艦隊これくしょん ー空に誓った約束ー   作:ジャスSS

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第二十七話 晴天

――まだ眠気の残る早朝五時、海上に立つのは十二名の艦娘。

 

それぞれは今、来たるべき指令を待っている。

 

「ふぁぁ……眠い……」

 

「なに眠そうにしてるのよ。 これから大事な任務が始まるところだというのに」

 

「そうは言ってもさぁ……」

 

艦娘の朝は基本的に早く、だいたいの艦娘はこの時間でも問題なく行動できるのだが――どうやら秋雲はその類ではないようだ。

 

一方、それを咎めた叢雲はというと、こちらは朝に滅法強いのではあるが――

 

「叢雲は叢雲で夜弱いよなぁ。 駆逐艦の本領は夜戦だというのに」

 

「う、うるさいわね。 私だって頑張ってるわよ。 深雪みたいに……深雪みたいに……」

 

第十一駆逐隊副リーダーの深雪は白雪に並ぶ努力家であり、その努力は多くの艦娘、ひいては新潟の一部の一般人にも知れ渡っている程。

 

その深雪以上に鍛錬に励んでいる自信がないのか、叢雲は思わず口を噤んでしまう。

 

「どうした?」

 

「……とにかく! 私だって頑張ってるわ。 夜でもなんとかなるように――」

 

叢雲が言い終えようとした瞬間、この艦隊の旗艦、加賀が歩み寄る。

 

何か言いたげな様子に、立場が弱い駆逐艦達は戦々恐々とする。

 

「もうすぐ作戦が始まるわ。 だから分かると思うけど……」

 

「了解です」

 

いつもは口が悪い叢雲も、目上の人に対してはしっかりと敬語を用いている。

 

一方、それまで叢雲を弄んでいた秋雲も――

 

「いつ抜錨言われても良いように準備しろ、ってことですよね。 もちろん了解ですよ」

 

こちらはこちらで、しっかりとしているようだ。

 

 

 

一方の鎮守府通信室。

 

鎮守府の通信士として板についた大淀、この作戦の立案者吹雪、そして提督の海原。

 

ただタイミングを見計らい、その時を待つ。

 

「……眠いなぁ」

 

秋雲と同じ状況に置かれた提督。

 

そんな上司に呆れたのか、いつも通りだと悟ったのか、皮肉混じりに吹雪が話しかける。

 

「一般人だったら正常の反応なのですけどね……」

 

「俺が一般人でないと? 吹雪達に比べたらまだ一般人に近いんだがな」

 

同じように、皮肉を混じって言葉を返す。

 

その言葉は本来、倫理的に反してるとしてタブーとされている話題なのだが、吹雪はそれを苦としてないようだ。

 

そして、それを海原も知っている。

 

「ふふっ、確かにそれもそうですね……でも"強さ"という部分では――」

 

「艦娘が上手、か。 なら何故人類の頂点に立たない?」

 

多くの純真な子供が抱く疑問――それを今更聞くことにやや驚きながらも、その答えを丁寧に授ける。

 

「まず艦娘の数が少ないことが挙げられます。 人類――私達も一応人類ですが、数の暴力にはなかなか逆らえません。 例え艦娘全員がシモ・ヘイへ級の実力を持っているとしても、どうせ数で押し切られます」

 

どうせ――その言葉に憎悪が湧いたのか吹雪に反論を展開する。

 

「それはやってみなきゃ分からないだろうが」

 

海原の言葉と共に、それまで内に隠していた呆れが外に溢れたのか、思わず溜め息をつく吹雪。

 

その反応から貶されているのだろうと落胆する。

 

「司令官は普通の人間です。 強い身体もなければ、高い再生能力も持たない普通の人間です。 何故そこまで?」

 

「ただ疑問に思ったまでさ。 好奇心っていうのは、艦娘にもあるものだろう?」

 

海原の言葉の一節に、自らが当てはまる節がある――そう思った吹雪は、僅かに微笑んだ。

 

「確かに、それはそうですね。 吹雪であろうものが、こうも一本取られるとは思いませんでした」

 

「マジか。 普通に言っただけなんだがな……」

 

「提督、吹雪さんも一応人間なんですから……」

 

