――「あっ、海に落ちちゃった」
甲種駆逐艦、陽炎型駆逐艦の二番艦、不知火が呟く。
それを見た夕立と時雨が寄ってくる。
「どうしたの? なんか哀しげだったけど」
「……いえ、なんでもないわ」
声音に侘しさが残るような気もする――が、時雨は問わなかった。
「紙飛行機っぽい? 飛ばしたの」
「えぇ。 落ちない方向に飛ばしたつもりだったのだけれど……」
「海に落ちちゃった、っていうことだね……なんとも不吉だ」
時雨の言葉に、不知火は振り向く。
「私が疫病神、になるのかしらね……」
「そんなつもり……に聞こえるか。 気分悪くしたのならごめん」
「いえ、あの人達ですもの、そんなもの簡単に打ち砕けるわ」
「だと良いのだけれど……」
時雨は心配性だ。
戦場では常に自信満々な表情を見せるのだが、本土に帰った途端、弱気になる。
好戦的な夕立と一緒にいるから、と白露は言うのだがそれは真か――
「でも粟島だっけ? どんな所だと思うっぽい?」
そんなもの聞かれても――困った顔がそれを物語る。
「多分、自然に溢れた島だよ。 夕立が好きそうなね」
「おお! それは一度行ってみたいっぽい!」
子供の如くはしゃぐ夕立。
だが戦いの結果次第では――その自然の島は破壊されてしまうかもしれない。
そうなってはもう永遠に拝めないだろう、それを知っているからこそ、時雨は愛想笑いしかできない。
「不知火、そろそろ訓練に戻ろうか。 サボってること、加賀さんにバレたらただでは済まないと思うけど?」
「そうね……分かったわ」
不知火が簡単に了承したことに少し驚くが、なんともないように訓練場所に戻り始める。
しかし、不知火は後ろを暫し振り向いてから、こう呟いた。
「……何も起きなければ、良いのだけれど……」
心配からか、やはり彼女もそう思ってしまうようだ。
我に返った不知火は、慌てて時雨の元へと走っていった。
――空に黒く輝く黒点。
それが向かう先は――
「敵編隊接近! 対空射撃、用意!」
空母を取り囲む駆逐艦の砲が空に向けられる。
それが狙う獲物は勿論、深海棲艦の航空機だ。
「くっ、数が……!」
先の航空戦で、機動部隊はまさかの敗戦を強いられた。
練度も調子も十分だと思われていた中での敗戦に、歴戦の戦士、加賀もさすがに動揺を隠しきれなかった。
(あそこまでしてダメなら、やはり機体性能が……)
しかし、今そんなことを言っても情勢は何も変わらない。
今手元にあるのは新型ではない航空機だけだからだ。
こうなれば、出来ることと言えば作戦を練って一矢報いることぐらいだ。
(結局は粟島の守備隊が守り抜けば、海戦がどうであれ勝ちは勝ちになる。 今の私達に出来ることは、
「各員に告ぐ。 戦闘を続行する。 敵艦爆艦攻の第一次攻撃後、第二次攻撃を行う」
「やるのね! ならやりきろうじゃない!」
瑞鶴の威勢の良い声に継ぐように、加賀の耳に了解の一言が一斉にやってくる。
(士気は十分……よし、これならいける!)
