合理的な説です」
「だからといって軍を派遣するかというと……」
吹雪が腕組みをする。
「やる意味が見当たりませんよね。 粟島島民には申し訳ないですけど、この件に関しては他の鎮守府に投げた方がいいかもしれませんね」
「となると……大湊辺り?」
「そうなりますかね」
「そうかぁ……」
天井を見上げ、一旦ため息をついた海原。
「司令官……そろそろ夕食の時間になりますが」
「それを今言うのか……まぁ確かにそんな時間ではあるがな」
「ずっと考え込んでいて頭もかなり硬くなってるでしょうし、さっきから司令官お腹空いてそうですし」
「腹空いてるって言ってないんだけどなぁ……」
「なんかそんな感じがするってだけですよ。 でもまあこんな時間ですからお腹は自然に空くと思うのですが」
「まあな。 実際にお腹は空いていた」
その言葉に、吹雪が少しニタリ顔となった。
「やっぱり。 では行きましょうか」
「あぁそうだな……そうだ、飯食べた後にデザートでも食べないか? 久しぶりに」
「いいですね。 間宮さんの作るデザートは天下一品ですから、私も早く食べたかったのですよ」
「奇遇だな、俺も同じだ」
「いや、皆そう思うと思いますが」
「ははっ、確かにそうだな。 じゃあ早く行こうか」
「あっ、話思いっきり逸らそうとしてるじゃないですか司令官。 受けるべき報いはちゃんと受けてください」
「なんだよその受けるべき報いって!」
「さあ? それぐらい自分で考えてください」
「酷いな……」
うだうだと喋りつつ、二人は食堂に向かうべく執務室を退出していった。
――その食堂内に、先の海戦で大怪我を負ってしまった古鷹とその看護に尽力した加古、更には先日鎮守府に着任した蒼龍と飛龍の姿も見える。
「大変……だったよねあの時は」
蒼龍が恐る恐る、古鷹に訊く。
「はい……でも今はこう、ピンピンしてるから大丈夫です」
「それはよかった。 あの時ね、突然古鷹ちゃんが運ばれてきて……かなり苦しそうだったし、とても心配したんだよ」
「それは……ありがとうございます。 でも今は大丈夫ですから、心配なんてしなくて大丈夫ですよ」
「もちろん!」
二人の屈託のない笑顔と爽やかな声にほっと胸をなでおろす。
「私がちゃんと戻ってこれたのは加古のおかげなんです」
古鷹がそう言うと同時に、加古が顔を赤らめた。
「私が怪我して、それからここに戻ってくるまで、よく一緒にいてくれたんです。 長い時は一日中一緒にいましたよ」
「あのさ……古鷹、恥しいから……」
恥ずかしすぎて耳まで真っ赤になってしまった加古。
それを見た蒼龍は微笑ましそうに話しかける。
「まあまあそれぐらいでいいんじゃない古鷹ちゃん」
「はい。 でも加古はほんとに凄いんですから!」
「はいはい。 加古ちゃんが可哀想だからそこまでね」
さすがに苛めすぎたと思ったのか、加古の話をここでやめて、次の話題へと移った。
「蒼龍さん達はどうですか? もうこの鎮守府に慣れましたか?」
「最初はここの雰囲気に慣れなかったけど……今はもうすっかり慣れちゃったな。 ね、飛龍」
「うんうん。 ここ結構元気な子が多いからさ、中々疲れるんだけど……その分楽しいんだよね!」
「それはよかったです。 ここでは貴重な空母ですからお二人には頑張ってほしい……って吹雪ちゃんが口酸っぱく言ってましたから」
「吹雪ちゃんが? 吹雪ちゃんも心配性だねぇ。 そんな心配しなくてもいいのに」
「昨今の海戦では空母が主力になっていますからね……瑞鶴と加賀さんだけでは足りないのかも。 佐渡鎮守府を奪還するにはそれなりの戦力を持ってなくてはいけませんし……ってあっ」
その時、自らが発したあるワードに気づいた古鷹。
申し訳なさそうに蒼龍と飛龍を見る。
「あの……」
「ん? 大丈夫だよ古鷹ちゃん。 もう慣れたし……それにね」
飛龍と目を合わせて、微笑みながら言う。
「絶対に取り戻さなくてはいけない……その為には私達が強くなって実践で実力通りの力を出さなくてはいけないと思うの。 そうなったら嫌でも佐渡の二文字は聞いてしまうよね。 だからこそ、今度聞く時からは自らを奮起させる言葉にさせようって、この前佐渡組のみんなと話し合ったのよ」
「それで、まずは私達二航戦がお手本を見せようということもこの前話し合ったんだよ。 それが今ってことかな」
飛龍が話し終えると、それまで申し訳なさそうにしていた古鷹の表情が子供のように明るくなった。
「……凄いですよ蒼龍さん達!」
「え、そうかな? だって私達みんなをまとめる立場だし、これぐらいは……」
「いえいえ、それでも凄いんですよ! 本来駆逐艦の子を見守らなくちゃいけない私には到底できっこないです!」
「うーん、照れちゃうよ……」
軍人ではない、可愛らしい女の子のような照れ顔をする二人。
まだまだ軍人になりきれてない人が多いこの鎮守府において、身も心も軍人に染まりきった彼女達であるが、それでもこうした可愛らしい表情を見せるのは幸運であるだろうか。