その会話に入りたさそうに、だが手を離せずにいた大淀が割り込む。

 

「一応って……大淀、フォローになっているようでなってない気もするんだが」

 

海原のツッコミに、珍しく大きな声で笑う吹雪。

 

「大丈夫ですよ。 私自身普通の人間じゃないと思ってますから」

 

「それ自分で言っちゃうのかよ……」

 

苦笑しながら言う。

 

「……っと。 そろそろ時間です提督」

 

「あぁ……」

 

それまでの談笑ムードからいつもの仕事ムードに戻す。

 

海原からすれば惜しいことなのだが、仕事である以上仕方ない――と思ってもやっぱり惜しい。

 

それでも口をマイクに近づけ、そしてこう告げた。

 

「作戦開始、各員、行動を開始せよ」

 

 

 

 

 

――後方から届けられた言葉を受けて、それぞれの艦娘は勢いよく走り出す。

 

まずは旗艦の加賀から飛び出し、それに瑞鶴、蒼龍、飛龍が続き、最後に駆逐艦達が飛び出した。

 

威力のある水飛沫を上げながら、人――艦娘は水上をひた走る。

 

「陣形展開! 輪形陣!」

 

「了解!」

 

加賀の合図に合わせ、十人の艦娘はそれぞれの位置につく。

 

「私達はいつも通りのど真ん中、か」

 

駆逐艦を盾にするような陣形である輪形陣。

 

この陣形に、瑞鶴は快く思ってないようだ。

 

「敵さんからすれば、駆逐艦の輪を突破すればってところだけど」

 

「そんなの言い出したらキリがないよ飛龍。 誰かが革命的な陣形を提案しない限り変わんないって」

 

「そうなんだよねぇ……」

 

朗らかに談笑する二航戦の二人と瑞鶴。

 

「……」

 

それとは打って変わり、緊張感が段違いなのは加賀。

 

艦隊の旗艦である以上、仕方ないことは勿論彼女達は知っている。

 

しかし、瑞鶴だけはあまり快く思っていないようであった。

 

「あんた、旗艦だからってのは分かるけど、少しは明るい顔しなさいよ」

 

加賀にとっては可愛い後輩の優しさ溢れる言葉。

 

だが加賀にそのようなことなど飲めるはずもなく、首を横に振られる。

 

「はぁ、言葉で伝えることすら止めた、ということか……ほんと突然だね」

 

めんどくさそうに応対する瑞鶴。

 

心のどこかが折れてしまったのだろうか――

 

「戦闘が始まったら、ちゃんと指示しなさいよね。 じゃ」

 

事務的な言葉でその場を締め、元の位置へと戻っていった。

 

「……」

 

それを横目で見た加賀は、何か口惜しそうにまたも正面を向き始めた。

 

 

 

 

 

――二時間後。

 

朝日も少しずつ登り、眠気という眠気も完全に吹き飛んだ朝。

 

鎮守府では今頃、朝食を摂っている最中だろう――作戦を行っている彼女らは勿論抜いて。

 

作戦海域に向かう彼女らは出撃前に朝食を摂っている為、腹は空かない――はずなのだが。

 

「秋雲さん! 雪風、お腹が空きました!」

 

「飯食ってから二時間半で腹空くとかどんな体してんだよ雪風……はい、携帯食料」

 

秋雲から手渡されたのは、各隊のリーダーに持つことが義務付けされている携帯食料。

 

秋雲達一航戦は正確に言えば加賀が旗艦であり、更に雪風は一航戦に所属すらしてないのだが、一航戦所属駆逐艦のリーダーとして、携帯食料を持たされている。

 

とは言っても流石に今回は――と思っていたところで発された雪風の言葉。

 

驚き、という言葉が相応しいと言えるだろう。

 

「雪風が、ねぇ」

 

「おお……それじゃ、いっただきまーす!」

 

アルミホイルに包まれていたのを外し、姿を現したおにぎりに思い切りがぶりつく。

 

噛み付いた雪風の顔は、幸せで一杯のようだった。

 

「……呑気なやつね、雪風」

 

そこへ、曙が詰め寄ってくる。

 

突然の登場に秋雲は動揺するが、雪風はいつものように呑気に応対した。

 