そんなこんなにも、敵の攻撃はすぐそこに迫ってきていた。
「蒼龍、今日のエンジンの調子はどう?」
突然の質問に、少し固まる蒼龍――しかしその質問の意図に気づくのには、それ程時間を要さなかった。
「絶好調です! なんにも当たる気がしません!」
「良い返事! ……来るわ!」
黒く塗りつぶされた物体が次々と急降下していき、そして爆弾や魚雷を落としてゆく。
落とされた爆弾は海上に接触し爆発を起こす――が、第一陣は巧みな動きで誰一人として損害を受けなかった。
「ふっ、こんなんじゃ演習の相手にもなんないわよ!」
「――!? 瑞鶴、上!」
「上!?」
慌てて頭上を確認する瑞鶴――目に映ったのは奇襲に完璧に成功した艦爆だ。
しかし瑞鶴は、余裕そうに構える。
「ふん、そんなんじゃ私は止められない!」
笑みを浮かべながら瞬時に動く――まばたきをする程度の時間で、全ての爆弾が着弾した。
「瑞鶴!」
叫ぶ飛龍。
水飛沫を上げた目の前の光景に、不安を抱える――が、そのような不安はすぐに吹き飛んだ。
水飛沫の奥から人影――その人影は飛龍の手を掴み、圧倒的な速さでその場から離れる。
「飛龍、警告するんだったらまず我が身の安全を、ね?」
慌てて元いた場所を見る。
そこはもう既に、水が四方八方に散財していた。
「……まさか避けながら周りを……?」
「そういうこと……なのかな一応?」
まさしく天才的行動――確かに、その片鱗は示された。
「……私にはできないことだな」
「そんなこと……ないよ!」
何かに気づいた様子の瑞鶴――全速力で走り出すと、近くで爆撃が起きる。
「まだまだ来るから、ちゃんと見てね!」
手を離す。
「……うん!」
瑞鶴を背に、走り出していく飛龍。
上にはまだ敵機が――だが、少しばかり余裕が出始める。
「さあ、当てれるもんなら当ててみなさい!」
――結局、深海棲艦の第一次攻撃は加賀が小破しただけに終わり、瑞鶴は何一つ傷を負うことなく乗り切った。
「さてこの後だけど……」
各々が無線を起動し、作戦会議を開く。
「瑞鶴、蒼龍、飛龍、手持ちの艦載機は?」
加賀以外の空母が急いで確認する。
「……艦戦、艦爆、艦攻、それぞれ半減してるわ」
「同じく……飛龍も?」
「うん……加賀さんはどうですか?」
訊かれた加賀は、神妙な顔で答える。
「元々艦戦を多く積んでたから、艦戦の数はそれなりに残ってる。 でも艦爆と艦攻、これらがほとんどないわ」
「攻撃力不足ですね……」
できる限り沈めたいとは思うも、やはり数が圧倒的に足りない。
「その不足を埋める策が必要ね……みんな、いい案はあるかしら?」
「……」
返答がこない――性能も数も負けている状況では、そう簡単に反撃案が出ないのは分かりきったことではあるが――
「あ、あの……」
「ん、白雪か、いいぞ」
と、ようやく声を上げたのは白雪。
皆が一斉に注目する。
「私達が今必要としているのは、制空権を確保し、敵艦隊への効果的な攻撃を加えること……でも今の機数と機の性能ではどうせ同じ結果になるのは目に見えてます。 ならばもう、艦戦の数を増やし、制空権の確保を最優先にすべきです」
「……魚雷を取り外すということ?」
「そうなりますね。 九七式艦攻であればそれなりの航続能力を有していますし、格闘戦だって少しは力になる。 確かに攻撃力のウェイトを大きく占める艦攻を無くすのは破壊力不足でしょうが……確実に仕留めるこちらの方が有意義かと」
「うん……」
白雪が打ち出したこの戦法は、確かに理にかなっているものであった。
先の空戦において大敗北を喫した加賀ら航空隊は、既に性能で差をつけられており、それが敗北の直接的原因であろう。
次に起きるであろう第二次空戦では、これに数のハンデが付くのだ、まず勝てる見込みはない。
そこで白雪は低火力であろうと確実に攻撃を加えられる戦法を選んだのだ。
「確実に当てる、か……」
勿論、前とあまり買えずに送り出すという戦法もあるだろう。
