――まだ眠気の残る早朝五時、海上に立つのは十二名の艦娘。
それぞれは今、来たるべき指令を待っている。
「ふぁぁ……眠い……」
「なに眠そうにしてるのよ。 これから大事な任務が始まるところだというのに」
「そうは言ってもさぁ……」
艦娘の朝は基本的に早く、だいたいの艦娘はこの時間でも問題なく行動できるのだが――どうやら秋雲はその類ではないようだ。
一方、それを咎めた叢雲はというと、こちらは朝に滅法強いのではあるが――
「叢雲は叢雲で夜弱いよなぁ。 駆逐艦の本領は夜戦だというのに」
「う、うるさいわね。 私だって頑張ってるわよ。 深雪みたいに……深雪みたいに……」
第十一駆逐隊副リーダーの深雪は白雪に並ぶ努力家であり、その努力は多くの艦娘、ひいては新潟の一部の一般人にも知れ渡っている程。
その深雪以上に鍛錬に励んでいる自信がないのか、叢雲は思わず口を噤んでしまう。
「どうした?」
「……とにかく! 私だって頑張ってるわ。 夜でもなんとかなるように――」
叢雲が言い終えようとした瞬間、この艦隊の旗艦、加賀が歩み寄る。
何か言いたげな様子に、立場が弱い駆逐艦達は戦々恐々とする。
「もうすぐ作戦が始まるわ。 だから分かると思うけど……」
「了解です」
いつもは口が悪い叢雲も、目上の人に対してはしっかりと敬語を用いている。
一方、それまで叢雲を弄んでいた秋雲も――
「いつ抜錨言われても良いように準備しろ、ってことですよね。 もちろん了解ですよ」
こちらはこちらで、しっかりとしているようだ。
一方の鎮守府通信室。
鎮守府の通信士として板についた大淀、この作戦の立案者吹雪、そして提督の海原。
ただタイミングを見計らい、その時を待つ。
「……眠いなぁ」
秋雲と同じ状況に置かれた提督。
そんな上司に呆れたのか、いつも通りだと悟ったのか、皮肉混じりに吹雪が話しかける。
「一般人だったら正常の反応なのですけどね……」
「俺が一般人でないと? 吹雪達に比べたらまだ一般人に近いんだがな」
同じように、皮肉を混じって言葉を返す。
その言葉は本来、倫理的に反してるとしてタブーとされている話題なのだが、吹雪はそれを苦としてないようだ。
そして、それを海原も知っている。
「ふふっ、確かにそれもそうですね……でも"強さ"という部分では――」
「艦娘が上手、か。 なら何故人類の頂点に立たない?」
多くの純真な子供が抱く疑問――それを今更聞くことにやや驚きながらも、その答えを丁寧に授ける。
「まず艦娘の数が少ないことが挙げられます。 人類――私達も一応人類ですが、数の暴力にはなかなか逆らえません。 例え艦娘全員がシモ・ヘイへ級の実力を持っているとしても、どうせ数で押し切られます」
どうせ――その言葉に憎悪が湧いたのか吹雪に反論を展開する。
「それはやってみなきゃ分からないだろうが」
海原の言葉と共に、それまで内に隠していた呆れが外に溢れたのか、思わず溜め息をつく吹雪。
その反応から貶されているのだろうと落胆する。
「司令官は普通の人間です。 強い身体もなければ、高い再生能力も持たない普通の人間です。 何故そこまで?」
「ただ疑問に思ったまでさ。 好奇心っていうのは、艦娘にもあるものだろう?」
海原の言葉の一節に、自らが当てはまる節がある――そう思った吹雪は、僅かに微笑んだ。
「確かに、それはそうですね。 吹雪であろうものが、こうも一本取られるとは思いませんでした」
「マジか。 普通に言っただけなんだがな……」
「提督、吹雪さんも一応人間なんですから……」
その会話に入りたさそうに、だが手を離せずにいた大淀が割り込む。
「一応って……大淀、フォローになっているようでなってない気もするんだが」
海原のツッコミに、珍しく大きな声で笑う吹雪。
「大丈夫ですよ。 私自身普通の人間じゃないと思ってますから」
「それ自分で言っちゃうのかよ……」
苦笑しながら言う。
「……っと。 そろそろ時間です提督」
「あぁ……」
それまでの談笑ムードからいつもの仕事ムードに戻す。
海原からすれば惜しいことなのだが、仕事である以上仕方ない――と思ってもやっぱり惜しい。
それでも口をマイクに近づけ、そしてこう告げた。
「作戦開始、各員、行動を開始せよ」
――後方から届けられた言葉を受けて、それぞれの艦娘は勢いよく走り出す。
まずは旗艦の加賀から飛び出し、それに瑞鶴、蒼龍、飛龍が続き、最後に駆逐艦達が飛び出した。
威力のある水飛沫を上げながら、人――艦娘は水上をひた走る。
「陣形展開! 輪形陣!」
「了解!」
加賀の合図に合わせ、十人の艦娘はそれぞれの位置につく。
「私達はいつも通りのど真ん中、か」
駆逐艦を盾にするような陣形である輪形陣。
この陣形に、瑞鶴は快く思ってないようだ。