「曙さん! これ、すっごく美味しいですよ! ほら、食べてみてください!」

 

異常なまで明るい雪風に少しビックリした曙であるが、意に介さず秋雲のもとに向かった。

 

「……どうした、潮のことか?」

 

「私の様子からしてそんなわけないでしょう? 雪風のことよ」

 

「もう少し緊張感を持たせろと? ふん、それは無理だね」

 

煽ってゆく秋雲。

 

しかし内心では少しビビっていながらも、気丈に振舞おうと心を落ち着かせている。

 

一方の曙はというと、イライラを全く隠せていないようであった。

 

「そういうのがウザイって言ってんの! そんくらい分かってる!?」

 

「まあまあ落ち着いて落ち着いて。 今やることじゃないでしょそれは」

 

「あんたねぇ……」

 

拳を突き出そうとした瞬間、曙の右手が何者かによって止められてしまった。

 

「はい両者落ち着いて。 秋雲ちゃんも煽んない」

 

大事に至る前に、なんとか白雪が間に入ることに成功。

 

ヒートアップしていた曙が収まっただけではなく、秋雲も心を落ち着かせることができた。

 

「ごめん、曙……」

 

「……」

 

「ちょっ、曙ちゃん!」

 

まず謝った秋雲に対し、曙は謝りもせず定位置に帰っていった。

 

「……はぁ」

 

なんとかその場が収まることに安堵を覚えながらも、曙をなんとかできなかった、という悔しさにも直面する白雪。

 

そこに、秋雲が感謝を伝えに近づいてきた。

 

「ありがとな白雪。 正直怖かったわ……」

 

「怖かったらあんなに煽らないでしょ? 全く秋雲ちゃんは……」

 

白雪に呆れられた秋雲だが、それもやむなしと思ったことを口にし始める。

 

「曙、ずっと見てるんだけどなんか寂しそうなんだよな。 心の中に――穴が開いているような」

 

穴が開いている――不安感だけが彼女の身体を押し潰す。

 

自身にそのような感覚はかつてない、いや自覚してないのかもしれないが。

 

それでもなんとかしてあげたいと考えるのは彼女の性格だろうか――

 

「あと、潮って子のことなんだけど……」

 

「知ってる。 結構内向的な子だってのは聞いてるけど……」

 

「まあとにかく自分の意見を発しないんだよ。 周りに任せてるって感じで、自分からどうにかしようとしてないんだよね」

 

その子も大丈夫なのだろうか――やはり考えてしまうのが白雪だ。

 

「ねえ秋雲、私達に何かできることないかな、曙ちゃん達のことで」

 

仲は良い白雪の頼みだが、秋雲は渋い顔をする。

 

なるべく他を巻き込みたくない、と考えているか、加賀や瑞鶴から巻き込ませることを禁止されているか。

 

とにかく、秋雲から良い返事が聞けないことを白雪は悟る。

 

「とにかく、今は作戦のことを……」

 

「あのー、秋雲さん白雪さん……?」

 

難儀な自体を心配そうに眺めていた雪風が秋雲の元へ。

 

手にはアルミホイルが。

 

「あ、おっけおっけ……そうだ雪風」

 

回収した秋雲が突然、不思議そうに構える雪風に話しかける。

 

「雪風はそのままでいいから。 それが雪風の持ち味だし、何より雪風にしかない良さだから」

 

「雪風にしかない良さ……? 幸運なことじゃなくてですか?」

 

ぱあっと顔が明るさを取り戻す。

 

例え元気な雪風であったとしても、このようにしてちゃんとした悩みを持っている――分かりきっていることではあるが、こうして具現化すると反射的に驚いてしまう。

 

「ありがとうございます秋雲さん! あ、でも……」

 

純真な子供の表情で、懇願するように言う。

 

「その、喧嘩しないでほしいです! 私達は仲間なんですから!」

 

「……そう、だな……ははっ、まさか雪風に気付かされるなんて……」

 

苦笑いの秋雲。

 

「……じゃ、私は戻るから。 曙ちゃん達のこと……私達にもできることがあれば教えて。 できることなら全力でやるから」

 

「分かった、ありがとね!」

 

心配そうに見つめながらも、仕方なく戻る白雪。

 