が、それをしても成功する確率があまりに低すぎるし、そんな戦法に賭けることなんぞどこの誰であろうおもいないだろう。
だが加賀の心は――
(ダメだ、普通に定跡通りの戦術を取ればいいものを……やっぱりそういうのが気になって……)
この新潟鎮守府に来てから、戦闘において賭けることが多くなっていた加賀。
それゆえか、加賀の下につく艦娘らの多くは、ギャンブル的戦術をよく用いるようになった。
それはともかく、今ここでそういう衝動が出始めたことこそが問題なのだ。
「加賀さん、ここは白雪の意見を採用しましょう。 さっきと同じ戦術では無理があります!」
「分かってるわ……」
ここは演習ではない、一歩間違えれば死ぬ戦場だ。
「……他に意見は?」
問いかける加賀。
答えは返ってこない。
「――やりましょう。 反撃開始です」
――「第二次攻撃隊、発艦!」
再び放たれた航空隊。
そこには、魚雷が取り除かれた九七式艦攻の姿が見えていた。
「器用なことやりおるね……ま、うちの鎮守府らしいと言えばそうだけどさ」
「他の鎮守府ではこんなことしないんですか?」
雪風が真っ直ぐな目で秋雲に問う。
「私だってここが最初の職場だからよく分かんないんだけどね。 それ聞きたいんだったら加賀さん辺りに聞いてみな。 あの人色んな鎮守府梯子してるから」
かつて最強の艦娘として名を馳せた加賀は、様々な鎮守府を救ってきた、助っ人のような存在だ。
それにより培った、豊富な経験はこの鎮守府には必須である。
「でも加賀さん、昔話してって言ってもしてくれないんですよ! この前なんか無視されちゃいましたし……」
「それは言い方に問題があるんじゃないかな……でもまあ、確かに昔のことはあんまり話してくれないよね、あの人。 自慢話とか沢山あると思うんだけどなぁ」
かつては呉鎮守府の大規模作戦にて中核を担い、大活躍したことも――それ以外にも多くの実績を積み重ねている。
自慢話はいくらでもあるはずだ。
「思い出したくない事も人間にはあるのよ。 それぐらい理解しなさい」
聞き慣れない声が聞こえ驚く秋雲。
声の主は、滅多に話さない曙だった。
「ふーん……曙はそこんとこどうなの?」
「……気安くそんなこと聞かないで」
そう言い放つと、曙は元の場所へ戻っていった。
「……どしたんよいきなり……あっちから話しかけたクセに……」
五航戦において、唯一まともと言える駆逐艦は秋雲だけだ。
曙はまるで反抗期の子供のようでコミュニケーションをとろうとはせず、潮は非常に内気でこちらもまたコミュニケーションをとろうとしてない。
「秋雲さんも大変ですね……私に手伝えることがあれば、なんでもおっしゃってください!」
「はは、ありがと。 でも今は目の前の戦いに集中しような」
「あっ、そうでした……」
「ぷっ……あは、あははっ」
「え、なんで笑って?」
「いーや? 別になんでもないよ」
首を傾げて疑う雪風だが、秋雲は何も言わずに背を向けてしまう。
「むー、秋雲さんはそうやって……」
「はいはい集中集中!」
喝を入れる秋雲。
雪風はそれに仕方なく、従うしかなかった。
「……大丈夫かな、あそこ」
――宙に舞う数々のエンジン音。
先の航空戦の敗北からすぐ、第二次攻撃隊が出された機動部隊。
今まさに、そのリベンジを果たそうとしている所であるが、果たして――
碧色に染められた機体達が、速力を上げ戦闘態勢に入る。
目標は敵艦載機――特に重い爆弾や魚雷を積んだ艦爆艦攻だ。
そして一つの機体が機銃を放ち――遂に交戦が始まった。
艦戦の数を増やした加賀ら航空隊は、敵機を一機ずつ、丁寧にかつ素早く撃墜してゆく。
だが、敵航空機だって黙っていない。
高い格闘能力を持つ敵艦戦は、個の力をもって次々と落としてゆく。
多くの戦闘機が、燃え尽き、爆発し、消え去っていった。
数が少なくなり――大勢がはっきりし始めるようになった。
その場に多く残ったのは――黒き機体、深海棲艦の航空機であった。
――「終わった、わね……」
絶望的状況は結局、覆ることはなかった。
覚悟はしていた。