「敵さんからすれば、駆逐艦の輪を突破すればってところだけど」
「そんなの言い出したらキリがないよ飛龍。 誰かが革命的な陣形を提案しない限り変わんないって」
「そうなんだよねぇ……」
朗らかに談笑する二航戦の二人と瑞鶴。
「……」
それとは打って変わり、緊張感が段違いなのは加賀。
艦隊の旗艦である以上、仕方ないことは勿論彼女達は知っている。
しかし、瑞鶴だけはあまり快く思っていないようであった。
「あんた、旗艦だからってのは分かるけど、少しは明るい顔しなさいよ」
加賀にとっては可愛い後輩の優しさ溢れる言葉。
だが加賀にそのようなことなど飲めるはずもなく、首を横に振られる。
「はぁ、言葉で伝えることすら止めた、ということか……ほんと突然だね」
めんどくさそうに応対する瑞鶴。
心のどこかが折れてしまったのだろうか――
「戦闘が始まったら、ちゃんと指示しなさいよね。 じゃ」
事務的な言葉でその場を締め、元の位置へと戻っていった。
「……」
それを横目で見た加賀は、何か口惜しそうにまたも正面を向き始めた。
――二時間後。
朝日も少しずつ登り、眠気という眠気も完全に吹き飛んだ朝。
鎮守府では今頃、朝食を摂っている最中だろう――作戦を行っている彼女らは勿論抜いて。
作戦海域に向かう彼女らは出撃前に朝食を摂っている為、腹は空かない――はずなのだが。
「秋雲さん! 雪風、お腹が空きました!」
「飯食ってから二時間半で腹空くとかどんな体してんだよ雪風……はい、携帯食料」
秋雲から手渡されたのは、各隊のリーダーに持つことが義務付けされている携帯食料。
秋雲達一航戦は正確に言えば加賀が旗艦であり、更に雪風は一航戦に所属すらしてないのだが、一航戦所属駆逐艦のリーダーとして、携帯食料を持たされている。
とは言っても流石に今回は――と思っていたところで発された雪風の言葉。
驚き、という言葉が相応しいと言えるだろう。
「雪風が、ねぇ」
「おお……それじゃ、いっただきまーす!」
アルミホイルに包まれていたのを外し、姿を現したおにぎりに思い切りがぶりつく。
噛み付いた雪風の顔は、幸せで一杯のようだった。
「……呑気なやつね、雪風」
そこへ、曙が詰め寄ってくる。
突然の登場に秋雲は動揺するが、雪風はいつものように呑気に応対した。
「曙さん! これ、すっごく美味しいですよ! ほら、食べてみてください!」
異常なまで明るい雪風に少しビックリした曙であるが、意に介さず秋雲のもとに向かった。
「……どうした、潮のことか?」
「私の様子からしてそんなわけないでしょう? 雪風のことよ」
「もう少し緊張感を持たせろと? ふん、それは無理だね」
煽ってゆく秋雲。
しかし内心では少しビビっていながらも、気丈に振舞おうと心を落ち着かせている。
一方の曙はというと、イライラを全く隠せていないようであった。
「そういうのがウザイって言ってんの! そんくらい分かってる!?」
「まあまあ落ち着いて落ち着いて。 今やることじゃないでしょそれは」
「あんたねぇ……」
拳を突き出そうとした瞬間、曙の右手が何者かによって止められてしまった。
「はい両者落ち着いて。 秋雲ちゃんも煽んない」
大事に至る前に、なんとか白雪が間に入ることに成功。
ヒートアップしていた曙が収まっただけではなく、秋雲も心を落ち着かせることができた。
「ごめん、曙……」
「……」
「ちょっ、曙ちゃん!」
まず謝った秋雲に対し、曙は謝りもせず定位置に帰っていった。
「……はぁ」
なんとかその場が収まることに安堵を覚えながらも、曙をなんとかできなかった、という悔しさにも直面する白雪。
そこに、秋雲が感謝を伝えに近づいてきた。
「ありがとな白雪。 正直怖かったわ……」
「怖かったらあんなに煽らないでしょ? 全く秋雲ちゃんは……」
白雪に呆れられた秋雲だが、それもやむなしと思ったことを口にし始める。
「曙、ずっと見てるんだけどなんか寂しそうなんだよな。 心の中に――穴が開いているような」
穴が開いている――不安感だけが彼女の身体を押し潰す。
自身にそのような感覚はかつてない、いや自覚してないのかもしれないが。
それでもなんとかしてあげたいと考えるのは彼女の性格だろうか――
「あと、潮って子のことなんだけど……」
「知ってる。 結構内向的な子だってのは聞いてるけど……」
「まあとにかく自分の意見を発しないんだよ。 周りに任せてるって感じで、自分からどうにかしようとしてないんだよね」
その子も大丈夫なのだろうか――やはり考えてしまうのが白雪だ。
「ねえ秋雲、私達に何かできることないかな、曙ちゃん達のことで」
仲は良い白雪の頼みだが、秋雲は渋い顔をする。
なるべく他を巻き込みたくない、と考えているか、加賀や瑞鶴から巻き込ませることを禁止されているか。