見送る秋雲の隣で、雪風は笑顔で手を振りまくった。

 

「そろそろなんとかしないとなぁ……」

 

 

 

 

 

――「加賀さん、そろそろ索敵機を飛ばしましょうか」

 

加賀に近づき、蒼龍が言葉を伝える。

 

「そうですね……」

 

そう言うと、耳の辺りを抑えて何やら呟き始めた。

 

「我、蒼龍からの意見具申を受諾。 これより、索敵機を発進します。 飛龍、瑞鶴、準備はできてる?」

 

加賀からの問いに、遠くで言葉を聞いていた二人は手を振って返す。

 

それを見てニヤリとしてから、矢筒から矢を取り出す。

 

「第一八七航空隊、発艦!」

 

放たれた矢は、次第に索敵機"零式水上観測機"へと姿を変える。

 

多くの人間が夢見る光景であり、女性からすれば憧れの思いが強い航空機。

 

ここにいる四人の空母達もその例に漏れない。

 

「いつ見てもいいよね、この子達(航空機)は」

 

飛龍の表現が面白かったのか、蒼龍は笑いながら話しかける。

 

「この子達って、なかなかな表現だけど」

 

「空母は航空機がなくてはただの動く案山子……なら情が移るのは当然じゃない?」

 

「……いいねそれ」

 

飛龍の秘める思いに、心が温かくなったようだ。

 

「蒼龍はさ、どうなの?」

 

「どうなのって……」

 

この子達(航空機)のことだよ。 なんか思ってることあるのかなって」

 

「うーん……」

 

腕組みをしながら考え始める。

 

それを眺める飛龍は微笑みながら待つ。

 

「こうして海に出る時はいつも一緒にいるし、まあ大事であることには変わりないんだけど、あんまりそういうの意識したことがないし、どう思ってるかって言うと……」

 

「ふーん、まあそんな感じか。 確かにちゃんとそういうの考える機会がないもんね」

 

「うぅ、なんかごめん……」

 

手を合わせて言う蒼龍。

 

大丈夫というジェスチャーをとり、飛龍はまた空を見上げ始める。

 

「さて、敵さんは捕捉できるかな……」

 

「大丈夫でしょ、うちの航空隊なら」

 

自らの(航空隊)に絶対の自信を持つ蒼龍らしい言葉だった。

 

本人は自覚してないだろうが、恐らくその情というのも深いものであろう――

 

蒼龍の一番の親友である、飛龍だからこそ分かることだ。

 

「好きだよ、蒼龍」

 

「……もっと良い表現方法ないかな?」

 

苦笑いになる理由が分からない飛龍にはもう少し、学ばなくてはいけないことが多いのかもしれない――

 

「お二人さん、偵察隊からの報告は?」

 

二人の空間に、少し怪訝そうな表情をした瑞鶴がやってくる。

 

「まだだけど? ってかまだそんな段階にすら至ってないでしょうに……」

 

不審に思う蒼龍。

 

それも無理はない、瑞鶴の顔が優れないからだ。

 

「どうかしたの? あまり顔がよくないけど」

 

「いや、なんかね、嫌な予感がするのよ……」

 

嫌な予感――大して根拠の無いことだが、どうも引っかかる言葉だ。

 

ただの予感であればいいのだが――

 

「でも予感ってだけでしょ? ならそんな気にすることでも……」

 

「それもそうだよね……ごめん、なんか騒がせちゃって」

 

「いいよいいよ。 気が引き締まったし。 ね、飛龍?」

 

蒼龍に同意を求められ、飛龍はうんうんと首を縦に振った。

 

「ありがとう……」

 

そう言うが、瑞鶴の顔、心は晴れないままであった。

 

「とにかく、頑張ろ! 私達だって付いてるんだし!」

 

「四人も空母いるんだからね、大丈夫だと思うよ」

 

二人に優しく声を掛けられる瑞鶴。

 

それでもまだ霧は晴れない瑞鶴だが、時間が解決してくれるのを期待するしかない――

 

それしかない、と彼女は思う。

 

「大丈夫、だよね……」

 

小声で呟き、そして天を見上げる。

 

雲一つない、清々しいほどの天気。

 

それが瑞鶴にとって、少しばかり憎かった――

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