やれることは、敵機の猛攻を避けきって鎮守府に帰ること、それだけだ。
「すみません加賀さん、私の思慮が――」
「そんなことより今は生きて帰ることを考えなさい。 あの世で反省会することになるわよ」
「りょ、了解です!」
震えた声で叫ぶ白雪。
失敗したらどうしよう――さっきまでずっとそう考えていたのだろう、彼女の精神は不安が絶望に変わりきっていた。
人一倍責任感が強い彼女だからこそ、なのかもしれないが。
「皆分かってると思うが、これより我が艦隊は撤退する。 恐らく敵機からの攻撃が来るでしょうが、掻い潜って鎮守府に生きて帰りなさい。 駆逐隊は対潜哨戒を開始して」
その指令に合わせ、各々駆逐艦はソナーを起動し始めた。
「瑞鶴、分かってると思うけど……」
「あんたが大破したら旗艦権限は私に委譲されるんでしょ? 分かってる、一番はそういう状況にならないことだけど」
「……ふふっ、滑稽ね」
自虐を含めた言葉に、加賀は笑ってしまう。
「なんで笑うのよ、事実じゃない」
「いつも自信満々な貴女らしくないじゃない。 いつもならあんたを越えるとか言うのに」
「あっ……」
不意をつかれたのか、少し赤面する瑞鶴。
「それならそれで楽だわ。 生意気な後輩は色々めんどくさいもの」
「そうさせたのはあんただけどね」
「……確かにそうね。 気づかなかったわ」
意外な一言に、驚いて返せなくなる瑞鶴。
「……貴女みたいに何でもかんでも意地を張るわけじゃないのよ」
「え! 加賀さんって意地張るタイプじゃなかったでしたっけ?」
面白そうだと思ったのか、秋雲が横槍を入れる。
「黙りなさい秋雲。 七面鳥と同じにしないで」
「って、なんで七面鳥のこと知ってて――」
物凄い形相で加賀に聞く。
「あの記者もどきから聞いたわ。 あの子、なんでも話してくれるのよ」
「くっ、彼奴……!」
「なんですかそれ! 詳しく教えてください!」
「ちょ、秋雲!」
「別に良いわ。 でも……」
でも、の言葉に不穏な予感を感じた秋雲。
「まず哨戒に戻りなさい。 提督に報告するわよ」
「ふごっ!?」
それだけは勘弁してほしい秋雲は、仕方なく仕事に戻ることとした。
「……加賀――」
「何度言っても七面鳥は忘れないわ」
「むぎー!」
――「敵航空隊接近! 対空射撃、用意!」
二回目の攻撃が今、やってきた。
前回と違うのはやはり規模の大きさで、正直なところ大破は免れないだろう。
下手をすれば沈む可能性もある――勿論彼女らもその過酷さは理解しているだろう。
だが、それでも――
「生きて帰る! 絶対に守ること!」
「了解!」
やはり、気迫が違う。
その気迫を撃ち殺さんと、黒く染まった敵機は狙いを定める。
そして彼女らの射撃範囲内に入り――
「対空射撃、始め!」
白雪の掛け声で始まった砲火は、次々と敵を減らしてゆく。
落ちていった機体が艦娘に当たりそうになるほど、見る見るうちに数を減らしていった。
しかし――数の多すぎる敵航空隊は、無理矢理にでもそれを突破していく。
「ゴリ押し戦術なんて、あたしゃ嫌いだよ!」
押し寄せてくる敵艦爆艦攻。
やがて解き放たれた物に対し、蒼龍は一番に反応して避ける。
「私も同じ気持ちだよ!」
それに呼応するように、飛龍が同じく回避行動をとる。
瑞鶴、加賀もそれに続き、第一陣はなんとか避けきった――が。
「加賀さん! 第二陣の数が!」
切羽詰まった声音の白雪が、加賀に報告する。
「どれだけいるの!?」
「肉眼での推測ですが……七十機相当はいるかと……」
「……ありがとう。 なんとかしてみせるわ。 白雪は対空射撃に戻って」
「りょ、了解……」
決して弱い所は見せず、毅然とした態度で報告を受けた加賀。
白雪が責任感を持ちやすかったことは分かっていた。
だからこそ、無駄に責任感を与えることはさせたくなかったのだ。
「空母達。 白雪の報告によると、敵の第二陣は七十機相当いるらしいわ。 その中にどれくらい艦爆艦攻がいるかは分からないけど……熾烈な攻撃になることは想像に容易い。 これまでよりも気を引き締めて回避行動を行わないと、命取りになるわよ」