とにかく、秋雲から良い返事が聞けないことを白雪は悟る。
「とにかく、今は作戦のことを……」
「あのー、秋雲さん白雪さん……?」
難儀な自体を心配そうに眺めていた雪風が秋雲の元へ。
手にはアルミホイルが。
「あ、おっけおっけ……そうだ雪風」
回収した秋雲が突然、不思議そうに構える雪風に話しかける。
「雪風はそのままでいいから。 それが雪風の持ち味だし、何より雪風にしかない良さだから」
「雪風にしかない良さ……? 幸運なことじゃなくてですか?」
ぱあっと顔が明るさを取り戻す。
例え元気な雪風であったとしても、このようにしてちゃんとした悩みを持っている――分かりきっていることではあるが、こうして具現化すると反射的に驚いてしまう。
「ありがとうございます秋雲さん! あ、でも……」
純真な子供の表情で、懇願するように言う。
「その、喧嘩しないでほしいです! 私達は仲間なんですから!」
「……そう、だな……ははっ、まさか雪風に気付かされるなんて……」
苦笑いの秋雲。
「……じゃ、私は戻るから。 曙ちゃん達のこと……私達にもできることがあれば教えて。 できることなら全力でやるから」
「分かった、ありがとね!」
心配そうに見つめながらも、仕方なく戻る白雪。
見送る秋雲の隣で、雪風は笑顔で手を振りまくった。
「そろそろなんとかしないとなぁ……」
――「加賀さん、そろそろ索敵機を飛ばしましょうか」
加賀に近づき、蒼龍が言葉を伝える。
「そうですね……」
そう言うと、耳の辺りを抑えて何やら呟き始めた。
「我、蒼龍からの意見具申を受諾。 これより、索敵機を発進します。 飛龍、瑞鶴、準備はできてる?」
加賀からの問いに、遠くで言葉を聞いていた二人は手を振って返す。
それを見てニヤリとしてから、矢筒から矢を取り出す。
「第一八七航空隊、発艦!」
放たれた矢は、次第に索敵機"零式水上観測機"へと姿を変える。
多くの人間が夢見る光景であり、女性からすれば憧れの思いが強い航空機。
ここにいる四人の空母達もその例に漏れない。
「いつ見てもいいよね、
飛龍の表現が面白かったのか、蒼龍は笑いながら話しかける。
「この子達って、なかなかな表現だけど」
「空母は航空機がなくてはただの動く案山子……なら情が移るのは当然じゃない?」
「……いいねそれ」
飛龍の秘める思いに、心が温かくなったようだ。
「蒼龍はさ、どうなの?」
「どうなのって……」
「
「うーん……」
腕組みをしながら考え始める。
それを眺める飛龍は微笑みながら待つ。
「こうして海に出る時はいつも一緒にいるし、まあ大事であることには変わりないんだけど、あんまりそういうの意識したことがないし、どう思ってるかって言うと……」
「ふーん、まあそんな感じか。 確かにちゃんとそういうの考える機会がないもんね」
「うぅ、なんかごめん……」
手を合わせて言う蒼龍。
大丈夫というジェスチャーをとり、飛龍はまた空を見上げ始める。
「さて、敵さんは捕捉できるかな……」
「大丈夫でしょ、うちの航空隊なら」
自らの
本人は自覚してないだろうが、恐らくその情というのも深いものであろう――
蒼龍の一番の親友である、飛龍だからこそ分かることだ。
「好きだよ、蒼龍」
「……もっと良い表現方法ないかな?」
苦笑いになる理由が分からない飛龍にはもう少し、学ばなくてはいけないことが多いのかもしれない――
「お二人さん、偵察隊からの報告は?」
二人の空間に、少し怪訝そうな表情をした瑞鶴がやってくる。
「まだだけど? ってかまだそんな段階にすら至ってないでしょうに……」
不審に思う蒼龍。
それも無理はない、瑞鶴の顔が優れないからだ。
「どうかしたの? あまり顔がよくないけど」
「いや、なんかね、嫌な予感がするのよ……」
嫌な予感――大して根拠の無いことだが、どうも引っかかる言葉だ。
ただの予感であればいいのだが――
「でも予感ってだけでしょ? ならそんな気にすることでも……」
「それもそうだよね……ごめん、なんか騒がせちゃって」
「いいよいいよ。 気が引き締まったし。 ね、飛龍?」
蒼龍に同意を求められ、飛龍はうんうんと首を縦に振った。
「ありがとう……」
そう言うが、瑞鶴の顔、心は晴れないままであった。
「とにかく、頑張ろ! 私達だって付いてるんだし!」
「四人も空母いるんだからね、大丈夫だと思うよ」
二人に優しく声を掛けられる瑞鶴。
それでもまだ霧は晴れない瑞鶴だが、時間が解決してくれるのを期待するしかない――
それしかない、と彼女は思う。
「大丈夫、だよね……」
小声で呟き、そして天を見上げる。
雲一つない、清々しいほどの天気。
それが瑞鶴にとって、少しばかり憎かった――