「でも古鷹だって頑張ってる方だと思うけどな? どこからも信頼されてるっていうのはよく聞く話だよ」
「もう、私のこと褒めようとしないでよ……」
さっきの仕返しとばかりに古鷹を褒めた加古。
その目論見通り、いやそれ以上に古鷹の顔は赤くなった。
「二人って仲良いよね……確か姉妹なんだよね」
「はい……手がかかる妹でして……昔からこんな感じなんですよこの子は」
「ちょ、その言い方は酷くないか?」
「でも実際そうだったし……」
「ふーん。 そういやさ、加古ちゃんって古鷹ちゃんのこと姉さんとかで呼ばないよね。 どうしてなの?」
「そ、それは……は、恥ずかしいから……」
「恥ずかしい……へぇ」
「なに意地悪な顔してるんですか飛龍さん!」
「いや? 加古ちゃんが”お姉ちゃん”って呼ぶのを想像してね……」
この言葉に、古鷹と加古、どちらも顔を真っ赤に染め上げてしまった。
耳まで赤くなっていて、瞬時に判断できる程の赤さだ。
「飛龍、そろそろやめときなさい」
ほっぺをつねりながら蒼龍が言う。
「痛い痛い! 分かったからとりあえずつねんないで!」
「はいはい……」
ほっぺをつねっていた右手を離す。
「ごめんね古鷹ちゃん、加古ちゃん」
「い、いえ別に……」
気まずい空気が流れるその場。
その中で、加古が二人に質問した。
「そ、そういえば二人も仲良いですよね。 二人はいつからの仲なんですか?」
「え、私達? 私達はそうね……」
「本格的に仲良くなったのは養成所時代からだけど、実は中学の時同級生だったのよ……」
「え、なんで中学の時仲良くなかったんですか?」
「うーん、大して接する機会がなかったからかな。 別に同じクラスってわけじゃなかったし。 それに私達の地元って数少ない都会だからさ、人が多くて全員と話せたりできなかったんだよね」
国土の多くが農村地帯となっている日本だが、その農村地帯にはやはりと言うべきか子供の数があまり多くない。
その為学校にいる子全員が友達というのも珍しくなく、実際この鎮守府でもそういう傾向が強い。
その一方で東京中心部や横須賀市、大阪市といった都会では子供の数は異常に多くなっており、二航戦の二人のようなことも珍しくないのだ。
「じゃあ、仲良くなった理由は……?」
「その時中学で適性持ってたのが私と飛龍だけでね。 それが始まり」
「意外と単純な理由ですね」
「まあ同じ養成所にぶち込まれた唯一の知人というのがあったからね。 更にどっちも空母の適性持ちかつ似た型で、トドメは同じ配属先という。 もはや切っても切れない縁なわけよ」
「凄い偶然の重なりですよねそれ……養成所からずっとならまだ分からないこともないですが、地元も一緒となると……」
「しかも私達姉妹じゃないんだよ? いや姉妹だったら同型になってただろうけど、それでも似た型だからね」
「実は前世は姉妹だったりして……」
「あ! それ面白いね!」
飛龍が笑っている所に――間宮デザートを食べ終えたと見える吹雪が近づいてきた。
吹雪の周りに海原の姿はなく、一人で来たものと見受けられる。
「どうしたの吹雪ちゃん」
「いい加減吹雪と呼び捨てで呼んでくださいよ二人とも」
「はいはい。 それで用件は? あ、あっち?」
「いえ、蒼龍さん飛龍さんの二人です。 夕食を食べ終えた後、執務室に来てください。 提督と私が待ってますので」
「待って、どういうこと話すのか少しだけでも聞かせてもらえる?」
「……言えません。 別に明日明後日に呼び出すわけではないのですからよいのでは?」
「まあそうだけどさ……少し気になってね」
「とりあえず、夕食食べ終えたら執務室に来てくださいね。 ではお待ちしてます」
そう言うと、何か急ぐようにその場をあとにした。
「蒼龍さん、呼び出し?」
「まあそうっぽい。 何か、は分からんけど」
「古鷹ちゃんは呼び出されたことあるの?」
「いえ私は……加古もないよね?」
「私は新潟沖海戦の後に一回あったんだけど、そん時は古鷹についてのことだから特に何かということは……」
「うんありがとう。 うーん、編成に関することかな」
「多分そうだと思いますよ」
そうなのだろう――と心に刻む蒼龍だが、なんとなく違うような気もする、吹雪の表情的に――と思うのは彼女にとって野暮であろうか。
とにかく、行ってみなくては何も分からない。
でも違和感を覚える――そんなモヤモヤとした蒼龍の心であった。
――「いきなり方針転換だけど……それでいいの?」
「私がいいと思ったまでです。 最終決定権は司令官にあるのですから、別にやめてもいいんですよ」
「いやいや、俺は吹雪を信用してるからな」
少し微笑む吹雪。
「でもやると言い出した時は驚いたよ」
「驚いてくれましたか。 嬉しいですね」
「褒めてないけど」
「ふふっ、そうですね……」
(わざわざ派遣する意味なんて無いとは思いましたが……せっかくの機会ですから、利用するだけ利用しましょう)
心に秘めた思い、だがそれは誰にも漏れていない思い。