加賀の啓発に顔を引き締める蒼龍と飛龍。
瑞鶴は自信満々に微笑んでいる。
「……大丈夫なようね、みんな」
それぞれを見た加賀は、空を向く。
そこにはもう、敵の隊が――
「――対空射撃、始め!」
駆逐艦の対空射撃が始まる。
が、なかなか砲火が当たらなくなってしまった。
「くっ、一機でも、多く……!」
第二次攻撃隊の編成案を採用された白雪は、自責の念からか、誰よりも必死になっていた。
だがその必死さも、空回りする。
「なんで……当たらないの……当たってよ……早く……早く!」
「――! 白雪! 来てるぞ!」
「えっ……」
突然足元の海の冷たさが蘇ってきた。
そう、ここは海、そして戦場――
どんな人間であれ、死なないという保証はない――
「足元に……雷撃……」
すぐそこに、それは迫っていた。
「早く防御態勢になれ! ボーッと立ってるな白雪!」
「くっ、何先に逝こうとしてるのよ!」
すぐそばにいた叢雲が滑り込むように間に入ろうとする。
「……やだ、死にたく――」
言い切ろうとした瞬間、爆発が起きる――それも目の前で。
白雪は痛みを感じなかった――つまり、誰かが間に入り、犠牲になったということ。
顔は引き攣り、これまでにないほど目を開き、絶望に瀕した彼女。
助けてくれたのは誰なのか、それしか頭になかった。
「なんで……私なんかを……」
「……大丈夫よ。 これぐらいで私が死ぬわけ――ゴホッ」
水飛沫から現れた叢雲は、服はボロボロ、随所に血が付き、口から血を吐き出した状態で登場した。
意識が飛んでないだけ、マシと言えるか。
「血が……付きすぎだよ……」
「……これぐらい大丈夫よ。 まだまだ――ゴホッ」
またも多量の血が海面に飛び散る。
「そんなわけ……!」
「あるわよ……それよりも、空母の方達は……」
「えっ、あ――」
黒光りの航空機は、次に空母を襲うとする。
数は――大きく減らせなかった。
「白雪! 叢雲の容態は!」
「あ、うん……装備はほぼほぼ破損。 頭部に一箇所、腹部に……三箇所、腕に多数の傷。 意識はあるけど……しっかりしてるとは言い難い。 あと、血を吐いています」
「分かった。 叢雲と一緒に曙の所に避難して。 あんたもそこに留まるように」
「えっ、でも私はまだ……」
「次がないとは言い切れないだろ。 今回は叢雲がカバーに入ってくれたが、次は誰も入ってくれないぞ」
自身に過失があると自覚している以上、白雪は何も言い返すことはできない。
「それに……あんま思い詰めんな。 艦隊は白雪だけのものじゃないんだからな」
「分かった……」
本当は分かっていないだろう――そう考える深雪だが、ここはわざわざ呼び止めることをせず、そのまま曙の元に向かわせた。
「ったく、世話が焼けるなほんとに……」
下を向いて呟く深雪。
だが今はそれよりも、味方の無事を祈りつつ更なる敵襲に対処せねばならない。
先程言ったように、次がない保証はないのだから。
「こちら第十一駆逐隊深雪。 旗艦権限を白雪より委譲します」
――叢雲が大ダメージを受けた後――次に攻撃を受けるのは勿論四人の空母。
その多彩な攻撃が、襲いかかろうとしている。
「来る!」
加賀の叫びに一斉に動く艦娘達。
これまでよりも苛烈な戦いが始まった。
「やっぱり、数が多い……!」
「それでも避け切るの!」
次々と落とされる爆弾を体全体で避ける瑞鶴と飛龍。
(加賀さん、速力足りるのか……?)
旧型である加賀は蒼龍らに比べ格段に足が遅く、回避は元々上手い方ではない。
事実、これまでで一番傷を負っているのは加賀である。
年齢で言えば加賀に次ぐ蒼龍はそこを気にしているようだ。
(いかんいかん、自分に集中――)
気合を入れ直した蒼龍。
しかしすぐさま、敵機が殺しにやってくる。
「簡単な運動で当たると思わないで!」
さらりと避け、次に向け態勢を整える蒼龍。
一方の加賀はと言うと――
「はあ、はあ……」
(ここでも性能に負けると言うの……!?)
完全に危険な領域に足を踏み込んでおり、今にも大打撃を受けかねん状態であった。
「加賀さん大丈夫ですか!?」
「飛龍。 私の心配より、自分の心配を――」
言い切る直前に、背後から敵機。
気づいた時にはもう遅かった。
「加賀さん!」
悲痛な叫びは通じたのか――しかし加賀が現れる前に、自らに向かって凶器はやってきた。
「くそっ、次から次へと!」
「飛龍、加賀さんの救援は!?」
「それは私が行くから二人は避けることに専念して!」
そう言って加賀の下に向かったのは瑞鶴。
ここまで無傷でやり過ごしており、加賀とは正反対の道を歩んでいる。
「ダメ……貴女までここにいては……」
「何言ってるのよ。 私は”横須賀の女神”よ?」
かつて呼ばれた名を今ここで初めて口にする瑞鶴。
それまで忌み嫌っていたその名を――ようやく、少しだけ受け入れることができた。
「だとしても……」
「ごちゃごちゃ言わない! さ、しっかり掴まってて!」
「わ、分かった」
手を強く握り回避に奔走する瑞鶴。
その後ろ姿を見るだけの加賀もまた、瑞鶴の手を手放さないよう強く握る。
「蒼龍! 四時方向から!」
「瑞鶴!? あ、うん!」
突然のことで少し混乱する蒼龍。
それは勿論、瑞鶴が加賀という足枷を持ちながら、蒼龍に注意をしたということであった。
「まずい……蒼龍、上から急降下爆撃!」
「なっ……!」
急いで避けた右の次は上――急いで確認すると――
「これは……」
防御態勢に入り、その場でうずくまる蒼龍。
数が多すぎるのと既にすぐ近くまで迫っていたからか、避け切ることは不可能だと判断し、防御態勢に移行したのだろう。
しかし早い身のこなし――瑞鶴による注意がなければどうなったか、たまったもんじゃない。
「蒼龍大丈夫!?」
「うん……中破しちゃったかな……そっちは?」
「こっちは小破程度! まだまだいけ――次来る!」
まだまだ押し寄せる敵機。
疲れもピークに達しそうだ。
「あぁもう! どんだけ来んのよこいつらは!」
「そろそろ終盤! やるよ蒼龍!」
「分かってるよ!」
最早必死そのものの二人。
この鎮守府に来てからの初陣にしてはなかなかにハードな初陣を飾ってると言えよう。
「蒼龍は九時方向から! 飛龍は二時方向から来てるよ!」
瑞鶴は相も変わらず、加賀を手に繋ぎながら回避、注意を行っている。
「瑞鶴……」
「……来る。 加賀、速力上げるからちゃんと繋がってて!」
瑞鶴の指示によって、より強固に手を結んだ加賀。
信頼を完全に置いている証拠であった。
「そんなもんに、当たるかぁ!」
加賀を連れながらも、弾幕を華麗に避けていく瑞鶴。
「数も少なくなってきた……あと一息!」
勢いよく駆け出す瑞鶴。
”横須賀の女神”の本領発揮だ。
――気がつくと、日は既に西に傾いていた。
熾烈を極めた第二次攻撃を乗り越え、遂に戦いが終わった。
「これより撤退します……が、私加賀が大破してしまったので、ここからは旗艦権限を瑞鶴に委譲します。 瑞鶴、あとはよろしく」
「了解……ではこれより、撤退行動に移ります。 駆逐隊は対潜哨戒を、飛龍は哨戒機を発艦してください」
「了解!」
結局この戦いによる艦隊の被害は、加賀、叢雲が大破、蒼龍が中破、飛龍が小破に終わった。
一方、瑞鶴はほぼ無傷で終えており、その才覚をまざまざと見せつけた結果となった。
「にしても瑞鶴凄いね! さすがだよ!」
「そんなに褒めなくても……嬉しいっちゃ嬉しいけどね」
「もう! 謙遜しちゃって!」
自身は中破してしまったが、瑞鶴のその動きっぷりに感動したのか、やけにテンション高めの蒼龍。
「それよりも大丈夫? 腹のところとか痛そうだけど」
蒼龍の腹部はあらわになっているのだが、そこが痛々しく赤くなっていた。
「あぁこれ? これくらいなんともないって。 何年も艦娘やってたら慣れるもんよ」
「そういうもんなのかな……」
「私でダメなら、加賀さんはどう? 私よりも出血してるのに全く痛々しくないよ」
加賀の出血箇所は蒼龍のそれよりも酷く、体のあちこちから吹き出ていた。
「あれは我慢してる顔でしょ……気遣わなくていいのに……」
「仕方ないって。 叢雲ちゃんがあんなに痛々しくしてるんだからさ……」
「……」
白雪を庇った叢雲は、懸命な応急処置によって吐血は収まったものの、まだ意識は混濁しており介護が必要な状態である。
「でも沈まなくて良かったよ。 白雪を庇ったのに沈んだらと思うと……」
「そんなこと考えなくても、叢雲は今ここにいるんだから別にいいでしょ」
「あっ、そうだね……ごめん」
「謝るなら叢雲に……と言ってもあの子はすやすやと眠ってるけどね」
瑞鶴の言葉に驚いて確認すると、叢雲は秋雲の背中で寝ていた。
「秋雲……重たそうな顔してるね」
「七面鳥のこと喋ったからよ、もう」
「ん? 今なんか――」
「なんも言ってない!」
鬼の形相で強く言う。
「あ、うん……」
危険を察知したのか及び腰で返事する蒼龍。
「そういや、この前青葉に聞いたんだけど瑞鶴って七面――」
「んああっ!?」
「ず、瑞鶴!?」
「あんの記者もどきがあああ!」